開口合成法によるコンクリート内構造物の 探査精度向上に関する検討
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カテゴリ: 第10回
1.緒言
発電プラントなどの壁や床等に使用されている鉄筋コンクリート内部には鉄筋や電線管などの重要な構造物が埋設されていることがある。このため、改造工事等ではつり作業を行う場合は、一般的に電磁波レーダ等による事前探査が行われている。しかし、鉄筋などが障害となってこれらの構造物が見落とされる事例があり、さらなる検査精度の向上が求められている。今回、開口合成法を電磁波レーダ信号に適用することにより、鉄筋コンクリート中の埋設構造物(鉄筋を含む)を精度良く特定する技術について紹介する。
2.方法
2.1 電磁波レーダ法と既知の問題電磁波レーダ法は、鉄筋などのコンクリート内構造物を探査する手法の一つである。Fig.1 は電磁波レーダ法の原理を示している。送信アンテナからコンクリートに向かって周波数800~2,600MHz の電磁波(パルス波)を送信すると、コンクリート内に(コンクリートと誘電率が異なる)構造物があれば、その表面で反射され、戻ってきた電磁波は受信アンテナによって受信される。この間の伝播時間をT、伝播速度をV とすると、アンテナ部から構造物までの距離Dは以下の式で計算できる。2D = VT (1) Fig.1 The principle of Ground Penetrating Radar (GPR) for concrete inspection 電磁波の伝播速度V は次式によって求めることができる。ε V = c (2) ここでc = 3×108m/secは真空中の光速度、ε はコンク リートの比誘電率である。探査装置は車輪(エンコーダ) を備えており、コンクリート表面を水平に走査することにより、一定のピッチで受信波形データを記録すること構造物 連絡先:岡部 克也、〒761-0192 香川県高松市屋島西町2109-8、㈱四国総合研究所産業応用技術部、E-mail: k-okabe@ssken.co.jp ができる。Fig.2 に鉄筋の探査例を示す。この図は、探査器の水平移動距離H を横軸、伝播距離D(式(1)によりT から換算)を縦軸、受信波形を画素の濃淡で表している。アンテナの中心が構造物の直上に来るときD は最小で、そこから離れるに従って増大するため、反射波のピークは、構造物の直上を中心とした山形の双曲線を描く。この双曲線の頂点から、走査線を含む鉛直断面内における構造物の配置が求められる。Fig.2 An example of reinforcing steel detection using GPR 鉄筋コンクリート建造物の床面や壁面には鉄筋や電線管などの重要な構造物が埋設されている場合があり、はつり作業等でこれらを傷つけないようにするために、電磁波レーダ法による事前探査が良く行われている。しかし、こうした探査にもかかわらず、電線管を見落とす場合がある。これは、以下のような電磁波レーダ法の問題が関係していると考えられる。① 鉄筋等からの反射波の干渉や信号の減衰の影響により、コンクリート表面から深くなる程、構造物の検知精度は急速に悪化する。② 構造物の上に鉄筋等があると、電磁波がそこで反射されて構造物に届きにくくなるため、検知が困難になる場合がある。③ 複数の鉄筋からの反射波が相互干渉を起こすことにより、他の構造物からの反射波であると誤って判定することがある。これらの問題は、レーダ波形の広がりが大きい程影響を受けやすいため、下記の開口合成法によるレーダ波形を鮮明化する技術が問題の改善に有効であると考えられる。2.2 開口合成法の適用開口合成法は、航空機や人工衛星などに搭載されるレーダの分解能を向上させるために開発された手法で、近年は超音波により対象物の内部欠陥を可視化する手法としても注目を浴びている。今回、電磁波レーダ探査装置に対して、下記の手順に従って開口合成法の適用を行った(Fig.3 参照)。① レーダを走査して波形データを記録する。波形データを水平方向が行、深さ方向が列となる行列P(x, y) で表す。② 見かけの埋設位置(x’, y’)を通り、送信アンテナと受信アンテナを焦点とする楕円を考える。本当の埋設位置(x, y)はこれらの楕円の交点にある。