封止溶接部の構造健全性に対する 溶接施工に関する影響因子の検討
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カテゴリ: 第10回
1.緒言
原子力プラントにおいて,耐SCC 材料として用いられている低炭素オーステナイト系ステンレス鋼の熱影響部やニッケル基合金の溶接金属部で応力腐食割れ(stress corrosion cracking, SCC)の発生が顕在化しており,その原因究明や対策のために溶接に起因する残留応力に改めて注目した取り組みが積極的になされている[1, 2]. 一方で,発見されたSCC などのき裂に対する補修・保全技術の確立が強く求められている.その中で,き裂を部分的に残存した状態で補修を行う封止溶接法やWOL (Weld Over-lay)工法が提案され,既に一部で適用されている.これらの方法によって,き裂が残存した状態で構造健全性が確保される場合においては,より合理的な手段を選択することが可能となったといえる.補修部位において構造健全性・信頼性の更なる向上を考えた場合, 補修部位に構造健全性を担保する何らかの付加価値を加えることができれば有意義であると考えられる. そこで本研究では,封止溶接を取り上げ,き裂の寸法と補修溶接時の施工条件(入熱条件)などの因子が残存したき裂前縁の残留応力分布やき裂進展駆動力である応力拡大係数に及ぼす影響について系統的な検討を行う. また,これらを統一的に整理することが可能な指標を溶接熱伝導論に基づいて提案し,これを用いた評価について考察する.
2.数値解析方法
2.1 数値解析モデル 本検討では,シュラウドサポートのような大口径の構造物の一部を想定して,簡単のため,Fig. 1 に示すような二次元平面ひずみ状態を想定したモデルを用いる.母材にはNi 基合金Alloy 600 を想定した物性値を与え,肉盛溶接時の溶接金属にはNi 基合金Alloy 690 を想定した物性値を与える.それぞれの物性値に対しては温度依存性を考慮している.また,溶接を模擬した入熱は,肉盛部に相当する要素に内部発熱として与え,溶着金属量と入熱量の関係は実験的に求めて決定している.熱的な境界条件として熱伝達と熱放射を考慮し,力学的な境界条件として剛体回転・移動のみを拘束している. Reactor Pressure Vessel.. Shroud! Shroud Support.. SCC.. (a) Schematic illustration of shroud support (b) Analytical model Fig. 1 Analytical model used in this study 2.2 検討条件 本数値解析における検討条件をTable 1 に示す.板厚t(mm)について3 種類,き裂深さa(mm)について5 種類, 溶接入熱Q(J/mm)について20 種類,の条件をそれぞれ設定し,パラメトリックに検討を実施する. Table 1 Welding conditions Plate thickness, t (mm) 40, 60, 120 Depth of Crack, a (mm) 5, 10, 15, 20, 25 Welding heat input, Q (J/mm) 50, 100, 150, 200, 250, 300, 350, 400, 450, 500, 600, 700, 800, 900, 1000, 1200, 1400, 1600, 1800, 2000 2.3 応力拡大係数の算出 熱弾塑性解析によって得られた残留応力分布を基に, 応力拡大係数を求める.その際,0.05mm の仮想的なき裂進展を想定して,そのき裂面に分布する応力を負荷した弾性解析を実施し,き裂開口変位を求める[3].これを用いて,変位法による応力拡大係数を評価する. (a) Scheme of superposition principle (b) Scheme of displacement method Fig. 2 Procedure for evaluating stress intensity factor 3.数値解析結果 3.1 残留応力分布に及ぼす諸因子の影響 数値解析結果の一例として,板厚が60mm でき裂深さが(a)5mm,(b)25mm の場合の板幅方向残留応力のき裂に沿った板厚方向分布について Fig. 3 に示す.図中灰色で示している部分がき裂面に対応しており,応力を受け持たない部分である.いずれも,溶接入熱を種々に変化させて1 パス肉盛溶接した際の結果である.これらの図を見ると,き裂上端近傍の応力はいずれのき裂深さ,溶接入熱の場合においても引張応力となっている.