原子力発電所の保全方式の妥当性に関する調査・検討

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カテゴリ: 解説記事


1.はじめに
本解説記事は、(独)原子力安全基盤機構から日本保全学会が委託された課題「保全方式の妥当性に関する調査・検討」を受けて発足した「原子力発電所の保全方式の妥当性に関する調査・検討委員会」において平成18年2月~5月の期間に開催した2回の委員会、4回のワーキンググループ、および7回の幹事会での調査・検討の成果としての報告書を元に、その内容を要約したものである。献身的にご貢献頂きました皆様には心よりの感謝を申し上げます。
2.保全方式の種類
 原子力発電所を含む大型プラントにおいて採用されている保全方式としては次の3つの主要のものがある。
1) 時間計画保全(Time Based Maintenance : TBM)
2) 状態監視保全(Condition Based Maintenance : CBM)
3) 事後保全(BreakDown Maintenance : BDM)
これらの3つの方式はそれぞれ一長一短の特徴を持ち、いずれが優れ、または劣るかという比較は出来ない。
 時間基準保全(TBM)は、あらかじめ計画された一定の運転時間が経過すると発電所を停止して定期検査を行う方式である。定期検査時には多くの機器が分解点検されるため、普段見ることのできない機器内部を肉眼で直接確認できることがTBMの最大の特徴である。しかし、分解した機器の再組み立て時にどうしてもヒューマンエラー、いわゆる「いじり壊し」が多くなることや、また保全活動が短期間に集中するため、保全のための人的資源が発電所で取り合いになって不足するなどの原因となる。
状態基準保全(CBM)は、振動診断や潤滑油診断など設備の状態をモニタリングすることで運転時間に関係
なく保全を行う方式である。これは、国内の一般産業や海外の原子力発電所においても積極的に取り入れられている保全方式であり、TBMと違って設備稼働中であっても異常の検知が可能である。しかし設備稼働中に異常が検知できても、我が国の原子力発電所では安全系機器のオンラインメンテナンス(通常運転中に実施する分解点検などの保全作業)は認められていない。また、現在のCBM技術ではどうしても検知することのできない故障モードがあることも事実である。
事後保全(BDM)は、文字通り故障が発生した後に保全を行う方式である。故障してもプラント運転に影響がない場合など、経済性の観点からは有効な手段であるが、我が国の場合は原子炉安全に関係ない些細なトラブルでもマスコミに大きく取り上げられるという社会的風潮もあり、主流にはなっていない。
3.保守管理の現状評価
上述のように、各保全方式には長所もあれば短所もあり、それぞれその特徴に応じた適用を行えば効果的な保全が実施できることは周知の事実であるが、それにもかかわらず我が国の原子力発電所においては状態基準保全が積極的に採用されているとは言い難く、圧倒的大多数の機器が時間基準保全による定期的な分解点検が中心となってきた。これは、何か新しいことにチャレンジをした時にもしトラブルでも起こったならば、たとえ原子炉安全に関係のない小さなものであったとしても、技術的に徹底的に追求されるばかりでなく、ささいなトラブルにもかかわらず社会感情として許されないという状態になり、しばらくの間プラントが立ち上がらない事態となるという憂慮すべき状況があるからである。ましてや他の保全方式への移行(状態基準保全への本格的な移行)などは、その対外説明は非常に困難なことが予想され、また設備診断技術を活用するからと言っても分解点検周期の大幅延長を勝ち取れる保証はどこにもなく、状態基準保全を行うために必要な費用を考えると得られるメリット(保全リソースの効率化など)が小さいことから、実績のあるやり方をそのまま継続するという保守的な判断に流れたというのが実情であろう。
 その日本の原子力事業所における保全活動の評価であるが、国の規制も加わった体系の中で保安規定等に基づき確実にPDCA(Plan(計画), Do(実行),
Check(評価), Act(改善))サイクルが廻っていることに加え、原子力情報公開ライブラリー「ニューシア」などの活用による他プラントトラブルの情報収集・検討・水平展開等も着実に実施しており、これらの結果が他国に比べて計画外停止頻度がケタ違いに低い数値となって現れるなど、実質的に十分な保守管理が行われていると言える。しかし、現状に満足せず常に改善を図っていくという観点から、以下に示す2点については改善の余地がある。
まず1点目としては、我が国の原子力発電所は、大多数の機器についてかなり保守的な点検周期の時間基準保全が中心となっているなど、保全に係るリソースの効率的な運用という点では海外より劣る状況にあるという課題である。2点目として、PDCAサイクルのうちCA、すなわち保全プログラムの評価、改善については、現状においてもある程度は実行されているものの事業者の運転・保守経験など経験則に大きく依存しており、客観性にやや欠ける点が見受けられる。今後、更なる保全の高度化を目指すためには、客観性、合理性を有する体系的な手法を構築するべきであると思われる。
4.更なる向上への取り組み
前述の改善の余地がある2点について、具体的な改善策を以下に示す。
