発電プラント内の無線ネットワーク構築に向けた RC 壁透過波の利用可能性に関する検討

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カテゴリ: 第14回
1.まえがき
スマートシティや道路交通情報システム、スマートフォンやタブレット端末のモバイル通信環境など、現在の社会インフラではさまざまな無線システムが利用されている。工業設備などでも無線通信システムを導入することで、敷設コストの低減、設置自由度の向上、設備拡充が容易などのメリットがある。このように無線システムの必要性は増大しており、その設計技術が重要となる。 近年では、発電プラント内でも、監視、保守、制御に至 るまで無線ネットワークの利用が進められようとしている。導入障壁は、セキュリティ面や、通信の安定性等が 挙げられるが、その他にも、発電プラント建屋内では、 耐震、耐圧のために高い強度が必要であり、特に低層階では、1mオーダーの厚みで、高密度で太い鉄筋が入った鉄筋コンクリート(RC)壁が用いられる。このような壁面では、電磁波に対する透過損失が大きく、無線通信に 対し大きな障壁となる。一般にコンクリート材質は、無線通信に広く用いられるマイクロ波帯の周波数では、比誘電率5~7、導電率0.002~0.1[S/m]程度の損失性の電気 的特性[1][2]を持ち、RC壁による透過減衰は、免許不要で広く用いられる2400MHz帯では、1mあたり100dB程度 にもなると推定される。このような通信規格における送信電力は、日本では10~20dBm程度であるが、最低受信感度は-80~-90dBm程度となるため、RC壁の減衰だけで 100dB になると、ほぼ通信不能となる。また、金属扉は 電磁波に対して完全遮蔽体となるため、このような鉄筋 コンクリートと金属扉で仕切られたエリア間では無線通信ネットワークを構築することは困難である。
2.壁面透過波の利用可能性評価
2.1 壁面透過波の利用 このように、無線が遮蔽されたエリア間で通信が必要 な場合、RC壁に貫通口を通し、有線の通信ネットワーク を敷設することが一般的である。しかし、特に既設の発 電プラントでは、新たに貫通口を構築することは大掛かりな工事となってしまい、現実的でない。
一方で、RC壁の厚みがたとえ1mあっても、扉の存在 する部分は、RC壁の開口部となる。金属扉であれば、RC 壁よりも薄くとも、同程度の強度を確保することは容易 なため、金属扉は、RC壁の開口部の厚み方向に対して、 一部のみをふさぐ形となる。開口部分をすべて金属板で 補強するような構造でなければ、RC壁の厚みよりも短い 壁内の透過経路が確保でき、透過減衰も小さくなり、通 信の可能性がある。 本研究では、この点に着目して電磁界シミュレーショ ンによりRC壁の透過特性を検討し、RC壁と金属扉のあ る施設において、確認実験を行った。 以下では、このような構造をRC壁+金属扉構造と呼ぶ ものとする。 2.2電磁界シミュレーションによる透過率評価 (1) 解析方式および解析ソフトウェア 本研究では、アンテナと、RC壁および金属扉が波長に 対して近接して配置された空間を解析するため、マクス ウェル方程式の直接解析手法の一つであるFDTD法を用 いる。ここでは、市販のFDTD 法解析ソフトウェア (EEM-FDM[3])を用いた。 (2) 解析モデル Fig. 1にシミュレーションモデルを示す。1.0mのRC壁 と、0.3mの金属扉を模擬したモデルである。幅3.0m、高 さ2.5m、厚み1.0mのRC壁の中心に幅1.0m高さ2.0mの 開口部を設け、RC壁の片方に面を合わせて幅1.0m、高 さ2.0m、厚さ0.3mの金属扉を配置している。なお、鉄筋 は透過率を評価するために影響のある個所1.0m×1.0m の範囲のみに配置した。鉄筋は、実際の発電プラントの 構造を参考にして3.8×10-3m径、0.2mピッチとし、コン クリート表面から0.1mの深さとした。また、コンクリー トの電気的特性は、比誘電率6.9、比透磁率1.0、導電率 0.096[S/m]とし、金属扉および鉄筋は完全導体とした。 (3) 解析周波数 解析に用いる周波数は、 980MHz、2400MHz、5000MHz の3つの周波数とする。周波数毎に波長(それぞれ約0.3m、 0.12m、0.06m)の1/10サイズを基本として空間メッシュ を生成し、コンクリート部分は波長短縮効果(真空中の 波長の約40%)を考慮して短縮波長の1/5、アンテナ中央 に配置する給電点付近2メッシュ分は波長の1/50でさら に細分した。