全体構成および蒸発器と過熱器の熱通過率の推定手法
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カテゴリ: 第10回
1.緒言
「もんじゅ」はウラン資源に乏しい我が国での核燃料供給問題を解決する高速増殖炉の原型炉として、運転実績を積んで原子炉形式の有効性を実証するとともに、運転上発生しうる安全上を含めた様々な課題に対する技術を確立することが期待されている。「もんじゅ」では、扱いに注意が必要な液体Na を冷却材として用いていることから、機器やシステムに発生した異常を早期に検出して異常原因を同定することは、軽水炉以上に重要な課題である。 一般にプラントの異常診断には、物理モデルに基づいた手法と、経験的な知識に基づいた手法の2 つのアプローチがある。物理モデルに基づいた手法では、プラントから時々刻々と得られるプロセスデータなどの観測値が機器やシステムの正常状態で成立する物理法則に整合するかを検討する。物理モデルが簡単に構成できない場合には、システム同定の手法によりモデルを構成して用いられる。一方、経験的な知識に基づいた手法では、プラントの正常運転時の信号の特徴を把握しておき、それと異なった特徴が現れることにより異常の発生を判断する。また、過去に生じた(あるいは数値シミュレーションにより得られた)異常状態での信号の特徴との類似性から異常原因を推定する。これらの手法には、それぞれ、長所と短所があり、それらは相補的な関係にある。プラントの運転員が異常や故障を診断する場合にも、これらの2 つのアプローチを診断対象や状況に応じて巧みに使い分けて、種々の徴候診断の結果を統合的に活用することにより、異常徴候の検知能力や異常原因の同定精度を高めている。 近年、新しい信号処理や機械学習に関する手法が開発、整備されてきている。すなわち、信号の特定の時間変化と相似な時間変化成分が信号にどの程度含まれるかを分析するウェーブレット変換[1]の新しい展開(第二世代のウェーブレット変換)[2, 3]や、判別分析や回帰分析に応用できるサポートベクターマシン(SVM)[4]である。また、種々の診断技術の融合に関して、情報の多様性(information diversity)を重視した多様性評価基準による統合化診断の枠組みが提唱され
ている[5]。 そこで 本研究では、高速増殖炉の保全活動への適用も視野に入れて、「もんじゅ」プロセスデータの定常状態からの逸脱を早期に検出し、その異常の箇所や原因を診断する手法を検討した。すなわち、最新の信号処理手法や機械学習手法を応用した徴候診断技術や、事例ベースとの照合による過去の徴候データとの類似度を基にした状態分類技術を融合したハイブリッド型異常診断手法を開発した。そして、「もんじゅ」の分散型監視・診断システム[6]に組み込めるように、開発した手法を実行する異常診断エージェントプログラムを作成した。本稿では、ハイブリッド型異常診断システムの全体構成と、物理モデルに基づいた重要状態変数の推定手法として研究した、蒸発器と過熱器の熱通過率の推定手法を述べる。 2.ハイブリッド型異常診断システム 2 . 1 研究開発した異常診断手法 まず、本研究で研究開発した異常診断手法の概要を述べる。物理法則に従った手法として、蒸発器や過熱器の熱通過率の推定手法を開発した。この手法については、3節で述べる。 「もんじゅ」の状態判別手法として、SVMを適用した手法と、多属性類似度に基づく事例ベース診断手法を開発した。SVMを適用した手法では、特に、利用しうる全てのプロセス信号を用いるよりも、それぞれの想定異常を的確に検知できるいくつかのプロセス信号を用いる方が、検出能力が向上する場合が多いことから、プロセス信号の選択手法を開発した。一方、多属性類似度に基づく手法では、プロセス信号の属性として、時間領域では分散、歪度、尖度を、周波数領域では低周波と高周波のパワースペクトル密度を用いることとした。そして、正常状態あるいは想定異常状態でのそれらの属性値を事例ベースに登録しておき、現在値と登録事例での値とを比較し、照合する類似事例での状態にあると診断する。 また、回転機器の異常徴候検出のために、実信号を基にマザーウェーブレットを構成することができる寄生的離散ウェーブレット変換[4]を適用し、ウェーブレット瞬時相関を計算して、ポンプ等の回転機器の異常を早期に検出する手法を開発した。 