超音波探傷訓練へのシミュレーション解析技術の適用

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カテゴリ: 第11回
1.はじめに
プラントの保全において非破壊検査技術その中でも超 音波探傷試験(以下、UT と記す)は健全性評価を担う重 要な技術の一つである。UT では、探傷技術者が探傷結果 (波形又は画像)を解釈して欠陥の識別、検出、サイジ ングを行っている。この解釈はエコーの発生源を推定す る逆解析であり、探傷技術者の頭脳内で行われている。 この逆解析の能力が技量の一つであると考えられ、技量 向上策の一つに数多くの試験体を探傷する訓練が有効で あると考えられる。 一方、探傷結果の解釈を支援する技術の一つとして、 シミュレーション解析が活用されてきている[1]。このシ ミュレーション解析では、探傷の条件と試験体(形状、 材質、欠陥等)の条件を入力して探傷結果の予測や超音 波の伝搬状況を表示するものであり、探傷技術者の頭脳 内でのイメージを支援するものと考えられる。 ここでシミュレーション解析が、探傷結果を再現でき る信頼のある結果を出力できて、実際の探傷と同程度の 量の結果が出力できるのであれば、前述の「数多くの試 験体を探傷」したデータに代替することができると考え られる。しかも、シミュレーション解析で設定した試験 体の条件の中の欠陥の位置や寸法は「正解」であり、そ れらを開示して訓練すればオープンな訓練に、伏せて訓 練すればブラインド訓練に活用できると考える[2]。 そのためには、探傷結果を再現できる信頼のあるシミ ュレーション解析技術が不可欠であり、著者らはその研 究を進めているところである。特に、オーステナイト系 ステンレス鋼溶接部やニッケル基合金溶接部は UT によ るき裂の検出、サイジングが難しい部位であり、オース テナイト系鋼溶接金属に対するシミュレーション解析技 術の高度化を検討している。 オーステナイト系鋼溶接金属の柱状晶組織は、音速測 定の結果により横等方性の異方性を示すことは既知であ り[3,4]、ミュレーション解析では六方晶モデルとして扱 うことで超音波の伝搬経路が再現されてきた[5,6]が、減 衰やノイズの再現は不十分であった。最近では、溶接金 属の断面を後方散乱電子回折像(EBSP)で実測して柱状 晶をモデル化する方法[7,8]やボロノイ分割を応用して柱 状晶をモデル化する方法[9]などが提案され、これらに立 方晶の物性値を設定して異方性に加えて減衰やノイズ (散乱)が再現されている。 本研究は、断面の実測を伴わずに、ある程度溶接条 件を反映する柱状晶組織のモデル化方法として、凝固 シミュレーションに基づく溶接金属の柱状晶組織予測 手法を検討しており、その柱状晶組織を用いて UT シ ミュレーションにおけるオーステナイト系溶接金属の 柱状晶モデルの高度化を図り、簡便な手法により超音 波の伝搬特性を評価する方法を開発することを目的と している。本稿では、オーステナイト系溶接金属の柱 状晶組織予測手法を検討し、まず簡易なモデルにより 柱状晶組織を予測し、UT シミュレーションにおいて 柱状晶の境界や溶接金属と母材との境界での反射(散 乱)の再現性について評価した。
2.溶接金属の柱状晶組織予測手法
柱状晶組織の予測は、凝固シミュレーションを用いて 鋳造組織に対して行われている[10,11]が、多層盛溶接金属 の柱状晶組織に対してはほとんど行われていない。本研 究では、鋳造組織の凝固シミュレーションを基にして溶 接金属の柱状晶組織を予測する手法を検討した。 鋳造組織の凝固シミュレーションは、熱伝導、溶質拡 散を決定論的方法(差分法)で計算し、核生成、核成長 を確率論的方法(モンテカルロ法)で計算する Zhu らに よって提案されたモデル[10]を用いて行った。また、多成 分系への適用については野上らの手法[11]を参考にした。 図1に示すように熱伝導、溶接拡散の計算は粗い格子 の差分格子を用い、核生成、核成長は細かく配置したモ ンテカルロセルを用いて計算する。計算は、まず熱伝導、 溶質拡散を全差分格子点で計算した後、核生成、核成長 を全セルに対してモンテカルロ計算を行い、凝固終了ま でこれらの計算を繰返し行う。 熱伝導及び溶質拡散は、(1)式及び(2)式に示す熱伝導方 程式及び拡散方程式を、一次差分陽解法で計算する。こ こで、λは熱伝導率、Cpは比熱、ρは密度、qtは凝固し たセルによる潜熱放出量、D は溶質の拡散係数、qc は凝 固したセルからの溶質再分配量である。熱伝導率及び拡 散係数は、隣接差分要素間の液相率を考慮して求める[12]。 核生成計算及び核成長計算は、モンテカルロセルの面 積、セルの厚さ、過冷度、核生成頻度パラメータ、固液 界面の増減、結晶粒界面の増減、固液界面エネルギー、 粒界エネルギー等のパラメータを設定して核生成確率及 び核成長確率に基づいて計算する[12]。 UT シミュレーションにおいて柱状晶組織をモデル化 するためには、柱状晶の寸法(幅や長さ)、結晶粒界の形 状、結晶方位の情報が必要である。上記の凝固シミュレ ーションでは、柱状晶の形状、寸法の予測は可能である が、結晶方位の予測はモデルに含まれていない。