宇宙エンジンにおけるトラブル事例とその対応、これに基づいた高信頼化に関する取り組み
公開日:1. はじめに
宇宙空間は、人類最大のフロンティアとも言われ、挑戦を試みるためには、地球重力場を横断し、また大気の層を突破するために、他に類を見ない加速エネルギが必要となる。わずか、高度200kmのパーキング軌道(文字通り「地球の駐車場」)に到達するために、10,000m/s(音速の30倍相当)近くまでの加速能力が要求され、唯一「ロケット推進輸送機」によって、かろうじて宇宙空間への通路が確保されている。
ロケットエンジンの原理は古くから知られているが、液体ロケットの実用化は第2次大戦中に始まった。戦後の冷戦時代にはICBM推進機として進化した側面もあるが、米国アポロ計画前後には、高性能、低燃費の極低温酸素・水素エンジンが実用化された。
一方、我が国では、米国デルタロケットの技術導入の時期を経て、1976年には、初の極低温エンジン国産開発に踏み切り、1986年にH-Iロケットの第2段エンジンとして、試験飛行に成功した。さらに、1985年には、米国SSME(Space Shuttle Main Engine)をモデルに第1段用極低温主エンジンの開発に着手し、紆余曲折を経て1994年には、H-IIロケットとして初飛行に成功している。
本格運用が始まって、ほぼ50年を経過する打ち上げロケットではあるが、未だ完成の域には届かず、定常的に10%前後の確率で打ち上げ失敗を繰り返してきた。失敗原因のうち、およそ70%は推進系およびエンジンに起因すると分析されている。
我が国の打ち上げロケットも、H-IからH-II/
Aと運用結果を反映しつつ、改良を継続してきたが、散発的に打ち上げ失敗が発生している。打ち上げの目的も、技術開発から、気象観測、環境観測、災害監視など実用面に転換しつつあり、打ち上げ失敗を回避することは、至上の命題となっている。過去の故障原因を振り返った場合、以下の取り組みが必要と考えられる。
(1)故障モードを網羅的に捕捉すること(経験母数の拡大)
(2)故障発生の限界を集合面として把握すること(設計基準の確立)
(3)製品ばらつきや確率分布を踏まえて、必要十分な設計余裕を確保すること(限界に接近するメカニズムとその感度を理解すること)
我が国のロケットエンジン開発も30年の経験を経て、得られた知見の体系化を図り、次世代のエンジン開発に反映を期することが求められている。また、技術導入の延長から一歩を進め、将来の技術要求を見極めた上、主体的に技術開発の方向つけを行うとともに、「顧客」の利益を最大化、あるいは逸失利益を最小化するために、より一層の高信頼化を実現することが、競争力を維持する上にも課題となっている。
2.ロケットエンジンの設計とその特徴
宇宙空間で推進力を得るためには、自らの質量の一部を、空間に放出する以外に方法はなく、その値は、「単位時間当たりの放出質量」と「放出速度」の積で与えられる。放出に使える質量の総和は、搭載した推進薬量が上限であるから、結局「放
出速度」をいかに向上できるかが、ロケットエンジンの推進性能を決定する。反応(燃焼)室の圧力・温度を極力高めることが要求される。
一方、軌道に到達するためには、前述の速度増分が必要となり、条件を満たすためには、加速対象となる質量を低減することが必要不可欠となる。内、輸送目的となるペイロード質量の割合は極力大きくとりたいから、勢いエンジン・機体の構造重量は極限までの軽量化が求められる。
Fig.1 LE-7/A Engine for H-II/A 1st stage
具体例として、H-IIAロケット上段エンジンLE-5Bの真空中排気エネルギは、およそ300MWとなる一方、エンジン質量は、290kgと、重量級関取一人分に抑え込んでいる。1段エンジンLE-7Aでは、およそ2.4GWと発電所に匹敵する出力となり、その質量は1,800kg程度で、この水準まで軽量化した機体を多段化して、ようやく地球低軌道への到達が可能となる。以下に1段エンジンLE-7A の主要諸元を示す。
