光ファイバ歪みセンサ(FBG)による実機状態診断に向けた研究

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カテゴリ: 第10回
1. 緒言
近年、橋梁やトンネルなどの構造物、風力発電翼、航空宇宙機器の主・尾翼や燃料タンクなどの健全性・安全性を診断する構造ヘルスモニタリング(Structural Health Monitoring、 以下、SHMと記す)のニーズが高まっている。このSHMにおいては、従来の電気式ひずみゲージは、配線の煩雑さ(並列配線)、落雷による故障、さらには被計測物の発火・爆発危険性などの観点から適用範囲が限られている。これに対して、光ファイバを用いたひずみセンサは、直列配線、耐雷性、防爆性、さらには耐食性の観点から幅広い範囲に適用できる技術として注目を集めている[1]。この光ファイバセンシング技術において、ファイバブラッググレーティング(Fiber Bragg Grating、 以下「FBG」)は、高精度でひずみを計測できるセンサとして、さまざまな場面で活用されている[2], [3]。FBGは、光ファイバのコアに周期的な屈折率変化を形成した光ファイバ型デバイスであり、特定の波長(ブラッグ波長)を選択的に反射する光学特性を有す[4]。センシング用途においては、ひずみに対してブラッグ波長が線形にシフトする特性を利用す[5]。筆者らは、このFBGをセンサとした光周波数領域反射測定(Optical Frequency Domain Reflectometry、以下「OFDR」)方式によるひずみ計測技術を開発している[6], [7]。この技術は、従来のFBGを用いたひずみ計測技術で
は計測が困難であったFBG内の連続的なひずみ変化を、1 mm以下の高い空間分解能で計測できる特徴を有する。この空間分解能は、電気式ひずみゲージはもちろん、他の光ファイバセンシング技術でも実現している報告はない。光周波数領域とは、ひずみを計測した光ファイバの位置を特定するための手法を意味する。これ以外の光ファイバ位置特定手法として、時間領域(あるいは、時間分割と表現する)法[8], [9]、光相関領域法[10], [11]などが提案されているが、ひずみ計測位置を特定する精度(つまり、空間分解能)は、現在のところ、光周波数領域法がもっとも優れている。このFBGを用いたOFDR方式によるひずみ計測技術により連続的なひずみ変化を計測した例を図1に示す。この例は、センサ長100 mmのFBGを片持ち梁に貼り付けて、片持ち梁を押圧した際にFBGに生じるひずみを計測したものである。片持ち梁のひずみ分布と開孔による応力集中を高い空間分解能で計測できていることがわかる。 Fig.1 OFDR output 今回筆者らは、本ひずみ計測技術の実証試験として、宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency、以下「JAXA」)が作製した全長6 mの複合材料主翼供試体の強度試験において、最大センサ長500 mmの長尺FBGおよび最大42連の多点FBGを用いてひずみ計測をおこなったので報告する。
2. OFDRひずみ計測システム
OFDRひずみ計測システムの概要を図2に示す。本システムは、チューナブルレーザ、光学回路、データ解析用システムコントローラからなるOFDRひずみ計測器と、ひずみセンサとなるFBGから構成される。ひずみ計測をおこなう対象物にもよるが、通常は、OFDRひずみ計測器は対象物から隔てて設置し、FBGのみを対象物に設置する。FBGは、電気式ひずみゲージと同じく対象物の外面に固定するか、もしくは、対象物が繊維強化プラスチック(Fiber Reinforced Plastics、 FRP)やコンクリートなどであれば、対象物内に埋設することも可能である[12]。 Fig.2 OFDR system 本システムは、チューナブルレーザから出射した波長掃引光をOFDRひずみ計測器内の光学回路とFBGとで構成した光干渉計に入射し、FBGからのブラッグ反射光を干渉光として計測する。計測した干渉光は、システムコントローラにより、FBGの位置とブラッグ波長を示すスペクトログラムとして表すことができる。このOFDRひずみ計測システムにより得られるスペクトログラム例を図3に示す。このスペクトログラムは、横軸が波長、縦軸が計測位置、色調が反射強度を示し、ここからFBG長手方向に沿ったブラッグ波長を計測することができる。つまり、FBGにひずみが生じると、横軸方向にスペクトログラムが変化し、そのブラッグ波長シフト量からFBG長手方向に沿ったひずみを計測することができる。なお、本システムの計測原理については、引用文献[6], [7], [12]に詳細が記載されている。 Fig.3 OFDR Spectrogram
3. ひずみ計測実証試験 今回ひずみ計測の対象とした複合材料主翼供試体の概要を図4に示す。この主翼供試体は、JAXAが次世代航空機開発において翼の軽量化と低コスト化を目指して試作したものであり、真空樹脂含浸製造法(Vacuum assisted Resin Transfer Molding、 VaRTM)と呼ばれる成型法により炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastics、 CFRP)製の上部翼と下部翼を個別に作製し、これらを接合することで全長6 mの翼とした[13]。 Fig.4 Wing structure この主翼供試体のひずみを計測するために、筆者らは、大きく分けて2種類のFBGを作製した。ひとつは、翼局所の連続的なひずみ変化を計測するための長尺FBGであり、その最大センサ長は従来の報告の5倍となる500 mmとした。