原子力発電所の各種漏洩事象評価手法の高度化に関する研究
公開日:
カテゴリ: 第10回
1.緒 言
現在の原子力プラントでは、図1に示されるように、高経年化に伴う漏洩から事故時の漏洩まで、大小様々な漏えい事象が発生しており、プラントの健全性に影響を与えている。 それぞれの事象がプラントに与える影響を評価し、各事象に応じた対策を検討していく必要がある。図1のように、漏洩事象を体系化することで、規制や新検査制度、高経年化対策の高度化を目指している。本研究の取り組みとしては、各漏洩事象の漏洩量評価法を基準化すること、漏洩発生時のプラント挙動を把握し、システム安全評価を行うこと、早期検知法の確立することとなっている。 2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所事故でも、どのような漏洩が発生し、プラントに影響を及ぼしているのかが不明であり、既存のプラントの安全性を一刻も早く向上させるために、究明が急がれている。 Fig.1 Systematization of leak rate evaluation この漏洩評価の体系化を進め、プラント挙動を把握していくことで、事故時にどのようなことが起きていたのかを推測することもでき、安全性の向上に役立てることも可能である。 2.漏洩事象分析 原子力施設で発生している漏洩事象をNUCIA(原子力施設情報公開ライブラリー)で公開されているデータ[1]や保全の検討報告書[2]から分析した。
図2は原子力プラントで過去に発生した漏洩事象の件数を示しており、特に弁やポンプからの漏洩が多く、主な漏洩個所はメカニカルシールや弁シート、パッキンとなっている。そして、格納容器内での漏洩がほとんどであった。 これらの漏洩事象は微小な漏洩であるものが多いため、格納容器内でも微小漏洩を検知することが必要である。本研究では、漏洩個所の特定までを含めた格納容器検知系の強化することでより高度な安全対策を行うことが可能である。 このためには精度よく微小漏洩を評価する必要があるため、ピンホールからの蒸気漏洩実験を実施し、流量評価に着手している。 Fig.2 The number of occurrence 3.福島原発事故の分析 漏洩時のプラント挙動を把握するために、ニ相流過渡解析コードTRACなどを用いて調査を行った。具体的な目標として、福島第一原子力発電所1号機(以下1F-1)事故データと比較し、検証分析を行った。漏洩事象の一つとして、冷却材漏洩事象が挙げられる。福島原発事故では地震発生時に小LOCAが起きていたのか否かが一つの焦点となっており、地震により小LOCAを引き起こすような機器の損傷があったのかは、既存のプラントにも大きな影響を及ぼしうる重要な観点である。 まず、TRACコードで格納容器への冷却材漏洩を模擬した解析を行った。解析モデルは図3のようになっており、PIPEコンポーネントを利用した。両端のFILLコンポーネントとし、流量条件となっている。Side FILLコンポーネントを接続し、格納容器への冷却材漏洩を模擬した。各解析条件を表1に示す。 解析結果を図4に示す。解析結果は格納容器の圧力挙動を示しており、0.3cm2の漏洩面積でも格納容器の圧力変化を見ることができることが確認できた。つまり、小LOCAのような冷却材の漏洩がなかったと判断することが可能である。 Fig.3 A model of analysis of leak to CV Table.1 Conditions of analysis of leak to CV 格納容器漏洩解析 入力値 幾何学的条件 1F-1* 設計値 初期条件 1F-1実測データ 温度 = 37 [℃] 圧力 = 0.107 [MPa] 境界条件 (両端FILL) 流量 = 0.0 [kg/s] 漏洩面積 0.3 [cm2] 漏洩相 液相 漏洩量 (Side FILL) 実測炉心圧力・温度 データから算出した 臨界流量 [kg/s] *福島第一原子力発電所一号機 0.090.10.110.120.130.1401020304050CV Pressure [MPa]time [min]Fig.4 The output of analysis of leak to CV さらに、格納容器内で冷却材の漏洩がなかったと判断するために、気体の状態方程式を利用し、格納容器の圧力挙動を検討した。