316ステンレス鋼の炉水環境中での疲労き裂進展 におけるひずみ速度の影響

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カテゴリ: 第14回
1.はじめに
現在、国内の原子力発電所には運転を開始して40年を 超えるプラントがあり、今後の運転において機器の経年変化がより顕著に現れてくることが予想される。原子力 発電所の安全確保のためには、経年変化の影響を把握し て適切に機器の取替などを行う保全活動がより重要になる。 原子力発電プラント機器において、疲労は代表的な経 年変化事象となる。原子力発電所の機器の疲労損傷防止 に対する非破壊検査の効果を最適化するため、疲労き裂 の発生と進展をモデル化した仮想き裂成長曲線の活用が検討されている[1]。 仮想き裂成長曲線は、実機における疲労き裂の発生・ 進展を予測・モデル化したもので、保全計画の検討において検査時期の設定などに適用されることが想定される。 予測においては、多軸効果や環境効果などについて試験 データをもとに検討し、き裂発生・進展モデルの精度を 高めることが求められている。そのためき裂の発生から 進展そして試験片破断に至るき裂の挙動を観察し、多軸効果や環境効果が与える影響を明らかとする研究が進め られている。
PWR1次冷却材による環境効果が疲労き裂の発生・進展挙動に与える影響は藤川らにより検討されている[2]。そこでは、高温・高圧水中(以下、環境中と言う)でのき裂の成長挙動の観察を行うための 2 段レプリカ法が開発・適用された。その結果、環境中においては大気中と比較して疲労寿命が大きく減少する原因として、き裂の発生速度が加速されることが示された。さらに、き裂の合体が生じるこ とによる進展の加速が重畳することも確認された。 しかしながら、環境効果には温度、ひずみ速度、溶存 酸素濃度などの様々な影響因子があることが明らかとさ れており[3]、仮想き裂成長曲線に環境効果を取り入れる 際にはそれらの因子を考慮する必要がある。 本研究では環境中において疲労寿命に大きく影響を与 えるひずみ速度に着目した。ひずみ速度がき裂の進展に 及ぼす影響を実験的に調べることで、環境効果を取り入 れた仮想き裂成長曲線作成の検討を行った。 2.記号説明 a:き裂深さ (m) t:試験片厚さ (m) f:形状係数 D:材料定数 m:材料定数 Δε:ひずみ範囲 (%) dε/dt:ひずみ速度 (%/sec) ΔKε:ひずみ拡大係数 (m1/2) da/dN:き裂進展速度 (μm/cycle) 3. 環境中疲労き裂成長挙動の観察 3.1試験条件 PWR1 次冷却材環境中でのき裂成長挙動を観察す るため途中止めで低サイクル疲労試験を行った。 制御方法は軸方向ひずみ制御とし、ひずみ比は-1と した。温度は325°C、ひずみ範囲は1.2%とし、ひずみ 速度は0.4%/sと0.004%/sの2種類の条件で試験を行っ た(Table1 参照)環境は、PWR1 次系を模擬した。水 質条件をTable 2 に示す。 また試験片は、Table3 の化学成分を有する 316 ステ ンレス鋼を用いた。試験片形状は、Fig.1 に示す中空形 状とした。試験片の中心孔に325 °CのPWR1 次冷却材 模擬水を循環させて試験を行った。試験片の肉厚全体 にわたり 325°Cの均一な温度となるように、試験片外 表面から高周波加熱器で加熱した。 Table 1 Fatigue test condition Temp.(°C) Strain range (%) Strain rate(%/sec) 325 1.2 0.4 325 1.2 0.004 Table 2 Water condition of simulated PWR environment Table 3 Component of test material (SUS316) (wt%) Fe C Si Mn P S Ni Cr Mo Bal. 0.06 0.5 1.3 0.031 0.027 10.18 16.94 2.02 Fig.1 Sketch of hollow specimen (Unit : mm) 3.2 2段レプリカ法 2段レプリカ法は、中空試験片の内側表面き裂を観察す るために藤川ら[2]が開発した立体レプリカとフィルムレ プリカを併用した観察手法である。 2段レプリカ法では、まず、試験機から取り外した中空 試験片の内部に液体状のシリコンゴムを充填することで、 立体レプリカを採取する(Fig.2参照)。立体レプリカ表面 には試験片内側表面の凹凸情報(き裂形状)が写し取ら れており、それをフィルムレプリカに転写する。光学顕 微鏡により、フィルムレプリカを観察した様子をFig.3に 示す。き裂が明確に認識できることがわかる。 