原子力安全とリスク認識
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カテゴリ: 第11回
1.原発電所の潜在的リスクは何か
原子力発電所の設計においては当初より深層防 原子力利用における基本的安全の目的は、人及 び環境を放射線の有害な影響から防護することで ある。原子力発電では、ウランまたはプルトニウ ムの核分裂によって生じるエネルギーを利用して 発電を行っている。原子力発電の根源的なリスク 要因は核分裂反応に伴って発生する核分裂生成物 に由来する。核分裂生成物の約 90%は放射性物質 であり、核分裂反応を止めても放射性核種それぞ れの半減期に応じて崩壊する際に熱(崩壊熱と言 う)を発生し、この熱を十分に除去出来なければ、 核燃料とともに核分裂生成物を閉じ込めている金 属製の被覆管が破損し、最悪な場合には、環境に 放射性物質、すなわち放射能を放出することにな る。崩壊熱量は時間とともに減衰するが、原子炉 を止めた直後では、定格熱出力量の約 7.5%、すな わち電気出力 100 万 kW の場合では熱効率約 34%で あるので 22 万 kW の熱量が放出され、1 時間後に は約 1%、100 日後には約 0.1%に減衰する。しかし、 いずれにしてもある一定期間原子炉(燃料棒)を 冷やし続ける必要がある。また、万一、燃料棒が 破損して放射性物質が放出されたとしても外部に 放出されないように閉じ込めることが求められる。 護(Defence in Depth)の思想を取り入れている。 すなわち、事故につながるような1異常の発生防 止、2異常の拡大防止と事故への発展の防止、3 放射性物質の異常な放出の防止であり、ここまで を深層防護のレベル1~3と呼んでいる。原子炉 施設の機能から捉えると、異常あるいは事故状態 に陥った場合あるいは陥る可能性がある場合には 「原子炉を止める」、「原子炉を冷やす」、「放 射性物質を閉じ込める」ことが原則となる。その ために必要な反応度制御、冷却設備、機器等は多 重性または多様性及び独立性を持たせることにし てきた。また、放射性物質の放出抑制・防止につ いては、ウラン燃料をセラミック状に焼き固めた ペレットとし、これを金属製の被覆管で密封し、 さらに、燃料棒の存在する原子炉は圧力容器に収 めて、その上、圧力容器及び 1 次冷却系配管系統 を気密性の高い格納容器内に配置して多重障壁を 設けて管理している。 したがって、上記の機能が完璧に発揮される限 り原子炉は十分に冷やされ、放射性物質が外部に 放出されることはなく、人及び環境を放射線の有 害な影響から防護することが可能となる。つまり、 原子力発電所の潜在的リスクは燃料棒内に大量の 指摘されている。東京電力による報告書(「福島 放射性物質を持つことであり、事故によりこれを 封じ込めておくことが出来なくなると、このリス 原子力事故の総括および原子力安全改革プラン」) クが顕在化することになる。 においては、特に、「リスクの存在を認めると追
2.リスクコミュニケーションの基盤構築
加対策なしには運転継続することができなくなる との思いから、リスクコミュニケーションを躊躇 2.1 リスクコミュニケーションの重要性 し、十分安全であると思いたいとの願望を生み、 「安全神話」への戒めは、JCO 事故の反省とし それが安全は既に確立されたものとの思い込みを てすでに平成 12 年の原子力安全白書において指 助長した」と分析している。 摘されている。 安全神話は、安全にとって極めて有害なもので -「多くの原子力関係者が「原子力は絶対に安全」 ある。 などという考えを実際には有していないにもかか 安全神話からの脱却には、リスクの存在を認め、 わらず、こうした誤った「安全神話」がなぜ作ら それに真摯に取り組む状況を示すことによって原 れたのだろうか。その理由としては以下のような 子力安全への国民の理解を得ること、すなわち、 要因が考えられる。 誠実なリスクコミュニケーションの努力が必要で ・原子力以外の分野に比べて高い安全性を求める ある。