高経年化評価研究に係る実機プラントの利用に関する研究
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カテゴリ: 第10回
1.緒言
日本では現在50基の原子力発電所が稼動しており、福島原発事故までは、日本の電気エネルギーの約3割を受け持っていた。その一方で、原子力発電所の約半分はまもなく設計寿命である約30年を超えようとしており、寿命を間近に控えた軽水型原子力発電所は、経年劣化が顕在化することが予想される。高経年化対策とは、経年劣化事象を調べ、その程度が運用できないものであるかどうかを評価し、必要に応じて補修・取替えを行うことにより、発電所の信頼性・安全性を高め、発電所を運転していこうとするものである。 もともと、原子力発電設備は、建設当時の品質管理による品質の高さ、運転中の定期的な検査・点検により、常に高い品質を保つこととなっていることから、適切な維持・管理を行うことによって使用期間を延ばすことが出来ると考えられている。一方で、様々な理由により廃炉となる原子力発電所もこれから出てくると予想されることから、廃炉となった原子力プラントは長い供用期間の中で熱や放射線などの様々な影響を受け、経年劣化が起きているはずであり、実機条件で長時間使用された構造材料がどの程度劣化しているかを調べることの意味は大きい。
本研究は、その発電設備としての役割を終え、廃炉段階を迎えた軽水型原子力プラントの実機材を利用することによって、軽水型炉の高経年化対策に役立つ知見を得るための研究方策について、検討・考察を行い、実機材を用いた高経年化研究の考え方を提案する。 また、その研究を現在、廃止措置段階となっている「新型転換炉ふげん発電所(以下、ふげん)」を対象にして、実機材を用いた高経年化調査研究を進めることで軽水型原子力プラントの高経年化対策に資するデータ取得の可否、実機材を利用するにあたっての問題点等を明らかにする。なお、ふげんを用いた高経年化研究は、平成17年より、「福井県における高経年化調査研究」として原子力安全基盤機構の委託により実施されたものである。 2.実機プラントを用いた調査研究の意義 これまで廃炉措置段階の軽水型原子力発電プラント全体を対象にした実機材を用いた高経年化研究は行われていない。実機プラントを用いた調査研究は長い供用期間を経て廃炉を迎えるプラントから高経年化評価に有効なデータを得ようとするものであり、得られたデータは未だ供用中である類似のプラントへの適用が可能である。現在行われている高経年化研究の多くは実験と機構論的解析手法を用いて行われているが、高経年化とは長い年月を経て顕在化する事象であり、実時間での調査、研究を実験室で行うのは困難である。それゆえ、劣化程度を推定する方法の妥当性を、長時間にわたって使ってきた実機材を用いて検証することが重要である。 一方、高経年化により顕在化する事象は複数の因子の組合せにより劣化が進行することから個別因子の影響やメカニズムの解明を実機環境にさらされてきた実機材のみを用いて研究することは難しい。 このように高経年化による劣化を適切に評価し、損傷を防止するためには実験、解析的手法に加えて実機材を用いた研究を適切に組合せ、それぞれの特徴を生かしたアプローチを行うことができれば原子力発電プラントの安全性をより一層高めることができるものと考えられる。 3.実機材利用方法の検討 原子力発電プラントにおける主要な経年劣化事象のうち、廃止措置段階の原子炉の実機材を用いた研究が有効な事象について、現状の課題と実機材利用の位置付け、実機材利用研究を実施するにあたり、実機材が満たすべき条件について、検討を行った。 検討対象は、高経年化により顕在化する可能性のある事象として、「実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について」1)及び「高経年化対応技術戦略マップ」2)に挙げられている以下の7事象とした。 ・原子炉圧力容器の中性子照射脆化 ・応力腐食割れ(SCC) ・疲労割れ ・配管減肉 ・絶縁劣化 ・ステンレス鋳鋼の熱時効 ・コンクリート劣化 検討結果として、実機材を利用した研究が有効な研究課題を表1に示す。 