試験片表面観察に基づく微小疲労き裂成長予測モデルの検討
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カテゴリ: 第10回
1. はじめに
福島第一原子力発電所事故以降、原子力プラントにはより高い安全性が求められている。その中で重要の一つとされるのは、高経年化プラントの経年劣化がプラント全体の機能に与える影響を評価し、機能維持信頼性を確保することである。このため、経年劣化によるプラント全体の機能維持信頼性を評価システム安全評価手法の開発が始まっている。システム安全評価手法は、経年劣化事象がプラントの安全機能に与える影響を保全計画の効果も考慮して定量評価し、効率的に安全性の向上を図る手法であ1] 一方、原子力発電所の劣化管理において疲労損傷の管理は構造健全性確保のための重要事項のひとつである。現在、原子力発電所の設計における疲労損傷評価では累積疲労係数(CUF)が用いらいる。CUFを用いた設計手法はこれまで原子力発電所をはじめとする圧力バウンダリ機器の疲労損傷の発生防止に活用されてきた。しかし、この方法では疲労き裂の発生から破損に至る現象を把握し、メカニズムに基づき予測することで機能維持の信頼性を確保し、更に他の劣化事象と重ねあわせてシステム全体の機能維持の程度、すなわち損傷までの裕度を評価して適切な保全計画を立案することは難。 そこで新たに、微小き裂の発生と成長をモデル化するき裂成長予測モデルに基づいた疲労評価手法の検討が行 われている。この手法は従来用いてきたUFとき裂サイズの関係を表す「仮想き裂成長」を策定することで、UFとき裂サイズの関係から疲労損傷による潜在的なリスク評価を可能とする[2]。 本論文では、き裂成長予測モデルの基礎検討として試験片のき裂発生・進展の統計的な挙動細に観察し、き裂成長の確率的な挙動を再現するき裂成長予測モデルを構築することを目的とした。
2. 記号説明
a : き裂深さ (mm) da/dN : 進展速度 (m/cycle) ε : ひずみ (%) f : 形状係数 Keq: 等価応力拡大係数 (m0.5) l : き裂長さ (mm) N : 過渡繰り返し数 (cycle) Nincubation : 潜伏期間 (cycle) Ptotal: 累積き裂発生確率 R:試験片の半径(mm) 3. き裂成長予測モデルの作成検討 本研究ではFig.1に示す試験片を用いた疲労試験のデータをもとに、一定ひずみ振幅下(⊿ε/2=0.6%)の大気中疲労試験において、き裂の成長を模擬するき裂成長予測モデルを作成することを検討した。検討の流れをFig. 2に示す。 Fig. 1Geometry of test specimen (unit: mm) 試験片の表面き裂観察によるき裂成長のばらつきの詳細観察とばらつきの定量化定量化によって得られた値を元としたき裂成長予測モデル作成計算機シミュレーションの結果と実験値の比較シミュレーションによるき裂成長曲線の作成き裂成長曲線のばらつきを用いた実機の任意の部位(面積)を対象とするき裂サイズを推定Fig. 2Flow sheet to establish crack growth prediction model 30.1試験片表面のき裂成長のばらつきの詳細観察 き裂成長のばらつきを詳細に観察するために疲労試験を行い、500サイクルごとにレプリカ法で試験片の表面き裂を観察した。観察は試験片表面の3㎜×2㎜の領域に対して行った。 Fig. 3には観察されたき裂個数の変化を、Fig. 4にはき裂の長さ変化を示す。Fig. 3よりき裂は過渡開始から寿命直前まで様々なタイミングで発生していることがわかる。また、Fig. 4に示すようにき裂の成長速度もき裂や、繰返し数によって異なっている。 0204060801001201401601802002202402600100020003000400050006000Number of CrackNumber of CycleFig. 3Numerical change of cracks in the observation area 00.020.040.060.080.10.120.140.160.180.20.220.240.2601000200030004000500060007000Crack Length(mm)Number of CycleCrack 1Crack 2Crack 3Fig. 4Example of crack propagation in experiment 3.2き裂成長のばらつきの定量化 疲労試験片の表面き裂観察で見られたFig. 3、Fig. 4のばらつきをき裂成長予測モデルに反映するために、潜伏期間とき裂進展速度のばらつきを定量化した。 3.2.1 潜伏期間の定量化 き裂長さが観察限界の20μmを超えた時点をき裂発生と定義し、それに至る繰返し数を潜伏期間とする。そして、潜伏期間と累積き裂発生確率との関係をFig. 5に示した。