安全文化に関するIAEAなどの外国の動向について
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カテゴリ: 解説記事
1.はじめに
原子力施設の安全確保は、施設・設備を構成するハード面からの安全確保とこれを運用する人間、組織、マネジメントや制度等のソフト面からの安全確保が両輪となり、これら両輪が的確に機能することが必要である。特にソフト面からの安全確保の基礎となる原子力安全文化の維持、強化が極めて重要である。
最近、国内外で組織問題に起因すると考えられる重大な事故等が増加しており、国際機関(IAEA:International Atomic Energy Agency;国際原子力機関、OECD/NEA:Organization for Economic Cooperation and Development / European Nuclear Energy Agency;経済協力開発機構/欧州原子力機関、他)、各国の規制機関及び原子力事業者は、安全文化の自己評価手法や安全マネジメントシステムの開発に積極的に取り組んでいる。
ここでは国際機関としてIAEAおよびOECD/NEAの取り組みを,海外の規制機関として米国及び英国の取り組みについて紹介する。
2.国際機関における取り組み
2-1) IAEAにおける取り組み
2-1-1)安全文化に関する取り組み
安全文化の概念が言葉として初めて明示されたのは、国際原子力機関(IAEA)の国際原子力安全諮問グループ(INSAG:International Nuclear Safety Advisory Group)が作成したINSAG-1「チェルノブイリ事故の事故後検討会議の概要報告書」(1986)においてである。その後図1に示すようにIAEAにおいて安全文化についての基本的考え方、定義、評価方法、評価項目等の検討が積み重ねられてきた。以下に順を追って説明する。
(1) INSAG-3「原子力プラントの基本安全原則」(1988)
安全文化が原子力プラントの安全確保に占める意味が検討された。安全文化は、全ての個人及び組織の活動とその相互作用を支配し、原子力プラントの安全活動に従事する全ての人々の自らの献身と責任感であるとした。
(2) INSAG-4「安全文化」(1991年)[1]
初めて安全文化の意味するものは何かを定義し、その概念の実務的・具体的な展開をより詳細に示した。
「安全文化とはすべてに優先して原子力施設等の安全問題が取り扱われ、その重要性にふさわしい注意が確実に払われるようになっている組織および個人の備えるべき特性および態度が組み合わさったもの」と定義した。
図1 IAEAの取り組み概要
安全文化の主要な構成要素を図2のように示している。ポリシーレベル、管理職者レベル、個人レベルの各層それぞれが担うべき役割を十分に達成し、それらが組織の全体レベルで融合して機能している状態に望ましい安全文化が実現される。
図2 安全文化の主要な構成要素
さらに安全文化の特質について、「特性」や「態度」は人間・組織の無形の底流にあるものであるが、これらは有形の「目に見えるもの」に具現化される。それにより無形の底流にあるものを評価でき、評価の視点となり得るとの観点から、安全文化についての自己評価の視点を質問形式で提示した。例えば運転組織に関しては、経営レベルの安全方針、労働負荷、経営レベルでの安全慣行、責任の明確化、管理者の姿勢、職員の姿勢、安全実績の評価、管理部門による現場の監督等についての質問項目を具体的に提示している。また、政府及び規制機関、研究機関、設計組織に関する質問リストも提示している。
(3) TECDOC-860「ASCOTガイドライン」(1996年)[2]
INSAG-4の発行後、組織の安全文化を適切に評価する方法、評価項目について検討が加えられ、1996年にASCOT(Assessment of Safety Culture In Organizations Team)により組織の安全文化を自己評価する評価項目が作成された。ここでは、規制機関自身の自己評価項目、事業者の自己評価項目が検討され、INSAG-4で提示された評価の視点を基本質問とし、関係する具体的な質問(指定質問と呼ぶ)と目安となる指標から構成されている。
事業者の自己評価については、基本質問(164項目)、指定質問(281項目)、目安となる指標(311項目)から構成されている。一例として発電所における協力会社に関する質問例等を示す。
①基本質問: 協力会社が行った保修作業を監督し、その内容の検討、承認手続きはどのようになっているか。
②指定質問:
・協力会社を使うことで特別な安全問題が生じたか。
・それをどのように処理したか。
・年間どの程度協力会社の安全問題が生じているか。
③目安となる指標:
・協力会社の職員に作業前安全ブリーフィングを行うよう指示しているか
・作業を監督し、その内容を検討、承認するために特別な手続きがあるか
・協力会社と定期会合で安全問題を討議しているか
(4)INSAG-13「原子力発電プラントにおける安全運転のマネジメント」(1999年)[3]
組織が健全な安全文化を促進し、維持する手段として、安全マネジメントシステムを位置付けた。安全マネジメントシステムは、プラントのすべての状態における安全活動を計画、管理、監督する手段を示すことにより、組織の安全実績を向上すること及び個人・組織がタスクを安全に行えるよう、個人・組織の安全に対する良好な姿勢及び行動を促すことにより健全な安全文化の醸成を支援する。安全マネジメントシステムは、原子力プラント運用のあらゆる側面の品質を保証するために、品質マネジメントシステムに不可欠な重要システムであると位置づけた。
また安全実績の客観的評価尺度の例として、ニアミス(ヒヤリハット)の告知件数、安全点検の回数、訓練回数、保安規定違反やヒューマンファクターに起因する事象の件数を、保守部門の尺度の例として未解決残務量、保守作業の再実施の量、ニアミス回数等をあげている。
(5)INSAG-15「安全文化醸成の主要実務課題」(2002年)[4]
安全文化の重要課題として以下を提起した。
① 組織トップの誓約
② 実行可能な手順書の使用
③ 問いかける姿勢
④ 報告する文化の構築
⑤ 非安全行為への挑戦
⑥ 学習する組織
⑦ 基盤となる共通課題:コミュニケーション、
明確な優先順位、組織