なお、開発した異常診断手法の有効性検証のために、熱流動数値シミュレーションコードNETFLOW++[7] によって,「もんじゅ」にいくつかの異常が発生した場合の挙動について数値シミュレーションし、異常時のプロセス信号の時間変化データを得た。数値シミュレーションにおいては、試運転でのデータがある40%電気出力時と、100%電気出力時に対して実施した。 2 . 2 ハイブリッド型診断手法への統合 同じアプローチに基づいた異常診断手法であっても、診断の原理、対象とするプロセス信号や、異常徴候を検出するために用いるプロセス信号の属性(正常値からの偏差、ゆらぎの大きさ、ゆらぎの周波数成分、など)によって、検出し易い異常とそうでない異常とがある。本研究で検討している異常診断手法では、未観測の重要状態変数の推定手法とSVMによる異常徴候検出手法では主にプロセス信号の正常値からの偏差を、ウェーブレット変換による異常徴候検出手法ではプロセス信号のゆらぎ成分を、多属性類似度に基づく事例ベース診断手法ではプロセス信号の正常値からの偏差およびゆらぎ成分の特徴量を用いている。 そこで、本研究におけるハイブリッド型異常診断手法への統合においては、人間社会の会議での意思決定におけるアプローチを取り入れて、図1の全体構成を考えた。すなわち、ハイブリッド型異常診断システムを各診断手法の上位に配置し、各診断手法による診断結果を統合する。ハイブリッド型異常診断システムは、以下で説明する「確信度」と「信頼度」を用いて、各診断手法による診断結果を統合する。 図1 ハイブリッド型異常診断システム 「確信度」は、各異常診断手法が診断結果に対して持つ自信の度合いを数値(0.0.1.0)で表現したものである。各異常診断手法は、診断結果とともに確信度をハイブリッド型異常診断システムに出力する。一方, ..SVM................ ........ .......................... ...................... ........ ............................ ...................... ........................ Na........ ...................... .................. .......................... .......................... ........ ........ ...... DB.. ........ .............. .............. ..............40%...... ...... ..NETFLOW++........ .................. ........................ .................. .......................... .............. .............. ........ ........「信頼度」は、各診断手法の結果に対するハイブリッド型異常診断システムの信頼の度合いを数値(0.0.1.0) で表現したものである。その値が1.0の場合には『全面的に信じる』として診断手法の「確信度」を総合診断においてそのまま用い,0.0の場合には『全く信頼しない』として総合診断では用いないこととする.なお、「信頼度」は各診断手法の原理や特徴、また、過去の診断パフォーマンスに応じて決めておく。 各診断エージェントからの診断結果を統合して妥当な総合診断結果を得るには、各診断エージェントの信頼度をどのように与えるかが重要である。本研究では、信頼度は診断エージェントが診断結果として与えた異常の種類毎に定義する。そして、診断エージェントA の異常のタイプi に対する診断結果の信頼度TAi は、 TAi == CAij j Σ CAij j Σ + CAik k Σ -1で与えた.ここで,CAij はこれまでの診断において正しい診断を与えた場合の確信度、CAik はこれまでの診断において間違った診断を与えた場合の確信度である. ハイブリッド異常診断システムにおいては,各診断エージェントからの診断結果に基づいて総合診断結果を求める.診断エージェントが出力した判別状態(正常状態あるいは複数の異常状態のうちの1 つの状態)に対する評価値は,診断エージェントの確信度とその判別状態に対する信頼度を用いて, Ei = CJi J Σ .TJi -2で計算し,評価値が最大の判別状態と診断する. 3.蒸発器と過熱器での熱通過率推定手法 3 . 