原子力発電所機器のシール部からの漏えいに関する管理ガイドラインについて

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カテゴリ: 解説記事


1.はじめに
平成16年9月、日本保全学会「保全研究会」の傘下に「漏えい事象評価研究分科会(主査:東大 関村直人教授)」が設置された。本分科会では、設備機器からの冷却材等の漏えい事象を対象とし、合理性を有する分かりやすい標準的な漏えい管理のルールを策定し公表することを目的とした研究が行われ[1]、「原子力発電所機器のシール部からの漏えいに関する管理ガイドライン」案を策定するに至った。以下、その検討内容について述べる。
2.漏えい事象管理ガイドラインの必要性
一般に、いかなる構造物であっても時間の経過とともに経年劣化(き裂、減肉など)が生じるものであり、産業に用いられている設備機器も同様に、供用の開始とともに徐々に経年劣化が生じる。このため、構造物に経年劣化が発生、進展しても当該構造物の「機能」が常に確保されるように機器を維持管理する必要がある。
配管や容器のような機器は、冷却材等の内包流体に対する圧力障壁機能、すなわち当該機器に作用する荷重に耐えようとする役割の「構造強度」機能と、内包流体を外部に漏らさないようにする役割の「密閉」機能という2つの機能を有している。日本機械学会の「維持規格」[2]は「密閉性」を前提に「構造強度」に着目し、き裂等の欠陥がどの程度まで進展しても機能(安全性)を維持できるかについて評価できる手法を規定している。これに対し本分科会では「構造強度」を前提に「密閉機能」が低下して漏えいが発生した場合を想定し、どの程度の漏えいまで当該機器の機能を維持できるか、また漏えいの評価手法としてどのようなものが考えられるかについて検討した(Fig.1)。
ここで、原子力発電所でも多く使用されているポンプを例にとり、保全の内容について分析する。まず、ポンプを健全に機能させるためには、例えばその構成部品に対して寸法や隙間等の管理を適切に行う必要がある。経年劣化が顕在化する以前の段階では、このような保全を繰り返せば機器の機能を維持できるが、各部位に想定される経年劣化が発生し進展すると、き裂や漏えい、振動などの特定の症状が発生し、これに適切に対処することが求められる(Fig.2)。
実際の発電所の現場においては、比較的発生頻度の高い事象として、定検停止中では機器のひび割れや減肉、運転中では機器からの漏えいが挙げられている。ここで、き裂や減肉については既に規格化がなされているのに対し、冷却材等の漏えいについては、比較的発生頻度の高い事象であるにも係わらず、それに対処するための標準的なルールが決められていない。そのため、一般社会への説明が容易でない場合がある。たとえ僅かな漏えいであっても、発電所の安全性に関係なく社会的な関心を集め、マスコミ等にも大きく取りあげられる傾向があるので、これを解決するには、漏えいに対する安全確保の考え方や、漏えいにどのように対処すべきかを判断する基準を明確にし、公表することが必要であり、そのニーズは高いと考えられる。
3.ガイドライン案について
3.1 対象とする漏えいの種類
漏えい管理ガイドラインの策定検討を行うにあたり、まずNUCIA(原子力施設情報公開ライブラリー)[3]を活用し、過去10年間に国内原子力発電所で経験した耐圧機器からの漏えい事象全ての調査を行った(但し、燃料リーク事象は除外した)[4]。NUCIAには、法令に基づく報告事例以外に2次系や周辺機器等、比較的重要度の低い機器類からの漏えい事例が多く含まれており、情報自体も全て公開されていることから、NUCIAが情報源として適切であると判断した。
この事例調査から、シール部からの漏えい事例が最も多いこと(Fig.3)、また、過去に経験した漏えい事例の約8割は、水と水蒸気であることが分かった。そこで、運転中および停止中における容器、配管、ポンプ、弁のシール部から水(海水を含む)、または水蒸気が漏えいする事象を優先的に検討する必要があるとの判断に至った。
発生した漏えいについては、全て既存の漏えい検知系や巡視点検等により適切に検知、発見され、プラント停止等の対応が取られていることが分かった(Fig.4)。従って、新たな漏えい検出装置等の設置や巡視点検の改善を実施する必要はないと考えた。なお、1件のみINES(国際原子力事象評価尺度)の評価レベルが、深層防護の劣化(運転制限範囲の逸脱)であるレベル1となる事例があったが、本件も「警報の発生」により発見され、その後は通常の手順に従って対処されたことから、漏えいの検知・発見の面からは問題ないと判断した。
