リスクを活用した合理的な圧力容器保全のための研究

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カテゴリ: 第14回
1.はじめに
福島原子力発電所事故の発生を受けて、原子力エネル ギーシステムは想定外の事象が生じても耐えて回復する 能力、レジリエンス性を持つことが求められている。こ のためには、 1起こりうる事象を正しく想定し対応すること 2想定外の事象が生じた時に適切な修正が可能なこと が重要であり、これらを満たすような対策・対応を行う ことが必要である。本研究では、軽水炉圧力容器鋼の照 射脆化に関する健全性評価に着目する。 照射脆化に関する1については、材料照射挙動分野と 熱流体・構造解析分野の分野融合が必要である。なぜな ら、照射実験やマルチスケールモデリングにより材料照 射脆化を予測するだけでなく、冷却状況や熱応力の発生 等の使用されている環境も把握することが健全性評価に は重要であるからである。もちろん、マルチスケールモ デリングにより精度良く照射脆化予測を行うことも重要 である。 2は、照射脆化について、予測と実測の違いを事後処 理する方法を構築することが挙げられる。そのために、 ベイズ統計学やデータマイニング工学、スパースモデリ ングなどのすでに取得したデータを利用して推論を行う データサイエンス分野の研究を活用する。予測の不確実 性に対応するために、脆化を精度良く予測するマルチス ケールモデリングとスモールデータを扱うデータサイエ ンスの融合が不可欠となる。 レジリエンス性向上のためには、照射脆化した圧力容 器鋼の破壊リスクを定量評価し、経年化などによるリス ク変動に合わせた対応を行うことも重要である。そのた めに本研究では、まず圧力容器鋼の破壊リスクを定量評 価する。そして、データサイエンスを活用した今までに ない新たな予測法について議論する。これらを通して、 想定内の事象だけでなく、想定外の事象に対するシステ ムのレジリエンス性向上に大きく貢献することを目的と する。
2.圧力容器鋼の破損リスク評価 軽水炉圧力容器鋼は、中性子の照射を受けて脆化・硬化 といった材料の機械特性が変化する。脆化した圧力容器 鋼は、事故時における緊急冷却時に生じる加圧熱衝撃 (PTS)に耐えられず破損してしまう可能性がある。そのた め、圧力容器の保全活動を行い、事故の未然防止を図るこ とは重要である。 PTS 事象に対する圧力容器の健全性評価は、照射脆化 による破壊靭性値変化の評価と加圧熱衝撃時に圧力容器 内面のき裂に負荷される応力拡大係数の評価を行い、圧 力容器内面のき裂が進展するかどうかを確認することで 連絡先:中筋 俊樹、〒611-0011 京都府宇治市五ケ庄、 京都大学 エネルギー理工学研究所、 E-mail: t-nakasuji@iae.kyoto-u.ac.jp - 3 - ある。しかしながら、これらの評価にはあいまいさが必ず 存在する。例えば、照射脆化評価では脆化予測の精度およ び炉内に入れられた脆化監視試験片と実際の圧力容器鋼 の脆化度合いの違いなどが挙げられる。したがって、き裂 進展による圧力容器破壊は確率論的なプロセスである。 本研究では、圧力容器破壊確率をリスクとして用い、圧力 容器の保全の最適化をリスクベースで行うための検討を 行った。 JEAC4201-2013(JEAC4201-2007 2013 年追補版)[1-3]の 脆化予測法に記述されているばらつき(延性脆性遷移温 度の計算値と実測値の残差の標準偏差σ=11°C)を用い て圧力容器鋼破壊リスクを得た。図 1 は、圧力容器鋼破 壊リスクと延性脆性遷移温度(DBTT)の時間変化を示す。 時間の経過とともに脆化の変化率は鈍化するが、リスク は急激に増大していることがわかる。また、JEAC4201- 2007 [4]の規定で定められている脆化量監視は、破壊リス クが小さく、脆化の変化率が大きいところで行われてい ることが分かる。これは、脆化量の把握に重点をおいた監 視計画とは言えるものの、リスクに基づく保全計画には なっていない。これまで40年分の脆化データが十分に蓄 積されてきたことを考えると、今後は、運転後期(30 年 目以降)に頻繁に監視するなどの保全計画が安全性向上 には重要と考えられる。 図7には、JEAC4201-2013に示されている脆化予測結 果のばらつき(予測値と実測値の残差の標準偏差σ= 11°C)を変化させたときの圧力容器破壊リスクを示す。 予測結果の標準偏差を減少させることは、照射脆化シミ ュレーションの高度化による予測精度の向上を意味す る。脆化予測の標準偏差を半分にする、すなわち脆化予 測のあいまいさを減らすと、リスクは3桁も減少するこ とが分かる。 したがって、脆化予測精度の向上は圧力容器の破壊リ スク低減に重要である。脆化予測精度の向上には、照射 脆化の物理現象をマルチスケールモデリングにより詳細 に表現することが挙げられるが、次章ではすでに得られ た脆化実測データを活用した予測精度の向上を、ベイズ 統計を用いて議論する。 σ =5.5°C 図2 圧力容器破壊リスクの脆化予測精度依存性 3.ベイズによる脆化予測モデル 3.1 ベイズ統計学について ベイズ統計学は、以下に示すベイズの定理に基づいて 展開される。 ????? ? ?????????? ???? ここで、 ???はパラメータAの事前分布であり、デー タDが得られる前のパラメータAの確率分布である。 ???は正規化項であり、すべてのパラメータにおいて データHが得られる確率分布である。??????は尤度で ありパラメータA の時にデータDが得られる確率分 布、 ?????は事後分布でありデータD が得られた時の パラメータAの確率分布を意味する。つまり、データD が得られるたびに、上記の式を使ってパラメータA を更 新することにより、データDの統計結果をパラメータA の確率分布として表すことができる。 - 4 - 1.0x10-8 JEAC4201-2007による取り出し時期 Operation time [EFPY] 2019/10/121408.0x10-9 1201006.0x10-9 804.0x10-9 601010[n/cm2/s] 402.0x10-9 Cu:0.2wt% Ni:0.5wt% JEAC4201-2013 200.0 0 10 20 30 40 50 60 0図1 圧力容器破壊リスクと脆化量の経時変化 2019/10/052019/10/062019/10/07σ =22°C 2019/10/082019/10/09σ =11°C 2019/10/102019/10/112019/10/132019/10/142019/10/150 10 20 30 40 50 60 Operation time [EFPY] 図3 ベイズ統計の概要 3.2 ベイズによる脆化予測の補正と結果 従来の照射脆化予測モデルであるJEAC4201-2013 をも とに、ベイズ統計学を取り入れた簡易的な予測モデルを 2つ構築した。 ? 最終予測値 ? ? ????????????? による予測値? ? (1) ? 最終予測値 ? ? ? ? ????????????? による予測値? ? (2) ここで、?????はパラメータであり、すでに得ている脆 化データからベイズ統計学により得る。新たなデータが 得られる度にパラメータを更新する。式(1)はDBTT 予測 値をパラメータ a だけシフトさせて補正する。式(2)は b とcの2つパラメータを用いて、1次式により補正するも のである。このような補正モデル以外に、JEAC4201-2013 や米国の規制で用いられている EONY [5]等の脆化予測法 で使われているパラメータをベイズにより直接更新する ことも挙げられる。 ここでは式(1)のDBTT 予測値をパラメータa だけシフ トさせるモデル式についてベイズ更新を行った例を紹介 する。ベイズ更新を行うにあたり、玄海 1 号の照射脆化 データ(運転時間の異なる 4 回の測定分)を実測値とし て用いる。測定データが 1 つ得られるごとにパラメータ a の分布を更新した。パラメータaの統計分布の推移を表 1に示す。4回目の実測データを用いて更新したパラメー タ a により、脆化予測を行った結果を図 2 に示す。この ときの実測データと予測値の標準偏差は 14.0°Cとなり、 ベイズによる補正がない場合の 21.2°Cから大きく低減す ることができた。 図 2 には、照射脆化予測の現行規制である JEAC4201- 2007(2013 年追補版)に記載されている Mc 補正を行った 結果についても同時に示している。Mc 補正は、プラント ごとのDBTT 初期値のばらつきをDBTT 予測値をシフト させることにより補正する。したがって、モデル式は(1) 式と同様であるが、パラメータa の取得方法は異なる。4 回目の実測データが得られたのちのMc補正量は16.2°C、 - 5 - 予測と実測の標準偏差は13.7°Cとなった。このことから、 ベイズによる補正においても十分に予測値の補正が行え ることが分かった。 表1 ベイズ更新によるパラメータaの推移 12010080実測データ JJEEAACC4201-2013 4201-2013 JEA+ C+ 4M20ベc補1-2イズ正 01補3 60補正なし (実測と予測のσ =21.2°C) 402000.0 2.0x1019 4.0x1019 6.0x1019 8.0x1019 1.0x1020 正 ベイズ補正量:13.4°C (実測と予測のσ =14.0°C) Mc補正量:16.2°C (実測と予測のσ =13.7°C) Neutron fluence [n/cm2] 図4 4回目の実測データ取得後の照射脆化予測値 4.まとめ 原子力発電所のレジリエンス性向上のため、照射脆化 に着目し、リスクを活用した合理的な圧力容器保全につ いて検討した。まず、PTS事象による圧力容器の破壊リ スクを算出した。そして、ベイズによる照射脆化予測の 補正を検討した。得られた知見を以下に示す。 1. 運転時間の経過とともに圧力容器の破壊リスクは立 ち上がる。従来の圧力容器鋼照射脆化の監視は、破 壊リスクの小さいところで行われている。リスクの 増加に合わせた脆化監視計画を立てることにより、 より合理的な保全活動が行える。 2. 脆化予測のあいまいさによってリスクが生じてい る。予測のあいまいさの低減、すなわち予測精度の 向上は、リスク低減に大きく貢献する。 3. 照射脆化予測の精度向上の試みの1つとして、ベイ ズ統計によってすでに得られている脆化データを活 用した照射予測の補正を行った。ベイズによる照射 脆化予測の補正が有効であることを確認したととも に、従来のMc補正の有効性についても確認した。 参考文献 [1] (社)日本電気協会, “原子炉構造材の監視試験方 法”, JEAC 4201-2007 [2013年追補版], 2013. [2] 曽根田直樹, 土肥謙次ら, “軽水炉圧力容器鋼材の 照射脆化予測法の式化に関する研究 -照射脆化予測 法の開発-”, 電力中央研究所 報告書, 研究報 告:Q06019, (2007). [3] 曽根田直樹, 中島健一ら, “原子炉圧力容器鋼の照 射脆化予測法の改良-高照射試験データの予測の改 善-”, 電力中央研究所 報告書, 研究報告:Q12007, (2013). [4] (社)日本電気協会, “原子炉構造材の監視試験方 法”, JEAC 4201-200, 2007. [5] U.S. NRC, 10CFR 50.61a,”Alternate fracture toughness requirements for protection against pressurized thermal shock events”, (2010). - 6 -“ “リスクを活用した合理的な圧力容器保全のための研究 “ “中筋 俊樹,Toshiki NAKASUJI,阮 小勇,Xiaoyong RUAN,森下 和功,Kazunori MORISHITA
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