石油化学プラントにおける保全の規格・基準類の概要と課題
公開日: 規格・基準といった観点からみた石油化学プラントの特徴は、石油原料から、高温、高圧、低温、真空等の条件下で、多くの単位操作を組み合わせることにより、分子構造の異なる製品を生み出すことにある。
取り扱う流体の多くは、可燃性・爆発性・劇毒性等、物性そのものの危険性が高く、かつ、高温・高圧などの過酷な条件下で操作するため、プラントを操業するためには、いくつかの法規の適用を受ける。
また、生産には多くの単位操作が必要なため設備数が多く、1つのプラントでも、高温から低温、高圧、低圧等の幅広い操作条件を包含し、さらに関連するプラント同士が配管等で有機的につながっている等、石油化学プラント特有の性質があるため、法規以外にも多くの適用基準を制定しており、石油化学プラントにおける基準類の大きな特徴となっている。
さて、保全は、設備建設以後の安全を確保する上で、極めて重要であるが、近年、国の規制緩和の流れを受けて、特に自主保安の動きが強くなってきた。そこでは、事業者は、自分達で規格を作り、自分達でその規格を守ることによって自らを規制することが必要である。
これは、事業者が取り扱う物質や設備のことは、事業者自らが最も詳しいという、基本的に至極当然の考え方に基づくものであり、正しい方向である。
本文では、そうした特徴を踏まえて、石油化学プラントにおける保全の規格・基準類の概要について、石油化学コンビナートの事例を基本に論じることにする。
なお、石油化学プラントの保全も、他の多くのプラントと同じように、機械、電気、計装の専門分野ごとに保全を行っているが、石油化学プラントの特徴をより強く表しているのは機械であり、機械の分野に焦点を絞って論ずることにした。
1.保全の規格・基準類制定に当たっての石油化学プラントの特徴
保全の規格・基準類制定に当たって、考慮すべきプラントの特徴をあげると、以下のようなものとなろう。
(1)保安4法に代表されるように、適用を受ける法規が非常に多い。
(2)石油化学コンビナート地域等、関連プラント密集地域に立地することが多い。
(3)同一地域内の他プラントと配管等を通じた製品のやりとりを直接している。
(4)4年連続、2年連続または1年連続等の連続運転型プラントが一般的である。
(4)プロセスは一般的に固有である。
(5)プラントごとに多数の単位操作を組み合わせているため設備は多岐にわたる。
(6)類似プラントに使用される同種機器でも、使用方法は異なることが多い。
(7)操作条件が過酷な分、劣化部位が各部に発生し、設備寿命を支配する。
(8)プラント停止を短時間に収め、必要な保全を行うため、業務の密集度が高い。
(9)プロセス改造、機器改造等の改造が多く、設備劣化形態が変わる可能性がある。
2.保安4法
石油コンビナートについては、高圧ガス保安法、消防法、労働安全衛生法、石油コンビナート等災害防止法が適用される。これらを保安4法という。コンビナートに立地する石油化学プラントにおいては、保全の規格・基準は、保安4法を遵守することが必要であり、それを前提に成り立っている。
特に、高圧ガス保安法、消防法、労働安全衛生法の保安3法には、それぞれに保全に関係する基準が設定され、その基準に従った検査等が行われている。
これら検査は、定期的に行うことから、一般的には、定期検査の名称で呼ばれており、実際には、高圧ガス保安法、消防法、労働安全衛生法で、それぞれ表―1ように、名称、監督官庁(検査者)が決まっている。
3.高圧ガス保安法の規定
高圧ガス保安法は、高圧ガスの製造、貯蔵、販売、移動その他の取扱及び消費並びに容器の製造及び取扱を規制する法律であり、常用の温度において、圧力が一定値以上のガス、特別に定めたガス等について、所定量以上を扱う場合に規制を受ける。
従って、プロセスの特性上、石油化学プラントでは最も直接的に規制を受けている法律であり、当然ながら工場施設の設置や運営に与える影響は大きい。
高圧ガス保安法では、保安検査及び定期自主検査の実施について定めている。具体的な検査の方法については、保安検査は、高圧ガス保安協会保安検査基準を引用して、また、定期自主検査は、高圧ガス保安協会定期自主検査指針を活用して行うようになっている。
保安検査基準と定期自主検査指針との関係は、定期自主検査を事業者が主体的に実施することとなっていることから、定期自主検査指針の原案は、事業者が主体的に作成する。定期自主検査指針から必要部分を抽出して保安検査基準を作成する。
高圧ガス保安協会保安検査基準、定期自主検査指針には、表-2に示すようなものがある。コンビナート地区に立地する石油化学プラントの場合、コンビナート等保安規則関係の保安検査基準、定期自主検査基準を適用する。
