溶接金属部のX線的弾性定数の異方性を考慮した X線回折法による溶接残留応力評価

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カテゴリ: 第10回
1.緒言
原子力発電プラントの配管系や機器構造物の溶接部では疲労や応力腐食割れが問題となっており,原子力発電プラントの長期的な安全性・信頼性を確保するために溶接部の健全性を正確に評価することが重要である.特に,溶接に伴って生じる残留応力は疲労き裂や応力腐食割れの発生・進展を促す要因の1つであることから1),溶接部に生じる残留応力を正確に評価することが求められる.今日までに溶接残留応力の評価のため,応力弛緩法などの破壊法やDHD法などの準破壊法,回折法などの非破壊法を用いた計測,あるいはコンピュータシミュレーションを活用した数値解析などの様々な方法が提案されている.これらの中でもX線回折法による応力測定は,損傷やき裂の発生起点となりやすい材料極表面の応力を高空間分解能かつ非破壊的に評価できる点で有用である.一 方で,粗大粒や集合組織などを生じ易い溶接部への適用に関しては測定精度・信頼性の面で困難であるとされてきたが,近年の積極的な取り組みもあり,溶接部への適用に関する成果も蓄積されつつある2,3). ところで,原子力発電所管系や圧力容器には炭素鋼系構造用鋼が多く使用されているが,一般に炭素鋼系構造用鋼の溶接部では熱サイクルに応じて生じる相変態によって複雑な残留応力場が形成される.相変態時の組織変化に伴う硬化は生じ得る最大引張残留応力値を上昇させ,一方,比較的低温におけるマルテンサイト変態に伴う膨張は引張応力を低下させる.これらの相変態に伴う応力変化挙動を溶接部の冷却速度と関連付けてモデル化することにより,相変態を伴う溶接部の残留応力を解析的に評価する試みがなされている4,5,相変態特性は種々の材料科学的因子によっても影響されることから,解析的アプローチのみによって正確な残留応力評価を行うことは必ずしも現実的ではない.そのため,X線回折法に代表される非破壊的手法による実験的アプローチを通じて,相変態う溶接部の複雑な残留応力分布を詳 細に評価することは有意義であると考えられる. 本研究では,異なる相変態挙動が生2種類の溶接試験体に対してX線回折法による応力測定を行い,相変態の影響に注目して残留応力分布を詳細に評価した.
2.実験要項
2.1供試材料 本研究における供試材料は溶接構造用圧延鋼材SM490YBであり,製作した試験体の模式図はFig. 1に示す通りである.試験体寸法は長さ150mm,幅100mm,板厚6mmである.板に存在する初期応力を除去するために溶接前に熱処理を行い,これによって生じた表面の酸化膜を研磨紙で削り落とした後,応力測定を実施する試験体中央部において電解研磨により表面の研磨層を除去した.これらの処理の後,X線回折法によって板に存在する残留応力が最大でも5MPa程度であることを確認している.溶接条件をTable 1に示す.溶接はGTA溶接によるビードオンプレートであり,溶接条件はFig. 2に示すSM490の連続冷却変態線図(Continuous Cooling Transformation [CCT] Diagram) 6)と溶接シミュレーション7)によって得られた温度履歴を活用して,相変態に伴って溶接金属部に生じる主な金属組織がそれぞれマルテンサイトとフェライトとなる溶接電流の条件をそれぞれ1900/02/17A,1900/04/09Aと見積もることで決定した.本研究では,これらの1899/12/31試験体をそれぞれ試験体A,Bと呼ぶ.なお,溶接電流以外の条件の設定に関しては,溶接速度10.1mm/s,アーク長3mm,シールドガス純Ar,ガス流量1900/01/13./minとして固定した. 2.2X線回折法による残留応力測定条件 X線回折法による残留応力測定条件をTable 1899/12/31に示す.応力測定にはRigaku社製のAutoMATEを用いた.Cr管球のKα線を用い,ψ0一定法による側傾法によって応力測定した.用いた回折面は日本材料学会推奨の{211}回折面である.X線的ヤング率とX線的ポアソン比の弾性定数は回折面依存性を有しているため,応力算出には回折面に応じた弾性定数を選択する必要がある.本研究ではKronerモデル8)とFe単結晶のスティッフネス9)より見積もった値を採用し,応力算出には2θ-sin2ψ法を用いた.測定では直径1mmのコリメータを用い,溶接中心から母材部にかけて1mm間隔で測定した.