それぞれの課題について、日常的な表現で解説し、それを診断するための個人、組織の遂行能力を組織の各階層毎に質問する項目を示している。
また、組織の安全文化の発展・向上には3つの段階があるとしている。
第1段階:原子力安全は規則・規制に基づいている。
第1段階では、原子力安全といってもまだ規格や規制に基づくことが主体である。この段階では、外部から課される規格や規制に適合しておりさえすれば安全性は十分であり、安全というのは規制遵守の問題にすぎないと考える。スタッフは、原子力安全に対して責任を持つのは管理者であって自分達は与えられた役目を果たすだけだと考えがちである。
第2段階:原子力安全が組織の到達目標となる。
発展の第2段階では、組織には原子力安全の価値と到達点を明確にした、安全に関する展望と使命の声明書が作成されており、その到達点達成のプロセスや手順も確立されている。この段階に入ると、原子力安全について考察した上で、できることとできないことを体系的に文書化した規制や手順も揃い、やるべき事がよく計画されて各従業員に提示される。しかし多くの組織では、この段階でもまだ個々の従業員にとって原子力安全は、十分に相談も受けず、内容にも参画できず、ただ「課される」だけのものであり、安全専門スタッフが監督・監視するものにすぎないと捉えている。この段階では安全な環境で働く必要性についての意識は高まるが、個人レベルやチームレベルでの原子力安全への関与や安全に対する認識が自ずと生じるまでには至っていない。
第3段階:原子力安全は常に向上させられる。
発展の第3段階は組織がめざす理想的な姿である。原子力安全は継続的なプロセスによって達成され、そのためには、原子力安全についての展望や価値 観を全員が共有し、従業員の大半が安全強化に向けて自ら積極的に参加している。請負先等で原子力安全に係る人間も必要に応じて参加している。全員が原子力安全の要件を明確に理解し、かつ熱意を持っており、個人として、又チーム全体として、全ての活動を通じて安全強化の達成・維持に関与している。
この段階になると劣悪な状態や慣行が見つかると誰もがこれを受入れられないものと見なし、積極的にこれに挑戦する。不具合事象や事故は、産業安全、環境問題、あるいは放射線・原子力安全のいずれかを問わず、正常な労働の場には存在することを認めず、回避すべき異例の、受容できない出来事と見なす。自立した安全文化を持った学習する組織が誕生したといえる。
一方、組織の安全文化が劣化する段階として表1のように5つの段階を示している。
表1 組織の安全文化劣化の進行段階
劣化の段階 説明
第1段階 自信過剰 過去の実績が自己満足を助長する。
第2段階 慢心 軽微な事象が起こり始めるが、重要性の認識不十分により改善プログラムが遅れる。
第3段階 否定 より重要な事象も起こるが、内部監査や自己評価による否定的な見解が却下される。
第4段階 危険 過酷な事故に至る潜在性のある事象が起こっても、経営陣が一貫して内外の批判を拒絶し、監視組織もしばしば及び腰になる。
第5段階 崩壊 安全文化の崩壊が容易に認識される。
規制当局による特別検査の実施。経営管理層の退陣等が
出てくる。改善に多大なコストが必要となる。
2-1-2)統合された安全マネジメントシステム
IAEAは現在、統合された安全マネジメントシステムの基準作りを進めている。
1978年にIAEAは原子力発電所の品質保証指針として「原子力プラントにおける安全のための品質保証の実施基準」(50-C-QA)を発行し、1996年に改訂版(50-C/SG-Q (1996))を制定した。その後ISO9001-2000の品質マネジメントシステムの改訂を受け、その要求基準に対応させること、またライフサイクルを通じて安全を確保し維持することを基本に、原子力安全の要件と相互関係にある健康、環境、セキュリティ、品質及び経済性の要件を統合した総合マネジメントシステムを提起し、基準づくりを進めているところである。
2-2)OECD/NEA/CNRAにおける取り組み
(CNRA:The Committee on Nuclear Regulatory Activities原子炉規制者活動委員会)
1999年発行の「安全文化醸成と評価における規制当局の役割」[5]において、安全文化を促進する原子力規制当局の役割と取り組み姿勢が示されている。
2-2-1)安全文化の促進と評価における規制当局の役割
規制当局が安全文化の促進と評価に果たす役割は以下としている。
(1)原子力発電所の安全運転の責任は事業者が負っているという基本的大原則に触れる行為をしてはならない。
(2)安全文化を促進するに当たっては、自らのパフォーマンスで良い模範を示す必要がある。
(3)優れた実績と高い品質を積極的に促し、優れた安全行
動を奨励し、優れた安全文化の事業者は広く知らせ、その取り組みを認めることによって安全文化を促進する。
また、脆弱な安全文化が起因し安全問題に至るパフォーマンス・モデルを次のように示して規制当局の役割を述べている。
(1)脆弱な安全文化がある期間継続すると、安全実績の低下の兆しが現れる。その要因を見つけず、是正しないで放置すると、遂には安全問題が現実のものとなって現れる。
(2)規制当局は安全実績の低下傾向を見つけだすことが重要である。同時に安全実績低下の要因と考えられる脆弱な安全文化の兆候が存在するかどうか評価する必要がある。
2-2-2)安全実績低下の兆候
プラントの運転面及び保守面から見た安全実績低下の兆候を以下のように示している。
(1)運転面
・反応度監視操作/燃料・制御棒取扱作業でエラーを起こしている
・運転手順書の不備、順守不履行が見られる
・訓練不足、細部への配慮不足による運転員エラーが見られる
・出力優先の意志決定が行われている
・十分な分析のないまま異常事象後のプラント再起動を行っている
(2)保守面
・保守作業手順書の不備、順守不履行が見られる
・保守エラーが原因の原子炉トリップが見られる
・保守作業の管理が適切でない
・作業前の必要な準備が十分でない
2-2-3)脆弱な安全文化の兆候
管理運営面における脆弱な安全文化の兆候を以下のように示している。
(1)マネジメントの視点
・安全に対する明確な組織声明がない
・最高経営者層に情報が十分伝わらない
・外部の意見を受容しない (孤立化)
・機能の異なる組織間でチームワークに欠けている
(2)プログラムの視点
・是正活動が役立っていない?問題の再発が見られる
