原子力設備の維持段階の技術基準に求められるもの

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カテゴリ: 第14回
1.はじめに
原子力発電プラントの建設から廃炉までを「建設段階」と供用開始後の「維持段階」とした場合、「維持段階」は、 保全PDCA サイクルに基づき「保全活動」を行うこととなるが、国の基準では、原則、「設計建設段階(当初設計)」 の状態に戻すという電気事業法からの機器を重視する維持の概念が継承されている。そのため、機能・性能化を意識して作成された「是正処置」の各種補修工法を規定した民間規格である日本機械学会維持規格「補修章」が十分に活用されておらず、前述の「設計建設段階(当初設計)」の状態に戻すとした体系は混乱(過剰要求、非合理性等)を招くことが否定できない。 本稿は、このような現状を踏まえ,「建設段階」と供用期間中の「維持段階」を明確に分けた上で、保守管理のカテゴリーである「保全活動(検査、評価、補修等の是正措置:保全のPDCA)」を、原子力安全の原理原則である事業者の一義的な責任下で実施できるような規格基準類整備の重要性を述べるものである。 2.建設段階と維持段階
原子力発電プラントを構成する機器に対し,「建設段階」では、プラントの安全等の機能・性能に応じた設計に基づく製造及びプラントへの据付,さらに製造・据付段階での検査といった一連の活動が行われ,設計で要求された機能・性能が賦与される。次に、プラントの供用開始後の「維持段階」は,時間経過とともに経年劣化, 即ち中性子照射脆化等の材料の特性変化及び応力腐食割れによる亀裂の発生や配管減肉等の構造変化が生じ,建設段階で付与された機能・性能が低下する可能性がある。このため,「維持段階」では、「保全活動」として材料特性や構造の経年劣化に関する最新知見に基づき、供用中実環境(中性子照射,温度,流体等)による経年劣化の発生・進行を把握・予測し,機能・性能に対する影響評 価に基づく劣化程度を管理し,機能・性能を回復させる ために補修・取替・改造・劣化緩和等の是正措置により 劣化を修復するといった保全管理(保全PDCA サイクル) が行われ,設計時(建設段階)の機能・性能に回復又は 向上させることで機器に求められる機能喪失(破壊)を 防止する。 Figure 1 Maintenance against degradation of component このように、実環境で経年劣化した機械系(機器)に 対する「人間系」による保全管理は,新設原子力プラントあるいはその後の補修・取替等した「機械系(機器)」 が供用を開始した後の「維持段階」の要求である。また, 供用開始後の「維持段階」で「機械系(機器)」の補修・ 取替等を実施する場合には,「建設段階」の「設計要求」 に対し,更に供用中特有の制約条件(被ばく環境,狭隘 部環境,水中環境等)を考慮する必要があり、「建設段階」 と「維持段階」の要求が異なることは明確である。 点検・評価等(Do)の保全を行い,例えば,万一異常な 状態が認められればその状態を評価(Check)し,必要に 応じて是正措置(Act)をとり,その結果を再び保守管理 計画に反映する、いわゆる保全のPDCA サイクルを回す ことが求められるようになった。そして、福島第一原子 力発電所事故後,電気事業法における設備の建設及びそ の維持を規定していた部分が炉規制法に組み入れられ, 技術基準も基準規則としてこの法体系の一部となった。 しかし、新しい法体系のもとの保守管理で経年劣化の 管理を行うとしているものの,基本的に機器に対しては Figure 2 Outline of maintenance activity of NPP 技術基準規則への適合性を定期的検査により確認し,必 要な場合、建設時(当初設計)の状態に戻すという電気 2.機器の保全と規制 事業法からのハードを重視する維持の概念が継承されて おり,保全活動においては、異常な状態が検出された場 我が国では当初は「建設段階」から「維持段階」にわ 合,これを評価し,既に実用化され適用化されている補 たり原子力プラントの機械系の機器に対して電気事業法 修工法等による是正措置を適用する場合においても,個 に従って規制が行われ,機器の機能・性能に付与すべき 別申請のうえで技術基準規則に対する適合性の審査によ 技術的要求を規定する技術基準が法令で引用されてきた。 り繰り返し処理され,いわゆる機能・性能化を意識して その技術基準の一例として、「実用発電用原子炉及びその 作成され各種補修工法を規定している民間規格「維持規 附属施設の技術基準に関する規則(委員会規則第 6 号。格 補修章」が十分に活用されていないのが現状である。 以下,「技術基準規則」という。)」があり、「建設段階」 には機器に対する技術基準規則への適合性の審査、工事 計画の認可が行われ,製造時の溶接検査,使用前検査を 通じ技術基準規則への適合性が確認される。 