原子力安全、社会と共に考える -リスクの顕在化の抑制

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カテゴリ: 第14回
1.はじめに
リスク活用は、単に対象となるシステムのリスクを計算することではなく、リスクの特定と分析を通じて得た リスク情報をもとに、リスクに対する対応策を決めることである。リスク情報は多くの多面的な要素を含んでおり、意思決定に至るまでのプロセスは、対象とするシステムと課題と目的に応じて様々な複雑さをみせる。ここでは、原子力発電所を対象に、潜在していたリスクが顕在化することへの備えを実例を引きながら解説し、システムの信頼性との関係を分析する。
2.過酷事故とリスク評価 過去に経験したスリーマイル島(TMI)発電所事故、 チェルノブイリ発電所事故、福島第一原子力発電所事故 の3つを事例として、リスク評価により防止あるいは対 策の可能性を分析する。 1) TMI事故 1979年米国で発生したTMI原子力発電所事故は、蒸気 発生器2次側への給水系故障、逃がし弁開固着から、冷 却材喪失事故に至り、その後、高圧注水系を運転員が誤 って停止してしまい炉心溶融に至った事故である。溶融 した炉心は原子炉容器内で留まり、格納容器が健全で維 持されたことにより、放射性物質の環境への影響は極め て小さく終息した。しかし、緊急時の対応として周辺住 民に批判命令が出された。 TMI事故の数年前にWASH-1400[2]がNRCより発行さ れ、蒸気発生器2次側の冷却不具合に多重故障が重なる と、炉心損傷に至る事故が発生しうること、そしてその ような事故の炉心損傷頻度への寄与度は高いことが予想 されていた。もしWASH-1400を配慮して、運転管理にリ スク情報活用の考え方を取り入れ、安全系の機器故障率 やプラントシステムとしての信頼性が監視されていれば、 TMI事故の発生可能性は低くなっていたと考えられる。 連絡先:成宮祥介、〒530-8270 大阪市北区中之島 3-6-16、関西電力、 E-mail: narumiya.yoshiyuki@d5.kepco.co.jp - 316 - 数の機器・系統に影響を及ぼすことから、個々の機器・ このようにPRAは設計や運用の改善、アクシデントマ ネジメント整備、防災計画立案に有効であることが判る。 系統の強度(耐震、耐津波)を高めるだけでなく、シス 2) チェルノブイリ事故 テムとして多様性を考慮に入れて対処することが有効で 1986年旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所4号機の ある。PRAは対処とその効果の関係を定量的に示すこと 事故は、核的暴走事故から大量の放射性物質の環境への が可能である。 放出に至った事故である。外部からの電力供給が停止し た際に、タービン発電機の慣性回転でどの程度電気がと 3.過酷事故への備えのためのリスク活用 り出せるかという試験の過程で、原子炉出力が急上昇し、 3.1 深層防護のための手段としてのリスク活用 燃料過熱、激しい蒸気の発生、圧力管破壊から原子炉と 原子力安全のための深層防護の考え方とは、事前に充 建物の破壊に至り、大量の放射性物質が環境に放出され 分だと考えていた対策でも思いがけない理由で失敗する た。放射性物質はウクライナ、旧ソ連に留まらず、欧州 かもしれないという不確かさの影響を考慮し、別の対策、 各国にも到達した。 次の防護レベルの対策を繰り返し準備する[1]ことにより、 この事故の根本的な原因として、ポジティブ・スクラ 防護策全体の実効性を高めることが必要である。したが ムという設計上の欠陥と安全文化の欠如という二つが指 って、深層防護の徹底のためには、不確かさを評価する 摘されている[3]。設計上の欠陥が安全性にどの程度の影響 必要があり、リスク評価方法はまさにこの不確かさを考 を及ぼすかは、リスク評価を行えば把握でき改善につな 慮したものである。 がったと推察する。安全文化の欠如はリスク評価を行う 原子力発電所においてなされている過酷事故防止のた こと自体にも影響を及ぼすことであり、定量評価は難し めの設計・運用の対策をもってしても、過酷事故の発生 いが、リスク活用とは深い関係にある。 をゼロにすることはできない。特に地震や津波などの自 3) 福島第一原子力発電所事故 然現象に起因するシナリオは様々であり、体系的なシナ 2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所 リオ分析とリスク評価が有効である。 事故は、地震とそれに続く津波により、複数の機器が同 時に機能を喪失し、炉心溶融が起こったが用意していた 3.2 過酷事故防止へのリスク活用 アクシデントマネジメントが有効に働かず複数炉の炉心 前節で3つの過酷事故とリスク評価の関係を分析した 損傷事故となったものである。この事故にかかる提言と が、これらの事故には共通点がある。第1に事故の原因 して原子力学会事故調査委員会は「最終報告書の概要お は一つではなく、複数の故障や失敗、自然現象、組織要 よび提言」の中で、 因などが作用し合ったものであったこと。独立事象が重 ・外的事象への対策の強化 複して発生する確率は小さいため対策対象から除かれる ・過酷事故対策の強化 ことがあるが、対策の想定としていた範囲を超える自然 ・緊急事態への準備と対応体制の強化 現象であり、その想定を超えた条件下で機器や操作が想 ・原子力安全評価技術の高度化 定どおりには実現しないこと、などが独立事象ではなく が示されている[4]。 