疲労健全性評価グランドデザインの構築(その 2) -国内実機疲労損傷事例分析-

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カテゴリ: 第11回
1.はじめに
福島第一原子力発電所事故を受けて、我が国の原子力 発電所においては苛酷事故を二度と起こさないという決 意の元に更なる安全性の向上が強く求められている。そ のため、原子力発電所の設備信頼性の確保を目的として 安全評価と保全活動を統合したシステム安全評価の検討 が進められている[1]。疲労健全性評価においても、従来ま で行われてきた疲労損傷の発生防止に留まることなく、 疲労き裂成長予測手法を導入することにより、深層防護 の概念に基づき事故の発生防止、拡大防止、そして影響 緩和の各層のそれぞれにおいてプラントの設計、保全、 安全評価を組み合わせた新たな枠組み、即ち疲労健全性 評価のグランドデザインの再構築を進めている。本研究では、疲労健全性評価グランドデザイン構築の 活動の一貫として原子力施設情報公開ライブラリー(以下 NUCIA と言う)に登録されている国内実機疲労損傷事例 を分析し、その調査結果から、従来、低サイクル疲労損 傷を対象として検討してきた疲労評価グランドデザイン を原子力発電所で発生が想定される全ての疲労損傷要因 に対して拡張した新たな枠組みについて提案する。
2.疲労健全性評価グランドデザイン構築活動
疲労健全性評価グランドデザインの再構築は、設計疲 労曲線に基づく従来の疲労評価に対し、疲労き裂の発生、 成長から貫通までをモデル化することにより、疲労損傷 の発生防止のみならず、現実的なき裂進展解析に基づい た検査モニタリングの導入やシステム安全評価における リスク解析を可能とすることを目指し、深層防護の考え 方に基づいて新たな選択肢を提供するものである。 先行研究では活動全体の枠組みを明らかとする[2]と共 に、き裂成長予測に基づく疲労評価法として新たに「仮 想き裂成長曲線」の活用について提案[3]した。また、試験 片表面観察に基づく微小疲労き裂成長予測モデルの検討 を行い、仮想き裂成長曲線作成のための実験データの整 理[4]を行った。加えて、NUCIA に登録されている情報を 元に過去に国内の原子力発電所で発生した疲労損傷事例 を抽出し、疲労の種類別の損傷発生件数、発生個所、発 生要因、安全機能重要度などについて統計的に分析し、 原子力発電所のシステム安全評価における疲労損傷の取 扱いや保全計画への反映について検討[5]を行った。 本研究では、国内外規格改定及び研究動向を整理する 連絡先: 中村隆夫 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1 とともに、損傷事例の分析を更に進めて疲労健全性評価 グランドデザインへの反映事項を抽出し、新たな枠組み 大阪大学大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻、 について取りまとめ、グランドデザインを再構築するこ E-mail: nakamura@see.eng.osaka-u.ac.jp とを目的としている。 - 197 - 4.国内実機疲労損傷事例の分析 3.疲労評価に関する国内外規格改訂および研 究動向 4.1 先行研究の概要 疲労健全性評価のためのグランドデザインの再構築に 先行研究[4]では、疲労評価グランドデザインの検討にお 当たり、原子力発電所に関する国内外の規格改訂動向と いて取り扱う疲労損傷要因を低サイクル疲労から疲労損 関連する研究動向について調査を行った。構造規格とし 傷全般に拡張するため、NUCAI に登録されている国内の て発行されているのは低サイクル疲労に関する米国機械 原子力発電所で発生した事故故障データベースから、各 学会(ASME)規格と仏国の RCCM 規格、そして我が国の 疲労損傷の種類毎に発生機器や発生原因、損傷の発生時 日本機械学会(JSME)規格であり、それ以外には高サイク 期、発生率や使用期間と安全機能重要度や発生原因の関 ル熱疲労に関する規格が JSME から、そしてガイドライ 係を統計的に分析し、疲労損傷の種類ごとに今後の検討 ンが米国EPRI及び仏国でまとめられているが、ここでは 方針を取りまとめた。 低サイクル疲労を対象に調査を行った。 4.2 グランドデザイン構築のための調査分析 3.1 国内外疲労関連規格改訂動向 本研究では、まず、先行研究で得られた分析結果を精 米国では、米国規制委員会(NRC)が、日本の EFT デー 査し、発生機器の種類と安全機能重要度で再整理した。 タを入手し、以前に発行した環境疲労評価手法に関する この結果をTable 1 に示す。このうち、低サイクル疲労と NUREGレポートおよびRegulatory Guideの見直しを検討 高サイクル熱疲労については先行研究の分析結果を見直 中[6]である。また、ASME 規格委員会においても、2010 す必要はないが、それ以外の疲労損傷については、発生 年に発行した環境疲労に関するCode case N761,N792 [7]の 機器の種類と安全機能重要度(すなわちプラントへの波 改訂の検討を引き続き行っている。