BWR 環境で長期使用されたステンレス鋳鋼のミクロ組織
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カテゴリ: 第11回
1.研究背景と目的
フェライト相とオーステナイト相で構成されるステン レス鋳鋼は、強度、靭性、および耐食性に優れており、 BWR では再循環ポンプ等の各種部材に使用されている。 ステンレス鋳鋼は 280~500°C で熱脆化することが知られ ている [1-4]ため、原子力プラント内で実際に長期間使用 したステンレス鋳鋼の熱時効挙動を把握することは重要 である。ステンレス鋳鋼の靱性低下はフェライト相の硬化によ るものであり、熱時効温度が高いほど、フェライト量が 多いほど、その低下量は大きい。熱時効によりフェライ ト相では、Cr 濃度の高い領域と低い領域に分かれる相分 離の現象が生じ、G 相と呼ばれる微小析出物が形成され ることが知られている [3, 5] 。これらミクロ組織の変化 がフェライト相の硬化要因とされる。従って、フェライ ト相のミクロ組織への熱時効影響を調べることで、熱脆 化の程度を評価できる可能性がある。一方、熱時効の程度を評価するに際して比較対象となる未使用材を入手す ることが困難な場合がある。未使用材の代わりとして、 供用後の部材を製造時と同じ条件で溶体化熱処理して比 較対象とする方法が考えられるが、溶体化熱処理がミク ロ組織に及ぼす影響に関して、十分な知見は得られてい ない。 本研究では、最初に、実機模擬材として鋳造した未使 用のステンレス鋳鋼を溶体化熱処理および熱時効処理し、 アトムプローブ測定およびナノインデンテーション試験 により、溶体化熱処理がフェライト相のミクロ組織へ及 ぼす影響を調べた。次いで、BWR環境で長期間使用され たステンレス鋳鋼の廃却材について、溶体化熱処理およ び熱時効処理によるフェライト相のミクロ組織変化を模 擬材の結果と比較し、供用開始前から廃却時までのミク ロ組織の変化を推定した。
2.実験方法
2.1 供試材
使用されたステンレス鋳鋼の一部を切り出して用いた。 供用開始から廃却までの期間は37年であり、プラント運 廃却材は、BWR再循環ポンプケーシングカバーとして
検出するため、0.55 転中の冷却材温度は 276°C であった。鋼種は JIS 規格 nm以下の距離にあるSiとMnの集ま SCS14A である。模擬材は、JIS 規格SCS16Aのステンレ りをクラスター構成要素とし、SiとMnの合計が25個以 ス鋳鋼を用いた。各供試材の化学成分を表1に示す。 上のものを熱時効により生じたクラスターと見なした。 各供試材の熱時効条件と溶体化熱処理条件を表 2 に示 ただし、これらクラスターにはフェライト相の相分離に す。供試材の寸法は、10×10×30~50 mm3である。熱時 より生じた Cr 高濃度領域も抽出されている。G 相では 効温度は400°C とし、熱時効時間は100~4000h とした。 Niが濃化し、Crが希薄化する。また、熱時効を受けてい 熱時効処理後、空冷により供試材を冷却した。溶体化熱 ないフェライト相の局所的な Ni 濃度が最大 15 at.%程度 処理は、廃却材の製造時の溶体化熱処理条件である であることから [8]、Ni濃度が15 at.%以上のクラスター 1040°C×1hとし、取出後は直ちに水冷した。また、熱時 を本研究ではG相と見なした。 効材に観察されるフェライト相の相分離とG 相析出物が、 溶体化熱処理により消失するかを確認するため、400°C× 2.3 ナノインデンテーション試験 1000hで熱時効した模擬材を合わせて溶体化熱処理した。 供試材から10×10×2 mm3の小片を切り出し、表面を 表1 供試材の化学組成 機械研磨した後、電解研磨により加工層を除去し、試験 (mass.%) 廃却材 模擬材 片とした。ナノインデンテーション試験には、ナノイン Cr 20.35 19.73 デンターENT-1100a(Elionix社製)を用い、各試験片ごと Ni 9.45 10.41 に 200 点ずつフェライト相を測定した。本研究では「イ Mo 2.43 2.65 ンデンテーション硬さ(HIT)」を評価した。HITの算出に Si - 1.03 は、ISO14577-1 [9] に準拠した。