原子力安全、社会と共に考える -リスク評価の活用方法とその例
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カテゴリ: 第14回
1.はじめに
これまで、PRAの特性と、その有用性を過酷事故防止/ 緩和策の検討を対象に考えてきた。ここでは、原子力発電所の安全性の維持向上につながる種々の安全確保活動 あるいはそれに関する規制行為について、リスク情報の活用にかかる方法、用いるリスク指標を考察する。特に米国では規制も事業者もリスク情報活用の有効性を認識し、保全管理、規制基準策定、トラブル反映など多くの実務においてリスク情報を参照した意思決定(RIDM、Risk Informed Decision Making)を行っている。我が国においても、今までリスク活用の実施が試みられてきたが実現には至っていない。そこで本稿では、リスク活用の異議、活用先の分類を示し、実務と用いる指標、マネジメ ントの方法などを例として紹介する。
2.リスク活用の意義 原子力発電所の安全性を維持・向上させることを目的 として、様々な安全確保活動と規制行為が行なわれてい る。立地選定、基本設計、詳細設計、製造、建設、運転、 点検・検査、更に廃炉に至るまで、全ての活動は、原子 力安全の目的を達成するために行われている、といえる。 ここで、個々の機器や系統の信頼性を確保することは、 発電所としての性能(電力を生み出す)としては必要な ことであり、それが設計で想定されている条件下で危険 な事態に発展することなく、運用されるように設計評価 や安全評価を行うことは、当然であるが、それを超える 条件でも原子力安全の目的をたがえることなくするため には、原子力プラントのシステム全体の挙動(発生防止 系だけでなく影響緩和系も)を表現できるPRAから得る 原子炉リスクを指標とすることが効果的である。PRAか らのリスク情報を活用してリスク評価を行うことは、 単に原子炉や格納容器が損傷する頻度を把握できるこ とではなく、リスクにつながる構造物・システム・機 連絡先成宮祥介、〒530-8270 大阪市北区中之島 3-6-16、関西電力、 E-mail: narumiya.yoshiyuki@d5.kepco.co.jp - 319 - 表2 リスク活用の分類 項目 内容 指標例 1 絶対値を用 いること。 施設全体の総括リスク を把握し、判断基準と の比較を行うことで、 行った/行う対策が総 体としての安全性にど う効果を与えているか を確認する。 CDF、CFF 他 2 内訳を用い ること。 リスクの内訳を見て、 重要性の大きな機器に 対応策を施す。 起因事象別CDF 機 器 重 要 度 (RAW、FV な ど)ランキング 他 3 変化を用い ること。(リ スク低減方 向) リスクを抑制あるいは 低減するための行為 (例:機器の改良、系 統構成の多重化、運用 方法の見直しなど)の リスク低減効果をみ る。 ΔCDF、ΔCFF 機 器 重 要 度 (RAW、 FVな ど)ランキング 他 4 変化を用い ること。(リ スク増加方 向) リスクを限られた期 間、許容される範囲内 での上昇を認める一 方、総体としてのリス クは低減する方向に工 夫を行うこと。(例: OLM、AOT 延長など) ΔCDF、ΔCFF 5 リスク重要 度に応じた 対応 器(Structure、 System and Component、 SSC)の性能 管理を、系統としての連携の視点及び時間経過の時間 軸の視点から定量的に行なえることから、安全確保の ための活動のそれぞれの役割を系統的に表現するモデ ルが獲得できるので、それぞれの活動と炉心損傷頻度 (Core Damage Frequency、 CDF)や格納容器機能喪失 頻度(Containment Failure Frequency、 CFF)、公衆の健 康影響などで表した指標との間に定量的な関係づけが でき、それによって重要度に応じた対応ができること につながる。リスク活用の利点は次のようなものが挙 げられる。 表1 リスク活用から得られる利点 1. リスク評価により、単体の設備や系統の信頼性でなく、 原子力プラントのシステム全体の挙動(発生防止系だけ でなく影響緩和系も)を表現できるので、活動がプラン ト全体にどう影響を及ぼすかを定量的に把握できる。 2. 複数の対応策のスクリーニング、あるいは対応をすべき 事象や設備などを選択する場合に、リスク評価によれば 定量的なランキングを得ることが出来る。 3. リスク評価により、事象の発生頻度と影響に応じた対応 策の検討が可能となる。 4. リスク評価の結果は不確実さも伴って示されることか ら、判断の不確かさを把握でき、判断後の追加処置(モ ニタリングの方法など)を決めることが出来る。 5. 地震や津波などの外的事象は、そのハザードの不確実さ から、決定論的アプローチでは不十分な点が残る。