しかしながら、国民の理解を得るには、存 圧力容器、格納容器など原子力の重要施設の設 在するリスクの説明だけでは不十分であり、その 計などへの過剰な信頼 リスクそのものの認識を共有し、その上でそのリ ・長期間にわたり人命に関わる事故が発生しなか スクが受容可能なレベルにあること、そのレベル った安全の実績に対する過信 がどのように評価、検証されているのか、といっ ・過去の事故経験の風化 た科学的な論拠が示される必要があろう。さらに、 ・原子力施設立地促進のための PA(パブリック・ このプロセスにおいては、現在の安全性の状況を アクセプタンス=公衆による受容)活動のわか 検証し、弱点を認識し改善するという継続的な安 りやすさの追求 全向上努力そのものと密接に結びついており、こ ・絶対的安全への願望 れを公開し、努力している状態と合わせて進展が こうした事情を背景として、いつしか原子力安全 見える努力をすることと、丁寧に対話することが が日常の努力の結果として確保されるという単純 リスクコミュニケーションを成功させることにつ ではあるが重要な本質が忘れられ、「原子力は安 ながるものと考える。 全なものである」という PA のための広報活動に使 2.2 リスクを受容できる条件に関する議論 われるキャッチフレーズだけが人々に認識されて 原子力発電には、他の電源と比較して様々な利 いったのではないか、と推察されている。 点がある一方、ウランまたはプルトニウムの原子 こうした状況は、関係者の日常的な努力によっ 核の核分裂に伴って放射性の核分裂生成物が発生 て安全確保のレベルの維持・向上を図るという、 する。この核分裂生成物は、その崩壊に伴い熱を 「安全文化」に著しく反するものである。過去の 発生するので、原子炉を停止しても除熱する必要 事故・故障は、いわゆる人的要因によって多く起 があり、また、放射性物質は閉じ込めておかなけ きており、原子力関係者は、常に原子力の持つリ ればならない。今回の東電福島第一原子力発電所 スクを改めて直視し、そのリスクを明らかにして、 事故においては、この機能を維持できず、近隣住 そのリスクを合理的に到達可能な限り低減すると 民をはじめ国民に多大な迷惑と損害等をもたらし いう安全確保の努力を続けていく必要がある。」 た。このリスクを最小化しなければならないが、 - それは、どこまで低減すれば安全といえるのであ このように、白書では既に「安全神話」に対す ろうか?これは、”How safe is safe enough?” るに問題が指摘されていたのである。JCO 事故時 の問題として、リスク問題として多くの国で確率 には、人的因子(組織因子)の考慮に不足があっ 論的な数値の形で安全目標が定められ、決定論的 たことが認識されたわけであるが、今回は、自然 な規則を補う形で活用されつつある。我が国でも、 災害の考慮にも不足があったことが露呈された。 原子力安全委員会で議論がなされ、安全目標案が 東電福島第一原子力発電所事故に関する各種調 提案されていたが、ようやく、原子力規制委員会 査報告では、より明確な形で安全神話の悪影響が から明確に安全目標が提示された。 - 384 - ものである。内的および外的起因事象の全体を含 今回の事故を踏まえ、放射性物質の環境への放 出を制限することが提言されている。安全目標案 めた事故シナリオについて、炉心損傷頻度(CDF) においては、指標として人の死亡のリスクを用い 10-4/炉・年、格納容器破損頻度(CFF)10-5/炉・ てきたが、被ばくによる生命及び健康への影響は、 年程度を性能目標としている。 避難等の防護対策により大幅に低減できることは 2.3 安全目標に関してさらに検討すべき課題 東電福島第一原子力発電所事故において公衆への リスクの目標を具体的な数値で定量的に示す 明確な放射線影響が見られていないことからも明 ことの最大の利点は、合理的でバランスの良い安 らかである。一方で、広域の環境汚染は、長期にわ 全確保の努力を可能とすることと、その努力を科 たり周辺住民の生活基盤を奪い、多大な損害を与 学的根拠とともに国民に示すことができる点にあ えている。除染費用も国民に重い負担を強いるこ る。従って、科学的な評価及び検証ができないほ ととなる。このことから、安全目標には大規模な どの低い数値を掲げることには疑問がある。