断層変位に対するリスク評価と工学的な対応策 (2)断層変位のハザード評価

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カテゴリ: 第14回
1.はじめに
日本原子力学会「断層の活動性と工学的なリスク評価」 調査専門委員会委員(主査:奈良林直(北大)、以下「本 調査専門委員会」という)は、活断層の活動等に伴って 生じる断層変位も外部ハザードの一つと捉え、断層変位 の施設に与える影響に関する工学的な評価手法について、 関連する多分野の専門家の協働により調査・検討を行っ た。2014年10月からの2年半の調査・検討の成果をとり まとめ、報告書「断層変位に対するリスク評価と工学的 な対応策」を本年3月に公表した。 (http://www.aesj.net/sp_committee/com_dansou) 本稿では、施設の影響評価を実施するに際して入力情 報となる断層変位のハザード評価に関して、本調査専門 委員会で体系的にとりまとめた内容について、概要を紹 介する。 2.断層変位について 地盤には、断層面に沿ったずれ(断層変位)や、傾斜 撓み等の変形を生じる場合がある(以下「地盤の変位・ 変形」という。)。これら地盤の変位・変形は、震源断層 の活動に伴って生じるものと、震源断層の活動以外を成 因とするものに大別される。震源断層面上のすべりが大 きい場合には、地表地震断層として地表に断層変位が出 現する。特に同様な活動が繰り返し起きた結果、主要な 地表の痕跡(変位・変形)は断層崖等の変動地形を形成 連絡先:高尾誠、〒100-8560 東京都千代田区内幸町 1-1-3、東京電力ホールディングス株式会社 E-mail: taNao.maNoto@tepco.co.jp して、活断層として認識されている。しかし、地表地震 断層とは大地震時に地表に現れる断層の総称であり、そ の中には、震源断層の地表延長部である主断層及び主断 - 107 - 層から派生した分岐断層と、それらの周辺に副次的に生 じた副断層がある(図1)。 国内の活断層について、その活動間隔を調査した結果 によれば、平均活動間隔は数千年、短いものでは数百年、 長いものでは数万年である。よって、最近の地質年代で ある後期更新世以降(約12万~13万年前以降)に最低で も1回は活動していると考えられる。また、地表におけ る1回当たりの変位量は数十cm~数m~10m程度である。 副断層の変位量について、高尾ほか(2013)[3]は、国内の気 象庁マグニチュード(Mj)5.8 以上の107 地震を調査し、 地表地震断層が発生した19地震について整理し、主断層 の変位量で基準化した副断層の変位量(副断層の変位量÷ 主断層の変位量)と主断層からの距離を整理している。 副断層の変位量は主断層の変位量に比べ小さく、主断層 からの距離が離れるに従い変位量は減少する傾向にある (図2)。また、原子力安全推進協会(2013)[4]は、明治以降 の約 120 年間に国内で発生した Mj6.5 以上の地震につい て、地表地震断層の調査記録から変動地形に対応しない 箇所に出現した副断層の変位量を抽出し、整理している (図3)。 図3 主断層からの距離と副断層の変位量 図1 断層の形態 一方、後者すなわち震源断層の活動以外を成因とする 断層については様々なものがある。変位・変形が将来起 こり得るものについては、その成因に応じて施設に対す る影響評価を行うことになるが、本稿では前者の震源断 層の活動に伴って生じる変位・変形を対象に述べる。 3.断層変位ハザードの評価手順 断層変位ハザードの評価手順の概要を図4に示す。ま ず、施設が立地する位置を含む敷地及び敷地周辺の地 形・地質・地盤調査を実施し、断層の分布や活動性等に 関する評価を行う。 検討においては、決定論的な検討に用いる断層変位量 (以下「検討用の断層変位量」)と、確率論的な検討で用 いる断層変位ハザードカーブの双方を扱う。 地形・地質・地盤調査 断層の活動性調査・評価 決定論 確率論 施設直下の断層変位の考慮 が必要な場合、断層変位量 を検討・地質調査結果(δi) ・数値解析(δa) ・地表地震断層DB (δd) 検討用の断層変位量 (δs) の設定 図4 評価手順 4.地形・地質・地盤調査 図2 主断層からの距離と基準化した副断層の変位量 施設の設置地盤に存在する断層が施設に及ぼす影響に ついて検討するため、詳細な地形・地質・地盤調査によ - 108 - 確率論的 断層変位 ハザード 解析(ハザー ドカーブ の設定) DD :副断層による断層変位量 PMD:主断層の最大変位量 の作用を受けて徐々に失われていくため、断層の分布や り断層の分布・性状並びに後期更新世以降の活動を評価 する必要がある。 