新潟県中越沖地震及び東北地方太平洋沖地震による原子力発電所設備の被災状況から得た知見

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カテゴリ: 第14回
1.緒 言
2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震(以下, 「the NCO earthquaNe」という。)により被災した柏崎刈羽原子力発電所(以下,「KK NPS」という。)の設備の点検,検査及び解析において,安全上重要な施設に地震による損傷や機能喪失は確認されず,原子炉安全上の問題は生じなかった。一方,新潟県中越沖地震においては内陸地殻内地震に特異とされるパルス状の波形が観測されており,これが低耐震クラスの設備の損傷につながった可能性があるものと考えられた。 また,2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(以下,「the GEJE」という)により被災した福島第一原子力発電所(以下,「1F NPS」という。)の安全上重要な設備に対する地震による影響を地震応答解析結果等に基づき考察するとともに,同発電所において観測された地震動の記録を分析し,耐震設計が施された原子力設備に対する東北地方太平洋沖地震による影響を整理した。 2.新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原子力発 電所への影響
2.1 地震の概要
原子炉建屋基礎版上の地震観測記録では,1号炉において観測された680Galが全号炉の中で最大であった (Table 1 参照)。また,各号炉の原子炉建屋基礎版上の観測記録を見ると,15秒から20秒の間に顕著なパルス状の波が発生しているのが確認できる(Fig.1参照)。1号炉ではこのパルス状の波の大きさである680Galが基礎版上での最大加速度となっている。 また,代表として1号炉と7号炉について,原子炉建屋基礎版における観測記録と建設時の設計用の床応答スペクトルを比較した(Fig.2参照)。 これら設計用の床応答スペクトルは耐震安全上重要な設備に対して適用されるものであるが,1号炉,7号炉 とも原子炉基礎版上で観測された記録は,建設時の設計用の地震動を一部の周期帯を除き上回っている。
Table 1 Observed maximum acceleration at base mat of reactor buildings Fig.1 Time historical ground motion at each reactor building base mat Fig.2 Comparison of observed records and design basis (EW direction) for the base mat of reactor buildings (unit 1/7)
2.2 地震被害の概要 東京電力(株)はスクラム対応等の初動活動の後,地震を 受けた設備の被害状況の確認のため速やかにプラントウ ォークダウンを実施するとともに,電気事業法に基づく 事業用電気工作物の工事計画書に記載のあるすべての設 備を対象として,基本点検ならびに詳細点検を実施した。 これらの点検は,(i)設備の型式とその支配的な損傷モー ドを分類し,(ii)設備の分類に応じた点検手法を確立し て,実施した。基本点検では,目視点検,漏えい試験,機 能確認等を実施し,基本点検においてさらなる点検が必 要であると判断した設備に対して,分解点検,非破壊検査 等の詳細点検を実施した結果,耐震S クラス設備,すな わち安全上重要な設備には異常は確認されなかった。 さらに,1号炉から7号炉までの点検結果を俯瞰する と,地震を起因とした設備の異常は,以下のように分類 できる(Fig.3,Table 2参照)。 1 地震加速度による損傷 2 地震による設備構成部品間の変位によるずれ,接 Kashiwazaki-Kariwa Nuclear Power Station (unit 1 ? 4) 1の代表例としては,廃棄物処理系焼却炉に付随する セラミックフィルタの破損,変圧器類の基礎ボルトの損 傷,ろ過水及び純水タンクの胴板座屈及び基礎ボルトの 損傷,屋外クレーンの変形等が挙げられる。 2の代表例としては,低圧タービンの内部構造物の接 触,損傷,主発電機内部構造物の接触,損傷,原子炉建 屋クレーンケーブルベアのレールからの逸脱等が挙げら れる。 