現在 環境汚染に係わる指標と、その許容または容認頻 及び近い将来の科学技術の水準に照らして合理的 度を加えることを検討する必要がある。 に適用可能な目標を提案し、合意形成を目指すべ 原子力規制委員会は、環境への影響を目標値と きである。 して与えること-セシウム(Cs137)で 100 テラベク 安全目標の設定については、このように検討す レル(1014Bq)相当とし、その頻度の抑制の目標値 べき課題は存在するが、課題に対応する改良も加 を 10-6/炉年-を提案した。CRF(炉心損傷確率) えつつ、国民に認知され合意が得られるリスクと の意味を分かりやすく言うならば、我が国に多い はどのようなものであるかについて国民との対話 110万キロワット級の軽水炉では、土地汚染をもた を行い、多くの国民の納得を得ることのできる安 らす代表的な元素であるセシウム (Cs137)(半減期 全目標を設定し活用を図ることが、極めて重要で は約 30 年)を例とすれば、通常運転時のセシウム ある。 の原子炉内内蔵量(およそ 2×1017ベクレル(Bq)) 安全目標や性能目標が意味を持つためには、リ に対して放出される量の割合を 800 分の 1(排気 スクを評価する確率論的リスク評価(PRA)の考慮 筒放出)から 4500 分の 1(地上放出)程度の放出 の限界や不確実さを含めて、結果の意味が十分に にとどめることを意味している。東電福島第一原 説明されていることが前提である。国民にリスク 子力発電所での放出量は現段階では 6×1015?15 を説明する際には、考慮範囲を明示し、範囲外の ×1015ベクレル(Bq)と推定されており、この量に比 リスク要因について評価する方針を示すことや、 べれば、100 分の 1 程度のオーダーに抑制するこ 残るリスクをどのように考えたかを説明すること、 とになる。 さらに評価手法の不確実さが大きいために安全目 具体的に、この要求を満足するには、格納容器 標を満足できているかの判断がしにくいような場 の健全性を維持するか、またはそれができない時 合には、合理的に考えて実行可能な努力がどこま には高性能のフィルターを通して放出するように でなされているのか、といった情報を提供するこ システム設計を強化することも必要となる。諸外 とが重要であり、それ無しにリスク受容の議論は 国での環境汚染を考慮した安全目標の例としては、 成立しえないと考えるべきであろう。 イギリスやフィンランドでは、大規模な環境汚染 のリスクを制限することを目的として、大規模放 3.深層防護(Defence-in-Depth)の考え方 出を定義する放射性物質の格納容器からの放出量 「原子力安全」の確保には、「原子力事故,放射 を定め、その発生頻度の目標値を示している。フ 線事故の発生防止及び影響緩和のために,実行可 ィンランドの場合でも、大規模放出の定義をセシ 能なあらゆる努力を払わなければならない。その ウムで 100 テラベクレル、5×10-7/炉年としてい ために、「深層防護」の考え方が取り入れられた。 る。原子力規制委員会が提示した CFF-2 の管理放 これは、事故の発生防止と影響緩和の主要な手段 出機能喪失頻度の目標値は、この放出量の制限値 として位置づけられ、基本的には「事故を起こさ とも参考比較される。 ない」、「起こしても拡大させない」、「起きた 性能目標は、安全目標への適合性確認が行いや としても公衆に被害を及ばせない」ための考え方 すいように、安全目標に適合していることを判断 であり、我が国では、「多重防護」とも呼び、従 できる目安を施設の特性に関する指標で表現した 来、原子炉施設の場合には、1異常の発生防止、 - 385 - 対策の充実に努めるとともに、その対策がなされ 2異常の拡大防止と事故への発展の防止、3放射 性物質の異常な放出の防止、の 3 段階で対応して た後も継続的に新たな知見・研究成果の分析を行 きた。 って重要な知見を見分け、反映する仕組みを含む 更に、この概念を展開して、シビアアクシデン ものとすべきである。 ト(過酷事故)への対応においても、積極的に適 リスク評価の基本は、発生確率の評価、PRA 用して行かなければならない。