「残 規制あるいは管理にお 余のリスク」と言われるところである。外的事象に対す いて、リスク重要度に る対応策の評価を行うことが出来る。 応じた手当てを施す。 6. リスクは、関係者間の共通的な指標になる。 3.リスク活用方法の分類 リスク活用には、その目的と使用する指標により分類 される。我が国では、今までリスク評価はプラントが安 全であることの説明に使われることがあったが、それは リスク活用ではない。もちろん、結果的に対策がないこ ともある可能性はあるが、リスク活用の狙いは、脆弱な 点を明確にし安全性向上につなげることであることを常 に意識して取り組むことが重要である。 表2にリスク活用のパターンを6つ示す。なお、これ らは、単独に用いる活用でなく、実務への適用では組み 合わせることが必要である。たとえば、シビアアクシデ ント対策を施したことにより1と3を同時に行うべきで ある。CDF 値が性能目標を下回ったことでよい、とせず、 そのリスク低減効果が設備あるいはシナリオによって、 どの程度違うかを3でみることが重要である。 機 器 重 要 度 (RAW、 FVな ど)ランキング 注)表2の用語の意味は以下のとおり ΔCDF:CDFの変化分 ΔCFF:CFFの変化分 RAW: Risk Achievement Worth リスク増加価値は、 ある事象が必ず発生するとした時に、リスクがどれ だけ増加するかを示す指標である。[1] FV:Fussell-Vesely 重要度は、炉心損傷の発生を仮定 したときに、当該事象の発生が寄与している割合を 表す指標である。[1] それにより、費用対効果を把握できる。ただしPRAの 結果には不確かさが含まれるので、性能目標値との関係 を見て、「妥当」と判断することの確からしさを把握する ことが出来る、と考えられる。なお、不確かさが大きい 場合には、判断の信頼性が低下する可能性があるので、 - 320 - 十分な監視と異常時の対処策を準備しておくなどの工夫 が重要となる。 2はPRAの結果であるCDF やCFFの内訳の情報を用 いて、プラント全体のリスクプロフィールを把握するこ とである。これにより、ある特定の起因事象、設備、又 は操作などが突出して大きい割合を占めているような場 合には、それらの頻度の見直しを考えてみる契機になる。 この内訳において支配的な項目から、パラメータの見直 しあるいはモデル化の改善を行い、PRAの品質を向上さ せることになる。さらに、事故シーケンスごとの内訳も 見ることが出来るので、数値結果だけでなくプラントの 設計・管理を改善することに役立つ一連のシナリオを把 握できる。 3と4では、機器信頼性の変更、すなわち機器取替え、 改良、検査頻度変更などによる変化分ΔCDF/ΔCFF を 用いるものである。3は、リスク低減策の効果を定量的 に把握するものであり、策の前であれば効果の推定、後 であれば効果の把握となる。これに対して4では、ある 設備/操作などのリスクがある限定した期間で増加する ことを許容しても、それが許容範囲内であると同時に、 全体(時間軸でも、システムとしても)の視点からもリ スクは低減できることに用いるものである。 最後に5は、2と近いが、機器ごとの重要度解析結果 から、例えばリスク低減に大きく効果がある設備や操作 などは、費用や工事期間がかかっても行う価値がある、 との判断も出来る。逆に対策を取ってもリスクに対して 大きな重要度を持っていなければ、対策内容を見直すこ ともあり得る。 リスク評価を実務に活用していくためには、適用する 対象となる安全確保活動あるいは規制活動、そして意思 決定に用いるリスク指標を考える必要がある。そこで、 リスク情報活用の参考になるように、主なリスク指標ご とに、代表的な適用活動を以下に例示しておく。ただし、 一つだけのリスク指標で活動における意思決定をするこ とは判断材料が不足する可能性があるので、その点に留 意されたい。 CDF、CFF:立地評価、安全設計の効果把握、設計基準事 象の選定、耐震設計の残余のリスク、プラントの安全 レベル把握、安全問題抽出、他 CDF{t}、CFF{t}:定検工程管理、長期のプラントマネジ メント、他 QHO:防災対策、規制案件の採否、他 ΔCDF、ΔCFF:改善策効果、施設管理、マニュアル改良、 図1 社内基準値 マンホール蓋などの撤去期間を調整することに停止時 PRA結果を用いる。CDFの変化に対する社内基準を設け、 対策の効果と比較しながら工程を策定する。 例えば、あるプラントの定期検査工程の時間ごとの CDFを図2に示す。時間CDF が一段と大きいのがミッド ループ期間である。全体CDF は基準工程のCDFとほぼ 同等の低い値であるが、ミッドループ期間の時間CDF が 検査(IST、ISI等)見直し、他 4.