米国の保守規則におけるリスク情報の活用について
公開日:我が国では原子力発電所の保守に関する規制は、定期検査、定期安全管理審査、保安検査などにより行われている。米国においては、保守規則(メンテナンスルール)を制定し、保守に関する規制を行っている。
本解説では、リスク情報の活用が進んでいる米国において、保守に関する規制にリスク情報がどのように活用されているかを述べる。
1.米国の保守規則について
既にご承知の方も多いと思うが、先ず米国の保守規則に関する概要を述べる。
下図に日本と米国の原子力発電所の設備利用率と計画外停止頻度の1980年からの推移を示す。
1980年代、米国の原子力発電所では計画外停止は米国全体の平均で1基当たり年間4~6回、設備利用率も60%そこそこの状態であった。2~3ヶ月に1回は計画外停止が発生していたということである。保守が不十分で停止に至る発電所が多かったためである。
1980年代当時の米国では、保守に関する規制としては、次にあげる程度しかなく、我が国の定期検査制度と比較すると、保守を包括的に規制するものは存在しなかった。
①連邦規則10CFR50.36項で技術仕様書(Technical Specification)により、運転制限条件(許容取り外し時間を含む)を設定すると共に、運転中及び計画停止時におけるサーベイランス試験頻度等を規定
②10CFR50.55a項で米国機械学会(ASME: American Society of Mechanical Engineers)の供用期間中検査(ISI : In-Service Inspection)や供用期間中試験(IST : In-Service Testing)に関する要件を引用しての要件の設定
③10CFR50付則Jにおける」格納容器漏洩率試験の規定
米国の原子力委員会(NRC : Nuclear Regulatory Commission)は1991年に保守規則を公表し、1996年から発効するとした。この保守規則はその後保守作業のリスク評価要求などの改訂が加えられ現在に至っている。
1990年代、米国の計画外停止頻度は低下し、設備利用率は向上した。この要因としては、燃料サイクル期間の延長・オンラインメンテナンスの実施・燃料交換停止期間の短縮、信頼性重視保全(RCM)・保守テンプレートに代表される保守の高度化及びこれらを許容する規制である保守規則の制定があげられる。保守規則とはどのようなものだろうか。
保守規則は10CFR50.65「原子力発電所の保守の有効性の監視に係る要件」に定められているもので、わずか1頁足らずの規則である。10CFR50.65は大きく(a)項と(b)項から成り、(a)項では原子力発電所の系統・機器・構築物に対して実施すべき保守の要件を定め、(b)項では保守規則を適用すべき系統・機器・構築物の範囲を定めている。
(b)項の適用の範囲であるが次のように定めている。
①安全関連の系統・機器・構築物
②非安全関連の系統・機器・構築物であって、次に該当するもの
-事象の緩和に必要なもの
-緊急時手順書で使用するもの
-故障によりスクラムや安全系機器が作動するもの
-故障により安全機能を妨げるもの
(a)項は1~4項まであり次の通りである。
(a)1項:設置者は、保守規則が適用される系統・機器・構築物が所定の機能を果たしていることを確認するための目標を設定し、監視しなければならない。また、目標を満足しない場合は、適切な是正措置を実施しなければならない。
(a)2項:(a)1項の監視は、適切な予防保全により機能達成が実証出来る場合には要求されない。
(a)3項:パフォーマンス及び状態監視活動とその目標並びに予防保全活動は、少なくとも燃料交換毎に24ヶ月を超えない期間で評価されなければならない。
(a)4項:全ての保守作業(サーベイランス、保守後の試験、事後保全及び予防保全等)の実施前に、保守作業の実施により増加するリスクを評価し、管理しなければならない。
以上のように、NRCが示す保守規則はその精神を明確に語っているが具体的ではないため、産業界の代表である原子力エネルギー協会(NEI : The Nuclear Energy Institute)は、その対応を民間規格としてNUMARC 93-01「原子力発電所における保守の有効性の監視に関する産業界ガイドライン」にまとめている。こちらは約80頁にわたる規格であり、NRCはこれを是認している。(是認とは、NUMARC 93-01に従った方法で保守規則を運用していれば、NRCは原則的として保守規則が妥当に適用されていると認めるということであり、検査等の手続きは簡略化できることを意味する。)