また、総使用メモリをGPU計算で使用可能 な1GB(計算に使用したビデオボードのVRAM 容量)以 下とするため、解析空間サイズを調整し、980MHz、 2400MHz、5000MHz のそれぞれで、3.0m×3.0m×2.5m、 3.0m×3.0m×1.5m、1.0m×1.6m×1.0mとした。吸収境界 条件はPML(Berenger's Perfectly Matched Layer)とした。 (4)アンテナ配置 アンテナ配置は、コンクリート開口部の金属扉付近の yz 平面内で、3×3=9か所の位置について計算を行う。半 波長ダイポールアンテナとし、給電点は、Fig. 2のように 配置する。○は水平方向、△は垂直方向にアンテナ導体 を配置する。導体の端点から金属扉までの距離が同じと なる位置をインデックス(Iy, Iz)で表す。 Fig. 1 FDTD simulation model Fig. 2 Antenna element and feeding point (5) 評価方法 - 460 - RC壁の有無による透過率を評価するため、同じアンテ ナ位置で構造物の無い場合の計算も行い、構造物による 損失量を評価する。 Fig. 3に、評価エリアを示す。アンテナ位置からRC壁 を介した空間内の1.0m×0.1m×1.0mmのエリアとする。 評価エリア内の電界強度分布を調べ、鉄筋コンクリート および金属扉の有無、アンテナ方向・位置による減衰量の 違いを評価する。 Fig. 3 Evaluation area 2.4 RC壁+金属扉構造における確認実験 (1)測定場所 測定は地下2階にある無響室の前室にて実験を行った。 Fig. 4は、無響室の概略配置図である。前室は厚さ0.3m のRC壁で囲まれ、厚さ0.05m の金属扉で通路部と仕切 られている。金属扉の隣は、厚さが0.7mの鉄筋コンクリ ート柱となっており、発電プラント内のRC壁+金属扉 構造に類似すると考えた。 Fig. 4 Top view of the anechoic chamber (2)測定機材 測定には、市販のWi-Fiアクセスポイント(コンテッ ク製DS-540APDM/STDM、IEEE80.2.11g/a 準拠)[4] を用い た。親機(APと呼ぶ)、子機(ST と呼ぶ)を1対用いて、 無線機から得られるRSSI(Received Signal Strength Indicator)の値を測定した。送信電力は、100mW/CH(実 測値)とし、周波数は2412MHz を用いた。アンテナは半 波長ダイポールアンテナである。 Fig. 5 Positions of AP and STs (3)測定方法 Fig. 5は、測定場所を示す図である。Fig. 5 (a) は、Fig. 4 の金属扉付近を拡大した図である。破線の丸で囲んだ箇 所は、それぞれFig.5 (b)、(c)、(d)に示す場所である。Fig. 5(c) はAP の設置場所であり、金属扉から0.14m離れ、 高さ1.08mの位置にコンクリート柱に密着して固定した。 Fig. 5(b)、(d) はST の位置を示す。Fig. 5(b) は、AP 設置 面に対し、コンクリート柱を挟んだ反対側の面、Fig. 5(d) はAP 設置面に直交した方向の面である。ST 位置は、高 さ0.8m、1.05m、1.55mmとし、(c)の面では柱の端から0.1m ピッチで12点、(d)面では、金属扉から0.1m離れた位置 から0.2mピッチで12点とした。各ST 位置において、 AP との間のRSSI を測定した。 (4)比較用シミュレーションモデル Fig. 6は、実測の環境に合わせて作成したFDTDモデル である。Fig. 6 (a) はFDTD モデルの上面図で、Fig. 6 (b) は同斜視図である。コンクリート柱、金属扉等のサイズ を計測し、RC壁+金属扉構造をモデル化した。 また、コンクリート素材の導電率は、発電プラントを 模擬した値(σ=0.0960[S/m])に加え、一般的なコンクリー ト素材の材質特性幅のうち低い方の値であるσ =0.0023[S/m]と、その間の3点(σ=0.0800、0.0500、 - 461 - 0.0100[S/m])の5種類で計算を行った。導電率は、コンク リート密度や含水量等により、幅を持つため、複数の値 を設定して比較するものとした。 Fig. 6 FDTD simulation model of front chamber 3.