鋼構造物の劣化診断に向けた圧子押込み試験による塑性損傷の評価手法の開発
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カテゴリ: 第10回
1.緒言
橋梁などの多くの鋼構造物は,地震などの予期せぬ大きな負荷が加わることで塑性損傷を受けることがある. 塑性変形を受けた材料は靭性の低下などが懸念されることから,供用下の構造物の安全性・強度信頼性を確保するためには,構造物の損傷状態を把握しておくことは極めて重要である.現在,供用下の構造物の微小な傷やき裂などの欠陥の有無を点検するために探傷試験などが行われているが,き裂などの欠陥として認識され難い塑性損傷の程度の評価も併せて必要となることが考えられる. 塑性ひずみの測定法として,電子後方散乱回折(EBSD)[1]・磁場[2]・硬さ[3]を用いた手法などが多く提案されているが,定量的に,かつ構造物への適用が可能な測定法は必ずしも確立されていないのが現状である. 一方,供用下の構造物へ適用可能な機械的特性の準非 破壊評価手法として,押込み試験が注目されてきた.押込み試験は,圧子を試料に押込む際に要する荷重と圧子の侵入量を連続的に測定することで得られる押込み荷重-深さ曲線を用いて,鋼材の機械的特性を評価することが可能である.現在までに,押込み試験を用いた降伏応力[4], ヤング率[5],真応力-真ひずみ曲線[6],さらには残留応力[7, 8]などの推定手法が検討されてきた.しかし,塑性ひずみの推定手法に関する検討はほとんど行われていない. そこで,本研究では押込み試験結果から取得される真応力-真ひずみ曲線を用いた塑性ひずみ量の推定法に関する検討を行った.具体的には,押込み試験から取得された真応力-真ひずみ曲線を用いた塑性ひずみ量の推定式を導出するとともに,予ひずみを与えた試験片に対して押込み試験を行い,塑性ひずみ量を算出することで推定精度を検証した.さらに,本推定手法の塑性ひずみ分布評価への適用を試みるために,塑性ひずみを分布させた試験片に押込み試験を実施し,算出された塑性ひずみ分布と数値解析結果との比較を行った.
2.押込み試験を用いた真応力-真ひずみ曲
線の推定法 これまでに,球圧子を用いた押込み試験結果を用いた真応力-真ひずみ曲線の推定法が提案されている[6].本研究において塑性ひずみを評価する際には,押込み試験結果から算出された真応力-真ひずみ曲線を使用するため, その推定法について説明する. 押込み試験では,材料表面に圧子を押込む際の負荷過程と除荷過程で要する荷重と圧子の侵入量を連続的に測定することで,Fig. 1 に示すような押込み荷重-深さ曲線が測定される.このような押込み荷重-深さ曲線を用いて種々の機械的特性を推定することが可能である.ここで, 真応力-真ひずみ曲線を推定する際は,この負荷・除荷過程を複数の押込み深さで行い,各押込み深さにおける圧子下の応力・ひずみ関係を算出する. Fig.1 Schematic illustration of indentation curve 圧子下における応力分布やひずみ分布は複雑であるため,平均的な値である代表応力,代表ひずみとして式(1), 式(2)のように定義する. . σ R = 1Ψ . Lmax πa2 (1) . ε R = α 1aR .. .. .. .. .. .. 2. aR -2. σ R :代表応力 Ψ:塑性拘束係数(3.0) . Lmax:最大押込み荷重 a:真実接触半径 . ε R :代表ひずみ α:定数(0.14) R:圧子半径 式(1),式(2)より,代表応力および代表ひずみを算出するためには,真実接触半径a を算出する必要がある.押込み試験においてa は,圧子の半径と押込み深さの幾何学的な性質を用いることで算出が可能である. ここで,押込み荷重-深さ曲線で取得される押込み深さは,圧子が材料と接触する位置を0 として,そこから圧子が材料に侵入した深さである.しかし,一般に圧子を試料表面に押込むと,圧子と材料の接触している縁でFig. 2 に示すようなpile-up,sink-in といった変形が起きる. pile-up が生じているときを例に球圧子と材料の接触状態を模式的に表したものをFig. 