原子力安全、社会と共に考える ‐レジリエンスな社会‐
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カテゴリ: 第14回
1.はじめに
原爆による被曝も含めて先の大戦で悲惨な敗戦を経験 した日本のシニア世代は、「平和の持続」を標榜している が、長期展望に立った「レジリエンス」な技術立国とし て自前のエネルギー源を確保することは、その基盤の一 つである。本稿では、最初に 200 年間平和を持続している「レジリエンス」な技術立国として、原子力で約 40% の電力を供給しているスイスの歴史と原子力発電の現状 を紹介する。 「レジリエンス」には、回復する・前進する等の意味 があるが、清水は、「レジリエンス」を「状況変化を重視し、短・中・長期的な視点から社会に散在する(ステー クホールダーの)点を線で結び、木を見て森を見ながら、 予測しないことが起きても、逆境にあっても折れない環境を生み出すこと」と一般化している[1]。スイスの 200 年史には、この一般化した「レジリエンス」が適用でき、 日本での「原子力安全、社会と共に考える」の取組にヒントを与えてくれる。 原子力基本法第2条は「レジリアンス」の視点を組み込んでいると解釈できることから、スイスの原子力立地地域の例を参考に、持続可能な「レジリアンスな社会」 を作ることを目標に「原子力安全を立地地域と共に考え る」の提案を最後に行う。
2.レジリエンスなスイスの歴史 スイスは、現在26のカントン(以下では州と記す)か ら成り立ち、歴史的に州の自治権が強い連邦国家である。 この行政システムは、今後の日本の道州制を検討する上でも参考になる。国土は、周知のようにアルプス型造山帯に位置し、温泉も地震もある。現在の人口は約830万人で、北海道の1.5倍である。ただし、その国土面積は北海道の半分で、その10%を北部のジュラ山脈が、60%を南部のスイスアルプスが占めている。大多数のスイス国民の生活空間は、この二つの山脈域の間にある30%の平原部である。この平原部は、東のボーデン湖に近いサンクトガレンからチューリッヒ、ベルンそして西のレマン湖岸のジュネーブへと細長く伸びるが、4箇所の原子力発電所(原子炉5基)は、チューリヒとベルンに近い中央部に位置している。日本と同じく化石燃料・原料・食料を輸入する技術立国であるが、国民一人当たりのGDPは世界トップレベルであり、EUにもNATOにも加盟していない。 18世紀末から1815年まで欧州全域が戦場となったナポレオン戦争では、欧州中央の十字路に位置する小国スイスもフランスの属国として多大の損害を被った。戦後、そのスイスが求めた永世中立国の承認と保証は、「欧州全体の政治の真の利益に合致する。」として、周辺列強のオーストリア・フランス・プロイセン(ドイツ)に加えてイギリスおよびロシアにも認められた。小国スイスが「大分場候補予定地が、スイス国内の地層の科学技術的評価 きな状況変化(フランスの敗戦)を重視し、木(スイス) と森(欧州列強)の関係を見渡して行った」外交の大き に基づき公表された。 な成果であり、200年間の中立・平和持続の出発点となっ 現在、スイスでは、水力発電で 60%前後の電力を供給 た。 し、残りの 40%前後を原子力発電で供給している。その 自前のエネルギー源確保の観点では、19 世紀半ばに発 他の発電方式は 7%程度である。因みに、2010 年におけ 電機・電動機がドイツで実用化されたことから、「状況変 るスイス国民一人当たりの CO2放出量は 5.6ton で、先進 化(技術革命)を重視し、短・中・長期的な視点から散 国ではトップレベルである。日本は9.0ton、ドイツと米国 在する点(山岳水源)でこの技術を活用し線(電力ケー はそれぞれ9.3tonと17.3tonであった。加えて、フランス ブル)で結ぶ」ことで、エネルギー安全保障の課題を克 原子力電力の長期利用に関する契約も出来ている。エネ 服した。 ルギー資源・原料・食料輸入の孤立列島日本に比べて、 偶発的に発生した第一次大戦では、原料・食料・生活 200年間平和を持続しているスイスは、エネルギー安全保 必需品を国外に依存していたため、激しい物価高騰に見 障でも「レジリエンス」なシステムが出来上がっていた。 