溶接残留応力が強度・破壊に及ぼす影響残留応力と保全-第2回-

公開日:
カテゴリ: 解説記事


1.はじめに
 圧力容器や配管など気密性を要求される構造物の場合、その製作に溶接が用いられることが多いが、溶接を行う際の熱エネルギーの影響により材質が変化するだけでなく残留応力や変形が生じる。ここで、直接目には見えない製作時の残留応力が、供用後の劣化や損傷に影響を及ぼすことがあることに気をつけなければならない。時間経過にともなう保全活動においても、時間依存型の損傷に対して残留応力がどのような影響を及ぼすかについて把握しておくことは重要である。さらに、プラント運転後においても諸々の境界条件や荷重レベルが変化する場合があり、その場合にも当初問題にならなかった状態がクリティカルなレベルに達するような事象もあることに注意を要する。
 本稿では、溶接構造物における種々の強度ならびに破壊形態、すなわち、延性破壊、脆性破壊、座屈破壊、疲労強度、環境強度、高温強度、について、残留応力がどのように影響を及ぼすかについて紹介する。もちろん、これらの強度・破壊は、残留応力だけでなく、材質的因子、形状的因子、環境的因子など、他の因子が複雑に絡み合った結果として顕在化するものであり、明確に一つの因子のみの影響として分離することは現在の学問・技術レベルでは困難であることが実情ではあるが、残留応力がこれらの強度・破壊に及ぼす影響を、できるだけ定量的に整理した結果を簡潔に説明することとしたい。
2.延性強度への影響
 溶接変形や残留応力は、局部的な膨張および収縮に伴う熱応力の発生と、それによる局所的な変形が原因で生じるわけであり、その原因が取り除かれるような、すなわち部材全体が塑性降伏するような大きな荷重を受けると残留応力は除去される。したがって、部材が全断面降伏するような状態に対する強さ、継手の降伏強度、引張強度、最終的な延性破断強度(これらを総称して一般に静的強度もしくは延性強度と呼ぶ)には、残留応力はほとんど影響を及ぼさない1)-2)。以下に、残留応力と延性強度の関係を溶接線方向に引張荷重を受ける突合せ継手を例に示す。
 図1(a)に示すような突合せ溶接継手が溶接線方向に引張荷重を受けることにより荷重軸方向に一様に変形する場合を考える。この継手には図1(b)の曲線?のような残留応力、すなわち溶接部近傍には降伏点に達するような引張応力、離れた部分では圧縮応力、が存在している。この継手に引張負荷をかけると始めのうちは一様に応力が増加するが、溶接部近傍の引張応力が存在している部分はほどなく材料の降伏応力に達し、応力分布は曲線①のようになる。すなわち、見かけの降伏応力が低下していることになる溶接部付近はわずかな荷重で降伏して塑性変形を生じ、その応力は材料の降伏応力に保たれる。さらに荷重を増加させると降伏した部分は図中のAからBへと広がり、応力分布は曲線②のようになる。ここで、溶接線に近い位置ほど溶接熱サイクルによる加工硬化の結果として降伏点が大きくなっている。そして、荷重を溶接継手の全断面積で除した形で表される平均応力と、継手全体の見かけ上のひずみの関係を示す曲線は、図1(c)に示した記号 0-1-2 のようになり、継手の剛性は残留応力のない場合(母材)より小さくなる。しかし、この状態では継手全体としての大きな変形はなく、継手全体で大きな変形を生じ始めるのは横断面全領域における応力が降伏点に達したとき、すなわち応力分布が③になったときである。このときの溶接継手の平均応力、すなわち継手の降伏強さ? JYは、見かけ上の降伏応力 ?Ya = ?Y ? ?r の平均値に等しく、次式で表される。
(1)
ただし、残留応力には横断面全領域内において自己平衡特性があることから、
(2)
 すなわち、溶接継手の降伏強さは残留応力には無関係で、横断面上の各点での材料の降伏応力の平均値に等しい。また、継手の降伏ひずみは次式で表され、残留応力が見かけ上の降伏応力のレベルを超えることはないことから、母材の降伏ひずみの二倍以上にはならないことになる。
(3)