Fig.2 Hollow specimen and 3-dimensional replica - 255 - Fig.3 Example of film replica 3.3 試験結果 3.3.1 疲労寿命 き裂は試験片の内側表面に発生し、外側表面まで進 展した。中空試験片の内側表面から発生したき裂が外 側表面まで貫通するまでの繰返し数を疲労寿命 Nf と 定義した。レプリカ法による観察は、疲労寿命到達後 の他に、Table 4 に示す繰返し数で試験を2回中断して 行った。 観察領域軸方向に 3.00mm 半径方向に 2.00mm とし た。同一領域を観察することにより、新たなき裂の発 生やそれぞれのき裂の進展、合体の様子を調べた。 Table 4 Fatigue life and cycles of observation Strain rate(%/sec) Observation(cycles) Fatigue life(cycles) 0.4 600,1200 1511 0.004 300,400 709 3.3.2き裂数 き裂長さが0.10mmになった時点をき裂の発生と定義 した。各観察におけるき裂数及び観察した繰返し数にお いて新たに見つかったき裂の個数をTable 5,6に示す。い ずれのひずみ速度においてもき裂は初期に発生し、2回目 以降に発生した新たなき裂は全体の2%程度であり、最初 の途中止めの段階(それぞれのひずみ速度において破断 寿命の約40%に相当する)でほとんどのき裂が発生して いることが確認された。 Table 5 Number of cracks (Strain rate:0.4%/sec) Cycles of observation 600 1200 1511 Number of crack 119 78 64 New crack 119 2 0 Table 6 Number of cracks (Strain rate: 0.004%/sec) Cycles of observation 600 1200 1511 Number of crack 62 59 45 New crack 62 1 0 き裂の長さの分布を Fig.4,5 に示す。ひずみ速度 0.4%/sec では、0.004%/sec と比較して 0.20mm 以下の 微小き裂が多く存在していること、繰返し数が増える につれてき裂数が減少することが確認された。ひずみ 速度 0.004%/sec の方が、0.4%/sec より長いき裂が多か った。 Fig.4 Distribution of crack length (Strain rate: 0.4%/sec) Fig.5 Distribution of crack length (Strain rate: 0.004%/sec) 3.3.4 き裂進展速度 低サイクル疲労のき裂進展速度はひずみ拡大係数と良 い相関を示すことが釜谷らにより報告されている[4]。レプ リカ観察結果から得られたき裂長さを基に繰返し数の増 加によるき裂長さの進展量からき裂進展速度を求めた。 この時、合体なしのき裂の進展速度に関して計算をおこ なった。深さ方向の進展速度(da/dN)は、き裂長さ2c に対する深さaの比(アスペクト比a/c)が0.5として算 出した。 ひずみ拡大係数は式(1)で定義される。 - 256 - 3.3.3 き裂長さ分布 本試験ではひずみ範囲が一定であるためひずみ拡大 係数ΔKεはき裂深さaに依存して大きくなる。き裂深 さaとき裂進展速度da/dNの関係と最小二乗法で近似し た直線をFig .6と7に示す。両者を比較した結果をFig.8 に示す。また、最小二乗法により得られた定数Dとmを Table 7に示す。定数mはひずみ速度によらず1.09となっ た。定数Dは、ひずみ速度が0.004%/secの場合が0.4%/sec よりおおよそ1.6倍となり、ひずみ速度が遅い方が進展速 度が速くなった。 Fig.6 Crack growth rate vs. crack depth (Strain rate: 0.4%/sec) Fig.7 Crack growth rate vs. crack depth (Strain rate: 0.004%/sec) Fig.8 Comparison of crack growth rate す。藤川らによる観察[2]では、環境中では大気中と比べ比 較的早い段階で、き裂発生が促進され、き裂の合体が発 生したことが示されている。とくに、き裂長さが微小な 段階におけるき裂の合体はき裂の長さが倍近くになるき 裂もあるため、見かけの進展速度が大幅に増加し疲労寿 命に大きく影響した。環境中におけるき裂の合体はき裂 進展加速の重要な要因と考察された。 本試験においてもき裂の合体が多く見られた。レプリ カ観察から得られたそれぞれの繰返し数におけるき裂長 さを元に繰返しにともなうき裂の合体が発生する様子を 観察した。