原子力安全、社会と共に考える -原子力安全におけるリスク評価と外的事象への適用-

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カテゴリ: 第14回
1.はじめに
「安全」はリスクを尺度として測ることができる。言 い換えれば、リスク評価は安全を考える上で必須となる。 本報では、原子力安全におけるリスク評価(定量化)と 地震等の外的事象への適用についてその概要を解説する。 原子力安全の目的は「人と環境を、原子力の施設と活 動に起因する放射線の有害な影響から防御すること」[1] であり、一般的な産業活動における安全(労働災害から の安全等)とは個別に扱われる。従って原子力安全にお けるリスクとは、放射線の有害な影響に関するリスク(放 射線リスク)となる。 原子力安全に関するリスク評価の歴史は古く、1975年 に商用の原子力発電所としては最初の定量的なリスク評 価[2]が米国で報告されている。この中で、定量的リスク 評価手法として、確率論的リスク評価(Probabilistic Risk Assessment, PRA)が用いられ、現在でも世界中で広く利 用されている。PRAは定量的リスク評価のための有効な 手段の一つであり(唯一の手段ではない)、以下ではPRA 手法をもとに原子力発電所でのリスク評価について説明 するとともに、外的事象として地震の揺れに起因するリ スク評価への適用について述べる[3]。 2.原子力安全におけるリスク評価(PRA) 2.1 PRA の概要(スコープ) 原子力安全を対象とした場合、PRAで対象としている リスクは、原子炉内に内包される放射能が系外に放出さ れることによって周辺公衆が被る健康被害及び土地汚染 等の大きさとその発生の可能性を組み合わせたものであ る。これを図1に示すように、3つの段階(レベル)に分 けて評価している。 連絡先:高田 孝、〒311-1393 茨城県東茨城郡大洗町 成田町4002、日本原子力研究開発機構(JAEA) E-mail: takata.takashi@jaea.go.jp レベル1PRAでは、炉心損傷に至る事故シーケンスを 特定し、その発生頻度を評価する。炉心損傷頻度(Core - 311 - Damage Frequency, CDF)に対する寄与割合より、重要な 事故シーケンス、システム機能喪失、機器故障或いは人 的過誤等の知見が得られる。 レベル2PRAでは、格納容器の機能喪失に至る事故シ ーケンスを特定し、その発生頻度(格納容器機能喪失頻 度(Containment Failure Frequency, CFF))を評価する。ま た、格納容器機能喪失に至る事故進展をシミュレートし、 放出放射能の核種と放出量(ソースターム)を評価する。 レベル3PRAでは、レベル2PRAのソースターム評価 及び放出頻度を基に、放射性物質の拡散や線量評価を行 い、健康被害や土地汚染等の公衆に対するリスクを評価 する。 リスク評価としては最終的にレベル3PRAまで実施す る必要があるが、シビアアクシデントの発生防止(レベ ル1PRAに相当)や発生時の影響緩和(レベル2PRAに 相当)の各段階におけるリスクを把握し、それに対処す ることは重要である。 2.2 事象の分類(内的、外的事象) リスク評価では、まず炉心損傷に至るような最初のき っかけ(起因事象と呼ばれる。図1左参考)により、内 的事象、外的事象に分けられる。内的事象とは、発電所 内部の設備や機器の偶発的な故障(ランダム故障と呼ば れる)により発生するものであり、外的事象(誘因事象 とも呼ばれる)とは、外的な要因(例えば、地震による 揺れや内部での水漏れ(内部溢水と呼ばれる)による故 障)により発生するものとなる。なお、外部電源喪失は 必ずしも内的事象により発生するものではないが、一般 的には内的事象として取り扱われている。 以下では、まず内的事象におけるレベル1PRAを例に リスク評価方法を示す。 2.3 レベル1PRA(リスク評価) PRA実施のステップは、大きく、事故シーケンスの分 析に基づく論理モデルの作成段階及び各種パラメータに 基づくリスクの定量化段階に分類できる。図2に概要を 示す。事故シーケンスの分析では、図2上に示すように 事象進展を幾つかのイベントに分け、それらのイベント の分岐によりシーケンスを評価するイベントツリー法が 広く用いられている。またそれぞれのイベントが分岐す る確率(分岐確率)は、それらを構成する要素の機能喪 失確率をもとにフォールトツリー法にて評価される。内 的事象の場合、各要素の機能喪失確率は故障率データ等 をもとに評価される。