 継手としての降伏点を超えてさらに引張負荷をかけ続けると、横断面上の各店の材料の加工硬化特性に応じた応力を生じ、応力分布は曲線④、⑤のように上昇し、応力分布は段々と平坦になり、⑤の状態では始めから残留応力が存在しない場合とほぼ等しくなり、その後、最大荷重に達する。したがって、引張延性強度には残留応力はほとんど影響を及ぼさない。一方、最大荷重時の伸び(一様伸び)に注目すると、鉄鋼材料の溶接継手では、通常は熱影響硬化部の延性型の部分に比べて小さいのでこの部分が最初に力学的不安定条件に達する。この時の引張ひずみは、熱影響部の一様伸びと残留応力による引張ひずみの差として表されることになるが、残留応力による引張ひずみは降伏ひずみのオーダであり、一様伸びに比べて十分に小さい。したがって、残留応力は継手の破断延性にもほとんど影響を与えないことが理解できる。
3.脆性破壊強度への影響
 溶接構造物の脆性破壊は、溶接時に生じたき裂状の欠陥や、比較的鋭い切欠き部やそこに発生する疲労き裂を起点として発生することが多い。ここで、比較的小さな静的な荷重を受けても溶接継手が脆性破壊を生じるような場合には、残留応力の影響が顕著となる3)-5)。溶接構造物が溶接欠陥やき裂などを持ちその近傍に引張残留応力が存在すると、破壊応力が降伏応力以下の低応力脆性破壊域では残留応力の存在によって破壊遷移温度曲線が大幅に高温側に移行する。
 溶接線に垂直方向にき裂が存在する継手が溶接線方向に引張負荷を受ける場合を考える。継手が引張荷重を受けると、き裂先端に存在する引張残留応力のために残留応力がない場合に比べて同じ引張応力を受けてもき裂先端の降伏域の寸法も大きくなり、き裂先端開口変位などのき裂近傍の変形も大きくなる。490MPa級高張力鋼溶接継手を用いた場合における溶接線中央部の切欠き・き裂(き裂長さ c = 25mm)線上の応力分布に及ぼす残留応力の影響を図2(a)に示す。図中の矢印 R1、R2 は、それぞれ ?n / ?Y = 0.5の場合の残留応力あり・なしに対応する塑性域の広がり位置を示しており、引張残留応力の存在によって塑性域の寸法が大きくなっていることがわかる。また、溶接線に垂直方向にき裂が存在する継手が溶接線方向に引張負荷を受ける場合の作用ひずみ ?∞ とき裂開口量 d との関係を無次元化した状態として図2(b)に示す。残留応力のない母材の場合、小規模降伏状態ではき裂開口量は作用ひずみの二乗に比例するが、変形量が大きくなっていき全面降伏状態の付近以降ではき裂開口量は概ね作用ひずみに比例していく。ここで、図中のmは継手形状や材料の機械的特性などに依存する係数であり、1?2の値となることが多い。残留応力を有する溶接継手の場合、き裂寸法が引張残留応力の存在する領域寸法に比べて小さい負荷初期の場合には、き裂開口量は、外応力が残留応力の影響と重畳されて降伏応力程度負荷されているような状態と同じ挙動を示し、外応力が大きくなると残留応力の影響が小さくなってくるので、結果としてき裂開口量の変化は図中のODEのようになる。
 き裂材の破壊応力は、き裂開口量 d = dc となったときの応力 ?F あるいはひずみ (?∞)F として求められる。図2(b)からわかるように、残留応力の影響は負荷応力が降伏応力に比べて小さい場合に顕著であり、図中のA点の位置、すなわち限界き裂開口量 dc が、
(4)
を満足する温度 Ty 付近で、残留応力がない場合と引張残留応力が存在する場合の差が最も大きくなる。限界き裂開口量と温度の関係を用いて破壊応力と温度の関係を整理すると図2(c)のようになる。残留応力の影響度は温度によって異なり、以下のような特徴的な傾向を持つ。ここで、図中の TS は完全延性破壊を生じる最低温度、TL は横断面での平均破壊応力が降伏応力を超える最低温度である。また、き裂のない無限板の破壊応力として、ABCDEは残留応力の存在しない場合の限界破壊応力、ABC'D'E'は引張残留応力の存在する場合の限界破壊応力を示している。
 (1) T > TSの場合:残留応力は強度・延性に影響を及ぼさない。
 (2) TL < T ≦ TSの場合:残留応力が存在しても破壊応力にはほとんど影響を与えないが、温度 TL 付近では場合によっては多段破壊を生じることもあり、破断延性が若干(降伏ひずみのオーダ程度)低下する。
 (3) T ≦ TLの場合:引張応力が存在すると、温度 TL 付近で破壊応力?温度曲線は急激な遷移現象を示し、式(4)を満足する温度 Ty 付近で残留応力による破壊応力の低下量がもっとも大きくなる。
 このような残留応力場における脆性破壊強度を求めるための破壊力学的取扱いとして、応力拡大係数や限界き裂先端開口変位、引張塑性域寸法、さらに最近では、ワイブル応力概念に基づくローカルアプローチ6)などの破壊力学的パラメータが提案されている。また、欠陥やき裂のない溶接構造物に対しても、軟質溶接継手の脆性破壊強度評価に最大主応力を限界値として用いることができることを示した例7)もある。