表1 Meaningful research Items by using real materials 経年劣化事象 研究課題 実機材利用研究 原子炉容器の中性子脆化 加速照射効果の定量化 実機照射材と、照射影響の少ない同一ヒートの実機材の加速照射試験データと比較し、加速照射データの妥当性検討(加速照射効果の定量化)に資するデータの取得を行う。 照射を受けたHAZ部の破壊靱性評価 実機のHAZ部を調査し、HAZ部監視試験片の必要性についての検討に資するデータの取得を行う。 SCC IGSCC 非破壊検査の精度向上 非破壊検査と配管の直接観察を行い供用期間中検査で行われている検査技術の自然欠陥に対する検出精度の検証を行う。 長期間運用後のSCC対策の有効性確認 実機における長時間使用後のSCC対策(水素注入、残留応力の低減等)の有効性確認を行う。 IGSCC IASCC SCC発生、進展データの整備 実機のSCC発生状況調査及び実機材を用いたき裂進展試験等によるデータの取得を行うことで、今までに確認されていない影響因子の有無を確認する。 配管減肉 配管減肉予測式精度の向上 現在提案されている配管減肉量予測式に、実機材のデータを適用し、予測式の精度を検証する。 配管減肉管理の合理化 実機の減肉状況から機械学会規格で定められている管理ランクの妥当性を検証し、検査の合理化に資するデータを蓄積する。 配管減肉対策の妥当性検証 実機配管の詳細な減肉状況のデータを取得し、配管減肉対策(配管材質の変更、酸素注入等)の妥当性を検証する。 絶縁劣化 実機ケーブルを用いた非破壊検査手法の妥当性確認 実機プラントケーブルを用いて、非破壊検査、破壊検査の両方を実施し、非破壊検査手法の有効性を確認する。 実機ケーブルを用いた加速劣化試験の検証 加速劣化試験による健全性確認を検証、補完することを目的とした実機ケーブルを用いた評価試験を実施する。 ステンレス鋳鋼の 熱時効脆化 実機プラント材を使った脆化予測手法の検証 実機熱時効材を用いた加速熱時効の検証、比較を行い、予測式の信頼性向上に資するデータの取得を行う。 非破壊検査による熱時効評価手法の確立 実機熱時効材を用いて非破壊検査手法の適用を行い、破壊靭性試験の結果をもってその非破壊検査手法の有効性を確認する。 コンクリート劣化 コンクリート劣化非破壊検査技術の適用 実機材を用いて非破壊検査(反発度法等)、破壊検査(圧縮強度試験等)を行い、非破壊検査技術の有効性を確認する。 中性子照射影響等を考慮した経年劣化評価技術の開発 供用期間中に放射線照射を受けた実機材を用いた強度評価試験を行い、現行の経年劣化評価技術の妥当性検証に資するデータを取得する。 4.検討結果の「ふげん」への適用 「ふげん」は、重水減速沸騰軽水冷却圧力管型原子炉として1979年3月から2003年3月の運転終了までの約25年の間運転され、原子炉の累積運転時間は約13万6000時間に達している。「ふげん」は、圧力管構造をとる原子炉本体の構造、燃料取扱い系、減速材として重水が用いられている等の固有の特徴を有する他は、設備や水質及び温度条件はBWRに類似する面が多い。3) 「ふげん」を用いた研究の特徴としては以下のものが挙げられる。 ・ 「ふげん」は約25年間運転されており、通常の軽水炉の寿命に比べると短い、また通常運転時間も短い。 ・ プラントシステムはBWRに類似しており、ふげんでの高経年化調査研究は一般軽水炉の中でも主にBWRに反映が可能。 ・ 保全活動が実施されている(運転初期段階でSCC対策を実施、等)。 ・ 過去の検査データの参照が可能。 「ふげん」実機材を対象として各経年劣化事象への研究適用性、有用性を検討した結果、適用性の高いものとして、SCC、配管減肉、適用可能であるものとして、ステンレス鋳鋼の熱時効脆化を研究対象として抽出した。検討結果と廃止措置工程を考慮し、今回研究の対象とする劣化事象を配管減肉、熱時効脆化及び粒界型応力腐食割れとした。 