温度成層界面ゆらぎにより発生する熱応力の 周波数応答に関する研究

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カテゴリ: 第10回
1. 緒言
原子力プラントにおいて冷却材の温度変動によって生じる熱疲労破損は、近年においても国内外で比較的多くの破損事例が報告されている。原子力システムの安全性を確保するためには、これを評価し適切に防ぐ必要がある。熱疲労破損は熱流動と構造の両分野に亘る複雑な現象である。冷却材の不規則な温度変動は、配管の構造表面温度を不規則に変動させる。構造表面温度は熱伝導により板厚内部に浸透していくが、その過程で温度振幅の減衰と時間遅れが生じ、構造内部の温度追従は悪くなる(温度減衰効果)。この効果は流体温度変動の周波数に依存する。近年の研究によりこの現象が構造健全性に最も影響力を持つことが示された[1]。この構造内で発生する温度減衰効果を考慮し熱疲労破損を評価するために、笠原らは周波数応答関数を開発した[2-4]。この関数は構造板厚方向の温度勾配により発生する熱応力を評価する手法である。典型的な破損事例である高低温流体合流部の不規則温度変動による熱疲労はこの周波数応答関数により評価できる。しかしナトリウム冷却高速増殖炉の上部プレナムに発生する熱成層化現象[5]のような温度境界面が変動する(温度成層界面ゆらぎ)現象は流体温度が軸方向分布も持つため、その熱応力を周波数応答関数で適切に評価することができない。本研究では温度成層界面ゆらぎ現象による熱応力発生メカニズムを調べるため、不規則温度変動現象と温度成層界面ゆらぎ現象を模擬する2つのモデルを作成し、有限要素法シミュレーションを実施する。得られた結果よりその熱応力発生メカニズムを解明し、そのメカニズムに基づき周波数応答関数を温度成層界面ゆらぎ現象に対応するものに改良する。Fig.1 Thermal stratification oscillation phenomenon in upper plenum of sodium cooled fast breeder reactor [5]
2. 周波数応答関数 流体から構造に熱が伝わる過程で発生する温度減衰効果と構造内の温度勾配により発生する熱応力は流体温度ゆらぎの周波数に依存する。構造の周波数応答メカニズムをFig.2 に示す。流体温度ゆらぎが低周波のとき、熱は構造内で十分拡散し均一な温度分布になるため、大きな熱応力は発生しない。一方流体温度ゆらぎが高周波のときも、構造表面への伝熱効果は温度ゆらぎの速度に応答しきれないために大きな熱応力が発生しない。従って中間の周波数が最も大きな熱応力を発生させる。 Fig.2 Frequency response characteristics of structures of fluid temperature [3] 周波数応答関数G(Bi, jf*)は構造内温度勾配により発生する熱応力を評価する理論的手法である[2-4]。この関数は熱伝達関数H(Bi,jf*)と熱応力関数S(x*, jf*, Rm, Rb)から構成される。これらの関数は1 次元熱伝導方程式をフーリエ変換することにより得られる。 ......., ...., ....., ...., ...... .. ........, .............., ....., ...., ...... (1) ここで, X*=x/L: 無次元板厚方向距離。L は板厚 Bi=hL/k:ビオ数。熱伝達係数と熱伝導率の比 f*=fL2/a: 無次元周波数。a は熱拡散率 Rm, Rb: 膜応力、曲げ応力の拘束率 熱伝達関数H(Bi,jf)は、流体温度ゆらぎの周波数とビオ数をパラメーターとし、流体から構造表面への熱伝達過程を評価する関数である。 ........, ....... .. .... ........................ (2) 一般的に板厚方向応力分布は膜応力、曲げ応力、ピーク応力に分けられる(Fig.3)[6]。熱応力関数S(x*, jf*, Rm, Rb) は構造表面温度から構造内熱応力への変換を流体温度ゆらぎの周波数f*、膜応力、曲げ応力の拘束率Rm、Rbをパラメーターとして評価する関数である。 Fig.3 Thermal stress divided into membrane, bending , and peak component [6] ........, ....,...... .. ..1 .. ..1 .. ............ .. ........ .. ..1 .. ............ .. ........ (3) ここで、 .... .. .. ......... .. .......................................................... .................................................................... (4) .... .. .. ......... .. .......................................................... .................................................................... (5) .... .. .. ......... ............................................................................................ ....... .................................................................. .. (6) .... .. .. ......... ............................................................................................ ....... .................................... ....... .................................................................. .. -7Fig.4 は周波数応答関数により計算された応力のゲインを示す。前述のように中間の周波数で最大の熱応力が引き起こされていることがわかる。 Fig.4 Gain of frequency response function of one-dimensional structure 3. 熱成層界面温度ゆらぎの振る舞い 熱成層化現象による温度成層界面ゆらぎの振る舞いを解析するため、2つの流体温度変動モデルを分析した。1つ目の流体温度変動モデルは熱成層固定モデル(Fixed layer model)である(Fig.5)。このモデルは流体温度が上 下に分かれ、下方の温度は一定、上方は流体温度が正弦波状に変動する。前述の周波数応答関数はこのモデルのように温度変動をする想定で開発された。 Fig.5 Temperature oscillation with the fixed layer model しかし、現実の熱成層界面温度ゆらぎの振る舞いは上記モデルよりも複雑である。2 つ目の流体温度変動モデルは界面の空間移動を考慮に入れた熱成層移動モデル( The moving layer model)である(Fig.6)。このモデルでは上部を高温、下部を低温に固定して2 層に分け、その境界層が一定の周波数で正弦波状に移動する。Fig.6 Temperature oscillation with the moving layer model この2つのモデルは固定点で観察すると異なった流体温度変動をする(Fig.7)。熱成層移動モデルの場合、温度境界層は正弦波状に移動するが、固定点で観察すると矩形波状に温度変動をする。Fig.7 Temperature histories at the point of interest for each model これらの2つの流体温度変動モデルによる熱応力発生メカニズムの違いを比較するため、有限要素法によるシミュレーションを行った。Fig.8 は用いた構造のモデルである。素材は316FR、流体-構造間の熱伝達係数は930 W/m2K である。Fig.8 Mechanical and thermal pipe model このモデルを用いたシミュレーションから、熱応力のゲインを計算した。また周波数応答関数を用いて計算したゲインも合わせてFig.9 に示す。この結果から周波数応答関数は熱成層固定モデルのゲインを予測することができるが、熱成層移動モデルのゲインは流体温度ゆらぎが低周波と高周波で熱応力を過小評価することがわかる。Fig.9 Gains of the frequency response function and finite element simulation results 4. 熱成層界面ゆらぎにより発生する熱応力の周波数応答メカニズム 3 章のFig.9 より、周波数応答関数は熱成層界面ゆらぎにより発生する熱応力を低周波領域と高周波領域で適切に予測できないことがわかった。そこで2つの温度ゆらぎモデルにより発生する熱応力の周波数応答メカニズムを調べた。 4.1 低周波領域における熱応力応答メカニズム まず流体温度ゆらぎが低周波のときの、各モデルの熱応力応答メカニズムの違いを調べた。 熱応力は主に構造内板厚方向の温度勾配により発生するので、構造内の温度勾配を調べた。Fig.10 は各モデルにおける構造内部温度の最大値と最小値を示している。温度勾配においてはモデルによる差異が見られないことから、熱応力応答メカニズムの違いは熱伝達過程によるものではないことがわかる。 Fig.10 Temperature gradient across wall-thickness よって各モデルにおける熱応力応答メカニズムの違いは熱応力応答関数S(x*, jf*, Rm, Rb)によるものであることがわかる。Fig.11 は各モデルの構造表面における応力履歴である。熱成層固定モデルの場合圧縮応力のみが働くのに対し、熱成層移動モデルの場合は圧縮応力と引っ張り応力の両方が働いていることがわかる。Fig.11 Stress histories at a point of interest for each model このことから各モデルの熱応力応答メカニズムの違いを考察する。