リスク活用方法の例 我が国では未だ本格的なリスク活用と呼べる事例は無 いが、停止時工程管理に停止時PRAの知見が用いられて いること、と未だ我が国では実例はないが米国で有益で あったとされているRI-ISI(リスク情報を活用した供用期 間中検査)の2つを紹介する。前者はいくつかの国内電 力会社の現場で実際に使われていたので、問題点は無い が、後者のRI-ISI は米国での活用を我が国に当てはめた 場合の課題についても触れる。 4.1 停止時管理へのリスク活用 定期検査工程は炉心から燃料を取り出し、種々の検査 や工事などを行い、再度燃料を装荷し終了する、という 一連のプロセスで行なわれる。PWRでは、蒸気発生器の検 査装置の準備などのために原子炉に燃料があるうちに、 水位を少し下げる運用がある。それをミッドループ運転 と呼び、通常、3日間ほど実施される。この間は原子炉容 器の上蓋を開けているので何らかの理由で水位が維持で きず下がった場合には炉心が露出する可能性がある。停 止時PRAの結果をみても、この期間のCDFは比較的大き い。そこでミッドループ運転期間に水位が下がった場合 の対策として重力注入(燃料取替え用水タンクの水を重 力を利用して炉心へ注水する)や蒸気発生器2次系冷却 (蒸気発生器細管内の蒸気を2次系に給水することによ り冷却凝結する)があるが、そのために弁や蒸気発生器 - 321 - 社内管理目標(平均CDF×5)を上回っている。そこで補 助給水系を解体する時期を遅らせ、さらに工程を若干調 整し重力注入・リフラックス冷却とも活用できる期間を 確保することにより、時間CDF を低減できた。しかし社 内基準の「時間CDF<平均時間CDF×5」は満足しなか ったので、監視を強化し運営することにした。 図2 実例 発電所にパソコンを置き、PRA結果を適宜、表示でき るようにしているので、ミッドループ期間以外の停止中 のリスクや運転中のリスクの把握にも応用できる。定期 検査工程を議論する際に、発電所では停止時PRAの結果 を机上に置いて行っている。これはPRA計算値を使うこ と以上に、リスク情報を判断に用いる/参照する、という リスク活用の本来の姿に通じるものとして、大いに好ま しいことと考える。 図3 停止時工程管理へのリスク情報の活用 4.2 ISI へのリスク活用 原子力発電所では、運転停止期間中に非破壊検査を実 施し、機器に要求される安全上の機能の確認を行ってい て、この検査を供用期間中検査(ISI)と呼んでいる。原 子炉冷却系配管の破損可能性評価や破損時プラント影響 評価にリスク情報を用いることにより、作業量や従事者 被ばくの視点も含めた合理的なISI計画を策定すること がRI-ISI(Risk-Informed In-service Inspection)である。米国の RI-ISI手法[2]には、ASME/WOG手法とEPRI手法がある。 前者は確率論的破壊力学モデルを用いた計算により当該 の配管破損のプラント安全性への影響をPRAで評価し、 リスク重要度で判断する。後者は、米国内の破損事例に 基づく配管破損モードの可能性を3区分に分け、PRA知 見から配管破損が起きた場合の条件付炉心損傷確率 (CCDP)で4つに区分し、この2つの区分によるリスクマ トリックスを用いて、機器のリスク重要度を判断するも のである。 これにより配管の重要度が得られ、ISI 対象が決定さ れISIプログラムの変更となるが、この変更のレビュー については、R.G.1.174[3]に基づく次の5つの要件を満た すことが求められる。 5.リスク情報を活用した意思決定のプロセ ス リスク情報を活用するためのプロセスは、リスクマネ ジメントとして種々提言されている。JIS31000-2010のリ スクマネジメント、JEAC-4111-2013の原子力安全のため のマネジメントシステム、IAEA のINSAG-25 の統合的意 思決定(Integrated Risk Informed Decision Making)、そして IRGC(International Risk Governance Council)のRISK - 322 - 表3 リスクマトリックス ? 安全確保活動の変更に関係する規制規則類を遵守する こと。 ? 深層防護を堅持すること。 ? 適切な安全余裕を確保すること。 ? リスクを十分に抑制すること。 ? 安全確保活動の変更によって影響を受ける系統、機器な どを監視すること。 たとえば、地元自治体、一般市民、規制当局などとの間 GOVERNANCE TOWARDS AN INTEGRATIVE APPROACH5)のリスクガバナンスフレームワークなどで のコミュニケーションだけでなく、組織内の部署間、部 ある。対象とするリスクの規模や組織などが異なるので 署内の個人間のそれも該当としている。 プロセス図は少々異なったものになっているが、いずれ にも共通するのは、問題を認識し、分析し、リスクの評 キーエレメント 価を行い、策を考え、実施し、監視する、という流れで ある。 