BWR環境におけるステンレス鋳鋼の熱時効評価
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カテゴリ: 第11回
1.概要
BWR機器の取り換え時に生じた材料を用いてシャル ピー衝撃試験等を実施し、BWR環境で熱履歴を受けた ステンレス鋳鋼の材料特性を取得した。また、同じ材料 に溶体化熱処理を施して同様の試験を実施し結果を比較 したところ、熱履歴を受けたの靱性は溶体化熱処理 材より低く、熱時効を示唆する結果が得られた。これら の結果を既存のステンレス鋳鋼熱時効評価手法である H3Tモデル式[1]及びNRCモデル式[2]と比較し、既存のモデ ル式で保守的に評価できることを確認した。
2.試験材
2.1 試験材の履歴 試験材には,BWR機器の取り換え時に生じたステン レス鋳鋼を用いた。これらの材料は使用期間の間、運転 環境に応じた熱履歴を受けている。試験材の採取位置及 び使用履歴を表1に示す。4か所から採取した材料を用い ており、採取場所はそれぞれA 材:原子炉再循環系(P LR)配管出口弁の弁体、B 材:PLRポンプ入口弁の 弁体、C 材:PLR配管出口弁の弁箱及び、D 材:PL Rポンプのケーシングカバーである。このうち、A材とB 材は採取時期は異なるが同じプラントの材料であり、合 わせて評価を行った。 表1 試験材の採取位置及び使用履歴 試験材 採取部位 使用温度 使用年数 使用時間 A材 弁体 277°C 約22年 138,313時間 B材 弁体 277°C 約37年 228,696時間 C材 弁箱 276°C 約29年 157,372時間 D材 ポンプケーシング カバー 276°C 約36年 235,930時間 連絡先:田中重彰、〒235-8523 神奈川県横浜市磯子区 新杉田町 8、(株)東芝 原子力システム設計部 材料 設計担当、E-mail:shigeaki.tanaka@toshiba.co.jp - 363 - 3.機械的試験 熱時効の評価を行うためには入熱前後の材料特性を比 較することが有効だが、対象は機器として納入されたも のであり製造当時の残材は残されていない。そこで、試 験材の一部に溶体化熱処理を施した後に機械的試験を行 うことにより、使用以前の材料特性を取得した。熱処理 はASTM A351の溶体化熱処理条件に準拠し、1040°C×1 時間保持→水冷とした。 3.1 試験方法 引張試験はJIS Z 2201に準拠して製作した平板型試験 片を用い、耐力、引張強さ及び破断伸びを求めた。試験 温度は室温と288°Cの2条件とし、繰り返し数を2回とし た。硬さはJIS Z 2244に準拠してビッカース硬度計を用い 2.2 試験材の化学成分 各試験材について化学成分を分析し、規格との比較を 行った。それぞれの試験材の化学成分を表 2 に示す。分 析元素はASTMで定められている 8 元素に加え、フェラ イト量の評価に用いるN及びNbとした。フェライト量に ついては化学成分による計算及び溶体化熱処理前後でフ ェライトスコープを用いた実測を行った。各材料の測定 によるフェライト量の平均値と計算値を表 3 に示す。A 材及びB材についてはNとNbの実測値がなかったため、そ れぞれ 0.04%及び 0%と想定して計算を行った。ASTM A800 はH3Tモデル[1]に使用されるフェライト量の計算値 であり、Hull’s Equivalent Factor はNRCモデル[2]に用いら れるフェライト量計算値である。溶体化熱処理前後で測 定値に有意な差は見られず、マクロなフェライト組織に 熱処理による変化はないと推測された。 て測定した。A材の荷重は98N で5点測定を実施し、平 均を求めた。C 材の荷重は4.9N、D 材の荷重は9.8N で、 3 方向それぞれについて15 点測定し平均を算出した。ま た、A材は0.098Nでオーステナイト相及びフェライト相 内の硬さを各 5 点測定し、平均を求めた。また、C 材の は0.49N、D 材は0.098N で、オーステナイト相及びフェ ライト相内の硬さを各10点測定し、平均を求めた。 シャルピー衝撃試験は A 材ではサブサイズ(10mm× 5mm×55mm)、B材、C材、D 材ではフルサイズ(10mm ×10mm×55mm)のVノッチ試験片を用いてJIS Z 2242 に準拠して実施した。試験温度は概ね-150~150°Cの範囲 で、高温側及び低温側の衝撃値の飽和が確認できるよう に設定した。試験後に破面のSEM観察を行い、破壊形態 を確認した。 