地層処分のコミュニケーションを可能にするために
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カテゴリ: 第11回
1. はじめに:混迷時代のエネルギー源選択
人類は、50 万年以上前から続けてきた“火の利用(燃 焼)”のエネルギー技術から抜け出せずにいる。このため、 東西冷戦終了後にグローバル社会が実現しエネルギー需 要が急激に増大し続けているにも拘らず、依然、全エネ ルギーの 90%弱をこの技術に依存している。その結果、 世界は人為的な気候変動の時代に突入し、エネルギーの 安定供給とエネルギー源選択の混迷時代に入った。 この流れに対して、米国は逸早く困難であった頁岩層 を破砕して天然ガス・オイルを取り出す技術開発を成功 させた。その結果、発電における石炭からガスへの移行 が進んでいる。一方で、国内で市場性を失った石炭を欧 州・中国・韓国へ輸出することで米国全体としての経済 合理性を追求している。加えて、不安定な湾岸産油国に 依存しない北南米大陸のみの安定供給体制を作り出し、 海外に進出した企業を国内に呼び戻し国内雇用の増大を 計り強い米国を目指す戦略の検討を始めている。 一方、 既に海水圧入による原油生産に追い込まれ、生 産性が伸びない湾岸産油国は、原子力発電所建設を宣言 し、国内での原油消費を削減し高価格で輸出に回す政策 を取り始める。このような流れは、天然ガスを液化で輸 入する日本・韓国・台湾のようなエネルギー資源小国に、 化石燃料の高価格化が長期に続き供給不安定性が一層大 きくなることを教える。国内雇用・国際競争力は維持で きるかの課題である。 グローバル社会は、化石燃料によるエネルギー生産が 価格的・量的・地球環境的に限界に達したことを認識し 新たな戦略を考える時代に入った。私達は、隣国と争う ことなく、持続可能な社会の構築に向けて協力を前提に 知恵を出し汗をかく時代を迎えたと認識すべきである。 勿論、低密度で供給不安定性の大きい再生可能エネルギ ーのみで価格的・量的課題は解決できない。一例を米国 に求めれば、再生可能エネルギーの適地に恵まれている が、生産適地と消費地が離れているため経済合理性が成 立する地域は限られる。風力と太陽光の利用は全消費エ ネルギーのそれぞれ1.4%と0.3%に留まっている。
2. CO2排出量から見た欧米のエネルギー事情
3・11の福島第一事故直後に開催された、新興国 ブラ ジル、ロシア、インド、中国(BRICs)の第3回首脳会合 では、「経済成長を維持しつつ、気候変動の課題に対処す るためには、原子力の開発利用が最も有効との見解で一 致し、安全性の強化など新たな決意で原子力を推進する」 と宣言している。今後のエネルギー需要の急増が見込ま れる国々を代表する発言である。 Fig.1に日本と欧米の国民一人当たりのCO2排出量(福 一事故前の2010 年実績、北海道は2009 年実績)と比較し て示す。電力を原子力と水力に頼っているスウェーデン が最小値である。同国は、米国TMI事故後の1980 年 に「2010 年までに総数12基の原子力発電所の全廃」を 国会で決議した。しかし、デンマークの首都に近い対岸 のバーセベック発電所2 基の閉鎖に止まり、2010年6月 に脱原子力政策の撤廃法案を可決した。理由は30 年後に 国民一人当たりの二酸化炭素排出量(2010年実績) と原子力の現状 スウェーデン : 5.1 トン (原子力 47%, 脱原子力撤回) フランス : 5.5 トン (原子力 75%, 新規建設中) スイス : 5.6 トン (原子力42%, 脱原子力宣言) 北海道 : 7.4 トン (原子力29%, 停止中) デンマーク : 8.5 トン (原子力 0 %, 北海油田先細り) 日本 : 9.0 トン (原子力29%, 全基停止中) ドイツ : 9.3 トン (原子力23%, 脱原子力宣言) フィンランド : 11.7 トン (原子力28%, 新規建設中) 米国 : 17.3 トン (原子力20%, 新規建設中) IEA, Key World Energy Statistics 2012 北海道経済産業局エネルギー対策課資料 1 Fig. 1 Comparison of energy use in CO2 emission 「国民が必要とする電力量、価格とCO2削減量の要請に 答えることが出来る代替電源」が出現しなかったからで ある。