舞われた。しかし、自前の電力を確保した中立技術立国 として、戦時中に必需品となる繊維・金属・機械等の工 4.福島第一事故以降の取り組み[2] 業製品の輸出が増えた。このため、周辺国に比べて相対 2011 年3 月の東電福島第一事故では放射性物質の拡散が 的に恵まれた状況が続き、「予測しないこと(大戦)が起 予想以上に広がったことが、瞬く間にスイス国民に伝わ きても、環境(中立・平和)を維持すること」ができた。 った。スイスで事故が発生し放射性物質が多量に放出さ 第二次大戦では、初期にフランスが敗北し、「予測しない れた場合、首都ベルンや世界の金融拠点であるチューリ 逆境(周辺列強が全て枢軸国)にあって、折れずに環境 ッヒの機能が喪失し、多くの避難民の発生が容易に想像 (中立・平和)を維持」した。理由は、中立技術立国の され、国民感情は脱原発にシフトした。 リスクマネジメントとして交戦国双方と貿易を継続した 米国のTMI事故・旧ソビエト連邦ウクライナのチェル からである。 ノブイリ事故以降、スイスでは継続的にリスク評価が行 平和の持続を標榜するだけでは、平和を持続できない われた。即ち、福島第一事故以降に日本で進めている電 ことを、スイスの歴史が教えてくれる。 源強化・水素対策・緊急時崩壊熱除去/冷却水供給対策・ 3.スイスの原子力史[2] 重要機器の耐震性再評価・手動フイルタードベントシス テムの導入などの安全性・信頼性向上策は早い時期から 戦後の早い時期から、スイスの水力発電開発は、限界 進められていた。また、70 年代の石油危機以降、2 箇所 に達することが明らかになっていた。このため、1969 年 の原子力発電所では、発生した廃熱の一部を発電所周辺 にはベツナウ発電所1号機(365MWe)の運転がスタート 地域の住宅・施設・事業所などの暖房・給湯・加熱源に し、石油危機後の1984年には5号機となるスイス最大の 有効利用している。このような安全性/信頼性向上活動・ ライプシュタット発電所(1165MWe)が始動した。 エネルギー有効利用の実績が広く国民に共有され、価 しかし、1986年のチェルノブイリ事故で流れが変わり、 格・安定性・量的確保などの観点で太陽光・風力発電の 1990年の国民投票で、新規建設の10年間凍結が賛成55% 情報が提供されれば、国家の安全保障の一つである自前 で可決された。一方、1991年の旧ソビエト連邦の崩壊に の発電源について現実的評価が行える。 伴い東側ブロックが消滅し、自由経済のグローバル化が 福島第一事故から5年半以上が経過した16年11月末、 進行した。21世紀初頭には、スイス全州議会(上院)と 少数派の緑の党が提案した「4箇所の原子力発電所の運転 国民議会(下院)は、「状況変化(エネルギー資源価格上 期間を45年に制限し29年までに脱原発を達成する」の 昇・CO2放出量増大)を重視し、短・中・長期的な視点 是非を問う国民投票が行われた。国民投票では、本稿の から」エネルギー需給のギャップを見通して、原子力法 前半で紹介したスイスの長い「レジリアンス」的実績に に原子力オプションの維持、放射性廃棄物最終処分場を 基づき、事前に客観的判断情報が各国民に配布される。 立地するカントンの拒否権の廃止等を盛り込んだ。その 結果は、投票者の54.2%の反対と26州のうち20州の反 結果、福島第一原発事故前年までに、複数の原子力発電 対で否決された。「現在代替できる実用的なエネルギー源 所建設の申請準備が進められた。加えて、複数の最終処 を提示できていない。時期尚早のエネルギー転換は現実 - 309 - い。また、がん以外の健康影響(妊娠中の被ばくによる 的でない。不足する電力を国外の原発から輸入すること は長期的な安定政策ではない。」などが反対理由である。 流産、周産期死亡率、先天的な影響、または認知障害) 現状では、スイス連邦議会が16 年9月に承認した省エ ついても、今後検出可能なレベルで増加することは予想 ネ・再生可能エネルギー促進と既存原子力発電所の安全 されない」と報告している。 