4.消防法の規定
消防法では、指定数量以上の危険物(品名で規程)を貯蔵、取り扱う場合に位置、構造及び設備の技術上の基準を規制している。
化学業界では、取り扱う物質の大半は危険物に相当するため、また、消防法が、火災を予防、警戒、鎮圧することを目的とした法律であり、工場施設は、基本的にその適用を受けるということから、最も広範に規制を受けている法律であり、当然ながら工場施設の設置や運営に与える影響は大きい。
消防法は、その主旨からも、耐火構造、消化設備、警報設備、避難設備に対する規定が大半であり、工場施設の保全と直接的な関係があるのは、危険物の製造施設に対しての構造に関するものが規定されている。
屋外貯蔵タンクの維持に関しては、過去の事故を教訓にして、1000kl以上の特定タンクに対しての法定検査、10000kl以上に対する保安検査を規定している。また、屋外貯蔵タンクは、危険物の保有量が大きいために、その漏洩防止のために詳細な管理が要求されている。これは、タンク底板の板厚、溶接線の異常を定期的に確認するもので、例えば板厚の確認は、超音波探傷で、10年程度の間隔をおいて板厚を計測し、その最小値が次回検査までに4.5mmを下回らないこと、または、超音波探傷で全面の板厚を計測し、次回検査までに3.2mmを下回らないことなどが、定められている。
なお、圧力タンクの場合、最大常用圧力の1.5倍の圧力で水圧試験を行うことになっているが、高圧ガス保安法、労働安全衛生法施行令の適用を受けるものに対しては、それぞれ、そちらを優先することになっており、複数の法規にまたがって適用を受ける施設の場合には、注意を要する。
5.労働安全衛生法の規定
労働安全衛生法では、当該施行令で定めるボイラー、圧力容器に対して、ボイラー及び圧力容器安全規則により、定期的に性能検査を受けること、クレーン等安全規則により、定期自主検査を行い、また定期性能検査を受けることを規定している。ちなみに、圧力容器は、容器の大きさと内部圧力に応じて規定している。
労働安全衛生法は、労働基準法と相まって、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とするものであるが、ボイラー及び圧力容器に対する規定もその中に組み込まれており、保安3法として、高圧ガス保安法、消防法とも絡み合った形になっている。
6.石油コンビナート等災害防止法の規定
石油コンビナート等災害防止法は、石油コンビナート等特別防災区域における災害の発生及び拡大の防止等のための総合的な施策の推進を図ることを目的としており、消防法の石油類、高圧ガス保安法の高圧ガスを大量に保有する事業者に対して、配置や自衛防災について規定している。
7.法規以外の適用基準例
第1項に示したような特徴を有する石油化学プラントを適切に管理するために、制定し適用している基準類は安全、設計、施工、保全の各分野で多岐にわたるが、その中で、保全活動に対して、その仕事の流れ(PDCAプロセス)の各段階に対応した基準の考え方の例を以下に示す。これらは、「計画保全基準」といった呼び方で、適用されており、その一例を図-1に示す。
(1)P(plan)の段階
planの段階で必要なのは、保全対象範囲を明確にすること、特に、法規上の規制を受ける設備を明確化すること、機械・電気・計装等、の担当範囲を明確にすること、コンビナートであればプラント間の取り合いを明確にすること、設備の重要度評価をし、保全方式を設定すること、修繕費を性格ごとに編成すること、などがあげられる。
(2)D(do)の段階
doの段階では、運転開始時の管理、日常点検・パトロールの分担、日常及び定期修理における検査、整備等作業の指示検収票適用、この段階で必要な全ての設備の検査・整備等作業の指示検収票などがあげられる。
定修時における検査・整備・改造等の作業錯綜時の安全管理のあり方等については、保全品質と密接な関係にあり、安全管理基準で明確にする。
(3)C(check)の段階
checkの段階では、保全指標(成績)の設定・分析・評価、設備の故障原因分析の推進、故障対策の横展開の推進、等があげられる。
(4)A(action)の段階
actionの段階では、技術管理基準類の改定・最適化、設備保全資料類の整備、MP設計の推進、老朽化設備の更新判断、保全全体のレベルを評価しより適切な保全へ展開するための評価システム、等があげられる。
8.保安4法適用事業所の一般例