原子力を大規模に推進しているフランスは5.5ton、 スウェーデンと同様に水力と原子力に頼るスイスの排 出量は5.6ton である。一方、日本のマスコミが注目する デンマークとドイツはそれぞれ8.5tonと9.3ton である。 人口がドイツの1.5 倍の日本は9.0tonでドイツより幾 分低い。ドイツが多くなる理由の一つは、マスコミが報 道しない50%弱の発電を低価格の低品質石炭に依存して いるからである。人口がデンマークとほぼ同じ北海道は 7.4ton でデンマークより低い。理由は北海道が原子力の中 規模利用を始めたからである11.7tonのフィンランドは、 隣国ロシアからのエネルギー供給依存度を下げるため、 原子力発電所の新規建設を進めている。ロシアからの天 然ガス供給で弱者ウクライナの立場に置かれないためで ある。このようにCO2排出源を検討すれば、その国の安 定供給を含めた総合的なエネルギー事情が明瞭になる。 17.3tonの米国は、石炭発電から天然ガス発電へのシフト が進んでも、国全体でのCO2大幅削減は容易でない。 現在、全世界のCO2排出量は300億tonを超えている。 73年の第一次石油危機当時の2倍以上に増加し、70億人 の世界人口で割ると一人当り約4.5tonである。
3. 欧州の高レベル放射性廃棄物処分計画
北緯55q以上に位置し北海道以上に暖房に多量のエネ ルギーを必要とするスウェーデンとフィンランドは発生 する使用済み燃料が限られることから結晶質岩層への直 接処分を採用する。それぞれ2011 年、2012 年の12月に 処分場建設の許可申請を行い、2025 年、2020 年頃に操 業開始を予定している。フランスはガラス固化体処分候 補地での最終地層特性調査を終えており、2015 年頃に処 分場建設の許可申請を行う予定である。また、スイスは、 複数の候補予定地からの絞り込みを進めている。 Fig.2は、フランス・日本も参加する国際研究拠点の一 つであるスイス・モンテリ地下研究所内の研究対象地層 とそこで発見されるアンモナイト化石である。この地層 は1.8億年前には浅海の水平な粘土質堆積層で上下は石 灰質堆積層(浅海のサンゴ礁由来のCaCO3 層)であった。 しかし、現在は、図からも分かるように大きな傾きを持 っており、ジュラ山地を構成する岩層の一つである。隣 接する層は同じ勾配の石灰質岩層であり、これらの層は 雨水・雪水で侵食され易いため層内に地下水脈が出来て いる。一方、粘土質岩層は、水溶性成分が溶け出した後 の緻密で膨潤性のある粘土(粒径0.002mm以下)質堆積 層であったため、1.8億年後でも水脈は勿論のこと雨水等 の浸透もなく地層処分に相応しい特性を維持している。 Fig.3は、同質岩層のフランスビュール地下研究所の掘削 作業の様子である。換気ダクトが右上に見られるが、排 水設備は用意されていない。アンモナイト等の興味ある 化石形成過程が理解でき地層の現状が分かれば、処分場 計画は子供達でも理解できる。これらの研究成果を適用 すれば、日本でも最終処分場の建設は可能と考える。 自給率8%のフランス 再処理ガラス固化体地層処分計画 2025年操業予定 フランス・ビュール地下研究所の処分候補地(粘土岩層)で の検証用坑道掘削作業:1万年以上かかる処分の原理が化 石の存在から理解でき、地下水が存在していないことが分 かれば、処分場計画は理解される。 発表者10年8月撮影3 Fig.3 Excavation for mock-up disposal in France スイスからフランスに抜ける高速道路トンネルを利用 したスイス・モンテリ地下研究所での処分検証試験 1.8億年前に海底であった 粘土岩層とアンモナイトの化石 Mont Terri Rock Laboratory パンフレット Fig.2 Research at Mont Terri rock laboratory - 382 -“ “地層処分のコミュニケーションを可能にするために “ “杉山 憲一郎,Ichiro SUGIYAMA
