超音波反射強度変化の自己相関性による 玉軸受の転がり挙動評価
公開日:
カテゴリ: 第10回
1.緒言
機械装置における主要な故障原因として軸受の異常が挙げられるが、従来の診断法ではその異常を早期に検出することは難しい。また、軸受の損傷メカニズムに関しては不明な点が多く、これが軸受の寿命予測の障壁になっている。これまで著者らは、運転中軸受の内部状態を観察する手段として超音波エコー法を適用し、玉の移動時間に相当する超音波反射強度(Ultrasonic Reflection Intensity,以下URI)の極小値と極小値の時間間隔TIの分散に着目して検討を行ってきた[1]。その結果、この分散の変化はURI の周期性の乱れと関連し、これが軸受の異常の兆候を示す指標となる可能性のあることを明らかにした[2]。 そこで本研究では、URI の測定データについて周期性の度合いを示す尺度の1つである自己相関係数(Auto Correlation Coefficient,以下ACC)を取り上げ、この値とTI の分散との関係を検討した。
2.実験
2.1 超音波エコー法による反射強度の測定原理 本研究では横波の超音波を用い、反射強度の時間的変化を測定する。横波超音波の特性として、固体間でのみ伝播し、液相や気相との界面において反射する点が挙げられる。この特性を利用し、ハウジングと外輪および外輪と転動体(軸受の玉)との間から反射したエコーの合成波、すなわちURI の時間変化を測定し、これを稼動中軸受内部の転がりおよび潤滑挙動の評価に使用した[3]。超音波の発生装置としては、高速超音波測定器を用い、サンプリング間隔100.s でURI を測定した。 2.2 実験条件 (1)連続疲労試験 荷重2,500kgf、軸回転数1,000rpm、軸受温度60℃という一定条件で玉軸受(No.6210)の連続疲労試験を行い、2 日ごとにURI を3 秒間測定した。 (2)潤滑状態を変化させた場合の測定 通常時は上記(1)の連続疲労試験を行い、7 日ごとの間隔で運転条件を6 種類に変更し、潤滑状態を変化させた時のURI を3 秒間測定した。ただし、第一回目の測定のみ開始直後ではなく2 日目とした。これは運転開始直後は潤滑油中に気泡が多量に含まれることから、超音波エコーと干渉する可能性を避けるためである。また、測
定にあたり運転条件を変える際、なじみが必要であると考え、URI の測定は、それぞれ条件変更後30 分経過してから行なった。 3.自己相関係数による検討 3.1 自己相関係数の算出 自己相関係数ACC は、信号に含まれる繰り返しパターンを探すのに有用であり、例えば、ノイズに埋もれた周期的信号の存在の判定や、周期性の失われたカオス的挙動の指標としても用いられる。 ある時間t のURI のデータytに対して1時点後のデータをyt+1とし、k 時点後のデータをyt+kとする。ynの平均をy とするとき、ACC はk の関数r(k)として、 2 2 2211 1 2 2 ( ) ( ) ( ) ( )( ) ( )( ) ( )( ) ( ) y y y y y y y y y y y y y y y y y y r k n n n k k k . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . (1) で求まる。ACC は-1 から1 の値を取り、その極大値に注目すると、信号の周期性が高いほど1 に近づき、信号の挙動がカオス的になるほど0 に近づく。 3.2 自己相関係数を用いた解析方法 図1 は連続疲労試験の2 日目のURI 測定結果で、周期性が極めて高く順調な運転状態にあることがわかる。こうしたURI の測定結果は100.s の間隔で3 秒間測定したものであるため、データ数としては0 から始まって30001 時点分となる。これに対して0 から3000 時点までのデータを取り出し、元のデータに対して順次1 時点ずつずらしながら式(1)に当てはめてk 時点ずらした時のk の関数としてACC を求めた。 こうして求めたACC の結果を図2 に示す。この結果からTIに相当する数の時点ごとにACC はほぼ1 となる周期を繰り返し、これが図1 の良好な周期性と対応している。そこで、その代表としてACC 極大値の最初の10 個の平均を取り、この値を軸受の運転状態を表すACC の代表値として定義する。図2 から求まるACC の代表値は0.986 であり、ほぼ1 と見なすことができる。 一方、図3 には図1 と同じ連続疲労試験で29 日目と運転時間がかなり経過した時のURI の測定結果を示す。この翌日には寿命の判定基準とした鉛直方向の振動加速度が2G を超え、自動的に運転が停止した。したがって、図3 の結果には軸受損傷直前の周期性の乱れが含まれていると推測される。 Fig.1 Measurement data of URI (Continuous fatigue test after 2 days) Fig.2 Calculated results of ACC (Continuous fatigue test after 2 days) Fig.3 Measurement data of URI (Continuous fatigue test after 29 days) Fig.4 Calculated results of ACC (Continuous fatigue test after 29 days) そこで、図1 の場合と同様に、図3 のデータについてACC を求めた結果が図4 である。