また、仏国において 及影響の大きさ)の観点から整理することにより、グラ はEDF により、RCCM 規格への環境疲労評価の取り入れ ンドデザインに反映すべき事項を効率的に抽出できるこ に向けた検討が行われている。 とを確認した。以下にその調査分析結果について述べる。 国内では、JSME 発電設備規格委員会原子力専門委員会 において、軽水炉用規格における環境疲労評価の扱いに 4.3 発生原因別及び発生機器別の損傷発生割合 ついて再検討するとともに、これ以外の規定内容につい NUCIA で抽出された疲労損傷の件数は約220 件である。 ても最新の知見に照らして見直す重要性が認識され、こ (調査対象期間は1966 年から 2012 年 3 月末まで)この れらの課題について検討するためのタスクグループ「疲 うち、流体振動疲労と機械振動疲労は Fig.1 に示す通り、 労評価タスクグループ」が組織され活動を行っており、 合計の約 80%を占める。発生機器別に分類すると、Fig.2 そのうち設計疲労曲線の改訂については日本溶接協会 に示す様に、配管、容器、ポンプ、弁の順となる。Table.1 DFC2小委員会にて検討が行われている。 の分析から、この 4 機器以外にプラントの安全性に影響 を与える重要機器(クラス1,2)は非常用DG及び計器用 3.2 国内外疲労規格関連研究動向 空気圧縮機などがある。 ASME PVP国際会議では環境疲労メカニズムや実機の 環境疲労評価手法に関する論文が投稿されている。昨年 のPVP2013では環境疲労メカニズムを含め疲労評価に関 する論文が多数発表されている。 EPRI は 2012 年に環境疲労評価手法における今後の検 討課題に関する取り組みをロードマップ[8]に取りまとめ た。課題に優先度を付けることで、成果を最大限、短期 に得られる様、またメカニズムの理解に基づき、長期的 には不必要な保守性を回避するための疲労評価手順や管 理計画につながることを意図しており、それを受けた研 究が米国の国立および民間の研究所等で進められている。 Fig.1 Ratio of Fatigue Failure Occurrence classified by Fatigue mechanism - 198 - Fig.2 Ratio of Fatigue Failure Occurrence classified by Damaged component Fig.3 Ratio of Fatigue Failure Occurrence classified by Damaged component in Fluid Vibration Fig.4 Ratio of Fluid Vibration Fatigue Failure Occurrence classified by Significance of Safety 4. 4 流体振動疲労 疲労損傷のうち、最も数が多いのは流体振動疲労であ る。発生機器の種類はFig.3 に示す通り、多岐にわたる。 しかし、Fig.4に示すようにその大半は安全重要度の低い クラス3以下の機器であり、安全重要度の高い(クラス 1,2)機器での発生は、Table.1に示す様にポンプ、配管及 び弁などに限定される。 4.5 機械振動疲労 疲労損傷要因のうち、次に数が多いのは機械振動疲労 である。発生機器の種類は配管、ポンプ、弁が大半であ り、容器には発生していない。また、安全機能重要度の 高い機器(クラス1,2)の発生もこれら3種類の機器に主 に限定される。 Fig.5 Ratio of Fatigue Failure Occurrence classified Fig.6 Ratio of Mechanical Vibration Fatigue Failure Occurrence classified by Significance of Safety Functions 4.7 配管の疲労損傷 配管の疲労損傷は、Fig.7 に示すように機械振動、流体 振動、高サイクル熱疲労の順となり、低サイクル疲労は 殆ど発生していない。また、Fig.8 に示すように安全機能 重要度の高い機器の割合は他の機器と比較すると大きい。 また、Table.1 に示す様に、高サイクル熱疲労においては 大半を占めている。 Fig.7 Ratio of Fatigue Failure Occurrence classified by Fatigue Mechanism in Piping by Damaged component in Mechanical Vibration 4.6 フレッティング 疲労損傷要因でフレッティングに分類されるもののうち、 大半は摩耗と腐食であり、疲労に分類されるのは、ポン プ車軸の2件と蒸気発生器伝熱管(容器)の1件のみで ある。いずれも安全機能重要度の高いクラス1機器に該 当する。 - 199 - 配管の疲労損傷の大半を占める流体振動と機械振動疲 労の発生の年代毎の推移をFig.9とFig.10に示す。