原子力安全、社会と共に考える -社会のリスクと原子力リスク-

公開日:
カテゴリ: 第14回
1.はじめに
社会においては、リスクの理解は様々である。リスク をどのように理解していけば良いのかを示し、リスクについての社会との向き合い方をまとめる。個人のリスク の受け入れは個人で行うものであるが、 社会のリスクは、社会としていかなるリスクを許容するかという仕組みを社会で構築する必要がある。そのためにも、社会リスクとはどんなものであり、どのように社会また個人は、それにどう向き合い、受け入れるリスクの選択をどう行うべきかを述べる。また、原子力リスクの考え方とそれを 一般公衆に対する防災の観点からどのように捉えればよいかを考察する。
2.社会でのリスクの理解と対応策 世間ではリスクという言葉があふれている。「投資にはリスクをともなう」とか「交通事故による死亡リスク」 という言葉を聞くことがあろう。リスクという言葉は経 営学や工学等学問の世界のみならず、投資、保険から企業運営や一般産業に応用された工学システム等、社会のあらゆる面において登場する。ここでは、リスクとは何か、特に社会でのリスクをどのように理解すればよいかを考える。 社会で用いられるリスクとして、個人レベルのリスク、 企業レベルのリスク、社会レベルのリスクといった分類 の仕方を考えてみる。 個人レベルのリスクであれば、生命保険や自動車保険 といった身近な商品に接する機会があるため、リスクとはどんなものか、それに対してどのように備えるべきかが直観的に理解できるであろう。生命保険であれば、リスクとは健康を損なうことであり、死ぬことである。それに対して、医療保険、がん保険、終身保険といったニーズに応える商品が存在している。自分にあった商品を選択することができる。自動車保険であっても対人、対物の観点で考察しておきたい。 物等どこまで掛けるか同じ考え方ができるだろう。これ らは、それを商品として売る企業が莫大なデータを保有 しており、それに基づき価格が設定されている。誰かに
1) 科学技術の進展と不確定なリスクの増大 生じる可能性のあるリスクに対する損失補償を、多くの 科学技術の発展は日進月歩である。IT(情報技術)の 人でまかなう仕組みである。 進展や医療技術の進展によって、過去にできなかったこ この仕組みは、対象としているシステム・製品の必要 とが現実のものとなることがある。IT の進展によって、 性に関する認識が定着しており、一回の事故・トラブル 実態と法規制の整合性が取れないといったこともよく聞 による被害が一定の大きさにとどまるということも広く く話である。また、科学技術の進展によって、例えば化 共有されているという条件下でのコンセンサスであるこ 学物質の検出精度の向上によって、非常に微小なレベル とに特徴がある。一方、原子力は、複数存在する発電シ での化学物質が検出できるようになると、その結果が独 ステムの一つで有り、容易に代替が可能であるという認 り歩きをするようになり、一般公衆の過度な反応を招く 識を持っている人々も多く存在する。さらにいったん事 可能性もある。身の回りに存在する科学技術に対するリ 故が発生した場合の被害の大きさが巨大になるという恐 スクに関するバランス感覚を養っておく必要があるだろ れを持たれている状況もあり、他のシステムとの比較に う。 おいて、リスクアプローチは多角的に考える必要がある。 企業レベルのリスクであれば、経営上のリスクである 2) 社会リスクは、複数のリスク要因の集合である 倒産リスク、工場を保有しているのであれば、火災等に こと よって操業が止まる災害リスク、情報漏えいによって損 社会リスクは、単一のものとして存在するものではな 失を被る情報漏えいリスク、海外企業との取引にかかわ く、複数のリスク要因の集合として成り立っていること るリスク等、個人レベルのリスク以上の幅が広がる。リ を理解しておく必要がある。社会が高度化すればするほ スクをどのように捉えるかは、企業の性質によって変わ ど、リスクが大きくなる。先に示した科学技術の発展も、 る可能性があるものの、社内のリスクマネジメント部署 社会リスクの一つの要因となる。世界銀行の取り組む社 があらゆる情報を収集して、その対応を考えるであろう。 会リスク管理プロジェクトで対象としたリスク指標はこ 社会レベルのリスクは、どのように捉えればよいだろ の端的な例として捉えることができる。 うか。より大きな社会全体のリスクを考える必要がある。 そうすると、社会リスクに対して適切な対策をとるた 個人や企業の集合である社会レベルのリスクはさまざま めには、科学技術におけるリスクに対してバランスを取 なレベルのリスクを抱えており、何等かの脅威が一個人 る必要がある。逆に言えば、リスクの中で最も弱い点に や一企業の影響にとどまらず、社会全体に影響を与える 対して対策を行う必要があることに注意しなければなら 場合が考えられる。 ない。ある一つのリスク要因だけ対策しても、それはあ 3.リスクについて社会との向き合い方 まり意味のないことであることを理解しなければならな い。世間を見渡すとそういった事例が散見されるのでは 前節では、社会におけるリスクをどのように理解すれ ないだろうか。 ばよいかを考えた。この理解に基づき、ここでは、社会 原子力発電のリスクについては、先に示した世界銀行 においてリスクとどのように向き合っていけばよいかを が取り組んでいる社会的リスク管理プロジェクトにおい 考察する。 