破壊靭性試験はA 材、B 材、D 材では1TCT 試験片を 用い、C 材については 0.8TCT 試験片を用いて ASTM 表2 試験材の化学成分(分析値,wt%) E1820に準拠し、測定した。試験温度は室温及び288°Cの 2 条件とし、繰り返し数2回で測定を行った。C材の再溶 試験材 鋼種 C Si Mn P S Cr Ni Mo N Nb 規格値 ASTM CF8 A351 以下 0.08 体化材については繰り返し数 1 回で測定を行った。試験 には除荷コンプライアンス法を用いた。試験後に破面観 察を行い破壊形態を確認するとともに破面長さの補正を 行った。 3.2 引張試験・硬さ試験 引張試験結果をまとめて表 4 に示す。室温での引張試 験結果は規格の範囲内の値であった。熱処理による引張 特性の有意な変化は見られなかった。 - 364 - 2.00 以下 1.50 以下 0.040 以下 0.040 以下 18.0~ 21.0 8.0~ 11.0 0.50 以下 - - 規格値 ASTM CF8M A351 以下 0.08 1.50 以下 1.50 以下 0.040 以下 0.040 以下 18.0~ 21.0 9.0~ 12.0 2.0~ 3.0 - - A材 ASTM CF8M A351 0.06 0.90 0.96 0.03 0.011 19.53 10.41 2.28 未測定 未測定 B材 ASTM CF8M A351 0.04 0.82 0.95 0.015 0.01 19.34 10.33 2.27 未測定 未測定 C材 ASTM CF8 A351 0.05 1.18 0.97 0.037 0.008 19.81 8.97 0.39 0.03 0.01 D材 ASTM CF8M A351 0.07 1.06 0.716 0.037 0.010 20.96 9.42 2.51 0.060 0.009 表3 試験材のフェライト量の測定値(平均) と計算値(%) フェライトスコープの測定値 H3Tモデル NRCの手法 熱時効材 再溶体化材 Schoefer (ASTM Diagram) A800 (Hull’s Factor) Equivalent A材 16.1 17.1 10.1 10.3 B材 15.6 - 11.8 12 C材 13.9 14.4 11.6 11.4 D材 22.1 22 17.5 21.2 試験材 表4 試験材の引張試験結果 試験材 鋼種 熱処理条件 試験温度 0.2%耐力 MPa 引張強さ 破断伸び MPa % 規格値 CF-8 - 室温 ≧205 ≧485 ≧35 規格値 CF-8M - 室温 ≧205 ≧485 ≧30 室温 243 240 508 35.8 562 49.1 A材288°C 159 158 371 25.3 422 23.9 室温 248 246 523 48.8 494 37.0 288°C 161 167 376 28.5 412 29.5 290 512 35 B材 272 541 43 190 418 33 222 472 31 299 495 58 289 495 45 197 395 30 203 439 43 275 487 61 288 492 58 178 400 30 198 388 32 274 510 55 287 527 50 226 440 39 237 456 39 294 506 62 283 486 54 245 476 41 234 452 43 硬さ測定結果を表 5 に示す。全体的な硬さに熱処理条 件による差は見られなかった。相ごとの硬さでは、熱時 効材はオーステナイト相内の硬さが 142~199HV であっ たのに対し、フェライト相の硬さは230~300HVだった。 再溶体化熱処理によりフェライト相の硬さは 41~74HV 低下したのに対し、オーステナイト相の硬さの有意な変 化はなく、熱時効によるフェライト相の硬化を示唆する 結果が得られた。表5 試験材の硬さ測定結果 試験材 熱処理条件 全体 フェライト相 HV HV オーステナイト相 HV A材 熱時効材 再溶体化材 148 152 230 189 142 146 C 材 熱時効材 再溶体化材 157 167 297 223 熱時効材 CF-8M 再溶体化材 CF-8M 熱時効材 熱時効材 CF-8 再溶体化材 熱時効材 CF-8M 再溶体化材 172 171 D材 熱時効材 再溶体化材 188 185 300 255 199 189 3.3 シャルピー衝撃試験 A 材及びB 材における衝撃値の温度依存性を図1 に、 C 材における衝撃値の温度依存性を図 2 に、D 材におけ る衝撃値の温度依存性を図 3 に示す。