実機供用2 相ステンレス鋳鋼の熱時効評価
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カテゴリ: 第10回
1.はじめに
2 相ステンレス鋳鋼は、加圧水型原子炉の主冷却材管(以降、main coolant pipe, MCPと呼ぶ)等として290℃ ~324℃で使用されているが、この温度で長期間使用されると熱時効により靭性が低下することが知られている。そのため、長期間供用後の機械的性質を予測するため、400℃以下の加速熱時効により、そのシャルピー衝撃値や破壊靭性値等について、国内外において多くの研究がなされている[1-4]。これらのデータベースにおいて、その報告されている活性化エネルギーは低いもので65kJ/mol、高いもので243kJ/mol とその範囲が広く[1,2]、その脆化メカニズムは必ずしも明確になっていない。加速熱時効による外挿評価は、あくまでも同一のメカニズムで脆化が起こる温度範囲において適用可能である。この加速熱時効による評価の妥当性の確認のため、米国[2,5-6]、仏国[7-9]では、実機材を用いてその機械的性質や微細組織が調べられている。それらの結果によれば、シャルピー衝撃値あるいは破壊靭性値は、予測線どおりかあるいは過度に保守的な評価となっている。そこで本報告では、実機MCP 高温側エルボ部として、約320℃で約196,500 時間(熱時効時間として22 年)供用されたSCS14A ステンレス鋳鋼の熱時効程度を、主として硬さおよび微細組織変化の観点で調べ、加速熱時効材の挙動と比較検討した。
2.実験方法
2.1 供試材 供試材は、MCP高温側エルボ部で、鋼種はSCS14A、静鋳造法により製作されたものである。Fig.1 に示したように、供試材採取位置は配管外面側(以降MCP-1)、内面側(以降MCP-2)から、熱時効評価用の試験片を採取した。この位置は、溶接部から40~50mm の範囲に相当するので、溶接による熱等の影響は受けていないと考えられる。切断片について、フェライトスコープにより板厚方向のフェライト含有量分布測定を実施した。フェライト含有量は、板厚方向以外でも場所に連絡先:山田卓陽、〒919-1205 福井県三方郡美浜町佐田64、㈱原子力安全システム研究所、 E-mail: yamada@inss.co.jp よりばらつくが、概ね内面から外面に向かって増加する傾向であった。そのフェライト含有量範囲は18.5~ 23%であったので、MCP-1 は比較的フェライト含有量の多い部位、MCP-2 は比較的フェライト含有量の低い部位に相当する。MCP-1 とMCP-2 のミクロ組織の代表例をFig.2 に示す。図中αと示した島状に分布したグレーの部分がフェライト相である。図中γと示した、それ以外の素地部分がオーステナイト相に相当する。 2.2 熱時効評価 熱時効程度の評価のため、硬さ測定を実施した。MCP-1 とMCP-2 の試験片を樹脂埋めし、研磨の最終仕上げを1/4μmのSiO2懸濁液で40 分以上バフ研磨としたものを硬さ測定に供した。実機MCP 材の硬さ測定は以下の3 条件で実施した。 ①荷重1kg で5 点計測し、平均値を求めた。 ②荷重25 g でオーステナイト相中を5 点計測し、平均値を求めた。 ③荷重25 g でフェライト相中を30 点計測し、上位10 点の平均値を求めた。 この③の条件は、フェライト相の硬さは、表面に現出したフェライト相が圧痕に対して十分な大きさをもたず、必ずしも深さ方向に充分な厚さがないためオーステナイト相の硬さと変わらいない硬さから、実際のフェライト相の硬さまで、大きくばらつくため[10,11]、過小評価を防ぐため適用した。 フェライト相中のミクロ組織変化を確認するため、MCP-1 とMCP-2 のフェライト相から、アトムプローブ分析用針状試験片を、日立製FIB/SEM(NB5000)で製作した。アトムプローブ分析には、米国Imago 社(現CAMECA 社)製の局所電極型3DAP(LEAP 3000X HR) を用いた。標準の測定条件は、試料温度60K、電圧パルスモード、パルス比20%、イオン蒸発速度1.5%とした。 3.実験結果 3.1 実機MCP 材の硬さ評価 実機MCP 材の各測定条件の測定結果を、取りまとめてTable.1 に示した。フェライト相の硬さはMCP-1、MCP-2 ともに600 を越えた。同じ鋼種であるSCS14A ステンレス鋳鋼の時効前のフェライト相硬さは約300[10,11]なので、実機MCP材のフェライト相は約300 硬化していることが確認された。 一方、オーステナイト相の硬さはMCP-1 においてHV(0.025)=155、MCP-2 においてHV(0.025)=178 であった。