ミューオン透過を用いた高線量場での非破壊検査

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カテゴリ: 第10回
1.緒言
大気中での宇宙線の主な成分であるミューオンは、GeV 以上のエネルギーを有する荷電粒子で、地表上に1 個/cm2/分ほど降り注いでいる。このミューオンは透過した物質の密度に応じて減衰するため、その強度分布を測定することで透過物質の密度分布がわかる。これはX 線写真撮影と同じ原理であるが、ミューオンの透過力がX 線より高いことから、これまでピラミッドの内部調査や火山の断層撮影に利用されている。[1] (以後本手法を透過法と呼ぶ。)一方、近年では、ミューオンの散乱角度が物質中の原子番号により増加することを利用し、散乱角を測定し透過物質中の高原子番号の物質を識別する技術が開発された。[2](以後、本手法を散乱法と呼ぶ。) この散乱法により遮蔽箱中のウラン等を非破壊で検査するトラックモニタが商品化され、港湾に設置されている。[3] われわれは、このミューオンを用いた非破壊検査技術(ミューオントモグラフィー)を利用し、東京電力福島第一原子力発電所の格納容器や圧力容器内の核燃料デブリの位置を特定する技術開発を行っている。[4][5] 更に、今後、この技術は、原子炉施設での核燃料物質の管理等への適用も有効と考えている。しかし、原子炉施設で適用する場合、従来の装置で想定していた環境よりも放射線の線量が高く、例えば、福島第一原子力発電所の原子炉建屋周辺では1mSv/h レベル[6]で使用する必要である。 以下では、福島第一原子力発電所で想定される1mSv/h レベルの高線量場で使用するミューオン透過を用いた非破壊検査システムの検討結果について報告する。 2.測定手法の選定 原子炉炉心近傍での核燃料デブリの位置特定のために、Fig.1 に示すように原子炉建屋の外側にミューオン検出器①、②を配置する。想定位置をカバーするためにはミューオン検出器は3m角から5m角の大面積とする必要がある。また、散乱法を用いる場合は、各検出器でミューオンの入射角(つまり飛跡)を測定し、しかも、同時に計数されたことを識別するために個々の時間情報を保存する。 Table.1 に主なミューオン検出器を示す。原子核乾板(Nuclear emulsions)は、電源不要で小型であるため透過法に用いられている[1]が、情報積分型のセンサのため、散乱法に必要な時間情報を記憶できない。
2019/02/04シンチレーションカウンターテレスコープは、上下に配置した2つシンチレーション検出器で同時に計数されたイベントをミューオンと判断するものである。Fig.2 は研究炉での測定結果であるが、1m 間隔のプラスチックシンチレーションカウンター(20cm角×1cm 厚)の計数値とMCNPX でのシミュレーション結果を建屋内の各位置で比較したものである。ほぼ計算と実験は一致し本手法でミューオンの相対的な透過強度は測定できることがわかった。ただし、シンチレーション検出器はガス検出器に比べ20倍程度ガンマ線に感じやすい点が課題である。 次に、ドリフトチューブガスチエンバーは、長尺の円筒型のドリフトチューブを多数並べたもので、散乱法で使用されている。[2][3][5] ミューオンの入射位置は、多数並べたドリフトチューブの位置とドリフトチューブ内の信号のドリフト時間差から数mm 単位の高精度に測定できる。ただし、文献5 によれば、1mSv/h の環境(線源:Cs-134/137)で使用するには50cm 厚のコンクリートのシールドが必要である。 以上のいずれも手法も、1mSv/h 程度の環境で使用するには、大面積(3m 角から5m 角)のセンサを遮蔽する必要があり、大掛かりな装置となる。そこで、4番目の手法として、スパークチェンバーの適用を検討する。 3.スパークチェンバーの性能評価 スパークチェンバーは、電極間に短パルスの高圧を印加し、ミューオンによって電極間に生成した電子を種として放電を発生させミューオンの飛跡を可視化するものである。短パルスの高電圧は、シンチレーションカウンターテレスコープの出力をトリガとして印加する。この手法では、シンチレーションカウンタで計数され、かつ、ミューオンにより電極間に放電を起こすのに十分な電子が生成されている必要があり、従来のガスチエンバーであるドリフトチューブよりもBG 線量に対して感度が低いことが期待できる。しかし、トリガ信号に発生させるシンチレーションカウンタの誤トリガの発生低減が課題であり、これらの最適条件をシミュレーションで評価した。 3.1 計算体系スパークチェンバーの計算体系はFig.3 とした。計算はモンテカルロ計算コードMCNP-X2.4.0 を用いた。1GeV,5GeV,10GeV のミューオン(-)は、スパークチBC-400(Plastic Scintillator)-1cmt Air Helium(1atm)-0.9cmt Aluminium-0.1cmt 20cm Fig.3 Spark chamber layout for MCNPX simulation 0.850.90.9511.050 2 4 6 8 10 12 Detector Position[m] Cal.