もうひとつは、翼全体のひずみを計測するための多点FBGであり、今回は最大42連まで多点化した。この多点FBGの個々のセンサ長は10 mm、センサ間ピッチは100 mmとした。つまり、全長は約4 mである。なお、これらのFBGは、最小ひずみ分解能を向上させる目的で、いずれもポリイミドコートファイバを用いて作製 した。これらのFBGの特性をOFDRひずみ計測器により評価した結果を図5および6に示す。図5に示す長尺FBGは、光ファイバ長手方向に対してブラッグ波長と反射強度の揺らぎがきわめて小さい特性を示した。センサが長尺化すると、光ファイバ長手方向に沿って反射強度が低下する影響が顕著となり、センサ後端では十分なシグナル/ノイズ比(以下、S/N比と記す)が得られない問題があるが、FBG単位長さあたりの反射率を最適化することで、センサ全長にわたって高精度ひずみ計測をおこなうに十分なS/N比を達成している7)。また、図6に示す多点FBGは、個々のセンサのブラッグ波長が1549.6 nmを中心として±0.2 nmに収まっている。また、ブラッグ波長がほぼ同一のセンサを多点化しても個々のセンサを切り分けて計測できることを確認できた。 この長尺FBGと多点FBGは、上部翼および下部翼の内面と外面にエポキシ樹脂などを用いて所定の位置に固定した。主翼供試体に配置したセンサの総数は、260個にのぼる。 これらのFBGを配置した主翼供試体の強度試験の概要を図7に示す。この強度試験では、飛行時を想定し、翼根を固定して翼長手方向に最大1200 kgfの荷重を印加した。FBGによるひずみ計測は、この最大設計荷重の20、 40、 60、 80 %となる荷重においておこなった。 Fig.5 500mm-long FBG Fig.6 FBG arrays (42 FBGs) Fig.7 Experimental set-up 4. ひずみ計測結果 主翼供試体のひずみ計測結果について、本稿では代表的な3つのFBGについて報告する。 図8は、ストリンガと呼ばれる翼長手方向の梁と、リブと呼ばれる翼垂直方向の補強材に沿って、U字状に配置したセンサ長300 mmの長尺FBGによるひずみ計測結果である。ストリンガ沿いでは引張りひずみを、リブ沿いでは圧縮ひずみを計測することができた。この長尺FBGの50、 150、 250 mmの位置におけるひずみの荷重依存性をプロットした結果を図9に示す。50および250 mmの位置で計測した引張りひずみと150 mmの位置で計測した圧縮ひずみは、主翼供試体に印加した荷重に対して線形に変化し、そのポアソン比は約0.4でほぼ一定となることから、計測の妥当性を確認することができた。 図10は、アクセスホール外周に沿って配置したセンサ長500 mmの長尺FBGに生じるひずみを計測した結果である。この長尺FBGからは、連続的に変化する光ファイバ長手方向の引張りひずみを0.6 mm間隔で計測することができた。これまでに長尺FBGにより0.6 mm間隔で計測した連続的なひずみ変化が、有限要素法(Finite Element Method、 FEM)による解析結果とよく一致することを確認している[14]。この空間分解能は、時間領域法の光ファイバひずみセンサの空間分解能(1~2 m)と比較して数千倍優れた性能であり、光相関領域法の光ファイバひずみセンサにより報告されている従来の最高空間分解能(1.6 mm)をも上回っている[8] . [11]。以上説明した2つの長尺FBGのひずみ計測結果より、長尺FBGは、連続的にひずみが変化する局所部の計測に有用であることを実証できた。なお、この長尺FBGのセンサ長は、メートル級にまで延長できることを確認している。 図11は、ストリンガに沿って主翼供試体の長手方向に 配置した42連の多点FBGを用いて翼全体のひずみを100 mm間隔で計測した結果である。この多点FBGからは、片持ち梁のように翼根から翼端にかけて徐々にひずみが小さくなるとともに、リブ部では応力緩和によりひずみがより低減している翼全体のひずみ情報を計測することができた。この結果より、多点FBGは、比較的広範囲の全体的なひずみを計測することに有用であることを実証できた。なお、この多点FBGのセンサ数やピッチは比較的容易に設計変更できるので、ひずみ計測範囲の延長も可能である。 Fig.8 Strain data at U-shaped position Fig.9 Poisson ratio Fig.10 Strain data at access hole Fig.11 Strain data along wing length 4. 結言 最大センサ長500 mmの長尺FBGおよび最大42連の多点FBGを用いたOFDRひずみ計測システムにより、全長6 mの複合材料主翼供試体のひずみ計測をおこなった。長尺FBGにより0.6 mmの空間分解能で供試翼局所の連続的なひずみ変化を計測することができた。また、多点FBGにより翼長手方向の全体的なひずみを100 mm間隔で計測することができた。 以上の結果より、FBGを用いたOFDR方式のひずみ計測技術が実用レベルであり、ミリメートルの空間分解能でひずみを計測するSHM技術として非常に有望であること示している。また、この優れた空間分解能をいかすことで、SHM用途のみならず、例えば小型精密機械部品や光ファイバ型部品のひずみ計測などにも適用することが可能である。今後われわれは、本技術の製品化に向けて、さらなる高性能化・高機能化を目指していく。 