4.1 配管減肉の調査 「ふげん」では定期検査時に配管の超音波による配管肉厚測定を実施しており、過去17回の定期検査(供用前検査を含め計18回)で約1100箇所の測定が行われている。過去の定期検査の資料から配管肉厚測定に関するものを調査、整理を行い機械学会配管減肉管理規格4)に記載されている方法で減肉速度を算出した。 算出した減肉率の内、「0.2mm/1万時間」を越えるものを確認した結果、「ふげん」において比較的減肉の多く発生している系統は復水・給水系であり、原子炉給水ポンプ、給水加熱器等の機器の前後の偏流発生が予測されるエルボ部に減肉が多い傾向が見られ、機械学会配管減肉管理規格で定められている管理ランクと比較するとFAC-1 or S(溶存酸素濃度が高く減肉が抑制されるが偏流効果が著しく減肉発生の可能性を否定できない)に該当する箇所が多く見られた。 ただし、今回用いた検査データは、減肉率の比較的大きい箇所であっても肉厚測定回数の少ない箇所はデータの信頼性が乏しい可能性がある。 現在、解体作業により切出されている配管の超音波による肉厚測定が行われており、そのデータを用い、補充することで減肉率データの信頼性について検討を行うことの意義は大きい。 「ふげん」実機材を用いた研究から得られるデータを用いることで、配管減肉事象について、配管減肉予測式精度の向上、配管減肉管理の合理化、配管減肉対策の妥当性検証について研究を進めていくことができるものと考える。また、実機計測に基づく評価の中では配管減肉測定箇所の多くが減肉率にすると大きく誤差を含むことから、予想を超える値であり、かつ局所に限って得られる値の場合は、計測誤差によるものである可能性が高いことが示された。 4.2 2相ステンレス鋳鋼の熱時効脆化 2相ステンレス鋳鋼の熱時効脆化については、既にいくつかの研究文献があり5)、6)、オーステナイト相の中にフェライト相が存在し、フェライト相中でスピノーダル分解が発生することで、Crの濃淡が周期的にできることで、フェライトが硬くなり、その結果、全体として、靱性が低下する現象が生じると言われている。しかしながら、スピノーダル分解の発生・進展は使用された温度と時間に依存し、沸騰水型軽水炉(BWR)の使用条件のように比較的低温である280℃付近では、スピノーダル分解の進行が十分遅いことが想定されることから、フェライト相の割合や分布状況及び微量添加元素であるMoなどの影響によって、脆化の挙動が変化することが知られている。よって、実機材を用いた研究として、実験室的には得られない、低温、長時間(25年)で発生する脆化挙動を調べることで、脆化予測式の妥当性が検証されることの意義は大きい。また、長時間外挿の妥当性が評価検証されると、BWR条件では2相ステンレス鋳鋼の熱時効脆化の評価の必要性がないとの結論が得られる可能性も秘めている。 4.3 粒界型応力腐食割れ対策の妥当性 応力腐食割れは、1970年代にはじめに発生しはじめ、色々な方法で応力腐食割れ対策がとられてきた。一般に、溶接などによる入熱によって粒界が鋭敏化した上に残留応力が発生し、水などによる腐食環境が影響して起こると言われており、それらのいくつかを要因を取り除くことで応力腐食割れの発生を抑制する方法がとられてきた。「ふげん」発電所においても、発電所の建設、運転の初期段階でそれらの応力腐食割れが発生し、いくつかの対策をとることで応力腐食割れを防止してきた。 「ふげん」では、運転の途中段階で発生した応力腐食割れ防止対策として、SUS304オーステナイト系ステンレス鋼から低炭素のSUS316オーステナイト系ステンレス鋼への材料取り換え、取り換えできない部分に対しては、配管内表面における残留応力を引張応力から圧縮応力へするための溶接法(水冷溶接や高周波誘導加熱応力改善法〈IHSI〉)を適用した上で、日本で初めての水素注入による水の腐食環境改善を試みた。結果として、運転終了後にそれらの応力腐食割れ発生状況を確認することで、防止対策の有効性を確認することの意味は大きいものと考えられる。長期運転後においても残留応力改善を行った配管溶接部の残留応力が圧縮のまま残留していたことなどが分れば、この改善策の有効性が確認されることになり、軽水炉の安全運転上の安心材料となる。 