原子力発電所における放射線被ばく低減を目指した 線量率分布評価ツールの開発
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カテゴリ: 第10回
1.目的と概要
原子力発電所の定期点検時における放射線被ばくの多くは、高放射線環境となる原子炉格納容器内の作業で生じる。作業者の被ばく低減には、化学薬品を用いた放射線源の除去や蓄積抑制等の水質管理および放射線源周囲への遮蔽材の設置などの放射線管理による対策が有効である。これら被ばく低減対策の実施には、コストや時間だけでなく付随して生じる被ばくも無視できないため、実施の可否は費用対効果を慎重に判断する必要がある。 そこで、被ばく低減対策の短期および長期にわたる効果を、詳細条件を考慮して定量的に評価するツールを開発した。さらに、開発したツールの有効性を高めるため、格納容器内部の線量率分布を直感的に把握できるように、放射線の表示方法に改善を加えた。
2.線量率分布評価ツールの構成 2.1 水化学コード 被ばくの元となる放射線源は、プラントの運転時間とともに主要な配管の内面に付着蓄積した放射性物質である。水化学コードではこの放射線源の推移を、原子炉水を媒介とする放射性物質の移行挙動シミュレーションに基づき、計算評価する。[1] 放射性物質のシミュレーションは、図1のブロック図に示す様々な反応について、対象とする金属(Co, Ni, Fe, Cr, Zn)や放射性物質(Co-60, Co-58, Fe-59, Mn-54, Cr-51, Zn-65)の相互作用を考慮した多数の計算式を組み合わせる必要がある。しかし、これらの計算式は個々の反応について、ラボ実験等の理想的条件での結果が記載された文献はあるものの、実機のように複数の反応が複雑に影響し合う条件で評価されたものはほとんどない。そこで、多数の文献から腐食や付着など様々な反応を表す計算式を抽出・整理したうえで、各々の計算式に含まれる反応の速さを規定する速度定数を、実機データを再現するための調整要素とした。さらに、亜鉛による放射性コバルトの付着抑制など、ある物質の反応に及ぼす他の物質の影響については、その反応の速度定数に乗じる影響係数として設定し、同様に調整要素とした。これらの計算式を組み合わせて水化学コードを作成した。水化学コードが正しく機能するかは、個々の計算式の正しさと調整要素である速度定数・影響係数(パラメータ)を如何に適切に設定するかに帰着する。 このパラメータは、浜岡原子力発電所で長年に亘り蓄積された水質データ(原子炉水や給水の金属・放射能濃度等)の測定値を用いて調整した。水化学コードには数百のパラメータが含まれているのに対し、水質データの測定値の種類は限られているため、パラメータの設定には任意性が存在する。そこで、単に計算値を測定値に合わせるだけの数字遊びにならないよう、パラメータ設定(最適化)の作業は、以下の方針のもとに実施した。 ① プラント・運転サイクルでの共通化 浜岡1~5号機の全プラント、そして運転開始から現在に至る全ての期間において、原則、共通のパラメータで測定値を再現できるようにした。 図3 線量率コードの計算方法 ② 計算式の見直し 共通のパラメータで測定値を再現できない場合には、系統構成・機器材質、水質管理や運転履歴等、考慮できていない要因がないかを検討し、計算式そのものを修正することで測定値を再現できるようにした。 ③ 再現する測定値の優先度 計算式を十分検討しても、共通のパラメータで全ての測定値を再現することは難しい。その場合、測定値の中でも、被ばく評価上重要度の高いCo-60の再循環系配管への付着量を、そして将来の予測評価という目的から、時期の新しい測定値を優先して再現するようにした。 パラメータ最適化後の測定値(3,4号機のCo-60の原子炉水濃度、PLRおよびCUW配管付着量)の再現結果を図2に示す。計算値(線)は測定値(点)を概ね再現できており、水化学コードの確からしさを確認できた。 図2 水化学コードの計算結果 ・横軸は運転開始以降の経過時間 ・線:計算値、点;測定値(PLR,CUWは定検時) この水化学コードを用いることで、化学除染や亜鉛注入等の水質管理を適用した場合の長期に亘る放射線源の推移を定量的に評価することができる。 