一方,き裂下端近傍の応力はき裂深さによって傾向が異なっており,き裂深さが5mm の場合には溶接入熱によらず引張応力となっているのに対して,き裂深さが25mm の場合には溶接入熱によらず圧縮応力となっている.以上の結果から,き裂下端近傍の残留応力分布はき裂深さに応じて制御し得ることが示唆された.ここで,封止溶接部の残存き裂の進展に対してはき裂上端・下端ともに抑制されるべきではあるが,き裂上端については比較的状態監視が容易であることと,何らかの原因で表面までき裂が進展した際には再度の補修が可能である.一方,き裂下端においてはき裂進展が構造内部へ損傷進展に直接的に繋がる可能性があることなどから,より重要視されるべきであると考えられる.それらの状況を考慮して,本検討では残存き裂下端における残留応力分布ならびに構造健全性の評価に注目する. 板厚が60mm の場合に対して,き裂深さと溶接入熱を種々に変化させた際のき裂下端(代表として,き裂下端より0.025mm の位置)の応力値を纏めたものをFig. 4 に示す.この図より,き裂深さが異なると同じ溶接入熱であっても,き裂下端の応力値は大きく異なっていることがわかる.ただし,溶接入熱に対する応力値の変化には類似した傾向が見られる.いずれのき裂深さについても, 溶接入熱が小さい範囲において応力値はほぼ0 か圧縮応力となっているが,溶接入熱が大きくなるにつれて,残留応力の値は引張応力に変化している.溶接入熱がある程度大きくなると,引張応力の値はある一定値となり, それ以降の変化は見られない. ここで,き裂下端の応力が圧縮応力となる場合の応力生成過程について考察する.応力評価位置での溶接中の熱応力と塑性ひずみの時間履歴を温度履歴と併せてFig. 5 に示す.これを見ると,最高到達温度は100℃程度であり,溶接による温度上昇で自己降伏し,圧縮塑性ひずみを生じる温度よりも低い.そのため,溶接に伴う圧縮塑性ひずみが生じておらず,それに起因する引張応力の発生も見られない. -400 -200 0 200 400 600 800 1000 010203040506050 J/mm 100 J/mm 200 J/mm 400 J/mm 800 J/mm 1600 J/mm Residual stress, !y (MPa) Crack region Base metal thickness: 60 mm Crack depth: 5 mm Distance from base metal surface, z (mm) (a) Depth of crack is 5 mm -800 -600 -400 -200 0 200 400 600 0102030401900/02/186050 J/mm 100 J/mm 200 J/mm 400 J/mm 800 J/mm 1600 J/mm Residual stress, !y (MPa) Distance from base metal surface, z (mm)Crack region Base metal thickness: 60 mm Crack depth: 25 mm (b) Depth of crack is 25 mm Fig. 3 Distribution of residual stress along thickness Fig. 4 Effect of crack depth and weld heat input on residual stress at downside crack tip region また,温度上昇が生じていない初期において,引張応力が生じるとともに,引張塑性ひずみが生じていることがわかる.これは板表面から溶接による入熱が与えられ熱膨張が生じることで,き裂下端が開口しようとしたことに起因すると考えられる.以上のように,溶接初期の熱膨張に起因するき裂開口応力による引張塑性ひずみの発生と,その後の溶接に伴う温度上昇によって圧縮降伏しないことが,き裂先端の応力を圧縮応力とする必要条件と考えられる. -0.000100.00010.00020.00030.00040.00050.00060.0007-800-600-400-20002004006008001 10 100 1000 104 Plastic strain near the crack tip, !yp time, t (s) Stress near the crack tip, ““y (MPa) Temperature near the crack tip, T (oC) !yp ““y T Fig. 5 Generation behavior of compressive stress at downside crack tip region 3.2 残留応力を支配するパラメータの考察 ここで,き裂下端の残留応力を支配するパラメータを明らかにできれば,発見されたき裂の寸法に応じた適正な施工条件管理によって,残存き裂下端に圧縮応力を生じさせることが可能と考えられる.