原子力学会標準委員会では2013年にこれらのマネジメ 確率論的考慮事項 ントシステムを分析し、原子力発電所の安全性向上対策 経済的コスト 社会的要求 リスク活用により検討する考え方を記載した技術レポー ト[4]を作成している。JEAC-4111-2013でいう「大きな PDCA」、すなわち前提を超えたリスクへの対応、新たな マネジメント手法、新設計導入による危機回避・性能向 上を念頭においたマネジメントシステムを対象に、 INSAG-25やR.G.1.174の統合的リスク情報活用意思決定 プロセスで示されている、リスク情報以外の要素を考慮 することも追加した。さらに多くのマネジメントシステ ムで強調されているリスクコミュニケーションを特記し た。図4にプロセス図を示す。それぞれの項目の概要は 次のとおり。 「問題の設定」:取り組むべき対象、目標、解決の方向性 を明確にするとともに、問題のプロフィールの把握を 行う。最新の科学的知見や社会的要求、対策の実効性 評価の結果等が契機となる。 「選択肢候補の考案」:対策の実行可能性にかかわらず、 複数の幅広い対策を選択肢候補として考案する。 「統合的な分析」:各キーエレメントの観点からの分析、 キーエレメントの相対的な重み付け、を行い選択肢候 補から選択肢として提案するとともに、その分析結果 を意思決定者の判断材料としてまとめる。 「意思決定(選択肢の採否の決定)」:「統合的な分析」か ら得られた選択肢と分析結果に基づき、選択肢の採否 に係る意思決定を行う。 「意思決定結果の実施」:採用した対策を計画に従い確実 に実施するとともに、想定を超える事態に対し適切な 対応が出来るよう、体制、工程、マネジメント策定な どを行う。 「モニタリングと実効性の評価」:実施した対策の実効性 の評価や、意思決定時の前提に変化がないかのモニタ リングを行い、見直すべきとなった場合には、「問題 の設定」に戻り、再度プロセスを廻し検討する。 ここで、コミュニケーションは、当該組織外の組織、 問題の設定 キー エレメント 図4 統合的意思決定プロセス 6.まとめ PRAから得られるリスク情報を活用する方法と用いる 指標を紹介した。そして我が国と米国で行われている活 用例の概要も述べた。PRAは本来、規制活動や安全確保 活動などの改善に活用することが目的である。PRAがあ るから活用する、規制から求められるから活用する、安 全を説明するためだけに計算する、これらは本来のリス ク活用の姿ではないと考える。 意思決定にはリスク情報だけで検討するのではなく、 コスト、期間、研究必要性、社会的要求、最新知見など、 関係する要素を多面的に考察、分析し、適宜、重み付け を行うなどにより判断が客観的体系的合理的に行えるよ うな、仕組みを構築することが必要である。 参考文献 [1] 日本原子力学会、原子力発電所の出力運転状態を対 象とした確率論的リスク評価に関する実施基準: 2013(レベル1PRA編)(AESJ-SC-P008:2013)、2013. [2] USNRC、 ”Regulatory Guide (R.G.) 1.178 An Approach for Plant Specific Risk-Informed Decisionmaking for Inservice Inspection of Piping、” April 2003. [3] Regulatory Guide 1.174、 _An Approach for Using Probabilistic Risk Assessment in Risk-Informed Decisions on Plant-Specific Changes to the Licensing Basis” Rev.1、 USNRC、 Nov. 2002. [4] 日本原子力学会、AESJ-SC-TR012:2015「継続的な 安全性向上対策採用の考え方について」、2015年度 制定、発行準備中 - 323 - モニタリングと 実効性の評価 意思決定結果の実施 意思決定 (選択肢の採否の決定) 統合的な分析 a) 各キーエレメントの観点からの分析 b) キーエレメントの相対的な重み付け c) 選択肢の提案と分析結果のまとめ 被ばく線量 d) 専門家パネルの活用 選択肢候補の考案 標準と良好な実践 運転経験のフィードバック 最新の科学的知見 吊吶吼?合ー決定論的考慮事項 キー エレメント 后吾呉 環境影響 経済的・社会的影響 組織面の考慮事項 セキュリティ面の考慮事項 原子力安全、社会と共に考える -リスク評価の活用方法とその例 宮野 廣,Hiroshi MIYANO,村松 健,Ken MURAMATSU,野口 和彦,Kazuhiko NOGUCHI,成宮 祥介,Yoshiyuki NARUMIYA,高田 孝,Takashi TAKATA,牟田 仁,Hitoshi MUTA,糸井 達哉,Tatsuya ITOI,松本 昌昭,Masaaki MATSUMOTO,松永 陽子,Yoko MATSUNAGA