3 に示す. (a) pile-up (b) sink-in Fig. 2 Deformation around the indentation produced by a spherical indenter Fig. 3 Schematic illustration of ball indentation このように,計測された圧子の押し込み深さから算出された接触深さはpile-up,sink-in の影響を含んでいる. そこで,圧子の押込み深さはpile-up,sink-in の影響を考慮した式(3)を用いて算出する. . hpile * hc* = f n, hmax R .. .. .. .. .. .. (3) . hpile * :塑性盛り上がり量 . hc*:弾性接触深さ . hmax :圧子変形 n:加工硬化指数 また,弾性接触深さ. hc*については . hc* = hmax .ω(hmax . hi) (4) で算出される. . hiはFig. 1 で示した除荷曲線の最大荷重における接線が押込み深さを表す横軸で交わる位置での押込み深さであり,ωは球圧子の場合0.75 である. 以上により得られた塑性盛り上がり量. hpile * と弾性接触深さ. hc*から真実接触深さ. hc が求まる.また,その値より幾何学的な性質を用いて式(5)のようにa を求めることが可能である. . a2 + (R . hc )2 = R2 (5) このようにa の値を算出することで,代表応力,代表ひずみが算出できる. ここで,式(3)-(5)よりa はn の関数であることが分かる. よって,代表応力,代表ひずみを算出する際にはn を決定する必要がある.Fig. 4 にn の値を決定し,真応力-真ひずみ曲線を推定するまでの算出手順のフローチャートを示す. Fig. 4 Flow of the calculation for estimating stress-strain relationship by using ball indentation 真応力-真ひずみ曲線を推定する際には,まず押込み荷重-深さ曲線にn の初期値を与えてa を算出し,代表応力, 代表ひずみを算出する.ここで,押込み試験では,真応力-真ひずみ曲線は降伏点以降の塑性域においてn乗硬化則 . σ = K .ε n (6) に従うと仮定する.そこで,算出された代表応力,代表ひずみをn 乗硬化則で近似し,次のステップの新たなn を求める.以上のような手順をn が許容値内に収束するまで繰り返す.そして,最終的に決定されたn を用いて, 各押込み深さにおいて算出された代表応力,代表ひずみをプロットすることで真応力-真ひずみ曲線が推定される. 3.塑性ひずみ量の推定法 押込み試験結果から算出される真応力-真ひずみ曲線を用いた塑性ひずみ量の推定式の算出法について示す. 塑性ひずみを与えていない試験片に対する押込み試験から得られる真応力-真ひずみ曲線を,Fig. 5 中における(a)に示すように . σ = Kε n (7) とする.一方,塑性ひずみを与えた試験片に対する押込み試験から得られる真応力-真ひずみ曲線はFig. 5 中における(b)の傾向を示す.この真応力-真ひずみ曲線を . σ = K'ε'n' (8) とする.また,最大荷重点に達するのは. εT = n の時であるため,最大荷重点における真応力は式(9)となる. . σ T = Knn (9) ここで,両者の最大荷重値は一致するので . σ T = Knn = K' n'n' (10) となる.またFig. 5 より . n =ε p + n' (11) が成り立つ.以上より,Fig. 5 に示す塑性ひずみ量. ε pは式(10)-(11)より . ε p = n . KK' . nn .. .. .. .. .. .. 1n' = n . σ T K' .. .. .. .. .. .. 1n' (12) で求めることができる. この塑性ひずみの推定式にはK’およびn’の2 つのパラメータが存在する.供用下の構造物に対して簡易的に塑性ひずみ量を推定するためには,パラメータは1 つである方がより望ましいと考えられる.そこで,本研究においては予ひずみ材から取得された真応力-真ひずみ曲線をn 乗硬化則で近似する際,K’にK の値を採用することで . σ = Kε n' (13) とし,n のみの1 つのパラメータで予ひずみを評価することとした.なお,K=K’とした場合でも,同等の精度で真応力-真ひずみ曲線が評価できることを別途確認している.式(13)にK=K’を代入すると塑性ひずみの推定式は . ε p = n . Knn K .. .. .. .. .. .. 1n' == n . (nn ) 1n' (14) と表される.よって式(14)により,塑性ひずみを受けていない材料のn と,塑性ひずみを受けた材料のn’を算出することで,塑性ひずみ量を推定することができる. Fig. 5 Effect of pre-strain on true stress-true strain curves 4.