3の代表例としては,1号炉原子炉建屋近傍で埋設さ れた消火系配管の継手の脱離に伴う原子炉建屋への水の - 70 - 触,その他の異常 3 地盤変状(液状化,地盤沈下,支持地盤相対変位) による損傷 Table 2 Summary of inspection result after NCO earthquake at unit 1 and unit 7 Fig. 3 Overview of NCO damage state at Arahama Area in 侵入,3号炉所内変圧器の火災,トレンチと建屋を跨ぐ 配管及び支持構造物変形等が挙げられる。 また,損傷のほとんどは屋外の低耐震クラスの設備で 発生しており,原子炉建屋,タービン建屋などの屋内に おいては,低耐震クラスの設備を含め,損傷は限定的で あった。特に地震加速度による設備の損傷は,建屋内で は確認されなかった。 なお,特に社会的な反響が大きかった3号炉の所内変 圧器の火災については,地盤変位に伴いブスダクト部に 相対変位が生じ,漏えいした絶縁油に引火したことが原 因と考えられるが,当時の基準に従って低耐震クラスの 設備の火災は想定されるべきものであり,原子炉建屋等 の安全上重要な設備への延焼防止が図られていた。 2.3 設備の損傷と新潟県中越沖地震地震動の分析 2.3.1 塑性率を用いた設備損傷の分析 前項に示した塑性率スペクトルによる静的震度と設備 損傷との関係を分析するため,ここでは柏崎刈羽原子力 発電所の屋外の変圧器とろ過水及び純水タンクの基礎ボ ルトの損傷事例に着目する(Fig.4参照)。損傷を受けた変 圧器は荒浜側ヤード(敷地南側:1~4 号炉を設置)の 1 号炉所内変圧器,1号炉及び3 号炉励磁電源変圧器,2号 炉及び3号炉主変圧器である? Fig.4 Anchor bolts fracturing of Filtered Water Tank and transformer また,損傷を受けたタンクは荒浜側ヤードのNo.1及 びNo.2純水タンク,大湊側ヤード(敷地北側:5~7号 炉を設置)のNo.3ろ過水タンクである。これらの設備 はすべて耐震Cクラスである? 損傷を受けた設備の近傍では,荒浜側ヤードと大湊側 ヤードの地震計(1G-1 及び5G-1)で観測記録が得られて おり,最大で1223 Gal(EW 方向)の加速度を記録してい る(Table 3参照)。この記録は大湊側ヤードの地震計の記 録であるが,前述した通り,荒浜側ヤードの地震計は地盤 変状の影響で実際の揺れを正しく観測しておらず,Table 1 に示した原子炉建屋基礎版上の記録の傾向から推測す ると,荒浜側ヤードの地震計1G-1は,大湊側ヤードの地 震計 5G-1 よりも高い加速度を受けていた可能性が高い と考えられる。従って,本評価においては大湊側ヤードよ り対象設備を選定することとし,荒浜ヤードで確認され た変圧器の損傷事例は参考扱いとする。評価の対象とし た設備は,1号炉の所内変圧器,励磁電源変圧器,3号炉 の主変圧器ならびに,大湊側エリアのNo.3ろ過水タンク としたが,特にNo.3ろ過水タンクと同一設計で隣接する No.4 ろ過水タンクについては基礎ボルトが伸びたものの 損傷を逃れたことから,比較のため評価の対象に追加し た(Table 4参照)? Table 3 Observed peak acceleration and static design eismic coefficient at typical locations 対象とした設備の基礎ボルトの損傷形態は,いずれも 伸びを伴うせん断破壊と観察されている。従って,対象 設備の諸元から,基礎ボルトがせん断破壊を生じる震度 (加速度)を求め(以下,「限界震度」という),これを 静的震度とみなしたバイリニアモデルに対して観測記録 を用いた弾塑性応答解析を行うことで,塑性率スペクト ルを算出するとともに,各設備の固有周期から求まるそ れぞれの設備の塑性率の他に塑性率スペクトルも算出し た。 Table 4 Specification of damaged transformers and water tanks 地震計5G-1の観測記録を用いて大湊側ヤードに設置さ れるNo.3及びNo.4ろ過水タンクの塑性率スペクトルを 求めた結果をFig.5に示す。Table 4と合わせて,当該タ ンクの損傷限界の静的震度(Sc)は0.26であると推定さ れる。