これまで、PRAの特性と、その有用性を過酷事故防止/ 緩和策の検討を対象に考えてきた。ここでは、原子力発電所の安全性の維持向上につながる種々の安全確保活動 あるいはそれに関する規制行為について、リスク情報の活用にかかる方法、用いるリスク指標を考察する。特に米国では規制も事業者もリスク情報活用の有効性を認識し、保全管理、規制基準策定、トラブル反映など多くの実務においてリスク情報を参照した意思決定(RIDM、Risk Informed Decision Making)を行っている。我が国においても、今までリスク活用の実施が試みられてきたが実現には至っていない。そこで本稿では、リスク活用の異議、活用先の分類を示し、実務と用いる指標、マネジメ ントの方法などを例として紹介する。
2.リスク活用の意義 原子力発電所の安全性を維持・向上させることを目的 として、様々な安全確保活動と規制行為が行なわれてい る。立地選定、基本設計、詳細設計、製造、建設、運転、 点検・検査、更に廃炉に至るまで、全ての活動は、原子 力安全の目的を達成するために行われている、といえる。 ここで、個々の機器や系統の信頼性を確保することは、 発電所としての性能(電力を生み出す)としては必要な ことであり、それが設計で想定されている条件下で危険 な事態に発展することなく、運用されるように設計評価 や安全評価を行うことは、当然であるが、それを超える 条件でも原子力安全の目的をたがえることなくするため には、原子力プラントのシステム全体の挙動(発生防止 系だけでなく影響緩和系も)を表現できるPRAから得る 原子炉リスクを指標とすることが効果的である。PRAか らのリスク情報を活用してリスク評価を行うことは、 単に原子炉や格納容器が損傷する頻度を把握できるこ とではなく、リスクにつながる構造物・システム・機 連絡先成宮祥介、〒530-8270 大阪市北区中之島 3-6-16、関西電力、 E-mail: narumiya.yoshiyuki@d5.kepco.co.jp - 319 - 表2 リスク活用の分類 項目 内容 指標例 1 絶対値を用 いること。 施設全体の総括リスク を把握し、判断基準と の比較を行うことで、 行った/行う対策が総 体としての安全性にど う効果を与えているか を確認する。 CDF、CFF 他 2 内訳を用い ること。 リスクの内訳を見て、 重要性の大きな機器に 対応策を施す。 起因事象別CDF 機 器 重 要 度 (RAW、FV な ど)ランキング 他 3 変化を用い ること。(リ スク低減方 向) リスクを抑制あるいは 低減するための行為 (例:機器の改良、系 統構成の多重化、運用 方法の見直しなど)の リスク低減効果をみ る。 ΔCDF、ΔCFF 機 器 重 要 度 (RAW、 FVな ど)ランキング 他 4 変化を用い ること。(リ スク増加方 向) リスクを限られた期 間、許容される範囲内 での上昇を認める一 方、総体としてのリス クは低減する方向に工 夫を行うこと。(例: OLM、AOT 延長など) ΔCDF、ΔCFF 5 リスク重要 度に応じた 対応 器(Structure、 System and Component、 SSC)の性能 管理を、系統としての連携の視点及び時間経過の時間 軸の視点から定量的に行なえることから、安全確保の ための活動のそれぞれの役割を系統的に表現するモデ ルが獲得できるので、それぞれの活動と炉心損傷頻度 (Core Damage Frequency、 CDF)や格納容器機能喪失 頻度(Containment Failure Frequency、 CFF)、公衆の健 康影響などで表した指標との間に定量的な関係づけが でき、それによって重要度に応じた対応ができること につながる。リスク活用の利点は次のようなものが挙 げられる。 表1 リスク活用から得られる利点 1. リスク評価により、単体の設備や系統の信頼性でなく、 原子力プラントのシステム全体の挙動(発生防止系だけ でなく影響緩和系も)を表現できるので、活動がプラン ト全体にどう影響を及ぼすかを定量的に把握できる。 2. 複数の対応策のスクリーニング、あるいは対応をすべき 事象や設備などを選択する場合に、リスク評価によれば 定量的なランキングを得ることが出来る。 3. リスク評価により、事象の発生頻度と影響に応じた対応 策の検討が可能となる。 4. リスク評価の結果は不確実さも伴って示されることか ら、判断の不確かさを把握でき、判断後の追加処置(モ ニタリングの方法など)を決めることが出来る。 5. 地震や津波などの外的事象は、そのハザードの不確実さ から、決定論的アプローチでは不十分な点が残る。「残 規制あるいは管理にお 余のリスク」と言われるところである。