塑性ひずみ量推定法の精度検証 前節で提案した塑性ひずみ量推定法の精度を確認する目的で,引張予ひずみを付与した試験片に対し押込み試験を実施し,推定された塑性ひずみ量と付与した予ひずみ量の比較を行った. 4.1実験条件 対象鋼材は溶接構造用圧延鋼材SM490YB とした. SM490YB の化学組成をTable 1 に,機械的特性をTable 2 に示す.試験片形状はJIS Z2201「金属材料引張試験片」に基づき,Fig. 6 に示すような平滑平板引張試験片とし, 試験速度は0.5 mm/min とした.以上の条件でそれぞれの試験片に3%,5%の予ひずみを与え,Fig. 7 に示すように標点間距離の寸法で切り出した.測定面は湿式研磨後, 1 μm ダイヤモンドペーストで鏡面仕上げを施し,押込み試験を実施した.押込み試験はFRONTICS 社製の押込み試験機AIS2100 を使用した.押込み試験の条件は最大押込み深さ100 μm,押込み回数10回,押込み速度0.1 mm/s, 除荷率30%とし,圧子は半径250 μm の球圧子を使用した. Table 1 Chemical composition of SM490YB(mass%) Table 2 Mechanical properties of SM490YB Fig. 6 Dimensions of the tensile specimen Fig. 7 Fabrication method for the indentation specimen 4.2実験結果 押込み試験から取得された押込み荷重-深さ曲線を,予ひずみを付与していない試験片(予ひずみ量 0%)の測定結果と合わせてFig. 8(a)に示す.押込み荷重-深さ曲線は,予ひずみ量が増加するに従って上側にシフトしている.これは,予ひずみを与えたことで試験片に加工硬化 が生じるため,同じ押込み深さに要する荷重値が増加したためであると考えられる. 押込み荷重-深さ曲線から算出された真応力-真ひずみ曲線をFig. 8(b)に示す.ここで,予ひずみ0%の試験片から取得された真応力-真ひずみ曲線をn乗硬化則で近似すると,K=982.15,n=0.20618 であった.そこで,3%,5% の真応力-真ひずみ曲線についてK=982.15 として近似曲線を算出すると,それぞれn=0.19432,n=0.1763 となった. これらのn の値と式(14)を用いて,塑性ひずみ量を算出すると,それぞれ2.9%,4.9%であった.両者とも予ひずみ量と概ね良い一致を示すことから,本推定法の妥当性が示された. 0501001502002503003500 20 40 60 80 100 εpre = 0% εpre = 3% εpre = 5% Load, F (N) Depth, h (μm) (a) Load-depth curves of pre-strained materials 01002003004005006007008000 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 Tensile test K = 982.15, n = 0.206 (εpre = 0%) K = 982.15, n = 0.188 (εpre = 3%) K = 982.15, n = 0.176 (εpre = 5%) True stress, σ (MPa) True strain, ε σ = Kεn (b) True stress-true strain of pre-strained materials Fig. 8 Indentation results for pre-strained materials 5.塑性ひずみの分布評価への応用 次に,本推定法の塑性ひずみ分布評価への適用について検討を行った.塑性ひずみを分布させるために,切り欠きを与えた引張試験片に引張予ひずみを付与し,押込み試験を実施した.また,押込み試験から取得された塑性ひずみ分布の妥当性を検証するために,数値解析結果との比較を行った. 5.1実験条件 4.1 節と同様の寸法の試験片の中央部に放電加工機を用いて2 mm の切り欠きを入れ,3%,5%の予ひずみを与えた.これをFig. 9 に示すように試験片の中央部から15 mm ずつの位置で試験体を切り出し,測定面は1 μm ダイヤモンドペーストで鏡面仕上げを施し,押込み試験を実施した.押込み試験はFig. 