この関係を指数関数で近似し式-1を得た。 41237.03.5375totalincubationPN..(1) 00.10.20.30.40.50.60.70.80.910100020003000400050006000Accumulated crack initiation probabillity(Ptotal)Incubation time (Ni)Experimental valueApproximate valueFig. 5Relationship between incubation time and probability of crack initiation 3.2.2 き裂進展速度の定量化 -1等価応力拡大係数による整理 深さ方向の進展速度は、き裂のアスペクト比(き裂深さ/き裂長さ)を0.5として、表面方向のき裂進展速度から推定した。得られた進展速度と式(2)で定義される等価応力拡大係数との関係をFig. 6に示した。等価応力拡大係数は応力範囲をひずみ範囲とヤング率の積で与えたものであり、低サイクル疲労を含めたステンレス鋼の疲労き裂進展速度とよい相関のあることが示されている。形状係数fは疲労試験片では式(3)で与えられる。プロットしたすべてのデータの最小二乗近似を求めることで式-4に示す成長速度式を得た。 aEfKeq.....(2) 6103.04128.06486.0-8379.023.....................RaRaRaf(3) ..5584.21110514.1eqKdNda....(4) 1.00E-111.00E-101.00E-091.00E-081.00E-071.00E-061.00E-051101001000Crack growth rate(m/s)Equivalent stress intensity factor(MPa m1/2)best-fitCrackLength(200μm)Fig. 6Relationship between crack growth rate and equivalent stress intensity factor -2微小き裂のばらつきの定量化 Fig. 7に示すように、微小なき裂 (長さ<200.) の場合、進展速度は求められた近似式から大きくばらついていた。そのばらつきを定量化するために、進展速度を長さ区間ごとで平均化を行った。平均化を行う長さ区間は発生と定義した20μmから40μmごとに設定した。40μmは本研究で用いた材料の平均粒径に相当する。区間ごとに平均化した進展曲線と実験結果をFig. 7に示す。 0.000.020.040.060.080.100.120.140.160.1801000200030004000500060007000Crack Length(mm)Number of cycleCrack growth inexperimentalCrack growth forevaluationNiFig. 7Simplification in the process of crack growth for the evaluation 平均化によって求められた長さ区間ごとの進展速度の対数値は正規確率紙上でほぼ直線を示したことから、進展速度の分布は対数正規分布に従うと仮定し、平均値と対数標準偏差を求めた。その値をTable 1に示す。 Table 1Dispersion of crack growth rate Crack Length(mm)0.02~0.060.06~0.100.10~0.140.14~0.18da/dN(average)5.44E-091.55E-082.95E-084.61E-08da/dN(best-fit)6.21E-091.75E-083.03E-084.45E-08σ0.8290.6170.3220.207-3実験値と定量化した値の比較 Table 1に示すように平均値と式(4)から求められる進展速度はおおむね一致した。そこで、求められたばらつきを進展速度係数に与えることで進展速度の変動を考慮することとした[3]。この方法で求めたばらつきの±2σの値の進展速度と等価応力拡大係数の関係をFig. 8に示す。図には実験値も示したが、実験値は平均化によって求められた進展速度のばらつきの範囲内にあることがわかる。 1.00E-111.00E-101.00E-091.00E-081.00E-071.00E-061.00E-051101001000Crack growth rate(m/s)Equivalent stress intensity factor(MPa m1/2)best-fitbest-fit +2σbest-fit -2σFig. 8Comparison between experimental value and width of dispersion in the crack growth rate 30.3き裂成長予測モデル(モンテカルロシミュレ -ションモデル)の作成 定量化された潜伏期間と進展速度のばらつきをもとに、き裂発生・進展の変動をモンテカルロ法を用いて模擬することで主き裂の成長を予測する。