耐熱磁気センサの開発
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カテゴリ: 第10回
1.緒言
ナトリウム冷却高速増殖炉は、第4世代原子炉として現在、研究開発が進められており、主な特徴のひとつとして、ナトリウムが高沸点流体であることから、原子炉冷却材の加圧が不要で、高温設計が可能であることが挙げられる。例えば、原型炉「もんじゅ」の場合、原子炉出口温度は529℃、原子炉入口温度は397℃である。原子力プラントの安全性及び経済性を向上させるためには、材質劣化のモニタリングが有効であると期待されるが、ナトリウム冷却高速増殖炉の場合には使用環境が高温であることを考慮する必要がある。著者らはこれまでに、ナトリウム冷却高速増殖炉の主要構造材料であるSUS304や高速炉用SUS316の磁気特性が、高温下での疲労損傷や中性子照射損傷の蓄積により変化することを明らかにしてきた [1, 2]。ただし、これらの研究では、磁気特性の測定をいずれも室温で実施していた。実機プラントにおいてその場測定による劣化モニタリングを実現させるためには、高温下で使用可能な磁気センサが必要であるが、現在、200℃以上で使用可能な一般的な磁気セン サは無い。そこで、本研究では、耐熱磁気センサの開発に取り組むこととした。
2.実験方法
2.1 耐熱磁気センサ 本研究では、フラックスゲートセンサの耐熱化を検討することとした。何故ならば、フラックスゲートセンサの感度は、ホールセンサやGMセンサに比べ高い一方、より高感度であるSQUIDセンサのように液体窒素で冷却する必要がないためである。 開発したセンサの概要を図1に示す。フラックスゲートセンサは、磁性コア、励磁コイル、検出コイルから構成されており、本研究では、励磁コイル及び検出コイルに、セラミックコーティングされた耐熱コイル(直径:約0.3 mm)を用いた。巻き数は、それぞれ70ターン、40ターンとした。磁性コアには、通常パーマロイ等が使用されるが、本研究では高温での使用を考慮し、キュリー温度が約1000℃と高いパーメンジュールを採用した。図2に、外部磁場を1 kHzで変化させた場合のパーメンジュールの交流透磁率の温度依存性を示す。室温から600℃までの範囲で、交流透磁率がほぼ一定であることがわかる。図3に、パーメンジュールの飽和磁化の温度依存性を示す。なお、ここでは、5 kOeの外部磁場を印加した場合の Fig. 1 Developed sensor components Fig. 2 AC permeability of Permendur Fig. 3 DC saturated magnetization of Permendur 磁化を飽和磁化と定義した。外部磁場一定のまま温度を変化させながら、振動試料型磁力計を用いて飽和磁化を測定した。500℃では、室温に比べ5%程度磁化が低下したものの温度上昇による飽和磁化の急激な低下は認められなかった。以上のように、パーメンジュールの磁気特性が温度に対して安定していることが確認された。図4に磁性コアの形状・寸法を示す。磁性コアの形状をループ状とすることにより、励磁コイル部で発生した磁束が効率よく検出コイル部に到達するとともに、磁性コア内で励磁電流による磁極が発生することがないようにした。 Fig. 4 Geometry and dimensions of magnetic core また、磁性コアの形状を測定磁場方向に長くすることによって、外部磁場により磁化された磁性コア内の磁極により生じる反磁場の影響を低減させた。なお、後述のとおり、本磁気センサでは、微分透磁率(dB/dH)のピーク位置を精度よく判定することが重要となるが、くびれ部を設けることで微分透磁率のピーク位置をより明確にすることを可能にした。磁性コアを図4の形状に加工した後、加工歪みを除去するために、600℃での焼鈍を行った。その後、測定中の磁性コア材の酸化進行の抑制、くびれ部の補強及びコイルとの絶縁強化のために、セラミックコート材で磁性コアを薄くコートした後、励磁コイル、検出コイルを巻き、さらに全体をセラミックコーティングした。 2.2 検出原理 フラックスゲートセンサの一般的な検出原理は、励磁コイルで磁性コアに交流磁場を印加しながら、外部磁場により、磁性コアを飽和させるために必要な励磁電流が変化することを検出コイルにより検出するものである。したがって、磁気飽和の判定が重要となる。しかしながら、本研究で磁性コア材料として採用したパーメンジュールの場合、通常使用されるパーマロイと比較して磁気飽和の判定が困難であり、このように磁気飽和に着目した従来の検出原理を適用することはできない。そこで本研究では、微分透磁率(dB/dH)に着目した。微分透磁率の絶対値は、保磁力の位置で最大値をとるが、これに対応して、検出コイルの誘導電圧も保磁力の位置でピークをもつ。パーメンジュールは、パーマロイに比べて、微分透磁率の変化が緩やかであるため、微分透磁率のピークを確認しやすいという特徴がある。このため、このピーク位置に基づき、外部磁場(Hex)を次の式で評価することが可能である。 1899/12/29 2112ttttCHex...ここで、Cは定数であり、t1とt2は、図5に示す時間である。 