また図2左に示すように、分岐確 率の評価においては、運転員操作等の人的な失敗(人的 過誤)も含まれる。 事故シーケンスの分析に基づく論理モデルの作成では、 事故シーケンスを漏れなく摘出し、事故に至る様々な原 因を包括的に表現しなくてはならない。このためには上 記イベントツリー法やフォールトツリー法だけではなく、 様々な評価手法を適切に組み合わせた分析も重要となる。 2.4 リスク評価の特徴 原子力発電所のような複雑なシステムにおいては、軽 微な不具合が発端となり、不具合事象の規模の拡大や機 器故障、認知や運転操作の失敗といった人的過誤等が幾 つも重なることでシビアアクシデントのような事故が発 生する可能性がある。PRAを用いたリスク評価は、この ような事故の発生メカニズムを論理モデルで表し、事象 図1 PRAの分類 - 312 - つきを表す偶然的不確実さ(Aleatory や故障等の発生確率を設定することで、リスクの発生可 uncertainty)や知識 能性と影響の大きさを定量評価することができる。また の量が不足することによる予測結果のばらつきを認識論 それぞれの事故シーケンスの相対的な重要度や、発電所 的不確実さ(Epistemic uncertainty)に分けることができる。 を構成する各要素のリスク上の相対的な重要度も評価す また認識論的不確実さは幾つかのカテゴリに分類できる。 ることが可能となる。 リスク評価における不確実さについて表1にまとめる。 2.5 リスク評価における不確実さ(不確かさ) データ不足による不確実さ等の改善可能なものについ リスクは本質的に不確実さ(不確かさ)を持っている。 ては継続的に改善する努力が必要であるが、不確実さが リスク評価における不確実さは、大きく、物理的なばら あるからリスク評価が使えないのではなく、不確実さも 表1 リスク評価における不確実さ 分類 説明 例 偶然的不確実さ (ランダム性による不確実さ) ・ サイコロで 1 がでるか否かは 不確実 認識論的 不確実さ (リスク評 価の不確 実さ) 現象の発生時期やパラメータの値が ある範囲に分布している(偶然性を持 つ)ために生じる不確実さ。リスク評 価では,確率推定の中央値や確率分布 推定の 50%フラクタイル曲線として 表現し,不確実さとは考えない。 データ不足による不 確実さ ・ 故障データの不足による故障 率推定の不確実さ モデルの不確実さ モデル上のパラメータの値が,データ 不足によって 1 点に定められないこ とによる不確実さ ・ 故障率は時間によらないと仮 定することによる不確実さ ・ 事故シナリオをイベントツリ ーで表現することによる不確 実さ ・ 放射性物質の放出量推定のモ デルの誤差 不完全 性によ る不確 実さ モデルが現実を単純化していること による不確実さ 既知だが リスクへの影響が小さいと判断して ・ 考慮していない自然現象によ 未考慮に 無視している場合と影響の評価がな るリスク よる不確 されていない場合がある。 ・ テロのリスク(対策は行ってい 実さ るがリスク評価では考慮して いない) 未知の要 我々が予想していない事故シナリオ ・ 原理的に例示できない 因による が存在しうることによる不確実さ 不確実さ 図2 レベル1PRA論理モデルの概要 - 313 - 含めてリスク評価と捉え、意思決定に活用すること(Risk Informed Decision Making, RIDM)が重要である。 3.外的事象への適用 外的事象は、地震や津波,洪水,火山などの自然事象 や航空機落下やサイバーテロなどの人為事象などの施設 外で発生する事象に加え、溢水(浸水)や火災,タービ ンミサイルなど施設内で発生する事象に分けられる。発 生頻度と、発生時の影響の大きさ、時間余裕を含めたシ ナリオに加えて、複数の外的事象が同時に発生し、荷重 が重畳する場合の制御可能性など、その特徴に応じた効 果的なリソース投入を行うことが求められる。 外的事象の特徴として、起因事象の強度と発生頻度を 評価するハザード評価及び起因事象発生時の安全機能を 構成する機器等の故障確率を評価するフラジリティ評価 を行う点が挙げられる。外的事象の例として地震時のリ スク評価の流れを図3に示す。 3.1地震の揺れの予測(地震ハザード解析) 地震ハザードとは、ある地点で想定される地震の揺れ の強さとある期間内にその強さを超える地震の揺れが発 生する確率との関係を言う。 図4に地震ハザード解析の流れを示す。どこに地震を 発生させる震源があり、その発生の可能性はどの程度か を予測する地震発生の評価、地震が発生した場合の揺れ を予測する揺れの評価の2つに分けられる。 