当該タンクの固有周期は0.16秒,塑性率はFig.5 より約30であることから,この値が基礎ボルトの損傷 を生じる境界のレベルであったものと考えられる。とこ - 71 - ろで,これら二つのタンクは,同一基礎上に設置されて おり,容量も同じであり,地震応答も等しいと推定され た。 なお,Table 4のうち荒浜側ヤードに設置される変圧器 については,実際の地震動が計算に用いたものより相当 に大きかったであろうことを考慮すると,さらに大きな 塑性率であるものと考えられるので参考値とする。 Fig.5 Ductility factor spectrum for Filtered Water Tank (Sc=0.26, 5G-1) 2.3.2 柏崎刈羽原子力発電所建屋内設備の分析 ここでは 1 号炉と 7 号炉の原子炉建屋に設置された設 備について評価を行うこととするが,先に示した通り,耐 震安全上重要な設備に地震加速度による損傷は確認され ておらず,また,原子炉建屋においては安全上重要な設備 に属さない機器についても損傷は確認されなかった。 1 号炉と 7 号炉の原子炉建屋には,Fig.6 に示す通り基 礎版上と中間階の 2 つの床に地震計を設置しており,新 潟県中越沖地震の観測記録が得られていることから,当 該床に設置される設備を全33機器選定して評価を行った。 評価の手法は前項に示した方法と同様であり,各設備の 基礎ボルトに着目して塑性率を算出した。 Fig.6 Location of seisometer in unit 1 and 7 reactor buildi 評価対象機器を耐震クラス,機器種別(動的機器,静的 機器)により分類し,各分類の限界震度の評価結果を Table 5 に示した。1号炉SD(非放射性ドレン)収集タン ク,7号炉CUW(原子炉冷却材浄化系)再生熱交換器と いった典型的な設備の限界震度と塑性率の算出に用いた 塑性率スペクトルをFig.7 に示す。 Table 5 Estimated ductility factors of components located in reactor buildings in NCO arthquake Table 5 には合わせて設計用の静的震度を記載したが, どの設備についても限界震度は設計用静的震度に比べて 相当大きな値となっている。これは,動的機器においては 振動,静的機器においては熱伸びに対する配慮といった 耐震以外の入力条件が支配的となり設計されたことによ るものであり,結果として地震に対しては余裕をもって 設計されたということである。観測記録を用いた塑性率 の評価でも最大で 0.65 程度と損傷に至るレベルには全く 到達しておらず,基準地震動を大きく超える新潟県中越 沖地震においても,低耐震クラスの機器を含め原子炉建 屋内での機器の損傷を防止できたことが裏付けられた。 - 72 - (a) Unit 1 R/B base mat (Sc = 1.3, 1R-2) (b) Unit 7 R/B base mat (Sc = 1.6, 7R-2) Fig.7 Ductility factor spectrum 2.3.3 E-ディフェンスにおける試験結果の分析 東京電力は基礎ボルト等,機器基礎定着部の健全性 評価のため,独立行政法人防災科学技術研究所の大型 振動台を用いて,新潟県中越沖地震の知見を踏まえた 限界耐力試験を行った(Fig.8 参照)[17]。本論文では, この試験結果を用いて前項と同様に限界震度とボルト の損傷の関係を分析する。 Fig.8は,コンクリート平板に4 本の炭素鋼製基礎ボ ルトで固定した12体の試験体(ボルトの公称直径8mm, ウェイト重量2.9t~8.1t の3パターン)を示す(Table 6 参照)。この試験は,最大加速度値を1270Gal に正規化 した新潟県中越沖地震,柏崎刈羽原子力発電所1 号原 この試験体についてバイリニアモデルを用いて前 項までと同様の手法により塑性率スペクトルを導出し た(Fig.9 参照)。基礎ボルトのせん断破壊は限界震度 が 0.25 と 0.41 の 2 本の曲線で表される塑性率の間で 発生していることになり,また,試験体の弾性域での 固有振動数は約 8.8Hz(固有周期:約 0.11 秒)と評価 されていることから,基礎ボルトのせん断破壊の限界 となる塑性率は,約30から約70までの間に存在する ものと評価された。 - 73 - 子炉建屋の基礎版上で観察された時刻歴加速度波形 (EW方向)で加振する方法で実施された。