計算のフロー図をFig. 9に示す。まず発生するき裂の総数を決定し、式(1)、式(4)Table 1を用いて、それぞれのき裂に対してTable 2のようにき裂発生までの潜伏期間とき裂長さ毎のき裂進展速度を与える。それらの値をもとにFig. 10に示すようなき裂進展評価を行う。 それぞれのき裂に対し、定量値を元に潜伏期間・区間ごとの進展速度を決定計算開始(き裂個数の決定)き裂進展評価計算終了Fig. 9Flow sheet of crack growth prediction model Table 2Parameter of sample case crack growth rateincubation time0.02~0.060.06~0.100.10~0.14Sample CaseNiD1D2D30.020.060.100.14NiD1D2D3Number of cycleCrack length(mm)Fig. 10Crack growth evaluation in sample case 30.4き裂成長予測モデルと実験値の比較 作成したき裂成長予測モデルによって予測されたき裂の成長と実験値を比較した。初めに5本のき裂を発生させた場合のき裂進展挙動をFig. 11に示す。比較のために実験で得られたき裂進展挙動をFig. 12に示している。この結果から実験における不均一なき裂進展挙動が予測モデルにより模擬できていることがわかる。 次に、き裂発生個数を3㎜×2㎜の領域で観察された個数である196個に変更し、寿命付近の繰り返し数である繰り返し数5000回におけるき裂長さ分布を実験値とともにワイブル確率紙にプロットした。Fig. 13に示すように予測モデルの計算結果のき裂長さ分布は、実験値とほぼ一致した。 0.020.040.060.080.100.120.140.160.1801000200030004000500060007000Crack Length(mm)Number of Cyclecase1case2case3case4case5Fig. 11Crack propagation in the simulations (5 cases) 0.020.040.060.080.100.120.140.160.1801000200030004000500060007000Crack Length(mm)Number of CycleExperimental case 1Experimental case 2Experimental case 3Experimental case 4Experimental case 5Fig. 12Crack propagation in the experiment (5 cases) Fig. 13Crack length distribution (Weibull) 30.4予測モデルによるき裂成長曲線の作成 観察した面積と試験片の面積の関係から、試験片全体で発生するき裂数は20,0個と推定された。そこで、1本の試験片あたり20000個のき裂に対してき裂成長を予測し、最大サイズとなったき裂成長曲線を求めた。そして、試験片100本分に相当するき裂成長曲線のばらつきを求めた。Fig. 14に100ケースの中で最も進展が早かったもの、最も進展が遅かったもの、100ケースの平均を示す。また、破断するき裂長さを6㎜と仮定したときの疲労寿命をTable 3に示す。約1㎜までは実験値は、最大と最小の進展曲線の範囲内にあったが、それ以降は実験値に比べ進展が遅くなっていることがわかる。 0.000.501.001.502.002.503.003.504.004.505.005.506.0001000200030004000500060007000Crack Length(mm)Number of CycleminmaxaverageThis study(⊿ε=1.2%)kamaya et al. *(⊿ε=1.2%)Fig. 14Dispersion of crack growth Table 3Simulated value of fatigue life AveragemaxminExperiment6485694060155885Fatigue life3.5任意の面積に対するき裂サイズの推定 き裂成長予測モデルによって求められたき裂成長曲線のばらつきから、実機の任意の部位(面積)を対象とするき裂サイズを推定することを試みた。Gumbel分布を用いてき裂サイズ分布から外挿することで任意の面積における推定き裂サイズを求めた。き裂成長曲線のばらつきから得られた、N=5000におけるGumbel確率紙を利用したき裂サイズ分布をFig. 15に示す。き裂長さ分布はGumbel分布によく一致しており、の一次関数の関係で表すことができた。