入力値を格納容器温度(実測データ)とし、地震前(初期値)から津波来襲(計算による想定値)までの圧力変化を求めた。ここで、理想気体の状態方程式は次の通りである。 PV=nRT …… ① P:気体の圧力[Pa]、V:気体が占める体積[m3]、 n:気体の物質量([ モル数])、 R:1モルの気体定数 =8.314472(75)[J・mol-1・K-1]、 T:気体の絶対温度[゚K] 地震前 :P0V0=nRT0 …… ② 津波来襲直前:P1V1=nRT1 …… ③ 両式のそれぞれの辺を除し、温度変化が小さいので格納容器の体積は同じとすると、 P1=P0(T1/T0) …… ④ となり、格納容器が機密な場合の温度変化より格納容器圧力の変化が推定できる[5]。 初期値と計算結果を表2に示す。ここでは、1F-1のみの計算結果を示す。 計算結果から、気体の状態方程式に従って変化していることがわかる。つまり、冷却材の漏洩など特別な変化はなく、気体の温度上昇による圧力上昇であったといえる。これは、当時、格納容器のドライウェルクーラーが停止しており、空調が作動していなかったため、原子炉からの熱輻射による温度上昇が影響していると考えられる。 2号機と3号機とも同様にほぼ状態方程式に従った変化を示しており、漏洩がないと判断することができる。 Table.2 CV Pressure Estimated from the actual temperature change data (1F-1)[5] 初期値Return air DUCT HVH-12A43.2 ℃Return air DUCT HVH-12B50.1 ℃Return air DUCT HVH-12C47.4 ℃Return air DUCT HVH-12D44.1 ℃Return air DUCT HVH-12E49.5 ℃平均値46.9 ℃PCV圧力実測値6.0kPag8.1kPag(106.2kPaa)PCV圧力計算値-8.5kPag(106.6kPaa)初期値:スクラム時 津波来襲時:チャート送り停止時(15:40前後)54.4 ℃55.1 ℃54.6 ℃津波来襲時53.4 ℃55.8 ℃54.4 ℃4.結 言 本研究では、福島第1原子力発電所1号機(1F-1)の格納容器内の漏洩の有無について、下に示す知見を得た。 (1)SBO時、0.3cm2の小孔からの微小漏洩でも、格納容器圧力の変化から検知できる。 (2)1Fではドライウェルクーラによる除熱が失われ、格納容器の温度がわずかに上昇したが、この温度上昇による圧力上昇であることが気体の状態方程式から計算できる。 (1)(2)から1Fでは、地震による小LOCAは発生していないと判断できる。 本報は、高経年化技術評価高度化事業「漏洩評価法の高度化研究」の研究成果の一部である。 参考文献 [1] 社団法人日本機械学会, ”保全の最適化に係る検討報告書”, 2006 [2] 原子力施設情報公開ライブラリーNUCIA(http://www.nucia.jp/より閲覧可能) [3] T.Nabayashi, et al., “Experimental study on leak flow model through fatigue crack in pipe”, NORTH-HOLLAND PHYSICS PUB., 1990. [4] 東京電力株式会社“東北地方太平洋沖地震発生時の福島第一原子力発電所プラントデータについて”(http://www.tepco.co.jp/nu/ fukushima-np/index10-j.html にて公開) [5] 小林正英ら、福島第一原子力発電所第1号機~第3号機の地震から津波来襲までの時系列評価(1)、保全学Vol.12,No.2,(2013). (平成25年6月21)
“ “原子力発電所の各種漏洩事象評価手法の高度化に関する研究 “ “岡田 健志,Takeshi OKADA,奈良林 直,Tadashi NARABAYASHI,辻 雅司,Masashi TSUJI,千葉 豪,Go CHIBA,宮野 廣,Hiroshi MIYANO,松本 昌昭,Masaaki MATSUMOTO“ “原子力発電所の各種漏洩事象評価手法の高度化に関する研究 “ “岡田 健志,Takeshi OKADA,奈良林 直,Tadashi NARABAYASHI,辻 雅司,Masashi TSUJI,千葉 豪,Go CHIBA,宮野 廣,Hiroshi MIYANO,松本 昌昭,Masaaki MATSUMOTO