この結果, 限界震度 0.25 に相当する 2 体の試験体(II-1-4)で基 礎ボルトがせん断破壊したが,限界震度が0.41に相当 する試験体には全く損傷が見られなかったことが確認 された。 Fig.8 Dynamic shear loading test of anchor bolts at E-Defense Table 6 Summary of the test bodies and result of E-Defense shaking table test Fig.9 Ductility factor Spectrum of test case at E-Defense 3.福島第一原子力発電所1 号,2号及び3号 炉の地震による影響分析 3.1 地震応答解析 3.1.1 地震動の特徴 東北地方太平洋沖地震は最大震度7,福島第一原子力発 電所の立地する大熊町,双葉町で震度 6 強を観測してい る。福島第一原子力発電所各号炉の原子炉建屋に設置さ れた地震計は,最大水平加速度 550Gal,最大鉛直加速度 302Gal(いずれも 2 号炉)を記録しているが,水平加速 度は現行の基準地震動 Ss を約 2 割上回る程度であり, 各号炉の加速度を俯瞰すると,概ね基準地震動Ss と同程 度の地震動を受けたと考えられる(Table 7 参照)。 Table 7 Peak acceleration recorded in each unit of 1F Daini NPS in the GEJE ※1 Seismometers stopped recording after 130 to 150 seconds of the earthquaNe. ※2 Maximum values of observed records and design values by each direction in each NPS Fig. 10 Floor Response Spectrum of observed record at Fukushima Daiichi NPS (Reactor building base mat) また,地震動のスペクトルについては,観測記録が基 準地震動Ss に概ね包絡されている。また,福島第一原 子力発電所は1967 年に1 号炉を着工し,1971 年(1 号 炉)から1979 年(6 号炉)にかけて供用を開始した が,各号炉の建設時に用いられた,当時の観測記録(エ ルセントロ,タフト波)等をベースとした設計用地震動 は,設備の設計に大きな影響を与える0.1~0.2 秒の領域 で,現行の基準地震動Ss と比較して大きな応答加速度 を想定しており,従って,各設備は今回の地震に対して 大きな余裕をもって設計されたということである (Fig.10 参照)。 今回,観測された地震は,設備の耐震設計の観点から は,設備の地震による損傷や機能喪失に対するリスクを 生ずるレベルではなかった。 東北地方太平洋沖地震(本震)の観測記録による。 (2) 地震応答計算 (1)の地震動の時刻歴データを建屋モデルに入力 - 74 - 3.1.2 安全上重要な設備の地震応答解析 観測された地震動を用いて福島第一原子力発電所1 号,2 号及び3 号炉の安全上重要な設備の地震応答解析 を,通常の設計で用いられる手法に準じて実施した。 (1) 評価用地震動 し,地震応答解析を配管等についてはスペクトルモ ーダル解析,原子炉圧力容器(炉内構造物を含 む),原子炉格納容器等については原子炉建屋と連 成させた2 次元梁モデルの時刻歴解析により実施し た。 (3) 床応答スペクトル 床応答スペクトルは,周期方向に±10%拡幅したも のを用いた。 (4) 減衰定数 機器,配管等の減衰定数は「原子力発電所耐震設 計技術規程(JEAC4601-2008)」(日本電気協会, 2008)[8] に基づき,溶接構造物及びポンプ,ファン 等の機械装置は水平方向,垂直方向ともに0.05,配管 についてはTable 8 に解析結果を代表で示した主蒸気 系,残留熱除去系について,それぞれ0.02,0.03 を 用いた。 これらの手法を用いて,各号炉とも耐震安全上重要な 設備を網羅する約100 機器に対して解析を実施した結 果,算出された各設備の応答は,すべて許容基準を下回 るものであり,各設備が東北地方太平洋沖地震において 損傷を受けた可能性は低いことを示している(Table 8 参照)。 