オーステナイト相の場合、同様にSCS14A の時効前の硬さは180~200[10,11]なので、硬化した傾向は認められなかった。 荷重1kg の硬さを含めて、MCP-1 とMCP-2 の硬さに大きな差異は認められないので、熱時効変化は配管の厚さ方向で大きな差異は無いものと推察された。 3.2 実機MCP 材のアトムプローブ分析 Fig.3 にMCP-2 のアトムマップの代表例を示す。熱時効によるミクロ組織変化は10 nm以下の程度の規模の変化であり、測定範囲全体である100nm×100nmで表示するとその濃度変化が重なり合うために必ずしも明瞭ではない。そこで、厚さを薄くして、重なりを回避することにより、各元素の濃度変調をより明瞭にした。このアトムマップの表示範囲の厚さは5 nm であ HV(1) γ相 HV(0.025) α相 HV(0.025) MCP-1 203±18 155±7.4 630±12 MCP-2 201±7 178±13 616±15 40 mm Weld MCP-1 MCP-2 Elbow Fig.1 Sampling from MCP Fig.2 Optical microstructure of MCP (a) MCP-1 (b)MCP-2 Thickness direction Inside Outside α γ 50 .m 50 .m Table. 1 Micro-Vickers Hardness of MCP る。ここで、左上に示した元素記号が個別に表示した元素に対応する。図から局部的なCr 濃度の変化が確認でき、いわゆるCr リッチな.’相が形成していることが示唆される。また、Ni, Si, Mo, Mn が同じ場所で濃度が高くなっており、これらの元素が濃化したクラスタの形成が確認された。 4.考察 4.1 加速熱時効材との比較 熱時効脆化に及ぼす微細組織変化としては、フェライト相硬化の主原因としてフェライト相中の相分離(スピノーダル分解)により生成するFe リッチなα相とCr リッチなα’相の生成[12-17]が報告されており、これが脆化の主原因と考えられている。実機MCP 材においても、アトムプローブ分析によりα’相の生成を示唆する結果を得た。また、このフェライト相硬化の第2 因子としては、G相(Ni, Si, Mo 等を主成分とするf.c.c.構造の析出物)の析出[14-19]についても報告されているが、鋼種等の影響でその析出量が異なり、複雑である。実機MCP 材においても、G 相析出自体は確認していないが、Ni, Si, Mo のクラスタリングを確認した。 そこで、ここでは実機MCP 材のフェライト相硬さを、同一鋼種の加速熱時効材(SCS14A 2 相ステンレス遠心鋳造管(フェライト目標含有量23%)を400℃で最長4 万時間時効したフェライト相硬さ[10,11]と以下で比較し、フェライト相の硬化因子について検討した。 加速熱時効材のフェライト相硬さを熱時効時間に対してプロットしたものをFig.4 に示す。加速熱時効による温度加速倍率を目安として示すため、シャルピー衝撃試験値の変化から求められた見かけの活性化エネルギーとして、Trautwein ら[1]が提案した100kJ/mol を用いての硬化予測線を求めた。まず、400℃のフェライト相の硬さの実測値を硬さHV(0.025)=400 から800 の間で直線近似したものが図中400℃のFitting line(実測硬化線)である。次に、Trautwein ら[1]が提案した(1) 式を示す。ある温度T[K]での時効時間t(h)は、時効パラメータP(t,T) . . . . . .... ... . . . R T P t T t U 1 673( , ) log( ) 0.4343 1 ---(1) を用いて、673K での等価な時効時間に変換できる。ここで、t:時効時間(h)、T:時効温度(K)、U:活性化エネルギー(kJ/mol)、R=8.314×10-3(kJ/mol・K):気体定数である。MCP 材のフェライト相硬さとして得られた630 に到達する時効時間は、加速熱時効材(SCS14A(F23)) 400℃では約4,000 時間なので、P=3.6 となる。また、U=100kJ/mol とし、350℃と320℃における硬さ630 に到達する時効時間を(1) 式から算出すると、それぞれ16,800h と44,600h となる。この到達時間を基準として、硬化挙動としては400℃の実測硬化線をそれぞれ350℃と320℃の時効時間に平行移動して示し、予測硬化線とした。 図からMCP 材のフェライト相の硬さは、U=100kJ/mol を仮定すると、予測硬化線よりもかなり低い値であった。これは、活性化エネルギー100kJ/mol の仮定が、過度に保守的であることを示唆する。 