変位が全長にわたって確認できることは期待できず、地 図5に断層調査の基本的な流れを示す。文献調査、変 層に被覆されて断層運動の痕跡が地層中に残っている地 動地形学的調査、地表地質調査、地球物理学的調査等を 点のみで調査することになる。このような制約の中にお 適宜組み合わせ、施設設置位置、敷地及び敷地周辺の地 いて、取得された変位データから活動1回当たりの変位 質・地質構造を把握し、断層の分布、規模、性状、活動 量を評価する上では、その断層において地震のたびに同 時期等を明らかにする。 様の変位分布が繰り返されていたのかなどを検討してお くことも重要である。 ・文献調査 また、後述する数値解析による設置地盤の変位・変形 (重力異常,微小地震等を含む) ・変動地形学的調査 調査対象地点・地域を網羅的に抽出 量を評価する際の基礎地盤モデルには、地盤の物性(物 理特性、強度特性及び変形特性)を適切に反映する必要 があるため、ボーリング調査、トレンチ調査、弾性波探 ・地表地質調査 ・変動地形学的調査 査等を実施するとともに、原位置試験及び室内試験を適 ・ボーリング調査 ・トレンチ調査 ・地球物理学的調査 (反射法地震探査、重力探査等) 地質構造の検討 地質構造発達史の検討 活動履歴の検討 切に選択して実施する。 ・海域調査 (音波探査等) 位置,規模,活動性等の評価 5.断層変位ハザードの評価 図5 断層調査の流れ 後期更新世以降の活動を否定できない断層が施設基礎 面にあると判断された場合、当該断層の変位量を評価す 4.1 断層の活動性の調査・評価 断層の活動性評価については、地形・地質と断層の形 成順序から活動年代を決める手法(上載地層法)の適用 る。検討用の断層変位量は、地質調査結果、数値解析及 び地表地震断層データベースに基づいて設定するもので あり、具体的な検討方法について、以下に順に述べる。 を基本とするが、後期更新世以降の地層が欠如するなど 適用が困難な場合には、12万~13万年以前の岩脈・鉱脈 等との接触関係(鉱物脈法)、断層物質性状等の観点から 総合的に判断する。これらの手法により断層の最新活動 年代を評価する場合には、周辺の地質構造発達史等を踏 まえた総合的な評価を行うことが重要であり、断層の連 続性や変位・変形の分布や性状、応力場の観点を考慮し て、調査結果が整合的であることを慎重に検討すること が必要である。 5.1 地質調査結果に基づく変位量δi の検討 敷地におけるボーリング調査、トレンチ調査、試掘坑 調査などの調査結果から得られた1回当たりの変位量が ある場合は、最大限これを活用することとし、これに不 確かさを適切に考慮してδiを設定する。 具体的には、敷地における1回当たりの変位量の分布 状況から推定した施設位置での変位量を平均値として捉 え、敷地の地質調査結果から不確かさの度合いが把握で きる場合はそれを活用し、把握できない場合は後述する 4.2 断層変位量の調査・評価 後期更新世以降の活動を否定できない断層等について 地表地震断層データの調査結果に基づく不確かさを考慮 した上でδiを設定する。 は、断層変位地形の調査、断層露頭の観察、トレンチ調 査、ボーリング調査を適宜組み合わせることで断層の活 動年代を把握し、その年代に対応する地層の特徴(例え ば、火山灰等)から1回当たりの変位量を推定する。例 えば、累積変位と活動回数から1回当たりの平均変位量 を求め、各回の活動に対する変位量が分かる場合にはば らつきも含めて評価する。 断層変位の痕跡は、時間経過に伴って侵食・堆積など 5.2 数値解析に基づく変位量δaの検討 数値解析による設置地盤の変位・変形量の評価に当た っては、敷地内で地質調査によって推定された変位の再 現性を確認することにより、評価に用いる解析手法、解 析モデルが適切かどうか確認する。その後、不確実性を 考慮したパラメータスタディを実施した上で設置地盤の 変位・変形量を評価する。 - 109 - (1)解析手法 数値解析手法は食い違い理論による弾性解を用いる手 法(以下「食い違いの弾性論」という)及び設置地盤の 詳細FEM解析を基本とする。 食い違いの弾性論により、震源断層の破壊によるすべ り量を断層面に静的な変位として与え、半無限地盤中の 変位分布の弾性解を得ることができる。断層活動に伴う 地殻変動による観測変位が弾性理論でもある程度説明で きることから、この手法により広域的な地殻変動を求め る(図6のa)。 次に、評価対象施設の設置地盤の変位・変形量を求め るために、詳細FEMモデルによる静的弾塑性解析を実施 する。