規格基準は事業者と規制をつなぐ技術者と行政のルール

公開日:
カテゴリ: 第11回
1.緒 言
東京電力福島第一原子力発電所の1号機から4号機においては,①外部電源および非常用電源が全て失われたこと,②炉心および使用済燃料貯蔵プール内の燃料の冷却および除熱ができなくなったことが大きな要因となり, 燃料が損傷し,その結果として放射性物質が外部に放出され、周辺に甚大な影響を与える事態に至った.原子力発電所の事故のみならず、地元から首都圏の水瓶まで放射性物質で汚染するという深刻な原子力災害を引き起こした(1)-(4) 。商業用の原子力発電所で起こってはならない重大な事故であり、津波の被災に加えて強制退避が追い打ちを与える形で避難された方々、野菜や牛乳、漁業に与えた汚染と風評被害、さらには生き残った家畜の殺処分といった耐え難い状況が連日報道された.今回の事故で課題として上がっているのは、過酷事故対策が事業者の自主的取り組みになっていたり、非常用ディーゼル発電機が津波に対して無防備であったり、駆けつけた移動電源車の電圧やプラグが仕様と異なっていて使えなかったり、1号機に備わっていた隔離時復水器(IC: Isolation Condenser)の機能を十分に活かせなかったり、全交流電源喪失のなかで制御盤が隔離信号を出してIC を隔離し、原子炉の水位低下とそれに伴う炉心損傷・炉心溶融を発生していることである。 福島原子力発電所の過酷事故の貴重な教訓と提言をもとに、技術者の倫理、規制の倫理、報道の倫理について改めて考えてみたい。
2. 福島第一原子力発電所の事故の要因
IC の出口弁を運転員が55℃/h で原子炉の冷却行う保安規定を順守しようとして、on/off を繰り返し、更に、全交流電源喪失のなかで制御盤がIC 伝熱管の破損信号(誤信号)によりIC の隔離信号を出して電動の隔離弁を自動閉止し、IC を隔離してしまった。この隔離動作は致命的で、1号機は冷却機能喪失に陥り、炉心損傷・炉心溶融(メルトダウン)といった過酷事故に進展した。もし、IC の機能を活かし切っていれば、1号機の冷却は確保され、IC プール(大気開放)への消防ポンプによる注水のみで事故は収束できたハズであることが当学会の事故調査報告書でまとめられている(1)。この事故の初期段階は果たして運転員の責任であろうか。運転員は保安規定を順守していたのであり、この場合の技術者倫理は、IC の重要性を認識し、過酷事故時の運転訓練の重要性を見出していなかった発電所の幹部および、過酷事故対策の重要性を認識していなかった我が国の原子力界の技術者全員に責任がある。 1号機の炉心損傷により、多量に発生した水素爆発による原子炉建屋の破壊とそれに伴う放射性物質を含む瓦礫の飛散が、隣接する2号機、3号機の事故対応(アクシデントマネージメント)の遂行を困難にした。2号機は3日間、3号機は2日間の炉心注水を確保していたにもかかわらず、その間に消防ポンプによる炉心注水が開始できなかったために、2号機、3号機に於いても炉心溶融を発生し、3号機は激しい水素爆発を起こし、隣接する4号機も3号機から排気塔に行く排気管を経由して水素が侵入し、水素爆発を発生したと判断された(1)。炉心への注水に必要な移動電源車の到着が遅れ、消火ポンプの枝管の弁の閉止忘れや中央制御室への給電が遅れたことも事故を拡大させた。これは非常時の政府や関連行政庁との連携や対応に関する緊急対応手順の不備や、緊急時対応訓練が不十分であったことに依るものと多くの事故調で指摘している[1]。 チェルノブイリ4号機の事故の後に欧州で設置されたフィルタードベントシステムが、もし福島第一発電所に設置されていれば、周辺への放射性物質の飛散を1/100 から1/1000 に低減でき、地元に深刻な被害を与えなくて済んだハズである(2)。また、水素爆発のすさまじさは、フィルタードベントにおいても適切な水素対策が必要であることを教訓として残した(1)-(3)。原子力に携わる全ての技術者は、原子力施設が人体に有害で危険な放射能を取り扱う原子力施設であることをまず第1に認識し、深層防護の考え方に基づき、環境への漏えい防止を最優先すべきである。 3.安全規制の倫理と基準・規格類の適切な
運用の重要性 過酷事故の拡大を防ぎ、事故の影響緩和に積極的に取り組むこと、それらのために必要な方策を準備することを過酷事故対応緩和措置(AM: Accident management)と呼ぶ。表1に示すようにTMI-2 事故を契機とした基準等の見直しがなされたが、我が国では電気事業法の精神、「物が健全であれば安全である」という構造強度偏重の考え方が根強く、機能評価やシビアアクシデントの解析には進まなかった。表2に示す。TMI-2 事故やチェルノブイリ原発4号機の事故を契機にシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメント(AM)や確率論的リスク評価(PRA)導入についての検討がなされたが、安全審査で安全とされた原子力発電所にあっては、事業者の自主的取り組みにしかならなかった。その後、東電問題と呼ばれるシュラウドや配管のSCC による亀裂進展などから新たな保全プログラムによる品質保証制度が取り入れられたが、品質保証の考え方による細部までの詳細な検査記録の作成が求められ、4階建てのビルの高さに相当するような書類の作成とそのチェックが求められるようになった。表3 に示すように、科学技術の知見に基づく合理的な検査を目的とする新検査制度により改善することになったが、品質保証制度による書類重視の制度はそのまま残り、本質的な安全のための抜本的な改善や新しい知見を速やかに安全規制に取り込むことが依然として困難な状況にあった。 Table 1 Revision of safety standers after TMI-2 accident [4] Fig.1 Revision of safety standers after Chernobyl accident Fig.2 Increase of inspection document by QMS[4] 我が国の物作りを中心とする優秀な工業製品はTQCなどの品質改善運動によって発展したが、改善提案したもの - 344 - Fig. 3 Periodic safety review system for maintenance[4] が、保安規定になり、それが達成できない場合は保安規定違反として扱われるようになると、最新の知見に基づくチェレンジや改善が、原子力発電所の品質保証制度のもとでは提案されなくなる。誰もが自分で自分の首を絞めるようなリスクになる提案をしなくなるのは当然である。