(arb. Unit) 0.0430.0480.0530.0580.063Exp.[cpm] MCNPX Cal. Exp.[cpm] Fig.2 Muon attenuation factor measured by scintillation counter telescope at several positions Reactor Building(R/B) Muon Muon Detector① Muon Detector② Scattering angle Fig.1 Arrangement of Muon Detectors Table1 Comparison of muon detectors Muon detector Nuclear emulsions Scintillation counter telescope Drift tube gas chambers Spark chambers Schematic drawing Time coincidence × ○ ○ ○ Track detection ○ △ ◎ ○ Gamma dose tolerant △ × △ △ Nuclear emulsion Scintillator Drift tube Scintillator Spark Chamber 2019/03/04ェンバーの上部からチェンバー中央に入射させ、1粒子に対する計数率を計算した。BGγ線はCs-134,137 を1:1 の割合で、チエンバーを囲む球内面からチエンバー中心に発生させ、周囲の線量が1mSv/h となるように発生数を規格化し、計数率を求めた。 3.2 計算結果1GeV,5GeV,10GeV のミューオン(-)が上部シンチレータ層に付与するエネルギー分布をFig.4 に示す。この図からプラスチックシンチレータを用いた場合、ミューオンとCs-134/137 は1.5MeV 付近で波高を分別すれば識別できることがわかる。ただし、1MeV 以下のBG 計数がミューオン1個の計数より8桁以上高いことから、シンチレータ内での同時発光により擬似的に1MeV 以上の波高となる場合がある。この擬似パルスは、時定数を0.3μs とし、検出器の大きさを20cm 角から10cm 角に小さくすることで、信号(1cps)の2%以下(0.02cps)に抑制できる。 一方、スパークチェンバー中へリウムに付与されるエネルギー分布をFig.5 に示す。 ミューオン粒子を高い効率で測定するには、100eV 程度以上のパルスを計数する必要があることがわかる。しかし、1mSv/h の環境ではBG 計数の方が信号より4桁以上高い計数となり、計測できない。よって、γ線が単電極間の放電であるのに対してミューオンは複数の電極で同時に放電が発生することを利用し、これらの同時計数を利用した識別方法が必要である。今回のスパークチェンバーでは画像処理による抽出を適用する予定である。 4.装置の設計・製作 スパークチェンバーの適用性評価として、Fig.2 のデータを取得したシンチレーションカウンターテレスコープと同じ20cm角の面積を有するセンサを試作した。トリガ信号用のシンチレーションカウンタは10cm×10cm× 1cm 厚を1セグメントとし、4個で20cm×20cm をカバーする。各セグメントのシンチレーション発光は直接、半導体光検出器(浜松ホトニクス製MPPC:Multi-Pixel Photon Counter) で計測する。Fig.6 に波高弁別前の入力パルス波形を示す。パルスの半値幅は300ns 以下であり、計算で評価したとおり擬似同時計数による擬似パルスを2%以下に低減できる。 試作装置の外観をFig.7 に示す。スパークチェンバーとして10 層の電極(20cm 角)を有している。ヘリウム(99.999%Vol)1気圧を充填し、ピーク電圧11.8kV/cm、約200ns パルス幅の高電圧短パルスを印加し、ミューオンの飛跡を観測できる。 Fig.8 に測定したミューオントラックを示す。これらは画像処理により入射方向を検出できる。また、Cs-137 標準線源を近接させ0.2mSv/h レベルまで照射しても、飛跡に影響しないことを確認した。 一方、Fig.9 に単一の放電や複数の放電が観測された一例を示す。γ線の場合は、単一の放電となることから、これらは画像処理により除くことができる。複数の飛跡が観測される場合は、その連続性からミューオンであるか、γ線であるか判断する必要があることがわかった。 -0.25-0.2-0.15-0.1-0.0500.05-2.E-07 0.E+00 2.E-07 4.E-07 6.E-07 8.E-07 1.E-06 Time(s) Output Voltage(V) Fig.6 Input Pulse to a discriminator 0.00000010.000010.0010.11010001000001000000010000000001.E-06 1.E-04 1.E-02 1.E+00 1.E+02 Energy Deposition at Helium(1atm)[MeV] Count rate/dE[c/s/MeV] 1GeV 5GeV 10GeV Cs-134/137[1mSv/h] Fig.5 Energy Deposition of a helium layer 0.000000010.0000010.00010.011100100001000000100000000100000000001.E-03 1.E-01 1.E+01 1.E+03 1.E+05 Energy Deposition at scintillator(1cm thick)[MeV] Count rate/dE[c/s/MeV]1GeV 5GeV 10GeV Cs-134/137 [1mSv/h] Fig.4 Energy Deposition of a scintillator layer 2019/04/045.結言 ミューオンによる非破壊検査手法として、高線量場(1mSv/h)において遮蔽なしで使える測定システムを検討した。その結果、10cm角の小面積のセグメントに分割し,約300ns の出力を有するシンチレーションカウンターテレスコープと、その出力をトリガ信号として動作するスパークチェンバーにより高線量場で測定できることを確認した。また、試作を行い、これらシミュレーションで求めた設計条件を製作できることを確認した。 今後、画像処理による飛跡の検出機能を追加し、高線量場での性能試験を行い、実用化を目指す。 参考文献[1] H.K.M.Tanaka, T.Nakano, S. Takahashi, J.Yoshida, K. Niwa,”Development of an emulsion imaging system for cosmic-ray muon radiography to explore the internal structure of a volcano, Mt. Asama”, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A575, 489-497 (2007) [2] C.L.Morris, et.al.、“Tomographic Imaging with Cosmic Ray Muons”, Science and Global Security, 16:37.53, 2008 [3] 「Cargo Scanning 」( Decision Sciences )、http://www.decisionsciencescorp.com/solutions/cargo-sca nning/ (閲覧日:2013.5.13) [4] 吉岡研一、泉幹雄、熊埜御堂宏徳、郡司智、伴雄一郎, “宇宙線ミューオンを利用した炉内監視技術の開発(1)”, 日本原子力学会2013 年春の年会予稿集、大阪、2013、I33 [5] Konstantin Borozdin, Steven Greene, Zarija Luki., Edward Milner, Haruo Miyadera, Christopher Morris, and John Perry、”Cosmic Ray Radiography of the Damaged Cores of the Fukushima Reactors”, Phys. Rev. Lett. 109, 152501 -2012[6] 「福島第一サーベイ(平成25 年5 月24 日17:00 現在)」(東京電力(株))、 http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/f1/index3-j.html (平成25 年6 月21 日) Fig.9 Error track measured by Spark chambers Spark chamber(10 layers) Plastic Scintillator module Muon Track Monitor Camera Fig.7 Prototype spark chamber Muon track Muon track Fig.8 Muon track measured by Spark chambers
“ “ミューオン透過を用いた高線量場での非破壊検査 “ “泉 幹雄,Mikio IZUMI,竹村 真,Makoto TAKEMURA,杉田 宰,Tsukasa SUGITA,郡司 智,Satoshi GUNJI,熊埜御堂 宏徳,Hironori KUMANOMIDO,吉岡 研一,Kenichi YOSHIOKA,伴 雄一郎,Yuichiro BAN“ “ミューオン透過を用いた高線量場での非破壊検査 “ “泉 幹雄,Mikio IZUMI,竹村 真,Makoto TAKEMURA,杉田 宰,Tsukasa SUGITA,郡司 智,Satoshi GUNJI,熊埜御堂 宏徳,Hironori KUMANOMIDO,吉岡 研一,Kenichi YOSHIOKA,伴 雄一郎,Yuichiro BAN
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