保安4法の適用を受ける事業所において、保全に関する規格・基準類は、法に基づく保安維持の規定類と、例えば、高圧ガス保安協会保安検査基準、定期自主検査指針を活用した検査基準類、第7項で触れた計画保全基準等により構成され、一般的な例として、以下に示すようなものとなる。また、その体系図例を、図-2に示す。
(1)法に基づく保安維持のための規定類
防災規定、危害予防規定、予防規定、など
1)予防規定(消防法第14条の2に基づく)
消防法に基づき、事業所の保安維持に必要な事項を定め、人的及び物的損傷を防止し、公共の安全を確保することを目的とする。
予防規定の主な内容は、
・保安管理体制(本社役員の行う保安査察を含む)
・保安統括管理者、防火管理者等の職務
・運転及び操作等に関する保安管理
・施設に関する保安管理
・施設に関する技術基準
・異常状態に対する措置
・保安教育及び規定類の周知
・協力会社の保安管理
・予防規程の制定及び変更
2)防災規定(石油コンビナート等災害防止法第18条に基づく)
石油コンビナート等災害防止法に基づき、事業所の自衛防災組織が行うべき業務に関し必要な事項を定め、災害の発生並びに拡大の防止をはかることを目的とする。
防災規定の主な内容は、
・自衛防災組織
・防災管理者等の選任及びその職務
・特定防災施設等及び防災資機材等
・災害発生時等の措置
・防災教育訓練
3)危害予防規定(高圧ガス保安法第26条に基づく)
高圧ガス保安法に基づき、事業所の保安維持に必要な事項を定め、人的及び物的損傷を防止し、公共の安全を確保することを目的とする。
危害予防規定の主な内容は、
・保安管理体制
・保安統括者、保安技術管理者、保安係員等の職務
・運転、操作等に関する保安管理
・施設に関する保安管理
・施設の技術基準
・異常状態に対する
・保安教育、規定類の周知
・協力会社の保安管理
上記、3規定とも、規定している内容はほぼ同じであり、当然、個々に矛盾があるわけではない。これらを総合的に勘案して、基準体系が構成されている。
(2)検査基準類
おおよそ、以下のような基準類が定められている。
1)保安、完成検査基準
2)材料基準
3)自主検査基準
・開放検査基準、
・開放周期設定基準、
・肉厚検査基準、
・耐圧気密検査基準
・各機器自主検査基準
塔槽・反応器、熱交換器、加熱炉・ボイラー、球形貯層、屋外タンク、回転機
器、配管、一般弁、安全弁、等々について
・非破壊検査基準
目視検査、超音波探傷試験(UT)基準、PT基準、MT基準、RT基準、ET基準、組織試験基準、硬さ試験基準等々について
・損傷管理基準
疲労損傷管理基準、クリープ損傷管理基準、窒化損傷管理基準、塩化物応力腐食
割れ、硫酸腐食管理基準、塩酸腐食管理基準、水素侵食管理基準、水素脆化管理
基準、高温酸化管理基準、等々の53損傷について
・回転機器診断基準
振動診断基準、AE診断規準、潤滑油分析診断基準
・ガスケット交換基準
・検査機器管理基準
・潤滑管理基準
特に、配管については、各コンビナートとも設置以来30年以上経過したものが多く、自主検査の課題になっている。例えば、断熱配管の外部腐食について、15年ほど前に、共通の問題となったことがあった。その時には、腐食発生箇所を、学会等でお互いに発表し合い、それをまとめて、優先的に検査すべきポイントを明確にするなどにより、問題は下火になった。しかし、その後、さらに時間が経過し、現在では、その時に明確にしたポイントの検査だけでは、必ずしも充分とはいえず、思わぬ部位が腐食していた事例が報告されている。これらに対応するためには、網羅的な検査が必要であり、そのための基準と検査要領を決めて検査を進めている。
また、内部腐食についても、特に、エロージョン・コロージョンのような、局部減肉を生じる事象については、管理が難しい。その発生の可能性の評価が、なかなか大変であることに加え、劣化モードが、使用条件の若干の変更や、設備の変更等で、使用途中で変わる可能性があり、管理上、特に注意が必要である。
そうした配慮を重ねながら、検査基準を進化させていくことが肝要である。
(3)法規以外の適用標準
第7項に、その一例として「計画保全基準」を示す。なお、安全、設計、施工に関するものは、図-2に体系の中での位置付けを表すに留めた。
9.課題と解決への考察
(1)保全プログラム
石油化学プラントでは、設備の劣化がもたらす、安全上、生産上の損失が大きいため、保全実施上の重要事項は、法規制で定められている自主検査基準を適正に作成し、遵守することである。