いずれの材料も熱 時効により低温側の衝撃値が低下した。また、A 材と B 材を比較すると使用時間の増加に伴い上部棚エネルギー ○:A材 熱時効材(138,313h使用) 室温 ◆:B 材 熱時効材(228,696h使用) △:A材 再溶体化材 288°C 室温 288°C C材 室温 288°C D材 ○:C 材 熱時効材(157,372h 使用) ●:C 材 再溶体化材 - 365 - 室温 288°C 室温 288°C を示す温度が高温側に移動する傾向が見られた。これら より、BWR環境で使用された材料は時間とともに衝撃 値が低下することが確認された。ただし、D 材では再溶 体化材と比較して低温側で衝撃値の低下がみられるもの の、他の材料ほど明確ではない。これは、低温側の再溶 体化材の衝撃値自体が低いことなどが影響していると考 えられる。図1 A及びB材の衝撃値と温度の関係 図2 C材の衝撃値と温度の関係 もっとも近いのは290°Cのフィッティングラインだが、衝 400 ○:D材 熱時効材 熱時効材(235,930h使用) 再溶体化材 撃値の実験値はこれよりも上の値となっている。 350 ●:D材 NRCモデル推定値 再溶体化材 H3Tモデル推定値 300□:A材(再溶体化材 試験温度 室温) ■:A材(熱時効材 試験温度 室温) 250◇:B 材(熱時効材 試験温度50°C) ◆ :B材(熱時効材 試験温度0°C) 20015010050290°Cにおける実験値の曲線 0 -120 -80 -40 0 40 80 120 試験温度[°C] 図3 D材の衝撃値と温度の関係 室温における熱時効時間と衝撃値の関係を図4に示す。 図 4 では室温における衝撃値の平均値をプロットし、最 大衝撃値と最小衝撃値はバーで示した。B 材は室温での 測定値がないため、温度依存性の近似曲線による推定値 で示した。D 材以外の材料で、熱時効時間の増加に伴い 衝撃値が低下する傾向が確認された。 □:A材(再溶体化材)■:A材(熱時効材) ◆:B 材(熱時効材) ○:C材(再溶体化材)●:C材(熱時効材) △:D材(再溶体化材)▲:D材(熱時効材) 0 102 104 106 図4 熱時効時間と衝撃値(室温)の関係 材料によって程度に差はあるが、BWR環境において ステンレス鋳鋼が脆化挙動を示すことが確認された。 A材及びB材の衝撃値を従来データ[2]と比較して図 5 に 示す。図中には時効温度ごとに衝撃値の時間依存性を示 すフィッティング結果が報告されている。今回の材料に - 366 - 図5 A材及びB材の衝撃値と文献値の比較 これらの結果より、ステンレス鋳鋼はBWR環境で熱 脆化による靱性低下を示すが、その程度は290°C以上の温 度で得られた従来知見を上回る値であり、時効温度の傾 向に沿った結果であることが分かった。 3.4 破壊靭性試験 破壊靭性試験の結果をまとめて表 6 に示す。得られた JQ値のvalidityの判定はASTM E1820-08aの判定基準で評価 した。多くのデータはinvalidだったが、A材とB材は系統 的にvalidなデータ得られたので、これらについて熱時効 時間依存性を評価した。その結果を図6に示す。288°Cの 破壊靱性値は使用時間とともに低下する傾向が確認され た。 表6 試験材の破壊靱性値 試験材 熱処理条件 試験温度 JQ値 (kJ/m2) 判定結果 BN≧10JQ/σf b0≧10JQ/σf dJ/da≦σf 室温 487 valid valid valid 熱時効材 室温 288°C 464 322 valid valid valid valid valid valid A材288°C 399 valid valid valid 室温 1432 invalid invalid invalid 再溶体化材 288°C 室温 916 953 invalid invalid invalid invalid invalid invalid 288°C 441 valid valid valid 室温 246 valid valid valid B材熱時効材 室温 288°C 349 217 valid valid valid valid valid valid 288°C 324 valid valid valid 室温 1219 invalid invalid invalid 熱時効材 C材 室温 288°C 288°C 1181 642 445 invalid invalid valid invalid invalid invalid invalid valid