この概念は、様々 (Probabilistic Risk Assessment)であり、施設で なフェーズ(展開)において、多重、多様、独立 起こりうる事故シナリオを系統的に洗い出し、そ の防護策を講じることである。特に、炉心に大量 の発生頻度と影響の大きさを評価することで施設 の放射性物質を内蔵している原子力発電所のよう の安全を公衆へのリスクとして表現する安全評価 な、人と環境に対して大きな放射線リスクが内在 の方法が有効である。 するものにおける様々なハザードに対しては、そ 定量的なリスク評価の一つとしての PRA により、 の影響、リスクの顕現化を徹底的に防ぐことが必 経験していない事象であっても考慮に含めつつ、 要となり、そのため原子力の分野においては、人 リスクの観点から重要な事故シナリオを見つけ出 と環境を護るためにこの概念に沿って積極的な防 すことができるので、安全対策における相対的な 護策(戦略)を講じる必要がある。 弱点を明らかにし、対策を強化することができる。 人と環境を防護するにあたって、ある一つの対 これが PRA の最も基本的な使い方であり、原子力 策が完璧に機能するのであれば、対策はそれだけ 安全の評価において PRA が重要である理由である。 で十分なはずである。しかし、放射線や放射性物 リスク認識は、個人で大きく異なる。多くは、 質が制御されずに環境中に放出される原因から、 リスクではなく、その影響を指すことが多い。放 それらが人と環境に影響を与えるまでの諸所の現 射性物質の漏れることや、炉心損傷、などである。 象には人智が及ばない振る舞いが存在する。また、 尺度が共通ではなく、受け取る感覚、認識でその 一般に対策は、ある想定に基づいてとられるため、 程度は大きく異なる。そこで、これらの認識の共 その想定から除外した事項や人智が及ばない事項 通化が必要である。 が存在する。すなわち、人と環境に影響を与える さらに、防災計画については、今回の事故の教 までの諸現象や対策の効果には不確実さが存在す 訓として平常時から具体的な過酷事故のシナリオ る。したがって、一つの対策は、ある非信頼度 を想定した計画の整備・強化が重要であることが (unreliability)を有するということになり、完 指摘されているが、このためには広範なシナリオ 璧な対策とはなり得ない。 の発生可能性を考慮して有効な防護対策を検討し 一方、人と環境に対する危険性の顕在化を徹底 ておくことが必要である。リスクコミュニケーシ 的に防ぐ必要があることから、一つの対策では防 ョンで認識の共通化が必要である。 げない不確実な事柄に対して、別の対策により防 護策全体の信頼性を高めることが必要となる。こ 参考文献 のように、一つの対策では防げない不確実な事柄 [1] SF-1, Fundamental Safety Principles, IAEA,2006 を考慮して、人と環境に対する防護策全体の信頼 [2]「原子力発電所の地震安全に関する検討報告書 “地 性を高めるために適用されるのが「深層防護」の 震安全ロードマップ” 」日本原子力学会原子力発 考え方である。 電所地震安全特別専門委員会編、2011年9月発行 4.リスク評価の活用 [3]「原子力安全の基本的考え方について第I編-原子力 安全の目的と基本原則」AESJ-SC-TR005:2012 二本 原子力施設の安全確保には想定外は許されない。 原子力学会標準委員会技術レポート2013年6月発行 原子力安全を脅かす事故を防ぐには、リスク評価 [4]「原子力発電所が二度と過酷事故をおこさないため を基にした徹底した自然災害、人為的事象及び内 に -国、原子力界は何をなすべきか-」原子力発 部事象等による事故事象の想定と対策を検討すべ 電所過酷事故防止検討会報告書 平成 25 年 4 月 22 きであり、またそれを達成する仕組みを構築しな 日、技術同友会 ければならない。東電福島第一原子力発電所事故 [5] 「高経年化技術評価高度化事業(2013 年度報告書」 の教訓を反映した徹底的な見直しを行い、深層防 原子力規制委員会・規制庁 平成 26 年 3 月発行 護を基本としたアクシデントマネジメントや防災 (平成 24 年 6 月 20) - 386 -“ “原子力安全とリスク認識 “ “宮野 廣,Hiroshi MIYANO,出町 和之,Kazuyuki DEMACHI,荒井 滋喜,Shigeki ARAI