相分離による硬化量は相分離が80%程度に達すると300 程度増加させる[11]。実機MCP 材の相分離の進行割合が不明なため、相分離による硬化量を見積もることはできないが、著者らの結果から相分離による硬化のみでもフェライト相の硬さは、このHV(0.025)=630 に到達し得る[11]。しかし、Fig.3 の元素マップからCr 高濃度領域は未だ凝集段階には到達しておらず、相分離による硬化は、まだ最終段階ではないものと推察されるが、いずれにせよフェライト相硬化の主因と考えられる。 Fe Cr Ni Si Mo Mn Fig.3 Elemental map of ferrite phase of MCP-2 using 3D-atomprobe (Box size =60×40×5nm3) G 相による硬化は、その材料の化学組成によりその析出量が変化し、400℃4,000 時間時効では、フェライト相を0~100 程度増加させると見積もられる[11]。ただし、析出過程ではないクラスタリングの段階で、どの程度硬さに寄与するのか不明である。比較のため示した加速熱時効材では、一定量のG相の析出を確認している。また、C.Poker ら[7]が調査した実機MCP の硬さは、供用期間148,959h でHV(0.05)=779 と報告されており、本報告のMCP 材よりも時効時間が短いにもかかわらず100 以上硬い。西本ら[20]によると、相分離とG 相の析出が同時並行的に起こる場合、その硬化には加算則が適用できる。これらの結果から類推すると、本報告の実機MCP 材の硬さが、予測硬化線よりもかなり低い理由のひとつは、G 相の析出量が関連しているものと推定される。今後より精度の高い熱時効評価には、この点をさらに検討する必要がある。 フェライト相の硬化挙動については、前述のとおりであるが、シャルピー衝撃値等、構造材料の健全性の観点では材料全体の挙動把握が必要である。熱時効脆化の研究報告では、フェライト相だけでなく粒界に生成する炭化物[16-18]、窒化物[17]、γ2相などの析出物[19]、オーステナイト相中のスピノーダル様分解[17] なども、シャルピー衝撃値等に影響する可能性が報告されている。本報告で一部実施したSTEM 観察では、オーステナイト相および粒界、相境界で報告されているような析出物は確認されなかった。また、オーステナイト相については、前述のとおり熱時効による硬さの変化も無かった。シャルピー衝撃値の熱時効による変化は、フェライト相の硬さがHV(0.025)=600 を超えると、それ以上の硬化はあまりシャルピー衝撃値に影響せず、おおむね飽和する[11]。これは、シャルピー衝撃値の飽和値は、材料の大部分を占める(77~81.5%) オーステナイト相量に依存するためである。したがって、この実機MCP 材のシャルピー衝撃値は、既に飽和値近傍まで低下しているものと推定される。言い換えれば、この材料の大部分(77~81.5%)を占めるオーステナイト相に、320℃で196,500 時間の熱時効による硬化等の兆候が観察されなかったことから、今後フェライト相の硬化は相分離の進行、およびG 相の析出等によりさらに硬化する可能性があるが、シャルピー衝撃値としては大きく変化しないものと推定される。 02004006008001902/09/260 1 2 3 4 5 6 Aging time, t ,(h) Micro Vickers hardness of ferrite phase, HV(0.025) 400℃ 370℃ 350℃ MCP-1 MCP-2 Fitting line at 400℃ Predicting line at 350℃ Predicting line at 320℃ 10 100 1,000 10,000 100,000 1,000,000 5.まとめ 実機MCP材のフェライト相の硬さはHV(0.025)=630 に到達し、同一鋼種のSCS14A の時効前のフェライト相硬さが約HV(0.025)=300 なので、300 程度硬化していることが確認された。この硬化は、アトムプローブにより確認されたスピノーダル分解とNi, Si, Mo のクラスタリングに起因して硬化したものと考えられる。ただし、それぞれの硬化への寄与度については不明であり、今後の検証が望まれる。 実機MCP 材のフェライト相硬さは、活性化エネルギー100kJ/mol を仮定し加速熱時効材から推定した320℃硬さ予測線よりも低い値であり、この活性化エネルギーは過度に保守的である可能性がある。 