・作業管理プロセスが扱いにくい
・品質保証活動が根づいていない
・トラブル事象の分析・水平展開が十分でない
(3)自己評価の視点
・品質保証監査が役立っていない
・安全組織によるレビューが上辺だけとなっている
・他の経験から学ぼうとしない
・経営者は悪い知らせに耳を傾けようとしない
・トラブル分析が不十分、フィードバックがない
(4)透明性の視点
・問題解決の責任が明確になっていない
・工程の確立、日常的遵守がなされていない
・意志決定が非常に遅い
・目標達成が悪くても大目に見られる
(5)孤立化の視点
・標準や他の委員会に参加しない
・他のプラントとの人事交流や情報交換がない
・安全研究の進歩に関心がない
(6)姿勢の視点
・外部からの意見を受け入れない
・現状に満足しており問題発見の姿勢に欠ける
3.海外規制機関の取り組み
海外規制機関における安全文化の取り組みについて、代表例として米国NRC(Nuclear Regulatory Commission:原子力規制委員会)と英国HSE(Health and Safety Executive:保健安全執行部)における取り組みを紹介する。
3-1)米国NRCの取り組み
3-1-1)安全文化に関する考え方
安全文化については1989年1月政策表明書(Policy Statement)に「NRCのライセンスを有するすべての施設において安全文化を整備し、維持する」ことを明示し、また安全管理に対する政策声明(「Policy Statement on conduct of Nuclear Power Plant Operations」1989年1月)は「安全に焦点をあてた職場環境の確立と維持のための管理」を示している。
その後、ミルストン発電所での組織問題注)の教訓より、1996年5月安全を重視した作業環境(SCWE: Safety Conscious Work Environment)についてその確立と維持に関する政策表明が発表された。
注)規制緩和に伴うコスト低減の経営圧力から安全文化の劣化が進行し、1996年TIMES誌に、経営陣に安全性問題を指摘した従業員が圧力、威嚇された特集記事が掲載されたことから明るみに出た組織問題。
2002年11月に当時のNRC委員長は安全文化についての規制の考え方を表明している。それによると
・安全な運転を保証する環境を育むのは、許認可取得者のマネジメントの問題である。
・安全文化を直接規制していない。
・安全文化自体を評価するための、性能指標或いは他の検査ツールが整っていない。
・間接的な手法により、ふさわしい安全文化の存在を確認しようと努めている。
・許認可取得者の安全文化が脆弱であれば、色々なパフォーマンス指標が閾値を越え、或いは基本検査実施中に許認可取得者の問題が浮かび上ってくる。この考え方が原子炉監督プロセス(ROP:Reactor Oversight Process)の前提となっている。
・安全文化に関する様々な要素については、サイトの検査活動において日常的に評価している。
また、直接規制を実施していない理由については以下の通りとしている。
・安全文化の客観的な測定方法が整備できていない。
・安全文化の規制は、経営特権侵害の懸念がある。
・安全文化は組織自身の誓約の結果として生まれる。
安全文化は、現行の規制においては、10CFR50付属書Bで規定する品質保証と、原子炉監督プロセス(ROP)における3つの分野横断的な要素すなわち「ヒューマン・パフォーマンス」、「安全性を重視した作業環境(SCWE)」、および「問題の特定と是正」の検査結果から間接的に評価できていると考えている。
また、NRCは安全文化を直接規制するものでないとの立場を取りつつ、基本的には10CFR50.7「雇用者の保護;2003年10月改訂3」にて雇用者が事業者の違反行為等を申告することについて差別的扱いを禁止するルールを制定しており、このルールを安全文化の維持・向上の視点から重視している。
3-1-2)ディビスベッセ原子炉上蓋腐食問題
ディビスベッセ発電所における原子炉上蓋腐食問題(2002年3月にクラック発見)に対する具体的な対応を概説すると
(1)事業者自らの評価及び独立したコンサルタントによる評価に基づき、安全文化、組織、マネジメントについての根本原因分析書を事業者からNRCへ報告し、事業者は、安全文化が欠如していたと報告した。
(2)この報告に対してNRCは、10CFR50付属書B(品質保証)を法的根拠に事業者の安全文化、組織、マネジメント問題について評価を実施した。この時NRCは、ヒューマンファクター部門、組織運営の専門家、原子力プラントの安全文化の向上に実績のあった産業界の経営者より構成する特別検査チームを編成し、組織マネジメント、ヒューマンパフォマンスの検査を実施した。
(3)上記の特別検査の期間(2003年3月20日~12月19日)に、事業者は下記の自己評価を実施した。
①内部による安全文化自己評価
②外部コンサルタントによる安全文化自己評価
③安全を意識した作業環境(SCWE:Safety Conscious Work Environment)の評価
④従業員の自己申告制度の評価
これらの自己評価についてNRCの特別検査チームは評価の妥当性確認を行った。このときNRCは安全文化の評価についてはIAEAのINSAG-15を活用した。
(4)更にディビスベッセ発電所の再起動許可の条件として5年間に安全文化内部評価を2年を超えない範囲で実施すること、および外部評価を2004年および2006年の2回実施すること、各月のプラント安全性能指標を提示すること、毎年QA報告することを課している。
3-1-3)NRCの最近の動き
ディビスベッセ原子炉上蓋腐食問題が起ったこと及び次に示す英国等海外で規制の新たな動きが見られること等により、安全文化についてのこれまでの取り組みを整理し新たな対応を現在再検討中である。
(1)許認可取得者が健全な安全文化プログラムを確立できるように奨励すること。
(2)より完全に安全文化に取り組めるよう分野横断的な問題に対するROPの対応を強化すること。
(3)検査官が、安全文化の分野についての適切なトレーニングを受けられるようにすること。
3-2)英国HSEの取り組み
1992年にHSEのNII(Nuclear Installations Inspectorate:原子力施設検査局)のヒューマンファクター部門は、原子力安全文化についての評価方法の検討を開始したが、ウィルハ原子力発電所での燃料棒落下事故(1993年)を契機に、原子力安全文化について規制としての対応が求められた。