食い違いの弾性論により詳細FEMモデルの境界で の変位量を算出し、変位あるいは換算した地殻応力を境 界条件として与える(図6のb)。 詳細FEM解析による設置地盤の変位・変形量評価にお いては、地形・地質・地盤調査の結果に基づき、設置地 盤のモデル化を適切に行う。このとき、構造物はモデル 化しない。また、主断層が構造物に近い場合は主断層が 含まれるように解析領域を設定し、そのずれ変位を考慮 する。 食い違いの弾性論以外の手法として、波数積分を用い る方法や断層の動力学的シミュレーションを必要に応じ て検討に用いる。また、有限要素法に代わり粒状体モデ ルを用いた解析手法を用いることも考えられる。個別要 素法、粒子法等の粒状体解析手法では、多様な破壊形態 を表現することが可能である。 (2)設置地盤における変位量の検討 設置地盤における変位・変形量は、構造物と地盤との 境界で評価する。変位・変形量には種々の不確かさが存 1主断層と重要構造物が離れているとき 2主断層と重要構造物が近いとき 在するため、詳細FEM解析で用いる断層の強度・変形特 重要構造物 重要構造物 地表面 性、岩盤の変形特性等について合理的に変動範囲を定め (例えば、平均値+標準偏差)、それぞれの因子を組み合 副断層 副断層 わせてパラメータスタディを行うことにより考慮する。 詳細FEMの解析範囲 主断層 5.3 地表地震断層データベースに基づく変位量δd ※構造物、評価対象の断層は食い違い の弾性論の計算では考慮されない の検討 震源断層 既に構築された主断層及び副断層の変位量に関するデ a. 食い違いの弾性論による検討 ータベースや、独自に構築または追加したデータベース に基づき、敷地内における評価すべき断層とデータベー スにおける断層を比較し、活動履歴・規模、地形条件、 構造物はモデルには含めない1主断層と重要構造物が離れているとき 地質条件等の類似性から、δdを設定する。 δd の設定に当たっては、断層長さ(または地震規模) a と断層変位量との関係式を主断層の変位量の推定に活用 副断層 できる。また、先に述べた原子力安全推進協会(2013)[4]の データベース等を副断層の変位量の推定に活用できる (図 3)。δd の設定に当たっては、δi や δa と同様に地表 2主断層と重要構造物が近いとき 主断層を詳細FEMの 地震断層データの調査結果を踏まえて不確かさを適切に 構造物はモデルには含めない解析領域に含める 考慮する。 a副断層 5.4 検討用の断層変位量δs の設定 地質調査結果に基づく δi、数値解析に基づく δa、地表 地震断層データベースに基づく δd を総合的に勘案して、 構造物と地盤の境界に与える検討用の断層変位量δsを設 b. 詳細?ΕΜモデルによる検討 定する。その際、敷地における当該断層の1回当たりの 図6 数値解析による設置地盤の変位・変形評価 変位量のデータがあるか又は推定可能かどうか、その変 のイメージ(評価対象が副断層の場合) 位の原因となった地震が敷地周辺にあるかどうかを踏ま - 110 - 表1 検討用の断層変位量δsの設定方法 項目 地質調査結果に基づくδi 数値解析結果に基づくδa 地表地震断層 データベースに基づくδd 不確実 さを考 慮した 設定値 敷地内の1回当たりの変位量+ 敷地内外のデータから求めたば らつき(例えば,標準偏差) パラメータスタディ結果 (例えば,断層形状等の震源に係る条 件,断層及び地盤の強度・変形特性, 初期地圧等) データベースから求めた平均値 + データベースから求めたばらつき (例えば,標準偏差) δs ・δi,δa及びδdを総合的に勘案して,構造物と地盤との境界に与える変位量を設定 ・1回当たりの変位量のデータがあるか又は推定可能かどうか,変位の原因となった地震が敷地周辺にあるかど うかの判断を踏まえ,δi,δa及びδd を十分に吟味した上でδsを設定 ・δsの設定に当たっては,PFDHAの結果を参照する。 えてδi、δa及びδdを十分に吟味した上でδsを設定する。 δs 設定時の参照用及びその後の確率論的なリスク評価に δs の設定に当たっては、確率論的断層変位ハザード解析 供する目的で、PFDHA を実施する。PFDHA の実施に際 (以下「PFDHA」という)の結果を参照する(表1)。 しては、Youngs et al. (2003)[5]、Petersen et al. (2011)[6]、高尾 参照に当たっては、例えば、基準地震動Ssや基準津波Ts ほか(2013、2014)[3] [7]に示された方法及び評価式(経験式) の策定において地震動や津波の確率論的ハザード評価を を用いて評価地点における1年当たりの変位-超過頻度 参照しており、δs の年超過頻度が Ss や Ts の年超過頻度 関係を算出することができる。