放射性ヨウ素吸着剤 AgX と AgR の吸着性能と応用について
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カテゴリ: 第14回
1.フィルターベントとヨウ素用の吸着剤
福島での原発事故以来、原子力発電の安全対策の見直 しが全世界で行われています。それらの安全対策の中で、 フィルターベント設備は、発電所周辺へ放射性物質の拡 散を防ぐ最終設備として、放射性物質の除去性能が良い 設備が切に望まれています。 ベントガス中に入ってくる放射性ヨウ素の内、無機ヨウ素はスクラバー方式もしくはメタルファイバー方式の 除去設備で99.9%以上の除去が可能ですが、ヨウ化メチルを代表とする有機ヨウ素成分は、揮発性が強いので、 それらの手段では除去が困難です。有機ヨウ素の比率はヨウ素の内、最大で数パーセントと見積もられていますが、スクラバー方式もしくはメタルファイバー方式の無機ヨウ素の除去率が優秀でも、ベント設備全体では、この有機成分のヨウ素を除去しないと、設備としての除去率はこの有機ヨウ素の割合で決まってしまいます. ヨウ化メチルは、無機ヨウ素と違って、呼吸によって肺から直ぐに吸収され、一息で、肺に入ったヨウ化メチルの約75%が吸収され、ただちに肺から血液に移行し、その数分後には甲状腺に達すると報告されています。[1],[2] 現在、世界の多くの原子力発電所では、有機ヨウ 素除去対策を含めたフィルターベント設備の設置が検討 されています。
1.1 放射性ヨウ素吸着剤 AgX とAgR 弊社では、過酷なベントガス条件下でも良い吸着性能 を示すラサAgXを開発し、ベント用の吸着剤として採用されました。さらに、PWRの格納容器内の様に、空気と共にやや濃い水素が共存する条件下でも使用できる新規の吸着剤AgRを開発しました。今回は、このAgR の吸着性能を発表すると共に、AgX とAgRの長期保管性および耐水性に関して報告致します。また、AgX は低温でも良い吸着性能を示す事から、外気温度での使用を想定し、マイナス温度域での吸着性能を測定し、マイナス 40°Cでも吸着する事を報告します。この性能はAgXが吸湿した状態でも維持される事から、非常に単純な設備で、外気からヨウ素を取り除く空気浄化システムが構築でき、さらに、メタルファイバーフィルターと組み合わせる事で、 耐熱性の強い空気浄化設備が可能です。 最後に、AgX は水素リコンバイナーと同じように、水素と酸素を触媒的に反応させて、水素を除去する性質があります。今回、その基本的な性質についても発表いたします。
1.2 AgR のヨウ化メチル吸着率 吸着率の測定は、ガス状のヨウ化メチルを使用し、温 度条件等のガス雰囲気を変えて測定しました。非放射性 のヨウ素を使用した試験は社内の評価設備で実施し、放 連絡先: 小林 稔季、〒989-6313 住所、宮城県大崎市 射性のヨウ素(I-131)を使用した試験は、外部の評価機 三本木音無字山崎26-2 所属先、ラサ工業(株) 関を利用しました。 三本木工場 E-mail: toshiki.kobayashi@rasa.co.jp 表1にその結果を示します。参考にAgX の結果も示し ます。吸着剤への吸着率は、主に温度、水蒸気の含有量
(沸点以下では湿度、沸点以上では露点からの温度差 (Dew Point Distance。DPDと略す)が指標)、吸着剤とガ スとの接触時間が主な影響因子となります。ガス流量が 非常に多いベントガスを想定し、吸着剤とガスの接触時 間は0.2秒前後を基準に設定しました。 表1 ドイツのTUVにて放射性ヨウ素131のヨウ化メチルを使用 して吸着率を測定した結果 (圧は大気圧。ガス成分は水蒸気 95%、空気5%のスパーヒートガス) 接触時間 (sec.) 