比較的小さなコリメータを使用しているため,特に溶接金属部では比較的大きな結晶粒が生じ,照射領域内の回折に寄与する結晶粒が減少することで測定精度が低下する懸念がある. σzσxφψElectrolytic polishing100 mm6 mmσyMeasuring pointFig. 1Schematic illustration of specimen. Table 1Welding condition. SpecimenSM490YBSize100 × 150 × 6 mmWelding processGas tungsten arc weldingWelding speed1 mm/sArc current 50A (Spesimen A)100A (Spesimen B)Arc length3 mmShielding gasArShield gas flow rate0.25 ./sPerliteFerriteBainiteMartensite30050070090011001101001000Tenmperature (K)Time (sec)Specimen ASpecimen BFig. 2CCT Diagram of SM490 6,7). そのため,回折に寄与する結晶粒の数を増やすことを目的とした面外揺動と溶接線方向への並進揺動を併用した多軸揺動を採用した.その結果,溶接金属部や熱影響部においても測定誤差は最大でも±30MPa程度であった. Table 2Measuring condition. ApparatusAutoMATE (Rigaku)Wave length0.229100 nm (Cr-Kα)Tube voltage and current 40 kV 40 mADiffraction plane{211}Collimater1 mm in diameterMeasuring frame10 frame/mesurering pointMeasuring time50 s, 100 s /frameOscillatingω (± 1 deg)x (±10 mm)Analysis model2θ-sin2ψ model3.実験結果 3.1組織観察結果および硬さ分布 各試験体における溶接中心から母材部にかけてのVickers硬さ試験結果をFig. 1900/01/01に,溶接金属部の金属組織を光学顕微鏡によって観察した結果をFig. 4(a),(b)に示す.Vickers硬さ試験結果はいずれの試験体においても溶接金属部(試験体A:0 ~ 1.7 mm,試験体B:0 ~ 3.8 mm)で最大値を示し,試験体A試験体Bの順に高い値を示す結果となった.Vickers硬さ試験結果と組織観察結果より,試験体Aではマルテンサイトが,試験体Bではベイニティックフェライトが大部分を占めていることが確認でき,意図した通りに異なった凝固組織が生じていることが確認できた.また,各試験体において硬さは溶接金属内においてほぼ同一の値を示しており,同一断面の溶接金属部内において極端な組織変化が生じていないことも確認できる. 3.2溶接残留応力分布 試験体A,Bで測定された溶接残留応力分布をFig. 5(a),(b)に示す.図中の熱影響部(HAZ)は溶接金属部(WM)を除いて溶接後に金属組織が変化した領域として定義した.図より,相変態挙動が異なる2つの試験体で残留応力分布はそれぞれ異なっている.溶接線方向応力σxが引張応力である範囲は入熱量に依存することが知られているが,図より,溶接電流(入熱量に対応する)が大きくなる試験体Bにおいてより広い範囲で引張応力となっていることが確認できる.また,溶接線中央部の溶接線方向応力σxは,材料の降伏応力に依存して決まるのが一般的であるが,冷却速度が最も大きく,降伏応力がより高いマルテンサイト組織を有する試験体Aの溶接線中央部の溶接線方向応力σxは,試験体Bに比べ小さい結果となっている.これは,比較的低温でマルテンサイト変態が生じたこと 1502002503003504000246810Vickers hardness (Hv)Distance from weld center (mm)Specimen ASpecimen BHv :245.2 mmNFig. 3Vickers hardness distribution in each specimen. 10μm(a) Specimen A 10μm(b) Specimen B Fig. 4Microstructure of weld metal in each specimen. で変態膨張によって引張応力が軽減されたことに因るものと考えられる. 