これを硬さ基準片HN-W Mn 0.89 0.80 (山本科学工具研究社)を用いて「ビッカース硬さ(HV)」 C 0.05 0.03 に換算(×0.718)した。なお、測定時の圧子先端形状の P 0.013 0.016 補正には田中の補正式 [10] を適用した。 S 0.014 0.005 表2 供試材の熱処理条件 3.結果 熱処理温度と時間 3.1 アトムプローブ測定 廃却材 ・400°C - 100h, 1000h, 4000h(熱時効) ・1040°C -1h(溶体化熱処理) 図1に模擬材のフェライト相内の詳細なCr原子マップ を示す。図では Cr 分布の濃淡が見えるように、30×30 ・400°C - 1000h(熱時効) ×2nm3 の範囲をアトムマップから抽出している。各 Cr 模擬材 ・1040°C -1h(溶体化熱処理) ・400°C - 1000h→1040°C -1h 原子マップの右上の数値はアトムマップ全体での Variation である。熱時効後のフェライト相では、相分離 (熱時効後に溶体化熱処理) によりCrが濃淡をもって分布し、溶体化熱処理により解 消された。未使用および熱時効した模擬材を溶体化処理 2.2 アトムプローブ測定 した後の Variation は同程度であった。これらの値は、未 供試材から0.3×0.3×10 mm3の細棒を切り出し、電解 使用の模擬材の Variation よりも小さく、溶体化処理後の 研磨によって先端を針状に加工して、アトムプローブ測 フェライト相内のCr分布は、未使用時よりも均一である 定用の試料を作製した。アトムプローブ測定は、局所電 ことを示唆している。図 2 に模擬材のフェライト相内の 極型アトムプローブ LEAP4000HR(CAMACA 社製)を Ni, Si, MnおよびMoが濃化したG相析出物の分布を示す。 用いて実施した。測定中、試料は50 K に冷却し、パルス G相析出物は、熱時効後のフェライト相でのみ観察され、 フラクション15%の電圧パルスを200 kHz で印加した。 溶体化処理により消滅した。これらの結果より、フェラ 検出されたフェライト相における相分離の評価には、 イト相に生じた熱時効の影響は、溶体化処理により消去 Variation [6, 7] を用いた。G相析出物の解析では、G相を されることが確認された。 - 370 - 図3に廃却材受入時、400°C×4000h熱時効後、および 溶体化熱処理後のフェライト相のアトムマップを示す。 熱時効後のフェライト相では、相分離とG 相析出物が観 察された。一方、受入時および溶体化熱処理後のフェラ イト相には、相分離やG 相析出物は観察されなかった。 図4に廃却材のフェライト相内の詳細なCr原子マップを 図2 模擬材フェライト相内のG相析出物の分布(Ni, Si, Nn, Mo の合計濃度が25 at.%以上の等濃度面を表示). Variation : 0.15 0.07 0.96 0.08 未使用 溶体化熱処理後 400oC - 1000h 熱時効後 熱時効→溶体化熱処理後 図1 模擬材フェライト相内のCr原子マップ( 30×30×2nm3の範囲を表示). Cr Ni, Si, Mn, Mo 受入時 Cr Ni, Si, Mn, Mo 400°C×4000h熱時効後 図3 廃却材フェライト相のアトムマップ.中央部分(厚さ10nm)を表示. - 371 - 示す。熱時効時間とともにフェライト相内のCrの濃淡分 布が鮮明となり、相分離が進行し、Variationは増加した。 受入時および溶体化熱処理後のフェライト相では、Cr が ほぼ均一に分布した。Cr 原子マップから差異を見つける ことは難しいが、Variation の値から溶体化熱処理後の Cr 分布がより均一であり、模擬材での傾向と同様であった。 図5 に廃却材のフェライト相内のG 相析出物の分布を示 す。G相析出物は、400°C×1000h, 4000h で熱時効したフ ェライト相でのみ観察され、G 相析出物のサイズと数密 度は熱時効時間とともに増加した。 3.2 ナノインデンテーション試験 図 6 に模擬材のフェライト相の硬さの相対度数分布を 示す。フェライト相のビッカース硬さ(換算値)の平均 値は、未使用時の338から熱時効後では493に上昇した。 熱時効した模擬材を溶体化処理した後のビッカース硬さ (換算値)の平均値は 288 であり、未使用時の値よりも 低下し、未使用の模擬材を溶体化処理後の相対度数分布 および平均硬さとほぼ同じとなった。