求めたい任意の面積におけるき裂サイズの最大値は、基準化変数yを求めたい面積に対応する値まで外挿することにより予測することができる。例えば試験片面積の105倍に対応する確率はとなる。式(5)より、確率に対する基準化変数yを求める。 ../)(..ly)110/(1)(5..xF)(xF....)(lnlnxFy...(5) 最小二乗近似からを求めて、式(6)より求めたい最大き裂長さを得る。 ..,lyl....(6) 式-5、式-6を用いることで推定される3つの面積(試験片面積の102、103、105倍)に対応するき裂サイズと繰返し数の関係をFig. 16に示す。このように実機のおける任意の面積に対してGumbel分布を用いて外挿することで、き裂サイズの推定が可能となる。 Fig. 15Crack length distribution (Gumbel) 0.00.51.01.52.02.53.03.54.04.55.05.56.0100020003000400050006000Crack Length(mm)Number of cyclearea of test specimenarea of test specimen×10^2area of test specimen×10^3area of test specimen×10^5Fig. 16Crack growth in various areas 4. き裂成長予測モデルの確立に向けた考察 3.4章において求められた試験片100本分のき裂成長曲線のばらつきは実験値を包括していなかった。 この原因として、試験片の一部の領域の観察から得られた成長速度とそのばらつきが、必ずしも試験片全体のばらつきを代表していない可能性が考えられる。本研究はき裂成長曲線のばらつきは発生と進展のばらつきに起因すると考え、さらに微小き裂領域でのばらつきは試験片の一部の領域でも試験片全体でも変わらないと仮定し、モデルを構築した。しかし、微小領域(2mm×3mm)で観察されたき裂は最も長くても1.3㎜程度であり、それ以上のき裂長さのシミュレーションは式(4)を外挿して行っている。これにより長いき裂における予測精度が低くなってしまったと考えられる。 今後妥当なき裂成長予測モデルを作成するにあたり、き裂成長の実験データを蓄積し、モデルに反映させていく必要がある。 5. 結論 本研究の結論を以下に示す。 . 疲労試験片の表面観察を行うことで、微小き裂の発生と進展が大きくばらついていることが確認された。実際のき裂の進展を簡略化し、潜伏期間・進展速度をパラメータとすることでばらつきを定量化することができた。 . 定量化された値をもとにき裂成長予測モデルを作成した。モデルは試験片表面の不均一なき裂の進展をよく模擬できた。 . シミュレーションを複数回行うことでき裂成長曲線の統計的ばらつきを求めた。シミュレーションによって求められたき裂成長曲線は実験値を下回っており、特にき裂長さが大きい場合において進展が異なっていた。 . き裂成長予測モデルによって求められたき裂成長曲線の統計的なばらつきを用いることで、実機における任意の面積のき裂サイズを推定できることが示された。 謝辞 本研究は、原子力規制委員会 原子力規制庁からの受託事業である「高経年化技術評価高度化事業」の一部として実施した成果である。ここに記して謝意を表する。 参考文献 (1) Hiroshi Miyano, Akira Yamaguchi, Kazuyuki Demachi, Masaaki Matsumoto “Study of System Safety Evaluation on LTO of National Project - Basic Concept of Functional Degradation and System Safety Assessment of Nuclear Plants in Operation- Proceedings of ICMST Conference 2012(2) Masayuki Kamaya, Takao Nakamura, 2013 “A FLAW TOLERANCE CONCEPT FOR PLANT MAINTENACE USING VIRTUAL FATIGUE CRACK GROWTH CURVE”, Proceedings of ASME 2013Pressure Vessels and Piping Conference, PVP2013-97851(3) 酒井達雄, 田中道七, 金属材料の疲労き裂進展寿命の分布特性に関する統計的研究, 材料, 第28巻, 第312号
“ “試験片表面観察に基づく微小疲労き裂成長予測モデルの検討 “ “阿部 茂樹,Shigeki ABE,西 朋秀,Tomohide NISHI,中村 隆夫,Takao NAKAMURA,釜谷 昌幸,Masayuki KAMIYA“ “試験片表面観察に基づく微小疲労き裂成長予測モデルの検討 “ “阿部 茂樹,Shigeki ABE,西 朋秀,Tomohide NISHI,中村 隆夫,Takao NAKAMURA,釜谷 昌幸,Masayuki KAMIYA
