実機照射材を用いた照射誘起応力腐食割れ研究

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カテゴリ: 第10回
1.はじめに
照射誘起応力腐食割れ(irradiation assisted stress corrosion cracking:IASCC)は、高温水中で中性子照射されたステンレス鋼に発生する粒界割れである。この現象は軽水型発電用原子炉の炉内構造物の高経年化に対する重要な技術的問題として認識されている。加圧水型原子炉(pressurized water reactor:PWR)ではIASCC損傷事例としてバッフルフォーマボルトの損傷が知られており、IASCC発生条件、発生機構や発生寿命について研究が行われている。バッフルフォーマボルトは運転期間60年を想定すれば約60dpaの高い中性子照射を受けると想定されており、高い信頼性をもって実機の保全対策を確立するためには高照射領域でのIASCC挙動を十分把握することが重要である。 IASCCは照射に伴うミクロ組織やミクロ組成の変化と水質環境、負荷応力が関与する複雑な現象である。中性子照射により材料内に多量の欠陥(転位ループやキャビティ、析出物)や粒界組成の偏析(Cr欠乏、Ni濃化等)が生じ、これらの要因により照射ステンレス鋼がIASCC発生感受性を持つと考えられる。(株)原子力安全システム研究所では、実機で中性子照射された炉内計装用フラックスシンブルチューブを用いて照射ステンレス鋼の照射に伴う材料特性変化やIASCC特性を調べてきた。本報告ではこれまでの成果をまとめて紹介する。
2. 実験方法
2.1 試験材 試験材は、PWRで炉内計装用シンブルチューブとして使用された冷間加工ステンレス鋼(SUS316)である。化学成分は重量%で0.04C, 0.62Si, 1.63Mn, 0.022P, 0.006S, 12.61Ni, 16.94Cr, 2.22Moである。このチューブは1038-1177℃で溶体化処理され, 最終冷間引き抜きにより肉厚を15%薄くする加工が施されたものである。内径と外径はそれぞれ5.1mmと7.6mmである。試験材の照射量は最大で73dpaである。照射温度は炉内照射時の位置により異なり約290℃から320℃の範囲である。 2.2ミクロ組織・組成分析 試験材から切り出した薄板を機械研磨、電解研磨により観察試験片に加工し、日立製作所製HF2000の透過型電子顕微鏡(TEM)によりミクロ組織・ミクロ組成を調べた。ミクロ組織としては約300℃の温度で中性子照射ステンレス鋼に形成される欠陥として知られている転位ループ、キャビティ等を観察した。ミクロ組成分析としては、照射誘起粒界偏析を上記TEM付属のエネルギー分散型特性X線分析(EDS)装置により測定した。 2.3機械特性試験(硬さ、引張試験) 硬さ測定はシンブルチューブの軸方向に垂直な断面を研磨し、ビッカース硬度計(荷重500g)で測定した。引張試験は軸方向に2分割したシンブルチューブから引張試連絡先:西岡弘雅、〒919-1205福井県美浜町佐田64号、(株)原子力安全システム研究所 技術システム研究所E-mail: nishioka@inss.co.jp 験片を作製し、320℃、歪速度1.1×10-4/sで実施し、破面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した。 2.4定荷重SCC試験 引張試験同様、軸方向に2分割したシンブルチューブから引張試験片を作製し、PWR一次系模擬水(320℃、B500ppm、Li2ppm、溶存水素2.8ppm)環境で単軸応力下での定荷重試験を実施した。照射量は31,32,38,73dpaである。試験時間は1000時間を目標とした。破断した場合は、破面をSEMにより観察した。また、溶存水素の影響を調べる目的で溶存水素濃度0.5ppm、4ppmの水質でも試験した。 3. 試験結果 3.1ミクロ組織・組成分析 観察された転位ループ、キャビティのTEM像の例をFig.1に示す。材料中に転位ループやキャビティが一様に分布しており、未照射材で見られるネットワーク転位は数dpa以上では観察されなかった。転位ループとキャビティの平均直径と数密度の照射量依存をFig.2に示す。平均直径、数密度ともに数dpaで飽和しており、キャビティから推定したスウェリング量は0.04%以下であった[1]。 Fig.1 TEM image (73dpa) Fig.2 Size and number density of dislocation loops and cavities 73dpa照射材の粒界近傍の組成分布をFig.3に示す。CrとMoの欠乏、NiとSiの濃化が認められた。粒界偏析の照射量依存をFig.4に示す。いずれの元素も約10dpaまでに大きく変化し、それ以上の照射量では変化は小さくなる傾向にある[1]。 Fig.3 Compositional profiles near grain boundary (73dpa) Dislocation loop Cavity 0510152001020304050607080Average diameter (nm)Dislocation LoopCavity11010001020304050607080Dose(dpa)Number density(×1022m-3) 051015202530-50-40-30-20-1001020304050Disatnce from grain boundary (nm)Concentration (wt%)CrNiMoSi Fig.4 Segregation against dose 3.2機械特性試験 硬さの照射量依存をFig.5に示す。10dpaまで硬さは増加傾向にあり10dpa以上では約380でほぼ一定であり、未照射材からの硬化量は約150であった[1]。引張試験では照射量6dpa以上で耐力は900MPaを超え、照射量が増加しても耐力は増加せず約940MPaであり、引張挙動は降伏点降下後、加工硬化なしで伸び数%で破断した。破面は全面ディンプルの延性破面であった。 Fig.5 Hardness versus dose 3.3定荷重SCC試験 照射量と定荷重SCC試験での負荷応力の関係を文献データとともにFig.6に示す。本研究では30dpa以上の照射材での試験結果ではIASCC発生閾応力は照射量に関係なく耐力(940MPa)の約1/2となった[2]。 文献データ[3][4]と合わせて評価すると発生閾応力は約10dpaでは約900MPaで30dpaでは約450MPaまで低下し、それ以上の照射量ではほぼ一定の傾向を示している。破断時間は、照射量が高く負荷応力が高いと破断時間が短くなる傾向も見られたが、同じ照射量、負荷応力で破断しない場合もあり、ばらつきは大きかった。破面は粒界破面と延性破面が観察され、粒界破面で進展し、最終段階で延性破壊し破断した。 38dpa照射材で試験した溶存水素濃度と定荷重試験での負荷応力の関係をFig.7に示す。溶存水素濃度増加に伴いIASCC発生閾応力は低下傾向を示す。破断時間も短くなる傾向であった[5]。 