HSEは原子力施設安全顧問委員会第3報告書(1993)において安全文化の定義をすると共に、91項目の安全文化評価項目リストを示した。
その後、事業者が自己評価できるCST(Climate Survey Tool)
を1997年に開発した。このツールは、71の評価項目に
ついて、管理者、監督者、作業者の3階層を評価対象と
して評価するツールで、原子力のみならず一般産業の自
己評価ツールとしても活用させてきた。
このように英国では事業者による自己評価を促進させることを基本としてきた。
この基本的な考え方に基づき、現在、事業者は第2回
目の定期安全レビューにおいて独立した外部機関(コンサルタント)で認定された評価ツールを用いて安全文化の自己評価を実施することが義務付けられている。
一方、規制当局は、発電所において、検査官が日常点検活動の一環として実際のエビデンスにより直接的に安全に対する態度、行動を観察し、関連する情報とあわせて組織の安全文化状態を判断している。
なお、最近の動きとして、安全文化を安全マネジメントに組込むことで、規制関与を更に強化することを計画しており、この安全マネジメントの具体策の一つとして規制における安全文化の評価項目、評価方法を開発中である。
英国においても安全文化は直接規制の位置づけではないが、原子力安全文化評価項目の最新版を活用して事業者評価を行い、事業者に欠点が発見された場合、法的根拠として、既存の品質保証規定あるいは組織変更管理規定により改善させることを検討している。
4.まとめ
安全文化に関するIAEAなどの外国の動向について報告した。世界の共通的な考え方としては、規制機関は直接的な規制で事業者の安全文化への取り組みを強化するものではなく、これを評価し奨励することであるということである。また、安全文化は通常は明確な形で現出していないものの、観察可能な行動を通じて識別可能であるということも共通の認識となっている。
IAEAやOECD/NEAの国際機関は、安全文化の定義、安全文化評価項目の開発、安全文化劣化兆候の把握、マネジメントシステムへの取り込み等、重要課題として積極的に取り組み、評価手法、評価の視点等を各国に提供している。
米国NRCは、安全文化は直接規制の対象ではないが、検査制度(ROP)の横断的要因である「ヒューマン・パフォーマンス」、「安全を重視した作業環境」、「問題の発見・是正する仕組み」の観点から安全文化を間接的に検査している。安全文化劣化に起因するトラブル発生時は安全文化についても評価を実施している。現在、安全文化について規制の取組みを再検討している。
英国HSEは、当初事業者の自己評価を奨揚して来たが、最近マネジメントシステムへの取り込みを検討中で規制の関与を強める方向である。
一方、日本での取り組みについては、牧野他による「安全文化研究への取り組み」保全学Vol.3, No.3 (2004)[6]にて紹介しているが、平成16年12月から総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会高経年化対策検討委員会(宮健三委員長)において審議を重ね取りまとめられた「実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について」(平成17年8月31日)[7]は、企業文化・組織風土の経年劣化防止への取り組みについて10年ごとに実施する定期安全レビューにおいて事業者が自らの活動を適切に評価しているかどうかを国としても把握し、良好事例についてこれを積極的に称揚するとともに事業者の取り組みを促進させることとすることが決定され報告されている。この決定に基づき、現在、事業者の取り組みに対する把握及び奨揚するための着眼点(把握の視点)をこれまでの(独)原子力安全基盤機構の研究成果[8],[9],[10]に基づき、まとめているところである。
参考文献
[1]“ Safety Culture”, INSAG-4,IAEA (1991) .
[2] “ASCOT Guidelines(Guidelines for organizational self-assessment of safety culture and for reviews by the Assessment of Safety Culture in Organizations Team)”, TECDOC-860,IAEA (1996) .
[3]“ Management of Operational Safety in Nuclear Power Plants”,
INSAG-13,IAEA (1999).
[4]“ Key Practical Issues in Strengthening Safety Culture”,
INSAG-15,IAEA (2002).
[5]“The Role of the Nuclear Regulator in Promoting and Evaluating Safety Culture”, OECD NEA (1999)
[6] 牧野眞臣、高野研一、“安全文化研究への取り組みー官民での研究状況ー”、保全学Vol.3,No.3、日本保全学会(2004)
[7]“実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について”,原子力安全・保安院-2005
[8] M.Makino,T.Sakaue,S.Inoue, Chapter 6,“Toward a Safety Culture Evaluation Tool.”,“Emerging Demands for the Safety of Nuclear Power Operations-Challenge and Response.”, Eds. N.Itoigawa, B.Wilpert, and B.Fahlbruch, CRC Press, London, UK.(2004)
[9]“平成15年度人間・組織等安全解析調査等に関する報告書04基シ報-0001”,(独)原子力安全基盤機構(2004).
[10]“平成16年度人間・組織等安全解析調査等に関する報告書(2/3)-原子力安全文化の組織内醸成と基盤整備05基シ報-0003”,(独)原子力安全基盤機構(2005).