損傷発 生数はプラントの運転初期に多く、運転年数を経ても横 ばいであり、経年的に大きな変化は見られない。また、 年代別では、10\980年代と2000 年代に二つの山がある様 に見られるが、後者では運転プラント数が増加している ことも考慮した上で更なる検討が必要である。 Fig.9 Duration of Operation up to Fluid and Mechanical Vibration Fatigue Failure Occurrence in piping Fig.10 Number of occurrence in every 5 years by Fluid an1 Mechanical Vibration Fatigue Failure in piping 4.8ポンプにおける疲労損傷 ポンプの疲労損傷は、Fig.11に示すように機械振動、流 体振動が大半を占める。また、Fig.12に示すように安全機 能重要度の高い機器の割合は他の機器と比較すると大き い。 ポンプの疲労損傷の大半を占める流体振動と機械振動 疲労の発生の推移を Fig.13 と 14 に示す。損傷発生数は 2000 年代に入って増加する傾向が見られている。プラン トの運転期間からは25年頃にピークが見られており、更 Fig.15 Ratio of Fatigue Failure Occurrence classified なる検討が必要である。 by Fatigue Mechanism in Valves Fig.8 Ratio of Fatigue Failure Occurrence classified by Significance of Safety in piping Fig.11 Ratio of Fatigue Failure Occurrence classified by Fatigue Mechanism in Pumps - 200 - Fig.12 Ratio of Fatigue Failure Occurrence classified by Significance of Safety in pumps Fig.13 Duration of Operation up to Fluid and Mechanical Vibration Fatigue Failure Occurrence in pumps Fig.14 Number of occurrence in every 5 years by Fluid and Mechanical Vibration Fatigue Failure in pumps 4.9 弁における疲労損傷 弁の疲労損傷はFig.15に示すように流体振動、機械振動、 高サイクル熱疲労が大半を占める。また、安全重要度の 高い機器の割合も他の機器と比べると比較的大きい。 4.10 容器における疲労損傷 容器の疲労損傷は、Fig.16 に示すように流体振動、高サ イクル熱疲労、フレッティングが大半を占める。このう ち、Fig17に示す安全機能重要度の高い機器の損傷の種類 はいずれも高サイクル熱疲労である。 Fig.16 Ratio of Failure Occurrence classified by Fatigue Mechanism in Vessels Fig.17 Ratio of Fatigue Failure Occurrence classified by Significance of Safety in Vessels 4.10 疲労損傷事例分析のまとめ 疲労損傷の種類及び損傷発生機器の種類により整理し た分析結果をTable.1に示す。 網掛けをした範囲は、安全機能重要度の高い機器の損 傷事例が多く、過去の再発防止策を元に重点的に対応策 の検討を行った。 また、個々の損傷事例がプラントに与える波及影響に ついて調査したが、安全機能重要度と高い相関があり、 網掛け部の安全機能影響度の高い機器の損傷をグランド デザイン検討の対象とすることとした。 低サイクル疲労については、低融点金属割れで損傷し た1件を除き、重要度クラス1,2 機器での疲労損傷は発生 していない。これは設計・建設規格に定められた疲労設 計の規定が有効に機能しているものと考えられる。しか し、深層防護の観点からは、低サイクル疲労評価の対象 となる機器は重要度が極めて高く、これまで取られてき た設計段階での発生防止対策に加えて、深層防護の観点 から事故への拡大防止、事故発生時の影響緩和のため、 維持規格体系の整備、保全計画の充実やシステム安全評 価手法の開発に取り組む必要があると考える。 5.疲労健全性評価グランドデザイン再構築の 方向性 疲労評価に関する国内外の規格改訂動向及び関連研究 の動向を踏まえて、国内実機疲労損傷事例分析結果を元 に疲労健全性評価グランドデザインの再構築の方向性を 検討し、Table.2 にまとめた。