・推進薬:液体酸素/液体水素
・混 合 比: 5.9
・推 力 : 1,100 kN
・比 推 力: 440 sec
・燃焼圧力 : 11.9 MPa
・エンジン重量 : 1,800 kg
・設計寿命:1,750sec,11スタート
また、Fig.1には、同エンジンの外観を、Fig.2には、系統図を示す。
主燃焼室温度は、3,000Kを越えるため、燃焼室は二重壁構造とし、液体水素(常圧下で、20K)で冷却している。壁面には、熱伝導度の高い銅合金を用いているが、最内周の過渡圧縮応力は、降伏限界を上回り、熱歪みを蓄積しつつ、運転される。寿命は、数十回のオーダとなる。
一方、燃焼室に推進薬を送り込むターボポンプでは、効率を向上し、かつ軽量化を図るために、高回転が要求されるが、過ぎるとポンプ吸込み
Fig.2 Schematic chart of LE-7A
性能が低下し、高い推進薬タンク圧力が必要となるために、結果的にタンク質量がかさむ逆効果の領域に至る。機体質量が極小となる最適回転数を選んでいる。水素ターボポンプでは、要求吐出圧力が30MPaに近く、また液密度が70kg/m3と低いことから、インペラ2段の構成としているが、それでも周速は500m/secを越える。インペラ、インデューサには、比強度の高いTi合金を用いているが、極低温環境下の強度を評定にしてはじめて設計が成立する。
3. ロケットエンジンの失敗事例とその対応
1999年11月15日、運輸多目的衛星を搭載してH-IIロケット8号機が、種子島宇宙センターから打ち上げられた。打ち上げおよそ100秒後のSRB(固体ロケットブースタ)の燃焼終了、分離まで、順調に推移したものの、238秒(計画停止350秒)で1段主エンジンLE-7の推力が失われた結果、軌道投入は絶望となり、ロケットは衛星ごと指令破壊された。テレメータデータを仔細に分析した結果、現象としてまず液体水素の流れが遮断され、あるいは流体通路が破壊され、極低温水素による冷却機能が失われたことは明らかであった。しかし、現象の進展は早く、FTAなどと突き合わせるも、最初の原因に遡るには困難を極めた。その後、小笠原父島北西350km深度2,915mの海底で、エンジンの残骸が発見され、回収することができた。回収船上で、水素ポンプ吸込用インデューサを一目見るなり、「脆性破壊ではないか」と看破した当時金属材料研究所の専門家の発言が、未だに耳に
Fig. 3 broken hydrogen inducer
残る。水素インデューサの破面を、Fig. 3 に示す。
精査の結果、水素インデューサの疲労破壊が原因と裏づけられた。高サイクル応力の発生源は、単一原因では説明がつかず、複合的ワースト条件によって、亀裂が進展したと評価された。亀裂の始点は、インデューサ翼表面の(1)許容範囲の加工痕、であり、(2)インデューサ翼負圧面に発生する回転非同期キャビテーション、と(3)直上流の整流ガイドベーンの干渉が、重畳して加振源となったと特定された。さらに、事後の極低温材料試験によって、同種材料の疲労寿命が、当初設計に用いたNASAデータに比較して、数十%低い例も検出された。
ただし、同じ設計の1-6号機に類似の故障はなく、かつ破壊したインデューサの残り2枚の翼にも、亀裂は発見されなかったことから、結果的に、(1)材料強度・加工痕など、製造・加工のばらつき、(2)エンジン作動点など、運用条件の微小偏差、(3)タンク圧力、加速度など微妙な変動、などを予め織り込んだ初期設計が必要と考えられた。また、機体質量軽減に比較的感度の低い水素インデューサに、先進的設計を適用して、負荷を増大する必然性は低いことも認識され、「得られる効果」と「開発リスク」の関係について再度見直しを行った。その結果、開発中の後継H-IIAロケット用インデューサの設計改良に着手し、流量係数を見直した改良水素インデューサは、試験2号機以降から適用できた。酸素インデューサについては、改良開発が進行中である。インデューサは、機体質量を規定する重要構成品であり、実サイズ、実液、実負荷(回転数)で、性能を検証すべく、