1 簡易物理モデルの構成 「もんじゅ」の過熱器では、過熱蒸気は147 本の螺旋状の細管の中を通り、ベッセルを上から下に流れる液体の2 次Na により加熱される。そこで、過熱器内の熱的状態は、図2 に示す対交流型のモデルにて表現した。また、蒸発器も同様に、入口から入った水は140 本の螺旋状の細管の中を通り,ベッセルを上から下に流れる液体の2 次Na により加熱されて蒸発し、過熱蒸気となって流出する。そこで、蒸発器内の熱的状態は、図3 に示すように、水・蒸気の状態に応じて長さ方向を3 つの領域に区分した対交流型のモデルにて表現した。 これらの図において、丸印で囲った変数は「もんじゅ」のプロセス変数であり、また、各変数の意味は以下の通りである。 変数 CP :冷却材の平均定圧比熱、 M :冷却材質量流量、 T :冷却材温度、 P :冷却材圧力、 h :冷却材比エンタルピ、 X :総流路長、 R :流路断面の界面長さ(管の円周)、 A :微小区間dx における伝熱面積、 Q :伝熱量、 K :熱通過率、 添字 SH :過熱器、 . i . Ei . J . CJi . TJi 図3 蒸発器のモデル 図2 過熱器のモデル EV :蒸発器、 N :2 次Na 系、 W :水・蒸気系、 V :過熱領域、 M :飽和領域、 L :圧縮水領域、 in :入口、 out :出口、 0 : x = 0 の座標、 VM :過熱領域と飽和領域の境界、 ML :飽和領域と圧縮水領域の境界 過熱器のモデルにおいて、微小区間dx において熱収支の方程式を表現し、入口から出口まで積分することにより、過熱器における熱通過率を与える式が導き出される。一方、蒸発器のモデルに対しては、過熱領域、飽和領域、圧縮水領域の3 つの領域での熱収支の関係を考える。ただし、計測しているプロセス変数が少ないため、過熱領域の熱通過率KV は過熱器の熱通過率KSH から算出できるとし、その値は既知であると仮定する。また、飽和領域において飽和蒸気と飽和水が伝熱管の管壁にa : b の割合で接しているとする。これらの仮定の下、各領域の微小区間dx での熱収支の方程式を表現し、各領域の長さ分だけ積分することにより、蒸発器における熱通過率を与える式が導き出される。以上より、過熱器と蒸発器での熱通過率をプロセス信号から求めるための計算式は以下の式にまとめられる。 なお、飽和領域の熱通過率KM は、仮定により過熱領域と圧縮水領域の熱通過率KV 、KL から(5)式で表すことができるとしている。ここで、a :飽和蒸気の比体積、b:飽和水の比体積である。また、α1、α2 、α3 は、蒸発器各領域の温度と伝熱量から求まる値である。 3.2熱通過率の推定結果 「もんじゅ」運転時のプロセス信号にはシステムノイズ(プラントノイズ)や観測ノイズ(センサノイズ) といった雑音成分が含まれている。そのため、オンラインで熱通過率を推定するには雑音成分をプロセス信号から除去するフィルタを状態推定器に組み込む必要がある。そこで、「もんじゅ」のプロセス信号の周波数領域特性を解析し、ノイズを除去するローパスフィルタをそれぞれのプロセス信号ごとに構成した。ローパスフィルタは、リプルによってプロセス信号が持つ本質的なゆらぎが減衰したり、雑音成分が残ったりすることを回避するため、リプルのないバターワースフィルタを用いることにした。 熱通過率の推定結果例として、蒸発器熱伝達低下異常に対する推定結果を、図4 に示す。熱伝達異常は時刻1000 秒で発生しており、NETFLOW++での数値シミュレーション結果に疑似雑音成分を重畳したプロセス信号データを用いた。なお、図には異常検知の確信度の計算結果も示している。図に示すように、過熱器の熱通過率は、異常発生後少し低下してから上昇に転じている。これは、蒸発器での熱伝達が異常により悪化したために、一時的に過熱器入口の蒸気温度が低下するためであり、その後は蒸発器での熱伝達の低下をカバーするように過熱器での熱通過率が大きくなる。このため、異常検知の確信度は、一旦低い側の閾値を下回って0 から1 となるが、再び0 となった後に高い側の閾値を上回って1 となっている。 他の異常検知の試行(給水流量低下異常、1 次系Na 流量低下異常、主蒸気圧力上昇異常)に対しても、異常を早期に検出できることを確認した。 -3-4-5-6(a) 過熱器 (a) 蒸発器 図4 蒸発器熱伝達低下異常時の熱通過率の推定結果 4.