そこで本節では,き裂下端の残留応力を支配するパラメータについて考察する. 前節での考察より,き裂下端の残留応力は,き裂面に沿った温度分布の拡がりに影響を受けることが示唆される.そのため,溶接熱伝導論によってき裂面に沿った板厚方向の温度分布を支配するパラメータを導出する.板表面に溶接入熱が与えられた際の時々刻々の板厚断面における温度分布を表す式は次式のように表される. . T = 2 /(2 πkt )2 .Qnet /cρ . exp .r 2 { /4kt} (1) ただし, . k = λ /cρ ,ρ:密度,c:比熱,λ:熱伝導率, t:時間,Qnet:入熱,T:温度,r2=y2+z2,である.この式から最高到達温度分布を求める式を導くと,次式のようになる. . T = (2 /πe) . (Qnet /cρ) . (1/ r 2 ) (2) ここで,r に熱源中心から板厚方向の距離であるz を代入してz について整理すると,次式のようになる. . z = (2 /πe) . (1/cρT ) .Qnet (3) この式は,或る温度T に達する領域の深さz が材料物性と溶接入熱で求まることを示している.ここで,き裂深さa に対して,或る温度に達する領域の深さz が相対的にどの程度になるかを求める式は,両辺をz で除することにより次式のようになる. . z /a = (2 /πe) . (1/cρT ) . Qnet /a (4) この式より,き裂深さa に対する,或る温度に達する領域の深さz の相対的な量は,材料が同じであれば,溶接入熱Qnetとき裂深さa から求まる√Qnet / a によって決まるといえる. 本パラメータを用いて,き裂下端の残留応力の値を整理し直した結果をFig. 6 に示す.き裂深さが異なる場合のき裂下端の残留応力の値がより統一的に評価できているといえる.また,本パラメータが1.5 程度よりも小さい条件範囲で施工すれば,き裂下端の残留応力を圧縮応力とすることができることが示唆される.以上のことから, さまざまなき裂深さに対して,本パラメータを利用した適正な入熱条件を設定することで,き裂下端の残留応力を制御することが可能であることがわかった. Fig. 6 Arrangement of residual stress at downside crack tip by parameter √Qnet 3.3 応力拡大係数の評価 本節ではき裂下端における応力拡大係数を算出し,き裂進展駆動力を評価する.記述の方法により算出した応力拡大係数を前節で提案したパラメータにより整理した結果をFig. 7 に示す.ここでは,これまで示してきた板厚60mm の場合に加えて,板厚40mm と120mm の場合についても整理した結果を併せて示す.これらの図より,いずれの板厚についても似た傾向がうかがえる.き裂深さに対して溶接入熱が大きい場合におよそ一定となる傾向は板厚によっては傾向が異なるが,残留応力に起因するき裂進展駆動力を0 とできる溶接入熱の条件範囲は,いずれの板厚においても同じと見なせる結果となっている. (a) Thickness of plate is 40 mm (b) Thickness of plate is 60 mm (c) Thickness of plate is 120 mm Fig. 7 Arrangement of stress intensity factor at downside crack tip by parameter √Qnet/a 4.溶接順序に注目した多層溶接への応用 前章までは1 パス溶接を想定した基礎的な検討を行った.本章では,多層溶接へ展開するために,溶接順序の影響に注目して検討を行う.多層溶接の条件として,1 層当りのパス数を7 パスとし,3 層溶接する場合を想定して条件を設定した.解析モデルについてFig. 8 に,溶接順序の条件についてTable 2 に示す.溶接順序は,き裂を最初に封止する場合(A),最終パスで封止する場合(C),中間パスで封止する場合(B)について設定した.主な解析条件はこれまでの検討と同じである. Fig. 8 Analytical model of multi-pass welding Table 2 Welding pass sequence conditions A-1 A-2 4.. 3.. 2.. 1.. 7.. 6.. 5.. A-3 2.. 3.. 4.. 1.. 5.. 6.. 7.. B-1 1.. 2.. 3.. 4.. 5.. 6.. 7.. B-2 1.. 2.. 3.. 4.. 7.. 6.. 5.. B-3 3.. 2.. 1.. 4.. 5.. 6.. 