3.2 ガイドラインの対象範囲
 過去の事例を使用環境等の観点から分析したところ、漏えいの発生した機器は、その安全重要度や使用条件(温度、圧力)が広範囲に亘っており、ある基準でガイドラインの適用範囲を限定する必要性や安全重要度等で差別化する理由は特にないと考えられた。また、現行法令では、原子炉冷却材圧力バウンダリ機器では漏えいの発生を許容していないが、その他の機器については漏えいの発生を排除していない。このため、原子炉冷却材圧力バウンダリに属する機器以外の機器を本ガイドラインの対象とし、軽水型原子力発電所の使用条件全般に適用できるようにすることが妥当であると考えた。
 高温高圧の水および水蒸気を内包する機器を取り扱う場合、労働安全上の管理にも注意をはらう必要がある。前述の通り、漏えいの発生している機器の使用条件は広範囲に亘るため、その危険の度合も一様ではなく、漏えいのケースによって各々異なる。従って、そうした管理を一律に規定することは困難であるため、労働安全に関する事項は本ガイドラインの使用者の責任で判断する規定とした。同様に、漏えいが発生した際の電気品等の周辺機器に対する影響についても、本ガイドラインの使用者の責任で判断する規定とした。これは、漏えい事象は一様でなく各々状況が異なるため、ガイドライン上でそれらを一律に規定することは難しく、またこのように規定しても使用者の責任で判断できるケースは比較的多いと判断したためである。
3.3 漏えいの管理プロセス
漏えいを検知、発見した際の対応方法の明確化を目的として、「漏えい発見」から「対応措置」へ至るまでの手順について漏えい事象の進展に沿った検討を進めた結果、Fig.5に示す漏えい管理のプロセスを考案した。本ガイドラインは、この管理フローを成文化したものである。
本ガイドラインでは全ての漏えい事象について一律の対応をとるのではなく、漏えいの発生部位について後述する最大漏えい率Qmaxと許容漏えい率QAを設定し(Fig.5 ③)、その大小関係により対応方法を選択する規定とした(Fig.5 ④)。
一般に、密閉機能を担うパッキン類が劣化して漏えいが発生し徐々に増加しても、パッキンが完全に無くなった状態での漏えい率まで増加する可能性はあるが、それ以上増加することはない。従って、その状態での漏えい率QmaxとQAの関係を把握することにより、漏えい事象への効果的かつ効率的な対応が可能となると考えられる。また、漏えい率の測定方法として、漏えい率を定量的に把握する手法(以下、詳細測定方法;Fig.5 ⑧)以外に、目視にて大まかに漏えい率を把握する手法(以下、簡易測定方法;Fig.5 ⑤)も取り入れている。それら測定法の詳細については後述するが、測定により得られる漏えい率QがQA/Q≧20を満たす限りは、基本的に簡易測定方法にて対応できる規定とした(Fig.5 ⑦)。簡易測定方法から詳細測定方法へと移行するしきい値をQA/Q=20としているのは、漏えい率は全体として徐々に変化する場合が多く、また許容漏えい率QAに対して現時点での漏えい率Qが十分低い場合は、基本的に漏えい率を評価する必要はないと判断したためである。ここではその目安として保守的に20を選択しているが、今後、本ガイドラインの実運用等を踏まえて、必要に応じその数値を見直していくことも考えている。
次に、最大漏えい率Qmaxは下式で表される。[4]
Qmax= CQ・γ・Amax・v  (1)
CQ : 流量係数
γ : 流体の比重量
Amax:シール部の最大隙間面積(開口
面積)
v : 内包流体の漏えい流速
許容漏えい率QAは、個々の漏えい事象について漏えい箇所の条件(運転圧力・温度、耐圧部材の材質、構造、寸法等)が異なるため、個々に評価する必要がある。本ガイドラインでは発生した漏えいを適切に管理するため、(2)式で求まる漏えい発生箇所の限界漏えい率QCに、十分な余裕を考慮した安全率を設定してQAを定め、常に漏えい率がそれ以下となるよう管理する規定とした(Fig.6)。ここで選択した安全率3についても、今後、本ガイドラインの実運用を通じて、必要に応じその数値を見直していくことが必要である。
QC = MIN{QS,QD} (2)
QS: 当該系統が有する流体輸送能力
の余裕
QD:ドレン処理可能流量
QA = QC/SF (3)
SF: 安全率(本ガイドラインでは3)
3.4 漏えい率の評価と運転継続可否の判断
前述の通り、本ガイドラインでは漏えい率を評価するための手法として、「簡易測定方法」と「詳細測定方法」の二つを規定している。
簡易測定方法とは、目視にて滴下頻度を測定し漏えい率を評価、あるいは連続滴下の場合はその太さを測定し漏えい率を評価するものである。前述の通り、この漏えい率がQA/20以下であることをその都度確認する規定としている。