このときのACC は周期的にほぼ1とはならず、極大値の値は最大でも0.8 程度と下がったことから、URI のデータの周期性が低下し、軸受の運転が円滑でなくなったことを裏付けている。このときのACC は極大値10 個の平均を求めた代表値として0.601 であった。 3.3 TIの分散との相関 1 つ1 つの玉が負荷領域を通過する時間間隔TIは、軸受内の玉の転がり挙動や潤滑状態に影響され、変動する。したがって、この値の変化を調べることで軸受の稼働状態を評価できる[4]。ここで、TI の値の変動としては分散を用いることが一般的であるが、その算出には個々のTI の値を求めなければならない。それを可能とする方法としては、個々のURI の極小値を合理的に導出することができる抽出法が開発されており[1]、その結果を用いることで、各実験条件でのTIの分散を算出することができる。 しかしながら、抽出法でTIの分散を算出するには面倒な手順を踏む必要があり、これに代わる、より簡便な方法で求めることが可能な軸受内転がり挙動の指標を見出すことができれば、実用上きわめて有用と思われる。ここで、周期性のあるデータに対してはフーリエ解析の適用が有効な場合があり、もしそうであれば、URI をフーリエ解析してTIに相当する周波数最大ピークの半値幅を求めると、この値とTIの分散との間に良好な対応関係が存在すると予想される。一方、上述したACC の極大値もURI の周期性に関連していることから、TI の分散と相関性があると期待できる。そこで、フーリエ解析による周波数最大ピークの半値幅とACC の極大値のどちらがよりTIの分散とよく相関するかを検証した。 まず、連続疲労試験から、比較的円滑に推移したものと、長時間使用した軸で運転開始直後からTIの分散の値が高かったものの2 条件、潤滑条件を変化させた場合から負荷荷重が異なる2 条件、合計4 条件について、以下の各値を求めた。すなわち、運転開始2 日目、運転停止直前及びそれらの中間時点におけるURI の生データについて、抽出法によるTIの分散、フーリエ解析による周波数最大ピークの半値幅、3000 点の時系列データから求めたACC極大値10個の平均を算出した。これらの関係を、分散の片対数プロットの形で図5 および6 に示す。図5 分散と半値幅の間には全く相関性が認められないのに対し、図6 の分散とACC との間にはかなり強い負の相関が現れた。この結果から、TI の分散が大きくなること、すなわち玉の転がり挙動の乱れに起因してURI の極小値間隔がばらつくという現象は、フーリエ解析で捉えることが難しく、自己相関性の低下という形で検出できることが明らかとなった。 4.結言 超音波エコーによる反射強度の極小値について、抽出法を適用して求めた個々の時間間隔の分散に比べ、より簡便に算出できる自己相関係数を用いることで、実用的な軸受の早期異常診断法の開発につながる可能性を見出した。 Fig.5 Relationship between variance of TI and half width of maximum peak frequency obtained by Fourier analysis Fig.6 Relationship between variance of TI and averaged maximum values of ACC 参考文献 [1] 大井 忠、大沢友輔、若林利明、田村 洋、“超音波エコー法を用いた玉軸受における転がり挙動の解析”、第9 回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、高松、2010、pp.53-56. [2] 若林利明、大井 忠、光岡亮平、向井昌規、“超音波エコー法による玉軸受の転がり挙動解析”、第10 回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、大阪、2011、pp.91-94. [3] 竹内彰敏、木村好次、若林利明、石丸 裕、森 久和、“超音波法による玉軸受の運転異常検出の試み”、日本機械学会論文集(C編)、Vol.69、No.687、2003、 pp.3086-3091. [4] 若林利明、川ノ上然、大井 忠、“超音波エコーを用いた玉軸受内部の転がり挙動および潤滑状態の評価”、第8 回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、金沢、2009、pp.163-165. “ “超音波反射強度変化の自己相関性による 玉軸受の転がり挙動評価 “ “若林 利明,Toshiaki WAKABAYASHI,向井 昌規,Masanori MUKAI“ “超音波反射強度変化の自己相関性による 玉軸受の転がり挙動評価 “ “若林 利明,Toshiaki WAKABAYASHI,向井 昌規,Masanori MUKAI