結果 3.1 シミュレーションによる透過率評価結果 Fig. 7~Fig. 9 に、それぞれ980MHz、2400MHz、5000MHz におけるシミュレーション結果の一部(3/108パターン) を示す。各図とも上面図であり、電界強度[dBV/m]を濃淡 によるコンター図で示している。 Fig. 9 Electric field strength on 5000MHz Fig. 10~Fig. 12 は、Fig. 3に示した評価エリア内の電界 強度分布をヒストグラムで表した図である。縦棒は横軸 の電界強度値の度数を表し、左側の軸の値で表す。折れ 線は右側の軸の値で表し、評価エリア内で横軸の電界強 度以上となる体積比を表す。なお、周波数が高いほどメ ッシュサイズが小さくなるため、度数は大きくなる。 - 462 - Fig. 8 Electric field strength on 2400MHz Fig. 7 Electric field strength on 980MHz Fig. 10 Histograms of electric field strength in case of free space and in case of objects (980MHz) Fig. 11 Histograms of electric field strength in case of free space and in case of objects (2400MHz) - 463 - Table 1は、構造物が無い状態で、Fig. 3の評価エリア内 の90%が、その値以上となる電界強度値E90[dBV/m](w/o obj)と、構造物がある場合との差分ΔE90 を示している。 上半分はアンテナ導体が水平の場合(Horiz.)、下半分が 垂直の場合(Vert.)、Iy、Iz は、Fig. 2に示したアンテナ位 Fig. 12 Histograms of electric field strength in case of free space and in case of objects (5000MHz) Table 1 Estimated electric field strength and insertion loss 置を示すインデックスであり、Iy が小さいほど金属扉に 近く、Iz が小さいほど高さが低いことを示す。(Iy, Iz)=(0, 0) が金属扉に最も近く、低い場所である。 3.2 RC壁+金属扉構造における確認実験結果およ びシミュレーション結果 Fig.13は、無響室前室の実験を模擬したFDTDシミュレ ーションの結果による電界強度値を、濃淡で示した図で ある。解析空間を水平にスライスした断面における値を 示している。 Fig. 13 FDTD simulation result of front chamber Fig. 14~Fig. 16は、実測値とシミュレーション値の両方 を示している。実測値は、Fig. 5(d)における実測結果にお ける値であり、シミュレーション値は、Fig.14に示した結 果から、実測点近傍の平均値を示している。Fig.14 ~Fig. 16 は、それぞれST の床からの高さがz=0.8m、z=1.05m、 z=1.55mでの値である。 Fig. 14 Comparison of simulated electric field strength values on Fig. 5(d) to measured ones (z=0.8m) - 464 - Fig. 16 Comparison of simulated electric field strength values on Fig. 5(d) to measured ones (z=1.55m) Fig. 17~Fig. 19 は、Fig. 5 (b) における実測結果とシミ ュレーション値であり、それぞれ ST の高さが z=0.8m、 z=1.05m、z=1.55mでの値である。実測値が存在しない箇 所は、測定時の設定ビットレートが高すぎたため、必要 な受信感度が得られず、値が得られなかったものである。 