圧子押込み法による鋼および鋼溶接部の力学的特性推定法の検討

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カテゴリ: 第14回
1.緒言
原子炉圧力容器等を構成する低合金鋼の溶接部では、熱影響に伴って金属組織の変化やそれによる硬化・脆化などが生じ得るため、溶接後熱処理(Post Weld Heat Treatment, PWHT)などによって適切にその特性を制御している。取替・補修時には、溶接による多重熱サイクル を利用した組織改善が可能であるテンパービード溶接工 法なども採用されている。以上のように、低合金鋼溶接 部における組織や硬さ・靭性は、その不均質な分布が構 造物としての強度特性に及ぼす影響も含めて、十分に把 握した上で適切に制御すべき因子である。 圧子押込み法は、材料の硬さを評価する材料試験法として古くから利用されており、降伏強度や引張強さなどとの相関を利用した材料強度評価にも応用されている[1]。 近年ではさらに、圧子押込み時の負荷過程・除荷過程における押込み荷重 深さ曲線を取得し、これを用いて応力ひずみ曲線などのより詳細な機?的性質を推定しよう とする試みもなされている[2,3]。 本検討では、球圧子を用いた圧子押込み法の有限要素解析モデルを構築し、応力 ひずみ曲線の推定法を高度化 するとともに、圧子押込み条件と測定領域寸法の関係の 定式化を行った。その上で、本手法を低合金鋼A533B 溶 接部に適用し検証した。なお、溶接試験体の作製の際に は、溶接金属部および母材部に加えてその幅が比較的狭い熱影響部における推定を試みるために、2 パスの溶接ビードを置くことでこれを実現した。
2.圧子押込み法の概要
2.1 押込み荷重 深さ曲線 材料の表面に圧子を押込む際の負荷過程および除荷過程において要する押込み荷重と圧子の侵入量(押込み深さ)を連続的に測定することによって、Fig. 1に示すような押込み荷重 深さ曲線を取得することができる。現在、Oliverらによって提案された材料特性の解析手法を基本とした真応力真ひずみ曲線の推定法が種々提案されて いる[4]。 Fig.1 Indentation load ? depth curve 2.2 応力 ひずみ曲線の推定法 球圧子を用いた押込み試験により真応力 真ひずみ曲 線を取得するには、複数の押込み深さで部分的に除荷を 行い、各押込み深さにおける真応力 真ひずみ関係を算出 する。しかし、球圧子の押込みによって材料内部に生じ る応力やひずみの分布は非一様で複雑であるため、平均 的な指標である代表応力σR、代表ひずみεRを次の式(1)お よび(2)のように定義する。 σR = (1/Ψ) (L/πa2) (1) εR = α {1/[1-(a/R)2]1/2}}(a/R) (2) ここで、Ψ:塑性拘束係数(完全塑性状態では3.0)、L: 押込み荷重、a:接触半径、α:比例係数(0.10 あるいは 0.14とされている)、R:圧子半径、である。なお、圧子 押込み深さとの幾何学的な関係から求まる_公称”接触 半径は、押込む圧子が材料と接触する位置を0としてそ こから侵入した深さを用いて求めたものである。一方で、 一般に圧子を材料表面に押込むと、圧子と材料の接触し ている縁でFig. 2 に示すようなpile-upあるいはsink-inと いった変形が生じる。そのため、上式(1)あるいは(2)にお いて用いる接触半径には、公称接触半径ではなく、これ らの変形挙動を考慮した_真実”接触半径を用いる必要 がある。これらのpile-up あるいはsink-in の影響を考慮に 入れた真実接触半径の算定式もこれまでに提案されてい る。以上の手順で球圧子を用いた圧子押込み試験から材 料の真応力 真ひずみ曲線を推定する際のフローをFig. 3 Fig. 3 Flow of the stress?strain curve estimation に示す。本手法では、材料の硬化則としてn乗硬化則を 想定しており、各圧子押込み深さで算出される代表応力 代表ひずみ関係をn乗硬化則で近似し、n 値が許容値まで (b) Sink-in - 284 - 収束するまで繰り返し最終的に算出された代表応力 代 表ひずみ関係をプロットすることで真応力 真ひずみ関 係を推定する。 Fig. 2 Deformation of material around spherical indenter (a) Pile-up 2.3 代表応力・代表ひずみの算出 本検討では、前節で述べた応力 ひずみ曲線の推定法を 基礎として、代表応力・代表ひずみを求める際の真実接 触半径aの算出式に以下の式(3)を用いる。 a = {(5/2)[(2-n)/(4+n)]}1/2 [0.991+0.039log(h/R)] (2Rh-h2) (3) ここで、n:加工硬化指数、h:圧子押込み深さ、R:圧 子半径、である。本式は、公称接触半径と圧子押込み深 さとの幾何学的関係および真実接触半径と公称接触半径 の補正項を用いて、圧子押込み条件(押込み深さと圧子 半径)から真実接触半径を求めるものである。また、代 表ひずみを求める式(2)における比例係数α には有限要素 解析に基づいて求めた0.175 を用いることとする。以上の ように、本検討で用いる球圧子押込み法による応力 ひず み曲線推定法は、従来までの方法を基礎としてその高精 度化に向けた改良[5]を加えたものである。 Z.球圧子押込み法による測定領域の検討 3.1 球圧子押込み法の有限要素解析 本章では、球圧子押込み法による応力 ひずみ曲線推定 法を強度不均質を有する溶接部の評価に適用するために 必要となる測定領域の定量化に向けた検討を有限要素解 析を用いて行う。検討に用いる有限要素解析モデルの一 例をFig. 4に示す。