ステンレス鋳鋼の熱時効脆化推定法の検討
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カテゴリ: 第10回
1.緒言
準安定オーステナイトステンレス鋳鋼は数%~25%程度のフェライト相を含んでおり、鋳造性や材料強度、耐SCC性および溶接性などが向上するなどの特徴があることから、ポンプや弁および管などの構造材料として原子炉プラントにおいて使用されている。しかしながら、高温で長時間使用された場合、熱時効により破壊靱性が低下する事が指摘されている[1], [2]。このような熱時効脆化の特性を詳細に調査し、熱時効脆化の程度を予測する事は、原子炉プラントの高経年化対策にとって重要である。300℃前後の実機使用条件下における熱時効の影響は数十年と長期間にわたって起こる現象であるため、主に350~400℃などの実際の使用条件よりも高温域の加速熱時効試験により、脆化機構の理解のための研究がなされている[3]-[6]。このような知見を基に、熱時効脆化の程度を予測するモデルが提案されており[4],[7]、我が国においてもH3Tモデル[8]が提案されている。しかしながら、実機使用条件のような低温域については外挿予測となるため、実機材を用いた熱時効の発生状況と脆化予測式の妥当性について検討する事が課題となっている。
Fig.1 The structural material surveyed at ATR Fugen. ところで新型転換炉ふげんは25年間の運転を終え、現在、廃止措置が進められている。本研究では、低温の実機環境下で長期運転環境に晒された実機材の熱時効脆化の発生状況について明らかにするとともに、得られた知見から脆化予測式の妥当性を検討する事を目的として、ふげんから採取されたオーステナイトステンレス鋳鋼を対象に機械特性試験と微細組織評価を行った。 2.実験方法 2.1 供試材 評価対象はFig.1に示した様に、ふげんから採取された再循環ポンプケーシングとした。鋼種はSCS13であり、化学成分はTable 1の通りである。また使用条件は275℃、138,000時間である。化学成分からASTM A800[9]において定められているフェライト量の推定式を用いて算出される値は13.2%であった。Fig.2は過去に実施された主な熱時効脆化研究の熱時効温度と時間の関係を示したものであるが、本研究における対象部材は低温長時間側の使用条件となっている。 Fig.2 Relationships between thermal aging temperature and time in leading previous studies. 熱時効環境に晒されていない鋳造凝固及び溶体化処理後のサンプルは残されていないことから、熱時効による組織変化の回復を目的とした熱処理を行ったものを比較材とした。熱処理条件は、熱平衡状態を考慮して熱時効脆化のスピノーダル分解反応によるα’相が不安定となる550℃×1 hとした。この条件で回復処理をした場合、シャルピー衝撃エネルギーのDBTT曲線は溶体化ままと同等になる事が報告されている[2]。 Fig.3 Comparison of the mechanical properties before and after recovery heating: (a) the room temperature Charpy impact energy and (b) micro-Vickers hardness in ferrite phase. Table 1 Chemical composition of cast stainless steel sample from Fugen (wt%). Cr Ni Si Mn S P C Fe 19.698.40.810.940.0080.0270.05Bal. 2.2 シャルピー衝撃試験 シャルピー衝撃試験はJIS Z 2242-2005に準拠し、試験片は10mm×10mm×55mmのVノッチ試験片とした。試験は東京試験機社製半自動シャルピー衝撃試験機(CI-500D)を用いて、室温にて3本ずつ実施した。 2.3 マイクロビッカース硬さ試験 10mm×10mm×3mmのサイズに切り出した対象部材を機械研磨により鏡面仕上げした後、5%シュウ酸水溶液を用いて10V、30secの条件で電解エッチングを行い、硬さ試験試料に供した。フェライト相から10ヶ所を選び、押し込み荷重50gの条件で測定を行った。 2.4 3次元アトムプローブ 熱時効脆化の主原因とされるスピノーダル分解反応を定量評価するために、3次元アトムプローブ(Three Dimensional Atom Probe: 3DAP)による分析を実施した。試料作製は硬さ試験と同様に鏡面仕上げ及び電解エッチングを施した後、FIB-SEMによるマイクロサンプリング法によりフェライト相を選択して採取し、針状試料に供した。