2.2 線量率コード 作業場所の放射線環境は、周囲にある配管等を放射線源とし、弁・ポンプや鉄板・鉛マット等の構造物による放射線遮蔽の結果として形成される。一般的な放射性物質取扱施設と異なり、格納容器内には放射線源や遮蔽材が多数存在するため、放射線環境を計算評価することは容易ではない。線量率コードではこの放射線環境を、水化学コードによる放射線源の評価結果と、格納容器内の配管・構造物データに基づき、計算評価する。[2] 線量率コードの計算方法のイメージを図3に示す。点減衰核法と呼ばれる遮蔽計算をベースとしている。格納容器内の放射線源と構造物を細分化し、メッシュ分割した評価点について、各々の組み合わせによる線量率寄与を積算している。放射線源は同じ系統の配管であっても、形状や履歴等の属性によって異なるため、水化学コードの計算結果を基本として、放射線源の属性毎に異なる分配係数を設定している。線量率コードが正しく機能するかは、構造物データの正しさと分配係数を如何に適切に設定するかに帰着する。 分配係数は運転開始以降の放射線管理の測定データを用いて設定したが、水化学コード同様、数字合わせにならないよう、以下の方針のもとに実施した。 ① 放射線源の属性に応じた分類 放射線源となる配管の全分割要素を、系統、形状(エルボ・垂直・水平)、位置(入口・出口)、使用履歴(取替、化学除染)等に分類して、分配係数を設定した。② 測定値の測定状況の考慮格納容器内は線量率が高く測定には被ばくを伴うため、正確さと相殺関係にある迅速さが要求される。また、測定器の位置・方向は厳密には規定できないため、測定する時期や場所、場合によっては測定者による違いを考慮する必要がある。そこで、放射線源が近い測定場所については、位置・方向の計算結果への影響を評価したうえで、分配係数を設定した。③ 再現する測定値の優先度放射線源の強さは、周囲にある全ての評価点の線量率に影響するため、ある評価点の測定値に合うように分配係数を設定すると、周囲にある別の評価点で合わなくなることがある。そこで、放射線管理における重要性を考慮して、対象とする定期点検で作業がある場所や線量率が高い場所を優先して分配係数を設定した。パラメータ調整後の線量率コードによる測定値の再現結果を図4 に示す。計算値(線)は測定値(点)を概ね再現できており、線量率コードによる放射線環境評価の確からしさを確認できた。線量率コードを用いることで、水質管理による放射線源低減策や、鉛遮蔽板設置等の放射線管理による被ばく低減策の効果を定量的に評価することができる。2.3 線量率分布の表示機能 評価ツールでは、計算結果である格納容器内の放射線環境を、測定点の線量率値、線量率の平面分布図および3次元分布図等、用途に応じた複数の形式で表示できる。通常、作業場所の放射線環境に関する測定・評価は、特定の測定点における線量率値や平面分布図(平面の機器配置面に線量率の大きさを色で区分して表示)が用いられる。これらに加え、図5に示す3種類の3次元分布図を表示できる。移動断面表示は、従来の平面分布とそれに直交する2つの断面分布をスライドさせて任意の場所の線量率を表示する方法である。等値曲面表示は、同じ線量率の大きさになるメッシュ分割点を結んだ曲面を表示する方法である。空間粒子表示は、メッシュ分割点の線量率の大きさに応じた色の粒子で表す方法である。これらに加え、表示機能の改善として、粒子流れ表示を新たに考案した。粒子流れ表示は、粒子の移動方向で放射線源の存在する場所を、粒子の密度で線量率の大きさを同時に表現することができる。これらの線量率分布の3次元表示の特徴を活かせるように、図6に示す格納容器内部の全体および作業者視点の2つの表示モードを用意した。全体表示モードでは、格納容器の上下左右の移動・回転や拡大縮小が可能で、任意の場所の線量率分布を確認できる。作業者視点モードでは、作業者に立った視点で、線量率分布を構造物と重ねて見ることができ、格納容器の内部を歩き回ることで、作業場所の放射線環境を直感的に把握できるようになっている。また、キーボードとマウスで操作するようにしていたが、利便性と話題性の向上を目的として、ゲーム用の無線コントローラと3次元立体視(いわゆる3D)の機能を開発・導入した。