5.考察 (1)実機材を用いた研究の意義 高経年化時代を迎えた原子力発電所で留意すべき主要な経年劣化事象を適切に防止、抑制、管理するため、現在も様々な研究が行われている。その中で実機プラント材を用いた研究がどのような役割を果せるかについて検討し、一部を実機発電所として「ふげん」に適用し、期待された成果が得られることを検証し、実機材を用いた高経年化研究の意義を明確にした。 実機プラント材の調査研究には、大きくまとめて以下の3つの意義があるものと思われる。 ①現在までに確認されている経年劣化事象に対する知見の妥当性確認 ②現在までに確認されている経年劣化事象の未知の影響因子やメカニズムによる異常劣化の有無の確認 ③これまでに確認されていない潜在的な経年劣化事象の有無の確認 このうち、本研究で立案した研究計画案により、①と②について、研究機関、大学、事業者によってまとめられた、高経年化劣化事象の整理及び高経年化評価手法の妥当性が検討され、おおよその劣化事象について網羅されていることが確認されたが、実機材を用いた研究の意義については十分に認められるものであるかどうか研究の実施を通じて検証されるものと考えられる。 これらはメカニズムが完全に解明されていない事象に対しても、これまでのデータの蓄積から、あらかじめ発生箇所を予測することができ、それぞれの損傷形態に合わせた維持管理が可能である。 (2)問題点の摘出 ③は、いつ、どこに発現するか、その事象自体存在するのかどうか分からないため、調査することは極めて難しいが、原子力発電所の高経年化対策としては重要であり、廃炉となったプラントを調査する上での意義はここにも大いにある。仮に潜在的劣化事象が発生しており、何らかの劣化が進んでいた場合、実機プラントを全て切出して、詳細に調査すれば見つかる可能性があるが、膨大な費用、人手、時間がかかる。存在するか分からず、顕在化した際の影響の程度も分からない事象に対し、膨大な費用をかけて調査することは非現実的である。 現実的な費用や作業量の範囲で潜在的劣化事象の有無について調査を行うにはどのような手法を用いれば良いかという議論が行われていくことが原子力発電所の更なる安全性確保に繋がると考えられ、活発な議論が行われることが望まれる。 また、従来知見を上回る劣化や潜在的な劣化事象を発見した場合でも、他プラントに対策を施すことにより、原子力発電プラント全体の更なる安全が確保されることから、これらを享受し、前向きに取組んでいけるような社会的環境や研究体制の構築が望まれる。 参考文献、サイト 1)実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について, 原子力安全・保安院, 2005.8 2)高経年化対応技術戦略マップ2008, (独)原子力安全基盤機構, 2008.7 3)独立行政法人日本原子力研究開発機構敦賀本部原子炉廃止措置研究開発センター, http://www.jaea.go.jp/04/fugen/index.html 4)発電用原子力設備規格沸騰水型原子力発電所配管減肉管理に関する技術規格, 社団法人日本機械学会, 2006.115)山田卓陽、藤井克彦、青木政徳、有岡孝司、実機供用2相ステンレス鋳鋼の熱時効評, INSS JOURNAL 2012. Vol.19,108-117 6) O.K. Chopra, Initial Assessment of the Mechanisms and Significance of Low-Temperature Embrittlement of Cast stainless Steels in LWR System., NUREG/CR-5385, ANL-89/17, U.S. Nuclear Regulatory Commission, (1990). (平成25年5月31日)
“ “高経年化評価研究に係る実機プラントの利用に関する研究 “ “榊原 安英,Yasuhide SAKAKIBARA,矢田 浩基,Hiroki YADA“ “高経年化評価研究に係る実機プラントの利用に関する研究 “ “榊原 安英,Yasuhide SAKAKIBARA,矢田 浩基,Hiroki YADA