Table 8 Example results of seismic response analysis for safety related components of Fukushima Daiichi NPS - 75 - 3.2 類似号炉の評価 1 号,2 号及び3 号炉については,上記の地震応答解析を確認する実物の点検が困難であることから,2 号及び3 号 炉と炉型が同じ5 号炉を類似号炉として選定し設備の基本点検を実施した。 3.2.1 基本点検 5 号炉について,耐震安全上重要な設備を内包する原子炉建屋のみならず,耐震重要度分類の低いクラスの設備が 内包されるタービン建屋についてもウォークダウンによる設備の外観目視点検を実施した。点検の結果,原子炉建屋 内では津波の浸水と思われる水たまりが確認されたものの,低耐震クラスの設備を含め地震の影響による設備の異常 は確認されなかった。また,タービン建屋内の低耐震クラス設備についても,外観による確認ができたおよそ190 機 器について,地震の影響による設備の異常は確認されなかった。(Fig.11 及びTable 9 参照)異常を確認したのは,耐 震B クラスの小口径配管の破断(1 箇所)のみであり,低耐震クラス設備についても,想定以上の頑健性を発揮した ものと評価できる。本事象については次項で詳述する Fig. 11 Result of plant walk down at unit 5 Table 9 Result of visual inspection at walk down (unit 5) - 76 - 3.2.2 地震による損傷箇所の分析 Table 9 に示した5 号機の基本点検結果において損傷 が確認された1 箇所は,タービン建屋1 階ヒータール ーム内に設置された耐震B クラスの湿分分離器ドレン 配管(配管口径25A)のソケット溶接部近傍での配管破 断事象であった。 当該の湿分分離器の周囲には地震時の揺れに伴い落下 した保温材が散乱していたが,破断したドレン配管(配 管口径25A)は,湿分分離器母管(配管口径350A)の真 下に位置しており,母管の保温材及びドレン配管に目立 った打痕が確認されていないことから,落下した保温材 が接触したことによる破断への影響は無いと推定され る。(Fig.12 参照) Fig.12 Photo of Moisture Separator after the earthquake Fig.13(a) に示す通り,母管のコラムサポートは斜めに 傾くとともに,アンカ部にも浮き上がりを生じており,地 震により系統に過大な変位を生じたことが推察される。 図Fig13(b)に示すサポートの接触痕から,南北方向に相対 的に大きな変位が生じていたことが推定される。ただし, 湿分分離器のサポート埋込部の損傷,サポートの折損,湿 分分離器の接触痕などから,系全体として東西方向にも 大きな変位が生じていたものと推定される。 (a) Fig.12 arrow A 3.3 静的震度で設計された設備の耐震裕度 我国の原子力発電所の設備は,耐震安全上の重要度に 応じて耐震S,B,C クラスに分類されている。耐震Sク ラス設備(及び一部のB クラス設備)では基準地震動を 用いた動的解析に基づく耐震設計が施される。これに加 えて,耐震S,B,C クラスの設備に対して静的震度を 用いた耐震設計が行われている。前章では,基準地震動 による動的解析に基づく設計手法にならい福島第一原子 力発電所1 号,2 号及び3 号炉の耐震S クラス設備の健 全性を,観測された地震動を用いて動的に評価した。 - 77 - (b) Fig. 12 arrow B Fig. 13 Photo of supporting structure of Moisture Separator after the earthquake また,類似号炉での設備点検の結果から耐震 B,C ク ラス設備についても損傷がごく一部に限られることを確 認した。本章では,基準地震動と同程度と考えられる地震 動においても,耐震 B,C クラス設備の損傷が限定的で あったことを分析するため,系統的な地震観測が実施さ れた 6 号機の観測記録をもとに,静的震度を動的な視点 から評価して地震時の設備の損傷の可能性を論じる。 3.3.1 プラント設備の地震時損傷評価(初通過破壊) 塑性域の損傷評価では,対象とする設備のクリティカ ルとなる部位の塑性変形の度合いが重要な因子であり, 原子力発電所の機器・配管設備の1自由度系バイリニア モデルFig.14で最大変形と降伏変形の比μとして定義され る「塑性率」を用いた評価を試みる。