特にコントローラは効果的で、操作性が飛躍的に向上しただけでなく、新たなアイディア(ナビゲーション画面や移動・表示操作の記録再生等)を生むきっかけにもなり、新たな改善につながっている。(a)移動断面表示 (b)等値曲面表示 (c)空間粒子表示 (a)全体表示モード (b)作業者視点モード 図5 線量率分布の3次元表示方法 図6 線量率分布の表示モード 3F 2F 1F B1 B2 浜岡4号機第10回定検(H19.9 プラント停止時) 00.511.522.5測定ポイント放射線量率[ mSv/h ] 計算値実測定測値 図4 線量率コードの計算結果 3.線量率分布評価ツールの適用性評価 3.1 評価精度の確認 評価精度を浜岡3号機第15回定検停止時で確認した。図7は、前回定検停止時で最適化したパラメータと運転中の水質データから、格納容器内の54の測定点での線量率の計算値の測定値に対する評価誤差のヒストグラムである。水化学コードの配管線量率の計算値が1割程度小さかったため、評価ツールの誤差も-10%を中心に分布している。赤色の高線量率の測定点を含め測定点の8割が±30%以内となっており、当初の目標(±50%)を上回る良好な結果となった。水化学コード・線量率コードともに、現象の理論式を実機データで補完する半経験的なもので、評価精度はパラメータや分配係数の適切さに依存する。今後、使用実績を積み重ねていき、より適切なものにしていくことで、評価精度の向上が期待できる。 3.2 適用例 評価ツールの適用例として、浜岡3号機の高線量率配管への遮蔽設置による線量率低減効果の評価結果を図8に示す。下図は高線量率配管の周辺部を表しており、左側が遮蔽材の設置前、右側が設置後である。図の上側が平面分布図、下側が1.0mSv/hの等値曲面による計算結果の表示である。これより、高線量率配管への遮蔽設置で、線量率を1.0mSv/h以下まで低減できることが分かる。 4.線量率分布評価ツールの改善 線量率分布評価ツールをより良いものにしていくため、使用と改善を繰り返し行っている。その一環として、線量率コードで扱える形状を追加した(図9)。これにより、配管のエルボー部・レデューサ部や廃液槽等を、線量率分布計算で考慮できるようになり当該部近傍の評価精度が向上しただけでなく、表示機能(見た目)も改善した。 球 円柱 直方体 三角柱 円錐台 区分トーラス 新規追加 図9 線量率コードで扱える形状の追加 051015-100-80-60-40-20020406080100測定ポイント数計算誤差/ %5mSv 以上1mSv 以上、5mSv 未満1mSv 未満(従来:球、円柱、長方形) 一方で計算処理量が膨大となったため、計算に時間がかかりすぎ、実用上の問題が生じた。そこで、放射線と構造物の交差判定のアルゴリズムを改良(構造物を含む境界球を導入し、交差判定に境界球の階層構造を用いる)その結果、複数の配管と構造物からなる系の条件(配管9、構造物432)で、10倍近く処理速度が向上した。それでも、格納容器全体の3次元分布の計算には1週間以上かかっているため、更なる計算速度向上に取り組んでいる。 4.おわりに 図8 遮蔽設置による線量率低減効果の評価結果 発電所に長年蓄積されたデータや知見を有効に活用し、役に立つものを作りたいという想いから、本ツールの開発に着手した。新たな知見やニーズの変化に柔軟に対応し、長く使えるものにするため、自社グループによる開発にこだわった。今後も開発を継続し、原子力発電所における被ばく低減に貢献していきたい。 図7 線量率計算の評価誤差 参考文献 [1] 稲垣博光, 岡本道明, 西川覚, 杉田雄二, 葛谷敏男, 辻利秀, ”BWR における放射性腐食生成物移行挙動評価ツールの開発,” 火力原子力発電技術協会誌, 54[4],p.40-48 (2003). [2] 稲垣博光, 葛谷敏男, ”作業線量低減に向けた格納容器内線量率評価ツールの開発,” 日本保全学会第7回学術講演会予稿集、静岡、2008. (平成25年6月30日)
“ “原子力発電所における放射線被ばく低減を目指した 線量率分布評価ツールの開発 “ “稲垣 博光,Hiromitsu INAGAKI,葛谷 敏男,Toshio KUZUYA“ “原子力発電所における放射線被ばく低減を目指した 線量率分布評価ツールの開発 “ “稲垣 博光,Hiromitsu INAGAKI,葛谷 敏男,Toshio KUZUYA
