逐次ファジィ・ニューラルネットワークによるポンプの精密異常診断

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カテゴリ: 第10回
1.は じ め に
設備診断を行うときには,計測した振動信号から設備の状態を表す特徴を抽出し,この特徴から設備の状態を判定する.コンピュータにより設備の状態を自動的に監視・診断する場合は,信号の特徴を示す指標を計算する必要がある.設備の状態を鋭敏に反映する指標を診断用「特徴パラメータ」という.診断用の良好な特徴パラメータが見つかれば,特徴パラメータの値の変化を監視することにより設備の状態がわかるため,コンピュータによる設備の自動監視・診断が可能になる(1)(2). 従来,回転機械診断用の特徴パラメータを計算するとき,時間領域と周波数領域の振動信号を用い,特に振動信号のスペクトルはよく異常種類の識別に用いられる. しかし,実際の診断のときには,異常の初期段階であったり,測定位置・測定手法等の影響により,測定した振動信号がノイズに強く汚染される.このような場合は, 異常状態を鋭敏に反映する診断用特徴パラメータと異常種類との間にあいまいな関係が生じてしまうので,異常の早期検出及び異常種類の判明は容易ではない. したがって,本報では,特徴パラメータとファジィ・ もし,実測信号に基づいて,異常の可能性や異常の程度などを示す可能性がわかれば,設備状態の診断に役立つと考える. したがって,本報では,特徴パラメータと逐次ファジィ・ニューラルネットワークによるポンプ設備の異常種類を精密に診断する方法を提案し,すなわち,線形補間型ニューラルネットワークをファジィ・ニューラルネットワークとして導入し,ファジィ・ニューラルネットワークの学習のために,特徴パラメータのラフ集合による教師データを獲得し,ポンプ設備における様々な程度のミスアライメント状態およびキャビテーション状態を逐次的に検出・診断する例で提案した諸手法の有効性を検証・確認する.
2.診断信号の計測
図1にポンプ性能・状態診断のための実験・計測システムを示す.ポンプの効率を求めるために,出入口の圧力,流量,モータ電圧・電流を計測し,ミスアライメント状態を診断するために,写真1に示すように軸継手の付近に鉛直,水平および軸方向の振動加速度を計測し, ポンプの異常を診断するために,写真2に示すように, 入口の配管方向と垂直方向,出口の鉛直方向と水平方向およびポンプ本体に5個の振動加速度センサを設置した. 第一報にも言及したが、本研究では、ポンプの異常状態における信号特徴を解明するために、写真1と写真2 のように多数のセンサーを設置して検討しているが、現場の実用上としては、巡回点検時あるいはオンライン監視時に重要な計測ポイント(ポンプ本体、軸継手、軸受箱など)に一個ずつ設置して計測・簡易診断を行い、異常を検出した後、必要に応じて測定個所を増やして精密診断を行えばよい(1)。 図2.性能・状態診断のための計測システム Fig. 1 Experiment and measurement system for condition diagnosis of pump system Photo. 1 Accelerometers near the coupling for measurements Photo.2 Accelerometers on the pump for measurements
3.時間領域及び周波数領域の特徴パラメータ
従来パターン認識の分野において特徴パラメータが多く定義されているが,本章ではポンプ設備のミスアライメント状態診断に使用される時間領域及び周波数領域の特徴パラメータを定義する. 3.1 時間領域の特徴パラメータ測定した離散の時系列データをxi (i .1~N)とする. 常用の有次元特徴パラメータは次に示す. まず,平均値1 N i i x x N . . . ,絶対平均値1| | | | N i i x x N . . . , 21( ) 1N i i x x N . . . . . . を定義しておく. P1:実効値211N i i x p N . . . P2:ピーク値(Np=10,10 個の絶対最大値の平均値) p Ni i p Nx p p.. . 1 2P3:歪度(絶対値) 313 3 ( ) N i i x x p . N . . . . P4:尖度 414 4 ( ) N i i x x p . N . . . . P5:波高率 5 2 1 p . p / p P6:極大値の歪度(絶対値) 316 3 ( ) N pi p i p x x p . N . . . . ここで, pi x はピーク値(極大値)であり, p x とp . はそれぞれピーク値(極大値)の平均値と標準偏差である. P7:極大値の尖度 417 4 ( ) N pi p i p x x p . N . . . . 