1つは、信頼性重視保全の採用である。電気事業者は原子力安全の確保と合理的・効率的な保全の両立を目指すべきという項目については、保守的な点検頻度の時間基準保全にとらわれるのではなく、今後は状態基準保全や事後保全も積極的に取り入れていくことを指向すべきである。その取り入れ方として、例えば可能なものから順次状態基準保全に移行していくというステップバイステップで進めていくやり方もあるが、対外説明も考慮し体系的に進めて行こうとするならば、米国原子力発電所においても採用されている信頼性重視保全の手法を用いるのが適切である。
RCMとは、以下のⅠ, Ⅱのように極めて合理的、体系的な手法である。
Ⅰ.原子炉安全に関する安全機能や発電に資する機能を達成するために各システムに対して要求される機能を網羅的に抽出し、各システムを構成する機器単位毎にその機能喪失時の影響度、機能喪失の発生可能性、機能喪失の事前検知性を評価し保全重要度を決定した上で、
Ⅱ.劣化・故障モードを抽出しその特性に応じた保全タスク(時間基準による分解点検か振動診断などの状態監視か)を、実施頻度も含めて標準テンプレートを参考に決定する
Ⅰのステップで原子炉安全に対して考慮を行い、Ⅱのステップで適切な保全方式、実施頻度を示した標準テンプレートを使うことで、原子炉安全と合理性・効率性の両立をかなえることができる。ただし、ここで注意しなければならないのは、どのような保全タスクをどの程度の頻度で実施するかは、最終的には各事業者の判断に委ねられるべき、ということである。
2つめは、パフォーマンス・ベースの評価指標方式の採用である。保守管理の有効性の確認手段としては、保守を行った結果プラントがどのような状態で運転できているかを客観的な数値・指標により評価し、その定量的な度合いに応じて判断を行うというパフォーマンス・ベースの評価指標方法が効果的である。評価指標の設定にあたっては、以下のような基本的考え方を考慮に入れるのが望ましい。
①【対象範囲】原子炉安全に対し影響度が大きいもの、すなわちリスク上重要な系統が確実に含まれること。
②【保守の有効性確認】測定が可能なパラメータが存在し、パフォーマンスを評価するための客観的な基準が存在すること。
③【PDCAサイクル】PDCAサイクルの「改善」のステップがスムーズに実施できるよう、保守のどの分野が弱点か把握できるものであること。
④【指標自身の改善】設定した指標の基準となる数値などは必要に応じ改善していく性格のものと認識を持つこと。
⑤【その他】評価のための業務が多大となりすぎないよう、評価指標の数は現実的な量であること。
5.我が国における望ましい事業者による検査の在り方
従来実施してきたわが国における規制及び事業者の取り組みは、原子力安全の確保という視点からは、国際的に見てその目的を高い水準で達成してきたと評価できる。しかし同時に多くの問題点も認識されるようになって来ており、それらについて現在見直しが進められているところである。これら一連の見直しは、現時点で達成されている原子力安全の水準を保ち、あるいは高めつつも、その主題はむしろ、規制及び保全に関する、資源あるいは人的な『リソースの再配分・適正化』にあるといえる。では、安全性の確保を大前提としつつ、リソース配分の適正化を可能とする、原子力安全を達成・確保する仕組みは、今後どのようにあるべきか。
ここで、安全確保のための完璧な仕組みは有り得ない、と主張する。安全は、ある一つの仕組みの下で恒久的に達成されるというようなものでは無く、絶えず仕組み自体を見直すプロセス、不断の努力を伴って始めて達成可能なものである。この主張を具現化し、実現するための一つの方策として考えられるのが、PDCAサイクルの運用である。PDCAサイクルは、計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)のプロセスを順に実施し、最後の改善を次の計画に結び付け、らせん状に品質の維持・向上や継続的な業務改善活動などを推進するマネジメント手法である。また、PDCAサイクルは活動全体の流れにのみ適用されるものではなく、活動の個々の要素の運用にも適用され得るものである。
規制及び事業者の取り組みが、現時点で十分な原子力安全を達成できていると評価できる場合、今後はPDCAを実効的に回していけば、原理的には原子力安全を確保あるいは向上していくことができると考えて良い。逆にPDCAが機能しないような環境にある場合、それは現状の維持を意味するのでは無く、近い将来、確実に劣化するものと考えた方が賢明である。事業者に望まれる姿とは、良好なパフォーマンスを維持・向上しつつ、保全プログラム向上に対するPDCAサイクルを、有効かつ効果的に回していくこと、また、その取り組みを継続して続けていくことである。規制は事業者の取り組みが、そのようにあることを確認するための検査を行えばよく、また、問題点の指摘と改善の要求は、そのような取り組みを促進するようなものでなければならない。
① パフォーマンス・ベース規制の導入
規制の最も重要な役割の一つは、事業者による様々な活動の結果として得られる、各種パフォーマンスを適切に評価することである。パフォーマンス目標の設定の点においても米国の取り組みは参考になる。ただしその場合でも、わが国と米国ではその背景が異なることから、パフォーマンス指標の選定と目標値の検討には、細心の注意を払う必要がある。パフォーマンス指標を設定することの大きな利点の一つとして、事業者の取り組みの結果に対する客観的な評価を与え、また、それに対する規制の考え方を国民に分かりやすく提示することが可能となる点が挙げられる。