 脆性破壊の発生が懸念される箇所に高い引張残留応力が存在する場合には、PWHTと記されることの多い溶接後熱処理などにより残留応力の除去処理を行うことが望ましい。圧力容器などでは、対象となるそれぞれの規格によりある板厚(30~40mm程度が多い)以上では、残留応力除去を要求している。
4.座屈強度への影響
 比較的薄板の構造物を溶接する場合においては、溶接入熱に比べて板自身の曲げ剛性が著しく小さいので、溶接線方向の圧縮残留応力によって座屈形式の変形・損傷が生じやすくなる。座屈変形はひとたび発生すると変形量が非常に大きいため場合によっては損傷に至る大きなダメージを与えること、さらにはその補修は困難を極めることから、これまでも、発生量を評価することよりも発生限界を把握することに注力がなされてきた。
 一例として、パネル構造の平板を考えた場合、平板の両側に補剛材が溶接されることから、図3(a)に示すように溶接線方向の残留応力分布は両端部で引張応力、中央部で圧縮応力となる。このような初期残留応力を有する平板に圧縮荷重を作用させた場合、平板の座屈強度 Pcr は一例として図3(b)のようになる8)。座屈強度と板幅 b の関係は、入熱量に応じて変化することが理解できる。また、図中の点線の範囲では、外力が負荷されなくても溶接による圧縮残留応力のみで座屈してしまうことを意味している。
 座屈強度を支配するパラメータは、溶接入熱 Q と板厚 h で表す入熱パラメータ Q/h2 で整理することができる8)-9)。また、数値解析によっても固有ひずみを用いた剛性行列の固有値解析により座屈発生の有無を判定することも可能である。板厚が比較的薄い溶接構造物を検討する必要がある場合、減肉などで使用中に溶接部の板厚が変化するような場合などには、座屈強度と残留応力の関係を把握することが重要となる。
5.疲労強度への影響
 溶接構造物に繰返し荷重が負荷される場合、その疲労強度に残留応力が影響を及ぼす場合がある。低サイクル疲労のような比較的大きな荷重が負荷されるような場合には、残留応力は外荷重によって緩和され、結果として疲労強度への影響は顕著でなくなる。一方、高サイクル疲労領域においては、残留応力は平均応力的に作用することになり、疲労強度に諸々の影響を与えることになる。
 高サイクル疲労の評価は、応力レベルと繰返し数の関係からSN線図を用いて疲労き裂の発生や破断強度を評価する手法10)-16)と、疲労き裂の進展を破壊力学的に評価する手法17)-23)に大別される。以下、双方の手法について残留応力が疲労強度に及ぼす影響についての具体例を示す。
 まず、SN線図による手法によって溶接継手の残留応力と疲労強度の関係を明確化した例を示す。多層溶接継手における溶接パスの積層順序を図4(a)のように変化させることによって、疲労き裂発生位置となる溶接止端部における外荷重垂直方向の残留応力の値を制御することが可能となる16)。ここで、継手としての最終形状は等しくなるように溶接を施工することにより、溶接熱影響による材質変化や応力集中などの影響を分離できるようにしている。最終パスを副材側に置いた場合、最終パスを主材側においた場合、それぞれの残留応力分布を図4(b)と(c)に示す。溶接残留応力の評価が、ひずみゲージを用いた応力弛緩法計測、X線回折による非破壊計測、熱弾塑性解析シミュレーションのいずれについても精度よく行えていること、さらに、溶接パスの積層順序を制御することによって、止端部での残留応力が約二倍に変化していることがわかる。
 これら二種類の溶接継手に加え、PWHT処理により残留応力を除去した継手について疲労試験を応力比 R = 0 で実施した結果を図4(d)に示す。低サイクル側では残留応力の大小にかかわらず疲労強度はほぼ同じレベルとなるが、高サイクル側になるに連れて、引張残留応力が疲労強度を徐々に低下させていることがわかる。また、疲労限に及ぼす残留応力の影響は修正Goodman線図を用いて整理することが可能であるとともに16)、圧縮残留応力が存在する場合には疲労強度は向上する。
 なお、溶接止端部での残留応力値のみを用いて高サイクル疲労強度が評価できると言うことは、応力集中部から疲労き裂が発生するような場合、残留応力の緩和しない疲労き裂発生までの寿命が支配的であり、その後、残留応力の再分布をもたらす疲労き裂進展に要する寿命はき裂発生までの期間に比べてさほど大きくないことを示唆している。