これらの結果より、 熱時効によるフェライト相の硬化は、溶体化処理により 消去されることが確認された。 図5 廃却材フェライト相内のG相析出物の分布(Ni, Si, Nn, Mo の合計濃度が25 at.%以上の等濃度面を表示). - 372 - 図 7 に廃却材のフェライト相およびオーステナイト相 Variation: 0.17 0.10 受入時 溶体化熱処理後 0.35 0.74 0.94 400oC-100h 熱時効後 400oC-1000h 熱時効後 400oC-4000h 熱時効後 図4 廃却材フェライト相内のCr原子マップ( 30×30×2nm3の範囲を表示). 0.4未時効 未使用 未時効+再溶体化 溶体化熱処理後 熱時効(400°C-1000h) 熱時効後( 400°C-1000h) 熱時効+再溶体化 熱時効→溶体化熱処理後 200 300 400 500 600 HV (換算値) 図6 模擬材フェライト相のビッカース硬さ(換算値)の熱処理 による変化. 331 292 G相析出に よる増大 400°C熱時効後 図8 廃却材と模擬材のフェライト相のVariationと硬化量の 関係.硬化量は、廃却材受入時および模擬材未使用時 を基準としている. - 373 - 3000.3 200 0.2 100 0.1 0 0.0 受入時 廃却材 溶体化熱処理後 模擬材 -1000.0 0.5 1.0 1.5 Variation 700647600フェライト相 オーステナイト相 531て熱時効評価を行う場合と比較して、溶体化熱処理した 500 鋼材を基準とする場合は、熱時効の影響が若干保守的に 400377評価される可能性があることを示している。溶体化熱処 300理後のフェライト相の硬さが低下した要因は、Variation 204 204 208 218 218 の減少と考えられる。溶体化熱処理した試験片は、未使 200 用の鋳造品と比較して小さく、中心部の冷却が速い。こ 100のため、冷却時の僅かな相分離もより少なかったと推察 0再溶体化 溶体化 受入時 受入材 100h 1000h 4000h される。 図 8 に廃却材と模擬材の熱処理による硬化量と 熱処理後 熱時効400°C Variation の関係を示す。硬化量は、廃却材の受入時およ 図7廃却材フェライト相とオーステナイトのビッカース硬さ(換 び模擬材の未使用時を基準とした。溶体化熱処理後の硬 算値、平均値)の熱処理による変化. 化量と Variation の変化量は、廃却材と模擬材で同程度で あった。熱時効による変化量の関係もG 相が析出しない 範囲では同じ直線上に並んだ。一方、G 相析出物が観察 の熱時効および溶体化処理による硬さ変化を示す。フェ される範囲では、廃却材の硬化量が大きかった。廃却材 ライト相の硬さは時効時間の増加とともに上昇し、相 のG 相析出物のサイズと数密度は、模擬材と比較して大 分離やG相析出物の形成に起因すると考えられる。一 きく、これらが廃却材の硬化量を上昇させたと考えられ 方、溶体化熱処理後のフェライト相の硬さは受入時よ る。廃却材と模擬材では炭素含有量が異なるが、両者と りも若干低下し、模擬材での傾向と同様であった。ま もにフェライト相には炭素は殆ど検出されないことから、 た、オーステナイト相の硬さはほとんど変化せず、熱 炭素含有量は影響していないと考えられ、このような違 処理による影響は認められなかった。 いが現れた理由は分かっていない。溶体化熱処理および 熱時効による廃却材と模擬材のフェライト相の硬さおよ 4.考察 び Variation の変化はよく一致しており、廃却材受入時の ミクロ組織は模擬材未使用時の状態と同程度と推定され 溶体化熱処理後の模擬材フェライト相の硬さは、未使 る。従って、廃却材は供用開始から廃却までの間に、熱 用時よりも低下した。これは、未使用の鋼材を基準とし 時効を殆ど受けていないと考えられる。 pp.54-66. 5.まとめ [5] T. Yamada, S. Okano, H. Kuwano. “Mechanical property and microstructural change by thermal aging BWR 環境にて長期間使用されたステンレス鋳鋼廃却 of SCS14A cast duplex stainless steel”, J. Nucl. Mater.. 