保守規則の最大の特徴は、上記に示すように、規制側からは保守により系統・機器・構築物のパフォーマンスが要求事項に適合することを要求するものの、適合させる手段については規定していない点である。すなわち、事業者には、系統・機器・構築物が所定の機能を果たしていることを確認するための目標(パフォーマンス)を満足していることを要求しているのみであり、その保全方式や保全間隔等は事業者の判断で選定できることを意味する。
このように、パフォーマンスの適合性を要求する規制はパフォーマンスベースの規制と呼ばれるが、事業者は創意工夫を盛り込みやすく柔軟な対応が出来ることより、事業者の自律性を引き出しやすいことが特徴である。
2.リスク情報について
米国ではリスク情報の活用が進んでいるが、これはゴア副大統領(19931.20~2001.1.20)がリスク情報を活用することにより官僚機構の規模の縮小や規制の撤廃の必要性を主張しており、各省庁ともリスク情報の活用を検討していたこと、原子力の分野ではNRCが些細なことでも罰金を科すことが多く、事業者から本当にリスクの大きいものに規制の焦点を当てることが臨まれていたことによる。
では、原子力発電所のリスク情報とはどのようなことなのだろうか。結論からいうと、原子力発電所のリスク情報としては、確率論的安全評価(PSA : Probabilistic Safety Assessment)により算出される炉心損傷頻度(CDF : Core Damage Frequency)や早期大量放出頻度(LERF: Large Early Release Frequency)等が使われることが多い。理由を以下に述べる。
原子力発電所の場合、リスクを考える上で特徴的なことは、発電所内に大量の放射能が存在することである。リスクとしてはこの放射能が環境や人に悪影響を及ぼす可能性があることが考えられる。逆に、これを除くと、その他のリスクは一般産業のリスクと変わりない。すなわち、原子力発電所の固有のリスクとは、原子力発電所に内在する放射能が環境や人に悪影響を及ぼす可能性があることである。
リスクの反対語は安全であるが、原子力安全とは、原子力発電所に内在する放射能が環境や人に悪影響を及ぼさないことであり、これは世界共通の認識である。
ところで、原子力発電所内の放射能はどのように分布しているのだろうか。軽水炉では、放射能は核燃料が核分裂をする炉心、使用済み核燃料を貯蔵している使用済み核燃料プール、放射性廃棄物処理建屋等に分布している。沸騰水型原子力発電所(BWR : Boiling Water Reactor)の放射能の分布の例を下表に示す。
沸騰水型原子力発電所の場合、放射能は炉心が一番多く約96%、次が使用済燃料プールで約4%弱、放射性廃棄物処理施設には約0.001%程度である。
この放射能の分布から考えると、先ずは炉心の放射能の影響を抑制することが有効であることがわかる。炉心の放射能は炉心の中の燃料内部に閉じ込められており、閉じ込められている限り外部へ影響を及ぼすことはない。即ち、原子炉の安全運転をしている限り放射能の影響はない。放射能が外部へ悪影響を及ぼす可能性が生じるのは、燃料が損傷して外部へ放出された場合である。確率論的安全評価(PSA)では、原子炉を1年間運転したときに炉心が損傷する確率(=炉心損傷頻度(CDF))を算出することが出来る。
本項の冒頭に、原子力発電所のリスク情報として炉心損傷頻度が使用されることが多いとしたのはこの理由による。すなわち、原子力発電所で一番大量の放射能が存在している炉心の損傷頻度(=CDF)がより小さい原子炉はより安全であり、逆に、炉心損傷頻度を増加させる事象は、原子力安全上好ましいものではないと考えることが出来る。従って、CDFが原子力発電所のリスクに関して定量的な情報を与えることが出来ることとなる。
また、確率論的安全評価(PSA)では、原子炉を1年間運転したときに格納容器に閉じ込めるべき放射能が、格納容器外へ放出する確率(=早期大量放出頻度(LERF))を算出することが出来る。このLERFもリスク情報として用いられる。
なお、原子炉の設計では、燃料の損傷に対して最も厳しい事象を想定しても、原子炉停止系、非常用炉心冷却系等により燃料の破損を防止し、格納容器内に放射能を閉じ込めることによって、環境や人にその影響を及ぼすことがないように考慮している。すなわち、安全にかかわる系統は1系統が故障しても問題がないように多重化し、安全解析時には一番厳しい解析結果となる故障を更に発生させた上で解析しそれでも問題がないように保守的な設計をしている。
一方、確率論的安全評価(PSA)では、上記の多重化させた系統を全て故障してしまうような、本来設計上では考えなくてもよい事象までも想定してその確率を求め、その総和として炉心損傷頻度(CDF)等を計算している。