本研究では、励磁条件として、励磁電流波形を三角波、周波数を150 Hz、電流値を500 mAp-pとした。なお、1周期分のデータではノイズ等の影響が大きいため、256周期分の積分波形をもとに評価したt1とt2を用いて(1)式に基づき外部磁場を求めた。さらにこれを3回繰返し、その平均値を最終的な評価結果とした。 Excitation currentMagnetic fluxInduced voltagett1t2(a) Hex = 0 Excitation currentMagnetic fluxInduced voltagett1t2(b) Hex > 0 Fig. 5 Waveforms of excitation current, magnetic flux and induced voltage 2.3 性能評価試験 製作した磁気センサを加熱炉中に設置し、外部磁場を±5 G程度の範囲で変化させた場合の検出値の変化を取得した。試験温度は、室温、400、450及び500℃とした。外部磁場発生装置には、耐熱ヘルムホルツコイルを用いた。 3.実験結果 性能評価試験結果を図6に示す。いずれの温度においても、±5 Gの評価範囲において外部磁場強度が増加するとともに検出値が単調に増加していることが分かる。 (a) RT (b) 400℃ (c) 450℃ Fig. 7 Relationship between magnetic flux density and sensor output (Cont’d) (d) 500℃ Fig. 7 Relationship between magnetic flux density and sensor output 表1に、外部磁場強度と検出値の関係を1次式で近似した場合の傾き(本研究ではこれを感度と定義する)、決定係数、及び同近似式を用いて検出値から外部磁場を評価した場合の標準偏差を示す。決定係数はいずれの温度の場合でも高く、外部磁場強度と検出値の間に線形関係が成り立つことを確認することができる。感度については、500℃でも0.13 [/G]の有意な感度を有していたが、温度ともに低下する傾向を示した。標準偏差については、感度が低く、決定係数が小さい場合に大きくなる。感度のように単調な傾向は認められなかったものの、室温の0.58 Gに比べて、500 ℃では0.85 Gと大きくなった。磁気センサの性能が温度依存性を有する要因としては、図3に示した温度による磁性コアの磁気特性の若干の変化等が考えられるが、これについては今後の検討課題である。 Table 1 Temperature dependency of performance of developed magnetic sensor RT 400℃ 450℃ 500℃ Sensitivity [/G] 0.260.220.170.13Coefficient of determination 0.980.990.940.96Standard deviation [G] 0.580.531.10.854.結言 500℃程度の高温でも使用可能なフラックスゲート型の耐熱磁気センサを開発した。磁性コアには、高キュリー温度のパーメンジュールを採用した。検出原理は、磁性コアの磁気飽和の判定が困難であるため、保磁力近傍での誘導電圧のピークに着目した検出原理を新たに提案した。 室温、400、450及び500℃での磁気センサの性能確認試験を行った結果、いずれの温度においても外部磁場強度と検出値の間に線形な相関があることが確認され、開発した磁気センサを用いて500℃での測定が可能であることが示された。感度と精度の温度依存性を調べた結果、温度が上昇するとともに、感度および標準偏差が低下する傾向が確認された。 参考文献 [1] S. Takaya and Y. Nagae, “Magnetic Property Change of Type 304 Stainless Steel due to Accumulation of Fatigue Damage at Elevated Temperature”, International Journal of Applied Electromagnetics and Mechanics 25 (2007) pp. 211-217. [2] S. Takaya, I. Yamagata, S. Ichikawa, Y. Nagae and K. Aoto, “Nondestructive Evaluation of Neutron Irradiation Damage on Type 316 Stainless Steel by Measurement of Magnetic Properties”, International Journal of Applied Electromagnetics and Mechanics 33 (2010) pp. 1335-1342. “ “耐熱磁気センサの開発 “ “髙屋 茂,Shigeru TAKAYA,荒川 尚,Hisashi ARAKAWA,欅田 理,Satoshi KEYAKIDA“ “耐熱磁気センサの開発 “ “髙屋 茂,Shigeru TAKAYA,荒川 尚,Hisashi ARAKAWA,欅田 理,Satoshi KEYAKIDA