日本では現在50基の原子力発電所が稼動しており、福島原発事故までは、日本の電気エネルギーの約3割を受け持っていた。その一方で、原子力発電所の約半分はまもなく設計寿命である約30年を超えようとしており、寿命を間近に控えた軽水型原子力発電所は、経年劣化が顕在化することが予想される。高経年化対策とは、経年劣化事象を調べ、その程度が運用できないものであるかどうかを評価し、必要に応じて補修・取替えを行うことにより、発電所の信頼性・安全性を高め、発電所を運転していこうとするものである。 もともと、原子力発電設備は、建設当時の品質管理による品質の高さ、運転中の定期的な検査・点検により、常に高い品質を保つこととなっていることから、適切な維持・管理を行うことによって使用期間を延ばすことが出来ると考えられている。一方で、様々な理由により廃炉となる原子力発電所もこれから出てくると予想されることから、廃炉となった原子力プラントは長い供用期間の中で熱や放射線などの様々な影響を受け、経年劣化が起きているはずであり、実機条件で長時間使用された構造材料がどの程度劣化しているかを調べることの意味は大きい。
本研究は、その発電設備としての役割を終え、廃炉段階を迎えた軽水型原子力プラントの実機材を利用することによって、軽水型炉の高経年化対策に役立つ知見を得るための研究方策について、検討・考察を行い、実機材を用いた高経年化研究の考え方を提案する。 また、その研究を現在、廃止措置段階となっている「新型転換炉ふげん発電所(以下、ふげん)」を対象にして、実機材を用いた高経年化調査研究を進めることで軽水型原子力プラントの高経年化対策に資するデータ取得の可否、実機材を利用するにあたっての問題点等を明らかにする。なお、ふげんを用いた高経年化研究は、平成17年より、「福井県における高経年化調査研究」として原子力安全基盤機構の委託により実施されたものである。 2.実機プラントを用いた調査研究の意義 これまで廃炉措置段階の軽水型原子力発電プラント全体を対象にした実機材を用いた高経年化研究は行われていない。実機プラントを用いた調査研究は長い供用期間を経て廃炉を迎えるプラントから高経年化評価に有効なデータを得ようとするものであり、得られたデータは未だ供用中である類似のプラントへの適用が可能である。現在行われている高経年化研究の多くは実験と機構論的解析手法を用いて行われているが、高経年化とは長い年月を経て顕在化する事象であり、実時間での調査、研究を実験室で行うのは困難である。それゆえ、劣化程度を推定する方法の妥当性を、長時間にわたって使ってきた実機材を用いて検証することが重要である。 一方、高経年化により顕在化する事象は複数の因子の組合せにより劣化が進行することから個別因子の影響やメカニズムの解明を実機環境にさらされてきた実機材のみを用いて研究することは難しい。 このように高経年化による劣化を適切に評価し、損傷を防止するためには実験、解析的手法に加えて実機材を用いた研究を適切に組合せ、それぞれの特徴を生かしたアプローチを行うことができれば原子力発電プラントの安全性をより一層高めることができるものと考えられる。 3.実機材利用方法の検討 原子力発電プラントにおける主要な経年劣化事象のうち、廃止措置段階の原子炉の実機材を用いた研究が有効な事象について、現状の課題と実機材利用の位置付け、実機材利用研究を実施するにあたり、実機材が満たすべき条件について、検討を行った。 検討対象は、高経年化により顕在化する可能性のある事象として、「実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について」1)及び「高経年化対応技術戦略マップ」2)に挙げられている以下の7事象とした。 ・原子炉圧力容器の中性子照射脆化 ・応力腐食割れ(SCC) ・疲労割れ ・配管減肉 ・絶縁劣化 ・ステンレス鋳鋼の熱時効 ・コンクリート劣化 検討結果として、実機材を利用した研究が有効な研究課題を表1に示す。 