外的事象に対す いて、リスク重要度に る対応策の評価を行うことが出来る。 応じた手当てを施す。 6. リスクは、関係者間の共通的な指標になる。 3.リスク活用方法の分類 リスク活用には、その目的と使用する指標により分類 される。我が国では、今までリスク評価はプラントが安 全であることの説明に使われることがあったが、それは リスク活用ではない。もちろん、結果的に対策がないこ ともある可能性はあるが、リスク活用の狙いは、脆弱な 点を明確にし安全性向上につなげることであることを常 に意識して取り組むことが重要である。 表2にリスク活用のパターンを6つ示す。なお、これ らは、単独に用いる活用でなく、実務への適用では組み 合わせることが必要である。たとえば、シビアアクシデ ント対策を施したことにより1と3を同時に行うべきで ある。CDF 値が性能目標を下回ったことでよい、とせず、 そのリスク低減効果が設備あるいはシナリオによって、 どの程度違うかを3でみることが重要である。 機 器 重 要 度 (RAW、 FVな ど)ランキング 注)表2の用語の意味は以下のとおり ΔCDF:CDFの変化分 ΔCFF:CFFの変化分 RAW: Risk Achievement Worth リスク増加価値は、 ある事象が必ず発生するとした時に、リスクがどれ だけ増加するかを示す指標である。[1] FV:Fussell-Vesely 重要度は、炉心損傷の発生を仮定 したときに、当該事象の発生が寄与している割合を 表す指標である。[1] それにより、費用対効果を把握できる。ただしPRAの 結果には不確かさが含まれるので、性能目標値との関係 を見て、「妥当」と判断することの確からしさを把握する ことが出来る、と考えられる。なお、不確かさが大きい 場合には、判断の信頼性が低下する可能性があるので、 - 320 - 十分な監視と異常時の対処策を準備しておくなどの工夫 が重要となる。 2はPRAの結果であるCDF やCFFの内訳の情報を用 いて、プラント全体のリスクプロフィールを把握するこ とである。これにより、ある特定の起因事象、設備、又 は操作などが突出して大きい割合を占めているような場 合には、それらの頻度の見直しを考えてみる契機になる。 この内訳において支配的な項目から、パラメータの見直 しあるいはモデル化の改善を行い、PRAの品質を向上さ せることになる。さらに、事故シーケンスごとの内訳も 見ることが出来るので、数値結果だけでなくプラントの 設計・管理を改善することに役立つ一連のシナリオを把 握できる。 3と4では、機器信頼性の変更、すなわち機器取替え、 改良、検査頻度変更などによる変化分ΔCDF/ΔCFF を 用いるものである。3は、リスク低減策の効果を定量的 に把握するものであり、策の前であれば効果の推定、後 であれば効果の把握となる。これに対して4では、ある 設備/操作などのリスクがある限定した期間で増加する ことを許容しても、それが許容範囲内であると同時に、 全体(時間軸でも、システムとしても)の視点からもリ スクは低減できることに用いるものである。 最後に5は、2と近いが、機器ごとの重要度解析結果 から、例えばリスク低減に大きく効果がある設備や操作 などは、費用や工事期間がかかっても行う価値がある、 との判断も出来る。逆に対策を取ってもリスクに対して 大きな重要度を持っていなければ、対策内容を見直すこ ともあり得る。 リスク評価を実務に活用していくためには、適用する 対象となる安全確保活動あるいは規制活動、そして意思 決定に用いるリスク指標を考える必要がある。そこで、 リスク情報活用の参考になるように、主なリスク指標ご とに、代表的な適用活動を以下に例示しておく。ただし、 一つだけのリスク指標で活動における意思決定をするこ とは判断材料が不足する可能性があるので、その点に留 意されたい。 CDF、CFF:立地評価、安全設計の効果把握、設計基準事 象の選定、耐震設計の残余のリスク、プラントの安全 レベル把握、安全問題抽出、他 CDF{t}、CFF{t}:定検工程管理、長期のプラントマネジ メント、他 QHO:防災対策、規制案件の採否、他 ΔCDF、ΔCFF:改善策効果、施設管理、マニュアル改良、 図1 社内基準値 マンホール蓋などの撤去期間を調整することに停止時 PRA結果を用いる。CDFの変化に対する社内基準を設け、 対策の効果と比較しながら工程を策定する。 例えば、あるプラントの定期検査工程の時間ごとの CDFを図2に示す。時間CDF が一段と大きいのがミッド ループ期間である。全体CDF は基準工程のCDFとほぼ 同等の低い値であるが、ミッドループ期間の時間CDF が 検査(IST、ISI等)見直し、他 4.リスク活用方法の例 我が国では未だ本格的なリスク活用と呼べる事例は無 いが、停止時工程管理に停止時PRAの知見が用いられて いること、と未だ我が国では実例はないが米国で有益で あったとされているRI-ISI(リスク情報を活用した供用期 間中検査)の2つを紹介する。