原子力発電所の定期点検時における放射線被ばくの多くは、高放射線環境となる原子炉格納容器内の作業で生じる。作業者の被ばく低減には、化学薬品を用いた放射線源の除去や蓄積抑制等の水質管理および放射線源周囲への遮蔽材の設置などの放射線管理による対策が有効である。これら被ばく低減対策の実施には、コストや時間だけでなく付随して生じる被ばくも無視できないため、実施の可否は費用対効果を慎重に判断する必要がある。 そこで、被ばく低減対策の短期および長期にわたる効果を、詳細条件を考慮して定量的に評価するツールを開発した。さらに、開発したツールの有効性を高めるため、格納容器内部の線量率分布を直感的に把握できるように、放射線の表示方法に改善を加えた。
2.線量率分布評価ツールの構成 2.1 水化学コード 被ばくの元となる放射線源は、プラントの運転時間とともに主要な配管の内面に付着蓄積した放射性物質である。水化学コードではこの放射線源の推移を、原子炉水を媒介とする放射性物質の移行挙動シミュレーションに基づき、計算評価する。[1] 放射性物質のシミュレーションは、図1のブロック図に示す様々な反応について、対象とする金属(Co, Ni, Fe, Cr, Zn)や放射性物質(Co-60, Co-58, Fe-59, Mn-54, Cr-51, Zn-65)の相互作用を考慮した多数の計算式を組み合わせる必要がある。しかし、これらの計算式は個々の反応について、ラボ実験等の理想的条件での結果が記載された文献はあるものの、実機のように複数の反応が複雑に影響し合う条件で評価されたものはほとんどない。そこで、多数の文献から腐食や付着など様々な反応を表す計算式を抽出・整理したうえで、各々の計算式に含まれる反応の速さを規定する速度定数を、実機データを再現するための調整要素とした。さらに、亜鉛による放射性コバルトの付着抑制など、ある物質の反応に及ぼす他の物質の影響については、その反応の速度定数に乗じる影響係数として設定し、同様に調整要素とした。これらの計算式を組み合わせて水化学コードを作成した。水化学コードが正しく機能するかは、個々の計算式の正しさと調整要素である速度定数・影響係数(パラメータ)を如何に適切に設定するかに帰着する。 このパラメータは、浜岡原子力発電所で長年に亘り蓄積された水質データ(原子炉水や給水の金属・放射能濃度等)の測定値を用いて調整した。水化学コードには数百のパラメータが含まれているのに対し、水質データの測定値の種類は限られているため、パラメータの設定には任意性が存在する。そこで、単に計算値を測定値に合わせるだけの数字遊びにならないよう、パラメータ設定(最適化)の作業は、以下の方針のもとに実施した。 ① プラント・運転サイクルでの共通化 浜岡1~5号機の全プラント、そして運転開始から現在に至る全ての期間において、原則、共通のパラメータで測定値を再現できるようにした。 図3 線量率コードの計算方法 ② 計算式の見直し 共通のパラメータで測定値を再現できない場合には、系統構成・機器材質、水質管理や運転履歴等、考慮できていない要因がないかを検討し、計算式そのものを修正することで測定値を再現できるようにした。 ③ 再現する測定値の優先度 計算式を十分検討しても、共通のパラメータで全ての測定値を再現することは難しい。その場合、測定値の中でも、被ばく評価上重要度の高いCo-60の再循環系配管への付着量を、そして将来の予測評価という目的から、時期の新しい測定値を優先して再現するようにした。 パラメータ最適化後の測定値(3,4号機のCo-60の原子炉水濃度、PLRおよびCUW配管付着量)の再現結果を図2に示す。計算値(線)は測定値(点)を概ね再現できており、水化学コードの確からしさを確認できた。 図2 水化学コードの計算結果 ・横軸は運転開始以降の経過時間 ・線:計算値、点;測定値(PLR,CUWは定検時) この水化学コードを用いることで、化学除染や亜鉛注入等の水質管理を適用した場合の長期に亘る放射線源の推移を定量的に評価することができる。 2.2 線量率コード 作業場所の放射線環境は、周囲にある配管等を放射線源とし、弁・ポンプや鉄板・鉛マット等の構造物による放射線遮蔽の結果として形成される。