人類は、50 万年以上前から続けてきた“火の利用(燃 焼)”のエネルギー技術から抜け出せずにいる。このため、 東西冷戦終了後にグローバル社会が実現しエネルギー需 要が急激に増大し続けているにも拘らず、依然、全エネ ルギーの 90%弱をこの技術に依存している。その結果、 世界は人為的な気候変動の時代に突入し、エネルギーの 安定供給とエネルギー源選択の混迷時代に入った。 この流れに対して、米国は逸早く困難であった頁岩層 を破砕して天然ガス・オイルを取り出す技術開発を成功 させた。その結果、発電における石炭からガスへの移行 が進んでいる。一方で、国内で市場性を失った石炭を欧 州・中国・韓国へ輸出することで米国全体としての経済 合理性を追求している。加えて、不安定な湾岸産油国に 依存しない北南米大陸のみの安定供給体制を作り出し、 海外に進出した企業を国内に呼び戻し国内雇用の増大を 計り強い米国を目指す戦略の検討を始めている。 一方、 既に海水圧入による原油生産に追い込まれ、生 産性が伸びない湾岸産油国は、原子力発電所建設を宣言 し、国内での原油消費を削減し高価格で輸出に回す政策 を取り始める。このような流れは、天然ガスを液化で輸 入する日本・韓国・台湾のようなエネルギー資源小国に、 化石燃料の高価格化が長期に続き供給不安定性が一層大 きくなることを教える。国内雇用・国際競争力は維持で きるかの課題である。 グローバル社会は、化石燃料によるエネルギー生産が 価格的・量的・地球環境的に限界に達したことを認識し 新たな戦略を考える時代に入った。私達は、隣国と争う ことなく、持続可能な社会の構築に向けて協力を前提に 知恵を出し汗をかく時代を迎えたと認識すべきである。 勿論、低密度で供給不安定性の大きい再生可能エネルギ ーのみで価格的・量的課題は解決できない。一例を米国 に求めれば、再生可能エネルギーの適地に恵まれている が、生産適地と消費地が離れているため経済合理性が成 立する地域は限られる。風力と太陽光の利用は全消費エ ネルギーのそれぞれ1.4%と0.3%に留まっている。
2. CO2排出量から見た欧米のエネルギー事情
3・11の福島第一事故直後に開催された、新興国 ブラ ジル、ロシア、インド、中国(BRICs)の第3回首脳会合 では、「経済成長を維持しつつ、気候変動の課題に対処す るためには、原子力の開発利用が最も有効との見解で一 致し、安全性の強化など新たな決意で原子力を推進する」 と宣言している。今後のエネルギー需要の急増が見込ま れる国々を代表する発言である。 Fig.1に日本と欧米の国民一人当たりのCO2排出量(福 一事故前の2010 年実績、北海道は2009 年実績)と比較し て示す。電力を原子力と水力に頼っているスウェーデン が最小値である。同国は、米国TMI事故後の1980 年 に「2010 年までに総数12基の原子力発電所の全廃」を 国会で決議した。しかし、デンマークの首都に近い対岸 のバーセベック発電所2 基の閉鎖に止まり、2010年6月 に脱原子力政策の撤廃法案を可決した。理由は30 年後に 国民一人当たりの二酸化炭素排出量(2010年実績) と原子力の現状 スウェーデン : 5.1 トン (原子力 47%, 脱原子力撤回) フランス : 5.5 トン (原子力 75%, 新規建設中) スイス : 5.6 トン (原子力42%, 脱原子力宣言) 北海道 : 7.4 トン (原子力29%, 停止中) デンマーク : 8.5 トン (原子力 0 %, 北海油田先細り) 日本 : 9.0 トン (原子力29%, 全基停止中) ドイツ : 9.3 トン (原子力23%, 脱原子力宣言) フィンランド : 11.7 トン (原子力28%, 新規建設中) 米国 : 17.3 トン (原子力20%, 新規建設中) IEA, Key World Energy Statistics 2012 北海道経済産業局エネルギー対策課資料 1 Fig. 1 Comparison of energy use in CO2 emission 「国民が必要とする電力量、価格とCO2削減量の要請に 答えることが出来る代替電源」が出現しなかったからで ある。