Fig. 4 rotating cavitation (in water)
試験設備の新設も認められ、自前で、広範囲に設計限界を把握・検証することが可能となった。
高サイクル疲労の原因となった回転非同期(旋回)キャビテーション発生の状況をFig. 4に示す。
4.高信頼化設計
インデューサに関わる失敗事例とその対策を示したが、これら反映事項を一般化し、次世代宇宙エンジンの設計に適用することを試みている。目標は、以下となる。
(1)システムに内在する「リスクとマージンの分布」を把握し、許容水準への抑制を図るために、システム全体を見通して大域最適化する設計手法を確立すること
(2)号機ごとの「製造のばらつき・動作点の偏差・環境の微小変動」などが故障発生の誘因となっている可能性に鑑み、これら故障原因因子(故障ドライバ)の変動可能性をあらかじめ見込んでおく設計手法を確立すること、つまり故障ドライバのあり得る分散を定義し、破壊の原因となる各部応力などにどのように伝播、あるいは写像され、故障モード毎の発生確率に影響を与えるか、その感度を定量的に捕捉すること
(3)これらの影響度や致命度を総合的に評価した上でロバストな設計点の組み合わせを探索する体系的手法、即ち信頼度や安定度を評価関数にとりこんだ最適化設計手法を
構築すること
信頼度を定量化する手段として、故障が発生する負荷限界、および故障原因因子(故障ドライバ)が明確な場合には、故障ドライバ側に起こりうる確率分散や強度分散を与えることによって、負荷が故障限界を突破する確率(故障発生確率)を得ることができる。ただし、ロケットエンジンの場合、故障を発生する因果関係が単一であることはむしろ希で、複数の故障ドライバが複雑に干渉しあい、相互に励まし合いながら、様々な故障モードに「飛び火」することが、実例上明らかである。これらを網羅的に捕捉するため、実開発を経て相応の完成度に仕上がっていた「定常・過渡シミュレーション解析ツール」に注目し、これに「故障モデル」を結合して、故障ドライバの変動が、システム全体にどのように伝播、あるいは写像されるか、代表的故障モードについて評価を試みている。多数の「故障モデル群」を搭載した「シミュレーションツール」は、電算機内に構築される「数値エンジン」そのものであり、将来的には稼働す
るエンジンシステムの健全性を比較評価するた
めの「Virtual Engine(仮想エンジン)」として、「機体搭載実時間ヘルスモニタ装置」に進化することも期待できる。
4.1 高信頼化設計の基本概念
到達できるシステム信頼度は、概念設計の出来・不出来に大きく依存する。従来、実証用ハードウェアの存在しない概念設計段階に、信頼度を予測することは至難であった。設計の優劣は、設計者がシステム全体を見通すことで直感的に洞察すべき対象であった。システムが複雑・肥大化する現在、これを代替する方法として、電算機空間上で「仮想設計」を広域に展開し、故障確率などに基づいて、設計の優劣を判定する評価モデルを構築することが、システムの高信頼化を図る判断材料として必須と考えている。
設計概念の選択や設計変更などに際して、設計の優劣を体系的に比較することを目的に、既存のシミュレーションプログラムを中核として、故障モデルを結合し、各設計変数の選択・製造上のばらつき・動作環境の微小偏差などが、システム全体に及ぼす影響や各部故障発生確率に伝播する感度などを、定量化することを試みている。故障致命度によって、優先順位をつけ、これらをシステムシミュレータに結合することで、信頼度を定量化、あるいは相対化し、システム全体設計の優劣を判定することが可能になると考えている。信頼度定量化の概念をFig.5に、負荷と材料限界分散の対比に基づく信頼度定量化モデルをFig. 6に