以上は,相変態を伴う溶接部の残留応力分布に関する従来知見に従う結果といえる. 一方,溶接線直交方向応力σyは,溶接中央部で降伏応力の0.5程度の引張応力となることが一般的に知られているが,どちらの試験体においてもこのような知見とは異なる結果を得ている.試験体Aでは,マルテンサイト変態に伴う変態膨張によって応力が軽減された結果として圧縮応力となったと考えられる.一方,試験体Bでは,降伏応力程度の高い応力を生じる溶接線方向応力σxと同程度の溶接線直交方向応力σyを生じ,溶接金属部において高い等2軸引張応力状態となり,必ずしも従来知見に従わない結果となった. 30.34点曲げ試験によるX線的弾性定数の実測 使用したSM490YBは炭素量が低い鋼種であり,試験体Aに生じたマルテンサイトもbct構造でなく,試験体Bに生じたベイニティックフェライト同様bcc構造をとっていると考えられる.そのため,2つの相は降伏応力は異なるもののヤング率,ポアソン比はほとんど同じであるため,3.2節ではX線的弾性定数としてKronerモデルより見積った値を用いた.しかし,試験体BにおいてX線応力測定法で測定された結果が,従来知見に従わない傾向を示したことから,溶接部に生じたX線的弾性定数について実測し検討する余地はあると考えられる.そこで,4点曲げ試験よりX線的ヤング率,ポアソン比について検討し,相の違いによる差とX線的弾性定数の異方性について検討を行った. 試験体A,BのX線的弾性定数を測定するため,Fig. 6に示すように溶接試験体の溶接線方向(Longitudinal direction)と溶接線直交方向(Transverse direction)の4点曲げ試験体を放電加工により作成した.試験体寸法は10 mm × 60 mm × 2 mmとし,Fig. 7に示すように試験体中央にひずみゲージを張り付け,4点曲げ試験により任意の負荷を加え,Tanaka10)らの手法で測定した.負荷応力は4点曲げ試験の負荷装置により負荷されたひずみに機械的な試験より予め測定した機械的ヤング率を乗じることで算出し,機械的ヤング率は2.05 × 102GPaを用いた. 4点曲げ試験結果より得られたX線的ヤング率とX線的ポアソン比をKronerモデルより見積った値をTable 3に示す.マルテンサイトが生じていた試験体Aでは,溶接線方向と溶接線直交方向のX線的ヤング率とX線的ポアソン比はほぼ同じ値であり,溶接金属部においてX線的弾性定数に異方性はほぼ生じておらず,その値もKronerモデルより見積った値に近い値となった.しかし,ベイニティックフェライトが生じていた試験体Bでは,溶接線方向と溶接線直交方向のX線的ヤング率とX線 -400-300-200-100010020030040050060070001020304050Residual stress (MPa)Distance from weld center (mm)σxσyHAZWMBM(a) Specimen A -400-300-200-100010020030040050060070001020304050Residual stress (MPa)Distance from weld center (mm)σxσyWMBMHAZ(b) Specimen B Fig. 5Residual stress distribution with estimated X-ray elastic constant by Kroner model in each specimen. 10 mm2 mm2 mm60 mmTransverse direction specimen Longitudinal direction specimen Fig. 6Schematic of specimen for four-point bending test. Measurement pointStrain gaugeStrain gaugeSpecimenLoadFig. 7Schematic of four-point bending test. Table 3Measured and estimated X-ray elastic constant in each weld. Ehkl (GPa)νhklSpecimen ALongitudinal direction221.840.29Specimen ATransverse direction212.910.32Specimen BLongitudinal direction299.810.38Specimen BTransverse direction219.320.31Kroner model224.700.28的ポアソン比はそれぞれ異なる値となり,溶接金属部におけるX線的弾性定数に異方性が生じていることが分かった.また,溶接線方向のX線的ヤング率はKronerモデルより見積った値と比べ大きい値となった. 34X線的弾性定数の実測値を用いた再評価 実測したX線的弾性定数を用いて試験体A,Bの溶接金属部近傍の残留応力分布を再評価した結果をFig. 8(a),(b)に示す.実測したX線的弾性定数を用いた結果,溶接金属部にマルテンサイトが生じた試験体Aでは,X線的弾性定数の異方性は生じておらず,実測したX線的弾性定数はKronerモデルより見積った値に近かったため,残留応力分布の変化はほとんど確認できない.しかし,溶接金属部にベイニティックフェライトが生じた試験体Bでは,X線的弾性定数の異方性が生じており,X線的弾性定数はKronerモデルより見積った値と異なる値であったため,溶接線方向応力σxはKronerモデルを適用した値より大きな値に,溶接線直交方向応力σyは先ほどとほぼ同じ値となった. -400-300-200-100010020030040050060070005101520Residual stress (MPa)Distance from weld center (mm)HAZWMBMσxσyσxσyMeasuredKroner model(a) Specimen A -400-300-200-100010020030040050060070005101520Residual stress (MPa)Distance from weld center (mm)WMBMHAZσxσyσxσyMeasuredKroner model(b) Specimen B Fig. 8Residual stress distribution with measured X-ray elastic constant in each specimen. X線的弾性定数の異方性が生じた原因についてはさらなる検討が必要であるが,試験体Bにおいては,3.2節で示した溶接金属部における溶接線方向応力σxの値は溶接金属部の降伏応力未満であったと考えられる.一方,3.4節ではX線的弾性定数の異方性を考慮し実測値を用いたことで,溶接線方向応力σxは硬化した溶接金属部の降伏応力と同程度の高い引張応力となったと考えられ,溶接線直交方向応力σyは降伏応力未満の値となり,溶接金属部近傍の残留応力分布は,従来知見に近い結果となったと考えられる. 以上より,相変態挙動によってはX線的弾性定数の異方性が生じることが示され,その場合でも,X線的弾性定数の異方性を考慮することで,溶接線方向応力σxは降伏応力程度,溶接線直交方向応力σyは降伏応力未満となる従来知見に近い残留応力分布を得ることが示された. 4.結論 相変態挙動の異なる溶接部を対象としてX線回折法による応力測定を行い,相変態挙動と残留応力分布の関係について考察した.以下に得られた知見を示す. 1) 従来通りKronerモデルより見積ったX線的弾性定数を用いた場合,マルテンサイトが生じた試験体Aでは,X線応力測定の結果はマルテンサイト変態時の変態膨張に伴う応力軽減が確認できるなど,従来知見に従う結果となった.一方,ベイニティックフェライトが生じた試験体Bでは,X線回折法による応力測定の結果は,溶接金属部でのみ溶接線直交方向応力σyが溶接線方向応力σxと同様に降伏応力程度の高い引張応力となり,必ずしも従来知見に従わない結果となった. 2) 4点曲げ試験により溶接金属部の溶接線方向と溶接線直交方向のX線的弾性定数を測定した結果,試験体AではX線的弾性定数の異方性はほとんどなく,X線的弾性定数はKronerモデルより見積った値とほぼ同じ値であった.しかし,溶接金属部にベイニティックフェライトが生じた試験体BではX線的弾性定数の異方性が確認され,溶接線方向のX線的弾性定数は試験体AやKronerモデルより見積った値より大きな値となることが分かった. 3) 相変態挙動によってはX線的弾性定数の異方性が生じることが示され,その場合でも,X線的弾性定数の異方性を考慮することで,溶接線方向応力σxは降伏応力程度,溶接線直交方向応力σyは降伏応力未満となる従来知見に近い残留応力分布を得ることが示された. 参考文献 [1] A. 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