原子力を大規模に推進しているフランスは5.5ton、 スウェーデンと同様に水力と原子力に頼るスイスの排 出量は5.6ton である。一方、日本のマスコミが注目する デンマークとドイツはそれぞれ8.5tonと9.3ton である。 人口がドイツの1.5 倍の日本は9.0tonでドイツより幾 分低い。ドイツが多くなる理由の一つは、マスコミが報 道しない50%弱の発電を低価格の低品質石炭に依存して いるからである。人口がデンマークとほぼ同じ北海道は 7.4ton でデンマークより低い。理由は北海道が原子力の中 規模利用を始めたからである11.7tonのフィンランドは、 隣国ロシアからのエネルギー供給依存度を下げるため、 原子力発電所の新規建設を進めている。ロシアからの天 然ガス供給で弱者ウクライナの立場に置かれないためで ある。このようにCO2排出源を検討すれば、その国の安 定供給を含めた総合的なエネルギー事情が明瞭になる。 17.3tonの米国は、石炭発電から天然ガス発電へのシフト が進んでも、国全体でのCO2大幅削減は容易でない。 現在、全世界のCO2排出量は300億tonを超えている。 73年の第一次石油危機当時の2倍以上に増加し、70億人 の世界人口で割ると一人当り約4.5tonである。
3. 欧州の高レベル放射性廃棄物処分計画
北緯55q以上に位置し北海道以上に暖房に多量のエネ ルギーを必要とするスウェーデンとフィンランドは発生 する使用済み燃料が限られることから結晶質岩層への直 接処分を採用する。それぞれ2011 年、2012 年の12月に 処分場建設の許可申請を行い、2025 年、2020 年頃に操 業開始を予定している。フランスはガラス固化体処分候 補地での最終地層特性調査を終えており、2015 年頃に処 分場建設の許可申請を行う予定である。また、スイスは、 複数の候補予定地からの絞り込みを進めている。 Fig.2は、フランス・日本も参加する国際研究拠点の一 つであるスイス・モンテリ地下研究所内の研究対象地層 とそこで発見されるアンモナイト化石である。この地層 は1.8億年前には浅海の水平な粘土質堆積層で上下は石 灰質堆積層(浅海のサンゴ礁由来のCaCO3 層)であった。 しかし、現在は、図からも分かるように大きな傾きを持 っており、ジュラ山地を構成する岩層の一つである。隣 接する層は同じ勾配の石灰質岩層であり、これらの層は 雨水・雪水で侵食され易いため層内に地下水脈が出来て いる。一方、粘土質岩層は、水溶性成分が溶け出した後 の緻密で膨潤性のある粘土(粒径0.002mm以下)質堆積 層であったため、1.8億年後でも水脈は勿論のこと雨水等 の浸透もなく地層処分に相応しい特性を維持している。 Fig.3は、同質岩層のフランスビュール地下研究所の掘削 作業の様子である。換気ダクトが右上に見られるが、排 水設備は用意されていない。アンモナイト等の興味ある 化石形成過程が理解でき地層の現状が分かれば、処分場 計画は子供達でも理解できる。これらの研究成果を適用 すれば、日本でも最終処分場の建設は可能と考える。 自給率8%のフランス 再処理ガラス固化体地層処分計画 2025年操業予定 フランス・ビュール地下研究所の処分候補地(粘土岩層)で の検証用坑道掘削作業:1万年以上かかる処分の原理が化 石の存在から理解でき、地下水が存在していないことが分 かれば、処分場計画は理解される。 発表者10年8月撮影3 Fig.3 Excavation for mock-up disposal in France スイスからフランスに抜ける高速道路トンネルを利用 したスイス・モンテリ地下研究所での処分検証試験 1.8億年前に海底であった 粘土岩層とアンモナイトの化石 Mont Terri Rock Laboratory パンフレット Fig.2 Research at Mont Terri rock laboratory - 382 -“ “地層処分のコミュニケーションを可能にするために “ “杉山 憲一郎,Ichiro SUGIYAMA