試料 DPD 0 K (99°C) DPD 2 K (101°C) DPD 5 K (104°C) DPD 10 K (109°C) 0.16AgX 99.860 99.922 99.913 99.964 AgR 97.680 99.210 99.450 99.830 0.24AgX 99.988 99.995 99.974 99.990 AgR 99.540 99.890 99.934 99.979 0.32AgX 99.997 99.999 99.989 99.999 AgR 99.924 99.985 99.994 99.998 この様にAgRはAgX と同様に、良い吸着率とな り、特にDPDの非常に低い領域でも吸着率の下が りが少ない性質があります。これまで知られた吸着 剤はDPD が低い領域では吸着率が著しく低下する 為、ベント配管にオリフィスを付けて、ガスの断熱 膨張作用を利用してDPDを大きくする手段が取ら れましたが、AgX およびAgRは、その方法を取る 必要がなく、接触時間のみ配慮する設計が可能です。 1.3 AgXとAgRの長期安定性と耐湿性 AgXとAgRは、共にゼオライト骨格中のアルカリイオ ンを銀イオンに置換した構造をもち、銀イオンは安定的 にゼオライト中に存在します。表2 に水の張った密閉容 器中にこれらの吸着剤を水と直接触れない状態で長期間 保管(空調の無い倉庫内で保管)し、その後乾燥させた 吸着剤のヨウ化メチル吸着率を示します。このように、 湿度100%の条件で長期間保管されても劣化は見られま せんでした。さらに、それぞれの吸着剤を約1.5倍量の純 水に漬けて一晩放置し、その後、乾燥させた吸着剤のヨ ウ化メチル吸着率を表3示します。また、吸着剤を漬け た水中の銀濃度を測定し、銀の溶出量から、吸着剤中の 銀の残量率も測定しました。その結果、銀の残存率は、 共に99.5%以上となり、ヨウ化メチルの吸着率の劣化も ありませんでした。 表2 AgXおよびAgRを湿潤下で長期保管 ヨウ化メチル吸着率 (% ) 試料 保管期間 DPD 5K DPD 15K (105°C) (115°C) 開始時 >99.95 >99.95 AgX 1年間 >99.95 >99.95 2年間 >99.95 >99.95 開始時 99.94 >99.95 AgR 1年間 99.85 >99.90 1.5年間 >99.90 >99.90 *測定条件:接触時間は0.20秒、ガスは100%水蒸気 表3 AgXとAgRを水に漬けた時の影響 試料 水に漬けた後の吸着剤の特性 DPD 5K ヨウ化メチル (105°C) >99.9 AgX 吸着率 (% ) DPD 15K (115°C) >99.9 銀の残存率 (%) 1900/04/08 21:50:24DPD 5K ヨウ化メチル (105°C) 99.8 吸着率 (% ) DPD 15K (115°C) >99.9 銀の残存率 (%) 99.68*測定条件:接触時間は0.20秒、ガスは100%水蒸気 1.4 AgXの低温度域でのヨウ化メチル吸着率 AgX は30°C付近でも99%以上の吸着率があります。そ こで、マイナス温度での吸着率を測定しました。結果を 表4に示します。(吸湿させたAgXを使用) 表4 マイナス5°Cにおけるヨウ化メチルの吸着率(%) 接触時間 [sec] 20分 40分 60分 0.26 97.87 97.61 97.24 0.41 99.76 99.53 99.32 0.50 >99.95 99.98 99.95 参考文献 [1] D. J. Morgan and A. Morgan , “Studies on the Retention and Metabolism of Inhaled Methyl Iodine - I”, Health Physics、1967、Vol.13、pp1055-1065. [2] D. J. Morgan and A. Morgan ,“Studies on the Retention and Metabolism of Inhaled Methyl Iodine ? II , Health Physics、1967、Vol.13, pp1067-1074. - 449 - AgR“ “放射性ヨウ素吸着剤 AgX と AgR の吸着性能と応用について“ “小林 稔季,Toshiki KOBAYASHI,王 吉豊,Jifeng WANG,遠藤 好司,Koji ENDO