材のフェライト相への熱時効影響を調べるため、未使用 Vol.350, 2006, pp.47-55. 模擬材とともに溶体化熱処理および熱時効を施し、フェ [6] F. Danoix and P. Auger, “Atom probe studies of the ライト相のミクロ組織観察を実施した。 Fe-Cr system and stainless steels aged at intermediate 溶体化熱処理により、フェライト相の熱時効影響(相 temperature: a review”, Mater. Charact., Vol.44, 2000, 分離、G 相析出物の形成)は、消去されることを模擬材 pp.177-201. を用いて確認した。ただし、溶体化熱処理後のフェライ [7] D. Blavette, G. Grancher, A. Bostel. “Statistical analysis ト相の Variation および硬さは未使用時の値よりも小さく、 of atom-probe data (I) : Derivation of some fine-scale 熱時効影響の基準を溶体化熱処理後の状態とする場合は、 features from frequency distributions for finely 未使用材を用いる場合と比較して、若干保守的な評価と dispersed system”, J. Phys. Vol.49, 1988, なる可能性がある。 pp.C6-433-C6-438. 廃却材のフェライト相の Variation および硬さは、溶体 [8] C. Pareige, S. Novy, S. Sailet, P. Pareige, “Study of 化熱処理後に低下し、その変化量は未使用の模擬材を溶 phase transformation and mechanical properties 体化熱処理した場合とほぼ同じであった。また、熱時効 evolution of duplex stainless steels after long term 後のフェライト相の Variation と硬化量の関係は、廃却材 thermal ageing (>20 years)”, J. Nucl. Mater., Vol.411, と模擬材で同様の傾向を示した。以上の結果から、廃却 2011, pp.90-96. 材受入時のフェライト相のミクロ組織は、未使用の模擬 [9] ISO14577-1, Metallic Materials - Instrumented 材と同程度であり、供用期間中の熱時効影響による廃却 indentation Test for Hardness and Materials Parameters 材のミクロ組織の変化は殆どなかったと考えられた。 - Part 1: Test Method, 2002. [10] T. Sawa and K. Tanaka, “Simplified method for 参考文献 analyzing nanoindentation data and evaluating [1] H. M. Chung. “Aging and life prediction of cast duplex performance of nanoindentation instruments”, J. Mater. stainless steel components”. Int. J. Pre. Ves. & Piping, Res., Vol.16, 2001, pp.3084-3096. Vol.50, 1992, pp.179-213. [2] O. K. Chopra. “Long-Term Embrittlement of Cast Duplex Stainless Steel in LWR System”. NUREG/CR-4744, 1992. [3] 桑野 寿,「2 相ステンレス鋼の時効脆化と寿命予 測」,まてりあ,Vol.35, 1996, pp.747-752. [4] 今中 拓一,「熱脆化1」,検査技術,Vol.11, 2006, - 374 -“ “BWR 環境で長期使用されたステンレス鋳鋼のミクロ組織 “ “澤部 孝史,Takashi SAWABE,土肥 謙次,Kenji DOHI,野本 明義,Akiyoshi NOMOTO,新井 拓,Taku ARAI