「もんじゅ」分散型監視・診断システムのエージェントとしての実装 本研究で開発したハイブリッド型診断手法や各診断手法は、「もんじゅ」の分散型監視・診断システム[6] のソフトウェアエージェントの仕様に従って、エージェントプログラムとして作成している。すなわち、図5 のように、ハイブリッド型異常診断手法を実装したエージェント(HDA)は、「もんじゅ」の分散型監視・診断システムに組み込むことができるようにしている。図のように、本研究にて開発した4 つの診断エージェントはハイブリッド型異常診断エージェントの下位エージェントとして実装される。HDA は「もんじゅ」のプロセス信号を受け取って、各診断手法を実装したエージェントプログラムを、診断に必要なプロセス変数を引数として呼び出す。各エージェントプログラムは診断処理を行って結果と確信度をHDA に返し,それらに基づいてHDA は信頼度を用いて総合診断結果を与える。 図5 ハイブリッド診断エージェントの構成 5.結言 本稿では、高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」の軽微な異常を早期に検出するために研究開発した、ハイブリッド型異常診断システムの全体構成と、物理モデルに基づいた重要状態変数の推定手法として研究した、蒸発器と過熱器の熱通過率の推定手法を述べた。 今後の課題としては、研究開発した手法を「もんじゅ」やその他の実プラントへ適用して有効性を検証することが必要である。 謝辞 本研究は,文部科学省のエネルギー対策特別会計委託事業による委託業務として,岡山大学が実施した平成21.24 年度原子力システム研究開発事業「「もんじゅ」プロセスデータのハイブリッド高度処理による異常診断エージェントの研究開発」の成果である.また, 日本原子力研究開発機構には,「もんじゅ」データの開示等をいただき、感謝致します. 参考文献 [1] 中野宏毅, 山本鎭男, 吉田靖夫, ウェーブレットによる信号処理と画像処理, 共立出版, (1999). [2] 山田道夫, 第二世代ウェーブレット, システム/制御/情報, 53(1), 9-14, (2009). [3] 章忠,池内宏樹, 斎木典保, 今村孝, 石井秀明, 戸田浩, 三宅哲夫,寄生的離散ウェーブレット変換およびその異常信号検出への応用,日本機械学会論文集C 編,75-757, 2529-2536 (2009). ..............! .............. ...................... .................. .................. ............................ MIDAS.. ........ ................ ........ ................ ........ VMC (ECJ............).. VMC........ ........ .............. ........ diagnosis..[4] N. Cristianini, J. S. Taylor, 大北剛 訳, サポートベクターマシン入門, 共立出版, (2005). [5] C. Diantono, 高橋信, 北村正晴, 原子力プラントにおける知的情報統合のための情報検索手法,日本原子力学会誌, 42 (11), 1215-1225, (2000). [6] 玉山清志, 宇田川一幸, 藤波優, 大草享一, 村中誠, 北村智美, 光元里香, 「もんじゅ」分散型プラント監視・診断システムの開発, サイクル機構技法, 13, 5-12 (2001). [7] H. MOCHIZUKI, Development of the Plant Dynamics Analysis Code NETFLOW++, Nuclear Engineering and Design, 240, 577-587 (2010). (平成25 年6 月21 日)
“ “全体構成および蒸発器と過熱器の熱通過率の推定手法 “ “五福 明夫,Akio GOFUKU,高橋 信,Makoto TAKAHASHI,長松 隆,Takashi NAGAMATSU,望月 弘保,Hiroyasu MOCHIZUKI,古澤 宏明,Hiroaki FURUSAWA,箕輪 弘嗣,Hirotsugu MINOWA“ “全体構成および蒸発器と過熱器の熱通過率の推定手法 “ “五福 明夫,Akio GOFUKU,高橋 信,Makoto TAKAHASHI,長松 隆,Takashi NAGAMATSU,望月 弘保,Hiroyasu MOCHIZUKI,古澤 宏明,Hiroaki FURUSAWA,箕輪 弘嗣,Hirotsugu MINOWA