valid 室温 995 invalid invalid invalid 288°C 435 valid valid valid 室温 1120 invalid invalid invalid 室温 1351 invalid invalid invalid 288°C 231 valid valid valid 288°C 297 valid valid valid 室温 511 valid valid valid 室温 567 valid valid valid 288°C 225 valid valid valid 288°C 212 valid valid valid 図6 A材及びB材の熱時効時間と破壊じん性値の 関係(288°C) 4.評価 試験材で得られた結果を既存の評価モデル式と比較し た。比較に用いたモデル式はH3Tモデル[1]及びNRCが提唱 しているモデル[2]の2種類とした。比較結果の例としてA 材及びB材の室温における衝撃値を上記のモデル式と比 較した結果を図 7 に示す。いずれの材料も衝撃値の平均 B材H3Tモデル(228,696h) ◆:B材 熱時効材(試験温度 0°C) ■:B材 熱時効材(試験温度 50°C) ●:A材 熱時効材(試験温度 室温) ▲:A材 再溶体化材(試験温度 室温) - 367 - A材H3Tモデル(138,313h) A材NRC モデル(138,313h) B材NRC モデル(228,696h) 0 102 104 106 再溶体化材 熱時効材 D材 再溶体化材 ( ):invalid A材 再溶体化材 A材 熱時効材 (138,313h) B 材 熱時効材 (228,696h) 値はモデル式を上回る値であることが確認された。 図7 A材及びB材の衝撃値とモデル式の比較 図 8 に熱時効による破壊靱性値の低下が見られたB材 の 288°CにおけるJ-R曲線とH3Tモデル[1]及びNRCモデ ル[2]によるJ-R曲線を比較して示す。中川ら[3]はばらつき を統計的に考慮したH3Tモデル[1]の下限特性を用いてP LRポンプの健全性評価を行った。ここでの評価でも下 限特性によるJ-R曲線を比較対象とした。き裂進展量が小 さい時に逆転がみられるが、き裂が進展したあとは試験 で得られたJ-R曲線はモデル式を上回ることが確認され た。 図8 B材のJ-R曲線とモデル式の比較 これらの結果よりBWR使用環境において熱時効を 受けたステンレス鋳鋼の靱性値は従来の評価手法によ り保守的に評価できることが確認された。 実験から求めたJ-R曲線(288°C) NRCモデル推定曲線(290°C) H3Tモデル推定曲線(325°C) 5.まとめ BWR機器の取り換え時に生じたステンレス鋳鋼を用 いて、熱時効評価を行った。熱時効の有無で引張強度に 変化はないが、シャルピー衝撃値や破壊靱性値等の靱性 は熱時効による低下を示唆する結果が得られた。熱時効 の材料特性に及ぼす影響は従来の評価手法であるH3Tモ デル[1]やNRCのモデル[2]を用いることにより保守側に評 価できることが確認された。 謝辞本研究の一部は電力共通研究として実施いたしました。 東北電力(株)、中部電力(株)、北陸電力(株)、電源開 発(株)及び(財)電力中央研究所の研究関係各位に感 謝の意を表します。 参考文献 [1] Kawaguchi et. al., “Prediction Method of Tensile Properties and Fracture Toughness of Thermally Aged Cast Duplex Stainless Steel Piping,” Proceeding of PVP2005-71528. [2] O. K. Chopra, “Estimation of Fracture Toughness of Cast Stainless Steels during Thermal Aging in LWR Systems”, NUREG/CR-4513 Rev.1, ANL-93/22, 1994.S. [3] 中川ら、「原子炉再循環系ポンプの熱時効に関する健 全性評価」、日本保全学会 第9 回学術講演会 要旨集、 2012、pp. 91-95. - 368 -“ “BWR環境におけるステンレス鋳鋼の熱時効評価 “ “田中 重彰,Shigeaki TANAKA,平本 真紀,Maki HIRAMOTO,西山 俊明,Toshiaki NISHIYAMA,中川 純二,Junji NAKAGAWA,塩田 翔,Sho SHIODA,宮田 肇,Hajime MIYATA,豊田 哲也,Tetsuya TOYOTA,杉山 正成,Masanari SUGIYAMA