10 に示すように,試験片底部から2 mm間隔で5 点ずつ,切り欠きから試験片長手方向に(a)2 mm,(b)4 mm,(c)6 mm の位置で測定を行った. なお,試験位置の間隔は圧痕の3 倍以上になるように設定した.また,押込み試験の条件は4.1 節と同様である. Fig. 9 Fabrication of the indentation specimen from the notched tensile specimen Fig. 10 Measurement points 5.2数値解析条件 数値解析にはABAQUS/Standard (Ver.6.9-1)を使用した. 機械的特性はSM490YB の引張試験から取得された値を使用した.解析モデルはFig. 11 に示すように2 分の1 モデルとし,寸法は実験と同様のものを使用した.最小メッシュサイズは切り欠き先端で0.03 mm である.この解析モデルに引張試験と同様の変位を与え,Fig. 10 の(a)-(c) における塑性ひずみ量を算出した. Fig. 11 Analysis model 5.3塑性ひずみ分布の推定結果 予ひずみ3%および5%の試験片に対する押込み試験結果と数値解析結果の比較をFig. 12(a),Fig. 12(b)に示す. 数値解析結果より塑性ひずみ分布は,切り欠きからの距離が大きくなるにつれ,ピークの値は小さくなり,ピークの位置は試験片底部から離れる傾向にあることが分かる.また,押込み試験結果においてもピーク位置,絶対値ともに数値解析結果と同様の傾向を示しており,実験結果と数値解析結果は概ねよい一致を示す.以上のことから本推定法を用いて塑性ひずみ分布を推定できたと考えられる. 00.050.10.150 2 4 6 8 10 12 (a) 2 mm indentation (b) 4 mm indentation (c) 6 mm indentation (a) 2 mm simulation (b) 4 mm simulation (c) 6 mm simulation Equivalent plastic strain, εP Distance from the under edge, d (mm) (a) Pre-strain of 3% 00.050.10.150.20 2 4 6 8 10 12 (a) 2 mm indentation (b) 4 mm indentation (c) 6 mm indentation (a) 2 mm simulation (b) 4 mm simulation (c) 6 mm simulation Equivalent plastic strain, εP Distance from the under edge, d (mm) (b) Pre-strain of 5% Fig. 12 Comparison of plastic strain distribution between IIT and FEM results 6.結言 本研究では,押込み試験を用いた塑性ひずみ量の推定式を提案し,予ひずみを付与した試験片に押込み試験を実施することで,計算式の妥当性の検証を行った.さらに,切り欠きを入れ予ひずみを与えることで塑性ひずみを分布させた試験片に押込み試験を実施し,数値解析結果と比較すると両者はよい一致を示した.以上より,塑性ひずみの推定に対する本推定法の有用性が示された. 参考文献 [1] L. N. Brewer, M. A. Othon, L. M. Young et. al., “Misorientation mapping for visualization of plastic deformation via electron back-scattered diffraction,” Microsc Microanal. Vol.12, No.1, 2006, pp.85-91. [2] M. Kuroda, S. Yamanaka, K. Yamada, Y. Isobe, “Evaluation of residual stresses and plastic deformations for iron-based materials by leakage magnetic flux sensors”, Jounal of Alloys and Compounds, Vol. 314, 2001, pp.232-239. [3] 川久保政洋,釜谷昌幸,“地震荷重により生じる塑性ひずみのEBSD および硬さ試験による測定”,日本原子力学会和文論文誌,Vol. 9, No. 2, 2010, pp.166-173. [4] D. Tabor, “The Hardness of Metals”, Clarendon Press, 1951[5] M.F. Doerner, W.D. Nix, “A method for interpreting the data from depth-sensing indentation instruments”, Journal of Materials Research, Vol.1, No. 4, 1986, pp.601-609. [6] J.