Fig.6 Plots of failure or non-failure in applied stress versus dose map Fig.7 Effect of dissolved hydrogen on IASCC failure 4. 考察 未照射ステンレス鋼はPWR一次系水質環境においてSCC感受性は低いが、冷間加工により硬化するとSCCき裂進展速度増加が報告されている[6]。同様に硬化や粒界偏析を誘起する照射による材料特性変化でIASCC感受性が増加することは十分に考えられる。IASCC発生のメカニズムとしては、硬化による変形の局所化と粒界偏析による粒界強度の低下が支配要因と考えており、変形局所化については、指標とした粗大すべりの間隔が照射に伴い増加し、高照射で変形局所化が進行することを確認した[7]。また、衝撃試験において照射量増加に伴う粒界破-10-5051015200204060Dose (dpa)Segregation (wt%)CrNiSiMo010020030040050001020304050607080Dose (dpa)Hardness (Hv0.5)0200400600800100001234Dissolved Hydrogen (ppm)Applied stress (MPa)FailureNon-failure020040060080010001200140001020304050607080Dose (dpa)Applied stress (MPa)This study FThis study NFBFB Takakura FBFB Takakura NFFTT Takakura FFTT Takakura NFFTT Conermann FFTT Conermann NF 面の増加傾向を確認することで照射に伴う粒界強度低下が示唆された[8]。 硬化が約10dpaで飽和し、粒界偏析は約10dpaまでに大きく変化し、それ以上の照射量では変化が小さい。IASCC発生閾応力の照射依存も類似の傾向を示しており、IASCC発生はこれらの要因の重畳結果と考えられる。溶存水素がIASCC発生を促進させるメカニズムについては明確ではないが、腐食の促進や固溶水素の増加が考えられる。 5. まとめ 国内PWRで照射されたシンブルチューブを使用して照射に伴う材料特性変化やIASCC特性を調査した結果、IASCC発生閾応力は照射に伴い低下し高照射量では耐力の約1/2となり、照射に伴う硬化や粒界偏析が影響していると推定された。国内では原子力安全基盤機構においても実機材を用いた定荷重試験が幅広くなされており、その成果をもとにIASCC評価方法の検討がなされているが、本研究成果は、その成果と整合し補強するものと考えている。 参考文献 [1] K. Fukuya, K. Fujii, H. Nishioka and Y. Kitsunai, “Evolution of Microstructure and Microchemistry in Cold-worked 316 Stainless Steels under PWR irradiation”, J. Nucl. Sci. Technol.,43, 2006, pp.159-173. [2] H. Nishioka, K. Fukuya, K. Fujii, and T. Torimaru, “IASCC initiation in highly irradiated stainless steels under uniaxial constant load conditions,”, J. Nucl. Sci. Technol.,45, 2008, pp.1072-1077. [3] K. Takakura, K. Nakata, M. Ando, K. Fujimoto and E. Wachi, “Lifetime evaluation for IASCC initiation of cold worked 316 stainless steel’s BFB in PWR primary water”, Proc. 13th Int. Conf. on Environmental Degradation of Mateials in Nuclear Power Systems , CNS, 2007. [4] J. Conermann, R. Shogan, K. Fujimoto, T. Yonezawa and Y. Yamaguchi, “Irradiation effects in a highly irradiated cold worked stainless steel removed from a commercial reactor”, Proc.12th Int. Conf. on Environmental Degradation of Materials in Nuclear Power System - Water Reactors, TMS, 2005, pp.277-284. [5] 西岡弘雅、福谷耕司、藤井克彦、鳥丸忠彦 “IASCC発生に対する溶存水素の影響”、INSS Journal、Vol.18、2011、pp.152-157. [6] T. Terachi, T. Yamada, T. Miyamoto and K. Arioka, “SCC growth behaviors of austenitic stainless steels in simulated PWR primary water”, J. Nucl. Materials, 426, 2012, pp.59-70. [7] H. Nishioka, K. Fukuya, K. Fujii, and Y. Kitsunai, “Defrormation structure in highly irradiated stainless steels,”, J. Nucl. Sci. Technol.,45, 2008, pp.274-287. [8] K. Fukuya, H. Nishioka, K. Fujii, M. Kamaya, T. Miura and T. Torimaru, “Fracture behavior of austenitic stainless steels irradiated in PWR”, J. Nucl. Materials,378, 2008, pp.211-219. (平成25年5月31日)
“ “実機照射材を用いた照射誘起応力腐食割れ研究 “ “西岡 弘雅,Hiromasa NISHIOKA,福谷 耕司,Koji FUKUYA,藤井 克彦,Katsuhiko FUJII,橘内 裕寿,Yuji KITSUNAI“ “実機照射材を用いた照射誘起応力腐食割れ研究 “ “西岡 弘雅,Hiromasa NISHIOKA,福谷 耕司,Koji FUKUYA,藤井 克彦,Katsuhiko FUJII,橘内 裕寿,Yuji KITSUNAI
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