原子力発電所の設計においては当初より深層防 原子力利用における基本的安全の目的は、人及 び環境を放射線の有害な影響から防護することで ある。原子力発電では、ウランまたはプルトニウ ムの核分裂によって生じるエネルギーを利用して 発電を行っている。原子力発電の根源的なリスク 要因は核分裂反応に伴って発生する核分裂生成物 に由来する。核分裂生成物の約 90%は放射性物質 であり、核分裂反応を止めても放射性核種それぞ れの半減期に応じて崩壊する際に熱(崩壊熱と言 う)を発生し、この熱を十分に除去出来なければ、 核燃料とともに核分裂生成物を閉じ込めている金 属製の被覆管が破損し、最悪な場合には、環境に 放射性物質、すなわち放射能を放出することにな る。崩壊熱量は時間とともに減衰するが、原子炉 を止めた直後では、定格熱出力量の約 7.5%、すな わち電気出力 100 万 kW の場合では熱効率約 34%で あるので 22 万 kW の熱量が放出され、1 時間後に は約 1%、100 日後には約 0.1%に減衰する。しかし、 いずれにしてもある一定期間原子炉(燃料棒)を 冷やし続ける必要がある。また、万一、燃料棒が 破損して放射性物質が放出されたとしても外部に 放出されないように閉じ込めることが求められる。 護(Defence in Depth)の思想を取り入れている。 すなわち、事故につながるような1異常の発生防 止、2異常の拡大防止と事故への発展の防止、3 放射性物質の異常な放出の防止であり、ここまで を深層防護のレベル1~3と呼んでいる。原子炉 施設の機能から捉えると、異常あるいは事故状態 に陥った場合あるいは陥る可能性がある場合には 「原子炉を止める」、「原子炉を冷やす」、「放 射性物質を閉じ込める」ことが原則となる。その ために必要な反応度制御、冷却設備、機器等は多 重性または多様性及び独立性を持たせることにし てきた。また、放射性物質の放出抑制・防止につ いては、ウラン燃料をセラミック状に焼き固めた ペレットとし、これを金属製の被覆管で密封し、 さらに、燃料棒の存在する原子炉は圧力容器に収 めて、その上、圧力容器及び 1 次冷却系配管系統 を気密性の高い格納容器内に配置して多重障壁を 設けて管理している。 したがって、上記の機能が完璧に発揮される限 り原子炉は十分に冷やされ、放射性物質が外部に 放出されることはなく、人及び環境を放射線の有 害な影響から防護することが可能となる。つまり、 原子力発電所の潜在的リスクは燃料棒内に大量の 指摘されている。東京電力による報告書(「福島 放射性物質を持つことであり、事故によりこれを 封じ込めておくことが出来なくなると、このリス 原子力事故の総括および原子力安全改革プラン」) クが顕在化することになる。 においては、特に、「リスクの存在を認めると追
2.リスクコミュニケーションの基盤構築
加対策なしには運転継続することができなくなる との思いから、リスクコミュニケーションを躊躇 2.1 リスクコミュニケーションの重要性 し、十分安全であると思いたいとの願望を生み、 「安全神話」への戒めは、JCO 事故の反省とし それが安全は既に確立されたものとの思い込みを てすでに平成 12 年の原子力安全白書において指 助長した」と分析している。 摘されている。 安全神話は、安全にとって極めて有害なもので -「多くの原子力関係者が「原子力は絶対に安全」 ある。 などという考えを実際には有していないにもかか 安全神話からの脱却には、リスクの存在を認め、 わらず、こうした誤った「安全神話」がなぜ作ら それに真摯に取り組む状況を示すことによって原 れたのだろうか。その理由としては以下のような 子力安全への国民の理解を得ること、すなわち、 要因が考えられる。 誠実なリスクコミュニケーションの努力が必要で ・原子力以外の分野に比べて高い安全性を求める ある。しかしながら、国民の理解を得るには、存 圧力容器、格納容器など原子力の重要施設の設 在するリスクの説明だけでは不十分であり、その 計などへの過剰な信頼 リスクそのものの認識を共有し、その上でそのリ ・長期間にわたり人命に関わる事故が発生しなか スクが受容可能なレベルにあること、そのレベル った安全の実績に対する過信 がどのように評価、検証されているのか、といっ ・過去の事故経験の風化 た科学的な論拠が示される必要があろう。