安全文化に関するIAEAなどの外国の動向について 牧野 眞臣,Maomi MAKINO,阪上 武温,Takeharu SAKAUE,佃由 晃,Yoshiaki THUKUDA
原子力施設の安全確保は、施設・設備を構成するハード面からの安全確保とこれを運用する人間、組織、マネジメントや制度等のソフト面からの安全確保が両輪となり、これら両輪が的確に機能することが必要である。特にソフト面からの安全確保の基礎となる原子力安全文化の維持、強化が極めて重要である。
最近、国内外で組織問題に起因すると考えられる重大な事故等が増加しており、国際機関(IAEA:International Atomic Energy Agency;国際原子力機関、OECD/NEA:Organization for Economic Cooperation and Development / European Nuclear Energy Agency;経済協力開発機構/欧州原子力機関、他)、各国の規制機関及び原子力事業者は、安全文化の自己評価手法や安全マネジメントシステムの開発に積極的に取り組んでいる。
ここでは国際機関としてIAEAおよびOECD/NEAの取り組みを,海外の規制機関として米国及び英国の取り組みについて紹介する。
2.国際機関における取り組み
2-1) IAEAにおける取り組み
2-1-1)安全文化に関する取り組み
安全文化の概念が言葉として初めて明示されたのは、国際原子力機関(IAEA)の国際原子力安全諮問グループ(INSAG:International Nuclear Safety Advisory Group)が作成したINSAG-1「チェルノブイリ事故の事故後検討会議の概要報告書」(1986)においてである。その後図1に示すようにIAEAにおいて安全文化についての基本的考え方、定義、評価方法、評価項目等の検討が積み重ねられてきた。以下に順を追って説明する。
(1) INSAG-3「原子力プラントの基本安全原則」(1988)
安全文化が原子力プラントの安全確保に占める意味が検討された。安全文化は、全ての個人及び組織の活動とその相互作用を支配し、原子力プラントの安全活動に従事する全ての人々の自らの献身と責任感であるとした。
(2) INSAG-4「安全文化」(1991年)[1]
初めて安全文化の意味するものは何かを定義し、その概念の実務的・具体的な展開をより詳細に示した。
「安全文化とはすべてに優先して原子力施設等の安全問題が取り扱われ、その重要性にふさわしい注意が確実に払われるようになっている組織および個人の備えるべき特性および態度が組み合わさったもの」と定義した。
図1 IAEAの取り組み概要
安全文化の主要な構成要素を図2のように示している。ポリシーレベル、管理職者レベル、個人レベルの各層それぞれが担うべき役割を十分に達成し、それらが組織の全体レベルで融合して機能している状態に望ましい安全文化が実現される。
図2 安全文化の主要な構成要素
さらに安全文化の特質について、「特性」や「態度」は人間・組織の無形の底流にあるものであるが、これらは有形の「目に見えるもの」に具現化される。それにより無形の底流にあるものを評価でき、評価の視点となり得るとの観点から、安全文化についての自己評価の視点を質問形式で提示した。例えば運転組織に関しては、経営レベルの安全方針、労働負荷、経営レベルでの安全慣行、責任の明確化、管理者の姿勢、職員の姿勢、安全実績の評価、管理部門による現場の監督等についての質問項目を具体的に提示している。また、政府及び規制機関、研究機関、設計組織に関する質問リストも提示している。
(3) TECDOC-860「ASCOTガイドライン」(1996年)[2]
INSAG-4の発行後、組織の安全文化を適切に評価する方法、評価項目について検討が加えられ、1996年にASCOT(Assessment of Safety Culture In Organizations Team)により組織の安全文化を自己評価する評価項目が作成された。ここでは、規制機関自身の自己評価項目、事業者の自己評価項目が検討され、INSAG-4で提示された評価の視点を基本質問とし、関係する具体的な質問(指定質問と呼ぶ)と目安となる指標から構成されている。
事業者の自己評価については、基本質問(164項目)、指定質問(281項目)、目安となる指標(311項目)から構成されている。一例として発電所における協力会社に関する質問例等を示す。
①基本質問: 協力会社が行った保修作業を監督し、その内容の検討、承認手続きはどのようになっているか。
②指定質問:
・協力会社を使うことで特別な安全問題が生じたか。
・それをどのように処理したか。
・年間どの程度協力会社の安全問題が生じているか。
③目安となる指標:
・協力会社の職員に作業前安全ブリーフィングを行うよう指示しているか
・作業を監督し、その内容を検討、承認するために特別な手続きがあるか
・協力会社と定期会合で安全問題を討議しているか
(4)INSAG-13「原子力発電プラントにおける安全運転のマネジメント」(1999年)[3]
組織が健全な安全文化を促進し、維持する手段として、安全マネジメントシステムを位置付けた。安全マネジメントシステムは、プラントのすべての状態における安全活動を計画、管理、監督する手段を示すことにより、組織の安全実績を向上すること及び個人・組織がタスクを安全に行えるよう、個人・組織の安全に対する良好な姿勢及び行動を促すことにより健全な安全文化の醸成を支援する。安全マネジメントシステムは、原子力プラント運用のあらゆる側面の品質を保証するために、品質マネジメントシステムに不可欠な重要システムであると位置づけた。
また安全実績の客観的評価尺度の例として、ニアミス(ヒヤリハット)の告知件数、安全点検の回数、訓練回数、保安規定違反やヒューマンファクターに起因する事象の件数を、保守部門の尺度の例として未解決残務量、保守作業の再実施の量、ニアミス回数等をあげている。
(5)INSAG-15「安全文化醸成の主要実務課題」(2002年)[4]
安全文化の重要課題として以下を提起した。
① 組織トップの誓約
② 実行可能な手順書の使用
③ 問いかける姿勢
④ 報告する文化の構築
⑤ 非安全行為への挑戦
⑥ 学習する組織
⑦ 基盤となる共通課題:コミュニケーション、
明確な優先順位、組織
それぞれの課題について、日常的な表現で解説し、それを診断するための個人、組織の遂行能力を組織の各階層毎に質問する項目を示している。