BWR機器の取り換え時に生じた材料を用いてシャル ピー衝撃試験等を実施し、BWR環境で熱履歴を受けた ステンレス鋳鋼の材料特性を取得した。また、同じ材料 に溶体化熱処理を施して同様の試験を実施し結果を比較 したところ、熱履歴を受けたの靱性は溶体化熱処理 材より低く、熱時効を示唆する結果が得られた。これら の結果を既存のステンレス鋳鋼熱時効評価手法である H3Tモデル式[1]及びNRCモデル式[2]と比較し、既存のモデ ル式で保守的に評価できることを確認した。
2.試験材
2.1 試験材の履歴 試験材には,BWR機器の取り換え時に生じたステン レス鋳鋼を用いた。これらの材料は使用期間の間、運転 環境に応じた熱履歴を受けている。試験材の採取位置及 び使用履歴を表1に示す。4か所から採取した材料を用い ており、採取場所はそれぞれA 材:原子炉再循環系(P LR)配管出口弁の弁体、B 材:PLRポンプ入口弁の 弁体、C 材:PLR配管出口弁の弁箱及び、D 材:PL Rポンプのケーシングカバーである。このうち、A材とB 材は採取時期は異なるが同じプラントの材料であり、合 わせて評価を行った。 表1 試験材の採取位置及び使用履歴 試験材 採取部位 使用温度 使用年数 使用時間 A材 弁体 277°C 約22年 138,313時間 B材 弁体 277°C 約37年 228,696時間 C材 弁箱 276°C 約29年 157,372時間 D材 ポンプケーシング カバー 276°C 約36年 235,930時間 連絡先:田中重彰、〒235-8523 神奈川県横浜市磯子区 新杉田町 8、(株)東芝 原子力システム設計部 材料 設計担当、E-mail:shigeaki.tanaka@toshiba.co.jp - 363 - 3.機械的試験 熱時効の評価を行うためには入熱前後の材料特性を比 較することが有効だが、対象は機器として納入されたも のであり製造当時の残材は残されていない。そこで、試 験材の一部に溶体化熱処理を施した後に機械的試験を行 うことにより、使用以前の材料特性を取得した。熱処理 はASTM A351の溶体化熱処理条件に準拠し、1040°C×1 時間保持→水冷とした。 3.1 試験方法 引張試験はJIS Z 2201に準拠して製作した平板型試験 片を用い、耐力、引張強さ及び破断伸びを求めた。試験 温度は室温と288°Cの2条件とし、繰り返し数を2回とし た。硬さはJIS Z 2244に準拠してビッカース硬度計を用い 2.2 試験材の化学成分 各試験材について化学成分を分析し、規格との比較を 行った。それぞれの試験材の化学成分を表 2 に示す。分 析元素はASTMで定められている 8 元素に加え、フェラ イト量の評価に用いるN及びNbとした。フェライト量に ついては化学成分による計算及び溶体化熱処理前後でフ ェライトスコープを用いた実測を行った。各材料の測定 によるフェライト量の平均値と計算値を表 3 に示す。A 材及びB材についてはNとNbの実測値がなかったため、そ れぞれ 0.04%及び 0%と想定して計算を行った。ASTM A800 はH3Tモデル[1]に使用されるフェライト量の計算値 であり、Hull’s Equivalent Factor はNRCモデル[2]に用いら れるフェライト量計算値である。溶体化熱処理前後で測 定値に有意な差は見られず、マクロなフェライト組織に 熱処理による変化はないと推測された。 て測定した。A材の荷重は98N で5点測定を実施し、平 均を求めた。C 材の荷重は4.9N、D 材の荷重は9.8N で、 3 方向それぞれについて15 点測定し平均を算出した。ま た、A材は0.098Nでオーステナイト相及びフェライト相 内の硬さを各 5 点測定し、平均を求めた。また、C 材の は0.49N、D 材は0.098N で、オーステナイト相及びフェ ライト相内の硬さを各10点測定し、平均を求めた。 シャルピー衝撃試験は A 材ではサブサイズ(10mm× 5mm×55mm)、B材、C材、D 材ではフルサイズ(10mm ×10mm×55mm)のVノッチ試験片を用いてJIS Z 2242 に準拠して実施した。試験温度は概ね-150~150°Cの範囲 で、高温側及び低温側の衝撃値の飽和が確認できるよう に設定した。試験後に破面のSEM観察を行い、破壊形態 を確認した。 破壊靭性試験はA 材、B 材、D 材では1TCT 試験片を 用い、C 材については 0.8TCT 試験片を用いて ASTM 表2 試験材の化学成分(分析値,wt%) E1820に準拠し、測定した。