テンパービード溶接におけるビード形状・温度分布の 予測シミュレーションモデル

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カテゴリ: 第10回
1.緒言
近年,加圧水型原子炉配管溶接部において応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking : SCC)が顕在化しており,構造健全性の観点から問題となっている[1].SCC に対する補修方法の一つとしてテンパービード溶接が提案されている.テンパービード溶接は熱履歴を適切に制御することで,下層の溶接熱影響部(Heat Affected Zone : HAZ)の組織を改善することができる上,通常の補修溶接後に行われる溶接後熱処理(Post Weld Heat Treatment : PWHT)が不要な溶接方法である[2][3].テンパービード溶接の施工前には, 適正な溶接条件の選定のために確性試験により溶接部の組織の評価が行われるが,確性試験に時間がかかることが設備稼働率を低下させる要因となっている.このことから,より効率的かつ高信頼性な評価手法の確立が望まれており,数値シミュレーションはその評価手法の一つとして期待されている. 数値シミュレーションによるテンパービード溶接部の評価を行うためには,溶接条件を基に溶接部の組織を「予測」できることが望ましい.テンパービード溶接部の組織や硬さなどの特性は溶接熱サイクルに起因することから,正確な温度場シミュレーション手法が構築されれば, より高精度なテンパービード溶接部特性の予測・評価が可能となることが期待される.しかし,現状では溶接条件から解析上のパラメータを必ずしも一意的に決定できるわけではなく,シミュレーション実施者が任意に設定せざるを得ないパラメータも存在する.このような任意性が数値シミュレーションを用いた予測を困難にしており,パラメータの設定方法の確立が望まれる. そこで本研究では,テンパービード溶接における温度分布の予測手法構築を目的として,ビード形状計算と熱伝導計算を連成させたシミュレーションを構築し,溶接条件に対応した解析パラメータの設定手法について検討した.また,本シミュレーションモデルの有用性を確認するために,温度分布・ビード形状に関して実験結果との比較を行った.
2.テンパービード溶接のシミュレーションモデル テンパービード溶接は多層肉盛溶接であることから, 溶接中のビード形成過程や既存ビードの形状によって温度場に影響を及ぼすことが考えられる.そこで本研究では,ビード形状の変化を考慮した温度場シミュレーション手法を構築した.本手法では,Fig. 1 に示すように,タイムステップごとに式(1)の熱伝導計算と式(2)のビード形状計算を連成させて計算を進める. Fig. 1 Flow of numerical calculation. 熱伝導計算においては,アークからの熱量を基に,式(1) に示す熱伝導方程式を解くことで温度場を求める. . ρ ∂H ∂t == ∂ ∂x K ∂T ∂x . . . .. + ∂ ∂y K ∂T ∂y . . . .. + ∂ ∂z K ∂T ∂z . . . .. (1) ただし,ρ : 密度 [kg/mm3], H : エンタルピー [J/kg], K : 熱伝導率 [W/mmK], T : 温度 [K],である. ビード形状計算においては,ビードが形成される領域内において,母材に供給されるワイヤ量,アーク圧力を基に,式(2)に示す力の釣り合い方程式[4]を解くことで,要素の追加・削除を伴いながらビードを形成する. . σ 1 + φy( 2 )φxx . 2φxφyφxy + 1 + φx( 2)φyy 1 + φx2 + φy( 2 )3 / 2 .  . . . . . . . . == ρgφ + P . λ (2) ただし,g: 重力加速度 [mm2/s],φ:表面変位 [mm],P : アーク圧力 [Pa],λ : ラグランジュ乗数,σ : 表面張力 [N/m], である. 3.数値解析パラメータの検討 本モデルが予測・評価手法として有用であるかどうかを検討するために,溶接条件に対応した解析パラメータの設定手法を提案した後,温度分布およびビード形状について解析結果と実験結果との比較・考察を行った. 3.1 実験要領 テンパービード溶接実験では,母材に低合金鋼であるA533B 鋼,溶接ワイヤにニッケル基合金である690 合金を用いた.これらの化学組成をTable 1 に示す.試験体の寸法はFig. 2 に示す通りであり,試験体中央部に3 層12 パスのテンパービード溶接を施工した.各パスにおける溶接条件をTable 2 に示す.溶接後にはビード形状および溶融池形状,Ac1点に達する最高到達温度分布の断面マクロ観察を行った.また,A533B鋼におけるAc1温度は670°C, Ac3温度は837°C である. Fig. 2 Configuration of plate to be welded. Table 1 Chemical compositions of materials used (mass%). Table 2 Welding conditions. 3.2 解析パラメータの設定手法 3.2.1 解析対象および材料特性 解析対象となる平板の寸法はFig. 2 の試験体と同様であり,要素の最小サイズは溶接線方向に1.0 mm,板幅方向および板厚方向に0.5 mmである.材料特性に関しては, 密度を8.0×10-6 [kg/mm3],表面張力を1.0 [N/m],重力加速度を9.8 [m/s2]とした.熱伝導率と比熱はFig. 3 に示すように材料ごとに温度依存性を有している. 