参考文献 [1] 藤橋一彦, 宮本三智也, 奥津晃一, 奥津大, “光ファイバセンシング技術を用いた防災分野への取り組み,” NTT技術ジャーナル, Vol. 19, No. 9, pp. 52-56, 2007 [2] E. Udd, “Structural Health Monitoring Using Fiber Bragg Gratings for Aerospace and Composite Manufacturing,” Proceedings of 18th International Conference on Optical Fiber Sensors, MF2, 2006 [3] 武田展雄, “埋め込み光ファイバセンサを用いた航空宇宙複合材構造のヘルスモニタリング,” 光波センシング技術研究会講演論文集, LST37-2, pp. 13-18, 2006 [4] 水波徹, “光ファイバー回折格子,” 応用物理, Vol. 67, No. 9, pp. 1029-1034, 1998 [5] K. O. Hill and G. Meltz, “Fiber Bragg Grating Technology Fundamentals and Overview,” Journal of Lightwave Technology, Vol. 15, No. 8, pp.1263-1276, 1997 [6] H. Igawa, H. Murayama, T. Kasai, I. Yamaguchi, K. Kageyama and K. Ohta, “Measurements of Strain Distributions with a Long Gauge FBG Sensor Using Optical Frequency Domain Reflectometry,” Proceedings of SPIE (17th International Conference on Optical Fiber Sensors), Vol. 5855, pp.547-550, 2005 [7] 井川寛隆, 太田圭一, 葛西時雄, 山口功, 村山英晶, 影山和郎, “OFDRを用いた長ゲージFBGによる分布計測の研究,” 日本機械学会論文集, Vol.72, No. 724, pp. 102-110, 2006 [8] A. Fellay, L. Thevenaz, M. Facchini, M. Nikles and P. Robert, “Distributing Sensing Using Stimulated Brillouin Scattering: Toward Ultimate Resolution,” Proceedings of 12th International Conference on Optical Fiber Sensors, pp. 324-327 (1997) [9] 熊谷幸樹, 本山寛, 田村琢之, 小林薫, 山本郁夫, 森山守, “TDM方式FBG光ファイバセンシングによるトンネル覆工のひずみ計測,” 光波センシング技術研究会講演論文集, LST41-22, pp. 145-151, 2008 [10]保立和夫, “連続光波の相関制御による光ファイバ神経網技術,” 光波センシング技術研究会講演論文集, LST41-23, pp. 153-160, 2008 [11]梶原康嗣, 保立和夫, “長尺ファイバグレーティング内の歪分布測定,” 光波センシング技術研究会講演論文集, LST40-21, pp. 147-154, 2007 [12]S. Takeda, Y. Okabe, T. Yamamoto and N. Takeda, “Detection of Edge Delamination in CFRP Laminates Under Cyclic Loading Using Small-diameter FBG Sensors,” Composites Science and Technology, Vol. 63, pp.1885-1894, 2003 [13]H. Murayama, H. Igawa, K. Kageyama, K. Ohta, I. Ohsawa, K. Uzawa, M. Kanai, T. Kasai and I. Yamaguchi, “Distributed Strain Measurement with High Spatial Resolution Using Fiber Bragg Gratings and Optical Frequency Domain Reflectometry,” Proceedings of 18th International Conference on Optical Fiber Sensors, ThE40, 2006[14]H. Murayama, K. Kageyama, K. Ohara, K. Uzawa, M. Kanai and H. Igawa, “Distributed Strain Measurement of Welded Tubular Joint with Long Gauge FBG,” Proceedings of SPIE (19th International Conference on Optical Fiber Sensors), 7004-222, 2008 “ “光ファイバ歪みセンサ(FBG)による実機状態診断に向けた研究 “ “町島 祐一,Yuichi MACHIJIMA“ “光ファイバ歪みセンサ(FBG)による実機状態診断に向けた研究 “ “町島 祐一,Yuichi MACHIJIMA
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