従って、考えうるあらゆる事象が検討の対象となっており、その意味でこの解析結果は網羅性を持つといえる。スリーマイル原子力発電所の事故のシーケンスが、事故発生前に確率論的安全評価(PSA)の検討対象になって予測されており、このことによっての有用性が再認識されたことは、この網羅性があったことを示している。
また、本来設計では考慮しなくてよい事象の確率であるので、非常に小さい値をとることも特徴である。我が国の原子力発電所の炉心損傷頻度(CDF)は、
10-6(/炉年)のオーダーである。早期大量放出頻度(LERF)は更にCDFの一桁程度下の値である。
本項をまとめると、原子力発電所の固有のリスクは発電所内の放射能の影響により、環境や人に悪影響を与えることである。発電所内の放射能は炉心に一番多く存在し、一年間運転したときに炉心が損傷する確率(=炉心損傷頻度(CDF))はリスク情報として使うことが出来る。また、原子炉を1年間運転したときに格納容器に閉じ込めるべき放射能が、格納容器外へ放出する確率(=早期大量放出頻度(LERF))もリスク情報として用いることが出来る。なお、使用済燃料プールや放射性廃棄物処理施設にも炉心ほどではないが、環境や人に悪影響を与えうる放射能が存在しており、そちらへの注意も忘れてはならないことはいうまでもないことである。
3.保守規則におけるリスク情報の活用
ここから、米国の保守規則においてリスク情報(CDF、LERF等)がどのように用いられているかについて述べる。
3.1 パフォーマンス基準への活用
保守規則(10CFR50.65)では、(a)2項で、「(a)1項の監視は、適切な予防保全により機能達成が実証出来る場合には要求されない」とされている。この"適切な予防保全により機能達成が実証出来る場合"かどうかの判断方法については、民間規格であるNUMARC 93-01に具体的に述べられている。その判断にはパフォーマンス基準(PC : Performance Criteria)を選定して、PCを満足するかどうかによって行うこととしている。このPCの選定にリスク情報を活用しているので、先ずこの活用について紹介する。
1) NUMARC 93-01の概要について
左図に保守規則の対応ガイドラインの流れを示す。
最初の大きな箱では保守規則を適用する系統・機器・構築物(SSC : Structure, System, and Component)を定める。
次の箱でパフォーマンス基準(PC)を定め、次の箱で各SSCのパフォーマンスと比較して、適切な予防保全が行われているかを確認し、適切な予防保全でない場合は(a)1項のSSCとされ、下の箱で目標を決める。
各SSCは右の箱でそれぞれに適した保全方法を定めパフォーマンスの監視に入る。以降の監視結果で適切な予防保全がなされていると判断されたものは(a)2項のSSCとされる。
2)パフォーマンス基準(PC)の選定
前図の上から2番目のPCの選定に関する箱では、先ずそのSSCがリスク上重要であるかないかを決めた上で、リスク上重要なSSCはリスク情報に基づいた系統レベルのPC(PSAで使用されたアベイラビリティ、信頼性等)を設定し、その他のSSCについてはプラントレベルのPC(計画外停止頻度、安全系起動回数等)を設定する。
リスク上重要かの判断は各プラントのPSAの結果を参考に専門家が判断する。すなわち、PSAの結果より算出される、そのSSCのリスク低減価値、リスク増加価値などのパラメータを参考にリスク上重要なSSCの候補を抽出し、専門家が判断して決める。
リスク低減価値はそのSSCが故障しないとしたときのCDFの減少分の割合である。NUMARC 93-01ではリスク低減価値がCDFの0.5%以上の場合等であればリスク上重要なSSCの候補とされる。
リスク増加価値はその逆でそのSSCが故障したときのCDFの増加分である。NUMARC 93-01ではリスク増加価値がCDFの2倍以上の場合等であればリスク上重要なSSCの候補とされ、専門家に示される。
NUMARC 93-01には、この他にもリスク情報を活用してリスク上重要なSSCを決める方法が記載されているが省略する。
リスク上重要なSSCが決められたが、これらのSSCについては前述の通りPSAで使用したアベイラビリティや信頼性がパフォーマンス基準(PC)として選定される。このPCにより適切な予防保全が行われているかどうかを判断し、出来ていないものは更に目標値を決めて保全を行っていくことになる。
また、運転サイクル毎(24ヶ月を超えない範囲)に各SSCのパフォーマンスはPCと比較され、PCを満足できれば(a)2項のSSCとして扱われるようになる。
3.2 保全作業のリスク管理への活用