フェライト相とオーステナイト相で構成されるステン レス鋳鋼は、強度、靭性、および耐食性に優れており、 BWR では再循環ポンプ等の各種部材に使用されている。 ステンレス鋳鋼は 280~500°C で熱脆化することが知られ ている [1-4]ため、原子力プラント内で実際に長期間使用 したステンレス鋳鋼の熱時効挙動を把握することは重要 である。ステンレス鋳鋼の靱性低下はフェライト相の硬化によ るものであり、熱時効温度が高いほど、フェライト量が 多いほど、その低下量は大きい。熱時効によりフェライ ト相では、Cr 濃度の高い領域と低い領域に分かれる相分 離の現象が生じ、G 相と呼ばれる微小析出物が形成され ることが知られている [3, 5] 。これらミクロ組織の変化 がフェライト相の硬化要因とされる。従って、フェライ ト相のミクロ組織への熱時効影響を調べることで、熱脆 化の程度を評価できる可能性がある。一方、熱時効の程度を評価するに際して比較対象となる未使用材を入手す ることが困難な場合がある。未使用材の代わりとして、 供用後の部材を製造時と同じ条件で溶体化熱処理して比 較対象とする方法が考えられるが、溶体化熱処理がミク ロ組織に及ぼす影響に関して、十分な知見は得られてい ない。 本研究では、最初に、実機模擬材として鋳造した未使 用のステンレス鋳鋼を溶体化熱処理および熱時効処理し、 アトムプローブ測定およびナノインデンテーション試験 により、溶体化熱処理がフェライト相のミクロ組織へ及 ぼす影響を調べた。次いで、BWR環境で長期間使用され たステンレス鋳鋼の廃却材について、溶体化熱処理およ び熱時効処理によるフェライト相のミクロ組織変化を模 擬材の結果と比較し、供用開始前から廃却時までのミク ロ組織の変化を推定した。
2.実験方法
2.1 供試材
使用されたステンレス鋳鋼の一部を切り出して用いた。 供用開始から廃却までの期間は37年であり、プラント運 廃却材は、BWR再循環ポンプケーシングカバーとして
検出するため、0.55 転中の冷却材温度は 276°C であった。鋼種は JIS 規格 nm以下の距離にあるSiとMnの集ま SCS14A である。模擬材は、JIS 規格SCS16Aのステンレ りをクラスター構成要素とし、SiとMnの合計が25個以 ス鋳鋼を用いた。各供試材の化学成分を表1に示す。 上のものを熱時効により生じたクラスターと見なした。 各供試材の熱時効条件と溶体化熱処理条件を表 2 に示 ただし、これらクラスターにはフェライト相の相分離に す。供試材の寸法は、10×10×30~50 mm3である。熱時 より生じた Cr 高濃度領域も抽出されている。G 相では 効温度は400°C とし、熱時効時間は100~4000h とした。 Niが濃化し、Crが希薄化する。また、熱時効を受けてい 熱時効処理後、空冷により供試材を冷却した。溶体化熱 ないフェライト相の局所的な Ni 濃度が最大 15 at.%程度 処理は、廃却材の製造時の溶体化熱処理条件である であることから [8]、Ni濃度が15 at.%以上のクラスター 1040°C×1hとし、取出後は直ちに水冷した。また、熱時 を本研究ではG相と見なした。 効材に観察されるフェライト相の相分離とG 相析出物が、 溶体化熱処理により消失するかを確認するため、400°C× 2.3 ナノインデンテーション試験 1000hで熱時効した模擬材を合わせて溶体化熱処理した。 供試材から10×10×2 mm3の小片を切り出し、表面を 表1 供試材の化学組成 機械研磨した後、電解研磨により加工層を除去し、試験 (mass.%) 廃却材 模擬材 片とした。ナノインデンテーション試験には、ナノイン Cr 20.35 19.73 デンターENT-1100a(Elionix社製)を用い、各試験片ごと Ni 9.45 10.41 に 200 点ずつフェライト相を測定した。本研究では「イ Mo 2.43 2.65 ンデンテーション硬さ(HIT)」を評価した。HITの算出に Si - 1.03 は、ISO14577-1 [9] に準拠した。これを硬さ基準片HN-W Mn 0.89 0.80 (山本科学工具研究社)を用いて「ビッカース硬さ(HV)」 C 0.05 0.03 に換算(×0.718)した。