現在の原子力プラントでは、図1に示されるように、高経年化に伴う漏洩から事故時の漏洩まで、大小様々な漏えい事象が発生しており、プラントの健全性に影響を与えている。 それぞれの事象がプラントに与える影響を評価し、各事象に応じた対策を検討していく必要がある。図1のように、漏洩事象を体系化することで、規制や新検査制度、高経年化対策の高度化を目指している。本研究の取り組みとしては、各漏洩事象の漏洩量評価法を基準化すること、漏洩発生時のプラント挙動を把握し、システム安全評価を行うこと、早期検知法の確立することとなっている。 2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所事故でも、どのような漏洩が発生し、プラントに影響を及ぼしているのかが不明であり、既存のプラントの安全性を一刻も早く向上させるために、究明が急がれている。 Fig.1 Systematization of leak rate evaluation この漏洩評価の体系化を進め、プラント挙動を把握していくことで、事故時にどのようなことが起きていたのかを推測することもでき、安全性の向上に役立てることも可能である。 2.漏洩事象分析 原子力施設で発生している漏洩事象をNUCIA(原子力施設情報公開ライブラリー)で公開されているデータ[1]や保全の検討報告書[2]から分析した。
図2は原子力プラントで過去に発生した漏洩事象の件数を示しており、特に弁やポンプからの漏洩が多く、主な漏洩個所はメカニカルシールや弁シート、パッキンとなっている。そして、格納容器内での漏洩がほとんどであった。 これらの漏洩事象は微小な漏洩であるものが多いため、格納容器内でも微小漏洩を検知することが必要である。本研究では、漏洩個所の特定までを含めた格納容器検知系の強化することでより高度な安全対策を行うことが可能である。 このためには精度よく微小漏洩を評価する必要があるため、ピンホールからの蒸気漏洩実験を実施し、流量評価に着手している。 Fig.2 The number of occurrence 3.福島原発事故の分析 漏洩時のプラント挙動を把握するために、ニ相流過渡解析コードTRACなどを用いて調査を行った。具体的な目標として、福島第一原子力発電所1号機(以下1F-1)事故データと比較し、検証分析を行った。漏洩事象の一つとして、冷却材漏洩事象が挙げられる。福島原発事故では地震発生時に小LOCAが起きていたのか否かが一つの焦点となっており、地震により小LOCAを引き起こすような機器の損傷があったのかは、既存のプラントにも大きな影響を及ぼしうる重要な観点である。 まず、TRACコードで格納容器への冷却材漏洩を模擬した解析を行った。解析モデルは図3のようになっており、PIPEコンポーネントを利用した。両端のFILLコンポーネントとし、流量条件となっている。Side FILLコンポーネントを接続し、格納容器への冷却材漏洩を模擬した。各解析条件を表1に示す。 解析結果を図4に示す。解析結果は格納容器の圧力挙動を示しており、0.3cm2の漏洩面積でも格納容器の圧力変化を見ることができることが確認できた。つまり、小LOCAのような冷却材の漏洩がなかったと判断することが可能である。 Fig.3 A model of analysis of leak to CV Table.1 Conditions of analysis of leak to CV 格納容器漏洩解析 入力値 幾何学的条件 1F-1* 設計値 初期条件 1F-1実測データ 温度 = 37 [℃] 圧力 = 0.107 [MPa] 境界条件 (両端FILL) 流量 = 0.0 [kg/s] 漏洩面積 0.3 [cm2] 漏洩相 液相 漏洩量 (Side FILL) 実測炉心圧力・温度 データから算出した 臨界流量 [kg/s] *福島第一原子力発電所一号機 0.090.10.110.120.130.1401020304050CV Pressure [MPa]time [min]Fig.4 The output of analysis of leak to CV さらに、格納容器内で冷却材の漏洩がなかったと判断するために、気体の状態方程式を利用し、格納容器の圧力挙動を検討した。入力値を格納容器温度(実測データ)とし、地震前(初期値)から津波来襲(計算による想定値)までの圧力変化を求めた。