Fig. 15 Comparison of simulated electric field strength values on Fig. 5(d) to measured ones (z=1.05m) Fig. 17 Comparison of simulated electric field strength values on Fig. 5(b) to measured ones (z=0.8m) Fig. 18 Comparison of simulated electric field strength values on Fig. 5(b) to measured ones (z=1.05m) Fig. 19 Comparison of simulated electric field strength values on Fig. 5(b) to measured ones (z=1.55m) 4.考察 Table 1を見ると、水平にアンテナを配置した場合に比 べて、垂直にアンテナを配置した場合の方が、評価エリ ア内の電界強度(E90)が高いことがわかる。これは、ダ イポールアンテナの指向特性により、アンテナ位置から 評価エリアに放射される電界強度が高いためと考えられ る。 一方、構造物の有無による評価エリア内の電界強度の 減衰量(|ΔE90|)は垂直の方が大きいが、それでも構造 物がある場合の電界強度(E90+ΔE90)は、ほとんどのケ ースで垂直の方が高レベルにある。 E90、ΔE90とも、アンテナ高さ方向(Iz)には感度が 小さいが、金属扉から離れる方向(Iy)には大きな変化が みられる。金属扉から離れた位置ほど減衰量(|ΔE90|)が大 きい傾向にある。 4.1電磁界シミュレーション結果に関する検討 周波数間では、周波数が低いほど減衰量が小さい傾向 にあるが、水平にアンテナを配置した場合に980MHz よ りも2400MHz の方がわずかに小さい値となった。これは、 アンテナ導体と、金属扉との間隔が一定という条件によ り、給電点の位置は、2400MHz の方が金属扉の近くに配 置されるため、逆転現象が現れたものと考えられる。 Table 2は、Table 1の結果を元に、送信電力を20dBmと した場合に、ダイポールアンテナにより評価エリア内の 90%の空間で得られると推定される最低受信電力を示し - 465 - ている。-90dBmを閾値とした場合、5000MHz ではアン テナ位置によっては通信不可能となるが、980MHz、 2400MHz では十分通信可能であることがわかる。 Table 2 Estimated transmission radio wave minimum power in 90 % of evaluation area 4.2 実測値とシミュレーションの比較に関する検 討 Fig. 14~Fig. 19の、測定値の存在する測定点全15点の うち1点を除きσ=0.0023とσ=0.0960の間の値となり、 σ=0.0500の場合が最も近い結果となった。導電率の違い による減衰量の変動幅が大きく、コンクリート素材特性 の見積りが重要な要素であることがわかる。 5.結論 発電プラントのRC壁+金属扉構造のFDTDシミュレ ーションモデルを作成し、アンテナ配置、周波数による 伝搬特性の評価を行い、その結果低い周波数で、垂直に 配置する方が高いレベルで透過することが分かった。 参考文献 [1] 細矢:電波伝搬ハンドブック、リアライズ社、2004 [2] ITU-R P1238-6、10/2009 [3] http://www.e-em.co.jp/fdm/eem_fdm.htm [4] http://www2.contec.co.jp/prod_data/fxds540apdm/c01.pdf - 466 - 導電率の高いコンクリート素材では、5000MHzでは通 信不可能となる可能性があるが、2400MHz、980MHz で は通信可能となる見込みが立つことが分かった。 またRC壁+金属扉構造の実建屋にて、2400MHz にお ける実測を行い、FDTDシミュレーションと比較した結 果、一般的なコンクリート素材の材質とされる導電率の 幅内にあることが分かった。実際の発電プラントではそ の減衰率を確認することにより導電率を見積もることが 無線ネットワークを構築する上で有用となる。“ “発電プラント内の無線ネットワーク構築に向けた RC 壁透過波の利用可能性に関する検討“ “佐藤 義人,Yoshihito SATO,山田 勉,Tsutomu YAMADA,里見 弘久,Hirohisa SATOMI,大場 希美,Nozomi OHBA,遠藤 久,Hisashi ENDO
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