①漏えいしている流体が水の場合(漏えい水温が
100℃未満の場合)
a)漏えい水が滴下している場合(漏えい水が
吹き出している状態でなく、機器等を伝わって
落下している場合)、目視等で漏えい水の滴下
頻度( )を測定し、下式を用いて漏えい率
Q液体を求める。
Q液体= 1.0 [cc/滴]× [滴/秒]    (4)
    単純な液滴成長モデルを仮定し、液滴の成長
   可能な大きさ(体積)の上限を評価したところ
   0.3cc程度となった。ここでは液滴成長モデル
   における不確定要因を考慮し、液滴1滴の体積
   を保守的に1.0ccとしている。
b)漏えい水が連続して滴下している場合(漏え
い水が吹き出している状態でなく、機器等を伝
わって落下している場合)、写真撮影等により
漏えい水の直径(D)を測定し、下式を用いて
漏えい率を求める。
Q液体= [cc/秒/mm2] ×D2 [mm2]  (5)
:定数(=6.5)
D:漏えい水の直径
②漏えいしている流体が水蒸気の場合(漏えい水温
が100℃以上の場合)
水蒸気が漏えいする場合、その一部が凝縮して
滴下するのでその滴下水に着目し、上記①の方法
に従ってその漏えい率Q液体を求め、そのQ液体を
下式に代入して総漏えい率Q液体+水蒸気を求める。
a)漏えい水の温度が漏えい発生部位の運転パラ
メータ等より特定できる場合は下式によって
総漏えい率を求める。
Q液体+水蒸気= × Q液体   (6)
T:漏えい水の温度[℃]
b)漏えい水の温度が特定できない場合、保守的
に下式を用い総漏えい率を求める。
Q液体+水蒸気=2.0×Q液体 (7)
 詳細測定方法とは、例えば漏えい部位をビニール袋等で覆い、漏えい水および水蒸気を一定時間集めてその量を計測し、漏えい率を定量的に測定する方法である。本ガイドラインでは、簡易測定方法から詳細測定方法へ移行した後は、実測ベースで多項式近似を行いながら漏えい率の進展を予測し、それに基づき次回の漏えい率測定を計画するという実際的なアプローチをとる。またその後の運転継続の可否については、QA/Qt≧10かつt余裕≧2週間 という条件を満たすか否かで判断する規定とした(Fig.5 ⑨)。ここで、Qtは次回漏えい率確認時における漏えい率(予測値)、
t余裕は漏えい率が許容漏えい率に達するまでの時間余裕を表す。これは、次回確認時での漏えい率予測値が許容漏えい率に比べ十分小さく、かつ漏えい率の評価に要する時間等も勘案しQAに到達するまでの時間余裕を十分に確保する必要があるとの考えに基づき設定されたものである。
漏えい率の実測においては、当該系統、機器の機能を維持できることを確実にするために必要な測定精度を有する必要がある。また、漏えい率の将来予測のために取得すべきデータの個数や評価に用いる多項式の次数、外挿評価期間など考慮しなければならない事項も挙げられる。しかし、本ガイドラインでは許容漏えい率の設定にあたって十分な余裕を考慮して安全率を設定し、また漏えい率の測定においても、許容漏えい率に達するまでの時間余裕t余裕を考慮することで十分な保守性を確保しているため、このような事項は考慮しなくてもよいと判断した。ただし、運転継続可否の判定の目安である QA/Qt≧10 や t余裕≧2週間 において過度な保守性が確保されていないか等、今後、本ガイドラインの実運用を通じて、必要に応じその数値を見直していくことが必要であると考えている。
4.まとめ
(1)日本保全学会の漏えい事象評価研究分科会は、原子力発電所で発生する漏えい事象に対応するための標準的な技術指針として「原子力発電所機器のシール部からの漏えいに関する管理ガイドライン」案を策定した。
(2)今後は同研究分科会において、漏えい率評価の各段階(許容漏えい率までの時間余裕、許容漏えい率の設定における安全率、簡易測定方法)において過度な保守性が含まれていないか、全体的バランスはどうか等についてさらに検討する予定である。
参考文献
[1] 漏えい事象評価研究分科会、"漏えい事象評価研究分科会の活動状況"、保全学、Vol.4,№2、2005、pp.19-24.
[2](社)日本機械学会、発電用原子力設備規格 維持規格、2002年改訂版.
[3] 原子力施設情報公開ライブラリー:ニューシア(http://www.nucia.jp/)
[4] 林田貴一、青木孝行、"漏えい事象の評価手法に関する検討"、日本保全学会 第2回学術講演会 要旨集、2006.

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