石油化学プラントは、プロセス改造、機器改造等の改造が多く、設備劣化形態が途中で変わる可能性があるという特徴を有していることから、自主検査基準を適正に運用するために、保全プログラムにFMEA(*1)等の方式を採用して、各設備・各部位の劣化モードを詳細に追求し、劣化速度、寿命等を評価している。また、石油化学プラントでは、同種設備でも、運転条件・使用方法が異なったり、設備詳細部で僅かな差異があったりすると、同じ劣化形態をとらないことも多く、結果的に個々の部位の同一条件での劣化統計データが非常に少ないため、PDCAを廻しながら、最適解に近づける方法として、FMEAは適していると考えられる。劣化部位の損傷確率、検査精度確率等のデータを明らかにすることが出来れば、RBI(*2)等の方式も含めた、より定量的な保全に近づけることが出来るため、今後、データの集約化が望まれる。
図―3は、FMEAを用いた、設備劣化の網羅的検証法の一例を表す。
第1ステップに示す、材料・流体・環境及び運転条件による、個々の劣化モード発生の可能性については、文献等にも情報が多数出ており、そうした劣化現象に関する一般的な知見(故障物理現象)を用いて検討する。これらを辞書のようにまとめておき活用するのが効果的である。
第2ステップでは、全ての部位について過去からの検査実績(履歴)を明らかにして、劣化モード発生の可能性と照合し、第3ステップにおいて、劣化の発生の有無を判定する。
第4ステップでいう、流体特性、操作条件の特殊性とは、流体の成分、特に材料劣化を加速させる因子、温度・流量等の変動、相変化、2流体以上の混合等の条件をいう。
第5ステップの寿命予測法には、
・文献等の情報に基づく予測法
・過去のデータの平均値による予測法
・過去からのデータの傾向管理に基づく予測法
・類似例・事象からの確率論的予測法
・線形近似による予測法
・ストレスの回帰的モデルによる予測法
・現象論に基づく速度モデルによる予測法
・ニューラルネットワークによる予測法
・シミュレーション技術による予測法
などがあげられる。高度な予測法により厳密な解を求めることが必要な場合もあるが、多くの部位については、炭素鋼の腐食減肉のように劣化現象が比較的単純であり、簡単な予測法により寿命が可能である。
設備の代表的な劣化現象と、主な管理手法等について、表-3に示す。
第5ステップまでの情報に基づき、第6ステップで検査方法と検査周期を決める。この際、局部的劣化については、その劣化現象に詳しい検査の専門家が検査方法決定に関与することが重要である。
第7ステップは、将来の展望であり、劣化条件と検査データの蓄積によって、劣化の危険性のある部位をすべて検査するのではなく、劣化の進んでいる部位のみを抽出できる、さらには最も劣化の進んでいる部位を特定できる技術を開発できるようになることを期待している。
(2)検査技術
劣化部位を特定できなかったり、劣化部位がある程度特定できても、劣化程度を正確に検出できなければ、寿命の評価が正しくなくなる。現在、一般的に行われている検査は、超音波肉厚計による定点の残肉厚測定によるところが多いが、必ずしも適切な計測ができていない例が、タンク、反応器等の重要設備で見られており、その精度を確保することが課題である。
そこで、超音波連続計測技術による精密な面計測装置を開発し適用している。図―4は、屋外タンクの底板裏面腐食を計測し、定点測定では底板の全面更新になっていたと予測できるものを、3箇所の当て板補修で済ますことが出来た例であり、安全面だけでなく、生産性にも大きく貢献できた例である。図-5は、容器本体のジャケット側からの腐食検査に適用した例である。図―4では0.5mmごとの計測を、図―5では、0.2mmごとの計測を行っており、精密検査に大きな威力を発揮している。
(*1)FMEA:Failure Mode and Effect Analysis
(*2)RBI :Lisk Based Inspection
<参考法規、文献>
・高圧ガス保安法、施行令、コンビナート等保安規則
・消防法、施行令、施行規則
・労働安全衛生法、施行令、ボイラー及び圧力容器安全規則
・石油コンビナート等災害防止法、施行令
・高圧ガス保安協会保安検査基準
・高圧ガス保安協会定期自主検査指針
・プラントメンテナンスの基礎知識、02年12月号、化学装置、佐藤信義
・プラント設備保全の基礎知識と変遷、化学装置、04年12月号、佐藤信義
・高経年化設備のメンテナンスの基礎と応用、化学装置、06年12月号、佐藤信義
・05年11月15日開催「合同オープニング講演会資料」(「メンテナンス・テクノショー2005」「第45回
設備管理全国大会」合同企画)、会場東京ビッグサイト、主催日本能率協会、佐藤信義
石油化学プラントにおける保全の規格・基準類の概要と課題 佐藤 信義,Nobuyoshi SATO