また、組織の安全文化の発展・向上には3つの段階があるとしている。
第1段階:原子力安全は規則・規制に基づいている。
第1段階では、原子力安全といってもまだ規格や規制に基づくことが主体である。この段階では、外部から課される規格や規制に適合しておりさえすれば安全性は十分であり、安全というのは規制遵守の問題にすぎないと考える。スタッフは、原子力安全に対して責任を持つのは管理者であって自分達は与えられた役目を果たすだけだと考えがちである。
第2段階:原子力安全が組織の到達目標となる。
発展の第2段階では、組織には原子力安全の価値と到達点を明確にした、安全に関する展望と使命の声明書が作成されており、その到達点達成のプロセスや手順も確立されている。この段階に入ると、原子力安全について考察した上で、できることとできないことを体系的に文書化した規制や手順も揃い、やるべき事がよく計画されて各従業員に提示される。しかし多くの組織では、この段階でもまだ個々の従業員にとって原子力安全は、十分に相談も受けず、内容にも参画できず、ただ「課される」だけのものであり、安全専門スタッフが監督・監視するものにすぎないと捉えている。この段階では安全な環境で働く必要性についての意識は高まるが、個人レベルやチームレベルでの原子力安全への関与や安全に対する認識が自ずと生じるまでには至っていない。
第3段階:原子力安全は常に向上させられる。
発展の第3段階は組織がめざす理想的な姿である。原子力安全は継続的なプロセスによって達成され、そのためには、原子力安全についての展望や価値 観を全員が共有し、従業員の大半が安全強化に向けて自ら積極的に参加している。請負先等で原子力安全に係る人間も必要に応じて参加している。全員が原子力安全の要件を明確に理解し、かつ熱意を持っており、個人として、又チーム全体として、全ての活動を通じて安全強化の達成・維持に関与している。
この段階になると劣悪な状態や慣行が見つかると誰もがこれを受入れられないものと見なし、積極的にこれに挑戦する。不具合事象や事故は、産業安全、環境問題、あるいは放射線・原子力安全のいずれかを問わず、正常な労働の場には存在することを認めず、回避すべき異例の、受容できない出来事と見なす。自立した安全文化を持った学習する組織が誕生したといえる。
一方、組織の安全文化が劣化する段階として表1のように5つの段階を示している。
表1 組織の安全文化劣化の進行段階
劣化の段階 説明
第1段階 自信過剰 過去の実績が自己満足を助長する。
第2段階 慢心 軽微な事象が起こり始めるが、重要性の認識不十分により改善プログラムが遅れる。
第3段階 否定 より重要な事象も起こるが、内部監査や自己評価による否定的な見解が却下される。
第4段階 危険 過酷な事故に至る潜在性のある事象が起こっても、経営陣が一貫して内外の批判を拒絶し、監視組織もしばしば及び腰になる。
第5段階 崩壊 安全文化の崩壊が容易に認識される。
規制当局による特別検査の実施。経営管理層の退陣等が
出てくる。改善に多大なコストが必要となる。
2-1-2)統合された安全マネジメントシステム
IAEAは現在、統合された安全マネジメントシステムの基準作りを進めている。
1978年にIAEAは原子力発電所の品質保証指針として「原子力プラントにおける安全のための品質保証の実施基準」(50-C-QA)を発行し、1996年に改訂版(50-C/SG-Q (1996))を制定した。その後ISO9001-2000の品質マネジメントシステムの改訂を受け、その要求基準に対応させること、またライフサイクルを通じて安全を確保し維持することを基本に、原子力安全の要件と相互関係にある健康、環境、セキュリティ、品質及び経済性の要件を統合した総合マネジメントシステムを提起し、基準づくりを進めているところである。
2-2)OECD/NEA/CNRAにおける取り組み
(CNRA:The Committee on Nuclear Regulatory Activities原子炉規制者活動委員会)
1999年発行の「安全文化醸成と評価における規制当局の役割」[5]において、安全文化を促進する原子力規制当局の役割と取り組み姿勢が示されている。
2-2-1)安全文化の促進と評価における規制当局の役割
規制当局が安全文化の促進と評価に果たす役割は以下としている。
(1)原子力発電所の安全運転の責任は事業者が負っているという基本的大原則に触れる行為をしてはならない。
(2)安全文化を促進するに当たっては、自らのパフォーマンスで良い模範を示す必要がある。
(3)優れた実績と高い品質を積極的に促し、優れた安全行
動を奨励し、優れた安全文化の事業者は広く知らせ、その取り組みを認めることによって安全文化を促進する。
また、脆弱な安全文化が起因し安全問題に至るパフォーマンス・モデルを次のように示して規制当局の役割を述べている。
(1)脆弱な安全文化がある期間継続すると、安全実績の低下の兆しが現れる。その要因を見つけず、是正しないで放置すると、遂には安全問題が現実のものとなって現れる。
(2)規制当局は安全実績の低下傾向を見つけだすことが重要である。同時に安全実績低下の要因と考えられる脆弱な安全文化の兆候が存在するかどうか評価する必要がある。
2-2-2)安全実績低下の兆候
プラントの運転面及び保守面から見た安全実績低下の兆候を以下のように示している。
(1)運転面
・反応度監視操作/燃料・制御棒取扱作業でエラーを起こしている
・運転手順書の不備、順守不履行が見られる
・訓練不足、細部への配慮不足による運転員エラーが見られる
・出力優先の意志決定が行われている
・十分な分析のないまま異常事象後のプラント再起動を行っている
(2)保守面
・保守作業手順書の不備、順守不履行が見られる
・保守エラーが原因の原子炉トリップが見られる
・保守作業の管理が適切でない
・作業前の必要な準備が十分でない
2-2-3)脆弱な安全文化の兆候
管理運営面における脆弱な安全文化の兆候を以下のように示している。
(1)マネジメントの視点
・安全に対する明確な組織声明がない
・最高経営者層に情報が十分伝わらない
・外部の意見を受容しない (孤立化)
・機能の異なる組織間でチームワークに欠けている
(2)プログラムの視点
・是正活動が役立っていない?問題の再発が見られる
・作業管理プロセスが扱いにくい
・品質保証活動が根づいていない
・トラブル事象の分析・水平展開が十分でない