ナトリウム冷却高速増殖炉は、第4世代原子炉として現在、研究開発が進められており、主な特徴のひとつとして、ナトリウムが高沸点流体であることから、原子炉冷却材の加圧が不要で、高温設計が可能であることが挙げられる。例えば、原型炉「もんじゅ」の場合、原子炉出口温度は529℃、原子炉入口温度は397℃である。原子力プラントの安全性及び経済性を向上させるためには、材質劣化のモニタリングが有効であると期待されるが、ナトリウム冷却高速増殖炉の場合には使用環境が高温であることを考慮する必要がある。著者らはこれまでに、ナトリウム冷却高速増殖炉の主要構造材料であるSUS304や高速炉用SUS316の磁気特性が、高温下での疲労損傷や中性子照射損傷の蓄積により変化することを明らかにしてきた [1, 2]。ただし、これらの研究では、磁気特性の測定をいずれも室温で実施していた。実機プラントにおいてその場測定による劣化モニタリングを実現させるためには、高温下で使用可能な磁気センサが必要であるが、現在、200℃以上で使用可能な一般的な磁気セン サは無い。そこで、本研究では、耐熱磁気センサの開発に取り組むこととした。
2.実験方法
2.1 耐熱磁気センサ 本研究では、フラックスゲートセンサの耐熱化を検討することとした。何故ならば、フラックスゲートセンサの感度は、ホールセンサやGMセンサに比べ高い一方、より高感度であるSQUIDセンサのように液体窒素で冷却する必要がないためである。 開発したセンサの概要を図1に示す。フラックスゲートセンサは、磁性コア、励磁コイル、検出コイルから構成されており、本研究では、励磁コイル及び検出コイルに、セラミックコーティングされた耐熱コイル(直径:約0.3 mm)を用いた。巻き数は、それぞれ70ターン、40ターンとした。磁性コアには、通常パーマロイ等が使用されるが、本研究では高温での使用を考慮し、キュリー温度が約1000℃と高いパーメンジュールを採用した。図2に、外部磁場を1 kHzで変化させた場合のパーメンジュールの交流透磁率の温度依存性を示す。室温から600℃までの範囲で、交流透磁率がほぼ一定であることがわかる。図3に、パーメンジュールの飽和磁化の温度依存性を示す。なお、ここでは、5 kOeの外部磁場を印加した場合の Fig. 1 Developed sensor components Fig. 2 AC permeability of Permendur Fig. 3 DC saturated magnetization of Permendur 磁化を飽和磁化と定義した。外部磁場一定のまま温度を変化させながら、振動試料型磁力計を用いて飽和磁化を測定した。500℃では、室温に比べ5%程度磁化が低下したものの温度上昇による飽和磁化の急激な低下は認められなかった。以上のように、パーメンジュールの磁気特性が温度に対して安定していることが確認された。図4に磁性コアの形状・寸法を示す。磁性コアの形状をループ状とすることにより、励磁コイル部で発生した磁束が効率よく検出コイル部に到達するとともに、磁性コア内で励磁電流による磁極が発生することがないようにした。 Fig. 4 Geometry and dimensions of magnetic core また、磁性コアの形状を測定磁場方向に長くすることによって、外部磁場により磁化された磁性コア内の磁極により生じる反磁場の影響を低減させた。なお、後述のとおり、本磁気センサでは、微分透磁率(dB/dH)のピーク位置を精度よく判定することが重要となるが、くびれ部を設けることで微分透磁率のピーク位置をより明確にすることを可能にした。磁性コアを図4の形状に加工した後、加工歪みを除去するために、600℃での焼鈍を行った。その後、測定中の磁性コア材の酸化進行の抑制、くびれ部の補強及びコイルとの絶縁強化のために、セラミックコート材で磁性コアを薄くコートした後、励磁コイル、検出コイルを巻き、さらに全体をセラミックコーティングした。 2.2 検出原理 フラックスゲートセンサの一般的な検出原理は、励磁コイルで磁性コアに交流磁場を印加しながら、外部磁場により、磁性コアを飽和させるために必要な励磁電流が変化することを検出コイルにより検出するものである。したがって、磁気飽和の判定が重要となる。しかしながら、本研究で磁性コア材料として採用したパーメンジュールの場合、通常使用されるパーマロイと比較して磁気飽和の判定が困難であり、このように磁気飽和に着目した従来の検出原理を適用することはできない。そこで本研究では、微分透磁率(dB/dH)に着目した。微分透磁率の絶対値は、保磁力の位置で最大値をとるが、これに対応して、検出コイルの誘導電圧も保磁力の位置でピークをもつ。パーメンジュールは、パーマロイに比べて、微分透磁率の変化が緩やかであるため、微分透磁率のピークを確認しやすいという特徴がある。このため、このピーク位置に基づき、外部磁場(Hex)を次の式で評価することが可能である。 1899/12/29 2112ttttCHex...ここで、Cは定数であり、t1とt2は、図5に示す時間である。 本研究では、励磁条件として、励磁電流波形を三角波、周波数を150 Hz、電流値を500 mAp-pとした。