前者はいくつかの国内電 力会社の現場で実際に使われていたので、問題点は無い が、後者のRI-ISI は米国での活用を我が国に当てはめた 場合の課題についても触れる。 4.1 停止時管理へのリスク活用 定期検査工程は炉心から燃料を取り出し、種々の検査 や工事などを行い、再度燃料を装荷し終了する、という 一連のプロセスで行なわれる。PWRでは、蒸気発生器の検 査装置の準備などのために原子炉に燃料があるうちに、 水位を少し下げる運用がある。それをミッドループ運転 と呼び、通常、3日間ほど実施される。この間は原子炉容 器の上蓋を開けているので何らかの理由で水位が維持で きず下がった場合には炉心が露出する可能性がある。停 止時PRAの結果をみても、この期間のCDFは比較的大き い。そこでミッドループ運転期間に水位が下がった場合 の対策として重力注入(燃料取替え用水タンクの水を重 力を利用して炉心へ注水する)や蒸気発生器2次系冷却 (蒸気発生器細管内の蒸気を2次系に給水することによ り冷却凝結する)があるが、そのために弁や蒸気発生器 - 321 - 社内管理目標(平均CDF×5)を上回っている。そこで補 助給水系を解体する時期を遅らせ、さらに工程を若干調 整し重力注入・リフラックス冷却とも活用できる期間を 確保することにより、時間CDF を低減できた。しかし社 内基準の「時間CDF<平均時間CDF×5」は満足しなか ったので、監視を強化し運営することにした。 図2 実例 発電所にパソコンを置き、PRA結果を適宜、表示でき るようにしているので、ミッドループ期間以外の停止中 のリスクや運転中のリスクの把握にも応用できる。定期 検査工程を議論する際に、発電所では停止時PRAの結果 を机上に置いて行っている。これはPRA計算値を使うこ と以上に、リスク情報を判断に用いる/参照する、という リスク活用の本来の姿に通じるものとして、大いに好ま しいことと考える。 図3 停止時工程管理へのリスク情報の活用 4.2 ISI へのリスク活用 原子力発電所では、運転停止期間中に非破壊検査を実 施し、機器に要求される安全上の機能の確認を行ってい て、この検査を供用期間中検査(ISI)と呼んでいる。原 子炉冷却系配管の破損可能性評価や破損時プラント影響 評価にリスク情報を用いることにより、作業量や従事者 被ばくの視点も含めた合理的なISI計画を策定すること がRI-ISI(Risk-Informed In-service Inspection)である。米国の RI-ISI手法[2]には、ASME/WOG手法とEPRI手法がある。 前者は確率論的破壊力学モデルを用いた計算により当該 の配管破損のプラント安全性への影響をPRAで評価し、 リスク重要度で判断する。後者は、米国内の破損事例に 基づく配管破損モードの可能性を3区分に分け、PRA知 見から配管破損が起きた場合の条件付炉心損傷確率 (CCDP)で4つに区分し、この2つの区分によるリスクマ トリックスを用いて、機器のリスク重要度を判断するも のである。 これにより配管の重要度が得られ、ISI 対象が決定さ れISIプログラムの変更となるが、この変更のレビュー については、R.G.1.174[3]に基づく次の5つの要件を満た すことが求められる。 5.リスク情報を活用した意思決定のプロセ ス リスク情報を活用するためのプロセスは、リスクマネ ジメントとして種々提言されている。JIS31000-2010のリ スクマネジメント、JEAC-4111-2013の原子力安全のため のマネジメントシステム、IAEA のINSAG-25 の統合的意 思決定(Integrated Risk Informed Decision Making)、そして IRGC(International Risk Governance Council)のRISK - 322 - 表3 リスクマトリックス ? 安全確保活動の変更に関係する規制規則類を遵守する こと。 ? 深層防護を堅持すること。 ? 適切な安全余裕を確保すること。 ? リスクを十分に抑制すること。 ? 安全確保活動の変更によって影響を受ける系統、機器な どを監視すること。 たとえば、地元自治体、一般市民、規制当局などとの間 GOVERNANCE TOWARDS AN INTEGRATIVE APPROACH5)のリスクガバナンスフレームワークなどで のコミュニケーションだけでなく、組織内の部署間、部 ある。対象とするリスクの規模や組織などが異なるので 署内の個人間のそれも該当としている。 プロセス図は少々異なったものになっているが、いずれ にも共通するのは、問題を認識し、分析し、リスクの評 キーエレメント 価を行い、策を考え、実施し、監視する、という流れで ある。 