なお、測定時の圧子先端形状の P 0.013 0.016 補正には田中の補正式 [10] を適用した。 S 0.014 0.005 表2 供試材の熱処理条件 3.結果 熱処理温度と時間 3.1 アトムプローブ測定 廃却材 ・400°C - 100h, 1000h, 4000h(熱時効) ・1040°C -1h(溶体化熱処理) 図1に模擬材のフェライト相内の詳細なCr原子マップ を示す。図では Cr 分布の濃淡が見えるように、30×30 ・400°C - 1000h(熱時効) ×2nm3 の範囲をアトムマップから抽出している。各 Cr 模擬材 ・1040°C -1h(溶体化熱処理) ・400°C - 1000h→1040°C -1h 原子マップの右上の数値はアトムマップ全体での Variation である。熱時効後のフェライト相では、相分離 (熱時効後に溶体化熱処理) によりCrが濃淡をもって分布し、溶体化熱処理により解 消された。未使用および熱時効した模擬材を溶体化処理 2.2 アトムプローブ測定 した後の Variation は同程度であった。これらの値は、未 供試材から0.3×0.3×10 mm3の細棒を切り出し、電解 使用の模擬材の Variation よりも小さく、溶体化処理後の 研磨によって先端を針状に加工して、アトムプローブ測 フェライト相内のCr分布は、未使用時よりも均一である 定用の試料を作製した。アトムプローブ測定は、局所電 ことを示唆している。図 2 に模擬材のフェライト相内の 極型アトムプローブ LEAP4000HR(CAMACA 社製)を Ni, Si, MnおよびMoが濃化したG相析出物の分布を示す。 用いて実施した。測定中、試料は50 K に冷却し、パルス G相析出物は、熱時効後のフェライト相でのみ観察され、 フラクション15%の電圧パルスを200 kHz で印加した。 溶体化処理により消滅した。これらの結果より、フェラ 検出されたフェライト相における相分離の評価には、 イト相に生じた熱時効の影響は、溶体化処理により消去 Variation [6, 7] を用いた。G相析出物の解析では、G相を されることが確認された。 - 370 - 図3に廃却材受入時、400°C×4000h熱時効後、および 溶体化熱処理後のフェライト相のアトムマップを示す。 熱時効後のフェライト相では、相分離とG 相析出物が観 察された。一方、受入時および溶体化熱処理後のフェラ イト相には、相分離やG 相析出物は観察されなかった。 図4に廃却材のフェライト相内の詳細なCr原子マップを 図2 模擬材フェライト相内のG相析出物の分布(Ni, Si, Nn, Mo の合計濃度が25 at.%以上の等濃度面を表示). Variation : 0.15 0.07 0.96 0.08 未使用 溶体化熱処理後 400oC - 1000h 熱時効後 熱時効→溶体化熱処理後 図1 模擬材フェライト相内のCr原子マップ( 30×30×2nm3の範囲を表示). Cr Ni, Si, Mn, Mo 受入時 Cr Ni, Si, Mn, Mo 400°C×4000h熱時効後 図3 廃却材フェライト相のアトムマップ.中央部分(厚さ10nm)を表示. - 371 - 示す。熱時効時間とともにフェライト相内のCrの濃淡分 布が鮮明となり、相分離が進行し、Variationは増加した。 受入時および溶体化熱処理後のフェライト相では、Cr が ほぼ均一に分布した。Cr 原子マップから差異を見つける ことは難しいが、Variation の値から溶体化熱処理後の Cr 分布がより均一であり、模擬材での傾向と同様であった。 図5 に廃却材のフェライト相内のG 相析出物の分布を示 す。G相析出物は、400°C×1000h, 4000h で熱時効したフ ェライト相でのみ観察され、G 相析出物のサイズと数密 度は熱時効時間とともに増加した。 3.2 ナノインデンテーション試験 図 6 に模擬材のフェライト相の硬さの相対度数分布を 示す。フェライト相のビッカース硬さ(換算値)の平均 値は、未使用時の338から熱時効後では493に上昇した。 熱時効した模擬材を溶体化処理した後のビッカース硬さ (換算値)の平均値は 288 であり、未使用時の値よりも 低下し、未使用の模擬材を溶体化処理後の相対度数分布 および平均硬さとほぼ同じとなった。