表1 Meaningful research Items by using real materials 経年劣化事象 研究課題 実機材利用研究 原子炉容器の中性子脆化 加速照射効果の定量化 実機照射材と、照射影響の少ない同一ヒートの実機材の加速照射試験データと比較し、加速照射データの妥当性検討(加速照射効果の定量化)に資するデータの取得を行う。 照射を受けたHAZ部の破壊靱性評価 実機のHAZ部を調査し、HAZ部監視試験片の必要性についての検討に資するデータの取得を行う。 SCC IGSCC 非破壊検査の精度向上 非破壊検査と配管の直接観察を行い供用期間中検査で行われている検査技術の自然欠陥に対する検出精度の検証を行う。 長期間運用後のSCC対策の有効性確認 実機における長時間使用後のSCC対策(水素注入、残留応力の低減等)の有効性確認を行う。 IGSCC IASCC SCC発生、進展データの整備 実機のSCC発生状況調査及び実機材を用いたき裂進展試験等によるデータの取得を行うことで、今までに確認されていない影響因子の有無を確認する。 配管減肉 配管減肉予測式精度の向上 現在提案されている配管減肉量予測式に、実機材のデータを適用し、予測式の精度を検証する。 配管減肉管理の合理化 実機の減肉状況から機械学会規格で定められている管理ランクの妥当性を検証し、検査の合理化に資するデータを蓄積する。 配管減肉対策の妥当性検証 実機配管の詳細な減肉状況のデータを取得し、配管減肉対策(配管材質の変更、酸素注入等)の妥当性を検証する。 絶縁劣化 実機ケーブルを用いた非破壊検査手法の妥当性確認 実機プラントケーブルを用いて、非破壊検査、破壊検査の両方を実施し、非破壊検査手法の有効性を確認する。 実機ケーブルを用いた加速劣化試験の検証 加速劣化試験による健全性確認を検証、補完することを目的とした実機ケーブルを用いた評価試験を実施する。 ステンレス鋳鋼の 熱時効脆化 実機プラント材を使った脆化予測手法の検証 実機熱時効材を用いた加速熱時効の検証、比較を行い、予測式の信頼性向上に資するデータの取得を行う。 非破壊検査による熱時効評価手法の確立 実機熱時効材を用いて非破壊検査手法の適用を行い、破壊靭性試験の結果をもってその非破壊検査手法の有効性を確認する。 コンクリート劣化 コンクリート劣化非破壊検査技術の適用 実機材を用いて非破壊検査(反発度法等)、破壊検査(圧縮強度試験等)を行い、非破壊検査技術の有効性を確認する。 中性子照射影響等を考慮した経年劣化評価技術の開発 供用期間中に放射線照射を受けた実機材を用いた強度評価試験を行い、現行の経年劣化評価技術の妥当性検証に資するデータを取得する。 4.検討結果の「ふげん」への適用 「ふげん」は、重水減速沸騰軽水冷却圧力管型原子炉として1979年3月から2003年3月の運転終了までの約25年の間運転され、原子炉の累積運転時間は約13万6000時間に達している。「ふげん」は、圧力管構造をとる原子炉本体の構造、燃料取扱い系、減速材として重水が用いられている等の固有の特徴を有する他は、設備や水質及び温度条件はBWRに類似する面が多い。3) 「ふげん」を用いた研究の特徴としては以下のものが挙げられる。 ・ 「ふげん」は約25年間運転されており、通常の軽水炉の寿命に比べると短い、また通常運転時間も短い。 ・ プラントシステムはBWRに類似しており、ふげんでの高経年化調査研究は一般軽水炉の中でも主にBWRに反映が可能。 ・ 保全活動が実施されている(運転初期段階でSCC対策を実施、等)。 ・ 過去の検査データの参照が可能。 「ふげん」実機材を対象として各経年劣化事象への研究適用性、有用性を検討した結果、適用性の高いものとして、SCC、配管減肉、適用可能であるものとして、ステンレス鋳鋼の熱時効脆化を研究対象として抽出した。検討結果と廃止措置工程を考慮し、今回研究の対象とする劣化事象を配管減肉、熱時効脆化及び粒界型応力腐食割れとした。 4.1 配管減肉の調査 「ふげん」では定期検査時に配管の超音波による配管肉厚測定を実施しており、過去17回の定期検査(供用前検査を含め計18回)で約1100箇所の測定が行われている。