-H. Ahn, D. Kown, “Derivation of plastic stress-strain relationship from ball indentations: Examination of strain definition and pileup effect” Journal of Materials Research, Vol. 16, No. 11, 2001, pp.3170-3178. [7] Y.H. Lee, D. Kwon, “Estimation of biaxial surface stress by indentation with sharp indenters”, Acta Materialla, Vol. 52, No. 6, 2004, pp.1555-1563. [8]. J.-H. Han, J.-S. Lee, Y.-H. Lee, M.-J. Choi, G. Lee, K.-H. Kim, D. Kwon, “Residual stress estimation with identification of stress directionality using instrumented indentation technique”, Key Engineering Materials, Vol. 345-346, 2007, pp.1125-1128. (平成25 年#月##日)
“ “鋼構造物の劣化診断に向けた圧子押込み試験による塑性損傷の評価手法の開発 “ “宮部 美紗,Misa MIYABE,伊與田 宗慶,Muneyoshi IYOTA,岡野 成威,Shigetaka OKANO,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI“ “鋼構造物の劣化診断に向けた圧子押込み試験による塑性損傷の評価手法の開発 “ “宮部 美紗,Misa MIYABE,伊與田 宗慶,Muneyoshi IYOTA,岡野 成威,Shigetaka OKANO,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI
橋梁などの多くの鋼構造物は,地震などの予期せぬ大きな負荷が加わることで塑性損傷を受けることがある. 塑性変形を受けた材料は靭性の低下などが懸念されることから,供用下の構造物の安全性・強度信頼性を確保するためには,構造物の損傷状態を把握しておくことは極めて重要である.現在,供用下の構造物の微小な傷やき裂などの欠陥の有無を点検するために探傷試験などが行われているが,き裂などの欠陥として認識され難い塑性損傷の程度の評価も併せて必要となることが考えられる. 塑性ひずみの測定法として,電子後方散乱回折(EBSD)[1]・磁場[2]・硬さ[3]を用いた手法などが多く提案されているが,定量的に,かつ構造物への適用が可能な測定法は必ずしも確立されていないのが現状である. 一方,供用下の構造物へ適用可能な機械的特性の準非 破壊評価手法として,押込み試験が注目されてきた.押込み試験は,圧子を試料に押込む際に要する荷重と圧子の侵入量を連続的に測定することで得られる押込み荷重-深さ曲線を用いて,鋼材の機械的特性を評価することが可能である.現在までに,押込み試験を用いた降伏応力[4], ヤング率[5],真応力-真ひずみ曲線[6],さらには残留応力[7, 8]などの推定手法が検討されてきた.しかし,塑性ひずみの推定手法に関する検討はほとんど行われていない. そこで,本研究では押込み試験結果から取得される真応力-真ひずみ曲線を用いた塑性ひずみ量の推定法に関する検討を行った.具体的には,押込み試験から取得された真応力-真ひずみ曲線を用いた塑性ひずみ量の推定式を導出するとともに,予ひずみを与えた試験片に対して押込み試験を行い,塑性ひずみ量を算出することで推定精度を検証した.さらに,本推定手法の塑性ひずみ分布評価への適用を試みるために,塑性ひずみを分布させた試験片に押込み試験を実施し,算出された塑性ひずみ分布と数値解析結果との比較を行った.