Fig.12、Fig.13 は各モデルの流体温度ゆらぎと、軸方向の応力分布を表している。熱成層固定モデルの場合、流体温度が高温のとき圧縮応力が働くのに対し、低温のときは応力が発生していない。これに対し熱成層移動モデルの場合は温度境界層の移動に合わせ軸方向の応力分布も移動するので、圧縮応力に加え引っ張り応力を受ける。これが各モデルの低周波領域における熱応力応答メカニズムの違いである。Fig.12 Steady state thermal stress distribution of the fixed layer model Fig.13 Steady state thermal stress distribution of the moving layer model 4.2 高周波領域における熱応力応答メカニズム次に、流体温度ゆらぎが高周波のときの各モデルの熱応力応答メカニズムの違いを調べた。Fig.14 は各モデルの構造内板厚方向の温度勾配である。この図から構造内の温度勾配はモデルによる違いがあることがわかる。このことから流体温度ゆらぎが高周波のとき熱応力応答メカニズムの違いは流体から構造への熱伝達過程にあることがわかる。Fig.14 Temperature gradient across wall-thickness 3 章に示したFig.7 は構造表面における流体温度履歴である。この図から熱成層移動モデルの場合は最高温度と最低温度により長い時間さらされていることがわかる。Fig.15 は構造表面における熱流束の時間履歴である。この図から熱成層移動モデルの方が大きな熱流束を受けていることがわかる。したがって流体温度ゆらぎが高周波領域のときの、熱応力応答メカニズムの違いは熱流束の違いであることがわかる。Fig.15 Heat flux histories at the point of interest for each model 5. 熱応力応答メカニズムに基づく周波数応答関数の改良 4 章までに分析した熱成層移動モデルの熱応力応答メカニズムに基づき、周波数応答関数を改良する。5.1 低周波領域における周波数応答関数の改良 まず流体温度ゆらぎが低周波のときを考える。4 章の分析から、熱成層移動モデルは熱成層固定モデルに比べ2 倍の応力変動を受けることがわかった。またこのメカニズムは熱伝達過程に依らないので、熱応力関数S(x*, jf*, Rm, Rb)のみ改良する。 一般的な構造では曲げ応力成分は完全に拘束されている(Rb=1)。また2 章で説明したように、流体温度ゆらぎが低周波のとき熱は構造内で十分拡散するので、板厚方向温度分布は膜成分によるものである。よって熱成層移動モデルは2 倍の膜成分の応力を受けていることになるので、修正周波数応答関数として膜拘束を2 倍したもの(Rm*=2×Rm)を提案する。5.2 高周波領域における周波数応答関数の改良 次に流体温度ゆらぎが高周波のときを考える。4 章から、2つのモデルの違いは熱成層移動モデルの方が大きな熱流束を受けることであるとわかった。 熱流束は以下のように書ける。.. .. ................ .. .................. (8) 熱成層固定モデルに比べ熱成層移動モデルはより大きな熱量が構造に伝わり、これが構造表面の温度の差になったと考えられる。ここで各モデルでの温度変動1周期に伝わる総熱量の比Φmodelを考える。............ .. .............. .......... ............ .......... -9.. .. .. ...... .. ...... .. .. .. ...... .. .......... .. .. .... (10) このΦmodelにより熱成層移動モデルの構造表面付近の温度変動を予測することができる。熱成層移動モデルの構造表面付近の温度は熱成層固定モデルのもののΦmodel倍になる。発生する熱応力のうち膜応力成分が発生するのは熱が十分拡散した後なので、熱流束の違いは膜応力に関与しない。また構造内の熱伝導過程は各モデルに違いがないこと、高周波領域における構造表面付近の温度変動は主にピーク応力成分になることから、修正周波数応答関数として熱応力関数S(x*, jf*, Rm, Rb)のピーク応力をΦmodel倍したものを提案する。 Φmodelは理論的に導出した。高周波で温度変動が表面近傍に限定されることに着目して構造を半無限個体と近似すると、振幅Tfluid、角周波数ω の流体温度変動にさらされた構造表面温度Tsurfaceの理論式は...................... .. ............ ............ .. ............ .. .... sin ...... .. .... (11) h は熱伝達係数、k は熱伝導率、a は熱拡散率を示す。ここでε .. .......... .. .. .. .......... (12) λ .. .. .. .... (13) 熱成層移動モデルの温度変動をフーリエ級数展開して .............. .......... .. .... Σ .. ........ .. sin..2.. .. 1.. .. ...... (14) 式(11)と式(14)を式(8)に代入し、それぞれのモデルにおける1 周期に伝わる総熱量を数値計算し、Φmodelを導出した(Fig.16)。