さらに、 ・原子力施設立地促進のための PA(パブリック・ このプロセスにおいては、現在の安全性の状況を アクセプタンス=公衆による受容)活動のわか 検証し、弱点を認識し改善するという継続的な安 りやすさの追求 全向上努力そのものと密接に結びついており、こ ・絶対的安全への願望 れを公開し、努力している状態と合わせて進展が こうした事情を背景として、いつしか原子力安全 見える努力をすることと、丁寧に対話することが が日常の努力の結果として確保されるという単純 リスクコミュニケーションを成功させることにつ ではあるが重要な本質が忘れられ、「原子力は安 ながるものと考える。 全なものである」という PA のための広報活動に使 2.2 リスクを受容できる条件に関する議論 われるキャッチフレーズだけが人々に認識されて 原子力発電には、他の電源と比較して様々な利 いったのではないか、と推察されている。 点がある一方、ウランまたはプルトニウムの原子 こうした状況は、関係者の日常的な努力によっ 核の核分裂に伴って放射性の核分裂生成物が発生 て安全確保のレベルの維持・向上を図るという、 する。この核分裂生成物は、その崩壊に伴い熱を 「安全文化」に著しく反するものである。過去の 発生するので、原子炉を停止しても除熱する必要 事故・故障は、いわゆる人的要因によって多く起 があり、また、放射性物質は閉じ込めておかなけ きており、原子力関係者は、常に原子力の持つリ ればならない。今回の東電福島第一原子力発電所 スクを改めて直視し、そのリスクを明らかにして、 事故においては、この機能を維持できず、近隣住 そのリスクを合理的に到達可能な限り低減すると 民をはじめ国民に多大な迷惑と損害等をもたらし いう安全確保の努力を続けていく必要がある。」 た。このリスクを最小化しなければならないが、 - それは、どこまで低減すれば安全といえるのであ このように、白書では既に「安全神話」に対す ろうか?これは、”How safe is safe enough?” るに問題が指摘されていたのである。JCO 事故時 の問題として、リスク問題として多くの国で確率 には、人的因子(組織因子)の考慮に不足があっ 論的な数値の形で安全目標が定められ、決定論的 たことが認識されたわけであるが、今回は、自然 な規則を補う形で活用されつつある。我が国でも、 災害の考慮にも不足があったことが露呈された。 原子力安全委員会で議論がなされ、安全目標案が 東電福島第一原子力発電所事故に関する各種調 提案されていたが、ようやく、原子力規制委員会 査報告では、より明確な形で安全神話の悪影響が から明確に安全目標が提示された。 - 384 - ものである。内的および外的起因事象の全体を含 今回の事故を踏まえ、放射性物質の環境への放 出を制限することが提言されている。安全目標案 めた事故シナリオについて、炉心損傷頻度(CDF) においては、指標として人の死亡のリスクを用い 10-4/炉・年、格納容器破損頻度(CFF)10-5/炉・ てきたが、被ばくによる生命及び健康への影響は、 年程度を性能目標としている。 避難等の防護対策により大幅に低減できることは 2.3 安全目標に関してさらに検討すべき課題 東電福島第一原子力発電所事故において公衆への リスクの目標を具体的な数値で定量的に示す 明確な放射線影響が見られていないことからも明 ことの最大の利点は、合理的でバランスの良い安 らかである。一方で、広域の環境汚染は、長期にわ 全確保の努力を可能とすることと、その努力を科 たり周辺住民の生活基盤を奪い、多大な損害を与 学的根拠とともに国民に示すことができる点にあ えている。除染費用も国民に重い負担を強いるこ る。従って、科学的な評価及び検証ができないほ ととなる。このことから、安全目標には大規模な どの低い数値を掲げることには疑問がある。現在 環境汚染に係わる指標と、その許容または容認頻 及び近い将来の科学技術の水準に照らして合理的 度を加えることを検討する必要がある。 