試験温度は室温及び288°Cの 2 条件とし、繰り返し数2回で測定を行った。C材の再溶 試験材 鋼種 C Si Mn P S Cr Ni Mo N Nb 規格値 ASTM CF8 A351 以下 0.08 体化材については繰り返し数 1 回で測定を行った。試験 には除荷コンプライアンス法を用いた。試験後に破面観 察を行い破壊形態を確認するとともに破面長さの補正を 行った。 3.2 引張試験・硬さ試験 引張試験結果をまとめて表 4 に示す。室温での引張試 験結果は規格の範囲内の値であった。熱処理による引張 特性の有意な変化は見られなかった。 - 364 - 2.00 以下 1.50 以下 0.040 以下 0.040 以下 18.0~ 21.0 8.0~ 11.0 0.50 以下 - - 規格値 ASTM CF8M A351 以下 0.08 1.50 以下 1.50 以下 0.040 以下 0.040 以下 18.0~ 21.0 9.0~ 12.0 2.0~ 3.0 - - A材 ASTM CF8M A351 0.06 0.90 0.96 0.03 0.011 19.53 10.41 2.28 未測定 未測定 B材 ASTM CF8M A351 0.04 0.82 0.95 0.015 0.01 19.34 10.33 2.27 未測定 未測定 C材 ASTM CF8 A351 0.05 1.18 0.97 0.037 0.008 19.81 8.97 0.39 0.03 0.01 D材 ASTM CF8M A351 0.07 1.06 0.716 0.037 0.010 20.96 9.42 2.51 0.060 0.009 表3 試験材のフェライト量の測定値(平均) と計算値(%) フェライトスコープの測定値 H3Tモデル NRCの手法 熱時効材 再溶体化材 Schoefer (ASTM Diagram) A800 (Hull’s Factor) Equivalent A材 16.1 17.1 10.1 10.3 B材 15.6 - 11.8 12 C材 13.9 14.4 11.6 11.4 D材 22.1 22 17.5 21.2 試験材 表4 試験材の引張試験結果 試験材 鋼種 熱処理条件 試験温度 0.2%耐力 MPa 引張強さ 破断伸び MPa % 規格値 CF-8 - 室温 ≧205 ≧485 ≧35 規格値 CF-8M - 室温 ≧205 ≧485 ≧30 室温 243 240 508 35.8 562 49.1 A材288°C 159 158 371 25.3 422 23.9 室温 248 246 523 48.8 494 37.0 288°C 161 167 376 28.5 412 29.5 290 512 35 B材 272 541 43 190 418 33 222 472 31 299 495 58 289 495 45 197 395 30 203 439 43 275 487 61 288 492 58 178 400 30 198 388 32 274 510 55 287 527 50 226 440 39 237 456 39 294 506 62 283 486 54 245 476 41 234 452 43 硬さ測定結果を表 5 に示す。全体的な硬さに熱処理条 件による差は見られなかった。相ごとの硬さでは、熱時 効材はオーステナイト相内の硬さが 142~199HV であっ たのに対し、フェライト相の硬さは230~300HVだった。 再溶体化熱処理によりフェライト相の硬さは 41~74HV 低下したのに対し、オーステナイト相の硬さの有意な変 化はなく、熱時効によるフェライト相の硬化を示唆する 結果が得られた。表5 試験材の硬さ測定結果 試験材 熱処理条件 全体 フェライト相 HV HV オーステナイト相 HV A材 熱時効材 再溶体化材 148 152 230 189 142 146 C 材 熱時効材 再溶体化材 157 167 297 223 熱時効材 CF-8M 再溶体化材 CF-8M 熱時効材 熱時効材 CF-8 再溶体化材 熱時効材 CF-8M 再溶体化材 172 171 D材 熱時効材 再溶体化材 188 185 300 255 199 189 3.3 シャルピー衝撃試験 A 材及びB 材における衝撃値の温度依存性を図1 に、 C 材における衝撃値の温度依存性を図 2 に、D 材におけ る衝撃値の温度依存性を図 3 に示す。いずれの材料も熱 時効により低温側の衝撃値が低下した。