軸対称モデルとしており、押込み対象 となる材料の寸法は半径2mm、板厚2mm である。図に は圧子半径0.25mm のものを示している。 Fig. 4 Finite element model of spherical indentation 本モデル内部に、Fig. 5に示す幅方向(半径方向)に強 度不均質を有する2層を設定し、強度の違いとその領域 寸法(幅)が圧子押込み特性に及ぼす影響を検討した。 (b) Stress ? strain curve used Fig. 6 Stress ? strain curve used for different strength layer 3.2 圧子押込み特性に及ぼす強度不均質の影響 前節で示した強度不均質を有するモデルに球圧子を押 込んで得られる押込み荷重 深さ曲線をFig. 7 に示す。そ 圧子直下(中央部)の材料特性を有する領域幅を0(全領 域が周囲の特性で一様)、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、2.0(全 領域が中央部の特性で一様)mm の6条件とし、材料強 度の違いとしてFig. 6 に示す圧子直下(中央部)の特性(図 中のM)を基準に、より高い強度(図中のH)とより低 い強度(図中のL)を周囲に有するモデルを設定した。 Fig. 5 Width-directional heterogeneous layer model - 285 - (a) Selected points れぞれ、圧子直下よりも周囲で強度が(a)低い場合と(b)高 い場合である。圧子直下と周囲の強度の比が等しいにも 関わらず、中央部の領域幅が異なると得られる押込み荷 重 深さ曲線も異なってくることがわかる。圧子を押込む につれて(押込み深さが大きくなるにつれて)、周囲の強 度特性の影響が表れはじめ、その深さは中央部の領域幅 によって異なっている。 (a) Material M (center) & Material L (circumference) (b) Material M (center) & Material H (circumference) Fig. 7 Effect of mechanical heterogeneity on indentation load ? depth curve これを統一的に整理するために、押込み荷重と押込み 深さから求まる押込み荷重係数(C=L/h2)を正規化した (C-C*)/(CM-C*)を縦軸にとり(ここで下付き添字*は周囲 の特性に応じてH あるいはL とする)、各押込み深さで 生じた塑性域幅W を中央部の領域幅w で除したW/w を 横軸にとったものをFig. 8に示す。これらの図を見て分か るように、中央部の領域幅が異なるそれぞれの条件で得 られた圧子押込み特性(正規化された押込み荷重係数) はW/w に対して単一の曲線傾向を示しており、統一的な 評価が可能であることがわかる。また、横軸W/w の値が (b) Material M (center) & Material H (circumference) and W/w ここで、球圧子を押込んだ際の塑性域の拡がりを圧子 半径および押込み深さと関連づけて定量化する。Fig. 9は、 これまでに示した3種類の強度特性をそれぞれ一様に有 するモデルに対して、半径0.25mm および0.125mm の圧 子を押込んだ際の塑性域幅を押込み深さに対してプロッ トしたものである。これを見ると、それぞれの寸法を圧 子半径で無次元化したものは、圧子半径によらず同様の プロットの傾向を示しており、圧子半径によって無次元 化された塑性域幅と押込み深さには統一的な関係が見出 せる。また、それらの間の定量的な関係には、当然の事 ながら、材料の強度レベルの影響が見てとれる。 1 よりも大きくなると縦軸(C-C*)/(CM-C*)の値が変化し始 めており、周囲の特性の影響を受け始めていることがわ かる。すなわち、本検討のように、ヤング率が一定で降 伏強度ならびに塑性特性が変化しているような場合には、 圧子押込み特性に及ぼす影響とその程度は塑性域の拡が りと関連付けて評価できることが示された。 Fig. 8 Relation between normalized indentation load factor - 286 - (a) Material M (center) & Material L (circumference) Fig. 9 Relation between plastic region and penetration depth 3.3 球圧子押込み法の測定領域の定式化 以上の検討に基づいて、球圧子押込み法における測定 領域の_幅”をwmとし、圧子押込み条件と材料強度レベ ルとの関係を以下のように定式化した。 wm/R = 9.1(h/R)0.62 n0.27 (4) ただし、n=-0.0984791+158.838/σY-19323.3/σY2の関係を 前提としている。この定式化された関係によれば、例え ば、応力 ひずみ曲線推定において圧子押込み深さを最大 でもh/R=0.4程度までとすると、圧子半径R と測定領域幅 wmの関係はFig. 10 のように求まり、測定したい領域の寸 法や材料強度レベルに応じた圧子寸法の選定が可能とな る。 Fig. 10 Relation between plastic region and indenter size (b) Distance between two weld beads is 15 mm Table 1 Chemical composition of low alloy steel 0.12 0.26 1.43 0.006 0.002 0.53 0.02 0.01 0.51 0.038 Bal. 4.2 溶接部の硬さ分布 作製した溶接試験体の中央断面におけるビッカース硬 さ試験を実施し、2 パス溶接部の硬さ分布を評価した。