福島での原発事故以来、原子力発電の安全対策の見直 しが全世界で行われています。それらの安全対策の中で、 フィルターベント設備は、発電所周辺へ放射性物質の拡 散を防ぐ最終設備として、放射性物質の除去性能が良い 設備が切に望まれています。 ベントガス中に入ってくる放射性ヨウ素の内、無機ヨウ素はスクラバー方式もしくはメタルファイバー方式の 除去設備で99.9%以上の除去が可能ですが、ヨウ化メチルを代表とする有機ヨウ素成分は、揮発性が強いので、 それらの手段では除去が困難です。有機ヨウ素の比率はヨウ素の内、最大で数パーセントと見積もられていますが、スクラバー方式もしくはメタルファイバー方式の無機ヨウ素の除去率が優秀でも、ベント設備全体では、この有機成分のヨウ素を除去しないと、設備としての除去率はこの有機ヨウ素の割合で決まってしまいます. ヨウ化メチルは、無機ヨウ素と違って、呼吸によって肺から直ぐに吸収され、一息で、肺に入ったヨウ化メチルの約75%が吸収され、ただちに肺から血液に移行し、その数分後には甲状腺に達すると報告されています。[1],[2] 現在、世界の多くの原子力発電所では、有機ヨウ 素除去対策を含めたフィルターベント設備の設置が検討 されています。
1.1 放射性ヨウ素吸着剤 AgX とAgR 弊社では、過酷なベントガス条件下でも良い吸着性能 を示すラサAgXを開発し、ベント用の吸着剤として採用されました。さらに、PWRの格納容器内の様に、空気と共にやや濃い水素が共存する条件下でも使用できる新規の吸着剤AgRを開発しました。今回は、このAgR の吸着性能を発表すると共に、AgX とAgRの長期保管性および耐水性に関して報告致します。また、AgX は低温でも良い吸着性能を示す事から、外気温度での使用を想定し、マイナス温度域での吸着性能を測定し、マイナス 40°Cでも吸着する事を報告します。この性能はAgXが吸湿した状態でも維持される事から、非常に単純な設備で、外気からヨウ素を取り除く空気浄化システムが構築でき、さらに、メタルファイバーフィルターと組み合わせる事で、 耐熱性の強い空気浄化設備が可能です。 最後に、AgX は水素リコンバイナーと同じように、水素と酸素を触媒的に反応させて、水素を除去する性質があります。今回、その基本的な性質についても発表いたします。
1.2 AgR のヨウ化メチル吸着率 吸着率の測定は、ガス状のヨウ化メチルを使用し、温 度条件等のガス雰囲気を変えて測定しました。非放射性 のヨウ素を使用した試験は社内の評価設備で実施し、放 連絡先: 小林 稔季、〒989-6313 住所、宮城県大崎市 射性のヨウ素(I-131)を使用した試験は、外部の評価機 三本木音無字山崎26-2 所属先、ラサ工業(株) 関を利用しました。 三本木工場 E-mail: toshiki.kobayashi@rasa.co.jp 表1にその結果を示します。参考にAgX の結果も示し ます。吸着剤への吸着率は、主に温度、水蒸気の含有量
(沸点以下では湿度、沸点以上では露点からの温度差 (Dew Point Distance。DPDと略す)が指標)、吸着剤とガ スとの接触時間が主な影響因子となります。ガス流量が 非常に多いベントガスを想定し、吸着剤とガスの接触時 間は0.2秒前後を基準に設定しました。 表1 ドイツのTUVにて放射性ヨウ素131のヨウ化メチルを使用 して吸着率を測定した結果 (圧は大気圧。ガス成分は水蒸気 95%、空気5%のスパーヒートガス) 接触時間 (sec.) 試料 DPD 0 K (99°C) DPD 2 K (101°C) DPD 5 K (104°C) DPD 10 K (109°C) 0.16AgX 99.860 99.922 99.913 99.964 AgR 97.680 99.210 99.450 99.830 0.24AgX 99.988 99.995 99.974 99.990 AgR 99.540 99.890 99.934 99.979 0.32AgX 99.997 99.999 99.989 99.999 AgR 99.924 99.985 99.994 99.998 この様にAgRはAgX と同様に、良い吸着率とな り、特にDPDの非常に低い領域でも吸着率の下が りが少ない性質があります。