グローブボックスフィルターケーシングの腐食原因と補修技術

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カテゴリ: 第11回
1.緒言
日本原子力研究開発機構の東海再処理施設では、長期 の使用により、グローブボックスや配管の一部にステン レス鋼の腐食が懸念される。万が一腐食が発生した場合、 放射性物質を閉じ込める機能を維持できなくなる可能性 があるため、腐食原因の究明は、施設の維持・管理を行 う上で重要事項である。また、腐食が生じたグローブボ ックスを負圧などの安全機能を維持した状態において補 修を行う技術の構築も必要である。本稿では、放射性物質を取扱うグローブボックスに接 続された排気用フィルターケーシングに生じたステンレ ス鋼の腐食事象について、その原因及ローブボック スの負圧を維持した状態において腐食した部位を含む周 辺部位を切断し撤去した後、溶接により補修した作業に ついて報告する。
2.グローブボックスの概要と放射性物質の検 出 腐食を確認したグローブボックスの概略図を図1に示
す。当該グローブボックスは昭和47年に設置され、その 寸法は高さ1000mm、横2000mm、奥行き600mmであり、架 台上に設置されている。本体の材質は再処理施設で使用 頻度の高い硝酸による腐食を考慮して、SUS28(現在の SUS304L 相当 [1])で製作されており、前面には6 本のグ ローブが取り付けられたアクリルパネルが設置されてい る。グローブボックスの背面には、開閉扉が設置されて おり、使用済燃料溶解液、高レベル廃液等の高放射性物 質を取り扱う試験セルと接続されている。このグローブ ボックスは、これまで主に試験セルの保守用として、セ ル内で実施する試験の補助作業(物品搬入、試料の調整、 試験済み廃液の送液等)に使用してきた。また、グローブ ボックスは内部を常時負圧(300±50Pa)に維持している。 さらに、ボックス上部の給気・排気用フィルターケーシ ング内には、高性能エアフィルター(HEPA フィルター)が 設置されており、給気口からグローブボックスへ供給さ れた空気はフィルターを通ったのち、フランジで接続さ れた排気ダクトを介して排気設備へと排気される。 平成24年7月に、このグローブボックスの点検を実施 していたところ、グローブボックスに接続された排気用 性物質を検出した(図 2 参照)。詳細な点検の結果、検出 の範囲は10cm2程度であり、α線核種が170Bq、β、γ線 核種が 2×10 5 Bq の放射性物質を確認し、その主成分は 137 Cs であることが判明した。水及びアルコールを含ませ た布等で、放射性物質の拭き取りを試みたところ、レデ ューサー部は直ちに除去することができたが、短管部で は除去した後、一定時間が経過すると再度、放射性物質 が確認された。なお、グローブボックス及び周辺の点検 を実施した結果、排気用フィルターケーシング表面の当 該箇所以外に放射性物質は確認されなかった。 図2 排気用フィルターケーシングの概要
3.原因調査
排気用フィルターケーシング外面及び内面の外観検査、 超音波肉厚測定、浸透探傷試験を実施し、放射性物質が 検出された原因を調査した。 図1 グローブボックスの概要 図3 内面観察の状況 3.2 超音波肉厚測定 外観検査の結果、排気用フィルターケーシングの短管 部分に減肉の可能性が見られたことから、超音波厚さ計 (JFE アドバンテック製 TI-55K)を用いた部材の肉厚測定 3.1放射性物質の検出箇所周辺及び排気用フィルタ ーケーシング内面の観察 グローブボックスの外側から目視により排気用フィル ターケーシング表面の観察を行った。その結果、短管部 では溶接線の間隔が18mm以下と極めて近接しており、溶 接時の熱影響で鋭敏化が起こっている可能性が高いと疑 われた。一方、短管部位上方のフランジ部には、緩みや ゴムパッキンの劣化等もなく、フランジ接続箇所に放射 性物質も確認されなかったことから、フランジ部からの 放射性物質の漏出の可能性はないと判断した。 - 133 - その後、当該グローブボックスから排気用フィルター ケーシングの内部へ CCD カメラを挿入し、内面観察を実 施した。内面観察の状況を図 3 に示す。その結果、短管 部に腐食によると思われる肌荒れが認められるとともに、 若干の減肉が生じている可能性があることがわかった。 一方、レデューサー内部、排気用フィルターケーシング 内部、及び各部の溶接線については、長期の使用による 汚れが見られたが、金属光沢はあり、劣化等は確認され なかった。 を実施した。排気用フィルターケーシングの本体及びレ デューサー部の肉厚は、設計肉厚 2mm に対して 1.9~ 2.0mmであり、減肉は認められなかった。しかし、放射性 物質が検出された短管部分は、上部のフランジと下部の レデューサーとの溶接線が近接しているため、幅が狭く、 超音波探触子を接触させることができず、肉厚を測定す ることができなかった。 