そ れらの結果をFig. 11 に示す。 Fig. 11 Vickers hardness distribution in welds - 287 - 4.低合金鋼溶接部への適用 4.1 測定対象および圧子押込み試験条件 前章までに構築した球圧子を用いた押込み試験による 応力 ひずみ曲線推定法と測定領域寸法に応じた圧子寸 法の適正化指針を踏まえて、本章では低合金鋼溶接部の 応力 ひずみ曲線の推定に適用し検証する。供試材料は低 合金鋼A533B であり、その化学組成はTable 1 に示す通 りである。試験体の寸法は、板長100mm、板幅80mm、 板厚30mm であり、溶接電流180A、溶接速度1.33mm/s の条件で10、15mm の間隔をあけて2 パスのビードオン プレート溶接を行い、2 種類の溶接試験体を作製した。 C Si Mn P S Ni Cu Cr Mo Al Fe (a) Distance between two weld beads is 10 mm 2 パスの溶接ビード間の距離に応じて硬さ分布が異な っていることが確認できる。距離が15mm の場合(b)では 2 つの溶接ビードによる熱影響部はほぼ独立して生じて いるのに対して、距離が10mm の場合(a)では部分的に焼 き戻された領域が存在しており、溶接金属部と母材部の 中間的な硬さとなっている。また、この熱影響部の幅は 数mm 程度と狭く、硬さは一様ではない。すなわち、圧 子押込み法によってこの熱影響部の特性を取得するため には適切な圧子半径を選択する必要があることが示唆さ れる。 4.3 圧子押込み法による応力 ひずみ曲線推定 2 パスの溶接ビード間の距離が10mm の場合の熱影響 部のみ圧子半径0.125mm とし、それ以外の箇所では圧子 半径0.25mm とした球圧子を用いて応力 ひずみ曲線を推 定した結果をFig. 12 に示す。なお、本評価では、各領域 に対して3 回の押込み試験を行った結果の平均値を推定 結果として用いている。熱影響部では押込んだ位置のx かな違いに応じて推定される応力 ひずみ曲線はじゃっ かん異なっていたが、ここではこれらの平均値を示して いる。結果を見ると、距離が15mm の場合(b)では2パス の溶接ビード間の箇所での応力 ひずみ曲線は母材部の それとほぼ同等であるのに対して、距離が10mm の場合 (a)では溶接金属部と母材部のそれとの中間的な値となっ ており、溶接金属部のそれにより近い結果となっている。 ビッカース硬さはひずみレベル3%程度における変形抵 抗(応力)に対応することから必ずしも適切な比較では ないが、前節で求めたビッカース硬さの違いとここで推 定された応力 ひずみ曲線の違いは定量的にもおよそ対 応がとれたものとなっているといえる。 4.結言 本検討では、球圧子押込み試験の有限要素解析を実施 し、測定領域の寸法(幅)に応じた圧子寸法の適正な選 定指針を提示した。そして、球圧子押込み法による応力 ひずみ曲線の推定法を低合金鋼溶接部に実際に適用し、 強度不均質を有する溶接熱影響部の各領域での応力 ひ ずみ曲線の推定が可能であることを示した。 参考文献 [1] D.Tabor, _The Hardness of Metals”, Clarendon Press, 1951(a) Distance between two weld beads is 10 mm (b) Distance between two weld beads is 15 mm Fig. 12 Estimated stress ? strain curve [2] Y. Cao and J.Lu, _A new method to extract the plastic properties of metal materials from an instrumented spherical indentation loading curve”,Acta Materialia, Vol. 52, 2004, pp. 4023-4032. [3] J. Ahn and D. Kwon,_Derivation of plastic stress-strain relationship from ball indentations: Examination of strain definition and pileup effect”, Journal of Materials Research, Vol. 16, 2001, pp. 3170-3178. [4] W.C.Oliver and G.M.Pharr,_An improved technique for determining hardness and elastic modulus using load and displacement sensing indentation experiments”,Journal of Materials Research, Vol. 7, 1992, pp. 1564-1583. [5] 岡野成威、植屋皓太、望月正人、_圧子形状・寸 法効果を利用したインデンテーション法による 応力-ひずみ曲線推定法の検討”、M&M2016 材 料力学カンファレンス 講演論文集 (2016)、 pp. 285-286. - 288 - 圧子押込み法による鋼および鋼溶接部の力学的特性推定法の検討 岡野 成威,Shigetaka OKANO,竹内 周平,Shuhei TAKEUCHI,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI
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