そこで、 結晶方位に対して、柱状晶の成長方向については、<100> 方向が成長方向に配向しているので凝固シミュレーショ ンで予測する手法を検討した。柱状晶の成長方向の結晶 方位は、オーステナイト系溶接金属の場合、溶融境界か ら<100>方向にエピタキシャル成長するため、優先成長方 向と熱流方向が一致するほど先行して成長する。従って、 溶融境界の母材から結晶成長したセルの熱流方向を計算 し、その方向を<100>方向とした。溶接金属の熱流方向を 考慮すると<100>方向(図2中のθ)は0~180rの範囲とな - 350 - るので、熱流方向に応じて 0~1800 のセル番号(ID)を 与え、セル番号/10 がそのセルの<100>方向(熱流方向) と設定した。その後、そのセルから結晶成長したセルは 同じ柱状晶として同じセル番号とした。従って、隣接し た同じセル番号のセルが一つの柱状晶(結晶)となり、 柱状晶は曲がって成長するが結晶方位の変化はない。 溶接金属の柱状晶組織予測は、図 2 に示す 2 次元モデ ル(100×20mm)に対して行った。通常溶接部は多層盛溶 接となるが、今回は UT シミュレーションへのモデル化 への第一歩として、溶接パスを一つにグルーピングした モデルとした。図 2 に示す開先部に入熱を与え、融点以 上に加熱された領域を溶接金属部として冷却過程におい て凝固シミュレーションを行った。凝固シミュレーショ ンにおいては、差分格子間隔 250μm、六角形のモンテカ ルロセルのサイズは母材の結晶粒と同等の 50μm とし、 Fe-18%Cr-8%Ni のオーステナイト系ステンレス鋼の物性 値を用いてシミュレーションを行った。 図 3 に凝固シミュレーション結果を示す。板厚の中心 部より下位の部分では、柱状晶のサイズ及び成長方向の 曲がりはある程度模擬できているが、上位の部分では、 柱状晶の成長方向が実溶接部とは大きく異なる。これは、 今回のシミュレーションにおいて入熱を一括で与えたた めと考えており、今後の検討課題の一つである。各溶接 パスを模擬することによって、柱状晶組織の予測精度を 向上させることが出来ると考えられる。 tT cq yT yxT x p t ∂∂ = +││?? ││?? ∂∂ ∂∂ +│?? │?? ∂∂ ∂∂ ρ λ λ (1) tC q yC D yxC D x c ∂∂ = +││?? ││?? ∂∂ ∂∂ +│?? │?? ∂∂ ∂∂ (2) Fig.1 Difference lattice and Monte Carlo cell Fig.2 Two dimensional model for solidification simulation Fig.3 Results of solidification simulation 3.超音波伝搬シミュレーション 2章の凝固シミュレーションにより計算した柱状晶を 用いてUT シミュレーションを行った。UT シミュレーシ ョンのソルバーは市販の ComWAVE(伊藤忠テクノソリ ューションズ社製)を用いた。凝固シミュレーションの 結果は、各セルの座標と成長方向の結晶方位を含む各セ ルのセル番号である。凝固シミュレーションの結果は、 UT シミュレーションのFEM メッシュに座標変換して用 いた。また、セル番号は、そのままFEMメッシュの材料 番号として用いた。各柱状晶の成長方向の結晶方位 (<100>方向)はセル番号(材料番号)であり、成長方向 に直交方向の方位はランダムに与えた。図 4 に UT シミ ュレーションに用いた解析モデルの概略図を示す。凝固 シミュレーションにおいて、板厚上部は実際の溶接部と 大きく異なるので、図 3 に示すように底部から 15mm の 柱状晶組織をモデル化した。探傷の条件は、基本探傷に 一般に用いる2MHz横波45度斜角法の条件を設定して溶 接の中央部から1mm 刻みで50mm まで探触子を移動し、 各々の探傷波形を計算した。溶接金属モデルに設定した 弾性定数は、表 1 に示すオーステナイト系鋼の文献値[6] を用い、母材の音速は縦波が 5.7km/s、横波が 3.1km/s と した。密度は溶接金属、母材ともに7.9 x103kg/m3とした。 図5は、探触子と溶接中央部の距離が8mmの場合での 超音波の伝搬の様子を示す波面の例である。超音波が試 験体に入射後各々2μs及び3.7μs の波面である。溶融境界 図6 はシミュレーション解析結果をB スコープ表示し たものであり、図(a)が深さ 2mm の欠陥を設置した結果、 図(b)は無欠陥の結果である。これらの図は、B スコープ 上に解析モデル(溶接部の形状及び欠陥の位置と寸法) を重ねて表示しており、欠陥からのエコーが明瞭に表示 されるとともに、裏波部エコーと柱状晶同士の境界部近 傍や溶融境界からの微弱な複数のエコーが確認できる。 ここで、解析モデルを重ねて表示しないで、これらの シミュレーション解析からあるいは B スコープの基にな る波形から欠陥の有無を判断し、欠陥位置の検出や欠陥 深さのサイジングをすることは、探傷結果を解釈する作 業と同様なことと言える。