分析は、エネルギー補償のためのリフレクトロンが付属した局所電極型3DAP (CAMCA社製LEAP3000X HR)を用いて行った。分析条件は電圧パルス(繰返し周波数:250kHz, パルス比:15%)を用いて試料温度:60Kとした。なお3DAPによる評価対象としては、回復処理前後に加え、回復処理後に400℃にて再時効処理したものを評価し、熱時効温度の違いがスピノーダル分解反応速度に及ぼす影響について検討を行った。 3.実験結果および考察 3.1 機械特性試験結果 シャルピー衝撃試験の結果をFig. 3(a)に示す。初期相当の回復処理材と比較してシャルピー衝撃エネルギーの値は低くなっており、実機低温条件においても熱時効脆化の兆候が認められた。これまでの報告によると、フェライト相におけるスピノーダル分解反応によるフェライト相の硬化が熱時効脆化の主原因であるとされているが、ふげん実機材においてもFig.3(b)に示すように、採取まま材では回復処理材よりもフェライト相が硬くなっており、これまでの知見と一致している。 Fig.4 Chromium concentration distribution in ferrite phase of Fugen material obtained using 3DAP. 3.2 3次元アトムプローブ分析結果 Fig.4(a)は3DAP分析より得られた再循環ポンプケーシングのCr濃度の2次元分布図である。回復処理前後で比較すると、採取まま材ではCr濃度の変調について振幅が大きくなっており、スピノーダル分解が進んでいる様子が観察された。Fig.4(a)の各分布図の右下には、Cr濃度の変調構造化の程度を表す指標の一つであるVariation値[10]を示した。これは分析対象とする元素の濃度分布について、均一に固溶している事を仮定した場合と、実際の測定結果との差を算出したものである。値は0.0~2.0の範囲で変化し、数値が大きいほど濃度変調化が進んでいる事を意味する。このVariation値と硬さの関係は相関性がある事が報告されており[11]、本研究においても採取まま材のVariation値は回復処理材よりも大きくなっており、Fig.3(b)のようなフェライト相の硬化はスピノーダル分解反応によるものであると考えられる。 Fig.4(b)は回復処理後に400℃にて熱時効処理を施したサンプルの測定結果である。時効時間の増加と共にCr濃度変調の濃度振幅が大きくなっている様子が観察された。 3.3 H3Tモデルによる予測値との比較 ふげん実機材より得られた実測データと脆化予測式による予測値の比較により、その妥当性についての検討を行った。脆化予測式H3Tモデル[8]では、Fig.5に示す様に、熱時効による破壊靱性値の時間変化は、次式のような双曲線で表される。 Fig.6 Comparison of Charpy impact energy obtained from the Fugen material and the prediction value from the H3T model. ・・・・・・・ (1) CtBAM...ここでMはある熱時効時間 tにおける靱性値、Aは熱時効時間が無限大となる時の靱性値、BとCはそれぞれ熱時効温度及び時間に関連する定数である。これら各定数は、加速熱時効試験データの重回帰解析により求められており、予測対象となる部材の化学成分やフェライト量から破壊靱性値が予測できるようになっている。なお熱時効時間が異なる場合の予測には、TrautweinらによりFig. 5 The fracture toughness prediction method H3T model [8]. 提案されている熱時効による脆化が単一の熱活性化過程であると仮定した次式のような熱時効パラメータ:Pを用いる[1]。 ・・・(2) .........TRQtP167314343.0logtは熱時効時間、Rはガス定数、Tは熱時効温度及びQは見かけの活性化エネルギーであり、100 kJ/molという値が用いられている。この熱時効パラメータが同等である場合は熱時効温度と時間が異なっていても、脆化の程度が同程度進んでいることを意味する。 Fig.6はふげん実機材のシャルピー衝撃エネルギーについて、H3Tモデルによる推定値と本研究により得られた値を比較した結果である。実線で示した予測値とプロット点で示した実測値との間には50 J以上の差があり、実測値に対して予測値は脆化の程度を保守的に予測していることが確認された。このような脆化予測値の妥当性を検討する上で、式(2)中に用いられる見かけの活性化エネルギーは重要な意味をもつ。Fig.6には予測値が実測値と一致するように活性化エネルギーを調整した場合の予測値を破線にて示した。この場合の活性化エネルギーは180 kJ/molであった。 熱時効脆化の主原因とされるフェライト相におけるスピノーダル分解反応に着目し、微細組織変化の観点から式(1)で用いられる活性化エネルギーの妥当性について検討を行った。