一般的な放射性物質取扱施設と異なり、格納容器内には放射線源や遮蔽材が多数存在するため、放射線環境を計算評価することは容易ではない。線量率コードではこの放射線環境を、水化学コードによる放射線源の評価結果と、格納容器内の配管・構造物データに基づき、計算評価する。[2] 線量率コードの計算方法のイメージを図3に示す。点減衰核法と呼ばれる遮蔽計算をベースとしている。格納容器内の放射線源と構造物を細分化し、メッシュ分割した評価点について、各々の組み合わせによる線量率寄与を積算している。放射線源は同じ系統の配管であっても、形状や履歴等の属性によって異なるため、水化学コードの計算結果を基本として、放射線源の属性毎に異なる分配係数を設定している。線量率コードが正しく機能するかは、構造物データの正しさと分配係数を如何に適切に設定するかに帰着する。 分配係数は運転開始以降の放射線管理の測定データを用いて設定したが、水化学コード同様、数字合わせにならないよう、以下の方針のもとに実施した。 ① 放射線源の属性に応じた分類 放射線源となる配管の全分割要素を、系統、形状(エルボ・垂直・水平)、位置(入口・出口)、使用履歴(取替、化学除染)等に分類して、分配係数を設定した。② 測定値の測定状況の考慮格納容器内は線量率が高く測定には被ばくを伴うため、正確さと相殺関係にある迅速さが要求される。また、測定器の位置・方向は厳密には規定できないため、測定する時期や場所、場合によっては測定者による違いを考慮する必要がある。そこで、放射線源が近い測定場所については、位置・方向の計算結果への影響を評価したうえで、分配係数を設定した。③ 再現する測定値の優先度放射線源の強さは、周囲にある全ての評価点の線量率に影響するため、ある評価点の測定値に合うように分配係数を設定すると、周囲にある別の評価点で合わなくなることがある。そこで、放射線管理における重要性を考慮して、対象とする定期点検で作業がある場所や線量率が高い場所を優先して分配係数を設定した。パラメータ調整後の線量率コードによる測定値の再現結果を図4 に示す。計算値(線)は測定値(点)を概ね再現できており、線量率コードによる放射線環境評価の確からしさを確認できた。線量率コードを用いることで、水質管理による放射線源低減策や、鉛遮蔽板設置等の放射線管理による被ばく低減策の効果を定量的に評価することができる。2.3 線量率分布の表示機能 評価ツールでは、計算結果である格納容器内の放射線環境を、測定点の線量率値、線量率の平面分布図および3次元分布図等、用途に応じた複数の形式で表示できる。通常、作業場所の放射線環境に関する測定・評価は、特定の測定点における線量率値や平面分布図(平面の機器配置面に線量率の大きさを色で区分して表示)が用いられる。これらに加え、図5に示す3種類の3次元分布図を表示できる。移動断面表示は、従来の平面分布とそれに直交する2つの断面分布をスライドさせて任意の場所の線量率を表示する方法である。等値曲面表示は、同じ線量率の大きさになるメッシュ分割点を結んだ曲面を表示する方法である。空間粒子表示は、メッシュ分割点の線量率の大きさに応じた色の粒子で表す方法である。これらに加え、表示機能の改善として、粒子流れ表示を新たに考案した。粒子流れ表示は、粒子の移動方向で放射線源の存在する場所を、粒子の密度で線量率の大きさを同時に表現することができる。これらの線量率分布の3次元表示の特徴を活かせるように、図6に示す格納容器内部の全体および作業者視点の2つの表示モードを用意した。全体表示モードでは、格納容器の上下左右の移動・回転や拡大縮小が可能で、任意の場所の線量率分布を確認できる。作業者視点モードでは、作業者に立った視点で、線量率分布を構造物と重ねて見ることができ、格納容器の内部を歩き回ることで、作業場所の放射線環境を直感的に把握できるようになっている。また、キーボードとマウスで操作するようにしていたが、利便性と話題性の向上を目的として、ゲーム用の無線コントローラと3次元立体視(いわゆる3D)の機能を開発・導入した。特にコントローラは効果的で、操作性が飛躍的に向上しただけでなく、新たなアイディア(ナビゲーション画面や移動・表示操作の記録再生等)を生むきっかけにもなり、新たな改善につながっている。