探傷作業と同様な操作で、探 傷技術者が操作しやすいユーザーインターフェースを作 るなどの周辺の整備は必要であるものの、シミュレーシ ョン解析を超音波探傷訓練へ活用する方策が提案できる ものと考える。 Table 1 Elastic stiffness(GPa)[6] C11= C22=C33 C12= C13=C23 C44=C55=C66 216 145 129 Fig.4 Model for UT simulation (a) Wave front after 2μs (b) Wave front after 3.7μs Fig.5 Results of UT simulation for wavy fusion line 1 mm step scanning 2MHz A45 50 mm 30 mm 70 mm - 351 - で超音波が反射し、探触子方向に戻っている様子や柱状 晶の境界で超音波が反射(散乱)する様子が確認できる。 この現象は、六方晶としてモデル化する既往のモデルで は再現が困難であった。 (a) With defect (2.0 mm depth) (b) Without defects Fig.6 Simulated B-scope images 4.まとめ UT シミュレーション解析を探傷技術者の訓練へ適用 することを見据えて解析の高度化を図り、凝固シミュレ ーションに基づくオーステナイト系溶接金属の柱状晶組 織予測手法を、UT シミュレーションに適用した。これに より柱状晶同士の境界部近傍や溶融境界からのエコーが 再現され、既往の UT シミュレーションモデルに比べて より現実に近い解析結果が再現できる見通しが得られた。 今後、柱状晶組織の予測精度向上を図り実際の溶接組織 と比較した妥当性検証を行うとともに、UT シミュレーシ ョン解析でも実際の探傷結果と比較して精度検証を行う 予定である。また、UT シミュレーション解析結果を超音 方位依存性”、非破壊検査、32(2)、1983、p.134 [4] 廣瀬ら、“音響異方性を有する材料中における超音波 伝搬特性”、非破壊検査、39(2)、1991、P.74 [5] J.A.Ogilvy, ““A model for elastic wave propagation in anisotropic media with applications to ultrasonic inspection through austenitic steel““, British Journal of NDT, 27(1), 1985, P.13 [6] J.A.Ogilvy, ““An iterative ray tracing model for ultrasonic nondestructive testing““, NDT & E International 25(1), 1992, P.3 [7] C Nageswaran et al., ““Microstructural quantification, modeling and array ultrasonics to improve the inspection of austenitic welds““, Insight, 51(12), 2009, P.1 [8] 中畑ら、“異材溶接部のイメージベース波動伝搬シミ ュレーションとその実験的検証”、保全学、10(2)、 2011、 P.49 [9] 坂本ら、“ステンレス鋳鋼配管における超音波伝搬シ ミュレーション”、保全学、11(2)、2012、P.77 [10] P.Zhu and R.W.Smith, ““Dynamic simulation of crystal growth by Monte Carlo method-II. Ingot microstructures““, Acta metall. mater., 40(12), 1992, P.3369 [11] 野上ら、“ハイブリッドモデルと計算熱力学連成によ る凝固組織シミュレーション”、まてりあ、42(10)、2003、 P.731 [12] 水野ら、“オーステナイト系溶接金属の柱状晶組織予 測手法及びモデル化による超音波伝搬シミュレーシ ョン”、第21回超音波による非破壊評価シンポジウム 講演論文集、平成26年1月、P.185 - 352 - 波探傷技術者の訓練へ活用する具体的な方法も検討する 予定である。 参考文献 [1] 古川ら、“超音波伝搬シミュレーション解析を用いた 超音波探傷の支援技術”平成 20 年度火力原子力発電 大会論文集別冊CD-ROM、 2009、P.123 [2] 古川ら、“超音波探傷シミュレータ” 第 14 回超音波 による非破壊評価シンポジウム講演論文集、平成 19 年1月、P.145 [3] 松本ら、“ステンレス鋼オーバーレイの減衰、音速の“ “超音波探傷訓練へのシミュレーション解析技術の適用 “ “古川 敬,Takashi FURUKAWA,水野 亮二,Ryoji MIZUNO,上山 芳教,Yoshinori KAMIYAMA
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