② 検査項目・手法の柔軟性(抜き打ち的手法・リスク情報の活用、検査項目の随時見直し)
規制のリソースも事業者と同様に有限である。したがって望ましい規制のあり方の検討は、「いつ」「どこを」「どのように」検査を行うか、規制のリソースの適正配分を検討することであるともいえる。「いつ」という観点から言えば、できるだけ事業者の活動を妨げない範囲で、高頻度であることが望ましい。従来の定期検査の概念は、定期的に重点的に検査する、という一つの有力な選択肢ではあるが、頻度の概念から言えば、サイト常駐の検査官による日常の巡視点検の方法が優れており、この巡視点検の範囲を現在よりも拡張し、より有効で効率的な検査とすることが望ましい。
③ 検査結果の重要度評価に対する明確な基準の設定
 現在行われている検査は大別して、次の(a), (b)の2つに分けることができる。
(a) 事業者のPD活動を見る検査(PDタイプの検査)
例えば、事業者の作成した保全プログラムが確実に実施されているかを確認する、定期検査における立会い検査が該当する。また、定期安全管理審査では、実施に係る組織、検査の方法、検査に係る工程管理、検査に協力する事業者の管理等を確認する。保安検査でも計画・実施に係る保安規定の要求事項が遵守されていることを確認している。
(b)事業者のCA活動を見る検査(CAタイプの検査)
保安検査では、保安活動の計画・実行に加え、実行結果の評価、その評価から出てきた改善までの一連の過程を検査し、この過程で守らなければならない保安規定の要求事項が遵守されていることを確認している。
事業者のPDCAサイクルが有効に機能しているか、という点を規制は検査によって確認すべきである。その際、PDタイプの検査、CAタイプの検査、どちらのタイプの検査も有効であり、また、どちらも不可欠である。しかしながら、リソースの適正配分という観点からは、これまではPDタイプの検査が重点的に行われてきており、CAタイプの検査の重要性の認識はやや希薄であった。しかしながら、限られた規制のリソースを適性配分し、今後より実効的な検査を実施することを目指すならば、CAタイプの検査を一層充実し、事業者のPDCAを促進すべきである。そもそも、わが国における事業者のPDはこれまでの経験から、かなり着実に取り組まれてきたものと評価でき、制度のPDCAという観点からも、PDと比較して改善の余地が見込まれる事業者のCAに検査の重点を移すことが望ましい。
④ 事業者の保全実施体制における多層構造の有効性評価
 わが国における事業者のPDは、これまでの経験から、着実に取り組まれてきたものと評価できる。しかしながら、今後PDCAを推進していった場合にも、PDが着実に実施され続けるか、という問題については、若干考慮すべき事項がある。わが国の事業者が行う保全活動、とりわけ定期事業者検査は、地元企業も含め、多くの会社が参加する、極めて多層性の強いものであることが特色である。このことは保全プログラムに大きな変更が無い場合には、それほど問題とはならないかもしれないが、CAを進めていった場合に、どれだけ現場の作業員がそのことについて深く理解しているかによって、CAの有効性に影響が出て来る可能性がある。多層性緩和への取り組みは容易ではないが、今後事業者のPDCAを推進するに当たり、多層構造における意思伝達に関するマネージメントについて、何らかの有効性評価をする必要があるのではないかと考える。
⑤ 事象予知型の検査
これまで我が国で行われてきた検査は、次の第一、第二世代を経て進化してきた。
第一世代の検査:「行為確認型の検査」
第二世代の検査:「事象対応型の検査」
ここで安全性向上という観点からは、次に示す第三世代の検査が必要であると言える。
第三世代の検査:「事象予知型の検査」
 これは今後検討されるべき、規制の在り方の一つの可能性として、ここで提案するものである。未だ「発見されていない事象」について、事後対応ではなく、事前に対応しようとするものである。第二世代の検査は教訓反映型であるが、この第三世代の検査は問題発掘型の検査であって、規制による事故・故障の予測を目標としている。予測技術としては、世界の事故・故障・トラブルに関するデータを分析する手法や、仮想プラント構想等のシミュレーション技術の適用も考えられる。これは高経年化対策の一環としても、今後検討されることが望ましい。
6.結言
日本の原子力事業者による保全活動は、他国に比べて実質的な成果を十分に挙げていると言える。しかしさらなる改善のためには、保全リソースの効率的な運用、およびPDCAサイクルのCAの充実が重要である。このために必要なものが、信頼性重視保全の採用とパフォーマンス・ベースの評価指標方式の採用である。
このことを踏まえ、規制に対しては以下の5つの検討が求められる。
(1) パフォーマンス・ベース規制の導入
(2) 検査項目・手法の柔軟性
(3) 検査結果の重要度評価に対する明確な基準の設定
(4) 事業者の保全実施体制における多層構造の有効性評価
(5) 事象予知型の検査
参考文献
日本保全学会、「原子力発電所の保全方式の妥当性に関する調査・検討」報告書 (平成18年5月)
原子力発電所の保全方式の妥当性に関する調査・検討 出町 和之,Kazuyuki DEMACHI

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