これらの結果より、 熱時効によるフェライト相の硬化は、溶体化処理により 消去されることが確認された。 図5 廃却材フェライト相内のG相析出物の分布(Ni, Si, Nn, Mo の合計濃度が25 at.%以上の等濃度面を表示). - 372 - 図 7 に廃却材のフェライト相およびオーステナイト相 Variation: 0.17 0.10 受入時 溶体化熱処理後 0.35 0.74 0.94 400oC-100h 熱時効後 400oC-1000h 熱時効後 400oC-4000h 熱時効後 図4 廃却材フェライト相内のCr原子マップ( 30×30×2nm3の範囲を表示). 0.4未時効 未使用 未時効+再溶体化 溶体化熱処理後 熱時効(400°C-1000h) 熱時効後( 400°C-1000h) 熱時効+再溶体化 熱時効→溶体化熱処理後 200 300 400 500 600 HV (換算値) 図6 模擬材フェライト相のビッカース硬さ(換算値)の熱処理 による変化. 331 292 G相析出に よる増大 400°C熱時効後 図8 廃却材と模擬材のフェライト相のVariationと硬化量の 関係.硬化量は、廃却材受入時および模擬材未使用時 を基準としている. - 373 - 3000.3 200 0.2 100 0.1 0 0.0 受入時 廃却材 溶体化熱処理後 模擬材 -1000.0 0.5 1.0 1.5 Variation 700647600フェライト相 オーステナイト相 531て熱時効評価を行う場合と比較して、溶体化熱処理した 500 鋼材を基準とする場合は、熱時効の影響が若干保守的に 400377評価される可能性があることを示している。溶体化熱処 300理後のフェライト相の硬さが低下した要因は、Variation 204 204 208 218 218 の減少と考えられる。溶体化熱処理した試験片は、未使 200 用の鋳造品と比較して小さく、中心部の冷却が速い。こ 100のため、冷却時の僅かな相分離もより少なかったと推察 0再溶体化 溶体化 受入時 受入材 100h 1000h 4000h される。 図 8 に廃却材と模擬材の熱処理による硬化量と 熱処理後 熱時効400°C Variation の関係を示す。硬化量は、廃却材の受入時およ 図7廃却材フェライト相とオーステナイトのビッカース硬さ(換 び模擬材の未使用時を基準とした。溶体化熱処理後の硬 算値、平均値)の熱処理による変化. 化量と Variation の変化量は、廃却材と模擬材で同程度で あった。熱時効による変化量の関係もG 相が析出しない 範囲では同じ直線上に並んだ。一方、G 相析出物が観察 の熱時効および溶体化処理による硬さ変化を示す。フェ される範囲では、廃却材の硬化量が大きかった。廃却材 ライト相の硬さは時効時間の増加とともに上昇し、相 のG 相析出物のサイズと数密度は、模擬材と比較して大 分離やG相析出物の形成に起因すると考えられる。一 きく、これらが廃却材の硬化量を上昇させたと考えられ 方、溶体化熱処理後のフェライト相の硬さは受入時よ る。廃却材と模擬材では炭素含有量が異なるが、両者と りも若干低下し、模擬材での傾向と同様であった。ま もにフェライト相には炭素は殆ど検出されないことから、 た、オーステナイト相の硬さはほとんど変化せず、熱 炭素含有量は影響していないと考えられ、このような違 処理による影響は認められなかった。 いが現れた理由は分かっていない。溶体化熱処理および 熱時効による廃却材と模擬材のフェライト相の硬さおよ 4.考察 び Variation の変化はよく一致しており、廃却材受入時の ミクロ組織は模擬材未使用時の状態と同程度と推定され 溶体化熱処理後の模擬材フェライト相の硬さは、未使 る。従って、廃却材は供用開始から廃却までの間に、熱 用時よりも低下した。これは、未使用の鋼材を基準とし 時効を殆ど受けていないと考えられる。 pp.54-66. 5.まとめ [5] T. Yamada, S. Okano, H. Kuwano. “Mechanical property and microstructural change by thermal aging BWR 環境にて長期間使用されたステンレス鋳鋼廃却 of SCS14A cast duplex stainless steel”, J. Nucl. Mater.. 