この関係は以下の式で表される。. . .. . . .. ... ..+ + .. .. .. . .. .. . ... ..+. . .. .. . .. .. . ... ..≡ +. + == 22 2 22222 2 2 2 1 ( , ) y L y L y L y F y δ δ δ δ ここで、アンテナ間距離をL とし、δ ≡ x’.x と置い た。③ 開口合成法の適用結果を行列Q(x, y)とする。これは、②の楕円が点(x, y)を通るときの信号を加算していったもので、次式で表される。Σ+ == . == . x Wx x W Q x y P x F x x y
( , ) ( ', ( ' , )) ここで、Wはカットオフ値である。もし点(x, y)に構造物があれば、信号は強め合うことになる(Fig.3 信号A+B)。Fig.3 A view of this aperture synthesis method 3.検証試験 本技術の有効性を検証するため、Fig.4 の例に示すよう鉄筋H D なコンクリート試験体を作成した。図中の試験体はいずれも縦500mm×横500mm×厚さ300mmの直方体で、左側面から100mmと250mm(右側面から200mmと50mm) に、150mm間隔で2 本ずつ鉄筋が埋め込まれている。さらに、薄鋼電線管C25(外径25.4mm)または合成樹脂電線管CD16(外径21.0mm)が、試験体の中心(両側面から150mm)に埋め込まれている。Fig.4 Examples of the concrete specimens これらの試験体の左右両面から、電磁波レーダ探査装置により探査を行い、開口合成法を適用した。この結果を元に、様々な状況での開口合成法の効果について検証を実施した。4.検証試験結果と考察 Fig.5~7 に検証試験結果の例をいくつか示す。Fig.5 の例では、深さ10cm の2 本の鉄筋による反射波の相互干渉位置が薄鋼電線管と重なるため、通常の電磁波レーダ法では判別が困難である。それに対し、開口合成法適用後は、干渉の影響がほとんど消え、電線管が鮮明に判別可能である。一方、深さ25cm の鉄筋は、開口合成法適用後もほとんど判別不可能である。Fig.6 の例では、薄鋼電線管の直ぐ上に16φ鉄筋があるため、電線管までほとんどレーダが届かず、信号が非常に弱くなっている。それに対し、開口合成法適用後は信号は弱いが、判別は可能である。Fig.7 は合成樹脂電線管の例である。薄鋼電線管と比較して、信号が弱い、位相が反転している等の相違があるが、薄鋼電線管の場合と同様に、開口合成法による鮮明化の効果が確認できる。Fig.5 An example of the test results 1 Fig.6 An example of the test results 2 ②開口合成法適用結果 ①元波形 鉄筋(10φ) 鉄筋(16φ) C25 電線管鉄筋(10φ) 鉄筋(16φ) C25 電線管②開口合成法適用結果 ①元波形 鉄筋(16φ) 鉄筋(10φ) C25 電線管鉄筋(16φ) 鉄筋(10φ) C25 電線管C25 電線管鉄筋(16φ) CD16 電線管鉄筋(10φ)Fig.7 An example of the test results 3 5.結言 開口合成法により鉄筋コンクリート内構造物の探査精度を向上する手法について検討を行った。電磁波レーダ探査装置の信号処理技術として容易に開口合成法の適用が可能であることが分かった。電線管と鉄筋を埋め込んだコンクリート試験体を使った検証試験の結果、本手法により鉄筋等からの反射波の干渉が軽減されること、および鉄筋・電線管信号が鮮明になることが確認できた。今後は、実機適用性向上のために、本手法の適用方法を改善するとともに、さらなる探査精度向上方法や効果的な表示方法についても検討する予定である。参考文献 [1] (社)日本非破壊検査協会, NDIS 3429 電磁波レーダ法によるコンクリート構造物中の鉄筋探査方法、2011(平成25 年5 月30 日) ②開口合成法適用結果 ①元波形 鉄筋(16φ) 鉄筋(10φ) CD16 電線管鉄筋(16φ) 鉄筋(10φ) CD16 電線管“ “開口合成法によるコンクリート内構造物の 探査精度向上に関する検討 “ “岡部 克也,Katsuya OKABE“ “開口合成法によるコンクリート内構造物の 探査精度向上に関する検討 “ “岡部 克也,Katsuya OKABE