3.3 浸透探傷試験 放射性物質が検出された排気用フィルターケーシング の短管部、レデューサー部の一部、及びその近傍につい て表面の欠陥等を確認するため、浸透探傷試験を行った。 浸透探傷試験の結果を図4に示す。短管表面部には全て の方向から赤色指示模様を確認し、表面に欠陥等の傷が あることがわかった。 図5 図4 浸透探傷試験の結果 小型試験設備換気系統概略 4.腐食原因 4.2腐食促進因子の調査 短管部に発生した放射性物質は拭き取り後も再度確認 されたこと、浸透探傷試験の結果、短管表面部に赤色指 示模様を確認したこと、及び内面観察の結果、腐食の痕 跡がみられたことから、放射性物質の検出の原因はステ ンレス鋼の腐食により短管部に発生した微細な貫通孔に よる漏出と判断した。 スミヤろ紙により排気フィルター内外面の表面付着物 の採取を実施し、その成分分析を行った。 採取したスミヤろ紙は純水で成分を溶出し、イオンク ロマトグラフィーにより分析した。その結果、表1に示 すように、硝酸イオン(NO3-)、硫酸イオン(SO42-)をは じめ腐食の促進因子となる塩化物イオン(Cl-)が検出さ 4.1 腐食環境の調査 れた。 排気用フィルターケーシング短管部に貫通孔が見られ たため、当該グローブボックスの設置箇所について環境 調査を実施し、腐食に至った要因について考察した。 図 5 に示すように当該グローブボックスの設置されて 本グローブボックスの材質であるステンレス鋼は硝酸 及び硫酸に対し常温においては充分な耐食性を有してい ることから、今回の腐食について、硝酸イオン及び硫酸 イオンの影響は考え難い。 その一方、塩化物イオンについては、当該排気用フィ - 134 - いる試験セル操作区域は空調設備(クーラー)が完備さ れている。当該グローブボックスに隣接する試験セルは 空調設備の無い試験セル保守区域からの空気(外気)が 入りこみ、その試験セル内の空気がグローブボックス内 に流入することで、グローブボックス内外において温度 差が生じていることが判明した。そのため、当該グロー ブボックス及び排気用フィルターケーシング内面は結露 が生じやすく、腐食が生じやすい湿潤の状況であったと 考えられる。 5.排気用フィルターケーシングの補修 ルターケーシング上部に接続された排気ダクト(ポリ塩 化ビニル管)の内部に発生した硝酸分を含む結露水に塩 化物が溶出し流下した可能性がある。ステンレス鋼は塩 化物を含む湿潤環境において腐食を生じること[2]が知 られており、さらに 3.1 で述べた溶接時の熱影響による 鋭敏化が重畳し、今回の腐食が発生したと考えられる。 原因調査の結果、排気用フィルターケーシングには腐 食による貫通孔が生じたことから、腐食箇所を含む排気 用フィルターケーシングの一部を切断し、SUS304L鋼で新 たに製作した排気用フィルターケーシング上部を溶接に より接続して補修することとした。なお、本グローブボ 表1グローブボックスの付着物の成分分析結果 ックスは試験セルと接続されており、設置場所から移動 するのは不可能である。このため、補修にあたっては、 測定箇所 【材質】 グローブボックスは移動せず、負圧を維持した状態にお いて、作業を実施した。以下、図 6 に補修工程の概要を 示す。 測定元素 F- Cl- Br- NO2- NO3- PO43- SO42- 短管(外面) 【SUS28(SUS304L相当)】 検出限界値 未満 5.6×10-2 検出限界値 未満 検出限界値 未満 5.2×10-1 検出限界値 未満 4.0×10-2 フランジ(内面) 【ポリ塩化ビニル】 2.9×10-2 5.1×10-2 検出限界値 未満 検出限界値 未満 1.6×10-1 検出限界値 未満 1.1×10-1 短管(内面) 【SUS28(SUS304L相当)】 2.5×10-2 2.4×10-2 検出限界値 未満 検出限界値 未満 検出限界値 未満 検出限界値 未満 1.3×10-1 レデューサー(内面) 【SUS28(SUS304L相当)】 検出限界値 未満 7.1×10-2 検出限界値 未満 検出限界値 未満 8.6×10-1 検出限界値 未満 1.1×10-1 パネル(外面) 検出限界値 【SUS28(SUS304L相当)】 未満 検出限界値 未満 検出限界値 未満 検出限界値 未満 検出限界値 未満 検出限界値 未満 検出限界値 未満 単位:mg/スミヤ 検出限界値:2.0×10-2mg/スミヤ 4.3 腐食原因の推定 原因調査、腐食環境の調査、腐食促進因子の調査結果 を基に、腐食により短管部の貫通孔が生じた原因として 以下の3つの要因があげられる。 1 フランジ下部の短管部は、溶接線が極めて近接 (18mm)しており、少なくとも 2 回の溶接時の熱影響を 受けたことにより、鋭敏化が進み耐食性が低下してい た。 