福島第一原子力発電所事故以降、原子力プラントにはより高い安全性が求められている。その中で重要の一つとされるのは、高経年化プラントの経年劣化がプラント全体の機能に与える影響を評価し、機能維持信頼性を確保することである。このため、経年劣化によるプラント全体の機能維持信頼性を評価システム安全評価手法の開発が始まっている。システム安全評価手法は、経年劣化事象がプラントの安全機能に与える影響を保全計画の効果も考慮して定量評価し、効率的に安全性の向上を図る手法であ1] 一方、原子力発電所の劣化管理において疲労損傷の管理は構造健全性確保のための重要事項のひとつである。現在、原子力発電所の設計における疲労損傷評価では累積疲労係数(CUF)が用いらいる。CUFを用いた設計手法はこれまで原子力発電所をはじめとする圧力バウンダリ機器の疲労損傷の発生防止に活用されてきた。しかし、この方法では疲労き裂の発生から破損に至る現象を把握し、メカニズムに基づき予測することで機能維持の信頼性を確保し、更に他の劣化事象と重ねあわせてシステム全体の機能維持の程度、すなわち損傷までの裕度を評価して適切な保全計画を立案することは難。 そこで新たに、微小き裂の発生と成長をモデル化するき裂成長予測モデルに基づいた疲労評価手法の検討が行 われている。この手法は従来用いてきたUFとき裂サイズの関係を表す「仮想き裂成長」を策定することで、UFとき裂サイズの関係から疲労損傷による潜在的なリスク評価を可能とする[2]。 本論文では、き裂成長予測モデルの基礎検討として試験片のき裂発生・進展の統計的な挙動細に観察し、き裂成長の確率的な挙動を再現するき裂成長予測モデルを構築することを目的とした。
2. 記号説明
a : き裂深さ (mm) da/dN : 進展速度 (m/cycle) ε : ひずみ (%) f : 形状係数 Keq: 等価応力拡大係数 (m0.5) l : き裂長さ (mm) N : 過渡繰り返し数 (cycle) Nincubation : 潜伏期間 (cycle) Ptotal: 累積き裂発生確率 R:試験片の半径(mm) 3. き裂成長予測モデルの作成検討 本研究ではFig.1に示す試験片を用いた疲労試験のデータをもとに、一定ひずみ振幅下(⊿ε/2=0.6%)の大気中疲労試験において、き裂の成長を模擬するき裂成長予測モデルを作成することを検討した。検討の流れをFig. 2に示す。 Fig. 1Geometry of test specimen (unit: mm) 試験片の表面き裂観察によるき裂成長のばらつきの詳細観察とばらつきの定量化定量化によって得られた値を元としたき裂成長予測モデル作成計算機シミュレーションの結果と実験値の比較シミュレーションによるき裂成長曲線の作成き裂成長曲線のばらつきを用いた実機の任意の部位(面積)を対象とするき裂サイズを推定Fig. 2Flow sheet to establish crack growth prediction model 30.1試験片表面のき裂成長のばらつきの詳細観察 き裂成長のばらつきを詳細に観察するために疲労試験を行い、500サイクルごとにレプリカ法で試験片の表面き裂を観察した。観察は試験片表面の3㎜×2㎜の領域に対して行った。 Fig. 3には観察されたき裂個数の変化を、Fig. 4にはき裂の長さ変化を示す。Fig. 3よりき裂は過渡開始から寿命直前まで様々なタイミングで発生していることがわかる。また、Fig. 4に示すようにき裂の成長速度もき裂や、繰返し数によって異なっている。 0204060801001201401601802002202402600100020003000400050006000Number of CrackNumber of CycleFig. 3Numerical change of cracks in the observation area 00.020.040.060.080.10.120.140.160.180.20.220.240.2601000200030004000500060007000Crack Length(mm)Number of CycleCrack 1Crack 2Crack 3Fig. 4Example of crack propagation in experiment 3.2き裂成長のばらつきの定量化 疲労試験片の表面き裂観察で見られたFig. 3、Fig. 4のばらつきをき裂成長予測モデルに反映するために、潜伏期間とき裂進展速度のばらつきを定量化した。 3.2.1 潜伏期間の定量化 き裂長さが観察限界の20μmを超えた時点をき裂発生と定義し、それに至る繰返し数を潜伏期間とする。そして、潜伏期間と累積き裂発生確率との関係をFig. 5に示した。この関係を指数関数で近似し式-1を得た。 41237.03.5375totalincubationPN..(1) 00.10.20.30.40.50.60.70.80.910100020003000400050006000Accumulated crack initiation probabillity(Ptotal)Incubation time (Ni)Experimental valueApproximate valueFig. 5Relationship between incubation time and probability of crack initiation 3.2.2 き裂進展速度の定量化 -1等価応力拡大係数による整理 深さ方向の進展速度は、き裂のアスペクト比(き裂深さ/き裂長さ)を0.5として、表面方向のき裂進展速度から推定した。得られた進展速度と式(2)で定義される等価応力拡大係数との関係をFig. 6に示した。等価応力拡大係数は応力範囲をひずみ範囲とヤング率の積で与えたものであり、低サイクル疲労を含めたステンレス鋼の疲労き裂進展速度とよい相関のあることが示されている。形状係数fは疲労試験片では式(3)で与えられる。プロットしたすべてのデータの最小二乗近似を求めることで式-4に示す成長速度式を得た。 aEfKeq.....(2) 6103.04128.06486.0-8379.023.....................RaRaRaf(3) ..5584.21110514.1eqKdNda....(4) 1.00E-111.00E-101.00E-091.00E-081.00E-071.00E-061.00E-051101001000Crack growth rate(m/s)Equivalent stress intensity factor(MPa m1/2)best-fitCrackLength(200μm)Fig. 6Relationship between crack growth rate and equivalent stress intensity factor -2微小き裂のばらつきの定量化 Fig. 7に示すように、微小なき裂 (長さ<200.) の場合、進展速度は求められた近似式から大きくばらついていた。そのばらつきを定量化するために、進展速度を長さ区間ごとで平均化を行った。平均化を行う長さ区間は発生と定義した20μmから40μmごとに設定した。40μmは本研究で用いた材料の平均粒径に相当する。区間ごとに平均化した進展曲線と実験結果をFig. 7に示す。 0.000.020.040.060.080.100.120.140.160.1801000200030004000500060007000Crack Length(mm)Number of cycleCrack growth inexperimentalCrack growth forevaluationNiFig. 7Simplification in the process of crack growth for the evaluation 平均化によって求められた長さ区間ごとの進展速度の対数値は正規確率紙上でほぼ直線を示したことから、進展速度の分布は対数正規分布に従うと仮定し、平均値と対数標準偏差を求めた。その値をTable 1に示す。 Table 1Dispersion of crack growth rate Crack Length(mm)0.02~0.060.06~0.100.10~0.140.14~0.18da/dN(average)5.44E-091.55E-082.95E-084.61E-08da/dN(best-fit)6.21E-091.75E-083.03E-084.45E-08σ0.8290.6170.3220.207-3実験値と定量化した値の比較 Table 1に示すように平均値と式(4)から求められる進展速度はおおむね一致した。そこで、求められたばらつきを進展速度係数に与えることで進展速度の変動を考慮することとした[3]。この方法で求めたばらつきの±2σの値の進展速度と等価応力拡大係数の関係をFig. 8に示す。図には実験値も示したが、実験値は平均化によって求められた進展速度のばらつきの範囲内にあることがわかる。 1.00E-111.00E-101.00E-091.00E-081.00E-071.00E-061.00E-051101001000Crack growth rate(m/s)Equivalent stress intensity factor(MPa m1/2)best-fitbest-fit +2σbest-fit -2σFig. 8Comparison between experimental value and width of dispersion in the crack growth rate 30.3き裂成長予測モデル(モンテカルロシミュレ -ションモデル)の作成 定量化された潜伏期間と進展速度のばらつきをもとに、き裂発生・進展の変動をモンテカルロ法を用いて模擬することで主き裂の成長を予測する。