010203040506070800 500 1000 1500 A533B Alloy 690 Temperature, T (oC) Thermal conductivity, λ (×10-3 W/mmK) (a) Thermal conductivity 02004006008001000120014000 500 1000 1500 A533B Alloy 690 Specific heat, c (J/Kg K) Temperature, T (oC) (b) Specific heat Fig. 3 Material properties used in numerical analysis. 3.2.2 ワイヤ供給量 ビード形状計算において形成されるビードの総量を決定するパラメータとしてワイヤ供給量Vw [mm3/s]を用いる.これは,溶接条件におけるワイヤ送給量VMr [cm/min] とワイヤ径D [mm]を用いて,式(3)により求めることができる.各パスにおけるワイヤ供給量の計算結果をTable 3 に示す. . Vw = πVMr D2 ( )2 -3Table 3 Calculated supply rates of deposited metal. 3.2.3 ビード表面計算領域 ビード形状計算では,指定した領域内で計算が行われる.その領域をビード表面計算領域とし,半径Rv [mm]の円内においてビード計算を行うものとする.ビードが形成される領域を決定するこのパラメータはビード幅と対応するため,溶接条件に対応したビード幅に基づいてビード表面計算領域を決定する. 溶接条件とビード幅の関係については溶接熱伝導論に基づいて導出する.Fig. 4 に示すように,板厚断面における熱源近傍の温度上昇を考える.このとき,溶融温度(T=Tm)を超えた領域を溶込みとすると,母材の溶融温度における等温度曲線の幅の大きさがビード幅b となる. Fig. 4 Temperature rise in cross section. ここで,移動点熱源の温度上昇式を考える.X=.vx/2k, Y=.vy/2k,Z=.vz/2k,R=X2+Y2+Z2 の無次元化変数を用いると,熱源直下(x=0)における板厚断面の温度上昇式は式(4)で与えられる. . T = (q /2πρck) . (v /2k) . (exp(.R) /R) (4) ただし,T : 温度[K],q : 単位時間当たりの入熱[J/s], c : 比熱[J/kgK],ρ : 密度[kg/mm3],k : 熱拡散率[mm2/s], である.ここで,exp(-R)/R.Rnと近似して整理すると, . r = (q.1/ nv.(n +1) / n ) . (1/2πρckT ).1/ n . (1/2k).1/ n (5) となる.r は熱源中心からある温度に達するまでの距離( . r = y2 + z 2 )である.ビード幅bとrの間には b=2r の関係が成り立つ.ここで,渡辺・佐藤[5]による溶接条件と溶込み形状の関係式b/h∝I/h√vh (h : 板厚)を参考にn=-1.5 とし,式(5)をビード幅で表すと式(6)のよう になる. . b = 2 . ( 2k /2πρckT )2 / 3 . (q / v )2 / 3 -6式(6)より,ビード幅b と,入熱量q と溶接速度v から成る溶接条件の関係を定式化することができた.余盛や熱源分布の影響を考慮していない溶接熱伝導論により導出された本手法がテンパービード溶接に適用できるかどうか検討するために,Table 4 に示す溶接条件下で1 パスの肉盛溶接を行い,ビード幅を測定した.測定結果と溶接条件の関係をFig. 5 に示す.なお,図中の入熱量q は後述の溶接アークプラズマの数値解析を基に求めた.これを見ると,肉盛溶接においても,ビード幅は溶接条件に基づくパラメータに対して比例関係が見られる.以上から,本数値シミュレーションにおけるビード表面計算領域は溶接熱伝導論に基づいて導出した式(6)を基に決定した. 本研究では,1層の条件では,ビード表面計算領域Rv=4.5 [mm]とし,2 層・3 層の条件では,Rv=2.3 [mm] とした. 0 50 100 150 200 250 300 0246810121416Case 1 Case 2 Case 3 Case 4 Case 5 Case 6 (q/ √v )2/3 bead width, b [mm] Fig. 5 Relationship between bead width and welding condition. 3.2.4 入熱分布およびアーク圧力分布 テンパービード溶接における入熱分布とアーク圧力分布に関しては溶接アークプラズマの数値シミュレーション結果[6][7]を基に設定した.テンパービード溶接では溶接ワイヤを用いるのに対して,先行研究に基づく数値シミュレーションでは溶接ワイヤの影響を考慮していない.本研究では,入熱量およびアーク圧力は溶接ワイヤによる影響を受けないと仮定する.また,溶接ワイヤが保有する熱量は,溶滴の温度が2300 K であるという仮定[8]のもと算出した.Table 5 に母材に投与される熱量qplate,溶接ワイヤが保有する熱量qwire,およびその合計である総入熱量qtotalを示す.母材に投与される入熱分布およびアーク圧力分布をFig. 6 およびFig. 7 にそれぞれ示す. Table 5 Estimated weld heat input properties. 010203040500 2 4 6 8 10 I =120 (A) I =250 (A) Radius, R (mm) Power of heat input, q (W/mm2) Fig. 6 Distribution of weld heat input provided to welded plate. Table 4 Welding conditions for measuring bead width. 05001902/09/26150020000 1 2 3 4 5 I =120 (A) I =250 (A) Arc pressure, P (Pa) Radius, R (mm) Fig. 7 Distribution of arc pressure provided to welded plate. 