Table 10に示す各 観測点について,耐震S,B,C クラスの設備に生じる 塑性率を解析した結果をFig.15 に示す.弾塑性地震応答 では,弾性振動域の応答によって降伏荷重を超える点が 重要であり,図には弾性振動域の固有周期を変化させた ときの塑性率をスペクトルの形で示している。 Fig.14 Load-deflection characteristic (Bi-linear model) Table 10 Observed peak acceleration and static design seismic coefficient at typical locations なお,弾性振動における減衰定数は0.05としている。 Fig.15 では,地表面及びT-G 架台を除き,耐震S クラ スの設備の塑性率はその固有周期によらずほぼ1(ほぼ 弾性範囲)を保っていることを示しており,破壊が生じ る可能性はない。また,Fig.14に示すように,荷重-変 形曲線の第一象限では,塑性状態に入ると変位が増す方 向の変化はあたかもすべり免震装置のように二次剛性直 線上を移動することになるが,変位が減じる方向では一 次剛性の直線状で振動を再開することになる。従って, 塑性域での移動量(相対変位量)は入力となる地震動の 特性に大きく依存している。一方,静的震度を一定,す なわち降伏荷重を一定とすると降伏変位は固有周期の2 乗に比例して大きくなるので,固有周期が大きくなると 塑性率が小さくなる傾向が,Fig.15 の耐震B,C クラス の特性に現れている。 Fig.15 Ductility simulated at the earthquake observation points (Damping ratio: 0.05) また,塑性率の応答が大きくなる位置は,地表面,T- G 架台,タービン建屋基礎版上,原子炉建屋基礎版上で あり,振動応答が大きくなる建物上階の値を上回ってい る。原子炉建屋基礎版上で観測された継続時間が1 秒程 度のパルス状の波形は原子炉建屋6 階床では消えて,建 物の固有周期の正弦状の波形が連続していることが分か る(Fig.16 参照)。前者では塑性変形がこのパルス状の 波形によって荷重制御的に進行し,一次応力の性質によ って閾値を超えると初通過破壊に至る。一方後者は地震 慣性力の交番性によって,塑性域の変位の進行は歪制御 的であり,二次応力の性質によって延性破壊が抑制され る。 Fig.16 Resultant horizontal acceleration time-historie 塑性率が閾値を超えて設備の最弱部が損傷する(初通 過破壊)と考えられる状態は設備の細部の構造,強度に よって異なる。過去の地震経験から最も地震損傷が生じ 易い部位の一つであり,初通過破壊の代表例といえる基 礎ボルトのせん断破壊については,2007 年新潟県中越 沖地震後に東京電力が実施した大型振動試験によって, 保守的な試験体に対しても塑性率が60 程度までは損傷 が生じないことが確認されている(落合,長澤,2014) [7]。この塑性率とFig.15 の各耐震クラスで解析された塑 性率応答スペクトルを比較すると,東北地方太平洋沖地 - 78 - 一原子力発電所の設備に対する影響を分析するため,安 震におけるプラントの状態は,1 耐震 S クラスの設備 はほぼ弾性振動を繰り返して破壊に至ることはなく,2 全上重要な設備に対して観測された地震動を用いた地震 耐震 B クラスの設備は塑性域に入ることはあっても基 応答解析を実施した結果,すべての設備について地震に 礎ボルトの延性破壊のような初通過破壊が発生すること よる応答値は許容値を下回る結果となった。 はない。3地表面,T-G 架台上,建物基礎部などに設置 合わせて,観測された地震動に対して,設備の静的震 された剛な耐震C クラスの設備については初通過破壊を 度設計に着目し,塑性率をパラメータとした初通過破 生じる可能性があるが,実際の耐震設計では応力を算出 壊,塑性エネルギーをパラメータとした低サイクル疲労 する過程での各種の余裕や設計者の判断によって実応力 について,それぞれ分析した結果,低耐震クラスの設備 が低く抑えられることなどもあって,耐震C クラスの設 であっても,地震慣性力によりこれら損傷モードが発生 備の損傷は限定的であると結論される。 