性維持・向上による期限を切らない継続運転を盛り込ん 福島第一事故後、津波対策・電源強化・水素対策・緊 だ「エネルギー戦略2050」が18 年1月から施行される予 急時崩壊熱除去/冷却水確保対策・耐震性再評価・手動フ 定である。但し、「エネルギー戦略2050」では、一般家庭 イルタードベント設備の導入などが進められ、ハード面 の負担が増えるとして、最大与党のスイス国民党が、新 の安全性は大きく向上している。発生確率が大きく低下 たな国民投票を進める動きもある。 している過酷事故に対しても手動フイルタードベント設 持続可能な中立・平和国家として、スイス的「レジリ 備を用意している。事故で発生する放射性ヨウ素・セシ エンス」の流れは続いている。 ウムを水に溶解させる装置である。この装置により、放 5.「レジリエンス」な社会を作る 射性セシウムによる住宅地・農地・海洋等の環境汚染を 許容値以下に押さえ込むことができる。事故対応は、放 スイス ベツナウ原子力発電所の立地地域では、石油危 射性希ガスが中心となり、屋内避難計画を積極的に入れ 機直後に地域住民・電力事業者・専門家が、立地地域の 込むことで時間的に余裕のある防災・避難計画を作るこ 持続的な発展を目指し、求められる情報を「公開」して とが出来る。 「自主」的な学習会を開き、「原子力地域熱供給プロジェ 世界では、地球規模の気候変動リスクを見据えて、21 クト」を「民主」的な投票で決め実現した。原子力基本 世紀半ばまでに二酸化炭素放出量を大幅に削減する目標 法第2条では、「原子力利用は、平和目的に限り、安全の を立てている。しかし、スイスの国民投票でも分かるよ 確保を旨として、「民主」的な運営の下に、「自主」的に うに、省エネ・再生可能エネルギー促進だけでは、この これを行うものとし、その成果を「公開」し、進んで国 目標は達成できない。また、経済合理性もない。大幅な 際協力に資するものとする。安全の確保については、確 財政赤字で少子高齢化の日本社会では、今後の国力の維 立された「国際的な基準」を踏まえて、国民の生命、健 持自体が困難であり、財政破綻のリスクも大きい。原子 康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障 力発電所立地地域の大半の住民・電力事業者・専門家は、 に資することを目的にする」、と謳っている。この第2条 中・長期的な日本社会のリスク回避の現実的手段の一つ の精神は、上述のスイスの立地地域の実績と重なってい として、安全性が向上した既存原子力発電は堅持される る。 べきと考えている。 立地地域では、「地域社会の持続可能な発展と発電所の 原子力基本法第 2 条にある「確立された国際的な基準 安全性」が最大の関心事である。「状況変化(福島第一事 による規制」の取り組みが進めば、ソフト面での安全性 故)を重視し、短・中・長期的な視点から散在する点(地 も向上する。「国際的な基準による規制」とは、民主・自 域住民・事業者・専門家など)を線で結び、木(原子力 主・公開の原則で事業者・規制当局・専門家・立地地域 の安全性)を見て森(原子力発電の貢献)を見ながら、 住民との風通しを良くし、安全に対する抜けがないよう 予測しないことが起きても、逆境にあっても折れない(地 に総合的なリスク情報を活用し、リスクの大小に釣り合 域の持続的発展の)環境を生み出す」視点で「原子力安 って行われる規制を意味する。 全を立地地域と共に考える」場を設けることが、「レジリ エンス」な社会を実現させる第一歩である。 参考文献 国連 原子放射線の影響に関する科学委員会の 2013 年 [1] 清水美香、 _協働知創造のレジリエンス”、原子力 報告書では、福島第一事故での住民の被ばく線量評価に 学会誌2017年1 月号、 pp.4-5. 基づき、「心理的・精神的な影響が最も重要と考えられる。 [2] 原子力発電所過酷事故防止検討会編集委員会監修、 甲状腺がん、白血病ならびに乳がん発生率が、自然発生 _皆で考える原子力発電のリスクと安全-原子力発 率と識別可能なレベルで今後増加することは予想されな 電所が二度と過酷事故を起こさないために-”、科学 技術国際交流センター、2017年5月、pp.171-177. - 310 - 原子力安全、社会と共に考える ‐レジリエンスな社会‐ 杉山 憲一郎,Kenichiro SUGIYAMA