過去の定期検査の資料から配管肉厚測定に関するものを調査、整理を行い機械学会配管減肉管理規格4)に記載されている方法で減肉速度を算出した。 算出した減肉率の内、「0.2mm/1万時間」を越えるものを確認した結果、「ふげん」において比較的減肉の多く発生している系統は復水・給水系であり、原子炉給水ポンプ、給水加熱器等の機器の前後の偏流発生が予測されるエルボ部に減肉が多い傾向が見られ、機械学会配管減肉管理規格で定められている管理ランクと比較するとFAC-1 or S(溶存酸素濃度が高く減肉が抑制されるが偏流効果が著しく減肉発生の可能性を否定できない)に該当する箇所が多く見られた。 ただし、今回用いた検査データは、減肉率の比較的大きい箇所であっても肉厚測定回数の少ない箇所はデータの信頼性が乏しい可能性がある。 現在、解体作業により切出されている配管の超音波による肉厚測定が行われており、そのデータを用い、補充することで減肉率データの信頼性について検討を行うことの意義は大きい。 「ふげん」実機材を用いた研究から得られるデータを用いることで、配管減肉事象について、配管減肉予測式精度の向上、配管減肉管理の合理化、配管減肉対策の妥当性検証について研究を進めていくことができるものと考える。また、実機計測に基づく評価の中では配管減肉測定箇所の多くが減肉率にすると大きく誤差を含むことから、予想を超える値であり、かつ局所に限って得られる値の場合は、計測誤差によるものである可能性が高いことが示された。 4.2 2相ステンレス鋳鋼の熱時効脆化 2相ステンレス鋳鋼の熱時効脆化については、既にいくつかの研究文献があり5)、6)、オーステナイト相の中にフェライト相が存在し、フェライト相中でスピノーダル分解が発生することで、Crの濃淡が周期的にできることで、フェライトが硬くなり、その結果、全体として、靱性が低下する現象が生じると言われている。しかしながら、スピノーダル分解の発生・進展は使用された温度と時間に依存し、沸騰水型軽水炉(BWR)の使用条件のように比較的低温である280℃付近では、スピノーダル分解の進行が十分遅いことが想定されることから、フェライト相の割合や分布状況及び微量添加元素であるMoなどの影響によって、脆化の挙動が変化することが知られている。よって、実機材を用いた研究として、実験室的には得られない、低温、長時間(25年)で発生する脆化挙動を調べることで、脆化予測式の妥当性が検証されることの意義は大きい。また、長時間外挿の妥当性が評価検証されると、BWR条件では2相ステンレス鋳鋼の熱時効脆化の評価の必要性がないとの結論が得られる可能性も秘めている。 4.3 粒界型応力腐食割れ対策の妥当性 応力腐食割れは、1970年代にはじめに発生しはじめ、色々な方法で応力腐食割れ対策がとられてきた。一般に、溶接などによる入熱によって粒界が鋭敏化した上に残留応力が発生し、水などによる腐食環境が影響して起こると言われており、それらのいくつかを要因を取り除くことで応力腐食割れの発生を抑制する方法がとられてきた。「ふげん」発電所においても、発電所の建設、運転の初期段階でそれらの応力腐食割れが発生し、いくつかの対策をとることで応力腐食割れを防止してきた。 「ふげん」では、運転の途中段階で発生した応力腐食割れ防止対策として、SUS304オーステナイト系ステンレス鋼から低炭素のSUS316オーステナイト系ステンレス鋼への材料取り換え、取り換えできない部分に対しては、配管内表面における残留応力を引張応力から圧縮応力へするための溶接法(水冷溶接や高周波誘導加熱応力改善法〈IHSI〉)を適用した上で、日本で初めての水素注入による水の腐食環境改善を試みた。結果として、運転終了後にそれらの応力腐食割れ発生状況を確認することで、防止対策の有効性を確認することの意味は大きいものと考えられる。長期運転後においても残留応力改善を行った配管溶接部の残留応力が圧縮のまま残留していたことなどが分れば、この改善策の有効性が確認されることになり、軽水炉の安全運転上の安心材料となる。 5.考察 (1)実機材を用いた研究の意義 高経年化時代を迎えた原子力発電所で留意すべき主要な経年劣化事象を適切に防止、抑制、管理するため、現在も様々な研究が行われている。その中で実機プラント材を用いた研究がどのような役割を果せるかについて検討し、一部を実機発電所として「ふげん」に適用し、期待された成果が得られることを検証し、実機材を用いた高経年化研究の意義を明確にした。 実機プラント材の調査研究には、大きくまとめて以下の3つの意義があるものと思われる。 ①現在までに確認されている経年劣化事象に対する知見の妥当性確認 ②現在までに確認されている経年劣化事象の未知の影響因子やメカニズムによる異常劣化の有無の確認 ③これまでに確認されていない潜在的な経年劣化事象の有無の確認 このうち、本研究で立案した研究計画案により、①と②について、研究機関、大学、事業者によってまとめられた、高経年化劣化事象の整理及び高経年化評価手法の妥当性が検討され、おおよその劣化事象について網羅されていることが確認されたが、実機材を用いた研究の意義については十分に認められるものであるかどうか研究の実施を通じて検証されるものと考えられる。 これらはメカニズムが完全に解明されていない事象に対しても、これまでのデータの蓄積から、あらかじめ発生箇所を予測することができ、それぞれの損傷形態に合わせた維持管理が可能である。 (2)問題点の摘出 ③は、いつ、どこに発現するか、その事象自体存在するのかどうか分からないため、調査することは極めて難しいが、原子力発電所の高経年化対策としては重要であり、廃炉となったプラントを調査する上での意義はここにも大いにある。仮に潜在的劣化事象が発生しており、何らかの劣化が進んでいた場合、実機プラントを全て切出して、詳細に調査すれば見つかる可能性があるが、膨大な費用、人手、時間がかかる。存在するか分からず、顕在化した際の影響の程度も分からない事象に対し、膨大な費用をかけて調査することは非現実的である。 現実的な費用や作業量の範囲で潜在的劣化事象の有無について調査を行うにはどのような手法を用いれば良いかという議論が行われていくことが原子力発電所の更なる安全性確保に繋がると考えられ、活発な議論が行われることが望まれる。 また、従来知見を上回る劣化や潜在的な劣化事象を発見した場合でも、他プラントに対策を施すことにより、原子力発電プラント全体の更なる安全が確保されることから、これらを享受し、前向きに取組んでいけるような社会的環境や研究体制の構築が望まれる。 参考文献、サイト 1)実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について, 原子力安全・保安院, 2005.8 2)高経年化対応技術戦略マップ2008, (独)原子力安全基盤機構, 2008.7 3)独立行政法人日本原子力研究開発機構敦賀本部原子炉廃止措置研究開発センター, http://www.jaea.go.jp/04/fugen/index.html 4)発電用原子力設備規格沸騰水型原子力発電所配管減肉管理に関する技術規格, 社団法人日本機械学会, 2006.115)山田卓陽、藤井克彦、青木政徳、有岡孝司、実機供用2相ステンレス鋳鋼の熱時効評, INSS JOURNAL 2012. Vol.19,108-117 6) O.K. Chopra, Initial Assessment of the Mechanisms and Significance of Low-Temperature Embrittlement of Cast stainless Steels in LWR System., NUREG/CR-5385, ANL-89/17, U.S. Nuclear Regulatory Commission, (1990). (平成25年5月31日)
“ “高経年化評価研究に係る実機プラントの利用に関する研究 “ “榊原 安英,Yasuhide SAKAKIBARA,矢田 浩基,Hiroki YADA“ “高経年化評価研究に係る実機プラントの利用に関する研究 “ “榊原 安英,Yasuhide SAKAKIBARA,矢田 浩基,Hiroki YADA