2.押込み試験を用いた真応力-真ひずみ曲
線の推定法 これまでに,球圧子を用いた押込み試験結果を用いた真応力-真ひずみ曲線の推定法が提案されている[6].本研究において塑性ひずみを評価する際には,押込み試験結果から算出された真応力-真ひずみ曲線を使用するため, その推定法について説明する. 押込み試験では,材料表面に圧子を押込む際の負荷過程と除荷過程で要する荷重と圧子の侵入量を連続的に測定することで,Fig. 1 に示すような押込み荷重-深さ曲線が測定される.このような押込み荷重-深さ曲線を用いて種々の機械的特性を推定することが可能である.ここで, 真応力-真ひずみ曲線を推定する際は,この負荷・除荷過程を複数の押込み深さで行い,各押込み深さにおける圧子下の応力・ひずみ関係を算出する. Fig.1 Schematic illustration of indentation curve 圧子下における応力分布やひずみ分布は複雑であるため,平均的な値である代表応力,代表ひずみとして式(1), 式(2)のように定義する. . σ R = 1Ψ . Lmax πa2 (1) . ε R = α 1aR .. .. .. .. .. .. 2. aR -2. σ R :代表応力 Ψ:塑性拘束係数(3.0) . Lmax:最大押込み荷重 a:真実接触半径 . ε R :代表ひずみ α:定数(0.14) R:圧子半径 式(1),式(2)より,代表応力および代表ひずみを算出するためには,真実接触半径a を算出する必要がある.押込み試験においてa は,圧子の半径と押込み深さの幾何学的な性質を用いることで算出が可能である. ここで,押込み荷重-深さ曲線で取得される押込み深さは,圧子が材料と接触する位置を0 として,そこから圧子が材料に侵入した深さである.しかし,一般に圧子を試料表面に押込むと,圧子と材料の接触している縁でFig. 2 に示すようなpile-up,sink-in といった変形が起きる. pile-up が生じているときを例に球圧子と材料の接触状態を模式的に表したものをFig. 3 に示す. (a) pile-up (b) sink-in Fig. 2 Deformation around the indentation produced by a spherical indenter Fig. 3 Schematic illustration of ball indentation このように,計測された圧子の押し込み深さから算出された接触深さはpile-up,sink-in の影響を含んでいる. そこで,圧子の押込み深さはpile-up,sink-in の影響を考慮した式(3)を用いて算出する. . hpile * hc* = f n, hmax R .. .. .. .. .. .. (3) . hpile * :塑性盛り上がり量 . hc*:弾性接触深さ . hmax :圧子変形 n:加工硬化指数 また,弾性接触深さ. hc*については . hc* = hmax .ω(hmax . hi) (4) で算出される. . hiはFig. 1 で示した除荷曲線の最大荷重における接線が押込み深さを表す横軸で交わる位置での押込み深さであり,ωは球圧子の場合0.75 である. 以上により得られた塑性盛り上がり量. hpile * と弾性接触深さ. hc*から真実接触深さ. hc が求まる.また,その値より幾何学的な性質を用いて式(5)のようにa を求めることが可能である. . a2 + (R . hc )2 = R2 (5) このようにa の値を算出することで,代表応力,代表ひずみが算出できる. ここで,式(3)-(5)よりa はn の関数であることが分かる. よって,代表応力,代表ひずみを算出する際にはn を決定する必要がある.Fig. 4 にn の値を決定し,真応力-真ひずみ曲線を推定するまでの算出手順のフローチャートを示す. Fig. 4 Flow of the calculation for estimating stress-strain relationship by using ball indentation 真応力-真ひずみ曲線を推定する際には,まず押込み荷重-深さ曲線にn の初期値を与えてa を算出し,代表応力, 代表ひずみを算出する.ここで,押込み試験では,真応力-真ひずみ曲線は降伏点以降の塑性域においてn乗硬化則 . σ = K .ε n (6) に従うと仮定する.そこで,算出された代表応力,代表ひずみをn 乗硬化則で近似し,次のステップの新たなn を求める.以上のような手順をn が許容値内に収束するまで繰り返す.そして,最終的に決定されたn を用いて, 各押込み深さにおいて算出された代表応力,代表ひずみをプロットすることで真応力-真ひずみ曲線が推定される. 3.塑性ひずみ量の推定法 押込み試験結果から算出される真応力-真ひずみ曲線を用いた塑性ひずみ量の推定式の算出法について示す. 塑性ひずみを与えていない試験片に対する押込み試験から得られる真応力-真ひずみ曲線を,Fig. 5 中における(a)に示すように . σ = Kε n (7) とする.一方,塑性ひずみを与えた試験片に対する押込み試験から得られる真応力-真ひずみ曲線はFig. 5 中における(b)の傾向を示す.