 次に、疲労き裂進展に残留応力分布が及ぼす影響を定量的に評価した例を示す。このような表面き裂の疲労き裂進展評価には、破壊力学的手法として重み係数・影響関数を用いて任意のき裂形状に対する応力拡大係数を解析し、Paris則などで表される応力拡大係数範囲 ?K とき裂進展速度 da / dN との関係;
(5)
から疲労き裂の進展挙動を評価することが有効である24-29)。具体例として、X型開先を有する板厚25mmの両面多層溶接継手の溶接線に平行な表面き裂の進展挙動についての検討結果を示す29)。疲労き裂進展面での板厚内部における溶接残留応力分布を測定した結果として、(a) PWHT処理を施して残留応力が存在しない試験体と、(b) 溶接ままの状態で外荷重垂直方向にV型(引張?圧縮?引張)の残留応力が存在する試験体を準備した。これらの試験体について、応力比 R = 0.1 において疲労き裂が進展した様子をビーチマーク法により観察した結果、図5(a)および(b)に示すように、それぞれのき裂進展挙動は大きく異なることが理解できる。
 さらに、影響関数を用いて解析した残留応力場における表面き裂の応力拡大係数を用いて予測した疲労き裂進展挙動と実験結果との比較を図5(c)に示す。表面き裂の形状を表す最深点、表面点での値ともに解析値と実験値は非常によく一致していることがわかる。また、残留応力の有無によって疲労き裂進展挙動は大きく異なることが理解できる。なお、圧縮応力場を進展するき裂の場合などは、より厳密な進展評価のためにき裂開閉口の影響を有効応力拡大係数範囲を用いて考慮することができる。
6.環境強度への影響
 一般に溶接部は母材に比べて耐食性が劣っている場合が多く、環境強度として考慮すべき全面腐食、ガルバニ腐食や孔食などの局部腐食、応力腐食割れ、腐食疲労などの中で、残留応力の影響が顕著なものは応力腐食割れと腐食疲労である。
 応力腐食割れに対する性能への残留応力の影響は特に顕著であり30)-32)、腐食環境にある溶接継手に存在する引張残留応力は、オーステナイト系ステンレス鋼の応力腐食割れ、軟鋼などの苛性脆化、高張力鋼などの硫化水素割れなどを大きく助長させることがある。ここでは、オーステナイト系ステンレス鋼の応力腐食割れを例として、残留応力が環境強度としての応力腐食割れに及ぼす影響について示す。
 代表的なオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304鋼の溶接継手について、応力腐食割れに及ぼす残留応力の影響を可視化するために、42% MgCl2沸騰水溶液中浸積試験を行った後、蛍光探傷法によりき裂を着色した結果を図6に示す31)。継手の上側は溶接まま、下側は溶接後にピーニング処理を施し表面近傍に圧縮残留応力を分布させた試験体を用いているため、応力腐食割れは引張残留応力の存在する継手の上側にのみ発生していることがわかる。また、割れの大きさ・深さは残留応力の大きさおよび分布に対応しており、例えば、溶接熱影響部に沿って大きく割れていることは、この付近にき裂を開く方向の大きな溶接線垂直方向応力が分布していること、また、溶接部から離れるにつれて割れが少なくなっていることは引張応力の大きさが徐々に小さくなっていることに対応している31)。
 さらに、応力腐食割れについても破壊力学的評価が可能であり、応力拡大係数範囲 ?K と時間依存型き裂進展速度 da / dt の関係を用いて応力腐食割れの進展を評価することができる32)。平板と配管の溶接継手について、残留応力が異なる分布をしている場合のSCCき裂の進展特性を検討した例を図7に示す。平板および配管の溶接部に溶接線に沿って図7(a)のようにSCCが発生・進展するとした状態を考える。溶接残留応力分布としては、図7(b)に示すように、多層溶接継手の板厚内部残留応力として特徴的な、(i) き裂発生側の面が引張応力、反対側の面が圧縮応力の直線的な分布(引張?圧縮)、(ii) き裂発生側の面で引張応力、板厚中央部で圧縮応力になり、反対側の面で再度引張応力(引張?圧縮?引張)、の二種類としている。これらの条件の下で、疲労き裂の場合と同様に進展評価を行った結果を平板継手の場合について図7(c)、配管継手の場合について図7(d)に示す。それぞれ、残留応力の分布によってSCCき裂の進展挙動は大きく変わること、同じ残留応力分布であっても継手の形状が異なると進展挙動も異なったものになることが理解できる。