Fig.4には、各時効条件における活性化エネルギーを100 kJ/molとした場合の熱時効パラメータの値も併せて示した。ふげん実機材の使用条件(275℃×138,000 h)の場合は3.38であり、400℃×1,000 hの場合の3.0よりも大きく、熱時効脆化がより進んでいることを意味する。しかしながらVariation値は採取まま材の方が小さく、熱時効パラメータの数値とは矛盾する。一方で活性化エネルギーを約180 kJ/mol程度とした場合は、実機材の使用条件では熱時効パラメータは2.0程度となり、Variation値が同等となる400℃×100 hの条件と同程度になる。これはシャルピー衝撃エネルギーの場合と一致する。過去の研究において報告された熱時効によるシャルピー衝撃エネルギー値の低下に関する見かけの活性化エネルギーは75~230 kJ/molの範囲にわたっている。活性化エネルギーに関する議論は主に350~400℃の加速熱時効試験から得られたデータを中心になされていたが、実機条件における脆化事象に対する適用に際しては、化学成分やスピノーダル分解反応以外の脆化に及ぼす因子なども考慮して検討する事が重要であると考えられる。 4.結言 ふげんから採取された実機材を用いて熱時効脆化の発生状況を確認すると共に、脆化予測式H3Tモデルの妥当性について検討を行った。再循環ポンプケーシング(275℃×138,000 h)のシャルピー衝撃エネルギーの実測値に対して、H3Tモデルによる予測値は脆化の程度を保守的に予測している事が示された。また同時に活性化エネルギーや脆化の感受性などについて、脆化機構に基づいた検討を行う事により、脆化予測の高精度化の余地がある事が示唆された。 謝辞 本研究は、(独)原子力安全基盤機構より受託した「平成23年度福井県における高経年化調査研究」として実施された。 参考文献 [1] A. Trautwein, W. Gysel,“Influence of Long-Time Aging of CF8 and CF8M Cast Steel at Temperatures Between 300 and 500℃ on Impact Toughness and Structural Properties”, ASTM STP 756 (1982) 165. [2] O.K. Chopra and H.M. Chung, “Aging degradation of cast stainless steels: Effects on mechanical properties”, In proc. 3rd Intl. Symp. on Environmental Degradation of Materials in Nuclear Power System-Water Reactors (edited by G.J. Theus and J.R. Weeks), T.M.S.-A.I.M.E., Warrendal, Pa (1988) pp737-748. [3] P.H. Pumphrey and K.N. Akhurst, “Aging kinetics of CF3 cast stainless steel in temperature range 300-400 oC”, Material Science and Technology, 6 (1990) 211-219. [4] S. Bonnet, J. Bourgoin, J. Champredonde, D. Guttmann and M. Guttmann, “Relationship between evolution of mechanical properties of various cast duplex stainless steels and metallurgical and aging parameters: outline of current EDF programmes”, Materials Science and Technology March, 6 (1990) 221-229. [5] T. Yamada, S. Okano, H. Kuwano, “Mechanical property and microstructural change by thermal aging of SCS14A cast duplex stainless steel”, J. Nucl. Mater., 350 (2006) 47-55.. [6] “プラント長寿命化技術開発 2相ステンレス鋼熱時効脆化試験(PWR)(昭和62年度~平成4年度のまとめ), 平成6年, 財団法人 発電設備技術検査協会. [7] O.K. Chopra, “Estimation of Fracture toughness of Cast Stainless Steels During Thermal Aging in LWR