機械装置における主要な故障原因として軸受の異常が挙げられるが、従来の診断法ではその異常を早期に検出することは難しい。また、軸受の損傷メカニズムに関しては不明な点が多く、これが軸受の寿命予測の障壁になっている。これまで著者らは、運転中軸受の内部状態を観察する手段として超音波エコー法を適用し、玉の移動時間に相当する超音波反射強度(Ultrasonic Reflection Intensity,以下URI)の極小値と極小値の時間間隔TIの分散に着目して検討を行ってきた[1]。その結果、この分散の変化はURI の周期性の乱れと関連し、これが軸受の異常の兆候を示す指標となる可能性のあることを明らかにした[2]。 そこで本研究では、URI の測定データについて周期性の度合いを示す尺度の1つである自己相関係数(Auto Correlation Coefficient,以下ACC)を取り上げ、この値とTI の分散との関係を検討した。
2.実験
2.1 超音波エコー法による反射強度の測定原理 本研究では横波の超音波を用い、反射強度の時間的変化を測定する。横波超音波の特性として、固体間でのみ伝播し、液相や気相との界面において反射する点が挙げられる。この特性を利用し、ハウジングと外輪および外輪と転動体(軸受の玉)との間から反射したエコーの合成波、すなわちURI の時間変化を測定し、これを稼動中軸受内部の転がりおよび潤滑挙動の評価に使用した[3]。超音波の発生装置としては、高速超音波測定器を用い、サンプリング間隔100.s でURI を測定した。 2.2 実験条件 (1)連続疲労試験 荷重2,500kgf、軸回転数1,000rpm、軸受温度60℃という一定条件で玉軸受(No.6210)の連続疲労試験を行い、2 日ごとにURI を3 秒間測定した。 (2)潤滑状態を変化させた場合の測定 通常時は上記(1)の連続疲労試験を行い、7 日ごとの間隔で運転条件を6 種類に変更し、潤滑状態を変化させた時のURI を3 秒間測定した。ただし、第一回目の測定のみ開始直後ではなく2 日目とした。これは運転開始直後は潤滑油中に気泡が多量に含まれることから、超音波エコーと干渉する可能性を避けるためである。また、測
定にあたり運転条件を変える際、なじみが必要であると考え、URI の測定は、それぞれ条件変更後30 分経過してから行なった。 3.自己相関係数による検討 3.1 自己相関係数の算出 自己相関係数ACC は、信号に含まれる繰り返しパターンを探すのに有用であり、例えば、ノイズに埋もれた周期的信号の存在の判定や、周期性の失われたカオス的挙動の指標としても用いられる。 ある時間t のURI のデータytに対して1時点後のデータをyt+1とし、k 時点後のデータをyt+kとする。ynの平均をy とするとき、ACC はk の関数r(k)として、 2 2 2211 1 2 2 ( ) ( ) ( ) ( )( ) ( )( ) ( )( ) ( ) y y y y y y y y y y y y y y y y y y r k n n n k k k . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . (1) で求まる。ACC は-1 から1 の値を取り、その極大値に注目すると、信号の周期性が高いほど1 に近づき、信号の挙動がカオス的になるほど0 に近づく。 3.2 自己相関係数を用いた解析方法 図1 は連続疲労試験の2 日目のURI 測定結果で、周期性が極めて高く順調な運転状態にあることがわかる。こうしたURI の測定結果は100.s の間隔で3 秒間測定したものであるため、データ数としては0 から始まって30001 時点分となる。これに対して0 から3000 時点までのデータを取り出し、元のデータに対して順次1 時点ずつずらしながら式(1)に当てはめてk 時点ずらした時のk の関数としてACC を求めた。 こうして求めたACC の結果を図2 に示す。この結果からTIに相当する数の時点ごとにACC はほぼ1 となる周期を繰り返し、これが図1 の良好な周期性と対応している。そこで、その代表としてACC 極大値の最初の10 個の平均を取り、この値を軸受の運転状態を表すACC の代表値として定義する。図2 から求まるACC の代表値は0.986 であり、ほぼ1 と見なすことができる。 一方、図3 には図1 と同じ連続疲労試験で29 日目と運転時間がかなり経過した時のURI の測定結果を示す。この翌日には寿命の判定基準とした鉛直方向の振動加速度が2G を超え、自動的に運転が停止した。したがって、図3 の結果には軸受損傷直前の周期性の乱れが含まれていると推測される。 Fig.1 Measurement data of URI (Continuous fatigue test after 2 days) Fig.2 Calculated results of ACC (Continuous fatigue test after 2 days) Fig.3 Measurement data of URI (Continuous fatigue test after 29 days) Fig.4 Calculated results of ACC (Continuous fatigue test after 29 days) そこで、図1 の場合と同様に、図3 のデータについてACC を求めた結果が図4 である。