し、結果を想定以上に拡大してしまった。PRAは個々の リスク評価では、評価時点のプラント状態を評価する 機器や操作の機能(効果)の関係性を定量的体系的な方 ことになる。特に数千年に一度などの低頻度事象では、 法で表現でき、一見して把握することが出来るので、発 経験したデータの更新により発生頻度は大きく異なるた 生頻度が小さいから除外するような厳しい条件による事 め、PRAの曖昧さ(不確かさ)を指摘される。しかし、 態も描くことが出来る。どこまで低頻度の事象を考慮す もともと対象にしている自然ハザードが不確かさを有し るかは、よく議論になるところであるが、その頻度と影 ていることからPRAの結果に不確かさが含まれることは 響を考慮して対策に変化をつければ、対策に抜けはなく むしろ、好ましいことであり、重要なことは、残余のリ なる。 スクが存在することを理解することである。これは特に 第2に安全設計の弱点が指摘され、安全向上のための 想定外の不確かさに対する備えとしての過酷事故対策に 多数の改善が抽出されたことである。多重故障や自然現 重要である。地震や津波のような外的事象は、同時に複 象への対応には限界があり、それが実際どこまで大きな - 317 - 事象を対称にするかは、個別の設計に基づいて限界(ク リフエッジ)を認識する努力が必要である。個々の機器 や系統の弱点だけではなく、システムとしての弱点を見 出せるのはPRAの特徴である。対策に事前に過酷事故の 備えを検討する際、過去の実例や設計条件を厳しくした だけの想定では、不十分になることを補完できる。 第3に、組織や国の安全文化の不十分さがあったこと である。安全文化は、チェルノブイリ事故の教訓として だけでなく、TMI事故でも多くの故障を放置したまま運 転していたことが指摘されている。福島第一事故では、 安全神話があったことがシビアアクシデント対策を遅ら せたと言われている。このことから、さらなる過酷事故 の発生を防ぐには、これらの要因の全て及びその他の考 え得る原因を考慮できる体系的な分析方法が組み入れら れた仕組みを導入し、意思決定することが重要である。 前述したように安全文化の安全への影響はPRAでモデ ル化することはできない。認識すべきことは、過酷事故 の防止には、従来の決定論的安全評価だけでは不十分で あり、PRAと組み合わせることが重要であるということ である。また、安全文化の向上とリスク評価の推進とい う二つの活動は、相互に高め合う関係にある。安全文化 の向上には、現在の規制や内部規定を含めて、安全の状 態を常に疑い、確認し、改善する意識を維持することが 重要であるが、リスク評価は、そのような活動のための 有力なツールとなる。また一方で、リスク評価は想定す るシナリオを絞り込まず考えうる状態を可能な範囲で広 く考慮し定量化するものであり、この姿勢は安全文化の 重要な要素であるQuestioning Attitude に通じるものであ る。 過酷事故をPRAで分析し対策を検討するプロセスにお いて、有効な点を図1にまとめる。 図1 SA対策へのPRAの有効な点 4.まとめ 過去に起こった3つの過酷事故、TMI事故、チェルノ ビリ事故、福島第一事故の対策にリスク評価がどのよう に効果を発揮するか、発揮できたか、を分析した。複数 の原因、それも設計や運用、人的過誤など多種多様な原 因から、発生頻度は小さいと見なされていた事故が過酷 事故に発展してしまい、甚大な環境影響を及ぼしてしま ったことに対し、PRAからの知見があれば、防止あるい は緩和の対策の実効性を上げることが出来た、と結論し た。次にプラントの弱点を網羅的に見つけ出すことは難 しいが、PRAからのリスク情報を用いて体系的にかつ定 量的な重要度も合わせて、設計や運用上の弱点を見出す ことが可能である。さらに、安全文化とリスク評価の相 互補完性と両者を合わせて構築することにより、一層効 果的なリスク活用が行えることを示した。 参考資料 [1] 日本原子力学会、原子力安全の基本的考え方について 第I編別冊 深層防護の考え方、AESJ-SC-TR005(ANX)、 2013. [2] U.S. NRC、 Reactor Safety Study: An Assessment of Accident Risks in U.S. Commercial Nuclear Power Plants、 NUREG-75/014 (WASH-1400)、 1975. [3] 高度情報科学技術研究機構原子力百科事典 ATOMICAホームページhttp://www.rist.or.jp/atomica/ [4] 日本原子力学会 東京電力福島第一原子力発電所事故 に関する調査委員会、最終報告書の概要および提言、 p.41、 2014年3月8日、 http://www.aesj.or.jp/jikocho/jikochohokoku20140308.pdf - 318 - 原子力安全、社会と共に考える -リスクの顕在化の抑制 宮野 廣,Hiroshi MIYANO,村松 健,Ken MURAMATSU,野口 和彦,Kazuhiko NOGUCHI,成宮 祥介,Yoshiyuki NARUMIYA,高田 孝,Takashi TAKATA,牟田 仁,Hitoshi MUTA,糸井 達哉,Tatsuya ITOI,松本 昌昭,Masaaki MATSUMOTO,松永 陽子,Yoko MATSUNAGA
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