Systems”, NUREG/CR-4513, (1994). [8] S. Kawaguchi, T. Nagasaki and K. Koyama, “Prediction method of tensile properties and fracture toughness of thermally aged cast duplex stainless steel piping”, Proc. of ASME pressure vessels and piping division conference, July 17-21, 2005, Denver, Colorado USA., PVP2005-71528. [9] ASTM A800/A800M-84, “Standard Practice for Steel Casting, Austenitic Alloy, Estimating Ferrite Content Thereof”, 1986. [10] D. Blavette, G. Grancher and A. Bostel, “Statistical analysis of atom-probe data (I) :Derivation of some fine-scale features from frequency distributions for finely dispersed systems”, J. De Phys., 49-C6(1988)433-438. [11] F. Danoix and P. Auger, “Atom probe studies of the Fe-Cr system and stainless steels aged at intermediate temperature; a review”, Mater. Charact., 44 (2000) 177-201. (平成25年#月##日)
“ “ステンレス鋳鋼の熱時効脆化推定法の検討 “ “野際 公宏,Kimihiro NOGIWA,鬼塚 貴志,Takashi ONITSUKA,阿部 輝宜,Teruyoshi ABE,中村 孝久,Takahisa NAKAMURA,榊原 安英,Yasuhide SAKAKIBARA“ “ステンレス鋳鋼の熱時効脆化推定法の検討 “ “野際 公宏,Kimihiro NOGIWA,鬼塚 貴志,Takashi ONITSUKA,阿部 輝宜,Teruyoshi ABE,中村 孝久,Takahisa NAKAMURA,榊原 安英,Yasuhide SAKAKIBARA
準安定オーステナイトステンレス鋳鋼は数%~25%程度のフェライト相を含んでおり、鋳造性や材料強度、耐SCC性および溶接性などが向上するなどの特徴があることから、ポンプや弁および管などの構造材料として原子炉プラントにおいて使用されている。しかしながら、高温で長時間使用された場合、熱時効により破壊靱性が低下する事が指摘されている[1], [2]。このような熱時効脆化の特性を詳細に調査し、熱時効脆化の程度を予測する事は、原子炉プラントの高経年化対策にとって重要である。300℃前後の実機使用条件下における熱時効の影響は数十年と長期間にわたって起こる現象であるため、主に350~400℃などの実際の使用条件よりも高温域の加速熱時効試験により、脆化機構の理解のための研究がなされている[3]-[6]。このような知見を基に、熱時効脆化の程度を予測するモデルが提案されており[4],[7]、我が国においてもH3Tモデル[8]が提案されている。しかしながら、実機使用条件のような低温域については外挿予測となるため、実機材を用いた熱時効の発生状況と脆化予測式の妥当性について検討する事が課題となっている。
Fig.1 The structural material surveyed at ATR Fugen. ところで新型転換炉ふげんは25年間の運転を終え、現在、廃止措置が進められている。本研究では、低温の実機環境下で長期運転環境に晒された実機材の熱時効脆化の発生状況について明らかにするとともに、得られた知見から脆化予測式の妥当性を検討する事を目的として、ふげんから採取されたオーステナイトステンレス鋳鋼を対象に機械特性試験と微細組織評価を行った。 2.実験方法 2.1 供試材 評価対象はFig.1に示した様に、ふげんから採取された再循環ポンプケーシングとした。鋼種はSCS13であり、化学成分はTable 1の通りである。また使用条件は275℃、138,000時間である。化学成分からASTM A800[9]において定められているフェライト量の推定式を用いて算出される値は13.2%であった。Fig.2は過去に実施された主な熱時効脆化研究の熱時効温度と時間の関係を示したものであるが、本研究における対象部材は低温長時間側の使用条件となっている。 Fig.2 Relationships between thermal aging temperature and time in leading previous studies. 