計算のフロー図をFig. 9に示す。まず発生するき裂の総数を決定し、式(1)、式(4)Table 1を用いて、それぞれのき裂に対してTable 2のようにき裂発生までの潜伏期間とき裂長さ毎のき裂進展速度を与える。それらの値をもとにFig. 10に示すようなき裂進展評価を行う。 それぞれのき裂に対し、定量値を元に潜伏期間・区間ごとの進展速度を決定計算開始(き裂個数の決定)き裂進展評価計算終了Fig. 9Flow sheet of crack growth prediction model Table 2Parameter of sample case crack growth rateincubation time0.02~0.060.06~0.100.10~0.14Sample CaseNiD1D2D30.020.060.100.14NiD1D2D3Number of cycleCrack length(mm)Fig. 10Crack growth evaluation in sample case 30.4き裂成長予測モデルと実験値の比較 作成したき裂成長予測モデルによって予測されたき裂の成長と実験値を比較した。初めに5本のき裂を発生させた場合のき裂進展挙動をFig. 11に示す。比較のために実験で得られたき裂進展挙動をFig. 12に示している。この結果から実験における不均一なき裂進展挙動が予測モデルにより模擬できていることがわかる。 次に、き裂発生個数を3㎜×2㎜の領域で観察された個数である196個に変更し、寿命付近の繰り返し数である繰り返し数5000回におけるき裂長さ分布を実験値とともにワイブル確率紙にプロットした。Fig. 13に示すように予測モデルの計算結果のき裂長さ分布は、実験値とほぼ一致した。 0.020.040.060.080.100.120.140.160.1801000200030004000500060007000Crack Length(mm)Number of Cyclecase1case2case3case4case5Fig. 11Crack propagation in the simulations (5 cases) 0.020.040.060.080.100.120.140.160.1801000200030004000500060007000Crack Length(mm)Number of CycleExperimental case 1Experimental case 2Experimental case 3Experimental case 4Experimental case 5Fig. 12Crack propagation in the experiment (5 cases) Fig. 13Crack length distribution (Weibull) 30.4予測モデルによるき裂成長曲線の作成 観察した面積と試験片の面積の関係から、試験片全体で発生するき裂数は20,0個と推定された。そこで、1本の試験片あたり20000個のき裂に対してき裂成長を予測し、最大サイズとなったき裂成長曲線を求めた。そして、試験片100本分に相当するき裂成長曲線のばらつきを求めた。Fig. 14に100ケースの中で最も進展が早かったもの、最も進展が遅かったもの、100ケースの平均を示す。また、破断するき裂長さを6㎜と仮定したときの疲労寿命をTable 3に示す。約1㎜までは実験値は、最大と最小の進展曲線の範囲内にあったが、それ以降は実験値に比べ進展が遅くなっていることがわかる。 0.000.501.001.502.002.503.003.504.004.505.005.506.0001000200030004000500060007000Crack Length(mm)Number of CycleminmaxaverageThis study(⊿ε=1.2%)kamaya et al. *(⊿ε=1.2%)Fig. 14Dispersion of crack growth Table 3Simulated value of fatigue life AveragemaxminExperiment6485694060155885Fatigue life3.5任意の面積に対するき裂サイズの推定 き裂成長予測モデルによって求められたき裂成長曲線のばらつきから、実機の任意の部位(面積)を対象とするき裂サイズを推定することを試みた。Gumbel分布を用いてき裂サイズ分布から外挿することで任意の面積における推定き裂サイズを求めた。き裂成長曲線のばらつきから得られた、N=5000におけるGumbel確率紙を利用したき裂サイズ分布をFig. 15に示す。き裂長さ分布はGumbel分布によく一致しており、の一次関数の関係で表すことができた。求めたい任意の面積におけるき裂サイズの最大値は、基準化変数yを求めたい面積に対応する値まで外挿することにより予測することができる。