「保全プログラムに基づく保全活動に対する検査制度の導入」について

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カテゴリ: 解説記事


1.はじめに
 平成18年9月に、経済産業省原子力安全・保安院が「検査のあり方に関する検討会」にて原子力発電所におけるより科学的かつ合理的検査制度の実現に向けた今後の取り組みを取りまとめた「原子力発電施設に対する検査制度の改善について」を提示しました。今回は、取りまとめられた取り組みのうちの一つである「保全プログラムに基づく保全活動に対する検査制度の導入」について簡単に説明させていただきます。
 
2.個々のプラントの特性に対応した検査の必要性
 我が国では実用発電用原子炉が現在55基稼動していますが、それぞれのプラント毎に運転年数を始めとして運転履歴の幅が大きく広がってきています。運転年数、プラントの設計、事故・トラブル等の運転履歴、協力会社を含めた管理体制など、プラント毎に設備や運転の状況は異なっています。このような状況に対して、現在の定期事業者検査及び定期検査では、全てのプラントに対してほぼ一律に検査を行っているため、個々のプラント毎の特性に応じたきめ細かい検査を実施することは、制度上困難です。一方、高経年化対策では、事業者に対して、プラント毎に評価することを義務付けています。プラントの保全活動に万全を期すためには、高経年化対策と同様に事業者にプラント毎の状況を適切に把握することを求めた上で、科学的知見も踏まえた保全活動を行うことを求めることが望ましいと考えられます。(図1)
 