3.2 周波数領域の特徴パラメータ周波数fiにおける第j番目のスペクトル成分をFj(fi)とし, i=1~I とする. まず,平均周波数1 1( ) ( ) I i i i I i i f F f f F f . . . . .. と標準偏差21( ) ( ) I i i i f f F f I . . . . . . を定義しておく. P8: 単位時間あたり時間平均をクロースする頻度41821( ) ( ) I i i i I i i i f F f p f F f .. . . . .. P9: 波形の安定指数21941 1 ( ) ( ) ( ) I i i i I I i i i i i f F f p F f f F f . . .. . . . . . P10:スペクトルの幾何平均101( ) I I i i p F f . . . P11: スペクトルの算数平均111( )/ I i i p Ff I . . . なお,特徴パラメータi p の値を以下のように整数化 i p して,診断に用いる. min max min int i i 0.5 i i i p p p p p N . . . . . . . . . . . . . . ここで, imax p と imin p はそれぞれi p の最大値と最小値,Nは' i p の最大値(整数)である. 4.識別指標 DI ある特徴パラメータを用いて2 状態の振動信号を識別する場合,2 状態の信号で求めたパラメータの確率密度分布が離れているほどパラメータの識別感度が高いといえる.パラメータの識別感度を定量的に評価するために, 次の識別指標(Discrimination Index : DI と呼ぶ)を定義する.特徴パラメータの識別感度を識別率0 P とすると, ( ) 1, 2,. 0 P . . f X dx i . Ri i (4.1) ただし, i f は状態i での特徴パラメータの確率密度関数である. 1 R は. . . . . . 1 2 0 2 ( ) R i R P f X dx f X dx (4.2) で決定される. f (X ) i を正規分布と仮定すると, (-.. 0 0..) R x , x i は -4.3により決定される. ただし, 1 2 1 2 . ,. ,. ,. はそれぞれ2状態の平均値, 標準偏差である.従って0 x は1 2 1 2 2 1 0 . . . . . . .. x . (4.4) となる.ここで,式(4.9)において, 002121 1 2222 2 1 exp ( ) 2 21 exp ( ) 2 2 x x x dx x dx . .. . . .. . . .. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2211. . . . . . . z . x x (4.5) と置き換えると,識別率0 P は -4.6となる.ここでDI は識別指標と呼ばれ, 22211 2 . . . . . . DI . (4.7) と定義される. DI 値は,2 状態で求めた特徴パラメータの確率密度分布の「距離」を表す指標であり,その値が大きいほど2 つの分布が離れていることになる.なお「DI . 1.65」 で,識別に十分な95 %以上の識別率が得られ, 「DI . 2.5」で99.9%以上の識別率が得られる. 5.統計情報フィルタ(3) 設備診断では測定信号に含まれる正常状態での信号はノイズと呼ばれ,異常状態の特徴を抽出するには無用な信号(ノイズ)であり,除去する必要がある. 統計情報フィルタは図3のように,スペクトルの統計検定によるノイズの除去を,識別指標DI を用いて簡易的に行う手法である. スペクトルの統計検定法は信号の分布に関係なく異常信号の検出ができ,またノイズ信号n(t)と異常信号s(t) との相関がある程度存在しても,統計的情報量による抽出信号の評価によりs(t)の抽出も可能な手法である. Fig. 2 Principle of statistical filter まず,設備正常時に測定した信号n(t)と,診断時に測 定した信号g(t)に対して,n(t)とg(t)の各スペクトル 成分についての統計解析(分布,平均および分散などの計算)を行う.次に両方のスペクトルの各成分について統計的な有意差検定によりノイズだけが存在する成分を識別する.それらのノイズ成分を0 にして,残る成分を近似的に異常信号のスペクトルと見なすと,逆フーリエ変換によって時間領域の異常波形が近似的に抽出される. 統計情報フィルタでは,この統計的な有意差検定を識別指標DI で簡易的に行うことができる.すなわち,スペクトルの各成分のDI 値が前もって設定した閾値より小さい周波数成分をノイズとみなして除去し,異常信号の周波数成分を抽出する. 以上のように統計フィルタにより異常信号を抽出した後,特徴パラメータを計算して診断に用いる. Fig. 4 Sequential fuzzy neural network for condition diagnosis of pump system 6.逐次ファジィ・ニューラルネットワークによる精密診断 ニューラルネットワークを用いて,ポンプ設備状態を. . . .2021 exp 2 21 exp 2 2DI DI P x dz x dz . . . . .. . . . . . . 診断のために計測した信号事前に計測した正常状態時の信号統計処理・情報理論による異常信号の識別・抽出抽出された異常信号(異常が発生した場合) 残りのノイズ信号状態判定や精密診断へp1p2p1 1 正常の度合(N) (特徴パラメータ) 異常の度合(UN) p1p2p11 ミスアライメントの度合(M) (特徴パラメータ) ミスアライメントでない度合(UM) p1p2p11 キャビテーションの度合(C) (特徴パラメータ) キャビテーションでない度合(UC) 第一段:正常か、異常かの診断第二段:ミスアライメントか否かの診断第三段:キャビテーションか否かの診断第四段:・・・ 精密に診断する場合,図4に示すように,多段ニューラルネットワークにより異常状態を逐次に特定できる. すなわち,第一段の診断において,正常か異常かの簡易診断を行い,第二段目以降は各異常種類を逐次に診断・特定する. Table 1 The case of 5Hz to 500Hz (a) 学習データp1 p2 p3 … p10 p11 N M 5 3 1 … 1 1 1 0 1 2 8 … 1 1 1 0 3 5 8 … 3 1 0 1 5 6 10 … 3 1 0 1 (b) 診断結果N M 判定0.985635 0.125689 N 0.983251 0.143861 N … … … 0.985269 0.014773 N 0.019099 0.980217 M 0.007746 0.991978 M … … … 0.00982 0.99025 M Table 2 The case of 400Hz to 5kHz (a) 学習データp1 p2 p3 … p10 p11 N M 5 1 8 … 1 2 1 0 1 2 9 … 3 2 1 0 1 1 1 … 1 2 0 1 2 1 4 … 2 2 0 1 (b) 診断結果N M 判定0.999067 0.001018 N 0.999028 0.001164 N … … … 0.999044 0.000956 N 0.00956 0.846381 M 0.000792 0.999208 M … … … 0.000968 0.998573 M 本報では,正常状態(N)とミスアライメント状態(M)との識別,正常状態(N)とキャビテーション状態(C)との識別の例を示す. (1) 正常状態(N)とミスアライメント状態(M)との識別軸回転数:1750rpm, 流量:3.75m3/h 軸芯ずれ程度:0.5 mm, 0.7mm, 1.0mm 使用信号:水平振動加速度信号処理の周波数帯域:5~500Hz, 400Hz~5kHz, 4kHz ~25kHz Table 3 The case of 4kHz to 25kHz (a) 学習データp1 p2 p3 … p10 p11 N M 5 7 1 … 9 1 1 0 3 8 1 … 10 1 1 0 10 10 3 … 7 10 0 1 10 10 2 … 7 6 0 1 (b) 診断結果N M 判定0.982019 0.014364 N 0.984591 0.075157 N … … … 0.986455 0.087496 N 0.022181 0.681836 M 0.010961 0.735977 M … … … 0.017839 0.721637 M (2) 正常状態(N)とキャビテーション状態(C)との識別軸回転数:3500rpm, 流量:11.3m3/h キャビテーション程度:小中大(5ケース)、なお、入口の弁を絞ることによってキャビテーション状態を発生させ、透明のパイプで泡の程度を観察するによってキャビテーション程度を判断した。使用信号:水平振動加速度信号処理の周波数帯域:5~500Hz, 400Hz~5kHz, 4kHz ~25kHz Table 4 The case of 5Hz to 500Hz (a) 学習データp1 p2 p3 … p10 p11 N C 6 3 3 … 8 1 1 0 1 1 5 … 8 1 1 0 2 4 4 … 9 1 0 1 7 2 4 … 8 1 0 1 (b) 診断結果N C 判定0.985635 0.005343 N 0.686627 0.558095 N … … … 0.998733 0.002576 N 0.088171 0.849631 C 0.013826 0.987114 C … … … 0.007684 0.99246 C Table 5 The case of 400Hz to 5kHz (a) 学習データp1 p2 p3 … p10 p11 N C 10 5 1 … 3 6 1 0 10 7 1 … 4 3 1 0 4 8 1 … 10 4 0 1 2 10 1 … 10 3 0 1 (b) 診断結果N C 判定0.998838 0.001148 N 0.998934 0.001047 N … … … 0.995019 0.002764 N 0.00083 0.99913 C 0.007586 0.973185 C … … … 0.001713 0.998211 C Table 6 The case of 4kHz to 25kHz (a) 学習データp1 p2 p3 … p10 p11 N C 10 10 1 … 10 10 1 0 8 8 9 … 4 8 1 0 4 10 2 … 10 6 0 1 4 10 2 … 10 8 0 1 (b) 診断結果N C 判定0.913813 0.218659 N 0.980743 0.016295 N … … … 0.79344 0.316129 N 0.000881 0.999097 C 0.01074 0.937522 C … … … 0.00156 0.998395 C 表1~表3の診断結果を見れば分かるように,正常状態とミスアライメント状態との識別率が100%に達している.また,5Hz~500Hz の周波数帯域の診断精度が他の周波数帯域より高いことも分かる.これはミスアライメント状態が低い周波数領域の構造系異常であることによるものだと考えられる. また、表4~表6は正常状態とキャビテーション状態との識別結果であるが,こちらは100%ではないが,どの周波数帯域においても85%以上の識別率を得ることが出来た.また,中周波帯域(400Hz~5kHz)において診断精度が良いことがわかる. 7.おわりに 本報では,稼動中のポンプの振動信号により機械的異常(ミスアライメントなど)および流体的異常(キャビテーション)を精密に診断するために,逐次ファジィ・ニューラルネットワークによる知的精密診断法について報告した.逐次ファジィ・ニューラルネットワークを用いれば,各種の異常状態は自動的に識別ができ,本報で示したミスアライメント状態とキャビテーション状態の識別例で報告した方法の有効性を検証した. 今後,さらに他の異常状態についても検討・検証し, 現場設備への実用化を目指す. 参考文献 (1) 陳山 鵬:回転機械設備診断の基礎と応用,三恵社出版, 2009.2(2) 陳山 鵬,三笘哲郎,里永憲昭,豊田利夫:時間領域の有・無次元特徴パラメータの統合による回転機械設備の状態診断法,日本設備管理学会誌,Vol.19,No.2,pp.56-65, 2007. (3) 豊田利夫,陳 鵬,溝田武人:スペクトルの統計的検定による故障信号の抽出、日本精密工学会誌、第58 巻,第6 号、pp.1041-1046(1992.6)
“ “逐次ファジィ・ニューラルネットワークによるポンプの精密異常診断 “ “神 豊,Yutaka JIN,薛 紅涛,Hongtao XUE,李 可,Ke LI,陳山 鵬,Ho JINYAMA,山村 尚広,Naohiro YAMAMURA,水津 明日香,Asuka SUIZU“ “逐次ファジィ・ニューラルネットワークによるポンプの精密異常診断 “ “神 豊,Yutaka JIN,薛 紅涛,Hongtao XUE,李 可,Ke LI,陳山 鵬,Ho JINYAMA,山村 尚広,Naohiro YAMAMURA,水津 明日香,Asuka SUIZU
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