これまで知られた吸着 剤はDPD が低い領域では吸着率が著しく低下する 為、ベント配管にオリフィスを付けて、ガスの断熱 膨張作用を利用してDPDを大きくする手段が取ら れましたが、AgX およびAgRは、その方法を取る 必要がなく、接触時間のみ配慮する設計が可能です。 1.3 AgXとAgRの長期安定性と耐湿性 AgXとAgRは、共にゼオライト骨格中のアルカリイオ ンを銀イオンに置換した構造をもち、銀イオンは安定的 にゼオライト中に存在します。表2 に水の張った密閉容 器中にこれらの吸着剤を水と直接触れない状態で長期間 保管(空調の無い倉庫内で保管)し、その後乾燥させた 吸着剤のヨウ化メチル吸着率を示します。このように、 湿度100%の条件で長期間保管されても劣化は見られま せんでした。さらに、それぞれの吸着剤を約1.5倍量の純 水に漬けて一晩放置し、その後、乾燥させた吸着剤のヨ ウ化メチル吸着率を表3示します。また、吸着剤を漬け た水中の銀濃度を測定し、銀の溶出量から、吸着剤中の 銀の残量率も測定しました。その結果、銀の残存率は、 共に99.5%以上となり、ヨウ化メチルの吸着率の劣化も ありませんでした。 表2 AgXおよびAgRを湿潤下で長期保管 ヨウ化メチル吸着率 (% ) 試料 保管期間 DPD 5K DPD 15K (105°C) (115°C) 開始時 >99.95 >99.95 AgX 1年間 >99.95 >99.95 2年間 >99.95 >99.95 開始時 99.94 >99.95 AgR 1年間 99.85 >99.90 1.5年間 >99.90 >99.90 *測定条件:接触時間は0.20秒、ガスは100%水蒸気 表3 AgXとAgRを水に漬けた時の影響 試料 水に漬けた後の吸着剤の特性 DPD 5K ヨウ化メチル (105°C) >99.9 AgX 吸着率 (% ) DPD 15K (115°C) >99.9 銀の残存率 (%) 1900/04/08 21:50:24DPD 5K ヨウ化メチル (105°C) 99.8 吸着率 (% ) DPD 15K (115°C) >99.9 銀の残存率 (%) 99.68*測定条件:接触時間は0.20秒、ガスは100%水蒸気 1.4 AgXの低温度域でのヨウ化メチル吸着率 AgX は30°C付近でも99%以上の吸着率があります。そ こで、マイナス温度での吸着率を測定しました。結果を 表4に示します。(吸湿させたAgXを使用) 表4 マイナス5°Cにおけるヨウ化メチルの吸着率(%) 接触時間 [sec] 20分 40分 60分 0.26 97.87 97.61 97.24 0.41 99.76 99.53 99.32 0.50 >99.95 99.98 99.95 参考文献 [1] D. J. Morgan and A. Morgan , “Studies on the Retention and Metabolism of Inhaled Methyl Iodine - I”, Health Physics、1967、Vol.13、pp1055-1065. [2] D. J. Morgan and A. Morgan ,“Studies on the Retention and Metabolism of Inhaled Methyl Iodine ? II , Health Physics、1967、Vol.13, pp1067-1074. - 449 - AgR“ “放射性ヨウ素吸着剤 AgX と AgR の吸着性能と応用について“ “小林 稔季,Toshiki KOBAYASHI,王 吉豊,Jifeng WANG,遠藤 好司,Koji ENDO