参考文献[1] A.Trautwein and W.Gysel: Stainless Steel Castings, ASTM STP 756, pp.165-189(1982). [2] O.K.Chopra: SMiRT 13, pp.349-354(1995). [3] G.Bezdikian:PVP-Vol,Plant Systems/Components Aging management ASME, pp95-102(1997). [4] S. Kawaguchi, T. Nagasaki, K. Koyama, ““Prediction method of tensile properties and fracture toughness of thermal aged cast duplex stainless steel piping,““ Proc. ASME Pressure Vessels and Piping Division Conference, Denver, USA, July 17-21, (2005). [5] O.K.Chopra et al.:NUREG/CR-5385,August(1990). [6] O.K.Chopra: Transaction of the 13th International Conference on Structural Mechanics in Reactor Technology (SMiRT 13), (August,1995)pp.13-18 Fig.4 Micro Vickers hardness as a function of aging time. [7] C.Poker et al.: Fontevraud 6 A070-T05 [8] G. BEZDIKIAN: Fontevraud 6 A147-T05 [9] C. Pareige et al. : Fontevraud 7 O02-A071-T05 [10] 山田卓陽、根岸和生、工藤大介、桑野壽, INSS Journal 2000, 7, pp.145-158 (2000). [11] T. Yamada, S. Okano, H. Kuwano: Journal of Nuclear Materials, 350, pp.47-55.(2006). [12] J.E.Brown, G.D.W.Smith, P.H.Pumphrey and M.K.Miller, Fifth International Symposium on Environmental Degradation of Materials in Nuclear Power Systems -Water Reactors. Monterey, August (1991). [13] P.Auger, F.Danoix, O.Grisot, J.P.Massoud and J.C.Van Duysen, Ann. Phys. Colloq., 20(1995) C3-143-155. [14] T. Miura, H. Kuwano, K. Itoh and Y. Ishikawa, J. Japan Inst. Metals 63 (1999) 1503-1509. [15] T. Miura, H. Kuwano and K. Kikuchi, Tetsu-to-hagane 87 (2001) 31-36. [16] S.A.David, J.M.Vitec and D.J.Alexander, Journal of Nondestructive Evaluation, 15 (1996) 129-136. [17] H.M.Chung and T.R.Leax, International Workshop on Intermediate-Temperature Embrittlement Processes in Duplex Stainless Steels, August 1-2, Oxford, England (1989). [18] J.M.Vitek, S.A.David, D.J.Alexander J.R.Keiser and R.K.Nanstad, Acta Metall. Mater. 39 (1991) 503-516. [19] Z.W.Hu, S.S.Hsu and X.L.Jiang, Scripta Met. 25 (1991) 645-650. [20] 西本和俊, 才田一幸, 有田知功, 溶接学会概要集, 71(2002), p.142 “ “実機供用2 相ステンレス鋳鋼の熱時効評価 “ “山田 卓陽,Takuyo YAMADA,藤井 克彦,Katsuhiko FUJII,青木 政徳,Masanori AOKI,有岡 孝司,Koji ARIOKA“ “実機供用2 相ステンレス鋳鋼の熱時効評価 “ “山田 卓陽,Takuyo YAMADA,藤井 克彦,Katsuhiko FUJII,青木 政徳,Masanori AOKI,有岡 孝司,Koji ARIOKA