また,供用期間中の「維持段階」においても、定期検 査で、同様に機器の技術基準規則への適合性が確認され る。技術基準規則は,国内外での経年劣化による亀裂等 の発生を踏まえ,これらの亀裂等のきずが「破壊を引き 起こす亀裂その他の欠陥」でない軽微なものであれば運 転継続できる「健全性評価」の考え方(技術基準規則 第 十八条(使用中の亀裂等による損傷の防止))が採り入れ られたものの,万一「維持できない」状態(技術基準規 則に適合しない状態)が生じた場合には,原則として補 修,取替え等により機器は原状復帰(「建設段階」に要求 された方法で「建設段階」の状態に戻すこと)が求めら れてきた。 一方,原子力発電プラントの安全な運営の観点から制 定されていた炉規制法では,「維持段階」において、保安 措置の一環として,品質保証マネジメントのもとで「機 械系(機器;ハード)」への保全とともに、「人間系」の 関与のあり方についても管理することが求められるよう になった。 この保守管理では保守管理計画を立案(Plan)した上で Figure 3 General structure of regulatory requirements 3.技術基準規則の維持要求 3.1 技術基準規則 技術基準規則では,第一条の解釈で「当該(工事計画) 認可又は届出に当たって申請された仕様又は規格(経年 劣化を想定した必要仕様を含む。)を維持することが求め られる」とされ,技術基準規則の条項は,多くが「建設 段階」の「設計要求」を規定し,第一条の解釈に基づき 「維持段階においても適用」とされている(「維持段階」 の規定併記に第二十一条(耐圧試験),第二十二条(監視 - 548 - 試験)等,単独規定に第十八条(使用中の亀裂等による 損傷の防止)がある)。すなわち,原則,「維持段階」に も「建設段階(技術基準では「設計建設段階」)」の規定 がそのまま適用されることとなる。そのため,原子力プ ラント全体の時間軸で「建設段階」と「維持段階」と区 切った場合,「設計要求」は両段階に要求されると捉える こともあるが,技術基準規則とその解釈では,原子力プ ラント全体の時間軸ではなく,「機械系(機器)」で定義 し,プラント新設や供用開始後の補修・取替等を含め、 それぞれ「使用前」までを「設計建設時」としている。 具体的には,技術基準規則第一条の解釈で「各条文にお いて別途適用除外が規定されている場合を除き,発電用 原子炉が設計建設時(改造時を含む。)に満足すべき基準 である」と規定している。 3.2 技術基準規則の解釈 「実用発電用原子炉及びその附属施設の技術基準に関 する規則の解釈(以下,「技術基準規則の解釈」という。)」 では,技術基準規則の規定に対する詳細仕様要求に学協 会規格等を関連付けしているが,前述のとおり,原則,「建 設段階」の規定が適用されることから,「維持段階」とし て関連付けされた学協会規格等は少ない。具体的な例と して,技術基準第十七条(材料及び強度)は「日本機械 学会 設計・建設規格」「日本機械学会 溶接規格」を関 連付け,「建設段階」に「機械系(機器)」が備えるべき 性能・機能を要求しているが,技術基準規則第一条と当 該条項の解釈により,この要求が「維持段階」にも適用 されるとされている。 「維持段階」の「人間系」による保全管理は,前述の とおり,供用期間中(維持段階)に生じる経年劣化等に よる性能・機能低下の把握(検査・評価),機能・性能を 回復させるための是正処置(補修)等の保全のPDCA で あり,その詳細仕様要求を規定している学協会規格に「日 本機械学会 維持規格」があるが直接関連付けされてい ない。なお、技術基準規則で唯一「維持段階」のみの性 能要求として第十八条「亀裂等による破壊の防止」があ り、その「健全性評価」は破壊力学をもとにして策定さ れた「日本機械学会 維持規格 評価章」がエンドース され活用されているが、この十八条の解釈で、技術基準 規則と直接関連付けされているのは「実用発電用原子炉 及びその附属施設における破壊を引き起こす亀裂その他 の欠陥の解釈」(原規技発第1408063号(平成26年8月 6日原子力規制委員会決定)。以下、「亀裂の解釈」とい う。)であり、「日本機械学会 維持規格」は技術基準規 則と直接関連付けされていない。 4.望ましい規制体系 4.1 機械系に対する要求の観点 2 章で述べたように、「建設段階」と「維持段階」に対 する要求は本質的に異なるため、両段階を峻別して要求 事項を明確にするのが合理的であり,それぞれの段階で 学協会規格を使い分ける方向で更なる整備が必要である。 例えば、材料及び構造強度に関する性能要求は「建設 段階」から「維持段階」を通じて安全機能・性能に対する 要求は共通であるが、ハード面(機械系)に対しては、 以下のように「設計段階」、「維持段階」のそれぞれに技 術基準あるいはその解釈を規定し、対応する詳細規格を 引用すれば、両者を明確に区分できる。