保守規則の(a)4項では、「保守作業(サーベイランス、保守後の試験、事後保全及び予防保全等)の実施前に、保守作業の実施により増加するリスクを評価し、管理しなければならない」とされており、保守時のプラント構成の変更がリスクに与える影響の評価により、リスクの増加を小さな値に管理することが義務付けられている。
現在ではほとんどの発電所で、リスクモニターと呼ばれる保守前後におけるCDFの変化を容易に算出できるソフトを使用してリスクを評価している。リスクモニターによる評価例を示す。
上図の上半分は機器の点検スケジュールを示し、下半分は点検に伴うCDFの変化をあらわしている。
リスクの評価の方法については、NUMARC 93-01に詳細に示されているが、ここでは、(a)4項が制定された背景を示すこととする。
保守規則が1996年に発効されたことは前述したが、NRCでは1997~1999年にかけてこの実施状況を基本検査で確認している。この結果はNUREG-1648「保守規則基本検査から得られた知見」や、保守規則に(a)4項を追加した時の官報(FR/Vol.64 38551~38557頁)等にまとめられている。
これらによると、米国では原子炉運転中に保守作業(オンラインメンテナンス)が行われており、一部では、計画停止期間短縮などを目的として、複数の系統に対して同時に保守作業を実施する等リスクの増加を伴うような保守も行われていた。(なお、当然ではあるが保守作業時間は、技術仕様書(Technical Specification :プラント運用上の制限事項をまとめたもの)で規定されたAOT(Allowed Outage Time 許容待機除外時間:冗長系のうち1系統が故障した場合の原子炉継続運転が許容される時間)の範囲内で実施する必要がある。)
また、NRCは、AOTは本来故障した機器を復旧させるための期間であり、しかもこのAOTを使って、予防保全のために複数の機器を同時に待機除外することは想定していなかった。
これらを巡って、NRCと産業界は議論を重ねたが、オンラインメンテナンスによるリスクの上昇が小さい場合があること、オンラインメンテナンスを実施した方が計画停止時の保守作業によるリスクが低くなり全体としてのリスクが小さくなるケースもあること等がわかってきて、NRCはオンラインメンテナンス等全ての保守に伴うリスク管理の必要性を認識した。
また、基本検査結果から事業者のリスク評価が十分でないことが判明した。これは、1991年発行の保守規則でもリスクの評価を事業者に要求していたが、強制力を伴っていなかったためと考えられた。NRCは1997年に保守規則を改定し、新たに(a)4項を追加してリスク管理を義務づけた。このような規制措置がとられたが、事業者側としては、リスクを適切に管理すれば複数の機器を対象にオンラインメンテナンスを実施することも可能となった。
その後、一部のAOTについては、過度に保守的な部分も見られたため、リスク情報を考慮してAOTの延長をして、保守作業可能時間を伸ばしたことも相まって、オンラインメンテナンスは増加していった。
現在ではオンラインメンテナンスは計画的に行われるようになっており、設備利用率の向上にも一役かっている状況である。
最後にNRCが産業界の安全に関するパラメータの推移をまとめたグラフを示して終わりとする。
いずれも安全性向上の方向へ向かっており、最近の米国の良好な運転実績を示している。
参考文献
[1]10CFR50.65, "Requirements for monitoring the effectiveness of maintenance at nuclear power plants.", USNRC.
[2]NUMARC 93-01 Rev.3, "Industry Guideline for Monitoring the Effectiveness of Maintenance at Nuclear Power Plants.", NEI, July 2000.
[3]NUREG-1648, "Lessons Learned from Maintenance Rule Baseline Inspections.", USNRC, October 1998.
[4]Federal Register/Vol.64 38551~38557頁 "Monitoring the Effectiveness of Maintenance at Nuclear Power Plants.", USNRC, July 1999.
米国の保守規則におけるリスク情報の活用について 小林 正英,Masahide KOBAYASHI,福田 護,Mamoru FUKUDA