また、A 材と B 材を比較すると使用時間の増加に伴い上部棚エネルギー ○:A材 熱時効材(138,313h使用) 室温 ◆:B 材 熱時効材(228,696h使用) △:A材 再溶体化材 288°C 室温 288°C C材 室温 288°C D材 ○:C 材 熱時効材(157,372h 使用) ●:C 材 再溶体化材 - 365 - 室温 288°C 室温 288°C を示す温度が高温側に移動する傾向が見られた。これら より、BWR環境で使用された材料は時間とともに衝撃 値が低下することが確認された。ただし、D 材では再溶 体化材と比較して低温側で衝撃値の低下がみられるもの の、他の材料ほど明確ではない。これは、低温側の再溶 体化材の衝撃値自体が低いことなどが影響していると考 えられる。図1 A及びB材の衝撃値と温度の関係 図2 C材の衝撃値と温度の関係 もっとも近いのは290°Cのフィッティングラインだが、衝 400 ○:D材 熱時効材 熱時効材(235,930h使用) 再溶体化材 撃値の実験値はこれよりも上の値となっている。 350 ●:D材 NRCモデル推定値 再溶体化材 H3Tモデル推定値 300□:A材(再溶体化材 試験温度 室温) ■:A材(熱時効材 試験温度 室温) 250◇:B 材(熱時効材 試験温度50°C) ◆ :B材(熱時効材 試験温度0°C) 20015010050290°Cにおける実験値の曲線 0 -120 -80 -40 0 40 80 120 試験温度[°C] 図3 D材の衝撃値と温度の関係 室温における熱時効時間と衝撃値の関係を図4に示す。 図 4 では室温における衝撃値の平均値をプロットし、最 大衝撃値と最小衝撃値はバーで示した。B 材は室温での 測定値がないため、温度依存性の近似曲線による推定値 で示した。D 材以外の材料で、熱時効時間の増加に伴い 衝撃値が低下する傾向が確認された。 □:A材(再溶体化材)■:A材(熱時効材) ◆:B 材(熱時効材) ○:C材(再溶体化材)●:C材(熱時効材) △:D材(再溶体化材)▲:D材(熱時効材) 0 102 104 106 図4 熱時効時間と衝撃値(室温)の関係 材料によって程度に差はあるが、BWR環境において ステンレス鋳鋼が脆化挙動を示すことが確認された。 A材及びB材の衝撃値を従来データ[2]と比較して図 5 に 示す。図中には時効温度ごとに衝撃値の時間依存性を示 すフィッティング結果が報告されている。今回の材料に - 366 - 図5 A材及びB材の衝撃値と文献値の比較 これらの結果より、ステンレス鋳鋼はBWR環境で熱 脆化による靱性低下を示すが、その程度は290°C以上の温 度で得られた従来知見を上回る値であり、時効温度の傾 向に沿った結果であることが分かった。 3.4 破壊靭性試験 破壊靭性試験の結果をまとめて表 6 に示す。得られた JQ値のvalidityの判定はASTM E1820-08aの判定基準で評価 した。多くのデータはinvalidだったが、A材とB材は系統 的にvalidなデータ得られたので、これらについて熱時効 時間依存性を評価した。その結果を図6に示す。288°Cの 破壊靱性値は使用時間とともに低下する傾向が確認され た。 表6 試験材の破壊靱性値 試験材 熱処理条件 試験温度 JQ値 (kJ/m2) 判定結果 BN≧10JQ/σf b0≧10JQ/σf dJ/da≦σf 室温 487 valid valid valid 熱時効材 室温 288°C 464 322 valid valid valid valid valid valid A材288°C 399 valid valid valid 室温 1432 invalid invalid invalid 再溶体化材 288°C 室温 916 953 invalid invalid invalid invalid invalid invalid 288°C 441 valid valid valid 室温 246 valid valid valid B材熱時効材 室温 288°C 349 217 valid valid valid valid valid valid 288°C 324 valid valid valid 室温 1219 invalid invalid invalid 熱時効材 C材 室温 288°C 288°C 1181 642 445 invalid invalid valid invalid invalid invalid invalid valid valid 室温 995 invalid invalid invalid 288°C 435 valid valid valid 室温 1120 invalid invalid invalid 室温 1351 invalid invalid invalid 288°C 231 valid valid valid 288°C 297 valid valid valid 室温 511 valid valid valid 室温 567 valid valid valid 288°C 225 valid valid valid 288°C 212 valid valid valid 図6 A材及びB材の熱時効時間と破壊じん性値の 関係(288°C) 4.