7.. C-1 3.. 2.. 1.. 7.. 4.. 5.. 6.. C-2 1.. 2.. 3.. 7.. 6.. 5.. 4.. 各パスの溶接入熱については,き裂深さ15mm に対して,き裂下端の応力が圧縮応力となる入熱250J/mm の条件と,き裂下端の応力が引張応力となる900J/mm とした. まず,1 層7 パスの溶接の場合について検討を行った.その結果をFig. 9 に示す.これらの図より,どちらの条件においても最終溶接パスの位置にほぼ依存して残留応力が決まっているといえる.したがって,250J/mm の条件では最終パスで封止をする場合に最も応力が低減できる. しかしながらその値は必ずしも圧縮応力となっておらず, 履歴の影響が示唆される.一方,900J/mm の場合にはき裂直上の溶接によって大きな引張応力が生じるが,その後の積層パスに伴って引張応力は小さくなっており,こちらは,最初あるいは中間のパスで封止することで後続の溶接によって応力の軽減が可能である. 4.. 3.. 2.. 1.. 5.. 6.. 7..(a) Weld heat input is 250 J/mm (b) Weld heat input is 900 J/mm Fig. 9 Effect of pass sequence on residual stress at downside crack tip in single-layer welding 続いて,3 層まで溶接した場合について示す.ここで, 検討条件としては,B-1,B-2,C-1 に絞ることとした.各層終了毎のき裂下端の応力値の推移をFig. 10 に示す.いずれの条件においても,積層パスに伴ってき裂下端の応力は小さくなる傾向にあるが,各パスにおける入熱や各層におけるパス順序の影響による応力値の違いが見受けられる.また,これらの条件に対して応力拡大係数を評価した結果をFig. 11 に示す.圧縮応力となるような条件において応力拡大係数は0 となっており,残留応力に起因するき裂進展駆動力を抑制できていることがわかる. 5.結論 封止溶接部の残存き裂に対する構造健全性向上のための適正な補修溶接施工条件に関して基礎的な検討を行った.その結果,各パスにおける適正な溶接入熱,各層における適正な溶接順序,積層パスに伴う応力軽減効果を上手く組み合わせることによって,封止溶接部の構造健全性の向上が期待されることが示された. Fig. 10 Effect of pass sequence on residual stress at downside crack tip in multiple-layer welding Fig. 11 Effect of pass sequence on stress intensity factor at downside crack tip 参考文献 [1] Okamura, Y., et al., Latest SCC issue of Core Shroud and Recirculation Piping in Japanese BWRs, SMiRT 17, WG01-1, Aug., 1976. [2] Kumagai, K., et al., Evaluation of IGSCC Growth Behavior of 316NG PLR PIPING in BWR, ASME PVP 2004-2666, July, 2004. [3] Shiratori, M., et al., Analysis of Stress Intensity Factors for Surface Cracks Subject to Arbitrarily Distributed Surface Stresses, J. JSME, vol. 51, No. 467, pp. 1828-1835. (in Japanese) [4] D. Rosenthal, Mathematical Theory of Heat Distribution during Welding and Cutting, W. J., 1941, 20, 220-234. (平成25 年6 月21 日) “ “封止溶接部の構造健全性に対する 溶接施工に関する影響因子の検討 “ “岡野 成威,Shigetaka OKANO,鳥形 啓輔,Keisuke TORIGATA,亀山 雅司,Masashi KAMEYAMA,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI“ “封止溶接部の構造健全性に対する 溶接施工に関する影響因子の検討 “ “岡野 成威,Shigetaka OKANO,鳥形 啓輔,Keisuke TORIGATA,亀山 雅司,Masashi KAMEYAMA,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI
原子力プラントにおいて,耐SCC 材料として用いられている低炭素オーステナイト系ステンレス鋼の熱影響部やニッケル基合金の溶接金属部で応力腐食割れ(stress corrosion cracking, SCC)の発生が顕在化しており,その原因究明や対策のために溶接に起因する残留応力に改めて注目した取り組みが積極的になされている[1, 2]. 一方で,発見されたSCC などのき裂に対する補修・保全技術の確立が強く求められている.その中で,き裂を部分的に残存した状態で補修を行う封止溶接法やWOL (Weld Over-lay)工法が提案され,既に一部で適用されている.これらの方法によって,き裂が残存した状態で構造健全性が確保される場合においては,より合理的な手段を選択することが可能となったといえる.補修部位において構造健全性・信頼性の更なる向上を考えた場合, 補修部位に構造健全性を担保する何らかの付加価値を加えることができれば有意義であると考えられる. そこで本研究では,封止溶接を取り上げ,き裂の寸法と補修溶接時の施工条件(入熱条件)などの因子が残存したき裂前縁の残留応力分布やき裂進展駆動力である応力拡大係数に及ぼす影響について系統的な検討を行う. また,これらを統一的に整理することが可能な指標を溶接熱伝導論に基づいて提案し,これを用いた評価について考察する.
2.数値解析方法
2.1 数値解析モデル 本検討では,シュラウドサポートのような大口径の構造物の一部を想定して,簡単のため,Fig. 1 に示すような二次元平面ひずみ状態を想定したモデルを用いる.母材にはNi 基合金Alloy 600 を想定した物性値を与え,肉盛溶接時の溶接金属にはNi 基合金Alloy 690 を想定した物性値を与える.それぞれの物性値に対しては温度依存性を考慮している.また,溶接を模擬した入熱は,肉盛部に相当する要素に内部発熱として与え,溶着金属量と入熱量の関係は実験的に求めて決定している.熱的な境界条件として熱伝達と熱放射を考慮し,力学的な境界条件として剛体回転・移動のみを拘束している. Reactor Pressure Vessel.. Shroud! Shroud Support.. SCC.. (a) Schematic illustration of shroud support (b) Analytical model Fig. 1 Analytical model used in this study 2.2 検討条件 本数値解析における検討条件をTable 1 に示す.板厚t(mm)について3 種類,き裂深さa(mm)について5 種類, 溶接入熱Q(J/mm)について20 種類,の条件をそれぞれ設定し,パラメトリックに検討を実施する. Table 1 Welding conditions Plate thickness, t (mm) 40, 60, 120 Depth of Crack, a (mm) 5, 10, 15, 20, 25 Welding heat input, Q (J/mm) 50, 100, 150, 200, 250, 300, 350, 400, 450, 500, 600, 700, 800, 900, 1000, 1200, 1400, 1600, 1800, 2000 2.3 応力拡大係数の算出 熱弾塑性解析によって得られた残留応力分布を基に, 応力拡大係数を求める.その際,0.05mm の仮想的なき裂進展を想定して,そのき裂面に分布する応力を負荷した弾性解析を実施し,き裂開口変位を求める[3].これを用いて,変位法による応力拡大係数を評価する. (a) Scheme of superposition principle (b) Scheme of displacement method Fig. 2 Procedure for evaluating stress intensity factor 3.数値解析結果 3.1 残留応力分布に及ぼす諸因子の影響 数値解析結果の一例として,板厚が60mm でき裂深さが(a)5mm,(b)25mm の場合の板幅方向残留応力のき裂に沿った板厚方向分布について Fig. 3 に示す.図中灰色で示している部分がき裂面に対応しており,応力を受け持たない部分である.いずれも,溶接入熱を種々に変化させて1 パス肉盛溶接した際の結果である.これらの図を見ると,き裂上端近傍の応力はいずれのき裂深さ,溶接入熱の場合においても引張応力となっている.一方,き裂下端近傍の応力はき裂深さによって傾向が異なっており,き裂深さが5mm の場合には溶接入熱によらず引張応力となっているのに対して,き裂深さが25mm の場合には溶接入熱によらず圧縮応力となっている.