「もんじゅ」はウラン資源に乏しい我が国での核燃料供給問題を解決する高速増殖炉の原型炉として、運転実績を積んで原子炉形式の有効性を実証するとともに、運転上発生しうる安全上を含めた様々な課題に対する技術を確立することが期待されている。「もんじゅ」では、扱いに注意が必要な液体Na を冷却材として用いていることから、機器やシステムに発生した異常を早期に検出して異常原因を同定することは、軽水炉以上に重要な課題である。 一般にプラントの異常診断には、物理モデルに基づいた手法と、経験的な知識に基づいた手法の2 つのアプローチがある。物理モデルに基づいた手法では、プラントから時々刻々と得られるプロセスデータなどの観測値が機器やシステムの正常状態で成立する物理法則に整合するかを検討する。物理モデルが簡単に構成できない場合には、システム同定の手法によりモデルを構成して用いられる。一方、経験的な知識に基づいた手法では、プラントの正常運転時の信号の特徴を把握しておき、それと異なった特徴が現れることにより異常の発生を判断する。また、過去に生じた(あるいは数値シミュレーションにより得られた)異常状態での信号の特徴との類似性から異常原因を推定する。これらの手法には、それぞれ、長所と短所があり、それらは相補的な関係にある。プラントの運転員が異常や故障を診断する場合にも、これらの2 つのアプローチを診断対象や状況に応じて巧みに使い分けて、種々の徴候診断の結果を統合的に活用することにより、異常徴候の検知能力や異常原因の同定精度を高めている。 近年、新しい信号処理や機械学習に関する手法が開発、整備されてきている。すなわち、信号の特定の時間変化と相似な時間変化成分が信号にどの程度含まれるかを分析するウェーブレット変換[1]の新しい展開(第二世代のウェーブレット変換)[2, 3]や、判別分析や回帰分析に応用できるサポートベクターマシン(SVM)[4]である。また、種々の診断技術の融合に関して、情報の多様性(information diversity)を重視した多様性評価基準による統合化診断の枠組みが提唱され
ている[5]。 そこで 本研究では、高速増殖炉の保全活動への適用も視野に入れて、「もんじゅ」プロセスデータの定常状態からの逸脱を早期に検出し、その異常の箇所や原因を診断する手法を検討した。すなわち、最新の信号処理手法や機械学習手法を応用した徴候診断技術や、事例ベースとの照合による過去の徴候データとの類似度を基にした状態分類技術を融合したハイブリッド型異常診断手法を開発した。そして、「もんじゅ」の分散型監視・診断システム[6]に組み込めるように、開発した手法を実行する異常診断エージェントプログラムを作成した。本稿では、ハイブリッド型異常診断システムの全体構成と、物理モデルに基づいた重要状態変数の推定手法として研究した、蒸発器と過熱器の熱通過率の推定手法を述べる。 2.ハイブリッド型異常診断システム 2 . 1 研究開発した異常診断手法 まず、本研究で研究開発した異常診断手法の概要を述べる。物理法則に従った手法として、蒸発器や過熱器の熱通過率の推定手法を開発した。この手法については、3節で述べる。 「もんじゅ」の状態判別手法として、SVMを適用した手法と、多属性類似度に基づく事例ベース診断手法を開発した。SVMを適用した手法では、特に、利用しうる全てのプロセス信号を用いるよりも、それぞれの想定異常を的確に検知できるいくつかのプロセス信号を用いる方が、検出能力が向上する場合が多いことから、プロセス信号の選択手法を開発した。一方、多属性類似度に基づく手法では、プロセス信号の属性として、時間領域では分散、歪度、尖度を、周波数領域では低周波と高周波のパワースペクトル密度を用いることとした。そして、正常状態あるいは想定異常状態でのそれらの属性値を事例ベースに登録しておき、現在値と登録事例での値とを比較し、照合する類似事例での状態にあると診断する。 また、回転機器の異常徴候検出のために、実信号を基にマザーウェーブレットを構成することができる寄生的離散ウェーブレット変換[4]を適用し、ウェーブレット瞬時相関を計算して、ポンプ等の回転機器の異常を早期に検出する手法を開発した。 なお、開発した異常診断手法の有効性検証のために、熱流動数値シミュレーションコードNETFLOW++[7] によって,「もんじゅ」にいくつかの異常が発生した場合の挙動について数値シミュレーションし、異常時のプロセス信号の時間変化データを得た。