評価 試験材で得られた結果を既存の評価モデル式と比較し た。比較に用いたモデル式はH3Tモデル[1]及びNRCが提唱 しているモデル[2]の2種類とした。比較結果の例としてA 材及びB材の室温における衝撃値を上記のモデル式と比 較した結果を図 7 に示す。いずれの材料も衝撃値の平均 B材H3Tモデル(228,696h) ◆:B材 熱時効材(試験温度 0°C) ■:B材 熱時効材(試験温度 50°C) ●:A材 熱時効材(試験温度 室温) ▲:A材 再溶体化材(試験温度 室温) - 367 - A材H3Tモデル(138,313h) A材NRC モデル(138,313h) B材NRC モデル(228,696h) 0 102 104 106 再溶体化材 熱時効材 D材 再溶体化材 ( ):invalid A材 再溶体化材 A材 熱時効材 (138,313h) B 材 熱時効材 (228,696h) 値はモデル式を上回る値であることが確認された。 図7 A材及びB材の衝撃値とモデル式の比較 図 8 に熱時効による破壊靱性値の低下が見られたB材 の 288°CにおけるJ-R曲線とH3Tモデル[1]及びNRCモデ ル[2]によるJ-R曲線を比較して示す。中川ら[3]はばらつき を統計的に考慮したH3Tモデル[1]の下限特性を用いてP LRポンプの健全性評価を行った。ここでの評価でも下 限特性によるJ-R曲線を比較対象とした。き裂進展量が小 さい時に逆転がみられるが、き裂が進展したあとは試験 で得られたJ-R曲線はモデル式を上回ることが確認され た。 図8 B材のJ-R曲線とモデル式の比較 これらの結果よりBWR使用環境において熱時効を 受けたステンレス鋳鋼の靱性値は従来の評価手法によ り保守的に評価できることが確認された。 実験から求めたJ-R曲線(288°C) NRCモデル推定曲線(290°C) H3Tモデル推定曲線(325°C) 5.まとめ BWR機器の取り換え時に生じたステンレス鋳鋼を用 いて、熱時効評価を行った。熱時効の有無で引張強度に 変化はないが、シャルピー衝撃値や破壊靱性値等の靱性 は熱時効による低下を示唆する結果が得られた。熱時効 の材料特性に及ぼす影響は従来の評価手法であるH3Tモ デル[1]やNRCのモデル[2]を用いることにより保守側に評 価できることが確認された。 謝辞本研究の一部は電力共通研究として実施いたしました。 東北電力(株)、中部電力(株)、北陸電力(株)、電源開 発(株)及び(財)電力中央研究所の研究関係各位に感 謝の意を表します。 参考文献 [1] Kawaguchi et. al., “Prediction Method of Tensile Properties and Fracture Toughness of Thermally Aged Cast Duplex Stainless Steel Piping,” Proceeding of PVP2005-71528. [2] O. K. Chopra, “Estimation of Fracture Toughness of Cast Stainless Steels during Thermal Aging in LWR Systems”, NUREG/CR-4513 Rev.1, ANL-93/22, 1994.S. [3] 中川ら、「原子炉再循環系ポンプの熱時効に関する健 全性評価」、日本保全学会 第9 回学術講演会 要旨集、 2012、pp. 91-95. - 368 -“ “BWR環境におけるステンレス鋳鋼の熱時効評価 “ “田中 重彰,Shigeaki TANAKA,平本 真紀,Maki HIRAMOTO,西山 俊明,Toshiaki NISHIYAMA,中川 純二,Junji NAKAGAWA,塩田 翔,Sho SHIODA,宮田 肇,Hajime MIYATA,豊田 哲也,Tetsuya TOYOTA,杉山 正成,Masanari SUGIYAMA