実施例を図7に示す。 (10-4~10-6 程度)と同程度あるいはそれ以下であること PFDHAで得られる変位量は、δsと同様に、構造物と地 を確認する方法が挙げられる。 盤の境界位置において定義されるものであり、当該構造 施設基礎面に後期更新世以降の活動を否定できない断 物が設置されていない状態での変位量である。施設への 層が複数分布する場合は、活動性、断層のずれの方向、 影響評価に当たっては、構造物が設置されていない状態 断層破砕部の幅、硬さ及び固結の度合い、断層条線等か での変位量を再現できるように FEM 等の解析モデルの ら得た断層運動像、断層の空間的な広がり、施設に与え 境界条件を設定した上で、構造物が設置されている状態 る影響等を考慮して、必要に応じて複数の断層を選定し、 での変位量を計算する必要がある。 断層毎にδsを設定する。 5.5 想定を超える断層変位量の評価 想定を超える場合であっても過酷事故緩和策等を策定 して万一に備えることが重要である。この観点から、検 討用の断層変位量δsを超える変位量に対してリスク情報 を得ていくために、想定を超える断層変位量を設定する ことができる。その場合、δs を割り増しして設定する方 法等が考えられる。例えば、δs を係数倍して設定する方 法や、δs を設定する際に参照した年超過頻度を更に下回 るレベル毎に設定する方法等が挙げられる。想定を超え る断層変位は、このように必要に応じて複数設定して、 リスク情報を得ていくことができる。 図7 P?DHAの実施例 (図中凡例の数値はフラクタイルの値) 5.6 確率論的断層変位ハザード解析 前節までに示した決定論に基づくδsの評価と並行して、 - 111 - 6.まとめ 本稿では、断層変位のハザード評価に関して、これま でに関連分野で得られている知見を最大限活用し、不確 実さも考慮した適用可能な方法として体系的に取りまと めた。 断層変位のハザード評価に関する今後の課題として ・断層の活動性の評価に当たり、上載地層法が採用でき ない場合を想定して断層内物質を用いる方法等、その 他の手法の適用性拡大及び精度の向上 ・実際の地表地震断層変位の再現解析や断層模型実験の 再現解析による数値解析手法の高度化 ・PFDHAの更なる高度化に関して、新たに得られた情報 を断層変位量の評価式に反映すること等 が挙げられる。 今後とも知見の蓄積を継続し、関連する学術分野間で の連携・協調を深化させながら、より一層信頼性の高い ものにしていく努力が必要である。 参考文献 [1] 奈良林直、_断層変位に対する工学的なリスク評価 (その1)断層変位に対する原子力安全の考え方”、 日本原子力学会誌、Vol.58、No.9、2016、pp.21-25 [2] 奈良林直ほか、_断層変位に対する工学的なリスク 評価(その2)施設影響評価における裕度評価手 法の適用”、日本原子力学会誌、Vol.58、No.9、2016、 pp.26-31 [3] 高尾誠ほか、_確率論的断層変位ハザード解析手法 の日本における適用”、日本地震工学会論文集、第 13 巻、2013、pp.17-36 [4] 原子力安全推進協会、_原子力発電所敷地内断層の 変位に対する評価手法に関する調査・検討報告書”、 2013 [5] Youngs, R.R., et al., _A methodology for probabilistic fault displacement hazard analysis (PFDHA)”, EarthquaNe Spectra, Vol.19, No.1, 2003, pp.191-219 [6] Petersen, M.D., et al. _Fault displacement hazard for striNe-slip faults”, Bull. Seismol. Soc. Am. 101, 2011, pp.805-825 [7] 高尾誠ほか、_確率論的断層変位ハザード解析の信 頼性向上”、日本地震工学会論文集、第14巻、第 2 号、2014、pp.16-36 - 112 - 断層変位に対するリスク評価と工学的な対応策 (2)断層変位のハザード評価 高尾 誠,Manoto TAKAO,鈴木 義和,Yoshinazu SUZUKI,谷 和夫,Kazuo TANI,山崎 晴雄,Haruo YAMAZAKI,奥村 晃史,Koji OKUMURA
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