以上の結果から,き裂下端近傍の残留応力分布はき裂深さに応じて制御し得ることが示唆された.ここで,封止溶接部の残存き裂の進展に対してはき裂上端・下端ともに抑制されるべきではあるが,き裂上端については比較的状態監視が容易であることと,何らかの原因で表面までき裂が進展した際には再度の補修が可能である.一方,き裂下端においてはき裂進展が構造内部へ損傷進展に直接的に繋がる可能性があることなどから,より重要視されるべきであると考えられる.それらの状況を考慮して,本検討では残存き裂下端における残留応力分布ならびに構造健全性の評価に注目する. 板厚が60mm の場合に対して,き裂深さと溶接入熱を種々に変化させた際のき裂下端(代表として,き裂下端より0.025mm の位置)の応力値を纏めたものをFig. 4 に示す.この図より,き裂深さが異なると同じ溶接入熱であっても,き裂下端の応力値は大きく異なっていることがわかる.ただし,溶接入熱に対する応力値の変化には類似した傾向が見られる.いずれのき裂深さについても, 溶接入熱が小さい範囲において応力値はほぼ0 か圧縮応力となっているが,溶接入熱が大きくなるにつれて,残留応力の値は引張応力に変化している.溶接入熱がある程度大きくなると,引張応力の値はある一定値となり, それ以降の変化は見られない. ここで,き裂下端の応力が圧縮応力となる場合の応力生成過程について考察する.応力評価位置での溶接中の熱応力と塑性ひずみの時間履歴を温度履歴と併せてFig. 5 に示す.これを見ると,最高到達温度は100℃程度であり,溶接による温度上昇で自己降伏し,圧縮塑性ひずみを生じる温度よりも低い.そのため,溶接に伴う圧縮塑性ひずみが生じておらず,それに起因する引張応力の発生も見られない. -400 -200 0 200 400 600 800 1000 010203040506050 J/mm 100 J/mm 200 J/mm 400 J/mm 800 J/mm 1600 J/mm Residual stress, !y (MPa) Crack region Base metal thickness: 60 mm Crack depth: 5 mm Distance from base metal surface, z (mm) (a) Depth of crack is 5 mm -800 -600 -400 -200 0 200 400 600 0102030401900/02/186050 J/mm 100 J/mm 200 J/mm 400 J/mm 800 J/mm 1600 J/mm Residual stress, !y (MPa) Distance from base metal surface, z (mm)Crack region Base metal thickness: 60 mm Crack depth: 25 mm (b) Depth of crack is 25 mm Fig. 3 Distribution of residual stress along thickness Fig. 4 Effect of crack depth and weld heat input on residual stress at downside crack tip region また,温度上昇が生じていない初期において,引張応力が生じるとともに,引張塑性ひずみが生じていることがわかる.これは板表面から溶接による入熱が与えられ熱膨張が生じることで,き裂下端が開口しようとしたことに起因すると考えられる.以上のように,溶接初期の熱膨張に起因するき裂開口応力による引張塑性ひずみの発生と,その後の溶接に伴う温度上昇によって圧縮降伏しないことが,き裂先端の応力を圧縮応力とする必要条件と考えられる. -0.000100.00010.00020.00030.00040.00050.00060.0007-800-600-400-20002004006008001 10 100 1000 104 Plastic strain near the crack tip, !yp time, t (s) Stress near the crack tip, ““y (MPa) Temperature near the crack tip, T (oC) !yp ““y T Fig. 5 Generation behavior of compressive stress at downside crack tip region 3.2 残留応力を支配するパラメータの考察 ここで,き裂下端の残留応力を支配するパラメータを明らかにできれば,発見されたき裂の寸法に応じた適正な施工条件管理によって,残存き裂下端に圧縮応力を生じさせることが可能と考えられる.