(a)移動断面表示 (b)等値曲面表示 (c)空間粒子表示 (a)全体表示モード (b)作業者視点モード 図5 線量率分布の3次元表示方法 図6 線量率分布の表示モード 3F 2F 1F B1 B2 浜岡4号機第10回定検(H19.9 プラント停止時) 00.511.522.5測定ポイント放射線量率[ mSv/h ] 計算値実測定測値 図4 線量率コードの計算結果 3.線量率分布評価ツールの適用性評価 3.1 評価精度の確認 評価精度を浜岡3号機第15回定検停止時で確認した。図7は、前回定検停止時で最適化したパラメータと運転中の水質データから、格納容器内の54の測定点での線量率の計算値の測定値に対する評価誤差のヒストグラムである。水化学コードの配管線量率の計算値が1割程度小さかったため、評価ツールの誤差も-10%を中心に分布している。赤色の高線量率の測定点を含め測定点の8割が±30%以内となっており、当初の目標(±50%)を上回る良好な結果となった。水化学コード・線量率コードともに、現象の理論式を実機データで補完する半経験的なもので、評価精度はパラメータや分配係数の適切さに依存する。今後、使用実績を積み重ねていき、より適切なものにしていくことで、評価精度の向上が期待できる。 3.2 適用例 評価ツールの適用例として、浜岡3号機の高線量率配管への遮蔽設置による線量率低減効果の評価結果を図8に示す。下図は高線量率配管の周辺部を表しており、左側が遮蔽材の設置前、右側が設置後である。図の上側が平面分布図、下側が1.0mSv/hの等値曲面による計算結果の表示である。これより、高線量率配管への遮蔽設置で、線量率を1.0mSv/h以下まで低減できることが分かる。 4.線量率分布評価ツールの改善 線量率分布評価ツールをより良いものにしていくため、使用と改善を繰り返し行っている。その一環として、線量率コードで扱える形状を追加した(図9)。これにより、配管のエルボー部・レデューサ部や廃液槽等を、線量率分布計算で考慮できるようになり当該部近傍の評価精度が向上しただけでなく、表示機能(見た目)も改善した。 球 円柱 直方体 三角柱 円錐台 区分トーラス 新規追加 図9 線量率コードで扱える形状の追加 051015-100-80-60-40-20020406080100測定ポイント数計算誤差/ %5mSv 以上1mSv 以上、5mSv 未満1mSv 未満(従来:球、円柱、長方形) 一方で計算処理量が膨大となったため、計算に時間がかかりすぎ、実用上の問題が生じた。そこで、放射線と構造物の交差判定のアルゴリズムを改良(構造物を含む境界球を導入し、交差判定に境界球の階層構造を用いる)その結果、複数の配管と構造物からなる系の条件(配管9、構造物432)で、10倍近く処理速度が向上した。それでも、格納容器全体の3次元分布の計算には1週間以上かかっているため、更なる計算速度向上に取り組んでいる。 4.おわりに 図8 遮蔽設置による線量率低減効果の評価結果 発電所に長年蓄積されたデータや知見を有効に活用し、役に立つものを作りたいという想いから、本ツールの開発に着手した。新たな知見やニーズの変化に柔軟に対応し、長く使えるものにするため、自社グループによる開発にこだわった。今後も開発を継続し、原子力発電所における被ばく低減に貢献していきたい。 図7 線量率計算の評価誤差 参考文献 [1] 稲垣博光, 岡本道明, 西川覚, 杉田雄二, 葛谷敏男, 辻利秀, ”BWR における放射性腐食生成物移行挙動評価ツールの開発,” 火力原子力発電技術協会誌, 54[4],p.40-48 (2003). [2] 稲垣博光, 葛谷敏男, ”作業線量低減に向けた格納容器内線量率評価ツールの開発,” 日本保全学会第7回学術講演会予稿集、静岡、2008. (平成25年6月30日)
“ “原子力発電所における放射線被ばく低減を目指した 線量率分布評価ツールの開発 “ “稲垣 博光,Hiromitsu INAGAKI,葛谷 敏男,Toshio KUZUYA“ “原子力発電所における放射線被ばく低減を目指した 線量率分布評価ツールの開発 “ “稲垣 博光,Hiromitsu INAGAKI,葛谷 敏男,Toshio KUZUYA