3.「保全プログラム」を中心とした新しい検査制度
 原子力安全・保安院では、事業者の策定する「保全プログラム」を中心とした新しい検査制度を導入し、プラントごとの特性を踏まえた保全活動を充実することを検討しています。
 検討中の新しい制度では、事業者は、「保全プログラム」のもとで、機器・系統毎に、設備の技術基準等を踏まえた適切な管理指標を定め、これを維持するための点検方法や点検頻度などについて、科学的な知見を基に選択します。更に、機器の劣化や故障パターンの分析に基づいて、機器・系統毎にあらかじめ定められた時間計画に従って点検、補修等を行ういわゆる時間計画保全の考え方に基づく事業者による停止中の検査に加え、状態監視保全や定例試験等、運転中に行う保全活動も併せて行うこととなります。
(1)「保全プログラム」の事前審査
 「保全プログラム」の事前審査は、「基本的事項」及び「保全計画」により構成されます。「基本的事項」は、いわば各プラントにおける保全プログラムの基本的なルールのようなものです。また、「保全計画」は、「基本的事項」に基づいて機器・系統毎に定められ、点検周期(原子炉を停止させて行う点検から、原子炉を起動し、次の原子炉停止までの1サイクルをいいます。)毎に見直される点検計画や補修・取替・改造に係る計画といった具体的な活動の計画です。国は、事業者が作成する「保全計画」の妥当性について、プラントを停止する前に確認します。 (図2)
(なお、詳細については、今後の検討状況によって変わることがあります。)
①基本的事項の事前確認
 保守管理を実施する上で、遵守すべき規範的な事項を、発電所毎に「基本的事項」として取りまとめます。具体的には、保守管理の実施方針及び目標に関すること、保全の対象範囲に関すること、保全計画に関すること、点検・補修等の結果の確認・評価に関すること、記録に関すること、及び原子炉停止間隔に関すること、についての記載が求められます。(図3)
 事業者が、「基本的事項」を作成し、国は、「基本的事項」の記載内容が安全を確保する上で妥当であるかどうかを確認します。
「原子炉停止間隔」については、原子炉停止毎に点検を行う必要のある原子炉格納容器等の機器・系統の最短の点検間隔により決定されます。
こうした機器・系統毎の点検間隔の見直しに際し、その妥当性を評価する基準の策定に当たっては、事業者に対し、点検前データの取得・評価の方法などを含めた厳格な技術評価を求めることが必要です。
②保全計画の事前確認
点検周期毎に見直される「保全計画」については、事業者が次に原子炉を停止するまでの点検周期に係る「保全計画」について申請します。この「保全計画」には、個々の機器・系統毎に、系統、機器等の重要度、保全計画の対象範囲、機能、劣化モード、劣化モードに対応した点検方法・頻度、点検結果の確認・評価、是正処置の実施、技術情報の取得・評価、及び保全活動の実施体制等についての方法選択及びその理由等が記載されます。国は、これらのうち重要なものについて、その内容の妥当性について審査し、確認することとなります。
 「基本的事項」と同じく、事業者が「保全計画」をまとめ、国は、「保全計画」の記載内容が、「基本的事項」に則った形でまとめられているか、かつ国が求める技術基準上、問題がないか、等について技術面からそれらの妥当性を確認します。
 個別の機器・系統の保全方法や点検間隔の変更結果は、「保全計画」に反映されます。なお、特に、直接的に原子炉停止間隔の変更に関わる可能性がある機器・系統の点検間隔の見直しについては、点検前データの取得・評価等も含め厳格な技術評価がなされ、「基本的事項」の見直しの要否についても評価される必要があり、国としてもその妥当性を確認する必要があります。
(2)個別機器の保全の計画・実施・評価・改善について
 事業者は、個別の機器・系統の「保全計画」を策定し、これに基づいて時間計画保全や状態監視保全といった保全活動を実施します。時間計画保全では、停止時に保全計画で定めた時期に機器の分解検査等を行い、機器の技術基準適合性や劣化の進展状況などを確認します。また、状態監視保全では、機器の振動や温度変化等を運転時に確認し、その傾向の変化等を確認します。各種保全実施時には劣化箇所・兆候等のデータを取得し、従来の保全方法が妥当であったか、機器の余寿命予測が妥当なものであったか等、把握した結果について評価・判断を行います。もし、保全方法等に改善が必要とされる場合、若しくは例えば余寿命評価の結果、かなりの余裕がある場合、保全方法、周期の見直しを行う等改善措置をとります。(図4)
 国は、事業者が行うこのような保全が機器の技術基準適合性を維持するために妥当なものであるか、事前に審査を行い、確認します。また、「保全計画」に即して事業者が保全を行っているかどうかを確認する検査や、特に重要な機器の技術基準適合性を確認する検査を通じて、事業者の検査の実施状況及びその結果を確認します。さらには、次回の「保全計画」にて、前回の評価結果及びそれに伴う保全方法等の改善措置が適切に反映されているかどうかを確認します。(図5)
4.状態監視保全の導入
今回の原子力発電所における保全について、もう一つの大きな変化といえば、状態監視の結果と定例試験の結果の組み合わせにより技術基準の適合性確認を行うことを可能としたことです。現在でも、1ヶ月に一度程度行われる「定例試験」にて、例えば非常用ディーゼル発電機の振動を確認するなど、運転管理において状態監視保全は活用されてきましたが、国の技術基準適合性確認には活用されてきませんでした。状態監視と定例試験で、技術基準適合性を確認することが可能であることが科学的に確認されれば、従来の分解検査に代えて状態監視技術で確認することも可能になります。
 
5.「保全プログラム」を中心とした新しい検査制度を実現するための今後の課題
 国の「保全プログラム」を中心とした新しい検査制度を構築するに当たり、少なくとも以下のような点を考慮する必要があります。
(1)新たな「保全プログラム」の検査基準
 原子力発電所に係る安全確保が各種の安全設備により達成されることに立脚すると、事業者における保守管理の基本目標は、現在の技術基準適合性の確認であると考えられます。
 一方、規制側の検査の基準としては、その対象が保守管理計画を含めた内容に拡大することに伴い、現在の技術基準に加え、保守管理計画に関する要求事項についても検討する必要があります。
 具体的には、保守管理計画の目標、達成すべき安全に係る指標、保守管理計画において定めるべき事項、時間計画保全、傾向監視保全等の各種保全方式の適用の考え方及び方法などが考えられます。それぞれの具体的な内容は、今後、JEAC4209に規定されることとなりますが、基本的な考え方(要求事項)については、国の基準において明確に規定する必要があります。
(2)達成・維持すべき安全水準の明確化
 新しい「保全プログラム」の下で、達成すべき安全水準は、少なくとも現在の安全水準と同等、若しくはそれ以上です。その水準を明確にするためには、それぞれの安全上重要な設備について、これまでの時間計画保全を中心とした保全により達成されている指標(部材の肉厚、出力、漏えい量、故障率等)を明らかにした上で、主要機器・系統毎に、安全確保水準を確保するための保守点検手法(時間計画保全・状態監視保全等点検の方法、時間計画保全の点検頻度等)の選択の妥当性を確認するための考え方が明確にされることが必要です。
 さらに、「保全計画」上にて、個々の機器の時間計画保全による点検間隔を延長したとしても、そのプラントの安全水準が確保されることを確認する必要があります。
(3)状態監視技術活用のための検討
 今後、状態監視保全を保守管理において適用拡大するには、欧米の原子力発電施設や、化学プラント、鉄鋼プラントなど他業界における取り組みについて検討を行い、状態監視技術を有効に活用するための検討を行う必要があります。
(4)定期安全レビュー、高経年化技術評価との整合性
 「保全プログラム」と定期安全レビュー、高経年化技術評価との関係について、昨年来検討してきた高経年化対策の更なる充実との関係を含めて検討することが必要です。
(5)「保全プログラム」に対応した人材の育成・確保
 新しい「保全プログラム」を導入するねらいを確実に達成するためには、既存の保全に係る知見に加え、例えば劣化事象、寿命予測、及びリスク情報等に係る知識を有する人材を育成・確保することが重要です。
(6)人的資源に対応した制度の構築
 新しい「保全プログラム」を導入する際には、事業者及び規制当局それぞれの人的資源をよく考慮したものとする必要があります。規制当局が保全にかかる情報を過度に収集・分析を行うと、保全実務を実施する各発電所の現場は、国が行う検査に対応するだけで疲弊し、本来注力すべき保全実務において注意散漫となり、点検漏れや調整ミスなど、人的過誤を引き起こしかねません。炉心損傷に対する影響の大きさやリスク情報に基づき、特に重要な機器・系統、及びこれらの劣化・故障モード等のうち安全上重要なものについて重点的に検査することにより、限られた人的資源で最大の効果を得ることが可能となります。
6.おわりに
 「保全プログラムに基づく保全活動に対する検査制度」の具体的な検討は、ようやく緒についた段階であります。原子力安全・保安院は、平成18年9月26日に、原子炉安全小委員会の下に「保守管理検討会」を設置しました。本検討会では、「保全プログラム」に基づく保全活動に対する検査制度をどの様に構築するか、如何に事業者の保全活動の妥当性を評価するか、また、安全確保が十分になされるには保全プログラムはどの様なものであるべきかについて検討してまいります。
 また、これに先んじて、学協会規格として、新しい「保全プログラム」にも対応した保守管理規程(JEAC4209)等の検討が始められております。
 産学官が連携して、様々な視点から原子力発電施設における安全性の向上に向けた「保全プログラム」の検討を推進し、事業者の「保全プログラム」に基づく保全活動と、国による検査制度が、安全性の向上つながるよう、検討してまいります。
参考資料:
・ 検査の在り方に関する検討会 「原子力発電施設に対する検査制度の改善について」
・ 第19回検査の在り方に関する検討会 資料1 原子力発電施設に対する検査制度の改善について(案)参考資料
・ 第16回検査の在り方に関する検討会 資料1 保守管理検査WG及び保安活動検査WGにおけるこれまでの議論の整理、及び今後の検討課題について
・ 保全学 Volume 5, Number 2 2006年7月 「保全」とはどんなこと
・ (社)日本電気協会: 原子力発電所の保守管理規程(JEAC4209-2003)
「保全プログラムに基づく保全活動に対する検査制度の導入」について 中村 健一,Kenichi NAKAMURA

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