数値シミュレーションにおいては、試運転でのデータがある40%電気出力時と、100%電気出力時に対して実施した。 2 . 2 ハイブリッド型診断手法への統合 同じアプローチに基づいた異常診断手法であっても、診断の原理、対象とするプロセス信号や、異常徴候を検出するために用いるプロセス信号の属性(正常値からの偏差、ゆらぎの大きさ、ゆらぎの周波数成分、など)によって、検出し易い異常とそうでない異常とがある。本研究で検討している異常診断手法では、未観測の重要状態変数の推定手法とSVMによる異常徴候検出手法では主にプロセス信号の正常値からの偏差を、ウェーブレット変換による異常徴候検出手法ではプロセス信号のゆらぎ成分を、多属性類似度に基づく事例ベース診断手法ではプロセス信号の正常値からの偏差およびゆらぎ成分の特徴量を用いている。 そこで、本研究におけるハイブリッド型異常診断手法への統合においては、人間社会の会議での意思決定におけるアプローチを取り入れて、図1の全体構成を考えた。すなわち、ハイブリッド型異常診断システムを各診断手法の上位に配置し、各診断手法による診断結果を統合する。ハイブリッド型異常診断システムは、以下で説明する「確信度」と「信頼度」を用いて、各診断手法による診断結果を統合する。 図1 ハイブリッド型異常診断システム 「確信度」は、各異常診断手法が診断結果に対して持つ自信の度合いを数値(0.0.1.0)で表現したものである。各異常診断手法は、診断結果とともに確信度をハイブリッド型異常診断システムに出力する。一方, ..SVM................ ........ .......................... ...................... ........ ............................ ...................... ........................ Na........ ...................... .................. .......................... .......................... ........ ........ ...... DB.. ........ .............. .............. ..............40%...... ...... ..NETFLOW++........ .................. ........................ .................. .......................... .............. .............. ........ ........「信頼度」は、各診断手法の結果に対するハイブリッド型異常診断システムの信頼の度合いを数値(0.0.1.0) で表現したものである。その値が1.0の場合には『全面的に信じる』として診断手法の「確信度」を総合診断においてそのまま用い,0.0の場合には『全く信頼しない』として総合診断では用いないこととする.なお、「信頼度」は各診断手法の原理や特徴、また、過去の診断パフォーマンスに応じて決めておく。 各診断エージェントからの診断結果を統合して妥当な総合診断結果を得るには、各診断エージェントの信頼度をどのように与えるかが重要である。本研究では、信頼度は診断エージェントが診断結果として与えた異常の種類毎に定義する。そして、診断エージェントA の異常のタイプi に対する診断結果の信頼度TAi は、 TAi == CAij j Σ CAij j Σ + CAik k Σ -1で与えた.ここで,CAij はこれまでの診断において正しい診断を与えた場合の確信度、CAik はこれまでの診断において間違った診断を与えた場合の確信度である. ハイブリッド異常診断システムにおいては,各診断エージェントからの診断結果に基づいて総合診断結果を求める.診断エージェントが出力した判別状態(正常状態あるいは複数の異常状態のうちの1 つの状態)に対する評価値は,診断エージェントの確信度とその判別状態に対する信頼度を用いて, Ei = CJi J Σ .TJi -2で計算し,評価値が最大の判別状態と診断する. 3.蒸発器と過熱器での熱通過率推定手法 3 . 1 簡易物理モデルの構成 「もんじゅ」の過熱器では、過熱蒸気は147 本の螺旋状の細管の中を通り、ベッセルを上から下に流れる液体の2 次Na により加熱される。