このときのACC は周期的にほぼ1とはならず、極大値の値は最大でも0.8 程度と下がったことから、URI のデータの周期性が低下し、軸受の運転が円滑でなくなったことを裏付けている。このときのACC は極大値10 個の平均を求めた代表値として0.601 であった。 3.3 TIの分散との相関 1 つ1 つの玉が負荷領域を通過する時間間隔TIは、軸受内の玉の転がり挙動や潤滑状態に影響され、変動する。したがって、この値の変化を調べることで軸受の稼働状態を評価できる[4]。ここで、TI の値の変動としては分散を用いることが一般的であるが、その算出には個々のTI の値を求めなければならない。それを可能とする方法としては、個々のURI の極小値を合理的に導出することができる抽出法が開発されており[1]、その結果を用いることで、各実験条件でのTIの分散を算出することができる。 しかしながら、抽出法でTIの分散を算出するには面倒な手順を踏む必要があり、これに代わる、より簡便な方法で求めることが可能な軸受内転がり挙動の指標を見出すことができれば、実用上きわめて有用と思われる。ここで、周期性のあるデータに対してはフーリエ解析の適用が有効な場合があり、もしそうであれば、URI をフーリエ解析してTIに相当する周波数最大ピークの半値幅を求めると、この値とTIの分散との間に良好な対応関係が存在すると予想される。一方、上述したACC の極大値もURI の周期性に関連していることから、TI の分散と相関性があると期待できる。そこで、フーリエ解析による周波数最大ピークの半値幅とACC の極大値のどちらがよりTIの分散とよく相関するかを検証した。 まず、連続疲労試験から、比較的円滑に推移したものと、長時間使用した軸で運転開始直後からTIの分散の値が高かったものの2 条件、潤滑条件を変化させた場合から負荷荷重が異なる2 条件、合計4 条件について、以下の各値を求めた。すなわち、運転開始2 日目、運転停止直前及びそれらの中間時点におけるURI の生データについて、抽出法によるTIの分散、フーリエ解析による周波数最大ピークの半値幅、3000 点の時系列データから求めたACC極大値10個の平均を算出した。これらの関係を、分散の片対数プロットの形で図5 および6 に示す。図5 分散と半値幅の間には全く相関性が認められないのに対し、図6 の分散とACC との間にはかなり強い負の相関が現れた。この結果から、TI の分散が大きくなること、すなわち玉の転がり挙動の乱れに起因してURI の極小値間隔がばらつくという現象は、フーリエ解析で捉えることが難しく、自己相関性の低下という形で検出できることが明らかとなった。 4.結言 超音波エコーによる反射強度の極小値について、抽出法を適用して求めた個々の時間間隔の分散に比べ、より簡便に算出できる自己相関係数を用いることで、実用的な軸受の早期異常診断法の開発につながる可能性を見出した。 Fig.5 Relationship between variance of TI and half width of maximum peak frequency obtained by Fourier analysis Fig.6 Relationship between variance of TI and averaged maximum values of ACC 参考文献 [1] 大井 忠、大沢友輔、若林利明、田村 洋、“超音波エコー法を用いた玉軸受における転がり挙動の解析”、第9 回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、高松、2010、pp.53-56. [2] 若林利明、大井 忠、光岡亮平、向井昌規、“超音波エコー法による玉軸受の転がり挙動解析”、第10 回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、大阪、2011、pp.91-94. [3] 竹内彰敏、木村好次、若林利明、石丸 裕、森 久和、“超音波法による玉軸受の運転異常検出の試み”、日本機械学会論文集(C編)、Vol.69、No.687、2003、 pp.3086-3091. [4] 若林利明、川ノ上然、大井 忠、“超音波エコーを用いた玉軸受内部の転がり挙動および潤滑状態の評価”、第8 回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、金沢、2009、pp.163-165. “ “超音波反射強度変化の自己相関性による 玉軸受の転がり挙動評価 “ “若林 利明,Toshiaki WAKABAYASHI,向井 昌規,Masanori MUKAI“ “超音波反射強度変化の自己相関性による 玉軸受の転がり挙動評価 “ “若林 利明,Toshiaki WAKABAYASHI,向井 昌規,Masanori MUKAI