 また、溶接部の腐食疲労では、通常の疲労強度に比べて破断寿命が短くなるだけでなく、明瞭な疲労限が認められない。これらの現象にはき裂進展への影響も含めて溶接部での残留応力の影響が大きく、高い引張残留応力が存在するような場合には、疲労強度への影響と環境強度への影響を合わせて考慮する必要がある。
7.高温強度への影響
 高温強度が必要な構造体では、高温環境においても剛性を保持することが重要であり、この場合、残留応力の影響は通常の場合と同様に作用することになる。ただし、温度上昇によってヤング率や降伏応力が変化するのと同様、溶接残留応力も再分布することを考慮した上で評価する必要がある。
 一方、高温でクリープを起こすような場合、残留応力についても緩和されることになるため、残留応力がクリープ強度に及ぼす影響についても、遷移クリープ域を除けばほとんどないと見なして差し支えない。
 逆に、クリープ現象を利用して溶接残留応力を低減する手法がPWHTである。PWHTによる残留応力の低減機構は、加熱による材料の降伏応力の低下と、高温でのクリープにより溶接部に引張塑性ひずみが生じることによって、溶接残留ひずみの不適合性を取り除くことにある。PWHTでは、AC1変態点以下の所定の温度に構造物全体あるいは溶接部を含む部分を均一に加熱し、一定時間保持したあと緩やかに冷却させるため、熱処理温度が高いほど、また、保持時間が長いほど残留応力の低減効果が著しい。軟鋼では600℃、低合金鋼では680℃以上で、厚さ25mm当たり1時間保持後、徐冷するのが普通である。もちろん、焼入れ・焼戻し鋼などの調質鋼では熱処理温度は鋼材の焼戻し温度より低くしなければならない。ここで、PWHTは残留応力の除去ばかりでなく、溶接部の水素の放出、熱影響部硬化層の軟化と延性の回復などにも効果があるが、焼戻し脆化や再熱割れなど、場合によっては著しい性能低下をもたらすこともあり、その実施の判断には十分な注意が必要である。
8.おわりに
 連載「残留応力と保全」シリーズの第2回目として、溶接構造物における種々の強度ならびに破壊形態、すなわち、延性破壊、脆性破壊、座屈破壊、疲労強度、環境強度、高温強度、について、残留応力がどのように影響を及ぼすかについて、できるだけ定量的に整理した結果を簡潔に説明した。実際の現象は残留応力だけでなく他の要因も複雑に重畳して起きていること、また、実際の構造物には腐食疲労のように複数の要因が複雑に絡み合った事象が発生することがあること、など、現実は単純でない場合が多いが、今回のような分類による説明も問題解決への足がかりには役立つと信じてやまない。
 残留応力が強度・破壊に及ぼす影響を把握し、残留応力をマネジメントすることにより効率的な製作・保全が可能となる。もちろん、精度の高い強度・破壊評価のためには評価手法を高精度化するとともに精度の高い残留応力分布を求めることが必要であり、そのためにも種々の手法が開発されている33)-35)が、これらの内容については稿をあらため、次回以降に紹介する。
参考文献
1) 佐藤邦彦編:溶接強度ハンドブック, 理工学社 (1988), 4, 1-35.
2) W. H. Wilson and T. Yao:Residual Stresses in Welded Structures, Welding Journal, 26-5 (1947), 295s-299s.
3) 佐藤邦彦編:溶接構造要覧, 黒木出版 (1988), 221-269.
4) 佐藤邦彦, 豊田政男:溶接継手の脆性破壊強度に及ぼす残留応力と材料の力学的特性の影響, 日本造船学会論文集, 131 (1972), 355-365.
5) 佐藤邦彦, 豊田政男, 川口喜昭, 有持和茂, 鈴木充, 多々良敏行:50キロ高張力鋼溶接継手の脆性破壊発生挙動に及ぼす溶接熱・歪履歴の影響, 日本造船学会論文集, 138 (1975), 444-452.
6) 山下洋一, 阪野賢治, 南二三吉, 小野塚正一:残留応力を有する部材の脆性破壊強度評価へのローカルアプローチの適用 ? 予荷重による圧縮残留応力の影響の評価, 日本造船学会論文集, 186 (1999), 455-463.
7) M. Mochizuki and M. Toyoda:Numerical Simulation of Stress-Strain Relation and Ductile-to-Brittle Transition in Welded Joints Subjected to Different Strain Rate, Mathematical Modelling of Weld Phenomena 7, Edited by H. Cerjak, TU Graz Publishing, Graz (2005), 435-461.
8) 藤田譲, 野本敏治, 寺井精英, 松井繁朋, 木下統雄:薄板構造物の溶接変形に関する研究 ? その1 溶接による横撓み変形に関する解析について, 日本造船学会論文集, 142, (1977), 182-189.
9) 野本敏治, 寺崎俊夫, 前田和信:溶接による座屈変形の整理パラメータに関する研究, 日本機械学会論文集(A編), 63-609 (1997), 1063-1068.
10) 土方明躬, 吉岡純夫, 井上彰夫:十字溶接継手ルート部の疲れ限度について, 日本材料強度学会誌, 15 (1980), 1-9.
11) 太田省三郎, 浅井公屋, 大谷真一, 石村哲郎:すみ肉溶接継手の疲労強度に及ぼす溶接部の形状及び残留応力の影響, 溶接学会論文集, 4 (1986), 722-728.
12) 竹名興英, 伊藤文夫, 下川浩資, 三木千壽:角溶接部の欠陥に対する補修溶接と残留応力除去焼鈍の効果, 土木学会論文集, 404 (1989), 315-320.
13) S. J. Maddox:Fatigue Strength of Weld Structures, Abington Publishing, Cambridge (1991), 152-154.
14) 山本智, 高梨正祐, 飯田國廣:疲労荷重による溶接残留応力の緩和, 圧力技術, 31 (1993), 74-81.
15) T. Yamashita, T. Hattori, K. Iida, T. Nomoto and M. Sato:Effects of Residual Stress on Fatigue Strength of Small Diameter Welded Pipe Joint, ASME Proceedings of the Pressure Vessel and Piping Conference, Montreal, PVP-327 (1996), 155-163.
16) 望月正人, 善宗利, 服部敏雄, 渡邊道弘, 中門公明, 橋本昭:溶接パスの積層順序の制御による残留応力低減および疲労強度向上法, 日本機械学会論文集 (A編), 64-626 (1998), 2514-2520.
17) G. Glinka:Effect of Residual Stress on Fatigue Crack Growth in Steel Weldments Under Constant and Variable Amplitude Loads, Fracture Mechanics, ASTM STP, 677 (1979), 198-214.
18) A. P. Parker:Stress Intensity Factors, Crack Profiles, and Fatigue Crack Growth Rates in Residual Stress Fields, Residual Stress Effects in Fatigue, ASTM STP, 776 (1982), 13-31.
19) 小林英男, 轟章:コンパクト試験片の疲労き裂進展特性に及ぼす溶接残留応力の影響評価, 材料, 35-391 (1986), 401-406.
20) 大路清嗣, 久保司郎, 辻昌宏, 小川秀樹, 桜田欣也:残留応力場における疲労き裂伝ぱ寿命の推定法, 日本機械学会論文集 (A編), 53-492 (1987), 1516-1524.
21) 向井喜彦, 村田雅人, 金應俊:溶接残留応力場における疲労き裂の部分開口モデルによる応力拡大係数算定法の提案とそのき裂伝ぱ挙動の推定, 溶接学会論文集, 5 (1987), 269-272.
22) M. Beghini, L. Bertini and E. Vitale:Fatigue Crack Growth in Residual Stress Fields, Experimental Results and Modelling, Fatigue and Fracture of Engineering Materials and Structures, 17 (1994), 1433-1444.