Table.6 に、疲労寿命の約40%の繰返し数時点 と、破断時の比較から合体したき裂数を調べた。き裂の 最大合体数(Maximum number of crack coalescence)は疲労 寿命に対し約 40%時点で観測されたき裂が合体し、最終 的に破断した時点で最大何本のき裂が合体して 1 本のき 裂となったかを示す。き裂の合体比率(Rate of crack coalescence)は疲労寿命の約 40%時点で観測されたき裂の うち破断時点までに合体したき裂の割合である。これら の数値の比較から本実験ではひずみ速度 0.4%/sec の方が 0.004%/secに比べてき裂の合体頻度が多かった。 - 257 - vs. crack depth Table 7 Parameters in the calculation of crack growth rates Strain rate(%/sec) D m 0.4 0.0011 1.09 0.004 0.0018 1.09 3.3.5 き裂の合体 Fig.9 に試験片の観察で見られたき裂の合体の一例を示 Fig.9 Coalescence of cracks observed in the replica Table.6 Number and rate of crack coalescence Strain rate(%/sec) Maximum number of crack coalescence Rate of crack coalescence (%) 0.4 11 69.3 0.004 4 41.5 3.3.6 合体ありのき裂進展速度 き裂の合体を見かけ上のき裂進展として算出したき裂 進展速度および最小二乗法で求めた近似直線をFig.10に 示す。き裂を観察したサイクル間において合体したき裂 の観察結果をもとに合体する前後のサイクルでのき裂深 さからき裂進展速度を計算した。合体したき裂の進展速 度はひずみ速度0.004%/secの方が0.4%/secよりも速かっ た。 Fig.10 Cracks growth rate vs. crack depth with coalescence 4. ひずみ速度の影響評価 4.1 き裂進展速度 - 258 - ひずみ速度がき裂進展速度に与える影響について検討 した。Fig.4,5の比較から、ひずみ速度0.4%/secではき裂 長さが全体的に短い方に集まっている。一方ひずみ速度 0.004%/secではひずみ速度0.4%/secよりもひずみ長さの 分布が全体的に右側によっており、1本のき裂の長さが長 くなる傾向がみられる。これはひずみ速度0.004%/secに おいてはき裂の進展速度が速いため、き裂分布が長い方 向に広がったためと考えられる。 またFig.8ではひずみ速度0.004%/secの方がき裂進展速 度が速いことが確認されており、ひずみ速度が遅くなる と、き裂進展速度は速くなる傾向がある。 しかし、ひずみ速度の影響に関して環境効果にはしき い値があることが知られており[3]、ひずみ速度の違いがき 裂進展速度に与える影響の定量化に関してはさらに詳細 な観察が必要である。 4.2 き裂の合体 前述の藤川らの研究によると、き裂の合体は環境中に おいてき裂先端付近に存在するき裂が互いに成長し結合 することによって起きると考えられる。本研究ではき裂 の密度とき裂の合体の起こりやすさの関係について検討 した。Table5,6ではき裂の数を同じ面積で観察しているた め、き裂の数がそのままき裂の密度として考えられる。 Table5,6 の比較からき裂の総数はひずみ速度 0.4%/sec の方が多いことから、き裂密度が高いためにき裂の合体 が起こりやすくなったと考えられる。 また、き裂の合体ありの進展速度に関する考察も行っ た。Fig.10の近似曲線に示すようにひずみ速度0.004%/sec の方がき裂進展速度が速い。この原因はひずみ速度 0.4%/secでは多くのき裂が合体するがFig.4に示すように き裂が短いものが多いため、合体によりき裂の進展が加 速されるがひずみ速度 0.004%/sec よりは遅くなったと考 えられる。一方、ひずみ速度0.004%/sec ではひずみ速度 0.4%/secよりもき裂の合体は少ないがFig.5に示すように き裂が長いものが多いためき裂の合体がき裂進展速度に 大きな影響を与えているものと考えられる。 また、藤川らの研究によれば、き裂先端付近は応力集 中により他の領域よりもき裂が発生しやすくなることが 考えられる[2]ことから、き裂の合体の影響を仮想き裂成長 曲線に取り入れるためにはき裂先端付近のき裂の存在が 重要となる。 そのため観察範囲全体での観察結果から得られたき裂 総数ではなく、き裂先端付近のき裂密度がき裂の合体に 関係すると考えられるため、今後き裂先端付近でのより 詳細な試験片観察が必要と考えられる。