例えば試験片面積の105倍に対応する確率はとなる。式(5)より、確率に対する基準化変数yを求める。 ../)(..ly)110/(1)(5..xF)(xF....)(lnlnxFy...(5) 最小二乗近似からを求めて、式(6)より求めたい最大き裂長さを得る。 ..,lyl....(6) 式-5、式-6を用いることで推定される3つの面積(試験片面積の102、103、105倍)に対応するき裂サイズと繰返し数の関係をFig. 16に示す。このように実機のおける任意の面積に対してGumbel分布を用いて外挿することで、き裂サイズの推定が可能となる。 Fig. 15Crack length distribution (Gumbel) 0.00.51.01.52.02.53.03.54.04.55.05.56.0100020003000400050006000Crack Length(mm)Number of cyclearea of test specimenarea of test specimen×10^2area of test specimen×10^3area of test specimen×10^5Fig. 16Crack growth in various areas 4. き裂成長予測モデルの確立に向けた考察 3.4章において求められた試験片100本分のき裂成長曲線のばらつきは実験値を包括していなかった。 この原因として、試験片の一部の領域の観察から得られた成長速度とそのばらつきが、必ずしも試験片全体のばらつきを代表していない可能性が考えられる。本研究はき裂成長曲線のばらつきは発生と進展のばらつきに起因すると考え、さらに微小き裂領域でのばらつきは試験片の一部の領域でも試験片全体でも変わらないと仮定し、モデルを構築した。しかし、微小領域(2mm×3mm)で観察されたき裂は最も長くても1.3㎜程度であり、それ以上のき裂長さのシミュレーションは式(4)を外挿して行っている。これにより長いき裂における予測精度が低くなってしまったと考えられる。 今後妥当なき裂成長予測モデルを作成するにあたり、き裂成長の実験データを蓄積し、モデルに反映させていく必要がある。 5. 結論 本研究の結論を以下に示す。 . 疲労試験片の表面観察を行うことで、微小き裂の発生と進展が大きくばらついていることが確認された。実際のき裂の進展を簡略化し、潜伏期間・進展速度をパラメータとすることでばらつきを定量化することができた。 . 定量化された値をもとにき裂成長予測モデルを作成した。モデルは試験片表面の不均一なき裂の進展をよく模擬できた。 . シミュレーションを複数回行うことでき裂成長曲線の統計的ばらつきを求めた。シミュレーションによって求められたき裂成長曲線は実験値を下回っており、特にき裂長さが大きい場合において進展が異なっていた。 . き裂成長予測モデルによって求められたき裂成長曲線の統計的なばらつきを用いることで、実機における任意の面積のき裂サイズを推定できることが示された。 謝辞 本研究は、原子力規制委員会 原子力規制庁からの受託事業である「高経年化技術評価高度化事業」の一部として実施した成果である。ここに記して謝意を表する。 参考文献 (1) Hiroshi Miyano, Akira Yamaguchi, Kazuyuki Demachi, Masaaki Matsumoto “Study of System Safety Evaluation on LTO of National Project - Basic Concept of Functional Degradation and System Safety Assessment of Nuclear Plants in Operation- Proceedings of ICMST Conference 2012(2) Masayuki Kamaya, Takao Nakamura, 2013 “A FLAW TOLERANCE CONCEPT FOR PLANT MAINTENACE USING VIRTUAL FATIGUE CRACK GROWTH CURVE”, Proceedings of ASME 2013Pressure Vessels and Piping Conference, PVP2013-97851(3) 酒井達雄, 田中道七, 金属材料の疲労き裂進展寿命の分布特性に関する統計的研究, 材料, 第28巻, 第312号
“ “試験片表面観察に基づく微小疲労き裂成長予測モデルの検討 “ “阿部 茂樹,Shigeki ABE,西 朋秀,Tomohide NISHI,中村 隆夫,Takao NAKAMURA,釜谷 昌幸,Masayuki KAMIYA“ “試験片表面観察に基づく微小疲労き裂成長予測モデルの検討 “ “阿部 茂樹,Shigeki ABE,西 朋秀,Tomohide NISHI,中村 隆夫,Takao NAKAMURA,釜谷 昌幸,Masayuki KAMIYA