ここで、理想気体の状態方程式は次の通りである。 PV=nRT …… ① P:気体の圧力[Pa]、V:気体が占める体積[m3]、 n:気体の物質量([ モル数])、 R:1モルの気体定数 =8.314472(75)[J・mol-1・K-1]、 T:気体の絶対温度[゚K] 地震前 :P0V0=nRT0 …… ② 津波来襲直前:P1V1=nRT1 …… ③ 両式のそれぞれの辺を除し、温度変化が小さいので格納容器の体積は同じとすると、 P1=P0(T1/T0) …… ④ となり、格納容器が機密な場合の温度変化より格納容器圧力の変化が推定できる[5]。 初期値と計算結果を表2に示す。ここでは、1F-1のみの計算結果を示す。 計算結果から、気体の状態方程式に従って変化していることがわかる。つまり、冷却材の漏洩など特別な変化はなく、気体の温度上昇による圧力上昇であったといえる。これは、当時、格納容器のドライウェルクーラーが停止しており、空調が作動していなかったため、原子炉からの熱輻射による温度上昇が影響していると考えられる。 2号機と3号機とも同様にほぼ状態方程式に従った変化を示しており、漏洩がないと判断することができる。 Table.2 CV Pressure Estimated from the actual temperature change data (1F-1)[5] 初期値Return air DUCT HVH-12A43.2 ℃Return air DUCT HVH-12B50.1 ℃Return air DUCT HVH-12C47.4 ℃Return air DUCT HVH-12D44.1 ℃Return air DUCT HVH-12E49.5 ℃平均値46.9 ℃PCV圧力実測値6.0kPag8.1kPag(106.2kPaa)PCV圧力計算値-8.5kPag(106.6kPaa)初期値:スクラム時 津波来襲時:チャート送り停止時(15:40前後)54.4 ℃55.1 ℃54.6 ℃津波来襲時53.4 ℃55.8 ℃54.4 ℃4.結 言 本研究では、福島第1原子力発電所1号機(1F-1)の格納容器内の漏洩の有無について、下に示す知見を得た。 (1)SBO時、0.3cm2の小孔からの微小漏洩でも、格納容器圧力の変化から検知できる。 (2)1Fではドライウェルクーラによる除熱が失われ、格納容器の温度がわずかに上昇したが、この温度上昇による圧力上昇であることが気体の状態方程式から計算できる。 (1)(2)から1Fでは、地震による小LOCAは発生していないと判断できる。 本報は、高経年化技術評価高度化事業「漏洩評価法の高度化研究」の研究成果の一部である。 参考文献 [1] 社団法人日本機械学会, ”保全の最適化に係る検討報告書”, 2006 [2] 原子力施設情報公開ライブラリーNUCIA(http://www.nucia.jp/より閲覧可能) [3] T.Nabayashi, et al., “Experimental study on leak flow model through fatigue crack in pipe”, NORTH-HOLLAND PHYSICS PUB., 1990. [4] 東京電力株式会社“東北地方太平洋沖地震発生時の福島第一原子力発電所プラントデータについて”(http://www.tepco.co.jp/nu/ fukushima-np/index10-j.html にて公開) [5] 小林正英ら、福島第一原子力発電所第1号機~第3号機の地震から津波来襲までの時系列評価(1)、保全学Vol.12,No.2,(2013). (平成25年6月21)
“ “原子力発電所の各種漏洩事象評価手法の高度化に関する研究 “ “岡田 健志,Takeshi OKADA,奈良林 直,Tadashi NARABAYASHI,辻 雅司,Masashi TSUJI,千葉 豪,Go CHIBA,宮野 廣,Hiroshi MIYANO,松本 昌昭,Masaaki MATSUMOTO“ “原子力発電所の各種漏洩事象評価手法の高度化に関する研究 “ “岡田 健志,Takeshi OKADA,奈良林 直,Tadashi NARABAYASHI,辻 雅司,Masashi TSUJI,千葉 豪,Go CHIBA,宮野 廣,Hiroshi MIYANO,松本 昌昭,Masaaki MATSUMOTO