材のフェライト相への熱時効影響を調べるため、未使用 Vol.350, 2006, pp.47-55. 模擬材とともに溶体化熱処理および熱時効を施し、フェ [6] F. Danoix and P. Auger, “Atom probe studies of the ライト相のミクロ組織観察を実施した。 Fe-Cr system and stainless steels aged at intermediate 溶体化熱処理により、フェライト相の熱時効影響(相 temperature: a review”, Mater. Charact., Vol.44, 2000, 分離、G 相析出物の形成)は、消去されることを模擬材 pp.177-201. を用いて確認した。ただし、溶体化熱処理後のフェライ [7] D. Blavette, G. Grancher, A. Bostel. “Statistical analysis ト相の Variation および硬さは未使用時の値よりも小さく、 of atom-probe data (I) : Derivation of some fine-scale 熱時効影響の基準を溶体化熱処理後の状態とする場合は、 features from frequency distributions for finely 未使用材を用いる場合と比較して、若干保守的な評価と dispersed system”, J. Phys. Vol.49, 1988, なる可能性がある。 pp.C6-433-C6-438. 廃却材のフェライト相の Variation および硬さは、溶体 [8] C. Pareige, S. Novy, S. Sailet, P. Pareige, “Study of 化熱処理後に低下し、その変化量は未使用の模擬材を溶 phase transformation and mechanical properties 体化熱処理した場合とほぼ同じであった。また、熱時効 evolution of duplex stainless steels after long term 後のフェライト相の Variation と硬化量の関係は、廃却材 thermal ageing (>20 years)”, J. Nucl. Mater., Vol.411, と模擬材で同様の傾向を示した。以上の結果から、廃却 2011, pp.90-96. 材受入時のフェライト相のミクロ組織は、未使用の模擬 [9] ISO14577-1, Metallic Materials - Instrumented 材と同程度であり、供用期間中の熱時効影響による廃却 indentation Test for Hardness and Materials Parameters 材のミクロ組織の変化は殆どなかったと考えられた。 - Part 1: Test Method, 2002. [10] T. Sawa and K. Tanaka, “Simplified method for 参考文献 analyzing nanoindentation data and evaluating [1] H. M. Chung. “Aging and life prediction of cast duplex performance of nanoindentation instruments”, J. Mater. stainless steel components”. Int. J. Pre. Ves. & Piping, Res., Vol.16, 2001, pp.3084-3096. Vol.50, 1992, pp.179-213. [2] O. K. Chopra. “Long-Term Embrittlement of Cast Duplex Stainless Steel in LWR System”. NUREG/CR-4744, 1992. [3] 桑野 寿,「2 相ステンレス鋼の時効脆化と寿命予 測」,まてりあ,Vol.35, 1996, pp.747-752. [4] 今中 拓一,「熱脆化1」,検査技術,Vol.11, 2006, - 374 -“ “BWR 環境で長期使用されたステンレス鋳鋼のミクロ組織 “ “澤部 孝史,Takashi SAWABE,土肥 謙次,Kenji DOHI,野本 明義,Akiyoshi NOMOTO,新井 拓,Taku ARAI