する可能性は,ごく一部の範囲に限られるとの評価結果 なお,主要動の継続時間の長い東北地方太平洋沖地震 を得た。 に対する累積疲労損傷という観点からも分析した結果, 以上の被災状況を分析した結果,新潟県中越沖地震又 地震慣性力により累積疲労破壊が発生する可能性は限ら は東北地方太平洋沖地震で被災した原子力発電所の設備 れた位置に設置される耐震C クラスの範囲に限られると が地震による影響をほぼ受けなかったとの結論を裏付け 判断されたにも拘わらず,福島第一原子力発電所に設置 るとともに,原子力発電所の諸設備に求められる静的震 する耐震B,C クラスの設備についても,地震慣性力に 度による耐震設計が,設備の損傷を防止する観点で極め よる疲労が原因と思われる損傷は報告されていない。こ て重要な意味を持つことを示唆している。 れは,静的震度法による耐震設計の実施により塑性変形 が抑えられ,かつ,塑性変形が生じても繰返し数が小さ 文献 かったためと考えられる。 [1] International Atomic Energy Agency, EarthquaNe preparedness and 4.結 言 response for nuclear power plants, IAEA Safety Report Series No.66 (2011), available from ,(参 羽原子力発電所の構築物,系統及び設備に関しては,地 照日2016 年2 月13 日). 震後の詳細な調査と地震応答解析を通じて多くの貴重な [2] 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証 知見が得られた。基準地震動を大きく超える地震動でさ 委員会,最終報告書(本文編)(2012). え,設備の被害は主に屋外の低耐震クラスの設備に見ら [3] 小林 正英, 奈良林直,辻雅司,千葉豪,長田泰典, れ,建屋内の設備については,被害は限定的であった。 下江知弘,福島第一原子力発電所1 号機の事故分 特に,耐震安全上重要な設備については地震による影響 析,日本原子力学会和文論文誌, Vol.14, No.1(2015), は見られず,原子力発電所設備の耐震性の高さを示す結 pp.12?14. 果となった。 [4] 小林 正英,奈良林直,福島第一原子力発電所第1 号 そして,新潟県中越沖地震の観測記録と設備が損傷に 機~第3 号機の地震から津波来襲までの時系列評価 至らなかった状況を踏まえ,塑性率というパラメータで (その1),日本保全学会,保全学, Vol.12, No.2 地震による設備の損傷を表現できないか評価を試みた。 (2013) , pp. 84 ? 93. 地震により屋外で損傷したタンク及び変圧器の評価で [5] 小林 正英,奈良林直,福島第一原子力発電所第1号 は,損傷を生ずる塑性率は30程度であると評価した。 機~第3号機の地震から津波来襲までの時系列評価 また,新潟県中越沖地震を踏まえたE-ディフェンスの試 (その2),日本保全学会,保全学, Vol.12, No.4 験では,塑性率が約30~70で損傷が生じたと推定し (2014 ), pp. 69 ? 78. た。さらに,柏崎刈羽原子力発電所1号炉と7号炉の原 [6] Nagasawa, K., Structural integrity of FuNushima-Daiichi SSCs after 子炉建屋内の設備については,地震のもとでの塑性率は the 2011 Great East Japan EarthquaNe,IAEA experts' meeting on ごく僅かであり設備が損傷に至らなかった結果を裏付け protection against extreme earthquaNes and tsunamis in the light of た。 the accident at the FuNushima Daiichi Nuclear Power Plant, PR21, また,東北地方太平洋沖地震における東京電力福島第 IAEA (2012), available from - 79 - [17] ,(参 No. 1 (2009), PP 354-367 (in Japanese), available from , (accessed on 11 August, 2016). 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