LE-5Bエンジンの外観、および燃焼室冷却構造を、Fig.7
Fig.6 Stress-Strength model based
Failure Probability
示す。一律・一定の安全係数では、不十分と考えられる。従来設計との相違点を、Fig. 7に要約する。
Fig.7 Difference of Design Process
4.2 適用例
―燃焼室冷却溝ばらつきの影響―
主燃焼室は、2重壁構造になっており、液体水素によって冷却される。上段用LE-5Bエンジンの外観、および燃焼室冷却構造を、Fig.8 に示す。
冷却溝は、銅合金製燃焼室の外周から、軸方向に彫り込んで形成するが、銅合金は柔らかく、加工精度を向上することは容易ならない。冷却溝の3寸法(t:壁厚、W:溝幅、D:溝深さ)に想定される加工上のばらつきを与え、再生冷却出口温度、同圧損、燃焼室寿命、さらにタービンディスク発生応力に伝播する影響を評価した。結果を、Fig.9~10 に示す。燃焼室の寿命に±10%程度のばらつきを与えることが分かる。また、溝幅Wの感度が高い。
Fig.9 Mapping of Chamber Durability
さらに、再生冷却出口温度、圧損は、エンジンの平衡作動点にも影響を与え、結果として、エンジン全域の作動条件、負荷条件に伝播する。タービンディスク根本の応力にも±10%程度の分布に写像されることが分かる。
Fig.10 Mapping of MS for Turbine Disk
代表的故障モード2例を示したが、故障致命度に応じて、厳選した故障モードを、システムシミュレータに結合し、システム全体信頼度の指標となる評価関数を定義することによって、システムを大域的に最適化する設計パラメータの集合を一括して選定できると考えている。
5.まとめ
従来、最適化設計の主たる評価関数は、「性能」に限られていた。これに対して、昨今の宇宙輸送機に対する基本的要求に鑑み、この評価関数に「信頼度」を盛り込むべく、その定量化を試みている。信頼度定量化の基本原理は、故障モードを数値シミュレーションすることにある。
もちろん、すべての故障モードを精密にモデル化・統合化することは、事実上困難である。故障の致命度に優先順位をつけた上で、重要故障モデルや重要故障ドライバに絞り込んで、その伝播経路・感度などを把握し、それぞれの故障耐性を全経路でロバスト化しうる設計点の組み合わせを探索することによって、概念設計の最適化、あるいはその優劣を相対化できると考えている。
将来的には、汎用自動車エンジンのように、シミュレーションによって新規開発を達成できることが目標とはなるが、ことロケットエンジンなど宇宙推進系に関しては、故障メカニズム、あるいはその限界が不詳な現象も少なくない。適用に際しては、机上のシミュレーション計算のみに依存することなく、多くの未知の故障現象をモデル化するために、要素試験などに立ち戻り、結果を突き合わせることは必須である。
さらに、「信頼性」を向上するためには、「コスト」が発生し、あるいは「性能」を犠牲にしなければならないケースも発生するため、将来的には、これらの価値を相対化する評価関数が必要となる。最終的には、「運用性」等も含め、顧客の被るかもしれない「逸失利益」の期待値を最小化する評価関数などに統一することを目標と考えている。
参考文献
[1]H-IIロケット8号機による運輸多目的衛星の軌道投入失敗の原因究明及び今後の対策について、宇宙開発事業団、KKA-00007、2000
[2]緒方俊夫;事故に学ぶ-チタンの極低温疲労(H-IIロケット8号機)、Materia Japan,Vol.44,No.7,2005
[3]倉谷尚志, 青木宏, 安井正明, 呉宏堯, "高信頼化を目指した統合化設計手法の
研究", 平成16年度宇宙輸送シンポジウム, pp.121-124,2005
宇宙エンジンにおけるトラブル事例とその対応、これに基づいた高信頼化に関する取り組み 青木 宏,Hiroshi AOKI