この真応力-真ひずみ曲線を . σ = K'ε'n' (8) とする.また,最大荷重点に達するのは. εT = n の時であるため,最大荷重点における真応力は式(9)となる. . σ T = Knn (9) ここで,両者の最大荷重値は一致するので . σ T = Knn = K' n'n' (10) となる.またFig. 5 より . n =ε p + n' (11) が成り立つ.以上より,Fig. 5 に示す塑性ひずみ量. ε pは式(10)-(11)より . ε p = n . KK' . nn .. .. .. .. .. .. 1n' = n . σ T K' .. .. .. .. .. .. 1n' (12) で求めることができる. この塑性ひずみの推定式にはK’およびn’の2 つのパラメータが存在する.供用下の構造物に対して簡易的に塑性ひずみ量を推定するためには,パラメータは1 つである方がより望ましいと考えられる.そこで,本研究においては予ひずみ材から取得された真応力-真ひずみ曲線をn 乗硬化則で近似する際,K’にK の値を採用することで . σ = Kε n' (13) とし,n のみの1 つのパラメータで予ひずみを評価することとした.なお,K=K’とした場合でも,同等の精度で真応力-真ひずみ曲線が評価できることを別途確認している.式(13)にK=K’を代入すると塑性ひずみの推定式は . ε p = n . Knn K .. .. .. .. .. .. 1n' == n . (nn ) 1n' (14) と表される.よって式(14)により,塑性ひずみを受けていない材料のn と,塑性ひずみを受けた材料のn’を算出することで,塑性ひずみ量を推定することができる. Fig. 5 Effect of pre-strain on true stress-true strain curves 4.塑性ひずみ量推定法の精度検証 前節で提案した塑性ひずみ量推定法の精度を確認する目的で,引張予ひずみを付与した試験片に対し押込み試験を実施し,推定された塑性ひずみ量と付与した予ひずみ量の比較を行った. 4.1実験条件 対象鋼材は溶接構造用圧延鋼材SM490YB とした. SM490YB の化学組成をTable 1 に,機械的特性をTable 2 に示す.試験片形状はJIS Z2201「金属材料引張試験片」に基づき,Fig. 6 に示すような平滑平板引張試験片とし, 試験速度は0.5 mm/min とした.以上の条件でそれぞれの試験片に3%,5%の予ひずみを与え,Fig. 7 に示すように標点間距離の寸法で切り出した.測定面は湿式研磨後, 1 μm ダイヤモンドペーストで鏡面仕上げを施し,押込み試験を実施した.押込み試験はFRONTICS 社製の押込み試験機AIS2100 を使用した.押込み試験の条件は最大押込み深さ100 μm,押込み回数10回,押込み速度0.1 mm/s, 除荷率30%とし,圧子は半径250 μm の球圧子を使用した. Table 1 Chemical composition of SM490YB(mass%) Table 2 Mechanical properties of SM490YB Fig. 6 Dimensions of the tensile specimen Fig. 7 Fabrication method for the indentation specimen 4.2実験結果 押込み試験から取得された押込み荷重-深さ曲線を,予ひずみを付与していない試験片(予ひずみ量 0%)の測定結果と合わせてFig. 8(a)に示す.押込み荷重-深さ曲線は,予ひずみ量が増加するに従って上側にシフトしている.これは,予ひずみを与えたことで試験片に加工硬化 が生じるため,同じ押込み深さに要する荷重値が増加したためであると考えられる. 押込み荷重-深さ曲線から算出された真応力-真ひずみ曲線をFig. 8(b)に示す.ここで,予ひずみ0%の試験片から取得された真応力-真ひずみ曲線をn乗硬化則で近似すると,K=982.15,n=0.20618 であった.そこで,3%,5% の真応力-真ひずみ曲線についてK=982.15 として近似曲線を算出すると,それぞれn=0.19432,n=0.1763 となった. これらのn の値と式(14)を用いて,塑性ひずみ量を算出すると,それぞれ2.9%,4.9%であった.両者とも予ひずみ量と概ね良い一致を示すことから,本推定法の妥当性が示された. 0501001502002503003500 20 40 60 80 100 εpre = 0% εpre = 3% εpre = 5% Load, F (N) Depth, h (μm) (a) Load-depth curves of pre-strained materials 01002003004005006007008000 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 Tensile test K = 982.15, n = 0.206 (εpre = 0%) K = 982.15, n = 0.188 (εpre = 3%) K = 982.15, n = 0.176 (εpre = 5%) True stress, σ (MPa) True strain, ε σ = Kεn (b) True stress-true strain of pre-strained materials Fig. 8 Indentation results for pre-strained materials 5.