そこで本節では,き裂下端の残留応力を支配するパラメータについて考察する. 前節での考察より,き裂下端の残留応力は,き裂面に沿った温度分布の拡がりに影響を受けることが示唆される.そのため,溶接熱伝導論によってき裂面に沿った板厚方向の温度分布を支配するパラメータを導出する.板表面に溶接入熱が与えられた際の時々刻々の板厚断面における温度分布を表す式は次式のように表される. . T = 2 /(2 πkt )2 .Qnet /cρ . exp .r 2 { /4kt} (1) ただし, . k = λ /cρ ,ρ:密度,c:比熱,λ:熱伝導率, t:時間,Qnet:入熱,T:温度,r2=y2+z2,である.この式から最高到達温度分布を求める式を導くと,次式のようになる. . T = (2 /πe) . (Qnet /cρ) . (1/ r 2 ) (2) ここで,r に熱源中心から板厚方向の距離であるz を代入してz について整理すると,次式のようになる. . z = (2 /πe) . (1/cρT ) .Qnet (3) この式は,或る温度T に達する領域の深さz が材料物性と溶接入熱で求まることを示している.ここで,き裂深さa に対して,或る温度に達する領域の深さz が相対的にどの程度になるかを求める式は,両辺をz で除することにより次式のようになる. . z /a = (2 /πe) . (1/cρT ) . Qnet /a (4) この式より,き裂深さa に対する,或る温度に達する領域の深さz の相対的な量は,材料が同じであれば,溶接入熱Qnetとき裂深さa から求まる√Qnet / a によって決まるといえる. 本パラメータを用いて,き裂下端の残留応力の値を整理し直した結果をFig. 6 に示す.き裂深さが異なる場合のき裂下端の残留応力の値がより統一的に評価できているといえる.また,本パラメータが1.5 程度よりも小さい条件範囲で施工すれば,き裂下端の残留応力を圧縮応力とすることができることが示唆される.以上のことから, さまざまなき裂深さに対して,本パラメータを利用した適正な入熱条件を設定することで,き裂下端の残留応力を制御することが可能であることがわかった. Fig. 6 Arrangement of residual stress at downside crack tip by parameter √Qnet 3.3 応力拡大係数の評価 本節ではき裂下端における応力拡大係数を算出し,き裂進展駆動力を評価する.記述の方法により算出した応力拡大係数を前節で提案したパラメータにより整理した結果をFig. 7 に示す.ここでは,これまで示してきた板厚60mm の場合に加えて,板厚40mm と120mm の場合についても整理した結果を併せて示す.これらの図より,いずれの板厚についても似た傾向がうかがえる.き裂深さに対して溶接入熱が大きい場合におよそ一定となる傾向は板厚によっては傾向が異なるが,残留応力に起因するき裂進展駆動力を0 とできる溶接入熱の条件範囲は,いずれの板厚においても同じと見なせる結果となっている. (a) Thickness of plate is 40 mm (b) Thickness of plate is 60 mm (c) Thickness of plate is 120 mm Fig. 7 Arrangement of stress intensity factor at downside crack tip by parameter √Qnet/a 4.溶接順序に注目した多層溶接への応用 前章までは1 パス溶接を想定した基礎的な検討を行った.本章では,多層溶接へ展開するために,溶接順序の影響に注目して検討を行う.多層溶接の条件として,1 層当りのパス数を7 パスとし,3 層溶接する場合を想定して条件を設定した.解析モデルについてFig. 8 に,溶接順序の条件についてTable 2 に示す.溶接順序は,き裂を最初に封止する場合(A),最終パスで封止する場合(C),中間パスで封止する場合(B)について設定した.主な解析条件はこれまでの検討と同じである. Fig. 8 Analytical model of multi-pass welding Table 2 Welding pass sequence conditions A-1 A-2 4.. 3.. 2.. 1.. 7.. 6.. 5.. A-3 2.. 3.. 4.. 1.. 5.. 6.. 7.. B-1 1.. 2.. 3.. 4.. 5.. 6.. 7.. B-2 1.. 2.. 3.. 4.. 7.. 6.. 5.. B-3 3.. 2.. 1.. 4.. 5.. 6.. 7.. C-1 3.. 2.. 1.. 7.. 4.. 5.. 6.. C-2 1.. 2.. 3.. 