原子力学会標準委員会では2013年にこれらのマネジメ 確率論的考慮事項 ントシステムを分析し、原子力発電所の安全性向上対策 経済的コスト 社会的要求 リスク活用により検討する考え方を記載した技術レポー ト[4]を作成している。JEAC-4111-2013でいう「大きな PDCA」、すなわち前提を超えたリスクへの対応、新たな マネジメント手法、新設計導入による危機回避・性能向 上を念頭においたマネジメントシステムを対象に、 INSAG-25やR.G.1.174の統合的リスク情報活用意思決定 プロセスで示されている、リスク情報以外の要素を考慮 することも追加した。さらに多くのマネジメントシステ ムで強調されているリスクコミュニケーションを特記し た。図4にプロセス図を示す。それぞれの項目の概要は 次のとおり。 「問題の設定」:取り組むべき対象、目標、解決の方向性 を明確にするとともに、問題のプロフィールの把握を 行う。最新の科学的知見や社会的要求、対策の実効性 評価の結果等が契機となる。 「選択肢候補の考案」:対策の実行可能性にかかわらず、 複数の幅広い対策を選択肢候補として考案する。 「統合的な分析」:各キーエレメントの観点からの分析、 キーエレメントの相対的な重み付け、を行い選択肢候 補から選択肢として提案するとともに、その分析結果 を意思決定者の判断材料としてまとめる。 「意思決定(選択肢の採否の決定)」:「統合的な分析」か ら得られた選択肢と分析結果に基づき、選択肢の採否 に係る意思決定を行う。 「意思決定結果の実施」:採用した対策を計画に従い確実 に実施するとともに、想定を超える事態に対し適切な 対応が出来るよう、体制、工程、マネジメント策定な どを行う。 「モニタリングと実効性の評価」:実施した対策の実効性 の評価や、意思決定時の前提に変化がないかのモニタ リングを行い、見直すべきとなった場合には、「問題 の設定」に戻り、再度プロセスを廻し検討する。 ここで、コミュニケーションは、当該組織外の組織、 問題の設定 キー エレメント 図4 統合的意思決定プロセス 6.まとめ PRAから得られるリスク情報を活用する方法と用いる 指標を紹介した。そして我が国と米国で行われている活 用例の概要も述べた。PRAは本来、規制活動や安全確保 活動などの改善に活用することが目的である。PRAがあ るから活用する、規制から求められるから活用する、安 全を説明するためだけに計算する、これらは本来のリス ク活用の姿ではないと考える。 意思決定にはリスク情報だけで検討するのではなく、 コスト、期間、研究必要性、社会的要求、最新知見など、 関係する要素を多面的に考察、分析し、適宜、重み付け を行うなどにより判断が客観的体系的合理的に行えるよ うな、仕組みを構築することが必要である。 参考文献 [1] 日本原子力学会、原子力発電所の出力運転状態を対 象とした確率論的リスク評価に関する実施基準: 2013(レベル1PRA編)(AESJ-SC-P008:2013)、2013. [2] USNRC、 ”Regulatory Guide (R.G.) 1.178 An Approach for Plant Specific Risk-Informed Decisionmaking for Inservice Inspection of Piping、” April 2003. [3] Regulatory Guide 1.174、 _An Approach for Using Probabilistic Risk Assessment in Risk-Informed Decisions on Plant-Specific Changes to the Licensing Basis” Rev.1、 USNRC、 Nov. 2002. [4] 日本原子力学会、AESJ-SC-TR012:2015「継続的な 安全性向上対策採用の考え方について」、2015年度 制定、発行準備中 - 323 - モニタリングと 実効性の評価 意思決定結果の実施 意思決定 (選択肢の採否の決定) 統合的な分析 a) 各キーエレメントの観点からの分析 b) キーエレメントの相対的な重み付け c) 選択肢の提案と分析結果のまとめ 被ばく線量 d) 専門家パネルの活用 選択肢候補の考案 標準と良好な実践 運転経験のフィードバック 最新の科学的知見 吊吶吼?合ー決定論的考慮事項 キー エレメント 后吾呉 環境影響 経済的・社会的影響 組織面の考慮事項 セキュリティ面の考慮事項 原子力安全、社会と共に考える -リスク評価の活用方法とその例 宮野 廣,Hiroshi MIYANO,村松 健,Ken MURAMATSU,野口 和彦,Kazuhiko NOGUCHI,成宮 祥介,Yoshiyuki NARUMIYA,高田 孝,Takashi TAKATA,牟田 仁,Hitoshi MUTA,糸井 達哉,Tatsuya ITOI,松本 昌昭,Masaaki MATSUMOTO,松永 陽子,Yoko MATSUNAGA