原爆による被曝も含めて先の大戦で悲惨な敗戦を経験 した日本のシニア世代は、「平和の持続」を標榜している が、長期展望に立った「レジリエンス」な技術立国とし て自前のエネルギー源を確保することは、その基盤の一 つである。本稿では、最初に 200 年間平和を持続している「レジリエンス」な技術立国として、原子力で約 40% の電力を供給しているスイスの歴史と原子力発電の現状 を紹介する。 「レジリエンス」には、回復する・前進する等の意味 があるが、清水は、「レジリエンス」を「状況変化を重視し、短・中・長期的な視点から社会に散在する(ステー クホールダーの)点を線で結び、木を見て森を見ながら、 予測しないことが起きても、逆境にあっても折れない環境を生み出すこと」と一般化している[1]。スイスの 200 年史には、この一般化した「レジリエンス」が適用でき、 日本での「原子力安全、社会と共に考える」の取組にヒントを与えてくれる。 原子力基本法第2条は「レジリアンス」の視点を組み込んでいると解釈できることから、スイスの原子力立地地域の例を参考に、持続可能な「レジリアンスな社会」 を作ることを目標に「原子力安全を立地地域と共に考え る」の提案を最後に行う。
2.レジリエンスなスイスの歴史 スイスは、現在26のカントン(以下では州と記す)か ら成り立ち、歴史的に州の自治権が強い連邦国家である。 この行政システムは、今後の日本の道州制を検討する上でも参考になる。国土は、周知のようにアルプス型造山帯に位置し、温泉も地震もある。現在の人口は約830万人で、北海道の1.5倍である。ただし、その国土面積は北海道の半分で、その10%を北部のジュラ山脈が、60%を南部のスイスアルプスが占めている。大多数のスイス国民の生活空間は、この二つの山脈域の間にある30%の平原部である。この平原部は、東のボーデン湖に近いサンクトガレンからチューリッヒ、ベルンそして西のレマン湖岸のジュネーブへと細長く伸びるが、4箇所の原子力発電所(原子炉5基)は、チューリヒとベルンに近い中央部に位置している。日本と同じく化石燃料・原料・食料を輸入する技術立国であるが、国民一人当たりのGDPは世界トップレベルであり、EUにもNATOにも加盟していない。 18世紀末から1815年まで欧州全域が戦場となったナポレオン戦争では、欧州中央の十字路に位置する小国スイスもフランスの属国として多大の損害を被った。戦後、そのスイスが求めた永世中立国の承認と保証は、「欧州全体の政治の真の利益に合致する。」として、周辺列強のオーストリア・フランス・プロイセン(ドイツ)に加えてイギリスおよびロシアにも認められた。小国スイスが「大分場候補予定地が、スイス国内の地層の科学技術的評価 きな状況変化(フランスの敗戦)を重視し、木(スイス) と森(欧州列強)の関係を見渡して行った」外交の大き に基づき公表された。 な成果であり、200年間の中立・平和持続の出発点となっ 現在、スイスでは、水力発電で 60%前後の電力を供給 た。 し、残りの 40%前後を原子力発電で供給している。その 自前のエネルギー源確保の観点では、19 世紀半ばに発 他の発電方式は 7%程度である。因みに、2010 年におけ 電機・電動機がドイツで実用化されたことから、「状況変 るスイス国民一人当たりの CO2放出量は 5.6ton で、先進 化(技術革命)を重視し、短・中・長期的な視点から散 国ではトップレベルである。日本は9.0ton、ドイツと米国 在する点(山岳水源)でこの技術を活用し線(電力ケー はそれぞれ9.3tonと17.3tonであった。加えて、フランス ブル)で結ぶ」ことで、エネルギー安全保障の課題を克 原子力電力の長期利用に関する契約も出来ている。エネ 服した。 ルギー資源・原料・食料輸入の孤立列島日本に比べて、 偶発的に発生した第一次大戦では、原料・食料・生活 200年間平和を持続しているスイスは、エネルギー安全保 必需品を国外に依存していたため、激しい物価高騰に見 障でも「レジリエンス」なシステムが出来上がっていた。 舞われた。