て考察の対象としているリスク指標一覧では、「原子力事 世界銀行が取り組んでいる社会的リスク管理プロジェ 故」がメゾのリスクとして扱われている。それは死亡リ クトにおいて考察の対象としているリスク指標一覧があ スクから言えば影響の範囲が狭い問題であるが、環境汚 る。その対象は、自然、健康、社会、経済、行政・政治、 染等影響を及ぼす地域の広さから言えば比較的広い領域 環境・情報と多岐にわたっており、それぞれの項目に対 に影響する問題である。 して、リスクのレベルとしてミクロ、メゾ、マクロとい 福島第一原子力発電所の事故をとらえて、原子力事故 った社会に影響を与える大きさの三段階で分類されてい をどのような目で見ていけばいいのか、多様な社会的な る。 議論が必要と考えるが、十分に議論が進んでいるとは思 ここで示した幅広い社会におけるリスクに対して以下 えない。事故の後始末を含めて、どのようなレベルでの - 303 - の事故対応と、サイト外における自治体をはじめとした 対応が必要なものか、今後このような議論を行えるよう にしていくことも必要と考える。 防災対応の両者のバランスが重要である。その実現のた めには、事業者と自治体間の相互の円滑な情報提供や事 3) トランスサイエンスとしての捉え方 故時の対応が一体的に実施されることが肝要であり、そ 社会リスクは幅広いリスク要因から構成される。技術的 の実現に向けて、トータルとしてのリスクが低減される に解決できるものも少なくないが、一方で、技術では完全 ような役割分担も含めた仕組みづくりが重要となるであ に解決できない課題も含まれる。安心の問題もある。この ろう。 ような課題はトランスサイエンスと呼ばれており、米国の 物理学者A・ワインバーグが述べたもので、「科学に問うこ 5.まとめ とはできるが、科学だけでは答えることができない問題群」 社会における一般的なリスクの捉え方を考察し、社会 とされている。厳密には、科学と政治に関する領域を取り のリスク、企業のリスク、個人のリスクの観点から述べ 扱うもののようであるが、社会リスクはトランスサイエン た。また、科学技術の発展とリスクの関係や、社会リス スと切っても切れない関係であるといえよう。このような クが複数のリスク要因の集合であること、さらには社会 ことも念頭に入れつつ社会リスクと対峙していく必要があ リスクに対してトランスサイエンスの観点から対峙して る。 いく必要があることを考察した。加えて、原子力リスク 4.原子力リスクと防災 と防災の観点から原子力事故時の社会のリスクや個人の リスクの視点からその対策のバランスの重要性に言及し 原子力リスクは、社会と個人のリスクが融合したもの た。 と捉えることができる。 一般に原子力リスクにおいては、放射能漏れ事故(シ 参考資料 ビアアクシデントを含む)を重要なリスクと位置づけて [1]_皆で考える原子力発電のリスクと安全-原子力発電 いたが、福島第一原子力発電所事故の反省を踏まえて、 所が二度と過酷事故を起こさないために-_原子力政 電気事業者はいわゆる深層防護の観点から第4層及び第 策への提言(第三分冊)、原子力発電所過酷事故防止検 5層に対しての安全確保の強化を図り、ソフト面の強化 討会編集委員会監修、科学技術国際交流センター、2017 も含めての対応を行ってきた。特に、発生確率が極めて [2] _提言 リスクに対応できる社会を目指して”,日本学 小さいシビアアクシデントへの取り組みや規制の枠組み 術会議日本の展望委員会安全とリスク分科会、2010 にとどまらない安全性向上の推進等に取り組んできた。 [3] 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原 一方、原子力リスクの観点からは、一般公衆、つまり個 子力小委員会 原子力の自主的安全性向上に関するワ 人が、放射線から受ける被ばくに対する回避が重要であ ーキンググループ(第4回)資料2 原子力事業のリス り、そのためには、原子力発電所に対する安全強化のみ クマネジメントについて、2013 年10月7日 ならず、万が一原子力発電所における事故が起こった場 http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/denryoku_g 合であったとしても、防災の観点から個人のリスクを低 as/genshiryoku/anzen_wg/pdf/004_02_00.pdf 減する対策が必要である。この観点から、原子力事故時 の対応としては、原子力発電所サイト内における事業者 - 304 - 原子力安全、社会と共に考える -社会のリスクと原子力リスク- 宮野 廣,Hiroshi MIYANO,村松 健,Ken MURAMATSU,Kazuhiko NOGUCHI,Yoshiyuki NARUMIYA,NARUMIYA JAEA,高田 孝,Takashi TAKATA,牟田 仁,Hitoshi MUTA,Tatsuya ITOI,ITOI MRI,Masaaki MATSUMOTO,MATSUMOTO JANUS,Yoko MATSUNAGA
著者検索
ボリューム検索
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)