に適用可能な目標を提案し、合意形成を目指すべ 原子力規制委員会は、環境への影響を目標値と きである。 して与えること-セシウム(Cs137)で 100 テラベク 安全目標の設定については、このように検討す レル(1014Bq)相当とし、その頻度の抑制の目標値 べき課題は存在するが、課題に対応する改良も加 を 10-6/炉年-を提案した。CRF(炉心損傷確率) えつつ、国民に認知され合意が得られるリスクと の意味を分かりやすく言うならば、我が国に多い はどのようなものであるかについて国民との対話 110万キロワット級の軽水炉では、土地汚染をもた を行い、多くの国民の納得を得ることのできる安 らす代表的な元素であるセシウム (Cs137)(半減期 全目標を設定し活用を図ることが、極めて重要で は約 30 年)を例とすれば、通常運転時のセシウム ある。 の原子炉内内蔵量(およそ 2×1017ベクレル(Bq)) 安全目標や性能目標が意味を持つためには、リ に対して放出される量の割合を 800 分の 1(排気 スクを評価する確率論的リスク評価(PRA)の考慮 筒放出)から 4500 分の 1(地上放出)程度の放出 の限界や不確実さを含めて、結果の意味が十分に にとどめることを意味している。東電福島第一原 説明されていることが前提である。国民にリスク 子力発電所での放出量は現段階では 6×1015?15 を説明する際には、考慮範囲を明示し、範囲外の ×1015ベクレル(Bq)と推定されており、この量に比 リスク要因について評価する方針を示すことや、 べれば、100 分の 1 程度のオーダーに抑制するこ 残るリスクをどのように考えたかを説明すること、 とになる。 さらに評価手法の不確実さが大きいために安全目 具体的に、この要求を満足するには、格納容器 標を満足できているかの判断がしにくいような場 の健全性を維持するか、またはそれができない時 合には、合理的に考えて実行可能な努力がどこま には高性能のフィルターを通して放出するように でなされているのか、といった情報を提供するこ システム設計を強化することも必要となる。諸外 とが重要であり、それ無しにリスク受容の議論は 国での環境汚染を考慮した安全目標の例としては、 成立しえないと考えるべきであろう。 イギリスやフィンランドでは、大規模な環境汚染 のリスクを制限することを目的として、大規模放 3.深層防護(Defence-in-Depth)の考え方 出を定義する放射性物質の格納容器からの放出量 「原子力安全」の確保には、「原子力事故,放射 を定め、その発生頻度の目標値を示している。フ 線事故の発生防止及び影響緩和のために,実行可 ィンランドの場合でも、大規模放出の定義をセシ 能なあらゆる努力を払わなければならない。その ウムで 100 テラベクレル、5×10-7/炉年としてい ために、「深層防護」の考え方が取り入れられた。 る。原子力規制委員会が提示した CFF-2 の管理放 これは、事故の発生防止と影響緩和の主要な手段 出機能喪失頻度の目標値は、この放出量の制限値 として位置づけられ、基本的には「事故を起こさ とも参考比較される。 ない」、「起こしても拡大させない」、「起きた 性能目標は、安全目標への適合性確認が行いや としても公衆に被害を及ばせない」ための考え方 すいように、安全目標に適合していることを判断 であり、我が国では、「多重防護」とも呼び、従 できる目安を施設の特性に関する指標で表現した 来、原子炉施設の場合には、1異常の発生防止、 - 385 - 対策の充実に努めるとともに、その対策がなされ 2異常の拡大防止と事故への発展の防止、3放射 性物質の異常な放出の防止、の 3 段階で対応して た後も継続的に新たな知見・研究成果の分析を行 きた。 って重要な知見を見分け、反映する仕組みを含む 更に、この概念を展開して、シビアアクシデン ものとすべきである。 ト(過酷事故)への対応においても、積極的に適 リスク評価の基本は、発生確率の評価、PRA 用して行かなければならない。この概念は、様々 (Probabilistic Risk Assessment)であり、施設で なフェーズ(展開)において、多重、多様、独立 起こりうる事故シナリオを系統的に洗い出し、そ の防護策を講じることである。