ここでは疲労損傷の種類ご とに、深層防護の考え方に基づき、第 1 層の事故の発生 防止に対する「規格体系の整備」、第2層の事故への拡大 防止に対する「保全計画の充実」、第3,4 層の事故の影響 緩和に対する「システム安全評価」のそれぞれの対応策 について、今後取り組むべき事項を整理し新たな疲労健 全性評価のグランドデザインとして取りまとめた。 6.まとめ 謝辞 本研究は、原子力規制委員会、原子力規制庁からの受 託研究である、「高経年化技術評価高度化事業」の一部と して実施した成果である。ここに記して謝意を表する。 参考文献 [1] 宮野廣、関村直人、出町和之、新井滋喜、松本昌昭、 “高経年技術評価の高度化-運転プラントのシステム安 全評価の体系化-,” 日本保全学会第 10 回学術講演会、 大阪、2013、pp329-335 [2] 中村隆夫、釜谷昌幸、”疲労評価グランドデザインの 新たな構築に向けて”,日本保全学会第10回学術講演会、 大阪、2013、pp65-67 [3] 釜谷昌幸、中村隆夫、”き裂成長予測に基づく疲労評 価法の検討”, 日本保全学会第 10 回学術講演会、大阪、 2013、pp239-244 [4] 阿部茂樹、西朋秀、中村隆夫、釜谷昌幸、”試験片表 面観察に基づく微小き裂成長予測モデルの検討”, 日本 保全学会第10回学術講演会、大阪、2013、pp298-303 [5] 松下幹也、中村隆夫、新井拓、”国内原子力発電所ト ラブル情報分析に基づく疲労損傷事象に対する安全性向 上に関する検討について”, 日本保全学会第10回学術講 演会、大阪、2013、pp292-297 - 201 - 原子力発電所の疲労健全性確保のため、深層防護の考 え方に基づいて新たなグランドデザインの枠組みを提案 した。このスキームに基づき、規格体系の整備、保全計 画の充実及びシステム安全評価手法の確立に向けた活動 を、今後関係機関と協力して取り組んでいくことが強く 求められている。 Nuclear [6] NUREG-6909 Rev.1 Effect of LWR Coolant Environment Components Supplement 1, N-761,792-1 on the Fatigue life of Reactor Materials, Draft Report for [8] EPRI Technical Report 1026724, Environmentally Assisted Comment Fatigue Gap Analysis and Roadmap for Future Research, Final [7] 2013 ASME Boiler & Pressure Vessel Code, Code case s: Report, November 2012 流体振動 疲労 Table 1 Summary of Domestic Fatigue failure analysis 機器 機械振動 フレッティン 高サイクル 低サイクル 疲労 グ 熱疲労 疲労 まとめ 容器 53 (9) × △ △給水加熱器 ー 蒸気発生器 管台、 他 伝熱管 連絡管 凡例 ○:クラス1,2機器での損傷発生が多い △:クラス1,2機器での損傷発生あり ×:クラス1,2機器での損傷の発生なし -:損傷の発生なし 数字は損傷の発生件数で、( )はクラス1,2機器の損傷発生件数 Table 2 Interim Proposal of Grand Design based on Domestic Fatigue Failure Analysis - 202 - × 湿分分離 加熱器他 ・容器の高サイクル熱疲労及びフレッティング疲労 は設計面の対策により再発の可能性は低い ・流体振動、機械振動損傷は全て漏えいで発見さ 配管 68 (23) れており、設計対応(固有値評価等)に加え振動や 圧力変動、漏洩モニタリングが有効 ・高サイクル熱疲労は規格化されているが更なる管 理の高度化が必要 弁 21 (15) ○ ○ ○ △主に小口径 主に小口径 管の溶接部 管の溶接部 ー エルボ、 エルボ 曲げ管、 (低融点金 に発生 に発生 分岐管 属割れ) ○ 弁棒、ステム ピン等 ×・流体振動、機械振動は定期検査時の分解点検で 弁箱他 発見されたケースが多く、設計対応(固有値評価 等)に加え運転中モニタリングが有効 ・フレッティング疲労は、定期検査時の分解点検で ポンプ 29 (12) 発見されており、運転経験で得られた技術知見の 設計や検査への活用が有効 発生件数 (平成 26 年 6 月 26 日) ○弁棒他 ー △ 弁シート他 ○○車軸他. 車軸他. ○車軸 × ー その他 47 (10) △ △ × 非常用DG、 非常用DG、 ー ー バッフル ー タービン他 電気品他“ “疲労健全性評価グランドデザインの構築(その 2) -国内実機疲労損傷事例分析- “ “中村 隆夫,Takao NAKAMURA,藤川 亮祐,Ryousuke FUJIKAWA,松下 幹弥,Mikiya MATSUSHITA,釜谷 昌幸,Masayuki KAMATA
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