3.2建屋・機器・配管等の揺れの対する強さの予測 (地震フラジリティ解析) 地震の揺れに対して破壊したり、機能を喪失したりす 将来起こる地震の揺れは? (地震ハザード) 建屋・構造物の強さは? どのような事故へ進 機器・配管の強さは? (全ての機器・配管を対象) 展するか?頻度は? (事故の発生確率) 地震フラジリティ 事故シーケンス 図3地震リスク評価の流れ 将来起こる地震の揺れは? (地震ハザード) 将来の地震発生の可能性は? (長期評価) 機器・配管の強さは? (地震フラジリティ) 地震発生の場合の揺れは? (地震動予測) 機器・配管の揺れの大きさは? (応答評価) どこで地震が起こるか? (震源モデル[活断層・海溝型]) 機器・配管が壊れる強さは? (強度評価) 図4地震ハザード解析の流れ 図5地震フラジリティ解析の流れ - 314 - る確率を求めることを地震フラジリティ解析という。地 震フラジリティ解析は、建屋・機器・配管の揺れの大き さを求める応答解析、壊れたり機能を喪失したりする強 さを求める強度評価からなる。図5に解析の流れを示す。 3.3地震による過酷事故のシナリオ分析 地震リスク評価における事故シーケンス評価では、2.3 節と同様に一般にイベントツリーが用いられる。各地震 の揺れにおいて、揺れの発生からスタートし、揺れによ り構築物、システム、機器に異常が発生するか、異常が 発生した場合に安全系は機能するかどうかなどを加味し、 事故にいたるシーケンスとその頻度を求める(図6参考)。 最終的に全ての頻度を足し合わせることで地震リスクを 評価する。 実際の地震リスク評価では、地震後の津波や機器の火 災、余震発生が事故収束の活動に与える影響など詳細な 現象を考慮する必要がある。 図6 地震におけるイベントツリーのイメージ 望ましくない異常 はどの程度発生 するか? (異常の発生確率) 3.4リスク評価に関する現状と課題 地震リスク評価では、複数の構築物、システム、機器 が同時に損傷することは既往の地震リスク評価において すでに考慮されているが、それに加えて敷地内の複数の 原子炉の同時損傷や同一地域の原子力発電所の同時損傷 などもさらにリスク評価のスコープに含める必要がある。 特に、避難などの周辺住民への影響や環境汚染などを考 えると重要な視点と言える。 また、自然現象による原子力発電所のリスク評価を行 うにあたっては、地震に限らず津波や火山など様々な自 然現象あるいは核セキュリティの観点までを抜けなく横 並びに扱うことが最も重要である。 4.まとめ 原子力安全におけるリスク評価として、確率論的リス ク評価(PRA)手法を用いた場合のリスク定量化につい てまとめた。また地震を対象として、リスク評価の外的 事象への適用についてまとめた。 リスクは本質的に不確実さを持っており、リスク評価 結果も不確実さを伴っている。このことは、不確実があ るからリスク評価が使えないのではなく、評価された不 確実さも含め得られた情報をもとに意思決定に活用する こと(RIDM)が重要である。 また外的事象(特に自然災害)におけるリスク評価に おいては、事象に付随して発生し事故収束の活動に与え る影響など詳細な現象を考慮する必要があるとともに、 様々な自然現象あるいは核セキュリティの観点までを抜 けなく横並びに扱うことが最も重要となる。 参考文献 [1] 原子力学会標準委員会技術レポート, _原子力安全 の基本的考え方について 第I編 原子力安全の目的 と基本原則”, AESJ-SC-TR005:2012. [2] USNRC, _Reactor Safety Study An Assessment of Accident Risks in U. S. Commercial Nuclear Power Plants”, NUREG-75/014 (WASH-1400), 1975. [3] 原子力学会標準委員会技術レポート, _リスク評価 の理解のために”, AESJ-SC-TR011:2015. - 315 - 原子力安全、社会と共に考える -原子力安全におけるリスク評価と外的事象への適用- 宮野 廣,Hiroshi MIYANO,村松 健,Ken MURAMATSU,Kazuhiko NOGUCHI,Yoshiyuki NARUMIYA,NARUMIYA JAEA,Tatsuya ITOI,牟田 仁,Hitoshi MUTA,MUTA MRI,Masaaki MATSUMOTO,MATSUMOTO JANUS,Yoko MATSUNAGA
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