発電プラントなどの壁や床等に使用されている鉄筋コンクリート内部には鉄筋や電線管などの重要な構造物が埋設されていることがある。このため、改造工事等ではつり作業を行う場合は、一般的に電磁波レーダ等による事前探査が行われている。しかし、鉄筋などが障害となってこれらの構造物が見落とされる事例があり、さらなる検査精度の向上が求められている。今回、開口合成法を電磁波レーダ信号に適用することにより、鉄筋コンクリート中の埋設構造物(鉄筋を含む)を精度良く特定する技術について紹介する。
2.方法
2.1 電磁波レーダ法と既知の問題電磁波レーダ法は、鉄筋などのコンクリート内構造物を探査する手法の一つである。Fig.1 は電磁波レーダ法の原理を示している。送信アンテナからコンクリートに向かって周波数800~2,600MHz の電磁波(パルス波)を送信すると、コンクリート内に(コンクリートと誘電率が異なる)構造物があれば、その表面で反射され、戻ってきた電磁波は受信アンテナによって受信される。この間の伝播時間をT、伝播速度をV とすると、アンテナ部から構造物までの距離Dは以下の式で計算できる。2D = VT (1) Fig.1 The principle of Ground Penetrating Radar (GPR) for concrete inspection 電磁波の伝播速度V は次式によって求めることができる。ε V = c (2) ここでc = 3×108m/secは真空中の光速度、ε はコンク リートの比誘電率である。探査装置は車輪(エンコーダ) を備えており、コンクリート表面を水平に走査することにより、一定のピッチで受信波形データを記録すること構造物 連絡先:岡部 克也、〒761-0192 香川県高松市屋島西町2109-8、㈱四国総合研究所産業応用技術部、E-mail: k-okabe@ssken.co.jp ができる。Fig.2 に鉄筋の探査例を示す。この図は、探査器の水平移動距離H を横軸、伝播距離D(式(1)によりT から換算)を縦軸、受信波形を画素の濃淡で表している。アンテナの中心が構造物の直上に来るときD は最小で、そこから離れるに従って増大するため、反射波のピークは、構造物の直上を中心とした山形の双曲線を描く。この双曲線の頂点から、走査線を含む鉛直断面内における構造物の配置が求められる。Fig.2 An example of reinforcing steel detection using GPR 鉄筋コンクリート建造物の床面や壁面には鉄筋や電線管などの重要な構造物が埋設されている場合があり、はつり作業等でこれらを傷つけないようにするために、電磁波レーダ法による事前探査が良く行われている。しかし、こうした探査にもかかわらず、電線管を見落とす場合がある。これは、以下のような電磁波レーダ法の問題が関係していると考えられる。① 鉄筋等からの反射波の干渉や信号の減衰の影響により、コンクリート表面から深くなる程、構造物の検知精度は急速に悪化する。② 構造物の上に鉄筋等があると、電磁波がそこで反射されて構造物に届きにくくなるため、検知が困難になる場合がある。③ 複数の鉄筋からの反射波が相互干渉を起こすことにより、他の構造物からの反射波であると誤って判定することがある。これらの問題は、レーダ波形の広がりが大きい程影響を受けやすいため、下記の開口合成法によるレーダ波形を鮮明化する技術が問題の改善に有効であると考えられる。2.2 開口合成法の適用開口合成法は、航空機や人工衛星などに搭載されるレーダの分解能を向上させるために開発された手法で、近年は超音波により対象物の内部欠陥を可視化する手法としても注目を浴びている。今回、電磁波レーダ探査装置に対して、下記の手順に従って開口合成法の適用を行った(Fig.3 参照)。① レーダを走査して波形データを記録する。波形データを水平方向が行、深さ方向が列となる行列P(x, y) で表す。② 見かけの埋設位置(x’, y’)を通り、送信アンテナと受信アンテナを焦点とする楕円を考える。本当の埋設位置(x, y)はこれらの楕円の交点にある。この関係は以下の式で表される。. . .. . . .. ... ..+ + .. .. .. . .. .. . ... ..+. . .. .. . .. .. . ... ..≡ +. + == 22 2 22222 2 2 2 1 ( , ) y L y L y L y F y δ δ δ δ ここで、アンテナ間距離をL とし、δ ≡ x’.x と置い た。③ 開口合成法の適用結果を行列Q(x, y)とする。これは、②の楕円が点(x, y)を通るときの信号を加算していったもので、次式で表される。Σ+ == . == . x Wx x W Q x y P x F x x y