7.. 6.. 5.. 4.. 各パスの溶接入熱については,き裂深さ15mm に対して,き裂下端の応力が圧縮応力となる入熱250J/mm の条件と,き裂下端の応力が引張応力となる900J/mm とした. まず,1 層7 パスの溶接の場合について検討を行った.その結果をFig. 9 に示す.これらの図より,どちらの条件においても最終溶接パスの位置にほぼ依存して残留応力が決まっているといえる.したがって,250J/mm の条件では最終パスで封止をする場合に最も応力が低減できる. しかしながらその値は必ずしも圧縮応力となっておらず, 履歴の影響が示唆される.一方,900J/mm の場合にはき裂直上の溶接によって大きな引張応力が生じるが,その後の積層パスに伴って引張応力は小さくなっており,こちらは,最初あるいは中間のパスで封止することで後続の溶接によって応力の軽減が可能である. 4.. 3.. 2.. 1.. 5.. 6.. 7..(a) Weld heat input is 250 J/mm (b) Weld heat input is 900 J/mm Fig. 9 Effect of pass sequence on residual stress at downside crack tip in single-layer welding 続いて,3 層まで溶接した場合について示す.ここで, 検討条件としては,B-1,B-2,C-1 に絞ることとした.各層終了毎のき裂下端の応力値の推移をFig. 10 に示す.いずれの条件においても,積層パスに伴ってき裂下端の応力は小さくなる傾向にあるが,各パスにおける入熱や各層におけるパス順序の影響による応力値の違いが見受けられる.また,これらの条件に対して応力拡大係数を評価した結果をFig. 11 に示す.圧縮応力となるような条件において応力拡大係数は0 となっており,残留応力に起因するき裂進展駆動力を抑制できていることがわかる. 5.結論 封止溶接部の残存き裂に対する構造健全性向上のための適正な補修溶接施工条件に関して基礎的な検討を行った.その結果,各パスにおける適正な溶接入熱,各層における適正な溶接順序,積層パスに伴う応力軽減効果を上手く組み合わせることによって,封止溶接部の構造健全性の向上が期待されることが示された. Fig. 10 Effect of pass sequence on residual stress at downside crack tip in multiple-layer welding Fig. 11 Effect of pass sequence on stress intensity factor at downside crack tip 参考文献 [1] Okamura, Y., et al., Latest SCC issue of Core Shroud and Recirculation Piping in Japanese BWRs, SMiRT 17, WG01-1, Aug., 1976. [2] Kumagai, K., et al., Evaluation of IGSCC Growth Behavior of 316NG PLR PIPING in BWR, ASME PVP 2004-2666, July, 2004. [3] Shiratori, M., et al., Analysis of Stress Intensity Factors for Surface Cracks Subject to Arbitrarily Distributed Surface Stresses, J. JSME, vol. 51, No. 467, pp. 1828-1835. (in Japanese) [4] D. Rosenthal, Mathematical Theory of Heat Distribution during Welding and Cutting, W. J., 1941, 20, 220-234. (平成25 年6 月21 日) “ “封止溶接部の構造健全性に対する 溶接施工に関する影響因子の検討 “ “岡野 成威,Shigetaka OKANO,鳥形 啓輔,Keisuke TORIGATA,亀山 雅司,Masashi KAMEYAMA,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI“ “封止溶接部の構造健全性に対する 溶接施工に関する影響因子の検討 “ “岡野 成威,Shigetaka OKANO,鳥形 啓輔,Keisuke TORIGATA,亀山 雅司,Masashi KAMEYAMA,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI