理想化陽解法FEM を用いた実機多パス溶接継手の残留応力解析
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カテゴリ: 第11回
1.はじめに
原子力発電プラント等の鋼構造物は,板厚が20 mm 以上の厚板や配管が多く用いられている.近年,このような板厚が大きい部位の溶接部から応力腐食割れが発生する事象が報告されていることから,SCC の発生要因の一つである溶接残留応力分布を把握することが重要となっている.板厚が大きい部位の溶接は100 パス以上に及ぶ[1] ことがあるが,このような部位の溶接残留応力を把握するため,FEMによる熱弾塑性解析が行われる場合がある. これまでに溶接に関して行われているFEM解析は,静的陰解法を用いる場合が多く,一般に計算時間を短縮するために二次元でかつグルーピングにより実際のパス数より少ないモデルを用いる.しかし,溶接は移動熱源であり,グルーピング方法は確立されたものではないことから,三次元で全パスを解析できる手法が求められている. こうした中,柴原らが開発した理想化陽解法FEM[2], [3]は, 溶接力学問題の大規模・高速解析が可能であることから, 実機の100 パス以上の溶接継手に対して,三次元で全パスを解析できる可能性がある.そこで本研究では,実機形状を模擬した33パスから成る片側V開先の円筒溶接継手,および108 パスから成る両側X 開先の円筒溶接継手に対して,理想化陽解法FEMの有効性を検討した.
2.解析方法
2.1 理想化陽解法FEM の概要
一般に,溶接現象のような過渡現象を解析する場合, 慣性力が無視できる程度に小さいと見なし,静的陰解法を用いて熱弾塑性解析を行うことが多い.しかし,静的陰解法FEM は要素数の2~3 乗に比例して計算時間やメモリ消費量が増加するため,解析規模に制約がある.そこで柴原らは,静的陰解法FEMにおける溶接現象の温度変化に伴う各荷重ステップを動的な問題と捉え,計算時間とメモリ消費量を大幅に低減できる理想化陽解法FEM を開発した.理想化陽解法FEM とは,静的陰解法FEM における荷重ステップを動的陽解法FEM における時間ステップに分割し,各時間ステップにおいて動的陽解法FEMに基づき変位を計算する.そして,各荷重ステップにおいて,系全体の静的釣り合い状態が得られたときに次の荷重ステップに進むという手法である. 理想化陽解法の手順は①~③の通りである. ①:荷重増分を負荷し,その状態を保持する. ②:動的陽解法FEM の基礎式(1)に基づき,静的平衡状態に達するまで変位を計算する. ここで,[M],[C],[B],{σ}はそれぞれ質量マトリックス,減衰マトリックス,変位―ひずみ関係マトリックス,および応力ベクトルを示しており,{U}i ,{.}i , {U}i ,{F}iはそれぞれ,時刻t における加速度ベクト
- 114 -ル,速度ベクトル,変位ベクトル,および荷重ベクトルを示す. ③:静的平衡状態が得られた場合には,次の荷重ステップの計算に移るため,手順①に戻る. 以上,①~③をFig. 1 に計算手順の流れを示す. 2.2 片側V 開先円筒溶接継手の製作条件,および解析条件 Table 1 に溶接試験体製作時の溶接条件を示す.母材はSUS304TP,溶接ワイヤはY308L を用いてティグ溶接で Table 1 Welding conditions for V groove model. 13 層33 パスから成る板厚25 mm,外径305 mm,長さ500mm の周溶接継手を製作した.Fig. 2 に製作した溶接試験体の外観写真を示す.そして,解析においては試験体製作時と同じ溶接条件で行い,熱効率は0.8とした. Fig. 3 に解析モデルを示す.なお,解析においては,高温材料特性データ集[4]の材料物性値を使用し,硬化則は等方硬化則,移動硬化則,および複合硬化則の三種類を用いた. Fig. 2 Appearance of butt welded stainless steel pipe. Fig. 3 Analysis model of V groove multi-pass welding. (a) Overall model. z y x Welding torch . 1,029,240 nodes . 1,005,210 elements . 3,087,714 dof 2 3 4 5 6 8 7 9 10 11 12114171315 16 18 19 20 22 21 23 24 26 25 27 29 28 30 31 32 33 A’ A Base metal Base metal z yx (b) Zoomed view of welding part. Layer Pass Current (A) Voltage (V) Speed (mm/sec) Heat efficiency 1 1 130.0 10.0 2.00 0.8 2 2~3 135.0 9.7 1.67 0.8 3 4~5 170.0 10.0 1.50 0.8 4 6~8 170.0 10.0 1.50 0.8 5 9~11 170.0 10.0 1.50 0.8 6 12~14 170.0 10.0 1.50 0.8 7 15~18 170.0 10.0 1.50 0.8 8 19~22 170.0 10.0 1.50 0.8 9 23~26 170.0 10.0 1.50 0.8 10 27~29 170.0 10.0 1.50 0.8 11 30~33 170.0 10.0 1.50 0.8 Fig. 1 Computing flow of idealized explicit FEM. - 115 -ここで,製作した溶接試験体の溶接金属中央部における板厚方向の軸方向および周方向の残留応力について, DHD 法およびiDHD 法[5]を用いて測定した.DHD 法は, 計測対象の試験片に対して切削により参照孔を設け,参照孔の周辺の領域を放電加工により切り抜き,切り抜き後の参照孔の径の変化を計測することで残留応力を測定する手法である.また,iDHD 法は,DHD 法に対して段階的にひずみを解放させて改良を図った手法である. 2.3 両側X 開先円筒溶接継手の製作条件,および解析条件 両側X 開先円筒溶接継手は,加圧水型原子炉の蒸気発生器入口管台溶接部(板厚74 mm,外径883 mm)を対象とした.母材はSUSF316 とSUS308 で内面をクラッドしたSFVQ1A として,SFVQ1A の開先面に被覆アーク溶接でAlloy132 をバタリングした後,SUSF316 と被覆アーク溶接でAlloy132 を突合せ溶接したモデルを用いた.なお, Alloy132 のバタリング後は溶接後熱処理(PWHT)を施すことから,突合せ溶接時のみで発生する残留応力を解析した.Table 2 に解析条件を,Fig. 4 に解析モデルを示す. Table 1 Welding conditions for X groove model. Fig. 4(b)に示すように,グループ番号1 から6 の順番で振分け溶接を行い,23 層108 パスから成るモデルを用いた. なお,同一層内においては,SFVQ1A からSUSF316 に向けてパスを置いている.また,グルーピングモデルにおいてはFig. 5 に示すようにグループ内の各層のすべてのパスを一つにまとめて移動熱源を用いて入熱した.内面と外面の最終層に関してはグルーピングを行わず,各々のパスに対して加熱を行う.以上のグルーピングを行うことで,入熱領域数は38 となり,全パスを計算する場合の1/3 であるため,計算時間の短縮になる.なお,グルー Fig. 4 Analysis model of X groove multi-pass welding. Fig. 5 Welding pass sequence of grouping model. Group Layer Pass Current (A) Voltage (V) Speed (mm/sec) Heat efficiency 11 1~3 120.0 27.0 3.17 0.7 2 4~6 120.0 27.0 3.17 0.7 23 7~8 120.0 27.0 3.17 0.7 4 9~11 120.0 27.0 3.17 0.7 5 12~14 120.0 27.0 3.17 0.7 36 15~18 120.0 27.0 3.17 0.7 7 19~22 120.0 27.0 3.17 0.7 8 23~27 120.0 27.0 3.17 0.7 49 28~30 120.0 27.0 3.17 0.7 10 31~34 120.0 27.0 3.17 0.7 11 35~39 120.0 27.0 3.17 0.7 12 40~44 120.0 27.0 3.17 0.7 513 45~48 130.0 27.0 3.17 0.7 14 49~53 125.0 27.0 3.17 0.7 15 54~57 125.0 27.0 3.17 0.7 16 58~62 130.0 27.0 3.17 0.7 17 63~67 130.0 27.0 3.17 0.7 18 68~75 120.0 27.0 3.17 0.7 619 76~81 125.0 27.0 3.17 0.7 20 82~87 125.0 27.0 3.17 0.7 21 88~92 125.0 27.0 3.17 0.7 22 93~99 125.0 27.0 3.17 0.7 23 100~108 120.0 27.0 3.17 0.7 (a) Overall model. (b) Zoomed view of welding part. ~ Group number ~ Pass number Base metal 1 (SUSF316) z yx Base metal 2 (SFVQ1A) Cladding (SUS308) Weld metal (ALLOY132) 1231900/01/031900/01/046AA’ 1 6 z = 0.0 1479121915232831354045495458636876828893100 108 751 108 z y x Welding torch . 1,125,360 nodes . 1,078,920 elements . 3,376,074 dof z yx 123456789101112131415161718 19 20 21 22 23 24 25 2627282930 31 32 33 34 35 36 37 38 1899/12/31231900/01/0356~ Group sequence ~ Pass sequence 1 6 1 38 - 116 -ピングされたパスの入熱量は,まとめられた各パスの入熱量の総和とし,溶接速度は全パス溶接モデルと同じ値を使用した.さらに,パスの順序が残留応力分布に及ぼす影響を把握するため,各層内のパス順序をSUSF316L からSFVQ1A に向けた場合についても解析を行った. なお,解析においては,高温材料特性データ集[4]の材料物性値を使用し,硬化則は複合硬化則を用いた.また, 解析結果を固有ひずみ法による測定結果[1]と比較した. 3.解析結果 3.1 片側V 開先円筒溶接継手の三次元解析結果 Fig. 6 に溶接金属中央部であるA-A’線上の各加工硬化則を用いたときの軸方向の残留応力分布を示す.等方硬化則を用いた解析結果は,測定値と比較して,残留応力が少し高い傾向を示すが,測定結果と解析結果は定量的 Fig. 6 Comparison of distribution of residual stress in axial direction σz on cross section at 90 degree from start point of welding. Fig. 7 Comparison of distribution of residual stress in hoop direction σθ on cross section at 90 degree from start point of welding. に良く一致している.Fig. 7 に周方向の残留応力分布を示す.いずれの硬化則を用いた場合でも応力分布の傾向, 値ともに測定値と比較的良く一致している. なお,本解析に要した時間は等方硬化,複合硬化,移動硬化のいずれの場合においても約70 時間であり,理想化陽解法FEM を用いることで,100 万要素を超える大規模構造の多層溶接時における残留応力分布を高精度に予測可能であることを示した. 3.2 両側X 開先円筒溶接継手の三次元解析結果 Fig. 8 に溶接開始位置から180°位置の突合せ溶接金属中央部(Fig. 8 中のA-A’線上)における残留応力分布を示す.実線は全パス溶接モデルにおけるσz (軸方向成分) 残留応力分布およびσθ (周方向成分)残留応力分布,破線はグルーピングモデルにおけるσz (軸方向成分)残留応力分布およびσθ (周方向成分)残留応力分布を示している. また,□印および△印はそれぞれ軸方向および周方向の残留応力の測定値を示している.全パス溶接の残留応力分布は測定結果と良好に一致している.しかし,グルーピングでは全パス溶接と比較して明らかに異なる残留応力分布を示しており,測定値と良好な一致は見られなかった.したがって,本研究で行ったグルーピング条件は残留応力分布を予測する上では不適切と考えられ,グルーピング条件は測定値や詳細な解析結果を基にして決定する必要がある. 以上より,全パス溶接モデルを用いた残留応力解析結果とグルーピングモデルを用いた残留応力解析結果では残留応力分布に大きな差異が見られたことから,全パス溶接モデルの必要性が示唆された.なお,全パス溶接モデルとグルーピングモデルの解析に要した計算時間はそれぞれ約240 時間および約100 時間であった. Fig.8 Effect of analysis model on residual stress distribution in butt weld metal (along line A-A’). -600-400-20002004006000.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 iDHD DHD isotropic combined kinematic Axial stress (MPa) Distance from outer surface (mm) A A’ A’ A z y x -600-400-20002004006000.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 iDHD DHD isotropic combined kinematic Hoop stress (MPa) Distance from outer surface (mm) A A’ A’ A z y x -800-600-4001899/06/130200400600-3.0 7.0 17.0 27.0 37.0 47.0 57.0 67.0 77.0 Stress (MPa) Distance from inner surface (mm) y A A’ z x σz σθ Experiment Full pass Grouping A A’ - 117 -Fig. 9 に溶接開始位置から180°位置の突合せ溶接金属中央部(Fig. 9 中のA-A’線上)における各層の積層方向を逆にしたときの残留応力分布を示す.実線はそれぞれ全パス溶接モデルのσz (軸方向成分)残留応力分布およびσθ (周方向成分)残留応力分布を示し,破線はそれぞれ逆積層方向モデルにおけるσz (軸方向成分)残留応力分布およびσθ (周方向成分)残留応力分布を示している.σz (軸方向成分)残留応力およびσθ (周方向成分)残留応力のいずれにおいても,全パス溶接モデルと逆積層方向モデルは非常に近い残留応力分布になっていることから,同一層内における積層方向が残留応力分布に及ぼす影響は小さいことが分かった.このように,理想化陽解法FEMを用いた解析により,溶接施工条件が残留応力分布に及ぼす影響を事前に把握することができるため,溶接施工要領等を作成する上で有効な情報が得られるものと考えられる. Fig. 9 Comparison of residual stress distribution between full pass model and reversed in-layer sequence model along line A-A’. 以上より,原子力発電プラントの機器を模擬した33 パス,および108 パスを有する溶接継手において,理想化陽解法FEM を用いて三次元で,かつ全パスを計算して残留応力を導出することができた.そして,DHD 法や固有ひずみ法による測定値と比較したところ,残留応力分布に良好な一致が見られたことから,理想化陽解法FEM は実機の残留応力を予測する上で有効な手法である. 4.まとめ 本研究では,実機の溶接構造物を模擬した片側V開先および両側X 開先の円筒多パス溶接継手について,三次元移動熱源を考慮した残留応力解析に理想化陽解法FEM を適用し,加工硬化則,グルーピングおよび溶接順序が残留応力分布に与える影響について検討した.以下に得られた結果をまとめる. 1) 理想化陽解法FEM を用いることで,従来手法では解析が極めて困難であった3,087,714 自由度の13 層33 パスの片側V開先円筒多層溶接継手および,3,376,074 自由度の23層108 パスのX開先円筒多層溶接継手の残留応力問題を,それぞれ約70 時間,約240 時間という実用可能な計算時間で解析することができた. 2) 片側V開先円筒多層溶接の残留応力問題に対して,等方硬化則,移動硬化則,複合硬化則を用いた解析を行い,残留応力分布に関してDHD 法およびiDHD 法による実験計測結果と比較した結果,実験結果と解析結果は定量的に良く一致していた. 3) X 開先円筒多層溶接を対象に,実施工の溶接順序を再現した解析と溶接パスのグルーピングを用いた解析を行い,残留応力に関して固有ひずみ法による測定結果と比較した結果,実施工の溶接順序を再現した解析では測定結果と良い一致が得られたが,グルーピングを使用した解析は測定結果と異なる傾向となることがわかった.このことは,グルーピングを用いる際は,モデル化に関して事前に十分検討する必要があることを示唆している. 4) X 開先円筒多層溶接を対象に,残留応力に及ぼす層内の積層方向に関して検討を行った結果,残留応力分布に及ぼす層内の積層順序の影響は小さいことがわかった. 参考文献 [1] Itaru Muroya, Youichi Iwamoto, Naoki Ogawa, Kiminobu Hojo and Kazuo Ogawa: Residual Stress Evaluation of Dissimilar Weld Joint Using Reactor Vessel Outlet Nozzle Mock-up Model (Report-1), Proceeding of PVP 2008, PVP2008-61829. [2] 柴原正和、生島一樹、伊藤真介、正岡孝治、“動的陽解法FEM を基にした大規模構造のための溶接過渡変形・応力解析手法の提案”、溶接学会論文集、Vol.29、 No.1、2011、pp.1-9. [3] 生島一樹、伊藤真介、柴原正和、“GPU を用いた並列化理想化陽解法FEM の開発”、溶接学会論文集、Vol.31、 No.1、2013、pp.25-32. [4] 独立行政法人原子力安全基盤機構、“複雑形状部機器配管健全性実証(IAF)事業原子炉圧力容器の異材溶接部に関する高温材料特性データ集”、JNES -800-600-400-2000200400600-3.0 7.0 17.0 27.0 37.0 47.0 57.0 67.0 77.0 Stress (MPa) Distance from inner surface (mm) y A A’ z x σz σθ Full pass model Reversed in-layer sequence model A A’- 118 -Re-Report Series、2012. [5] A.H.Mahmoudi, S.Hossain, C.E.Truman, D.J.Smith and M.J.Pavier, A New Procedure to Measure Near Yield Residual Stresses Using the Deep Hole Drilling Technique, Experimental Mechanics, 49, 2009, pp.595-604. - 119 -
“ “理想化陽解法FEM を用いた実機多パス溶接継手の残留応力解析 “ “西川 聡,Satoru NISHIKAWA,生島 一樹,Kazuki IKUSHIMA,柴原 正和,Masakazu SHIBAHARA
原子力発電プラント等の鋼構造物は,板厚が20 mm 以上の厚板や配管が多く用いられている.近年,このような板厚が大きい部位の溶接部から応力腐食割れが発生する事象が報告されていることから,SCC の発生要因の一つである溶接残留応力分布を把握することが重要となっている.板厚が大きい部位の溶接は100 パス以上に及ぶ[1] ことがあるが,このような部位の溶接残留応力を把握するため,FEMによる熱弾塑性解析が行われる場合がある. これまでに溶接に関して行われているFEM解析は,静的陰解法を用いる場合が多く,一般に計算時間を短縮するために二次元でかつグルーピングにより実際のパス数より少ないモデルを用いる.しかし,溶接は移動熱源であり,グルーピング方法は確立されたものではないことから,三次元で全パスを解析できる手法が求められている. こうした中,柴原らが開発した理想化陽解法FEM[2], [3]は, 溶接力学問題の大規模・高速解析が可能であることから, 実機の100 パス以上の溶接継手に対して,三次元で全パスを解析できる可能性がある.そこで本研究では,実機形状を模擬した33パスから成る片側V開先の円筒溶接継手,および108 パスから成る両側X 開先の円筒溶接継手に対して,理想化陽解法FEMの有効性を検討した.
2.解析方法
2.1 理想化陽解法FEM の概要
一般に,溶接現象のような過渡現象を解析する場合, 慣性力が無視できる程度に小さいと見なし,静的陰解法を用いて熱弾塑性解析を行うことが多い.しかし,静的陰解法FEM は要素数の2~3 乗に比例して計算時間やメモリ消費量が増加するため,解析規模に制約がある.そこで柴原らは,静的陰解法FEMにおける溶接現象の温度変化に伴う各荷重ステップを動的な問題と捉え,計算時間とメモリ消費量を大幅に低減できる理想化陽解法FEM を開発した.理想化陽解法FEM とは,静的陰解法FEM における荷重ステップを動的陽解法FEM における時間ステップに分割し,各時間ステップにおいて動的陽解法FEMに基づき変位を計算する.そして,各荷重ステップにおいて,系全体の静的釣り合い状態が得られたときに次の荷重ステップに進むという手法である. 理想化陽解法の手順は①~③の通りである. ①:荷重増分を負荷し,その状態を保持する. ②:動的陽解法FEM の基礎式(1)に基づき,静的平衡状態に達するまで変位を計算する. ここで,[M],[C],[B],{σ}はそれぞれ質量マトリックス,減衰マトリックス,変位―ひずみ関係マトリックス,および応力ベクトルを示しており,{U}i ,{.}i , {U}i ,{F}iはそれぞれ,時刻t における加速度ベクト
- 114 -ル,速度ベクトル,変位ベクトル,および荷重ベクトルを示す. ③:静的平衡状態が得られた場合には,次の荷重ステップの計算に移るため,手順①に戻る. 以上,①~③をFig. 1 に計算手順の流れを示す. 2.2 片側V 開先円筒溶接継手の製作条件,および解析条件 Table 1 に溶接試験体製作時の溶接条件を示す.母材はSUS304TP,溶接ワイヤはY308L を用いてティグ溶接で Table 1 Welding conditions for V groove model. 13 層33 パスから成る板厚25 mm,外径305 mm,長さ500mm の周溶接継手を製作した.Fig. 2 に製作した溶接試験体の外観写真を示す.そして,解析においては試験体製作時と同じ溶接条件で行い,熱効率は0.8とした. Fig. 3 に解析モデルを示す.なお,解析においては,高温材料特性データ集[4]の材料物性値を使用し,硬化則は等方硬化則,移動硬化則,および複合硬化則の三種類を用いた. Fig. 2 Appearance of butt welded stainless steel pipe. Fig. 3 Analysis model of V groove multi-pass welding. (a) Overall model. z y x Welding torch . 1,029,240 nodes . 1,005,210 elements . 3,087,714 dof 2 3 4 5 6 8 7 9 10 11 12114171315 16 18 19 20 22 21 23 24 26 25 27 29 28 30 31 32 33 A’ A Base metal Base metal z yx (b) Zoomed view of welding part. Layer Pass Current (A) Voltage (V) Speed (mm/sec) Heat efficiency 1 1 130.0 10.0 2.00 0.8 2 2~3 135.0 9.7 1.67 0.8 3 4~5 170.0 10.0 1.50 0.8 4 6~8 170.0 10.0 1.50 0.8 5 9~11 170.0 10.0 1.50 0.8 6 12~14 170.0 10.0 1.50 0.8 7 15~18 170.0 10.0 1.50 0.8 8 19~22 170.0 10.0 1.50 0.8 9 23~26 170.0 10.0 1.50 0.8 10 27~29 170.0 10.0 1.50 0.8 11 30~33 170.0 10.0 1.50 0.8 Fig. 1 Computing flow of idealized explicit FEM. - 115 -ここで,製作した溶接試験体の溶接金属中央部における板厚方向の軸方向および周方向の残留応力について, DHD 法およびiDHD 法[5]を用いて測定した.DHD 法は, 計測対象の試験片に対して切削により参照孔を設け,参照孔の周辺の領域を放電加工により切り抜き,切り抜き後の参照孔の径の変化を計測することで残留応力を測定する手法である.また,iDHD 法は,DHD 法に対して段階的にひずみを解放させて改良を図った手法である. 2.3 両側X 開先円筒溶接継手の製作条件,および解析条件 両側X 開先円筒溶接継手は,加圧水型原子炉の蒸気発生器入口管台溶接部(板厚74 mm,外径883 mm)を対象とした.母材はSUSF316 とSUS308 で内面をクラッドしたSFVQ1A として,SFVQ1A の開先面に被覆アーク溶接でAlloy132 をバタリングした後,SUSF316 と被覆アーク溶接でAlloy132 を突合せ溶接したモデルを用いた.なお, Alloy132 のバタリング後は溶接後熱処理(PWHT)を施すことから,突合せ溶接時のみで発生する残留応力を解析した.Table 2 に解析条件を,Fig. 4 に解析モデルを示す. Table 1 Welding conditions for X groove model. Fig. 4(b)に示すように,グループ番号1 から6 の順番で振分け溶接を行い,23 層108 パスから成るモデルを用いた. なお,同一層内においては,SFVQ1A からSUSF316 に向けてパスを置いている.また,グルーピングモデルにおいてはFig. 5 に示すようにグループ内の各層のすべてのパスを一つにまとめて移動熱源を用いて入熱した.内面と外面の最終層に関してはグルーピングを行わず,各々のパスに対して加熱を行う.以上のグルーピングを行うことで,入熱領域数は38 となり,全パスを計算する場合の1/3 であるため,計算時間の短縮になる.なお,グルー Fig. 4 Analysis model of X groove multi-pass welding. Fig. 5 Welding pass sequence of grouping model. Group Layer Pass Current (A) Voltage (V) Speed (mm/sec) Heat efficiency 11 1~3 120.0 27.0 3.17 0.7 2 4~6 120.0 27.0 3.17 0.7 23 7~8 120.0 27.0 3.17 0.7 4 9~11 120.0 27.0 3.17 0.7 5 12~14 120.0 27.0 3.17 0.7 36 15~18 120.0 27.0 3.17 0.7 7 19~22 120.0 27.0 3.17 0.7 8 23~27 120.0 27.0 3.17 0.7 49 28~30 120.0 27.0 3.17 0.7 10 31~34 120.0 27.0 3.17 0.7 11 35~39 120.0 27.0 3.17 0.7 12 40~44 120.0 27.0 3.17 0.7 513 45~48 130.0 27.0 3.17 0.7 14 49~53 125.0 27.0 3.17 0.7 15 54~57 125.0 27.0 3.17 0.7 16 58~62 130.0 27.0 3.17 0.7 17 63~67 130.0 27.0 3.17 0.7 18 68~75 120.0 27.0 3.17 0.7 619 76~81 125.0 27.0 3.17 0.7 20 82~87 125.0 27.0 3.17 0.7 21 88~92 125.0 27.0 3.17 0.7 22 93~99 125.0 27.0 3.17 0.7 23 100~108 120.0 27.0 3.17 0.7 (a) Overall model. (b) Zoomed view of welding part. ~ Group number ~ Pass number Base metal 1 (SUSF316) z yx Base metal 2 (SFVQ1A) Cladding (SUS308) Weld metal (ALLOY132) 1231900/01/031900/01/046AA’ 1 6 z = 0.0 1479121915232831354045495458636876828893100 108 751 108 z y x Welding torch . 1,125,360 nodes . 1,078,920 elements . 3,376,074 dof z yx 123456789101112131415161718 19 20 21 22 23 24 25 2627282930 31 32 33 34 35 36 37 38 1899/12/31231900/01/0356~ Group sequence ~ Pass sequence 1 6 1 38 - 116 -ピングされたパスの入熱量は,まとめられた各パスの入熱量の総和とし,溶接速度は全パス溶接モデルと同じ値を使用した.