熱時効環境に晒されていない鋳造凝固及び溶体化処理後のサンプルは残されていないことから、熱時効による組織変化の回復を目的とした熱処理を行ったものを比較材とした。熱処理条件は、熱平衡状態を考慮して熱時効脆化のスピノーダル分解反応によるα’相が不安定となる550℃×1 hとした。この条件で回復処理をした場合、シャルピー衝撃エネルギーのDBTT曲線は溶体化ままと同等になる事が報告されている[2]。 Fig.3 Comparison of the mechanical properties before and after recovery heating: (a) the room temperature Charpy impact energy and (b) micro-Vickers hardness in ferrite phase. Table 1 Chemical composition of cast stainless steel sample from Fugen (wt%). Cr Ni Si Mn S P C Fe 19.698.40.810.940.0080.0270.05Bal. 2.2 シャルピー衝撃試験 シャルピー衝撃試験はJIS Z 2242-2005に準拠し、試験片は10mm×10mm×55mmのVノッチ試験片とした。試験は東京試験機社製半自動シャルピー衝撃試験機(CI-500D)を用いて、室温にて3本ずつ実施した。 2.3 マイクロビッカース硬さ試験 10mm×10mm×3mmのサイズに切り出した対象部材を機械研磨により鏡面仕上げした後、5%シュウ酸水溶液を用いて10V、30secの条件で電解エッチングを行い、硬さ試験試料に供した。フェライト相から10ヶ所を選び、押し込み荷重50gの条件で測定を行った。 2.4 3次元アトムプローブ 熱時効脆化の主原因とされるスピノーダル分解反応を定量評価するために、3次元アトムプローブ(Three Dimensional Atom Probe: 3DAP)による分析を実施した。試料作製は硬さ試験と同様に鏡面仕上げ及び電解エッチングを施した後、FIB-SEMによるマイクロサンプリング法によりフェライト相を選択して採取し、針状試料に供した。分析は、エネルギー補償のためのリフレクトロンが付属した局所電極型3DAP (CAMCA社製LEAP3000X HR)を用いて行った。分析条件は電圧パルス(繰返し周波数:250kHz, パルス比:15%)を用いて試料温度:60Kとした。なお3DAPによる評価対象としては、回復処理前後に加え、回復処理後に400℃にて再時効処理したものを評価し、熱時効温度の違いがスピノーダル分解反応速度に及ぼす影響について検討を行った。 3.実験結果および考察 3.1 機械特性試験結果 シャルピー衝撃試験の結果をFig. 3(a)に示す。初期相当の回復処理材と比較してシャルピー衝撃エネルギーの値は低くなっており、実機低温条件においても熱時効脆化の兆候が認められた。これまでの報告によると、フェライト相におけるスピノーダル分解反応によるフェライト相の硬化が熱時効脆化の主原因であるとされているが、ふげん実機材においてもFig.3(b)に示すように、採取まま材では回復処理材よりもフェライト相が硬くなっており、これまでの知見と一致している。 Fig.4 Chromium concentration distribution in ferrite phase of Fugen material obtained using 3DAP. 3.2 3次元アトムプローブ分析結果 Fig.4(a)は3DAP分析より得られた再循環ポンプケーシングのCr濃度の2次元分布図である。回復処理前後で比較すると、採取まま材ではCr濃度の変調について振幅が大きくなっており、スピノーダル分解が進んでいる様子が観察された。Fig.4(a)の各分布図の右下には、Cr濃度の変調構造化の程度を表す指標の一つであるVariation値[10]を示した。これは分析対象とする元素の濃度分布について、均一に固溶している事を仮定した場合と、実際の測定結果との差を算出したものである。値は0.0~2.0の範囲で変化し、数値が大きいほど濃度変調化が進んでいる事を意味する。このVariation値と硬さの関係は相関性がある事が報告されており[11]、本研究においても採取まま材のVariation値は回復処理材よりも大きくなっており、Fig.3(b)のようなフェライト相の硬化はスピノーダル分解反応によるものであると考えられる。 Fig.4(b)は回復処理後に400℃にて熱時効処理を施したサンプルの測定結果である。時効時間の増加と共にCr濃度変調の濃度振幅が大きくなっている様子が観察された。 3.3 H3Tモデルによる予測値との比較 ふげん実機材より得られた実測データと脆化予測式による予測値の比較により、その妥当性についての検討を行った。