例えば、「建設段 階」は「日本機械学会 設計・建設規格」を引用し、塑性 崩壊、変形、疲労破壊、座屈等を防止するために初期段 階に機器に適用する要求とする。「維持段階」は「日本機 械学会 維持規格」を引用し、「建設段階」で機器に対し て所定の初期機能・性能が付与されている「機械系(機 器)」に対して、経年劣化に伴う破壊モード(亀裂による 脆性破壊、減肉等)に関する性能要求、及びその使用環 境、経年劣化等の制約条件を考慮した「保全に関する要 求」とする。特に、「維持段階」の是正処置における溶接 に関しては、使用中の設備に対する制約下(被ばく環境、 狭隘施工、遠隔施工等)で適用するものであり、保全の 下の活動と位置付け、「建設段階」の作業性の良い工場等 の溶接に対する要求とは明確に区別し、異なる技術的要 件を加えたうえで「維持規格 補修章」を引用すること が適切である。 4.2 人間系に対する要求の観点 保全は「機械系(機器:ハード系)」で生じる経年劣化 を保全のPDCA に基づき管理し、必要に応じ是正処置等 によって修復し、機能・性能を維持する活動であり、そ の活動で必要となるのは、現場作業班、作業要領書、必 要な資機材(道工具・施工機器類)の3要素の「人間系」 であり、その総合力の結果が安全性の確保に不可欠であ る。補修等の是正措置技術の具体的適用に当たっては、 これまで発電所毎、事例毎に規制当局に対し、「機械系」 に対する設計要求だけではなく、資格・工法といった「人 間系」の妥当性、技術基準規則への適合性等の説明を行 い、適用認可を得て工事を行っているが、これら一連の 業務を標準化するため、対象技術の目的、方法、効果、 確認等の内容とプロセスを整理すれば、発電所毎、事例 - 549 - 毎に逐一説明する手間を省くことができ、規制当局及び 電気事業者ともに業務を効率化することができる。この ような趣旨で、「日本機械学会 維持規格 補修章」が 2004 年版以降整備されてきたが、その技術評価が未だ行 われていないことは解消すべき大きな課題となっている。 そのために、性能規定化された技術基準規則とその解釈、 「日本機械学会 維持規格 補修章」との対応や、補修 等の是正措置技術の規格に含まれる製造者ノウハウを保 護しながら、規制上必要な技術の本質的な情報をどこま で、いかに表現するか等を、学協会中心に産官学が対等 に参画,協調して議論し,「日本機械学会 維持規格 補 修章」を適切に技術評価する方向で調整を進めることが 望まれる。 Figure 4 Desirable relation of Code and standards to regulatory standards for construction and maintenance phase 5.まとめ 「保全活動:保全のPDCA」は「機械系」と「人間系」 の間で展開され、「機械系」の特性と経年劣化に関する知 見を反映した「保全計画」とその計画に基づき作業を迅 速確実に実行する「人間系」の保全遂行能力(検査・評 価、是正処置)の組合せで決定され、その結果がプラン トのパフォーマンス(安全性と経済性)につながるもの と考えられる。その向上のためには、保守管理のカテゴ リーである保全活動(検査、評価、補修等の是正措置) を、原子力安全の原理原則である事業者の一義的な責任 下で積極的にPDCA に取り組む規格基準類の整備が重要 であり、安全性を高める意味においても「補修等の是正 措置技術」の整備に向けた産官学連携による取り組みが 望まれる。そのために,学協会中心に産官学が対等に参 画,協調し,技術基準性能規定化と民間規格活用推進の 原則を改めて確認し推進する必要がある。 参考文献 [1] 青木孝行: “原子力発電所の保全に関する基本的考え 方と保全の本来あるべき姿”, 第17回保全セミナー予 稿集,pp42-65(2017年3月14 日) [2] 堂﨑 浩二: “原子力規制制度と事業者による真の 自主的安全性向上”, 第17 回保全セミナー予稿集, pp66-75(2017年3月14日) [3] 小山幸司: “原子力の保全と規制制度との関係”, 第 17 回保全セミナー予稿集,pp76-86(2017年3月14日) [4] 佐伯綾一: “技術基準規則における原子力設備に対 する設計要求と維持要求”, 第17回保全セミナー予 稿集,pp87-102(2017年3月14日) [5] (一社)日本保全学会 補修技術活用検討会: “原子 力発電所の保全における補修等是正措置技術活用の ための課題と改善提案”, JSM RAP 001(2017年3月) - 550 2 -“ “原子力設備の維持段階の技術基準に求められるもの“ “東 芝,芝 佐伯,佐伯 綾一,RYOICHI SAEKI,小山 幸司,Koji KOYAMA
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