2 グローブボックスは、隣接する試験セルの空気が流 入する構造であるため、内部に頻繁に結露を生じ、腐 食しやすい湿潤環境となっていた。 3 さらに、上部のポリ塩化ビニル管から硝酸分を含む 結露水に塩化物イオンが溶出して、短管部に流下し腐 食を促進する環境となっていた。 これら 3 つの要因が重なり、短管部の腐食が進行し、 貫通孔を生じたため、放射性物質が漏出したと考えられ た。なお、排気用フィルターケーシングの短管以外の部 分及び溶接線には、設置から30 年以上が経過した現時点 において金属光沢が見られ有意な腐食の進行が見られな いことから、上記2及び3の腐食環境は、溶接線の近接 による影響を受けていない部材には影響を与えない程度 のものであると考えられる。 図6 排気用フィルターケーシング補修工程及び方法 5.1排気用フィルターケーシング内部の除染 排気用フィルターケーシング切断後に開放系になるこ とから、ダスト上昇(放射性物質の拡散)及び作業者への 影響が懸念された。このため、事前に排気用フィルター ケーシング内部の除染を行った。 作業に先立ち、調査用CCDカメラの先端部に小型ライ - 135 - トを取り付け、内部を照らし、カメラの撮影画像を確認 しながら除染を行えるようにした。調査用カメラにより 撮影した排気用フィルターケーシング内部を図7に示す。 図7 排気用フィルターケーシング内部 除染前に排気用フィルターケーシング内面の側面、上 部、レデューサー部、短管部についてスミヤ法による放 射性物質の付着状況を確認した。その結果、全ての測定 点でβ、γ線核種は5kcpm以上であり、短管部について は100kcpm以上の放射性物質の付着があることが分かっ た。 除染方法は、図8に示すように内部にアクセスできる 直棒の先端に水、アルコール、中性洗剤を湿らせた布及 びメラニンスポンジを取り付け、拭き取りにより実施し た。排気用フィルターケーシング内各部位の放射性物質 の除染状況を図9に示す。 図8 排気用フィルターケーシング内部の除染の様子 図9 排気用フィルターケーシング内各部位の放射性物質の除 染状況(β、γ線核種)の推移 除染の都度、スミヤろ紙を用いて放射性物質の除染状 況の測定を行い、その結果、除染4回目の確認において、 短管部を含む全ての測定点においてβ、γ線核種による 放射性物質は1kcpm以下まで除染することができた。さ らに、切断予定箇所である短管部、レデューサー部、上 部については、切断時の放射性物質の広がりを防止する ため、除染5回目以降は耐熱塗料(カンペハピオ製)に よる放射性物質のペイント固定を繰り返し実施し、除染8 回目の確認において全ての測定点のβ、γ線核種の付着 は100cpm以下(α線核種の付着についても100cpm以下) に抑えることができた。 この除染作業により、当初、切断・溶接作業において 作業者は、エアラインマスクの装備を想定していたが、 より装備の容易な全面マスクでの作業が可能となった。 排気用フィルターケーシングの切断、溶接にあたって、 グローブボックス内部からの放射性物質の拡散を防止す るため、排気用フィルターケーシングの補修にはグロー ブボックス周辺を囲うように鋼管パイプと酢ビシートを 用いて、図10に示す放射性物質拡散防止用テント(グリ ーンハウス、以下GHとする)を設置した。GHは、GH-1、 GH-2、GH-3の3室からなり、GH-1は排気用フィルターケ ーシングの切断・溶接を実施するエリアであり、3 室の中 でも一番放射性物質の拡散が大きい。そのため、GH-1内 の排気用フィルターケーシング周辺にフードを設置し、 GH-1内のフード以外のエリアに出来る限り放射性物質が 拡散しないようにした。GH-1の排気はフード内に排気ホ 5.2 放射性物質拡散防止用テントの設置 - 136 - ースを取り付け、HEPAフィルターを介し排気設備に排気 した。GH-2、GH-3はGH-1から退出する作業員及びGH-1 で使用した物品等の放射性物質の付着検査をそれぞれ行 うことで二重に管理した。また、GHでの作業員の装備は、 全面マスク、タイベックスーツ、RIゴム手袋、アームカ バー、シューズカバーとすることで、作業員の身体への 放射性物質の付着を防止した。なお、GH内における放射 性物質はフード開口部をシートにより閉めることで内部 に閉じ込めて管理できるようにした。それ以外のエリア については放射性物質が付着していない状態で作業を行 った。 図10 グリーンハウス概要 5.3 排気用フィルターケーシングの切断“ “グローブボックスフィルターケーシングの腐食原因と補修技術 “ “森 英人,Eito MORI,山本 昌彦,Masahiko YAMAMOTO,田口 茂郎,Shigeo TAGUCHI,佐藤 宗一,Soichi SATO,北尾 貴彦,Takahiko KITAO,駿河谷 直樹,Naoki SURUGAYA
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