23) 豊貞雅宏, 丹羽敏男:残留応力場における疲労き裂伝播挙動, 日本造船学会論文集, 178 (1995),505-511.
24) C. B. Buchalet and W. H. Bamford:Stress Intensity Factor Solutions for Continuous Surface Flaws in Reactor Pressure Vessels, Mechanics of Crack Growth, ASTM STP, 590 (1976), 385-402.
25) 矢川元基, 一宮正和, 安藤良夫:表面き裂からの熱衝撃破壊発生に関する理論と実験 (離散化誤差に基づくK値解析法の応用), 日本機械学会論文集 (A編), 45-395 (1979), 734-742.
26) J. J. McGowan and M. Raymund:Stress Intensity Factor Solutions for Internal Longitudinal Semi-Elliptical Surface Flaws in a Cylinder Under Arbitrary Loadings, Fracture Mechanics, ASTM STP, 677 (1979), 365-380.
27) 白鳥正樹, 三好俊郎, 谷川克己:任意分布力を受ける表面き裂の応力拡大係数の解析, 日本機械学会論文集(A編), 51-467 (1985), 1828-1835.
28) American Petroleum Institute:Fitness for Service, Recommended Practice 579, 1st Edition (2000).
29) M. Mochizuki and K. Miyazaki:Surface Crack Propagation Analysis Under Residual Stress Field, Welding in the World, 50-5/6 (2006), 38-45.
30) 向井喜彦, 小林利吉, 今栄円芳, 桜井辰三:SUS304ステンレス鋼の各種溶接法による溶接継手の耐食性と残留応力分布の比較, 溶接技術, 26-11 (1978), 75-82.
31) M. Mochizuki, K. Enomoto and M. Toyoda:Residual Stress Control for Assuring Integrity against Fatigue and Stress-Corrosion Cracking in Welded Components, Mathematical Modelling of Weld Phenomena 6, Edited by H. Cerjak, Maney Publishing, London (2002), 539-571.
32) 宮崎克雅, 望月正人:表面き裂の応力拡大係数とき裂進展挙動に及ぼす残留応力分布および部材形状の影響 - 溶接残留応力場におけるSCCき裂進展評価 (第2報), 溶接学会論文集, 24-1 (2006), 78-86.
33) M. Mochizuki, J. Katsuyama, R. Higuchi and M. Toyoda:Study of Residual Stress Distribution at Start-Finish Point of Circumferential Welding Studied by 3D-FEM Analysis, Welding in the World, 49-11/12 (2005), 40-49.
34) M. Mochizuki:Through-Thickness Residual Stress in Multi-Pass Plate Butt-Joints by Inherent Strain Analysis, Science and Technology of Welding and Joining, 11-5 (2006), 496-501.
35) 望月正人, 林眞琴:複雑な形状をした溶接構造物における残留応力の簡易解析法, 圧力技術, 37-1 (1999), 27-27.


(a) 突合せ継手   (b) 引張負荷時の応力分布

(c) 応力・ひずみ曲線
図1 残留応力を有する突合せ継手引張負荷時の応力・ひずみ挙動


(a) 引張負荷を受けた場合の切欠き線上の応力分布に及ぼす残留応力の影響
(R1,R2:?n / ?Y = 0.5の場合の残留応力あり・なしに対応する塑性域の広がり位置)

(b) 引張負荷を受けた場合のき裂開口変位に及ぼす残留応力の影響

(c) き裂を有する無限板の脆性破壊応力に及ぼす残留応力の影響(ABCDE:残留応力の存在しない場合の破壊応力,ABC'D'E':引張残留応力の存在する場合の破壊応力)
図2 脆性破壊強度に及ぼす溶接残留応力の影響

(a) 周囲を溶接された平板の残留応力モデル

(b) 座屈強度と板幅との関係
図3 溶接残留応力を有する平板の座屈強度


(a) 最終形状が等しくなるように施工した二種類の溶接パスの積層順序

(b) 最終パスを副材側に置いた場合の残留応力分布

(c) 最終パスを主材側に置いた場合の残留応力分布

(d) 溶接止端部(き裂発生位置)での残留応力とSN線図との関係
図4 残留応力の違いが疲労強度に及ぼす影響


(a) 残留応力の存在しない場合のき裂進展

(b) V型(引張?圧縮?引張)の残留応力が存在する場合のき裂進展

(c) 溶接残留応力の有無と疲労き裂進展との関係
図5 疲労き裂進展に及ぼす溶接残留応力の影響

図6 溶接残留応力分布とSCC発生挙動の定性的関係


(a) 評価対象とした平板および配管の溶接継手とSCCき裂の形状

(b) 評価対象とした溶接継手板厚内部における残留応力分布パターン

(c) 平板継手をSCCが進展する場合の寿命予測

(d) 配管継手をSCCが進展する場合の寿命予測
図7 溶接残留応力分布がSCCき裂進展に及ぼす影響
溶接残留応力が強度・破壊に及ぼす影響残留応力と保全-第2回- 望月 正人,Masahito MOCHIZUKI

著者検索
ボリューム検索
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)