2 相ステンレス鋳鋼は、加圧水型原子炉の主冷却材管(以降、main coolant pipe, MCPと呼ぶ)等として290℃ ~324℃で使用されているが、この温度で長期間使用されると熱時効により靭性が低下することが知られている。そのため、長期間供用後の機械的性質を予測するため、400℃以下の加速熱時効により、そのシャルピー衝撃値や破壊靭性値等について、国内外において多くの研究がなされている[1-4]。これらのデータベースにおいて、その報告されている活性化エネルギーは低いもので65kJ/mol、高いもので243kJ/mol とその範囲が広く[1,2]、その脆化メカニズムは必ずしも明確になっていない。加速熱時効による外挿評価は、あくまでも同一のメカニズムで脆化が起こる温度範囲において適用可能である。この加速熱時効による評価の妥当性の確認のため、米国[2,5-6]、仏国[7-9]では、実機材を用いてその機械的性質や微細組織が調べられている。それらの結果によれば、シャルピー衝撃値あるいは破壊靭性値は、予測線どおりかあるいは過度に保守的な評価となっている。そこで本報告では、実機MCP 高温側エルボ部として、約320℃で約196,500 時間(熱時効時間として22 年)供用されたSCS14A ステンレス鋳鋼の熱時効程度を、主として硬さおよび微細組織変化の観点で調べ、加速熱時効材の挙動と比較検討した。
2.実験方法
2.1 供試材 供試材は、MCP高温側エルボ部で、鋼種はSCS14A、静鋳造法により製作されたものである。Fig.1 に示したように、供試材採取位置は配管外面側(以降MCP-1)、内面側(以降MCP-2)から、熱時効評価用の試験片を採取した。この位置は、溶接部から40~50mm の範囲に相当するので、溶接による熱等の影響は受けていないと考えられる。切断片について、フェライトスコープにより板厚方向のフェライト含有量分布測定を実施した。フェライト含有量は、板厚方向以外でも場所に連絡先:山田卓陽、〒919-1205 福井県三方郡美浜町佐田64、㈱原子力安全システム研究所、 E-mail: yamada@inss.co.jp よりばらつくが、概ね内面から外面に向かって増加する傾向であった。そのフェライト含有量範囲は18.5~ 23%であったので、MCP-1 は比較的フェライト含有量の多い部位、MCP-2 は比較的フェライト含有量の低い部位に相当する。MCP-1 とMCP-2 のミクロ組織の代表例をFig.2 に示す。図中αと示した島状に分布したグレーの部分がフェライト相である。図中γと示した、それ以外の素地部分がオーステナイト相に相当する。 2.2 熱時効評価 熱時効程度の評価のため、硬さ測定を実施した。MCP-1 とMCP-2 の試験片を樹脂埋めし、研磨の最終仕上げを1/4μmのSiO2懸濁液で40 分以上バフ研磨としたものを硬さ測定に供した。実機MCP 材の硬さ測定は以下の3 条件で実施した。 ①荷重1kg で5 点計測し、平均値を求めた。 ②荷重25 g でオーステナイト相中を5 点計測し、平均値を求めた。 ③荷重25 g でフェライト相中を30 点計測し、上位10 点の平均値を求めた。 この③の条件は、フェライト相の硬さは、表面に現出したフェライト相が圧痕に対して十分な大きさをもたず、必ずしも深さ方向に充分な厚さがないためオーステナイト相の硬さと変わらいない硬さから、実際のフェライト相の硬さまで、大きくばらつくため[10,11]、過小評価を防ぐため適用した。 フェライト相中のミクロ組織変化を確認するため、MCP-1 とMCP-2 のフェライト相から、アトムプローブ分析用針状試験片を、日立製FIB/SEM(NB5000)で製作した。アトムプローブ分析には、米国Imago 社(現CAMECA 社)製の局所電極型3DAP(LEAP 3000X HR) を用いた。標準の測定条件は、試料温度60K、電圧パルスモード、パルス比20%、イオン蒸発速度1.5%とした。 3.実験結果 3.1 実機MCP 材の硬さ評価 実機MCP 材の各測定条件の測定結果を、取りまとめてTable.1 に示した。フェライト相の硬さはMCP-1、MCP-2 ともに600 を越えた。同じ鋼種であるSCS14A ステンレス鋳鋼の時効前のフェライト相硬さは約300[10,11]なので、実機MCP材のフェライト相は約300 硬化していることが確認された。 一方、オーステナイト相の硬さはMCP-1 においてHV(0.025)=155、MCP-2 においてHV(0.025)=178 であった。オーステナイト相の場合、同様にSCS14A の時効前の硬さは180~200[10,11]なので、硬化した傾向は認められなかった。 荷重1kg の硬さを含めて、MCP-1 とMCP-2 の硬さに大きな差異は認められないので、熱時効変化は配管の厚さ方向で大きな差異は無いものと推察された。 3.2 実機MCP 材のアトムプローブ分析 Fig.3 にMCP-2 のアトムマップの代表例を示す。熱時効によるミクロ組織変化は10 nm以下の程度の規模の変化であり、測定範囲全体である100nm×100nmで表示するとその濃度変化が重なり合うために必ずしも明瞭ではない。そこで、厚さを薄くして、重なりを回避することにより、各元素の濃度変調をより明瞭にした。このアトムマップの表示範囲の厚さは5 nm であ HV(1) γ相 HV(0.025) α相 HV(0.025) MCP-1 203±18 155±7.4 630±12 MCP-2 201±7 178±13 616±15 40 mm Weld MCP-1 MCP-2 Elbow Fig.1 Sampling from MCP Fig.2 Optical microstructure of MCP (a) MCP-1 (b)MCP-2 Thickness direction Inside Outside α γ 50 .m 50 .m Table. 1 Micro-Vickers Hardness of MCP る。ここで、左上に示した元素記号が個別に表示した元素に対応する。図から局部的なCr 濃度の変化が確認でき、いわゆるCr リッチな.’相が形成していることが示唆される。また、Ni, Si, Mo, Mn が同じ場所で濃度が高くなっており、これらの元素が濃化したクラスタの形成が確認された。 4.考察 4.1 加速熱時効材との比較 熱時効脆化に及ぼす微細組織変化としては、フェライト相硬化の主原因としてフェライト相中の相分離(スピノーダル分解)により生成するFe リッチなα相とCr リッチなα’相の生成[12-17]が報告されており、これが脆化の主原因と考えられている。実機MCP 材においても、アトムプローブ分析によりα’相の生成を示唆する結果を得た。また、このフェライト相硬化の第2 因子としては、G相(Ni, Si, Mo 等を主成分とするf.c.c.構造の析出物)の析出[14-19]についても報告されているが、鋼種等の影響でその析出量が異なり、複雑である。実機MCP 材においても、G 相析出自体は確認していないが、Ni, Si, Mo のクラスタリングを確認した。 そこで、ここでは実機MCP 材のフェライト相硬さを、同一鋼種の加速熱時効材(SCS14A 2 相ステンレス遠心鋳造管(フェライト目標含有量23%)を400℃で最長4 万時間時効したフェライト相硬さ[10,11]と以下で比較し、フェライト相の硬化因子について検討した。 加速熱時効材のフェライト相硬さを熱時効時間に対してプロットしたものをFig.4 に示す。加速熱時効による温度加速倍率を目安として示すため、シャルピー衝撃試験値の変化から求められた見かけの活性化エネルギーとして、Trautwein ら[1]が提案した100kJ/mol を用いての硬化予測線を求めた。まず、400℃のフェライト相の硬さの実測値を硬さHV(0.025)=400 から800 の間で直線近似したものが図中400℃のFitting line(実測硬化線)である。次に、Trautwein ら[1]が提案した(1) 式を示す。ある温度T[K]での時効時間t(h)は、時効パラメータP(t,T) . . . . . .... ... . . . R T P t T t U 1 673( , ) log( ) 0.4343 1 ---(1) を用いて、673K での等価な時効時間に変換できる。ここで、t:時効時間(h)、T:時効温度(K)、U:活性化エネルギー(kJ/mol)、R=8.314×10-3(kJ/mol・K):気体定数である。MCP 材のフェライト相硬さとして得られた630 に到達する時効時間は、加速熱時効材(SCS14A(F23)) 400℃では約4,000 時間なので、P=3.6 となる。また、U=100kJ/mol とし、350℃と320℃における硬さ630 に到達する時効時間を(1) 式から算出すると、それぞれ16,800h と44,600h となる。この到達時間を基準として、硬化挙動としては400℃の実測硬化線をそれぞれ350℃と320℃の時効時間に平行移動して示し、予測硬化線とした。 図からMCP 材のフェライト相の硬さは、U=100kJ/mol を仮定すると、予測硬化線よりもかなり低い値であった。これは、活性化エネルギー100kJ/mol の仮定が、過度に保守的であることを示唆する。 相分離による硬化量は相分離が80%程度に達すると300 程度増加させる[11]。実機MCP 材の相分離の進行割合が不明なため、相分離による硬化量を見積もることはできないが、著者らの結果から相分離による硬化のみでもフェライト相の硬さは、このHV(0.025)=630 に到達し得る[11]。しかし、Fig.3 の元素マップからCr 高濃度領域は未だ凝集段階には到達しておらず、相分離による硬化は、まだ最終段階ではないものと推察されるが、いずれにせよフェライト相硬化の主因と考えられる。 Fe Cr Ni Si Mo Mn Fig.3 Elemental map of ferrite phase of MCP-2 using 3D-atomprobe (Box size =60×40×5nm3) G 相による硬化は、その材料の化学組成によりその析出量が変化し、400℃4,000 時間時効では、フェライト相を0~100 程度増加させると見積もられる[11]。ただし、析出過程ではないクラスタリングの段階で、どの程度硬さに寄与するのか不明である。比較のため示した加速熱時効材では、一定量のG相の析出を確認している。また、C.Poker ら[7]が調査した実機MCP の硬さは、供用期間148,959h でHV(0.05)=779 と報告されており、本報告のMCP 材よりも時効時間が短いにもかかわらず100 以上硬い。西本ら[20]によると、相分離とG 相の析出が同時並行的に起こる場合、その硬化には加算則が適用できる。これらの結果から類推すると、本報告の実機MCP 材の硬さが、予測硬化線よりもかなり低い理由のひとつは、G 相の析出量が関連しているものと推定される。今後より精度の高い熱時効評価には、この点をさらに検討する必要がある。 フェライト相の硬化挙動については、前述のとおりであるが、シャルピー衝撃値等、構造材料の健全性の観点では材料全体の挙動把握が必要である。熱時効脆化の研究報告では、フェライト相だけでなく粒界に生成する炭化物[16-18]、窒化物[17]、γ2相などの析出物[19]、オーステナイト相中のスピノーダル様分解[17] なども、シャルピー衝撃値等に影響する可能性が報告されている。本報告で一部実施したSTEM 観察では、オーステナイト相および粒界、相境界で報告されているような析出物は確認されなかった。また、オーステナイト相については、前述のとおり熱時効による硬さの変化も無かった。シャルピー衝撃値の熱時効による変化は、フェライト相の硬さがHV(0.025)=600 を超えると、それ以上の硬化はあまりシャルピー衝撃値に影響せず、おおむね飽和する[11]。これは、シャルピー衝撃値の飽和値は、材料の大部分を占める(77~81.5%) オーステナイト相量に依存するためである。したがって、この実機MCP 材のシャルピー衝撃値は、既に飽和値近傍まで低下しているものと推定される。言い換えれば、この材料の大部分(77~81.5%)を占めるオーステナイト相に、320℃で196,500 時間の熱時効による硬化等の兆候が観察されなかったことから、今後フェライト相の硬化は相分離の進行、およびG 相の析出等によりさらに硬化する可能性があるが、シャルピー衝撃値としては大きく変化しないものと推定される。 02004006008001902/09/260 1 2 3 4 5 6 Aging time, t ,(h) Micro Vickers hardness of ferrite phase, HV(0.025) 400℃ 370℃ 350℃ MCP-1 MCP-2 Fitting line at 400℃ Predicting line at 350℃ Predicting line at 320℃ 10 100 1,000 10,000 100,000 1,000,000 5.まとめ 実機MCP材のフェライト相の硬さはHV(0.025)=630 に到達し、同一鋼種のSCS14A の時効前のフェライト相硬さが約HV(0.025)=300 なので、300 程度硬化していることが確認された。この硬化は、アトムプローブにより確認されたスピノーダル分解とNi, Si, Mo のクラスタリングに起因して硬化したものと考えられる。ただし、それぞれの硬化への寄与度については不明であり、今後の検証が望まれる。 実機MCP 材のフェライト相硬さは、活性化エネルギー100kJ/mol を仮定し加速熱時効材から推定した320℃硬さ予測線よりも低い値であり、この活性化エネルギーは過度に保守的である可能性がある。 参考文献[1] A.Trautwein and W.Gysel: Stainless Steel Castings, ASTM STP 756, pp.165-189(1982). 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