( , ) ( ', ( ' , )) ここで、Wはカットオフ値である。もし点(x, y)に構造物があれば、信号は強め合うことになる(Fig.3 信号A+B)。Fig.3 A view of this aperture synthesis method 3.検証試験 本技術の有効性を検証するため、Fig.4 の例に示すよう鉄筋H D なコンクリート試験体を作成した。図中の試験体はいずれも縦500mm×横500mm×厚さ300mmの直方体で、左側面から100mmと250mm(右側面から200mmと50mm) に、150mm間隔で2 本ずつ鉄筋が埋め込まれている。さらに、薄鋼電線管C25(外径25.4mm)または合成樹脂電線管CD16(外径21.0mm)が、試験体の中心(両側面から150mm)に埋め込まれている。Fig.4 Examples of the concrete specimens これらの試験体の左右両面から、電磁波レーダ探査装置により探査を行い、開口合成法を適用した。この結果を元に、様々な状況での開口合成法の効果について検証を実施した。4.検証試験結果と考察 Fig.5~7 に検証試験結果の例をいくつか示す。Fig.5 の例では、深さ10cm の2 本の鉄筋による反射波の相互干渉位置が薄鋼電線管と重なるため、通常の電磁波レーダ法では判別が困難である。それに対し、開口合成法適用後は、干渉の影響がほとんど消え、電線管が鮮明に判別可能である。一方、深さ25cm の鉄筋は、開口合成法適用後もほとんど判別不可能である。Fig.6 の例では、薄鋼電線管の直ぐ上に16φ鉄筋があるため、電線管までほとんどレーダが届かず、信号が非常に弱くなっている。それに対し、開口合成法適用後は信号は弱いが、判別は可能である。Fig.7 は合成樹脂電線管の例である。薄鋼電線管と比較して、信号が弱い、位相が反転している等の相違があるが、薄鋼電線管の場合と同様に、開口合成法による鮮明化の効果が確認できる。Fig.5 An example of the test results 1 Fig.6 An example of the test results 2 ②開口合成法適用結果 ①元波形 鉄筋(10φ) 鉄筋(16φ) C25 電線管鉄筋(10φ) 鉄筋(16φ) C25 電線管②開口合成法適用結果 ①元波形 鉄筋(16φ) 鉄筋(10φ) C25 電線管鉄筋(16φ) 鉄筋(10φ) C25 電線管C25 電線管鉄筋(16φ) CD16 電線管鉄筋(10φ)Fig.7 An example of the test results 3 5.結言 開口合成法により鉄筋コンクリート内構造物の探査精度を向上する手法について検討を行った。電磁波レーダ探査装置の信号処理技術として容易に開口合成法の適用が可能であることが分かった。電線管と鉄筋を埋め込んだコンクリート試験体を使った検証試験の結果、本手法により鉄筋等からの反射波の干渉が軽減されること、および鉄筋・電線管信号が鮮明になることが確認できた。今後は、実機適用性向上のために、本手法の適用方法を改善するとともに、さらなる探査精度向上方法や効果的な表示方法についても検討する予定である。参考文献 [1] (社)日本非破壊検査協会, NDIS 3429 電磁波レーダ法によるコンクリート構造物中の鉄筋探査方法、2011(平成25 年5 月30 日) ②開口合成法適用結果 ①元波形 鉄筋(16φ) 鉄筋(10φ) CD16 電線管鉄筋(16φ) 鉄筋(10φ) CD16 電線管“ “開口合成法によるコンクリート内構造物の 探査精度向上に関する検討 “ “岡部 克也,Katsuya OKABE“ “開口合成法によるコンクリート内構造物の 探査精度向上に関する検討 “ “岡部 克也,Katsuya OKABE