4.温度分布およびビード形状の比較・考察 数値シミュレーションによって得られた1 層目および3 層目の最高到達温度分布およびビード表面形状を実験結果と合わせてFig. 8 に示す.1 層目のビード形状と溶融池形状に関して,実験結果では平らな形状となっているのに対して,計算結果では半円状の形状となっている.しかしながら,ビードの余盛高さ・幅を含めたビード形状やAc1 点の最高到達温度分布は実験結果と数値シミュレーション結果でよく一致しているといえる.溶接条件に対応した解析パラメータを設定することで,温度分布およびビード形状がよい一致を示したことから,本シミュレーションモデルは溶接条件からの予測という観点から有用であると考えられる. 今後,本シミュレーションモデルを用いてテンパービード溶接部の組織・硬さを効率的かつ高精度に予測できることが期待される. 5.結論 本研究では,テンパービード溶接における温度分布の予測・評価手法の確立という観点から,ビード表面形状計算と熱伝導計算を連成させたシミュレーションを構築し,溶接条件に対応した解析パラメータの設定手法について検討した.本モデルの有用性を検討するために温度分布およびビード形状に関して実験結果と解析結果の比較を行ったところ,溶融池形状を除き, 温度分布およびビード形状について実験結果とよい一致を示した.このことから,本モデルはテンパービード溶接における溶接部の組織や硬さをより正確に予測・評価できることが期待される. 参考文献 [1] 沖村浩司,堀展之,向井正行,増本光一郎,鴨和彦, 黒川政秋,“加圧水型原子炉(PWR)の長期安定運転を支える保全技術(応力腐食割れ対策技術)”,三菱重工技報,Vol. 43,No. 4,2006,pp. 41-44. [2] Pressure Equipment Industry Group,“Temper bead welding”,Welding Technology Institute of Australia, 2006,pp. 1-7. [3] A. S. Aloraier,,R. Ibrahim,P. Thomson,“FCAW process to avoid the use of post weld heat treatment”,International Journal of Pressure Vessels and Piping,Vol. 83,2006, pp. 394-398. [4] T. Yamamoto,T. Ohji,F. Miyasaka and Y. Tsuji, “Mathematical modeling of metal active gas arc welding”,Science and Technology of Welding and Joining,Vol. 7,2002,pp. 260-264. [5] T. Yamamoto,T. Ohji,F. Miyasaka and Y. Tsuji, “Mathematical modeling of metal active gas arc (a) Analytical result of first layer (b) Analytical result of third layer (c) Experimental result of first layer (d) Experimental result of third layer Fig. 8 Comparison of Ac1 line and weld bead shape between analytical and experimental results. welding”,Science and Technology of Welding and Joining,Vol. 7,2002,pp. 260-264. [6] M. Tanaka,H.Terasaki,M.Ushio and J. J. Lowke,“A unified numerical modeling of stationary tungsten-inert-gas welding progress ”, Metallurgical Materials Transactions A,Vol. 33A,2002,pp. 2043-2052. [7] H. G. Fan,Y. W. Shi,“Numerical simulation of the arc pressure in gas tungsten arc welding”,Journal of Materials Processing Technology,Vol. 61,1996,pp. 302-308. [8] 平田好則,“溶接アークプロセスの物理 [III] .電極ワイヤの溶融速度と温度分布”,溶接学会誌,Vol. 63, 1994,pp. 6-10. (平成25 年6 月21 日) “ “テンパービード溶接におけるビード形状・温度分布の 予測シミュレーションモデル “ “村上 寛企,Hiroki MURAKAMI,岡野 成威,Sigetaka OKANO,亀山 雅司,Masashi KAMEYAMA,瀬良 健彦,Takehiko SERA,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI“ “テンパービード溶接におけるビード形状・温度分布の 予測シミュレーションモデル “ “村上 寛企,Hiroki MURAKAMI,岡野 成威,Sigetaka OKANO,亀山 雅司,Masashi KAMEYAMA,瀬良 健彦,Takehiko SERA,望月 正人,Masahito MOCHIZUKI
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