脆化予測式H3Tモデル[8]では、Fig.5に示す様に、熱時効による破壊靱性値の時間変化は、次式のような双曲線で表される。 Fig.6 Comparison of Charpy impact energy obtained from the Fugen material and the prediction value from the H3T model. ・・・・・・・ (1) CtBAM...ここでMはある熱時効時間 tにおける靱性値、Aは熱時効時間が無限大となる時の靱性値、BとCはそれぞれ熱時効温度及び時間に関連する定数である。これら各定数は、加速熱時効試験データの重回帰解析により求められており、予測対象となる部材の化学成分やフェライト量から破壊靱性値が予測できるようになっている。なお熱時効時間が異なる場合の予測には、TrautweinらによりFig. 5 The fracture toughness prediction method H3T model [8]. 提案されている熱時効による脆化が単一の熱活性化過程であると仮定した次式のような熱時効パラメータ:Pを用いる[1]。 ・・・(2) .........TRQtP167314343.0logtは熱時効時間、Rはガス定数、Tは熱時効温度及びQは見かけの活性化エネルギーであり、100 kJ/molという値が用いられている。この熱時効パラメータが同等である場合は熱時効温度と時間が異なっていても、脆化の程度が同程度進んでいることを意味する。 Fig.6はふげん実機材のシャルピー衝撃エネルギーについて、H3Tモデルによる推定値と本研究により得られた値を比較した結果である。実線で示した予測値とプロット点で示した実測値との間には50 J以上の差があり、実測値に対して予測値は脆化の程度を保守的に予測していることが確認された。このような脆化予測値の妥当性を検討する上で、式(2)中に用いられる見かけの活性化エネルギーは重要な意味をもつ。Fig.6には予測値が実測値と一致するように活性化エネルギーを調整した場合の予測値を破線にて示した。この場合の活性化エネルギーは180 kJ/molであった。 熱時効脆化の主原因とされるフェライト相におけるスピノーダル分解反応に着目し、微細組織変化の観点から式(1)で用いられる活性化エネルギーの妥当性について検討を行った。Fig.4には、各時効条件における活性化エネルギーを100 kJ/molとした場合の熱時効パラメータの値も併せて示した。ふげん実機材の使用条件(275℃×138,000 h)の場合は3.38であり、400℃×1,000 hの場合の3.0よりも大きく、熱時効脆化がより進んでいることを意味する。しかしながらVariation値は採取まま材の方が小さく、熱時効パラメータの数値とは矛盾する。一方で活性化エネルギーを約180 kJ/mol程度とした場合は、実機材の使用条件では熱時効パラメータは2.0程度となり、Variation値が同等となる400℃×100 hの条件と同程度になる。これはシャルピー衝撃エネルギーの場合と一致する。過去の研究において報告された熱時効によるシャルピー衝撃エネルギー値の低下に関する見かけの活性化エネルギーは75~230 kJ/molの範囲にわたっている。活性化エネルギーに関する議論は主に350~400℃の加速熱時効試験から得られたデータを中心になされていたが、実機条件における脆化事象に対する適用に際しては、化学成分やスピノーダル分解反応以外の脆化に及ぼす因子なども考慮して検討する事が重要であると考えられる。 4.結言 ふげんから採取された実機材を用いて熱時効脆化の発生状況を確認すると共に、脆化予測式H3Tモデルの妥当性について検討を行った。再循環ポンプケーシング(275℃×138,000 h)のシャルピー衝撃エネルギーの実測値に対して、H3Tモデルによる予測値は脆化の程度を保守的に予測している事が示された。また同時に活性化エネルギーや脆化の感受性などについて、脆化機構に基づいた検討を行う事により、脆化予測の高精度化の余地がある事が示唆された。 謝辞 本研究は、(独)原子力安全基盤機構より受託した「平成23年度福井県における高経年化調査研究」として実施された。 参考文献 [1] A. Trautwein, W. Gysel,“Influence of Long-Time Aging of CF8 and CF8M Cast Steel at Temperatures Between 300 and 500℃ on Impact Toughness and Structural Properties”, ASTM STP 756 (1982) 165. [2] O.K. Chopra and H.M. Chung, “Aging degradation of cast stainless steels: Effects on mechanical properties”, In proc. 3rd Intl. Symp. on Environmental Degradation of Materials in Nuclear Power System-Water Reactors (edited by G.J. Theus and J.R. Weeks), T.M.S.-A.I.M.E., Warrendal, Pa (1988) pp737-748. [3] P.H. Pumphrey and K.N. Akhurst, “Aging kinetics of CF3 cast stainless steel in temperature range 300-400 oC”, Material Science and Technology, 6 (1990) 211-219. [4] S. Bonnet, J. Bourgoin, J. Champredonde, D. Guttmann and M. Guttmann, “Relationship between evolution of mechanical properties of various cast duplex stainless steels and metallurgical and aging parameters: outline of current EDF programmes”, Materials Science and Technology March, 6 (1990) 221-229. [5] T. Yamada, S. Okano, H. Kuwano, “Mechanical property and microstructural change by thermal aging of SCS14A cast duplex stainless steel”, J. Nucl. Mater., 350 (2006) 47-55.. [6] “プラント長寿命化技術開発 2相ステンレス鋼熱時効脆化試験(PWR)(昭和62年度~平成4年度のまとめ), 平成6年, 財団法人 発電設備技術検査協会. [7] O.K. Chopra, “Estimation of Fracture toughness of Cast Stainless Steels During Thermal Aging in LWR Systems”, NUREG/CR-4513, (1994). [8] S. Kawaguchi, T. Nagasaki and K. Koyama, “Prediction method of tensile properties and fracture toughness of thermally aged cast duplex stainless steel piping”, Proc. of ASME pressure vessels and piping division conference, July 17-21, 2005, Denver, Colorado USA., PVP2005-71528. [9] ASTM A800/A800M-84, “Standard Practice for Steel Casting, Austenitic Alloy, Estimating Ferrite Content Thereof”, 1986. [10] D. Blavette, G. Grancher and A. Bostel, “Statistical analysis of atom-probe data (I) :Derivation of some fine-scale features from frequency distributions for finely dispersed systems”, J. De Phys., 49-C6(1988)433-438. [11] F. Danoix and P. Auger, “Atom probe studies of the Fe-Cr system and stainless steels aged at intermediate temperature; a review”, Mater. Charact., 44 (2000) 177-201. (平成25年#月##日)
“ “ステンレス鋳鋼の熱時効脆化推定法の検討 “ “野際 公宏,Kimihiro NOGIWA,鬼塚 貴志,Takashi ONITSUKA,阿部 輝宜,Teruyoshi ABE,中村 孝久,Takahisa NAKAMURA,榊原 安英,Yasuhide SAKAKIBARA“ “ステンレス鋳鋼の熱時効脆化推定法の検討 “ “野際 公宏,Kimihiro NOGIWA,鬼塚 貴志,Takashi ONITSUKA,阿部 輝宜,Teruyoshi ABE,中村 孝久,Takahisa NAKAMURA,榊原 安英,Yasuhide SAKAKIBARA