この結果から............ .. 1.5 (15) とした。 Fig.16 Φmodel obtained by theoretical method Fig.17 は有限要素法シミュレーション、改良前の周波数応答関数、低周波領域と高周波領域それぞれの熱応力応答メカニズムに基づき改良した周波数応答関数で計算したゲインを示している。Fig.17 より、修正周波数応答関数は低周波領域と高周波領域の熱成層移動モデルの熱応力を精度良く予測できることが確認できる。 Fig.17 Gains of the frequency response function and finite element simulation results 6. 結言 本研究により熱応力を評価する理論解法である周波数応答関数を、熱成層化現象による温度成層界面ゆらぎに対応できるように改良した。改良は温度成層界面ゆらぎによる熱応力応答メカニズムに基づいた。熱応力応答メカニズムは流体温度ゆらぎが低周波領域のときと高周波領域のときに分け、個々に分析した。 流体温度ゆらぎが低周波のとき、熱成層移動モデルの場合は2 倍の応力変動を受けていることがわかった。低周波領域のとき発生する熱応力は主に膜応力であることから、膜応力の拘束率を2 倍に修正した。流体温度ゆらぎが高周波のとき、熱成層移動モデルの場合はより多くの熱流束を受けることがわかった。熱流束の違いが熱応力に及ぼす影響の考察から、ピーク応力成分を1周期に伝わる総熱量の比である1.5 倍とすることで熱応力関数を改良した。解明した低周波、高周波領域における熱応力発生メカニズムに基づき改良された周波数応答関数は有限要素法シミュレーションの結果とよく一致した。参考文献 [1] Gelineau, O., 1999, “Review of predictive methods applied to thermal striping problems and recommendations”, F06/3, SMiRT15. [2] Kasahara, N., 1999, “Structural Response Diagram Approach for Evaluation of Thermal Striping Phenomenon”, F05/4, SMiRT15. [3] Kasahara, N. and Takasho, H., 2002, “Stress Response Functions to Multi-dimensional Spatial Fluctuations of Fluid Temperature”. In pressure vessel and piping codes and standards 2002, Vol.443 of Pressure Vessels and Piping Conference, American Society of Mechanical Engineers. Pressure Vessels and Piping Division, pp.25-32. [4] Kasahara, N., Takasho, H. and Ycumpai, A., 2002, “Structural Response Function Approach for Evaluation of Thermal Striping Phenomena”, Nuclear Engineering and Design, Vol. 212, No. 13, pp.281-292. [5] Chikazawa, N. Y., Aoto, K., Hayafune, H., Ohno, Y., Kotake, S., Toda, M., and Ito, T., 2011, “Conceptual Design for a Large-Scale Japan Sodium-Cooled Fast Reactor (1) Feasibility of Key Technologies”, Paper 11278, ICAPP. [6] Jones, I., 1995, “The Effect of Various Constraint Conditions in the Frequency Response Model of Thermal Striping”, Fatigue and Fracture of Engineering Materials and Structures, Vol.18, No.4, pp. 489-502.
“ “温度成層界面ゆらぎにより発生する熱応力の 周波数応答に関する研究 “ “水谷 崇人,Takato MIZUTANI,ダビッド フォウントヴィエス,DavidLucien FUNTOWIEZ,笠原 直人,Naoto KASAHARA“ “温度成層界面ゆらぎにより発生する熱応力の 周波数応答に関する研究 “ “水谷 崇人,Takato MIZUTANI,ダビッド フォウントヴィエス,DavidLucien FUNTOWIEZ,笠原 直人,Naoto KASAHARA
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