そこで、過熱器内の熱的状態は、図2 に示す対交流型のモデルにて表現した。また、蒸発器も同様に、入口から入った水は140 本の螺旋状の細管の中を通り,ベッセルを上から下に流れる液体の2 次Na により加熱されて蒸発し、過熱蒸気となって流出する。そこで、蒸発器内の熱的状態は、図3 に示すように、水・蒸気の状態に応じて長さ方向を3 つの領域に区分した対交流型のモデルにて表現した。 これらの図において、丸印で囲った変数は「もんじゅ」のプロセス変数であり、また、各変数の意味は以下の通りである。 変数 CP :冷却材の平均定圧比熱、 M :冷却材質量流量、 T :冷却材温度、 P :冷却材圧力、 h :冷却材比エンタルピ、 X :総流路長、 R :流路断面の界面長さ(管の円周)、 A :微小区間dx における伝熱面積、 Q :伝熱量、 K :熱通過率、 添字 SH :過熱器、 . i . Ei . J . CJi . TJi 図3 蒸発器のモデル 図2 過熱器のモデル EV :蒸発器、 N :2 次Na 系、 W :水・蒸気系、 V :過熱領域、 M :飽和領域、 L :圧縮水領域、 in :入口、 out :出口、 0 : x = 0 の座標、 VM :過熱領域と飽和領域の境界、 ML :飽和領域と圧縮水領域の境界 過熱器のモデルにおいて、微小区間dx において熱収支の方程式を表現し、入口から出口まで積分することにより、過熱器における熱通過率を与える式が導き出される。一方、蒸発器のモデルに対しては、過熱領域、飽和領域、圧縮水領域の3 つの領域での熱収支の関係を考える。ただし、計測しているプロセス変数が少ないため、過熱領域の熱通過率KV は過熱器の熱通過率KSH から算出できるとし、その値は既知であると仮定する。また、飽和領域において飽和蒸気と飽和水が伝熱管の管壁にa : b の割合で接しているとする。これらの仮定の下、各領域の微小区間dx での熱収支の方程式を表現し、各領域の長さ分だけ積分することにより、蒸発器における熱通過率を与える式が導き出される。以上より、過熱器と蒸発器での熱通過率をプロセス信号から求めるための計算式は以下の式にまとめられる。 なお、飽和領域の熱通過率KM は、仮定により過熱領域と圧縮水領域の熱通過率KV 、KL から(5)式で表すことができるとしている。ここで、a :飽和蒸気の比体積、b:飽和水の比体積である。また、α1、α2 、α3 は、蒸発器各領域の温度と伝熱量から求まる値である。 3.2熱通過率の推定結果 「もんじゅ」運転時のプロセス信号にはシステムノイズ(プラントノイズ)や観測ノイズ(センサノイズ) といった雑音成分が含まれている。そのため、オンラインで熱通過率を推定するには雑音成分をプロセス信号から除去するフィルタを状態推定器に組み込む必要がある。そこで、「もんじゅ」のプロセス信号の周波数領域特性を解析し、ノイズを除去するローパスフィルタをそれぞれのプロセス信号ごとに構成した。ローパスフィルタは、リプルによってプロセス信号が持つ本質的なゆらぎが減衰したり、雑音成分が残ったりすることを回避するため、リプルのないバターワースフィルタを用いることにした。 熱通過率の推定結果例として、蒸発器熱伝達低下異常に対する推定結果を、図4 に示す。熱伝達異常は時刻1000 秒で発生しており、NETFLOW++での数値シミュレーション結果に疑似雑音成分を重畳したプロセス信号データを用いた。なお、図には異常検知の確信度の計算結果も示している。図に示すように、過熱器の熱通過率は、異常発生後少し低下してから上昇に転じている。これは、蒸発器での熱伝達が異常により悪化したために、一時的に過熱器入口の蒸気温度が低下するためであり、その後は蒸発器での熱伝達の低下をカバーするように過熱器での熱通過率が大きくなる。このため、異常検知の確信度は、一旦低い側の閾値を下回って0 から1 となるが、再び0 となった後に高い側の閾値を上回って1 となっている。 他の異常検知の試行(給水流量低下異常、1 次系Na 流量低下異常、主蒸気圧力上昇異常)に対しても、異常を早期に検出できることを確認した。 -3-4-5-6(a) 過熱器 (a) 蒸発器 図4 蒸発器熱伝達低下異常時の熱通過率の推定結果 4.「もんじゅ」分散型監視・診断システムのエージェントとしての実装 本研究で開発したハイブリッド型診断手法や各診断手法は、「もんじゅ」の分散型監視・診断システム[6] のソフトウェアエージェントの仕様に従って、エージェントプログラムとして作成している。