また疲労寿命は 主き裂の成長に大きく関係していることから、主き裂が どのように成長し合体を繰り返すかについても観察する ことが重要となると考えられる。 4.3 ひずみ速度の影響 仮想き裂成長曲線(Fig.11参照)は疲労き裂が発生し、破 断に至るまでのき裂の発生・進展について予測するもの である。本試験では環境効果を取り入れた仮想き裂成長 曲線を作成するためき裂の進展挙動に与えるひずみ速度 の影響について評価をおこなった。 本試験ではひずみ速度が遅くなるとき裂の合体頻度は 低下するが、き裂の進展速度が速くなることが明らかと なった。またき裂の進展速度が速い原因は、合体の頻度 はひずみ速度が遅くなると少なくなるが、合体による見 かけの進展速度が加速され、疲労寿命の低下に大きな影 響があるためと考えられる。 このことからひずみ速度の変化はき裂の進展速度とき 裂の密度に影響を与え、更にき裂の密度は合体の起こり やすさに影響を与える。き裂の進展速度はき裂の長さ分 布と、き裂が合体することによる見かけ上のき裂進展速 度に大きく影響を与える。これらの影響を定量化した評 価モデルを仮想き裂成長曲線に導入することにより、ひ ずみ速度を取り入れた環境中での仮想き裂成長曲線の作 成が可能となると考えられる。 Fig.11 Concept of postulated crack growth curve 5. 結論 本研究では仮想き裂成長曲線に環境効果を取り入れる ため、PWR模擬1次冷却材環境中で316ステンレス鋼の 異なるひずみ速度における低サイクル疲労試験を実施し た。そしてき裂成長挙動を 2 段レプリカ法を用いて観察 し、環境中でのひずみ速度がき裂の進展挙動に与える影 響について検討した。 得られた結果を以下にまとめる。 (i) ひずみ速度0.4%/secおよび0.004%/secで低サイクル環 境中疲労試験を行った結果それぞれ1511回および709回 で破断し、ひずみ速度が遅くなると疲労寿命が低下した。 (?)2段レプリカ法を用いて試験片表面を観察した結果、 ひずみ速度が遅くなると合体なしでのき裂の進展速度が 加速されることが確認された。 (?) 試験片観察結果からいずれのひずみ速度においても き裂の合体が確認された。 (?) ひずみ速度が遅いほどき裂の密度が低下し、その結 果き裂の合体は起こりにくくなることが確認された。 (v) 合体ありのき裂進展速度はひずみ速度の遅い方が速 いことが確認された。 (?)仮想き裂成長曲線に環境効果を取り入れるためには ひずみ速度の変化がき裂進展速度に与える影響、および 微小き裂先端付近のき裂の発生を考慮したより詳細なき 裂の合体挙動について評価する必要がある。そのためひ ずみ速度が異なる条件での試験データをさらに蓄積する とともに、き裂先端付近でのき裂の発生や合体に関する より詳細な観察が必要と考えられる。 〔4〕 Masayuki Kamaya:Environmental effect on fatigue strength of stainless steel in PWR primary water ? Role of crack growth acceleration in fatigue life reduction, International Journal of Fatigue 55 (2013) 102-111. - 259 - 参考文献 〔1〕 Kamaya, M. and Nakamura, T., 2015, _Fatigue damage management based on postulated cracN growth curve”, E-Journal of Advanced Maintenance, Vol. 7-1, pp.43-49. 〔2〕 Fujikawa. R., Nakamura, T., Kitada, T., Kamaya, M., _Environmental effect on low cycle fatigue cracN growth of SUS316”, Japan Society of Maintenology, Vol. 15, No. 2, (2016) pp.77-82. 〔3〕 原子力安全基盤機構”実用原子力発電設 備環境中材料等疲労信頼性実証事業に関す る報告書” 平成 18 年度 316ステンレス鋼の炉水環境中での疲労き裂進展 におけるひずみ速度の影響 能勢 昂尚,Takahisa NOSE,北田 孝典,Takanori KITADA,竹田 敏,Satoshi TAKEDA,中村 隆夫,Takao NAKAMURA,釡谷 昌幸,Masayuki KAMAYA
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