さらに,パスの順序が残留応力分布に及ぼす影響を把握するため,各層内のパス順序をSUSF316L からSFVQ1A に向けた場合についても解析を行った. なお,解析においては,高温材料特性データ集[4]の材料物性値を使用し,硬化則は複合硬化則を用いた.また, 解析結果を固有ひずみ法による測定結果[1]と比較した. 3.解析結果 3.1 片側V 開先円筒溶接継手の三次元解析結果 Fig. 6 に溶接金属中央部であるA-A’線上の各加工硬化則を用いたときの軸方向の残留応力分布を示す.等方硬化則を用いた解析結果は,測定値と比較して,残留応力が少し高い傾向を示すが,測定結果と解析結果は定量的 Fig. 6 Comparison of distribution of residual stress in axial direction σz on cross section at 90 degree from start point of welding. Fig. 7 Comparison of distribution of residual stress in hoop direction σθ on cross section at 90 degree from start point of welding. に良く一致している.Fig. 7 に周方向の残留応力分布を示す.いずれの硬化則を用いた場合でも応力分布の傾向, 値ともに測定値と比較的良く一致している. なお,本解析に要した時間は等方硬化,複合硬化,移動硬化のいずれの場合においても約70 時間であり,理想化陽解法FEM を用いることで,100 万要素を超える大規模構造の多層溶接時における残留応力分布を高精度に予測可能であることを示した. 3.2 両側X 開先円筒溶接継手の三次元解析結果 Fig. 8 に溶接開始位置から180°位置の突合せ溶接金属中央部(Fig. 8 中のA-A’線上)における残留応力分布を示す.実線は全パス溶接モデルにおけるσz (軸方向成分) 残留応力分布およびσθ (周方向成分)残留応力分布,破線はグルーピングモデルにおけるσz (軸方向成分)残留応力分布およびσθ (周方向成分)残留応力分布を示している. また,□印および△印はそれぞれ軸方向および周方向の残留応力の測定値を示している.全パス溶接の残留応力分布は測定結果と良好に一致している.しかし,グルーピングでは全パス溶接と比較して明らかに異なる残留応力分布を示しており,測定値と良好な一致は見られなかった.したがって,本研究で行ったグルーピング条件は残留応力分布を予測する上では不適切と考えられ,グルーピング条件は測定値や詳細な解析結果を基にして決定する必要がある. 以上より,全パス溶接モデルを用いた残留応力解析結果とグルーピングモデルを用いた残留応力解析結果では残留応力分布に大きな差異が見られたことから,全パス溶接モデルの必要性が示唆された.なお,全パス溶接モデルとグルーピングモデルの解析に要した計算時間はそれぞれ約240 時間および約100 時間であった. Fig.8 Effect of analysis model on residual stress distribution in butt weld metal (along line A-A’). -600-400-20002004006000.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 iDHD DHD isotropic combined kinematic Axial stress (MPa) Distance from outer surface (mm) A A’ A’ A z y x -600-400-20002004006000.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 iDHD DHD isotropic combined kinematic Hoop stress (MPa) Distance from outer surface (mm) A A’ A’ A z y x -800-600-4001899/06/130200400600-3.0 7.0 17.0 27.0 37.0 47.0 57.0 67.0 77.0 Stress (MPa) Distance from inner surface (mm) y A A’ z x σz σθ Experiment Full pass Grouping A A’ - 117 -Fig. 9 に溶接開始位置から180°位置の突合せ溶接金属中央部(Fig. 9 中のA-A’線上)における各層の積層方向を逆にしたときの残留応力分布を示す.実線はそれぞれ全パス溶接モデルのσz (軸方向成分)残留応力分布およびσθ (周方向成分)残留応力分布を示し,破線はそれぞれ逆積層方向モデルにおけるσz (軸方向成分)残留応力分布およびσθ (周方向成分)残留応力分布を示している.σz (軸方向成分)残留応力およびσθ (周方向成分)残留応力のいずれにおいても,全パス溶接モデルと逆積層方向モデルは非常に近い残留応力分布になっていることから,同一層内における積層方向が残留応力分布に及ぼす影響は小さいことが分かった.このように,理想化陽解法FEMを用いた解析により,溶接施工条件が残留応力分布に及ぼす影響を事前に把握することができるため,溶接施工要領等を作成する上で有効な情報が得られるものと考えられる. Fig. 9 Comparison of residual stress distribution between full pass model and reversed in-layer sequence model along line A-A’. 以上より,原子力発電プラントの機器を模擬した33 パス,および108 パスを有する溶接継手において,理想化陽解法FEM を用いて三次元で,かつ全パスを計算して残留応力を導出することができた.そして,DHD 法や固有ひずみ法による測定値と比較したところ,残留応力分布に良好な一致が見られたことから,理想化陽解法FEM は実機の残留応力を予測する上で有効な手法である. 4.まとめ 本研究では,実機の溶接構造物を模擬した片側V開先および両側X 開先の円筒多パス溶接継手について,三次元移動熱源を考慮した残留応力解析に理想化陽解法FEM を適用し,加工硬化則,グルーピングおよび溶接順序が残留応力分布に与える影響について検討した.以下に得られた結果をまとめる. 1) 理想化陽解法FEM を用いることで,従来手法では解析が極めて困難であった3,087,714 自由度の13 層33 パスの片側V開先円筒多層溶接継手および,3,376,074 自由度の23層108 パスのX開先円筒多層溶接継手の残留応力問題を,それぞれ約70 時間,約240 時間という実用可能な計算時間で解析することができた. 2) 片側V開先円筒多層溶接の残留応力問題に対して,等方硬化則,移動硬化則,複合硬化則を用いた解析を行い,残留応力分布に関してDHD 法およびiDHD 法による実験計測結果と比較した結果,実験結果と解析結果は定量的に良く一致していた. 3) X 開先円筒多層溶接を対象に,実施工の溶接順序を再現した解析と溶接パスのグルーピングを用いた解析を行い,残留応力に関して固有ひずみ法による測定結果と比較した結果,実施工の溶接順序を再現した解析では測定結果と良い一致が得られたが,グルーピングを使用した解析は測定結果と異なる傾向となることがわかった.このことは,グルーピングを用いる際は,モデル化に関して事前に十分検討する必要があることを示唆している. 4) X 開先円筒多層溶接を対象に,残留応力に及ぼす層内の積層方向に関して検討を行った結果,残留応力分布に及ぼす層内の積層順序の影響は小さいことがわかった. 参考文献 [1] Itaru Muroya, Youichi Iwamoto, Naoki Ogawa, Kiminobu Hojo and Kazuo Ogawa: Residual Stress Evaluation of Dissimilar Weld Joint Using Reactor Vessel Outlet Nozzle Mock-up Model (Report-1), Proceeding of PVP 2008, PVP2008-61829. [2] 柴原正和、生島一樹、伊藤真介、正岡孝治、“動的陽解法FEM を基にした大規模構造のための溶接過渡変形・応力解析手法の提案”、溶接学会論文集、Vol.29、 No.1、2011、pp.1-9. [3] 生島一樹、伊藤真介、柴原正和、“GPU を用いた並列化理想化陽解法FEM の開発”、溶接学会論文集、Vol.31、 No.1、2013、pp.25-32. [4] 独立行政法人原子力安全基盤機構、“複雑形状部機器配管健全性実証(IAF)事業原子炉圧力容器の異材溶接部に関する高温材料特性データ集”、JNES -800-600-400-2000200400600-3.0 7.0 17.0 27.0 37.0 47.0 57.0 67.0 77.0 Stress (MPa) Distance from inner surface (mm) y A A’ z x σz σθ Full pass model Reversed in-layer sequence model A A’- 118 -Re-Report Series、2012. [5] A.H.Mahmoudi, S.Hossain, C.E.Truman, D.J.Smith and M.J.Pavier, A New Procedure to Measure Near Yield Residual Stresses Using the Deep Hole Drilling Technique, Experimental Mechanics, 49, 2009, pp.595-604. - 119 -
“ “理想化陽解法FEM を用いた実機多パス溶接継手の残留応力解析 “ “西川 聡,Satoru NISHIKAWA,生島 一樹,Kazuki IKUSHIMA,柴原 正和,Masakazu SHIBAHARA