すなわち、図5 のように、ハイブリッド型異常診断手法を実装したエージェント(HDA)は、「もんじゅ」の分散型監視・診断システムに組み込むことができるようにしている。図のように、本研究にて開発した4 つの診断エージェントはハイブリッド型異常診断エージェントの下位エージェントとして実装される。HDA は「もんじゅ」のプロセス信号を受け取って、各診断手法を実装したエージェントプログラムを、診断に必要なプロセス変数を引数として呼び出す。各エージェントプログラムは診断処理を行って結果と確信度をHDA に返し,それらに基づいてHDA は信頼度を用いて総合診断結果を与える。 図5 ハイブリッド診断エージェントの構成 5.結言 本稿では、高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」の軽微な異常を早期に検出するために研究開発した、ハイブリッド型異常診断システムの全体構成と、物理モデルに基づいた重要状態変数の推定手法として研究した、蒸発器と過熱器の熱通過率の推定手法を述べた。 今後の課題としては、研究開発した手法を「もんじゅ」やその他の実プラントへ適用して有効性を検証することが必要である。 謝辞 本研究は,文部科学省のエネルギー対策特別会計委託事業による委託業務として,岡山大学が実施した平成21.24 年度原子力システム研究開発事業「「もんじゅ」プロセスデータのハイブリッド高度処理による異常診断エージェントの研究開発」の成果である.また, 日本原子力研究開発機構には,「もんじゅ」データの開示等をいただき、感謝致します. 参考文献 [1] 中野宏毅, 山本鎭男, 吉田靖夫, ウェーブレットによる信号処理と画像処理, 共立出版, (1999). [2] 山田道夫, 第二世代ウェーブレット, システム/制御/情報, 53(1), 9-14, (2009). [3] 章忠,池内宏樹, 斎木典保, 今村孝, 石井秀明, 戸田浩, 三宅哲夫,寄生的離散ウェーブレット変換およびその異常信号検出への応用,日本機械学会論文集C 編,75-757, 2529-2536 (2009). ..............! .............. ...................... .................. .................. ............................ MIDAS.. ........ ................ ........ ................ ........ VMC (ECJ............).. VMC........ ........ .............. ........ diagnosis..[4] N. Cristianini, J. S. Taylor, 大北剛 訳, サポートベクターマシン入門, 共立出版, (2005). [5] C. Diantono, 高橋信, 北村正晴, 原子力プラントにおける知的情報統合のための情報検索手法,日本原子力学会誌, 42 (11), 1215-1225, (2000). [6] 玉山清志, 宇田川一幸, 藤波優, 大草享一, 村中誠, 北村智美, 光元里香, 「もんじゅ」分散型プラント監視・診断システムの開発, サイクル機構技法, 13, 5-12 (2001). [7] H. MOCHIZUKI, Development of the Plant Dynamics Analysis Code NETFLOW++, Nuclear Engineering and Design, 240, 577-587 (2010). (平成25 年6 月21 日)
“ “全体構成および蒸発器と過熱器の熱通過率の推定手法 “ “五福 明夫,Akio GOFUKU,高橋 信,Makoto TAKAHASHI,長松 隆,Takashi NAGAMATSU,望月 弘保,Hiroyasu MOCHIZUKI,古澤 宏明,Hiroaki FURUSAWA,箕輪 弘嗣,Hirotsugu MINOWA“ “全体構成および蒸発器と過熱器の熱通過率の推定手法 “ “五福 明夫,Akio GOFUKU,高橋 信,Makoto TAKAHASHI,長松 隆,Takashi NAGAMATSU,望月 弘保,Hiroyasu MOCHIZUKI,古澤 宏明,Hiroaki FURUSAWA,箕輪 弘嗣,Hirotsugu MINOWA