書類の記載不備の制裁として原子力発電所が半年も停止されられるようになると、品質保証制度で原子力発電所の設備利用率(品質の指標の1つ)が低下するという本末転倒の状況となり、これだけが原因ではないが、我が国の原子力発電所の設備利用率は世界最低のレベルに低下した。世界最高の計画外停止率を誇る我が国の原子力発電所がである。 米国では、原子力規制委員会(NRC)が原子力発電所の安全性の確保・良好な運転の責任を共有しており、発電所の運営を指導している(ROP: Reactor Oversight Program)。多くの改善提案が従業員から提案され、重要度分類に従って振り分けられ、これが是正処置(CAP: Corrected Action Program)として速やかに実施される。NRC の検査官はLAN を介して経営と人事情報を除く発電所の全ての情報に事由にアクセスできる。発電所の現場にもいつでも自由に立ち入り、発電所の点検整備が適切に行われていることを確認できる。CAP は是正処置と訳されているが本質的には日本で行われているQC 改善提案を組織として活かす仕組みである。かつて米国の原子力発電所の設備利用率は世界最低レベルであった。 NRC は徹底的に規制を厳しくしたが、設備利用率は低下するばかりであった。1980 年代、NRC は当時世界最高の運転成績を誇った日本に調査団を送り、改善提案や安全第一などの日本の原子力発電所で行われていた良いところを学び、自国の安全規制に取り込んだ。2000 年代に入り、日米の安全規制とその実績としての設備利用率は逆転した。米国の規制を取り込んだ韓国も米国同様の高い設備利用率を達成し、海外の受注活動で有利に展開している。 我が国の安全規制体系は、3.11 以前は表5 に示すように多くの省庁に分散していた。表6 のように、誰が責任を持っているのか、主たる責任を負うべき検査官が継続的にいつでもサイトで検査を行う権限を確保すべき、検査の種類や頻度を変更できるより柔軟なプロセスを確立すべきとIAEA が指摘していた。重箱の隅をつつくような規制ではなく、包括的な安全解析書や安全文書の作成と更新について、IAEA の安全基準がきちんと考慮されるように求めている。 Table 2 Nuclear regulatory system in japan before 3.11 Table 3 Recommendation for Japanese Nuclear safety regulation by IAEA [4] 図4 は平成19 年度の原子力安全基盤機構(JNES)の報告書である。平成19 年度の段階で、福島第一原発のような津波に起因する炉心損傷のリスクや早期の電源復旧の必要性を指摘している。なぜ、原子力安全保安院から速やかに安全規制として全国の発電所の津波耐対策の必要 - 345 - と示が出なかったのか? なぜ、電力事業者が自主的取り組みとして屋外の変電設備や海水冷却系の電気品や非常用ディーゼル発電機の浸水対策に取り組まなかったのか? 事業者の反省とともに、規制側の及び腰も反省事項と思う。原子力関係者全てが反省し、今後の緊張感を持った原子力の安全性確保に邁進すべきと思う。反対派を気にしていて適切な規制を行えない「規制が反対派の虜」になっていた。 4.チェルノブイリ事故時の情報汚染と報道の倫理 放射能の一番大きな被害は「一般国民に対するマスコミに報道による風評被害である」とウクライナの国立放射線医学病院の医師らが指摘している(6)。人間が放射能を恐れるのは、①目で見えない、②簡単に測定できるが数値になじみがない。③強い放射能は人を殺すという恐怖心の3つの要素から、放射能は一般の方にとって「恐ろしい物」になっている。福島第一事故のあとでは、汚染のレベルが低くても、過剰な報道により、政府の諮問委員会も過剰な反応を示し、1mSv に下がるまで帰還できないという暫定基準値が作られ、人々が故郷に戻れず、仮設住宅で約1300 人が命を落とす状況に陥った。過剰に恐怖を煽る報道がさらに過剰な恐怖と過度に低い規制値とそれによって被災者がさらに厳しい状況に追いやられる負の連鎖を産んだ。放射能を知識が乏しいために作り話や噂が過剰な反応を生み、精神的な被害が健康被害を生んでいる。もちろん高い放射能による被害は危険だが、低線量は危険でもないのに過剰な反応を生んでいる(6)。情報汚染が鬱やアル中などの心の汚染を生んでいるというのがチェルノブイリの事故後のウクライナで発生し、そして25年の時間遅れで福島でも発生している深刻な事態である。マスコミ報道にも強い倫理観が必要である。 5.結 言 原子力安全を確保するためには、原子力安全の基本的考え方を明確にし、PRA やリスク評価を活用し、安全目標を設定すること、そして深層防護の考え方を正しく理解し、プラント設計、アクシデントマネジメント、防災等に適用することなど、取り組むべき課題は広範囲に亘る。規格基準は事業者と規制をつなぐ技術者と行政のルールであり、透明性のある規制はルールを明示して、そのルールの基に安全性の評価を行う必要がある。 文 献 [1] 日本原子力学会事故調査委員会編、「日本原子力学会事故調査最終報告書」(2014.3)。 [2] 奈良林 直、杉山憲一郎、東日本大震災に伴う原子力発電所の事故と災害~福島第一原子力発電所の事故の要因分析と教訓~、原子力学会誌、 Vol.53、No.6 ,(2011)。 [3] 東京電力、「東北地方太平洋沖地震発生当時の福島第一原子力発電所運転記録及び事故記録の分析と影響評価について(概要)」(2011.5.23)。 [4] 宮野 廣、「福島第一原子力発電所の津波による被災-今回の事故の遠因はどこにあるか?」日本保全学会・北海道大学シンポジウム」(2011.8.9)。 [5] 地震PSA の適用手順の整備と津波・地震起因火災PSA 手法の高度化、平成19 年度原子力安全基盤機構年報、PP。231-232(2007)。 [6] 西本由美子、吉田 憲一 、「福島再生:子供たちのために」原子力の平和利用を促進する会シンポジウム講演予稿集Ⅱ-2、(2013.11.27)。 Fig.4 「地震PSA の適用手順の整備と津波・地震起因火災PSA 手法の高度化」(JNES 年報)[5] - 346 - ............................................Dr. Mainte.. Dr. Mainte: Integrated Simulator of Maintenance Optimization of LWRs .. ...................... ...... .... Yoshihiro ISOBE Member .................... ...... .... Mitsuyuki SAGISAKA Member .................... ...... .... Junji ETOH Member .................... ...... .. Takashi Matsunaga Member ................ ...... .. Toru Kosaka .................. ...... .... Satoshi Matsumoto .......... ...... .. Shinobu YOSHIMURA Dr. Mainte, an integrated simulator for maintenance optimization of LWRs (Light Water Reactors) has been developed based on PFM (Probabilistic Fracture Mechanics) analyses. The concept of the simulator is to provide a decision-making system to optimize maintenance activities for representative components and piping systems in nuclear power plants totally and quantitatively in terms of safety, availability and economic efficiency, environmental impact and social acceptance. For the further improvement of the safety and availability, the effect of human error and its reduction on the optimization of plant maintenance activities and approaches of reducing it have been studied. Keywords: Dr. Mainte, LWR, maintenance, optimization, PFM, simulation, human error .............. ................................................ .................................................. .................................................... .................................................. .................................................. ........................................ PFM(.... ............)...................................... ............ Dr. Mainte ...................... ................................................ .................................................... ......................................PFM........ .................................................. .................................................... .............................................. ................ 2.1........................................ .................................................... ...... .............................................. BWR..........................................PFM ........................................Fig.1 (a)........ .................................................. .... ........ .................................... ............ .................................................. .................................................. .......................... ........................ ............ ................ .... .................................... ..........................................Fig.1 (b).... .... ................................................ ................ Fig.1 (c).... .... .................... NPV.............................. ............................Fig.1 (b).............. .................................................................... ................................................ .... ................................ .... .................... ........................................ Fig.1 (c)........ ..........NPV .................................... .................................................. .................................................. .................................................. ............................................ .... ......: .... ...... ..590-0451 .................. ...... 1-950.. .................... E-mail: isobe@nfi.co.jp - 347 - ........................................................ Fig.1 Effect of human error by PFM analysis. (a): Probability of Non-detection of UT. (b): History of accumulative leakage probability. (c): History of annual NPV (Net Present Value). .. 2.2.............................. ................................................ .................................................. ............................ Dr. Mainte ............ .................................................. .................................................. .................................................. ............ ................................................ .................................................. .................................................. .......... Step ................................................ .................................................... ........................................ Step .............................................. .................................................... ..........Fig.2.... Step ................................................ .................................................. ............................................Fig.3.... Step .............................................. .................................................... .................................................... .......................... ................................................ .................................................. .................................................. ............................ .............. Fig.2 Learning questionnaire results by neural network. ...................... Fig.3 Multi-dimensional visualization of questionnaire results. .... ........ [1] ......, .. “.......................................... Dr. Mainte ......,” ..........................Vol. 9, No. 2 (2010). .............. .............. .............. .............. .............. .............. .. .... .... .... .... ............ ............ ................ .............. ............ .......... (b).. Operation year Accumulative leakage probability .............. .............. .............. .............. .............. .............. .. .... .... .... .... ............ .............. ................ .............. ............ .......... (c).. Operation year Annual NPV (J-Yen) PND(A) : .... A ...................... ..: .......... .................................... A*...................................... (a).. .. = 0.005 ...................................................................... ........ - 348 -
“ “規格基準は事業者と規制をつなぐ技術者と行政のルール “ “奈良林 直,Tadashi NARABAYASHI
著者検索
ボリューム検索
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)