(3)自己評価の視点
・品質保証監査が役立っていない
・安全組織によるレビューが上辺だけとなっている
・他の経験から学ぼうとしない
・経営者は悪い知らせに耳を傾けようとしない
・トラブル分析が不十分、フィードバックがない
(4)透明性の視点
・問題解決の責任が明確になっていない
・工程の確立、日常的遵守がなされていない
・意志決定が非常に遅い
・目標達成が悪くても大目に見られる
(5)孤立化の視点
・標準や他の委員会に参加しない
・他のプラントとの人事交流や情報交換がない
・安全研究の進歩に関心がない
(6)姿勢の視点
・外部からの意見を受け入れない
・現状に満足しており問題発見の姿勢に欠ける
3.海外規制機関の取り組み
海外規制機関における安全文化の取り組みについて、代表例として米国NRC(Nuclear Regulatory Commission:原子力規制委員会)と英国HSE(Health and Safety Executive:保健安全執行部)における取り組みを紹介する。
3-1)米国NRCの取り組み
3-1-1)安全文化に関する考え方
安全文化については1989年1月政策表明書(Policy Statement)に「NRCのライセンスを有するすべての施設において安全文化を整備し、維持する」ことを明示し、また安全管理に対する政策声明(「Policy Statement on conduct of Nuclear Power Plant Operations」1989年1月)は「安全に焦点をあてた職場環境の確立と維持のための管理」を示している。
その後、ミルストン発電所での組織問題注)の教訓より、1996年5月安全を重視した作業環境(SCWE: Safety Conscious Work Environment)についてその確立と維持に関する政策表明が発表された。
注)規制緩和に伴うコスト低減の経営圧力から安全文化の劣化が進行し、1996年TIMES誌に、経営陣に安全性問題を指摘した従業員が圧力、威嚇された特集記事が掲載されたことから明るみに出た組織問題。
2002年11月に当時のNRC委員長は安全文化についての規制の考え方を表明している。それによると
・安全な運転を保証する環境を育むのは、許認可取得者のマネジメントの問題である。
・安全文化を直接規制していない。
・安全文化自体を評価するための、性能指標或いは他の検査ツールが整っていない。
・間接的な手法により、ふさわしい安全文化の存在を確認しようと努めている。
・許認可取得者の安全文化が脆弱であれば、色々なパフォーマンス指標が閾値を越え、或いは基本検査実施中に許認可取得者の問題が浮かび上ってくる。この考え方が原子炉監督プロセス(ROP:Reactor Oversight Process)の前提となっている。
・安全文化に関する様々な要素については、サイトの検査活動において日常的に評価している。
また、直接規制を実施していない理由については以下の通りとしている。
・安全文化の客観的な測定方法が整備できていない。
・安全文化の規制は、経営特権侵害の懸念がある。
・安全文化は組織自身の誓約の結果として生まれる。
安全文化は、現行の規制においては、10CFR50付属書Bで規定する品質保証と、原子炉監督プロセス(ROP)における3つの分野横断的な要素すなわち「ヒューマン・パフォーマンス」、「安全性を重視した作業環境(SCWE)」、および「問題の特定と是正」の検査結果から間接的に評価できていると考えている。
また、NRCは安全文化を直接規制するものでないとの立場を取りつつ、基本的には10CFR50.7「雇用者の保護;2003年10月改訂3」にて雇用者が事業者の違反行為等を申告することについて差別的扱いを禁止するルールを制定しており、このルールを安全文化の維持・向上の視点から重視している。
3-1-2)ディビスベッセ原子炉上蓋腐食問題
ディビスベッセ発電所における原子炉上蓋腐食問題(2002年3月にクラック発見)に対する具体的な対応を概説すると
(1)事業者自らの評価及び独立したコンサルタントによる評価に基づき、安全文化、組織、マネジメントについての根本原因分析書を事業者からNRCへ報告し、事業者は、安全文化が欠如していたと報告した。
(2)この報告に対してNRCは、10CFR50付属書B(品質保証)を法的根拠に事業者の安全文化、組織、マネジメント問題について評価を実施した。この時NRCは、ヒューマンファクター部門、組織運営の専門家、原子力プラントの安全文化の向上に実績のあった産業界の経営者より構成する特別検査チームを編成し、組織マネジメント、ヒューマンパフォマンスの検査を実施した。
(3)上記の特別検査の期間(2003年3月20日~12月19日)に、事業者は下記の自己評価を実施した。
①内部による安全文化自己評価
②外部コンサルタントによる安全文化自己評価
③安全を意識した作業環境(SCWE:Safety Conscious Work Environment)の評価
④従業員の自己申告制度の評価
これらの自己評価についてNRCの特別検査チームは評価の妥当性確認を行った。このときNRCは安全文化の評価についてはIAEAのINSAG-15を活用した。
(4)更にディビスベッセ発電所の再起動許可の条件として5年間に安全文化内部評価を2年を超えない範囲で実施すること、および外部評価を2004年および2006年の2回実施すること、各月のプラント安全性能指標を提示すること、毎年QA報告することを課している。
3-1-3)NRCの最近の動き
ディビスベッセ原子炉上蓋腐食問題が起ったこと及び次に示す英国等海外で規制の新たな動きが見られること等により、安全文化についてのこれまでの取り組みを整理し新たな対応を現在再検討中である。
(1)許認可取得者が健全な安全文化プログラムを確立できるように奨励すること。
(2)より完全に安全文化に取り組めるよう分野横断的な問題に対するROPの対応を強化すること。
(3)検査官が、安全文化の分野についての適切なトレーニングを受けられるようにすること。
3-2)英国HSEの取り組み
1992年にHSEのNII(Nuclear Installations Inspectorate:原子力施設検査局)のヒューマンファクター部門は、原子力安全文化についての評価方法の検討を開始したが、ウィルハ原子力発電所での燃料棒落下事故(1993年)を契機に、原子力安全文化について規制としての対応が求められた。
HSEは原子力施設安全顧問委員会第3報告書(1993)において安全文化の定義をすると共に、91項目の安全文化評価項目リストを示した。
その後、事業者が自己評価できるCST(Climate Survey Tool)
を1997年に開発した。このツールは、71の評価項目に
ついて、管理者、監督者、作業者の3階層を評価対象と
して評価するツールで、原子力のみならず一般産業の自
己評価ツールとしても活用させてきた。
このように英国では事業者による自己評価を促進させることを基本としてきた。
この基本的な考え方に基づき、現在、事業者は第2回
目の定期安全レビューにおいて独立した外部機関(コンサルタント)で認定された評価ツールを用いて安全文化の自己評価を実施することが義務付けられている。
一方、規制当局は、発電所において、検査官が日常点検活動の一環として実際のエビデンスにより直接的に安全に対する態度、行動を観察し、関連する情報とあわせて組織の安全文化状態を判断している。
なお、最近の動きとして、安全文化を安全マネジメントに組込むことで、規制関与を更に強化することを計画しており、この安全マネジメントの具体策の一つとして規制における安全文化の評価項目、評価方法を開発中である。
英国においても安全文化は直接規制の位置づけではないが、原子力安全文化評価項目の最新版を活用して事業者評価を行い、事業者に欠点が発見された場合、法的根拠として、既存の品質保証規定あるいは組織変更管理規定により改善させることを検討している。
4.まとめ
安全文化に関するIAEAなどの外国の動向について報告した。世界の共通的な考え方としては、規制機関は直接的な規制で事業者の安全文化への取り組みを強化するものではなく、これを評価し奨励することであるということである。また、安全文化は通常は明確な形で現出していないものの、観察可能な行動を通じて識別可能であるということも共通の認識となっている。
IAEAやOECD/NEAの国際機関は、安全文化の定義、安全文化評価項目の開発、安全文化劣化兆候の把握、マネジメントシステムへの取り込み等、重要課題として積極的に取り組み、評価手法、評価の視点等を各国に提供している。
米国NRCは、安全文化は直接規制の対象ではないが、検査制度(ROP)の横断的要因である「ヒューマン・パフォーマンス」、「安全を重視した作業環境」、「問題の発見・是正する仕組み」の観点から安全文化を間接的に検査している。安全文化劣化に起因するトラブル発生時は安全文化についても評価を実施している。現在、安全文化について規制の取組みを再検討している。
英国HSEは、当初事業者の自己評価を奨揚して来たが、最近マネジメントシステムへの取り込みを検討中で規制の関与を強める方向である。
一方、日本での取り組みについては、牧野他による「安全文化研究への取り組み」保全学Vol.3, No.3 (2004)[6]にて紹介しているが、平成16年12月から総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会高経年化対策検討委員会(宮健三委員長)において審議を重ね取りまとめられた「実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について」(平成17年8月31日)[7]は、企業文化・組織風土の経年劣化防止への取り組みについて10年ごとに実施する定期安全レビューにおいて事業者が自らの活動を適切に評価しているかどうかを国としても把握し、良好事例についてこれを積極的に称揚するとともに事業者の取り組みを促進させることとすることが決定され報告されている。この決定に基づき、現在、事業者の取り組みに対する把握及び奨揚するための着眼点(把握の視点)をこれまでの(独)原子力安全基盤機構の研究成果[8],[9],[10]に基づき、まとめているところである。
参考文献
[1]“ Safety Culture”, INSAG-4,IAEA (1991) .
[2] “ASCOT Guidelines(Guidelines for organizational self-assessment of safety culture and for reviews by the Assessment of Safety Culture in Organizations Team)”, TECDOC-860,IAEA (1996) .
[3]“ Management of Operational Safety in Nuclear Power Plants”,
INSAG-13,IAEA (1999).
[4]“ Key Practical Issues in Strengthening Safety Culture”,
INSAG-15,IAEA (2002).
[5]“The Role of the Nuclear Regulator in Promoting and Evaluating Safety Culture”, OECD NEA (1999)
[6] 牧野眞臣、高野研一、“安全文化研究への取り組みー官民での研究状況ー”、保全学Vol.3,No.3、日本保全学会(2004)
[7]“実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について”,原子力安全・保安院-2005
[8] M.Makino,T.Sakaue,S.Inoue, Chapter 6,“Toward a Safety Culture Evaluation Tool.”,“Emerging Demands for the Safety of Nuclear Power Operations-Challenge and Response.”, Eds. N.Itoigawa, B.Wilpert, and B.Fahlbruch, CRC Press, London, UK.(2004)
[9]“平成15年度人間・組織等安全解析調査等に関する報告書04基シ報-0001”,(独)原子力安全基盤機構(2004).
[10]“平成16年度人間・組織等安全解析調査等に関する報告書(2/3)-原子力安全文化の組織内醸成と基盤整備05基シ報-0003”,(独)原子力安全基盤機構(2005).
安全文化に関するIAEAなどの外国の動向について 牧野 眞臣,Maomi MAKINO,阪上 武温,Takeharu SAKAUE,佃由 晃,Yoshiaki THUKUDA