特に、炉心に大量 の発生頻度と影響の大きさを評価することで施設 の放射性物質を内蔵している原子力発電所のよう の安全を公衆へのリスクとして表現する安全評価 な、人と環境に対して大きな放射線リスクが内在 の方法が有効である。 するものにおける様々なハザードに対しては、そ 定量的なリスク評価の一つとしての PRA により、 の影響、リスクの顕現化を徹底的に防ぐことが必 経験していない事象であっても考慮に含めつつ、 要となり、そのため原子力の分野においては、人 リスクの観点から重要な事故シナリオを見つけ出 と環境を護るためにこの概念に沿って積極的な防 すことができるので、安全対策における相対的な 護策(戦略)を講じる必要がある。 弱点を明らかにし、対策を強化することができる。 人と環境を防護するにあたって、ある一つの対 これが PRA の最も基本的な使い方であり、原子力 策が完璧に機能するのであれば、対策はそれだけ 安全の評価において PRA が重要である理由である。 で十分なはずである。しかし、放射線や放射性物 リスク認識は、個人で大きく異なる。多くは、 質が制御されずに環境中に放出される原因から、 リスクではなく、その影響を指すことが多い。放 それらが人と環境に影響を与えるまでの諸所の現 射性物質の漏れることや、炉心損傷、などである。 象には人智が及ばない振る舞いが存在する。また、 尺度が共通ではなく、受け取る感覚、認識でその 一般に対策は、ある想定に基づいてとられるため、 程度は大きく異なる。そこで、これらの認識の共 その想定から除外した事項や人智が及ばない事項 通化が必要である。 が存在する。すなわち、人と環境に影響を与える さらに、防災計画については、今回の事故の教 までの諸現象や対策の効果には不確実さが存在す 訓として平常時から具体的な過酷事故のシナリオ る。したがって、一つの対策は、ある非信頼度 を想定した計画の整備・強化が重要であることが (unreliability)を有するということになり、完 指摘されているが、このためには広範なシナリオ 璧な対策とはなり得ない。 の発生可能性を考慮して有効な防護対策を検討し 一方、人と環境に対する危険性の顕在化を徹底 ておくことが必要である。リスクコミュニケーシ 的に防ぐ必要があることから、一つの対策では防 ョンで認識の共通化が必要である。 げない不確実な事柄に対して、別の対策により防 護策全体の信頼性を高めることが必要となる。こ 参考文献 のように、一つの対策では防げない不確実な事柄 [1] SF-1, Fundamental Safety Principles, IAEA,2006 を考慮して、人と環境に対する防護策全体の信頼 [2]「原子力発電所の地震安全に関する検討報告書 “地 性を高めるために適用されるのが「深層防護」の 震安全ロードマップ” 」日本原子力学会原子力発 考え方である。 電所地震安全特別専門委員会編、2011年9月発行 4.リスク評価の活用 [3]「原子力安全の基本的考え方について第I編-原子力 安全の目的と基本原則」AESJ-SC-TR005:2012 二本 原子力施設の安全確保には想定外は許されない。 原子力学会標準委員会技術レポート2013年6月発行 原子力安全を脅かす事故を防ぐには、リスク評価 [4]「原子力発電所が二度と過酷事故をおこさないため を基にした徹底した自然災害、人為的事象及び内 に -国、原子力界は何をなすべきか-」原子力発 部事象等による事故事象の想定と対策を検討すべ 電所過酷事故防止検討会報告書 平成 25 年 4 月 22 きであり、またそれを達成する仕組みを構築しな 日、技術同友会 ければならない。東電福島第一原子力発電所事故 [5] 「高経年化技術評価高度化事業(2013 年度報告書」 の教訓を反映した徹底的な見直しを行い、深層防 原子力規制委員会・規制庁 平成 26 年 3 月発行 護を基本としたアクシデントマネジメントや防災 (平成 24 年 6 月 20) - 386 -“ “原子力安全とリスク認識 “ “宮野 廣,Hiroshi MIYANO,出町 和之,Kazuyuki DEMACHI,荒井 滋喜,Shigeki ARAI