塑性ひずみの分布評価への応用 次に,本推定法の塑性ひずみ分布評価への適用について検討を行った.塑性ひずみを分布させるために,切り欠きを与えた引張試験片に引張予ひずみを付与し,押込み試験を実施した.また,押込み試験から取得された塑性ひずみ分布の妥当性を検証するために,数値解析結果との比較を行った. 5.1実験条件 4.1 節と同様の寸法の試験片の中央部に放電加工機を用いて2 mm の切り欠きを入れ,3%,5%の予ひずみを与えた.これをFig. 9 に示すように試験片の中央部から15 mm ずつの位置で試験体を切り出し,測定面は1 μm ダイヤモンドペーストで鏡面仕上げを施し,押込み試験を実施した.押込み試験はFig. 10 に示すように,試験片底部から2 mm間隔で5 点ずつ,切り欠きから試験片長手方向に(a)2 mm,(b)4 mm,(c)6 mm の位置で測定を行った. なお,試験位置の間隔は圧痕の3 倍以上になるように設定した.また,押込み試験の条件は4.1 節と同様である. Fig. 9 Fabrication of the indentation specimen from the notched tensile specimen Fig. 10 Measurement points 5.2数値解析条件 数値解析にはABAQUS/Standard (Ver.6.9-1)を使用した. 機械的特性はSM490YB の引張試験から取得された値を使用した.解析モデルはFig. 11 に示すように2 分の1 モデルとし,寸法は実験と同様のものを使用した.最小メッシュサイズは切り欠き先端で0.03 mm である.この解析モデルに引張試験と同様の変位を与え,Fig. 10 の(a)-(c) における塑性ひずみ量を算出した. Fig. 11 Analysis model 5.3塑性ひずみ分布の推定結果 予ひずみ3%および5%の試験片に対する押込み試験結果と数値解析結果の比較をFig. 12(a),Fig. 12(b)に示す. 数値解析結果より塑性ひずみ分布は,切り欠きからの距離が大きくなるにつれ,ピークの値は小さくなり,ピークの位置は試験片底部から離れる傾向にあることが分かる.また,押込み試験結果においてもピーク位置,絶対値ともに数値解析結果と同様の傾向を示しており,実験結果と数値解析結果は概ねよい一致を示す.以上のことから本推定法を用いて塑性ひずみ分布を推定できたと考えられる. 00.050.10.150 2 4 6 8 10 12 (a) 2 mm indentation (b) 4 mm indentation (c) 6 mm indentation (a) 2 mm simulation (b) 4 mm simulation (c) 6 mm simulation Equivalent plastic strain, εP Distance from the under edge, d (mm) (a) Pre-strain of 3% 00.050.10.150.20 2 4 6 8 10 12 (a) 2 mm indentation (b) 4 mm indentation (c) 6 mm indentation (a) 2 mm simulation (b) 4 mm simulation (c) 6 mm simulation Equivalent plastic strain, εP Distance from the under edge, d (mm) (b) Pre-strain of 5% Fig. 12 Comparison of plastic strain distribution between IIT and FEM results 6.結言 本研究では,押込み試験を用いた塑性ひずみ量の推定式を提案し,予ひずみを付与した試験片に押込み試験を実施することで,計算式の妥当性の検証を行った.さらに,切り欠きを入れ予ひずみを与えることで塑性ひずみを分布させた試験片に押込み試験を実施し,数値解析結果と比較すると両者はよい一致を示した.以上より,塑性ひずみの推定に対する本推定法の有用性が示された. 参考文献 [1] L. 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“ “鋼構造物の劣化診断に向けた圧子押込み試験による塑性損傷の評価手法の開発 “ “宮部 美紗,Misa MIYABE,伊與田 宗慶,Muneyoshi IYOTA,岡野 成威,Shigetaka OKANO,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI“ “鋼構造物の劣化診断に向けた圧子押込み試験による塑性損傷の評価手法の開発 “ “宮部 美紗,Misa MIYABE,伊與田 宗慶,Muneyoshi IYOTA,岡野 成威,Shigetaka OKANO,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI