SM490A鋼の磁化曲線と磁気AEとの相関についての検討
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カテゴリ: 第10回
1.諸言
鉄などの強磁性材料に変動磁場を印加すると、材料内部の磁区構造の変化によって弾性波が発生する。この現象を磁気AE(Magneto-Acoustic Emission)と呼ぶ。磁気AE の特性は、材料の形状、印加磁場の強さや周波数、応力などの外的要因や、結晶粒度、不純物、熱処理などの内的要因に依存する[1]。これらの性質を利用して現在、強磁性材料の応力、塑性変形、サイクル疲労などの非破壊評価手法への適用が検討されている[2,3]。 これまでの研究により、磁気AE の発生率は磁化の時間変化率の挙動と類似性があることが明らかになっている[4]。しかし、磁気AE を用いた統一的な非破壊検査手法の確立のためには、前述した外的要因や内的要因によって変化する磁化曲線との相関に関して、より定量的な検討が必要であると考えられる。そこで本研究では、そのための基礎的検討として、SM490A 鋼を対象材料に、引張応力下での磁化曲線と磁気AE との相関について検討を行う。まず、測定される磁化の時間変化率と磁気AE の発生率が比例すると仮定して、各応力下における比例係数を求め、その関係を定式化する。その際、磁気AE や磁化の時間変化率、比例係数の応力による変化についても磁気弾性結合効果に基づき考察を行う。
2.磁気AEの発生要因と性質
一般に多結晶強磁性体は磁壁で区切られた多数の磁区で構成されており、その磁化過程では、結晶中の格子欠陥、不純物、結晶粒界などの影響で磁壁移動が不連続になり、磁化も不連続に変化する(バルクハウゼン効果)。この不連続磁壁移動のうち、主に90°磁壁の移動や回転磁化によって、磁区の自発ひずみのエネルギー変化がパルス状の弾性波として放出される現象が磁気AE であるとされている[1]。新家・宅間らの純鉄を用いた研究によると[4,5]、低磁場領域で発生する磁気AE は低周波(150 ~300kHz)の縦波であり、90°磁壁の不連続移動に起因する。また、高磁場領域で発生する磁気AE は高周波(400 ~800kHz)の横波であり、回転磁化に起因する。 応力負荷にともなう磁気弾性結合効果による磁区構造の変化、ならびに、塑性変形や疲労における転位やすべり線の増殖、残留応力などによる磁壁移動の抵抗増大や磁区構造の変化は磁気AE に大きな影響を与えるため、磁気AE を用いた応力・塑性変形・疲労の評価を行うことが可能であると考えられる。 Fig. 1 には強磁性体であるSM490A鋼に周期10sの周期的磁場を印加した際の、1 周期における磁場および磁化の時間変化率の絶対値とイベント計数法によって測定される磁気AE イベント数の分布を例示した。図より、磁化の時間変化率が大きな時間帯、すなわち低磁場領域において磁気AE も多く測定されており、両者には強い相関
があることがわかる。つまり、試験片材料や形状、探触子や解析モジュールなどの測定装置、およびしきい値などの測定条件が一定であれば、時刻t における単位時間当たりの磁気AE イベントの発生数ρ (t) は、 dt dM C t = ) ( ρ -1と表される。ここで、係数C は磁化変化における不連続な90°磁壁移動の割合または総量を表すと考えられる。 以降では、SM490A 鋼について引張応力下での磁化曲線および磁気AE を測定し、各応力における係数C を求め、応力を考慮した磁化の時間変化率と磁気AE 発生数との関係の定式化を行う。この際、係数C は磁場や磁化によらない定数であると仮定する。 3.実験 3.1 試験片 実験に使用した試験片材料はSM490A 鋼である。この材料の機械的特性の一部をTable 1 に示す。試験片形状は、Fig. 2 に示すように厚さ8mmで、平行部の幅は20mm、引張試験機により引張応力を加えながら測定するために両端部にはつかみ部を設けてある。 3.2 測定方法 測定装置の概略図をFig. 3 に示す。測定にあたっては試験片を島津製作所製万能試験機AG-5000E に固定し、試験片長手方向に引張応力を負荷した状態で各測定を行った。この際、引張応力が0MPa から200MPa までの20MPa 毎に測定を行った。 電磁石のコイル(2000 巻)に周期が10s で、最大電流値が3A である三角波形状の電流を流すことで周期的な磁場を印加する。磁場の印加方向は長手方向とし、電磁石の磁極間隔は110mm とした。その際、AE 測定装置によって試験片が磁化されることにより発生する弾性波の発生時刻、発生件数と振幅をイベント計数法により検出する。イベント計数法では、微小な時間帯にしきい値を超えた一連の信号を1 イベントとし、この一連の信号の内で最も大きな振幅を記録した時刻をイベントの発生時刻とする(Fig. 4)。なお、三角波電流は3 周期繰り返し、第2 周期目の最小電流値から1 周期間の磁気AE を計測した。計測はそれぞれ10 回行い、その平均値を実験値として採用した。 0 2 4 6 8 10 0:00:000.052:24:003:36:001899/11/301899/12/10-10010201900/01/29dM/dt H Time (s) dM/dt (T/s) Magnetic field H (kA/m) (a) dM/dt and H 0 2 4 6 8 10 02468Time (s) MAE event count (b) Distribution of MAE count Fig.1 MAE distribution, dM/dt and H of SM490A Table1 Mechanical properties of SM490A Yield stress ≧325 MPa Tensile strength ≧490 MPa Young’s modules 205 GPa 75 15 60 30 0 3020t8 R2 5 Fig.2 Specimen Power supply Bandpass filter Personal computer A/D converter GPIB board Preamplifier AE transducer Specimen Electro magnet Search coil Event counter AE counter Tensile stress Hole sensor Fig.3 Experimental system MAE signals Event amplitude 1 event Resolution time Dead time Discreminating level (dB) 1 event Fig.4 MAE measurement method また、試験片の磁化特性を測定するために、試験片に探りコイル(50 巻)を巻き、電流値に対応する磁束密度を測定した。さらに、試験片表面に設置した電子磁気工業社製ホールセンサT-550 により印加磁場方向(試験片長手方向)の磁界強さを測定し、以下の式から試験片の磁化を算出した。 coil hole M B H 0 = .μ (2) ここで、Mは試験片の磁化、Bcoilは探りコイルにより測定された磁束密度、Hhole はホールセンサで測定された磁界強さ、は真空の透磁率(4π×10-7[H/m])である。 AE測定装置一式にはNF 回路設計ブロック社製のものを用いた。AE 探触子AE-901S(中心周波数150kHz)からの信号はプリアンプAE-912(利得40dB)によって増幅され、AE 計測器U-PLOT9502 によってイベント数がカウントされる。プリアンプとAE 計測装置はそれぞれ、50kHz のハイパスフィルターと100kHz~500kHz のバンドパスフィルターを持つ。AE 計測器によるAE イベントの集計は0.1s 間隔でおこなわれる。分解時間は0.8ms、デッドタイムは1ms で、しきい値は50dB とした。 4.測定結果と解析 4.1 磁化曲線と磁気AEイベント分布 Fig. 5 に、引張応力0MPa、80MPa、160MPa において印加磁場1周期10秒間に測定された磁場Hおよび磁化の時間変化率dM/dtを時刻tに対してプロットしたものを示す。ここで、磁化の時間変化率は測定された磁化をラグランジュ補間に基づき数値微分することで算出した。Fig. 5 より、磁場H は応力によってはほとんど変化していない。一方で、磁化の時間変化率dM/dt は引張応力が増加するにともなって、低磁場領域(2.5s および7.5s 付近)では増加し、その付近のより大きな磁場が加わる領域では減少していることがわかる。これは引張応力による磁気弾性結合効果から説明される。すなわち、SM490A の磁歪係数は低磁場領域では正、高磁場領域では負の値をとる(ビラリー反転)ことに起因する[6]。そのため、磁歪の逆効果により、低磁場領域では引張応力により磁場印加方向(長手方向)の自発磁化を持つ磁区の体積が増加するような磁壁移動が促進され、磁化が進行しやすくなる。また逆に、高磁場領域では引張応力により磁場印加方向の自発磁化を持つ磁区の体積が増加するような磁壁移動が妨げられ、磁化の進行を阻害する要因となる。 0 2 4 6 8 10 00.050.10.15-20-1001020Time (s) dM/dt (T/s) H (kA/m) 0MPa 80MPa 160MPa Fig.5 dM/dt and H under several tensile stress 0 2 4 6 8 10 0246810Time (s) MAE event count Peak count: 7.46 Total count: 82.56 (a) 0MPa 0 2 4 6 8 10 0246810Time (s) MAE event count Peak count: 6.01 Total count: 51.25 (b) 80MPa 0 2 4 6 8 10 0246810Time (s) MAE event count Peak count: 3.75 Total count: 28.70 (c) 160MPa Fig.6 MAE distribution under several tensile stress 0 100 200 01900/01/014681900/01/09Tensile stress (MPa) Peak count Fig.7 MAE peak count versus tensile stress 0 100 200 050100150Tensile stress (MPa) Total count Fig.8 MAE total count versus tensile stress Fig. 6 には引張応力0MPa、80MPa、160MPa において印加磁場1 周期10 秒間に測定された磁気AE の0.1 秒間隔毎に集計されたイベント分布を示す。また、Fig. 7 およびFig. 8 にはイベント分布における最大イベント数をピークカウント、イベント分布の総和をトータルカウントとし、各応力に対してプロットしたものを示す。Fig. 6 より、引張応力が増加するにしたがって磁気AE イベント数は減少していることがわかる。また、Fig. 7、Fig. 8 より、磁気AE イベント数のピークカウントとトータルカウントの双方とも引張応力の増加にともなって減少している。Fig. 5 では磁化の時間変化率は引張応力の増加とともに大きくなっており、磁気AE の測定結果と矛盾するように見えるが、これは以下のように説明できる。磁気弾性結合効果によって、引張応力を加えると、応力負荷方向(磁場印加方向)に自発磁化を持つ磁区の体積が増加するように磁区構造が変化する。そのため、180°磁壁の割合が増加し、磁気AE の発生要因である90°磁壁の割合が減少する。SM490A 鋼においては応力による磁化の時間変化率の増加(すなわち、磁壁の単位時間当たりの移動量の増加)よりも90°磁壁の減少の効果の方が大きく、結果として測定される磁気AE およびピークカウントは減少したと考えられる。また、トータルカウントの減少については、この効果に加えて、ビラリー反転の効果で飽和漸近領域の磁化が減少したことによって、磁壁移動の総量自体が減少した効果もあると考えられる。 4.2 係数Cの決定と定式化 Fig. 5 およびFig. 6 のようにして測定された磁化の時間変化率と磁気AE の時間分布から各応力下での係数C を決定する。イベント計数法に基づく磁気AE の測定を行う場合、ある一定の時間間隔Δt で磁気AE イベント数を集計する。今回の場合、Δt=0.1s である。一方、Fig. 5 のように求められた磁化の時間変化率のデータの時間間隔をδt とすると、時刻t-Δt~t の間に発生する磁気AE イベント数N(t)は、式(1)より、 ( ) ∫ ( ) Σ. . == = t t t t t t t t t dt dM N ρ dt C δ (3) となる。いま、係数C は磁場や磁化によらず一定であると仮定しているので、こうして求められた最右辺とN(t) とを比較し、最適化法によって係数C を決定することができる。今回、最適化にはGRG 法を用いた。 各応力下での係数C を求めた結果をFig. 9 に示す。図より、係数C は応力の増加にともなって減少していることがわかる。また、高い応力においては一定値に漸近する傾向がみられる。係数Cは磁化の変化率における90° 磁壁移動の寄与の割合を示すと考えられるが、前節で述べたようにSM490A鋼では引張応力により90°磁壁移動は減少する。また、磁気弾性結合効果による磁区構造の変化は高い応力(弾性域)で飽和すると考えられるので上記のような係数Cの傾向が説明できる。 Fig. 9 の図中の実線は適当な関数(ここではa+b× tanh(-c×x)とした)により近似した結果である。このようにして決定された係数Cを(3)式に代入することで、以下0 100 200 021900/01/0368Nominal tensile stress (MPa) Coefficient C experimental approximation 5.89+3.77×tanh(-9.41×10-3×x) Fig.9 Coefficient C versus tensile stress 0 2 4 6 8 10 02468Time (s) MAE event count experimental calculated (a) 0MPa 0 2 4 6 8 10 02468Time (s) MAE event count experimental calculated (b) 80MPa 0 2 4 6 8 10 02468Time (s) MAE event count experimental calculated (c) 160MPa Fig.10 Reconstructed MAE event distribution under tensile stress のように応力T を考慮した磁気AE イベント分布の定式化ができる。 ( ) ( ( )) Σ . . × == + × . × . t t t t t dt dM N T δ 3 5.89 3.77 tanh 9.41 10 -4この(4)式を用いて0MPa、80MPa、160MPa における磁気AE イベント分布を計算した結果をFig. 10 に示す。図中の縦棒が実際の測定により得られた磁気AE 分布であり、白丸印が計算した結果である。式(4)により計算された結果は各引張応力での磁気AE イベント分布の特徴をある程度再現できている。一方で、測定結果はピークカウント近傍で計算結果と比較して磁気AE イベント数が多くなっている。これは、今回係数C は磁場や磁化によらず一定であると仮定したためであると考えられる。鉄単結晶において、低磁場(低磁化)領域では180°磁壁の移動による磁化の変化が支配的であり、高磁場(高磁化)領域では90°磁壁の移動による磁化の変化が支配的となることが報告されている(もちろん飽和漸近磁場領域では回転磁化が支配的となる)[7]。多結晶強磁性体においても同様の傾向があると考えると、係数C は磁気AE の発生要因である磁化変化における90°磁壁移動の寄与を表す係数であるため、磁場もしくは磁化によって一定ではなく、低磁化領域では小さく、高磁化領域では大きく、飽和漸近領域では0 に近づくような磁場・磁化の関数でなければならない。このことから、実際に測定される磁気AE イベント分布はピークカウント近傍において計算値よりも裾野が広がったような分布となっている。今後は、このような係数C の磁場・磁化による変化を考慮した定式化を行っていく必要がある。 5.結言 本研究では、磁化の時間変化率と磁気AE の発生率とが比例すると仮定し、SM490A 鋼を対象材料として、引張応力下での比例係数C を決定し、定式化を行った。その結果、以下の知見を得た。 (a) 引張応力の増加にともない、磁化の時間変化率は低磁場領域では増加し、高磁場領域では減少した。これは磁気弾性結合効果による磁歪の逆効果として説明される。 (b) 引張応力の増加に伴い、測定される磁気AE イベントのピークカウントおよびトータルカウントは減少した。これは磁気弾性結合効果による磁区構造の変化から説明される。 (c) 引張応力の増加にともない、係数C は減少した。これは、引張応力による磁区構造の変化によって90°磁壁移動の割合が減少することに対応していると考えられる。 (d) 決定された係数C を用いて磁気AE イベント分布を再現したところ、実際に測定される分布よりもピークカウント近傍でのイベント数が少なくなった。これは、磁化の変化において90°磁壁移動による磁区構造の変化が寄与する割合が、磁場・磁化によって変化するためであると考えられる。 今後は、係数C が磁場や磁化によって変化することを考慮した定式化を行っていく必要がある。また、最終的に磁気AE による統一的な応力の非破壊評価手法を確立するために、材料の形状や印加磁場の強さ、周波数などの外的要因を考慮した定式化を行っていく。 参考文献 [1] D. C. Jiles, “Review of magnetic methods for nondestructive evaluation” , NDT International, Vol.21, No.5, 1998, pp.311-319. [2] 安部ら、 “SS400 鋼の弾性域および塑性域における磁気AE 特性”、日本AEM 学会誌、 Vol.19、No.2、2011、 pp.171-176. [3] 宅間ら、“磁化特性と磁気AE による疲労損傷度と疲労条件の評価”、日本機械学会論文集A、Vol.64、No.627、1998、pp. 2862-2868. [4] 新家ら、 “磁気AE の発生機構に関する研究(ウェーブレット変換による発生挙動の観察)”、日本機械学会論文集A、Vol.68、No.669、2002、pp.835-839. [5] 新家ら、 “磁気AE の発生機構に関する研究(第2 報、集合組織の影響)”、日本機械学会論文集A、Vol.71、No.705、2005、pp.831-837. [6] 浅井ら、 “強磁性体の磁気ひずみ、磁化曲線の応力依存性”、日本機械学会論文集A、Vol.64、No.624、1998、pp.165-172. [7] 高橋、 “磁性と転位 第2 章マイナー・ヒステリシスループと転位”、検査技術、Vol.12、No.1、2007、pp.67-78. (平成25 年#月##日) “ “SM490A鋼の磁化曲線と磁気AEとの相関についての検討 “ “安部 正高,Masataka ABE“ “SM490A鋼の磁化曲線と磁気AEとの相関についての検討 “ “安部 正高,Masataka ABE
鉄などの強磁性材料に変動磁場を印加すると、材料内部の磁区構造の変化によって弾性波が発生する。この現象を磁気AE(Magneto-Acoustic Emission)と呼ぶ。磁気AE の特性は、材料の形状、印加磁場の強さや周波数、応力などの外的要因や、結晶粒度、不純物、熱処理などの内的要因に依存する[1]。これらの性質を利用して現在、強磁性材料の応力、塑性変形、サイクル疲労などの非破壊評価手法への適用が検討されている[2,3]。 これまでの研究により、磁気AE の発生率は磁化の時間変化率の挙動と類似性があることが明らかになっている[4]。しかし、磁気AE を用いた統一的な非破壊検査手法の確立のためには、前述した外的要因や内的要因によって変化する磁化曲線との相関に関して、より定量的な検討が必要であると考えられる。そこで本研究では、そのための基礎的検討として、SM490A 鋼を対象材料に、引張応力下での磁化曲線と磁気AE との相関について検討を行う。まず、測定される磁化の時間変化率と磁気AE の発生率が比例すると仮定して、各応力下における比例係数を求め、その関係を定式化する。その際、磁気AE や磁化の時間変化率、比例係数の応力による変化についても磁気弾性結合効果に基づき考察を行う。
2.磁気AEの発生要因と性質
一般に多結晶強磁性体は磁壁で区切られた多数の磁区で構成されており、その磁化過程では、結晶中の格子欠陥、不純物、結晶粒界などの影響で磁壁移動が不連続になり、磁化も不連続に変化する(バルクハウゼン効果)。この不連続磁壁移動のうち、主に90°磁壁の移動や回転磁化によって、磁区の自発ひずみのエネルギー変化がパルス状の弾性波として放出される現象が磁気AE であるとされている[1]。新家・宅間らの純鉄を用いた研究によると[4,5]、低磁場領域で発生する磁気AE は低周波(150 ~300kHz)の縦波であり、90°磁壁の不連続移動に起因する。また、高磁場領域で発生する磁気AE は高周波(400 ~800kHz)の横波であり、回転磁化に起因する。 応力負荷にともなう磁気弾性結合効果による磁区構造の変化、ならびに、塑性変形や疲労における転位やすべり線の増殖、残留応力などによる磁壁移動の抵抗増大や磁区構造の変化は磁気AE に大きな影響を与えるため、磁気AE を用いた応力・塑性変形・疲労の評価を行うことが可能であると考えられる。 Fig. 1 には強磁性体であるSM490A鋼に周期10sの周期的磁場を印加した際の、1 周期における磁場および磁化の時間変化率の絶対値とイベント計数法によって測定される磁気AE イベント数の分布を例示した。図より、磁化の時間変化率が大きな時間帯、すなわち低磁場領域において磁気AE も多く測定されており、両者には強い相関
があることがわかる。つまり、試験片材料や形状、探触子や解析モジュールなどの測定装置、およびしきい値などの測定条件が一定であれば、時刻t における単位時間当たりの磁気AE イベントの発生数ρ (t) は、 dt dM C t = ) ( ρ -1と表される。ここで、係数C は磁化変化における不連続な90°磁壁移動の割合または総量を表すと考えられる。 以降では、SM490A 鋼について引張応力下での磁化曲線および磁気AE を測定し、各応力における係数C を求め、応力を考慮した磁化の時間変化率と磁気AE 発生数との関係の定式化を行う。この際、係数C は磁場や磁化によらない定数であると仮定する。 3.実験 3.1 試験片 実験に使用した試験片材料はSM490A 鋼である。この材料の機械的特性の一部をTable 1 に示す。試験片形状は、Fig. 2 に示すように厚さ8mmで、平行部の幅は20mm、引張試験機により引張応力を加えながら測定するために両端部にはつかみ部を設けてある。 3.2 測定方法 測定装置の概略図をFig. 3 に示す。測定にあたっては試験片を島津製作所製万能試験機AG-5000E に固定し、試験片長手方向に引張応力を負荷した状態で各測定を行った。この際、引張応力が0MPa から200MPa までの20MPa 毎に測定を行った。 電磁石のコイル(2000 巻)に周期が10s で、最大電流値が3A である三角波形状の電流を流すことで周期的な磁場を印加する。磁場の印加方向は長手方向とし、電磁石の磁極間隔は110mm とした。その際、AE 測定装置によって試験片が磁化されることにより発生する弾性波の発生時刻、発生件数と振幅をイベント計数法により検出する。イベント計数法では、微小な時間帯にしきい値を超えた一連の信号を1 イベントとし、この一連の信号の内で最も大きな振幅を記録した時刻をイベントの発生時刻とする(Fig. 4)。なお、三角波電流は3 周期繰り返し、第2 周期目の最小電流値から1 周期間の磁気AE を計測した。計測はそれぞれ10 回行い、その平均値を実験値として採用した。 0 2 4 6 8 10 0:00:000.052:24:003:36:001899/11/301899/12/10-10010201900/01/29dM/dt H Time (s) dM/dt (T/s) Magnetic field H (kA/m) (a) dM/dt and H 0 2 4 6 8 10 02468Time (s) MAE event count (b) Distribution of MAE count Fig.1 MAE distribution, dM/dt and H of SM490A Table1 Mechanical properties of SM490A Yield stress ≧325 MPa Tensile strength ≧490 MPa Young’s modules 205 GPa 75 15 60 30 0 3020t8 R2 5 Fig.2 Specimen Power supply Bandpass filter Personal computer A/D converter GPIB board Preamplifier AE transducer Specimen Electro magnet Search coil Event counter AE counter Tensile stress Hole sensor Fig.3 Experimental system MAE signals Event amplitude 1 event Resolution time Dead time Discreminating level (dB) 1 event Fig.4 MAE measurement method また、試験片の磁化特性を測定するために、試験片に探りコイル(50 巻)を巻き、電流値に対応する磁束密度を測定した。さらに、試験片表面に設置した電子磁気工業社製ホールセンサT-550 により印加磁場方向(試験片長手方向)の磁界強さを測定し、以下の式から試験片の磁化を算出した。 coil hole M B H 0 = .μ (2) ここで、Mは試験片の磁化、Bcoilは探りコイルにより測定された磁束密度、Hhole はホールセンサで測定された磁界強さ、は真空の透磁率(4π×10-7[H/m])である。 AE測定装置一式にはNF 回路設計ブロック社製のものを用いた。AE 探触子AE-901S(中心周波数150kHz)からの信号はプリアンプAE-912(利得40dB)によって増幅され、AE 計測器U-PLOT9502 によってイベント数がカウントされる。プリアンプとAE 計測装置はそれぞれ、50kHz のハイパスフィルターと100kHz~500kHz のバンドパスフィルターを持つ。AE 計測器によるAE イベントの集計は0.1s 間隔でおこなわれる。分解時間は0.8ms、デッドタイムは1ms で、しきい値は50dB とした。 4.測定結果と解析 4.1 磁化曲線と磁気AEイベント分布 Fig. 5 に、引張応力0MPa、80MPa、160MPa において印加磁場1周期10秒間に測定された磁場Hおよび磁化の時間変化率dM/dtを時刻tに対してプロットしたものを示す。ここで、磁化の時間変化率は測定された磁化をラグランジュ補間に基づき数値微分することで算出した。Fig. 5 より、磁場H は応力によってはほとんど変化していない。一方で、磁化の時間変化率dM/dt は引張応力が増加するにともなって、低磁場領域(2.5s および7.5s 付近)では増加し、その付近のより大きな磁場が加わる領域では減少していることがわかる。これは引張応力による磁気弾性結合効果から説明される。すなわち、SM490A の磁歪係数は低磁場領域では正、高磁場領域では負の値をとる(ビラリー反転)ことに起因する[6]。そのため、磁歪の逆効果により、低磁場領域では引張応力により磁場印加方向(長手方向)の自発磁化を持つ磁区の体積が増加するような磁壁移動が促進され、磁化が進行しやすくなる。また逆に、高磁場領域では引張応力により磁場印加方向の自発磁化を持つ磁区の体積が増加するような磁壁移動が妨げられ、磁化の進行を阻害する要因となる。 0 2 4 6 8 10 00.050.10.15-20-1001020Time (s) dM/dt (T/s) H (kA/m) 0MPa 80MPa 160MPa Fig.5 dM/dt and H under several tensile stress 0 2 4 6 8 10 0246810Time (s) MAE event count Peak count: 7.46 Total count: 82.56 (a) 0MPa 0 2 4 6 8 10 0246810Time (s) MAE event count Peak count: 6.01 Total count: 51.25 (b) 80MPa 0 2 4 6 8 10 0246810Time (s) MAE event count Peak count: 3.75 Total count: 28.70 (c) 160MPa Fig.6 MAE distribution under several tensile stress 0 100 200 01900/01/014681900/01/09Tensile stress (MPa) Peak count Fig.7 MAE peak count versus tensile stress 0 100 200 050100150Tensile stress (MPa) Total count Fig.8 MAE total count versus tensile stress Fig. 6 には引張応力0MPa、80MPa、160MPa において印加磁場1 周期10 秒間に測定された磁気AE の0.1 秒間隔毎に集計されたイベント分布を示す。また、Fig. 7 およびFig. 8 にはイベント分布における最大イベント数をピークカウント、イベント分布の総和をトータルカウントとし、各応力に対してプロットしたものを示す。Fig. 6 より、引張応力が増加するにしたがって磁気AE イベント数は減少していることがわかる。また、Fig. 7、Fig. 8 より、磁気AE イベント数のピークカウントとトータルカウントの双方とも引張応力の増加にともなって減少している。Fig. 5 では磁化の時間変化率は引張応力の増加とともに大きくなっており、磁気AE の測定結果と矛盾するように見えるが、これは以下のように説明できる。磁気弾性結合効果によって、引張応力を加えると、応力負荷方向(磁場印加方向)に自発磁化を持つ磁区の体積が増加するように磁区構造が変化する。そのため、180°磁壁の割合が増加し、磁気AE の発生要因である90°磁壁の割合が減少する。SM490A 鋼においては応力による磁化の時間変化率の増加(すなわち、磁壁の単位時間当たりの移動量の増加)よりも90°磁壁の減少の効果の方が大きく、結果として測定される磁気AE およびピークカウントは減少したと考えられる。また、トータルカウントの減少については、この効果に加えて、ビラリー反転の効果で飽和漸近領域の磁化が減少したことによって、磁壁移動の総量自体が減少した効果もあると考えられる。 4.2 係数Cの決定と定式化 Fig. 5 およびFig. 6 のようにして測定された磁化の時間変化率と磁気AE の時間分布から各応力下での係数C を決定する。イベント計数法に基づく磁気AE の測定を行う場合、ある一定の時間間隔Δt で磁気AE イベント数を集計する。今回の場合、Δt=0.1s である。一方、Fig. 5 のように求められた磁化の時間変化率のデータの時間間隔をδt とすると、時刻t-Δt~t の間に発生する磁気AE イベント数N(t)は、式(1)より、 ( ) ∫ ( ) Σ. . == = t t t t t t t t t dt dM N ρ dt C δ (3) となる。いま、係数C は磁場や磁化によらず一定であると仮定しているので、こうして求められた最右辺とN(t) とを比較し、最適化法によって係数C を決定することができる。今回、最適化にはGRG 法を用いた。 各応力下での係数C を求めた結果をFig. 9 に示す。図より、係数C は応力の増加にともなって減少していることがわかる。また、高い応力においては一定値に漸近する傾向がみられる。係数Cは磁化の変化率における90° 磁壁移動の寄与の割合を示すと考えられるが、前節で述べたようにSM490A鋼では引張応力により90°磁壁移動は減少する。また、磁気弾性結合効果による磁区構造の変化は高い応力(弾性域)で飽和すると考えられるので上記のような係数Cの傾向が説明できる。 Fig. 9 の図中の実線は適当な関数(ここではa+b× tanh(-c×x)とした)により近似した結果である。このようにして決定された係数Cを(3)式に代入することで、以下0 100 200 021900/01/0368Nominal tensile stress (MPa) Coefficient C experimental approximation 5.89+3.77×tanh(-9.41×10-3×x) Fig.9 Coefficient C versus tensile stress 0 2 4 6 8 10 02468Time (s) MAE event count experimental calculated (a) 0MPa 0 2 4 6 8 10 02468Time (s) MAE event count experimental calculated (b) 80MPa 0 2 4 6 8 10 02468Time (s) MAE event count experimental calculated (c) 160MPa Fig.10 Reconstructed MAE event distribution under tensile stress のように応力T を考慮した磁気AE イベント分布の定式化ができる。 ( ) ( ( )) Σ . . × == + × . × . t t t t t dt dM N T δ 3 5.89 3.77 tanh 9.41 10 -4この(4)式を用いて0MPa、80MPa、160MPa における磁気AE イベント分布を計算した結果をFig. 10 に示す。図中の縦棒が実際の測定により得られた磁気AE 分布であり、白丸印が計算した結果である。式(4)により計算された結果は各引張応力での磁気AE イベント分布の特徴をある程度再現できている。一方で、測定結果はピークカウント近傍で計算結果と比較して磁気AE イベント数が多くなっている。これは、今回係数C は磁場や磁化によらず一定であると仮定したためであると考えられる。鉄単結晶において、低磁場(低磁化)領域では180°磁壁の移動による磁化の変化が支配的であり、高磁場(高磁化)領域では90°磁壁の移動による磁化の変化が支配的となることが報告されている(もちろん飽和漸近磁場領域では回転磁化が支配的となる)[7]。多結晶強磁性体においても同様の傾向があると考えると、係数C は磁気AE の発生要因である磁化変化における90°磁壁移動の寄与を表す係数であるため、磁場もしくは磁化によって一定ではなく、低磁化領域では小さく、高磁化領域では大きく、飽和漸近領域では0 に近づくような磁場・磁化の関数でなければならない。このことから、実際に測定される磁気AE イベント分布はピークカウント近傍において計算値よりも裾野が広がったような分布となっている。今後は、このような係数C の磁場・磁化による変化を考慮した定式化を行っていく必要がある。 5.結言 本研究では、磁化の時間変化率と磁気AE の発生率とが比例すると仮定し、SM490A 鋼を対象材料として、引張応力下での比例係数C を決定し、定式化を行った。その結果、以下の知見を得た。 (a) 引張応力の増加にともない、磁化の時間変化率は低磁場領域では増加し、高磁場領域では減少した。これは磁気弾性結合効果による磁歪の逆効果として説明される。 (b) 引張応力の増加に伴い、測定される磁気AE イベントのピークカウントおよびトータルカウントは減少した。これは磁気弾性結合効果による磁区構造の変化から説明される。 (c) 引張応力の増加にともない、係数C は減少した。これは、引張応力による磁区構造の変化によって90°磁壁移動の割合が減少することに対応していると考えられる。 (d) 決定された係数C を用いて磁気AE イベント分布を再現したところ、実際に測定される分布よりもピークカウント近傍でのイベント数が少なくなった。これは、磁化の変化において90°磁壁移動による磁区構造の変化が寄与する割合が、磁場・磁化によって変化するためであると考えられる。 今後は、係数C が磁場や磁化によって変化することを考慮した定式化を行っていく必要がある。また、最終的に磁気AE による統一的な応力の非破壊評価手法を確立するために、材料の形状や印加磁場の強さ、周波数などの外的要因を考慮した定式化を行っていく。 参考文献 [1] D. C. Jiles, “Review of magnetic methods for nondestructive evaluation” , NDT International, Vol.21, No.5, 1998, pp.311-319. [2] 安部ら、 “SS400 鋼の弾性域および塑性域における磁気AE 特性”、日本AEM 学会誌、 Vol.19、No.2、2011、 pp.171-176. [3] 宅間ら、“磁化特性と磁気AE による疲労損傷度と疲労条件の評価”、日本機械学会論文集A、Vol.64、No.627、1998、pp. 2862-2868. [4] 新家ら、 “磁気AE の発生機構に関する研究(ウェーブレット変換による発生挙動の観察)”、日本機械学会論文集A、Vol.68、No.669、2002、pp.835-839. [5] 新家ら、 “磁気AE の発生機構に関する研究(第2 報、集合組織の影響)”、日本機械学会論文集A、Vol.71、No.705、2005、pp.831-837. [6] 浅井ら、 “強磁性体の磁気ひずみ、磁化曲線の応力依存性”、日本機械学会論文集A、Vol.64、No.624、1998、pp.165-172. [7] 高橋、 “磁性と転位 第2 章マイナー・ヒステリシスループと転位”、検査技術、Vol.12、No.1、2007、pp.67-78. (平成25 年#月##日) “ “SM490A鋼の磁化曲線と磁気AEとの相関についての検討 “ “安部 正高,Masataka ABE“ “SM490A鋼の磁化曲線と磁気AEとの相関についての検討 “ “安部 正高,Masataka ABE