なお、1周期分のデータではノイズ等の影響が大きいため、256周期分の積分波形をもとに評価したt1とt2を用いて(1)式に基づき外部磁場を求めた。さらにこれを3回繰返し、その平均値を最終的な評価結果とした。 Excitation currentMagnetic fluxInduced voltagett1t2(a) Hex = 0 Excitation currentMagnetic fluxInduced voltagett1t2(b) Hex > 0 Fig. 5 Waveforms of excitation current, magnetic flux and induced voltage 2.3 性能評価試験 製作した磁気センサを加熱炉中に設置し、外部磁場を±5 G程度の範囲で変化させた場合の検出値の変化を取得した。試験温度は、室温、400、450及び500℃とした。外部磁場発生装置には、耐熱ヘルムホルツコイルを用いた。 3.実験結果 性能評価試験結果を図6に示す。いずれの温度においても、±5 Gの評価範囲において外部磁場強度が増加するとともに検出値が単調に増加していることが分かる。 (a) RT (b) 400℃ (c) 450℃ Fig. 7 Relationship between magnetic flux density and sensor output (Cont’d) (d) 500℃ Fig. 7 Relationship between magnetic flux density and sensor output 表1に、外部磁場強度と検出値の関係を1次式で近似した場合の傾き(本研究ではこれを感度と定義する)、決定係数、及び同近似式を用いて検出値から外部磁場を評価した場合の標準偏差を示す。決定係数はいずれの温度の場合でも高く、外部磁場強度と検出値の間に線形関係が成り立つことを確認することができる。感度については、500℃でも0.13 [/G]の有意な感度を有していたが、温度ともに低下する傾向を示した。標準偏差については、感度が低く、決定係数が小さい場合に大きくなる。感度のように単調な傾向は認められなかったものの、室温の0.58 Gに比べて、500 ℃では0.85 Gと大きくなった。磁気センサの性能が温度依存性を有する要因としては、図3に示した温度による磁性コアの磁気特性の若干の変化等が考えられるが、これについては今後の検討課題である。 Table 1 Temperature dependency of performance of developed magnetic sensor RT 400℃ 450℃ 500℃ Sensitivity [/G] 0.260.220.170.13Coefficient of determination 0.980.990.940.96Standard deviation [G] 0.580.531.10.854.結言 500℃程度の高温でも使用可能なフラックスゲート型の耐熱磁気センサを開発した。磁性コアには、高キュリー温度のパーメンジュールを採用した。検出原理は、磁性コアの磁気飽和の判定が困難であるため、保磁力近傍での誘導電圧のピークに着目した検出原理を新たに提案した。 室温、400、450及び500℃での磁気センサの性能確認試験を行った結果、いずれの温度においても外部磁場強度と検出値の間に線形な相関があることが確認され、開発した磁気センサを用いて500℃での測定が可能であることが示された。感度と精度の温度依存性を調べた結果、温度が上昇するとともに、感度および標準偏差が低下する傾向が確認された。 参考文献 [1] S. Takaya and Y. Nagae, “Magnetic Property Change of Type 304 Stainless Steel due to Accumulation of Fatigue Damage at Elevated Temperature”, International Journal of Applied Electromagnetics and Mechanics 25 (2007) pp. 211-217. [2] S. Takaya, I. Yamagata, S. Ichikawa, Y. Nagae and K. Aoto, “Nondestructive Evaluation of Neutron Irradiation Damage on Type 316 Stainless Steel by Measurement of Magnetic Properties”, International Journal of Applied Electromagnetics and Mechanics 33 (2010) pp. 1335-1342. “ “耐熱磁気センサの開発 “ “髙屋 茂,Shigeru TAKAYA,荒川 尚,Hisashi ARAKAWA,欅田 理,Satoshi KEYAKIDA“ “耐熱磁気センサの開発 “ “髙屋 茂,Shigeru TAKAYA,荒川 尚,Hisashi ARAKAWA,欅田 理,Satoshi KEYAKIDA