しかし、自前の電力を確保した中立技術立国 として、戦時中に必需品となる繊維・金属・機械等の工 4.福島第一事故以降の取り組み[2] 業製品の輸出が増えた。このため、周辺国に比べて相対 2011 年3 月の東電福島第一事故では放射性物質の拡散が 的に恵まれた状況が続き、「予測しないこと(大戦)が起 予想以上に広がったことが、瞬く間にスイス国民に伝わ きても、環境(中立・平和)を維持すること」ができた。 った。スイスで事故が発生し放射性物質が多量に放出さ 第二次大戦では、初期にフランスが敗北し、「予測しない れた場合、首都ベルンや世界の金融拠点であるチューリ 逆境(周辺列強が全て枢軸国)にあって、折れずに環境 ッヒの機能が喪失し、多くの避難民の発生が容易に想像 (中立・平和)を維持」した。理由は、中立技術立国の され、国民感情は脱原発にシフトした。 リスクマネジメントとして交戦国双方と貿易を継続した 米国のTMI事故・旧ソビエト連邦ウクライナのチェル からである。 ノブイリ事故以降、スイスでは継続的にリスク評価が行 平和の持続を標榜するだけでは、平和を持続できない われた。即ち、福島第一事故以降に日本で進めている電 ことを、スイスの歴史が教えてくれる。 源強化・水素対策・緊急時崩壊熱除去/冷却水供給対策・ 3.スイスの原子力史[2] 重要機器の耐震性再評価・手動フイルタードベントシス テムの導入などの安全性・信頼性向上策は早い時期から 戦後の早い時期から、スイスの水力発電開発は、限界 進められていた。また、70 年代の石油危機以降、2 箇所 に達することが明らかになっていた。このため、1969 年 の原子力発電所では、発生した廃熱の一部を発電所周辺 にはベツナウ発電所1号機(365MWe)の運転がスタート 地域の住宅・施設・事業所などの暖房・給湯・加熱源に し、石油危機後の1984年には5号機となるスイス最大の 有効利用している。このような安全性/信頼性向上活動・ ライプシュタット発電所(1165MWe)が始動した。 エネルギー有効利用の実績が広く国民に共有され、価 しかし、1986年のチェルノブイリ事故で流れが変わり、 格・安定性・量的確保などの観点で太陽光・風力発電の 1990年の国民投票で、新規建設の10年間凍結が賛成55% 情報が提供されれば、国家の安全保障の一つである自前 で可決された。一方、1991年の旧ソビエト連邦の崩壊に の発電源について現実的評価が行える。 伴い東側ブロックが消滅し、自由経済のグローバル化が 福島第一事故から5年半以上が経過した16年11月末、 進行した。21世紀初頭には、スイス全州議会(上院)と 少数派の緑の党が提案した「4箇所の原子力発電所の運転 国民議会(下院)は、「状況変化(エネルギー資源価格上 期間を45年に制限し29年までに脱原発を達成する」の 昇・CO2放出量増大)を重視し、短・中・長期的な視点 是非を問う国民投票が行われた。国民投票では、本稿の から」エネルギー需給のギャップを見通して、原子力法 前半で紹介したスイスの長い「レジリアンス」的実績に に原子力オプションの維持、放射性廃棄物最終処分場を 基づき、事前に客観的判断情報が各国民に配布される。 立地するカントンの拒否権の廃止等を盛り込んだ。その 結果は、投票者の54.2%の反対と26州のうち20州の反 結果、福島第一原発事故前年までに、複数の原子力発電 対で否決された。「現在代替できる実用的なエネルギー源 所建設の申請準備が進められた。加えて、複数の最終処 を提示できていない。時期尚早のエネルギー転換は現実 - 309 - い。また、がん以外の健康影響(妊娠中の被ばくによる 的でない。不足する電力を国外の原発から輸入すること は長期的な安定政策ではない。」などが反対理由である。 流産、周産期死亡率、先天的な影響、または認知障害) 現状では、スイス連邦議会が16 年9月に承認した省エ ついても、今後検出可能なレベルで増加することは予想 ネ・再生可能エネルギー促進と既存原子力発電所の安全 されない」と報告している。 性維持・向上による期限を切らない継続運転を盛り込ん 福島第一事故後、津波対策・電源強化・水素対策・緊 だ「エネルギー戦略2050」が18 年1月から施行される予 急時崩壊熱除去/冷却水確保対策・耐震性再評価・手動フ 定である。但し、「エネルギー戦略2050」では、一般家庭 イルタードベント設備の導入などが進められ、ハード面 の負担が増えるとして、最大与党のスイス国民党が、新 の安全性は大きく向上している。発生確率が大きく低下 たな国民投票を進める動きもある。 している過酷事故に対しても手動フイルタードベント設 持続可能な中立・平和国家として、スイス的「レジリ 備を用意している。事故で発生する放射性ヨウ素・セシ エンス」の流れは続いている。 ウムを水に溶解させる装置である。この装置により、放 5.「レジリエンス」な社会を作る 射性セシウムによる住宅地・農地・海洋等の環境汚染を 許容値以下に押さえ込むことができる。事故対応は、放 スイス ベツナウ原子力発電所の立地地域では、石油危 射性希ガスが中心となり、屋内避難計画を積極的に入れ 機直後に地域住民・電力事業者・専門家が、立地地域の 込むことで時間的に余裕のある防災・避難計画を作るこ 持続的な発展を目指し、求められる情報を「公開」して とが出来る。 「自主」的な学習会を開き、「原子力地域熱供給プロジェ 世界では、地球規模の気候変動リスクを見据えて、21 クト」を「民主」的な投票で決め実現した。原子力基本 世紀半ばまでに二酸化炭素放出量を大幅に削減する目標 法第2条では、「原子力利用は、平和目的に限り、安全の を立てている。しかし、スイスの国民投票でも分かるよ 確保を旨として、「民主」的な運営の下に、「自主」的に うに、省エネ・再生可能エネルギー促進だけでは、この これを行うものとし、その成果を「公開」し、進んで国 目標は達成できない。また、経済合理性もない。大幅な 際協力に資するものとする。安全の確保については、確 財政赤字で少子高齢化の日本社会では、今後の国力の維 立された「国際的な基準」を踏まえて、国民の生命、健 持自体が困難であり、財政破綻のリスクも大きい。原子 康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障 力発電所立地地域の大半の住民・電力事業者・専門家は、 に資することを目的にする」、と謳っている。この第2条 中・長期的な日本社会のリスク回避の現実的手段の一つ の精神は、上述のスイスの立地地域の実績と重なってい として、安全性が向上した既存原子力発電は堅持される る。 べきと考えている。 立地地域では、「地域社会の持続可能な発展と発電所の 原子力基本法第 2 条にある「確立された国際的な基準 安全性」が最大の関心事である。「状況変化(福島第一事 による規制」の取り組みが進めば、ソフト面での安全性 故)を重視し、短・中・長期的な視点から散在する点(地 も向上する。「国際的な基準による規制」とは、民主・自 域住民・事業者・専門家など)を線で結び、木(原子力 主・公開の原則で事業者・規制当局・専門家・立地地域 の安全性)を見て森(原子力発電の貢献)を見ながら、 住民との風通しを良くし、安全に対する抜けがないよう 予測しないことが起きても、逆境にあっても折れない(地 に総合的なリスク情報を活用し、リスクの大小に釣り合 域の持続的発展の)環境を生み出す」視点で「原子力安 って行われる規制を意味する。 全を立地地域と共に考える」場を設けることが、「レジリ エンス」な社会を実現させる第一歩である。 参考文献 国連 原子放射線の影響に関する科学委員会の 2013 年 [1] 清水美香、 _協働知創造のレジリエンス”、原子力 報告書では、福島第一事故での住民の被ばく線量評価に 学会誌2017年1 月号、 pp.4-5. 基づき、「心理的・精神的な影響が最も重要と考えられる。 [2] 原子力発電所過酷事故防止検討会編集委員会監修、 甲状腺がん、白血病ならびに乳がん発生率が、自然発生 _皆で考える原子力発電のリスクと安全-原子力発 率と識別可能なレベルで今後増加することは予想されな 電所が二度と過酷事故を起こさないために-”、科学 技術国際交流センター、2017年5月、pp.171-177. - 310 - 原子力安全、社会と共に考える ‐レジリエンスな社会‐ 杉山 憲一郎,Kenichiro SUGIYAMA